作:いのかしら

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第59話 確約

 

 

 

 

 

 

最後の時を迎えていた

 

画面の向こう、緑と茶色の模擬の山の上には島田の娘が乗り込むパーシング。ありとあらゆる知波単戦車を屠り、一度は完全な優勢に持ち込んだ我々相手に単騎で試合を五分以上に持ち直した

他の大学選抜選手はともかく、この活躍だけでも流石は島田の後継者と思わせるものだろう。その力は存分に見せてくれたのだから、このまま勝利は譲ってくれたらいいのに

 

 

まー、島田流と文科省も勝つ為の準備は進めてたみたいだね。試合によって解決される事態もある程度予想していたと見ていいかも

カール……だったかのどデカい大砲を少し前に戦車道連盟に認可させて、それをこの試合に投入させる。これで実際ウチの火力の主力だった黒森峰の一部とプラウダの主力が吹っ飛んだしね

戦車道連盟も世界大会とプロリーグ考えたら完全にこっち側ってわけにもいかないしね。というかサラッとだけどサンダースが運用計画してたとか聞いたのは無視しておこう。あそこの資金力なら本気で運用しかねん

KVとIS2吹っ飛んだって聞いた時はやべーと思ったよ。ウチらも被弾しかかったわけだけど

 

そのカール?ちゃーんとヘッツァーの主砲で沈黙させといたよ。干し芋パスタを奢ることと引き換えに。いやー、後にも先にも戦車で空を飛ぶ経験はしないだろうね。踏み台にするのを見るのは2回目だけどさ

 

しっかしそれにしてもあの継続の変人、よくその間に護衛のパーシング3輌撃破したね、1輌で。後から聞いたらなんでも履帯が外れても車輪で走れるそうな。もはやそれは戦車なのか……

助かったからいいか

 

 

そこからは遊園地で遭遇戦。ウチの得意な戦術になんとか持ち込んだ。そしたらまだいたんだと、向こうの秘密兵器

T28。背は低いが火力はお化け。私の好きな戦車だ。それを先頭に持ってくることで敷地内に入ってくるところを狙い撃つ計画は早速ずっこけた

そしたら今度は敵の侵入地域に合わせた戦闘。そうなれば隊長格、というか隊長の多いこちらが個別戦闘での統率では優位に立てる

 

と思ってたら集団戦闘では向こうが上。囲まれて死にかけたわ。まさかそれを救うのが観覧車とか……

最終的には迷路で戦うことになった。植木の影に隠れてとか高台に陣取って袋小路のをズドン。決勝戦を思い出すねぇ

 

そしてまぁ局地戦でなんとか優位を作ってたわけだけど、ここまで向こうは全力じゃなかったわけだ。ついに来たってアヒルさんが言ってたわ

 

島田愛里寿が

 

それに敵の小隊長が集結しこちらの優位を削り切り、私もサンダース達と撃滅されて今ここにいるってわけ。だけどカチューシャ達が1輌敵の小隊長を削ってくれたのが効いてるっぽいね

 

 

そんなこんなで昔話はおしまい。どれだけ私の車輌が功績を挙げようとも、結果がこの試合の勝利でなければ思い出しても意味はない

おんなじ車輌で引き揚げてきたサンダースのケイ達ともアリクイさんとも今の今まで口を聞いてない。皆気にしているのは、画面の向こうの西住ちゃん、その未来だけだ

草原の向こうのモニターに今あるのは、西住ちゃんと西住ちゃんの姉さん。相手は島田の娘だけ

 

流石はあの姉妹だね。用意にとまではいかないけど、見事な連携でひっついてきた奴らを取り除いた。とはいえ本体があれではいまだに安心はできない

 

 

 

山の上が動く

 

山肌を渦を描いて駆け下り、砲弾を一発浴びせる。そのまま下に抜け、機敏に駆けながらあたりに砲弾を、そして破壊された物品をばら撒いていく。廃遊園地だからいいけど、本物なら流石に苦情ものだね

 

 

その後も度々ティーガーとIV号の2輌で挟みながらも痛打は与えられない。背後を狙っているのだろうが、それを易々と達成させてくれるほど楽な相手じゃない

 

2輌を敵に回しつつも双方からの砲撃を避け、躱すその様はまさに天下一の戦車乗り。敵であり彼女の撃破を誰よりも望む私ですらその姿には魅せられてしまいそうになる

 

その時だった

 

IV号がセンチュリオンに突き飛ばされたティーガーに突かれ、センチュリオンの正面に立たされた

 

砲身が確実にIV号を指し示す

絶望だった

西住ちゃんが終わる時、それは大洗の勝利が格段に低下する時

 

姉さんを信じないわけじゃないけど、2輌でやっと奮闘していたのに1輌では……

 

 

全ての恐怖が頭を掠めた。政治家となっても私の恐怖は拭えない。まだ……ここになっても、か。病床はまだまだ巣食っている

 

 

だが砲撃もフラッグが飛び出る音も画面越しにはしなかった

 

 

何故かは知らないが画面越しではIV号とティーガーが並走し、やがてIV号が右、ティーガーが左から山を駆け上り、最初とは逆転した立ち位置についた

 

 

専門的な知識が大してない人間の勘だけど、次で決まる。既に個別戦闘としてはかなりの長期戦だ。限界まで集中力を割いているこの場面も、長く続きはしない

 

 

 

もし……もし神なんてものがいるなら……

 

 

 

 

 

 

大洗に……勝利を……齎し賜え

 

 

 

 

 

 

IV号が正面の階段を駆け下る。その後ろにティーガー。センチュリオンは動かず

その中の砲声。画面から恐らく……ティーガーの、だと?

理解の追いつかぬ間にIV号は凄まじい速度でセンチュリオンに接近し、履帯を弾け飛ばしながらも正面から穿った

 

 

 

 

センチュリオンを突き飛ばし、IV号は煙を吹き上げて停止した

センチュリオンも反応……が、ない

 

「センチュリオン、IV号、走行不能。残存車輌確認中」

 

上空彼方の銀河とかいう飛行機の旋回だけが残る

 

どうだ。これだけの規模の殲滅戦だ。誰が何に撃破されたかすら確かめるのも一苦労だろう

たった1輌、1輌でも相手に残っていれば……わからない。姉さんも全ての神経をすり減らすような戦いだったはず。再度闘争心を持ち上げる余力があるか……

 

 

「目視確認完了」

 

その結果が……出る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大学選抜、残存車輌なし。大洗女子学園

 

 

 

 

 

……残存車輌1!」

 

 

 

 

 

「大洗女子学園の勝利!」

 

 

 

 

 

 

歓声が大地を揺るがした

 

 

「何?勝ったの?」

 

少しの時間だったが、結果を受け入れさせるには十分だった

 

 

大洗の勝利。再びの奇跡と呼んで差し支えない結果

 

 

 

「これで廃校は無くなったね」

 

今度は隣2人とも泣き出しながら大きく頭を揺さぶっていた

 

「……やったんですね!会長」

 

「ああそうだ」

 

「大洗の廃校はなくなるんですね!」

 

「勿論そうに決まってるじゃん!」

 

大いに人に頼る形だった。公約として掲げながら、それを達成させたのは他人だ

 

だがいずれにせよ、約束は守られる

 

大洗女子学園の未来が、続く

 

 

 

待機場所のどこかから聞こえる万歳三唱。誰のものかはおおよそ推測がつくが、倣うのもよいだろう

 

「大洗万歳!」

 

両手は高々と天を刺す

 

叫ぶのは一回でいい。ただ一度、これが真実であると確信できればいい

 

「万歳!」

 

二人もそれに続いた

 

 

 

 

 

今度は前みたいに決戦の立地の都合も悪くなかったから、まだ日が高いうちに残存車輌が戻ってきた。今度は腰は抜けてなかったらしく、しっかりと一人で車輌から飛び降りた

 

どう応えるか。この比類なき成果に

 

導いたのは明確で、周囲の目にとってもわかりやすいものだった

 

「西住ちゃん!」

 

彼女に飛びつく。そうすれば後ろからついてくる二人が必要な言葉を掛けてくれる。それを彼女が降りてから合間を開けることなく行う

まずはこの勝利を皆の前で『西住ちゃんの功績』にすることが第一だ。『他校の助け合っての勝利』の要素は薄めなくてはいけない

 

「ありがとう!」

 

「勝ったぞ、勝ったぞぉ!」

 

それもあるが、彼女らの後ろにはIV号がある。激戦の中でシュルツェンも全て剥がされたものが

 

それできっと正面を隠してくれる

 

 

 

 

彼女へのお礼を満足に言えずに歪む私の口から

 

彼女を直視できない私の目から

 

そして

 

どうしても止められないだろう私の涙から

 

 

 

 

 

 

 

なんとか全力で平穏な顔に戻して西住ちゃんから降りると、彼女の周りには隊長が揃っていた

 

「おめでとう、みほさん」

 

「ま、おめでとっ」

 

「いい戦いだった!」

 

皆西住ちゃんに称賛を向けている。彼女の功績、すなわち大洗女子学園戦車道の功績とできれば、他校の介入の余地が薄まる

 

「皆さん、本当にありがとうございました!」

 

「ありがとうございました!」

 

だが西住ちゃんの性格からして仕方がないとはいえ、ここで他校生の価値を認めてしまった。止めようがないし、私も頭を下げたけどさ

 

「こちらこそお礼を言わせてください!」

 

そう西さんが口を挟んでくれたのは救いだね

 

「しかし……最後のアレはどういうことだったんだ?まるで意味がわからんぞ?」

 

「ああ、あれは……」

 

「空砲だ。ティーガーの空砲でやったんだ。まさか始めに聞いた時は私も冗談かと疑ったんだがな」

 

 

 

 

こうして試合を巡る歓談のその最中、あまり音を立てずにこちらに近づいてくるものがあった

 

 

……のロボット?デパートの屋上で揺れる遊具のようなものらしい。意味のない足を前後にプラプラさせながら、下の車輪がこちらへと進ませる

 

本物よりは小さいとはいえ、かなりの大きさであった。だが我々の意識を釘付けにしたのはその熊ではない。その上に跨っているものだった

 

 

島田愛里寿

 

その本人がすんごくノンビリとしたその熊に乗っていたのだ

 

珍妙な姿だった。歩いて凛々しく迫ってくるならいざ知らず、歩くよりも遥かに遅いスピードで来るだけなのだ。平然とした顔をしているが、なぜそのチョイスをしたのかはまるで知らない

 

その感覚は他人にとっても共通するもののようで、衆目を集めながらもその熊は臆することなく西住ちゃんの前に進み出る。そしてその熊を止め、地面に降り立った

 

自動で止まるのか、それ

 

 

 

 

緊張。誰も何も喋らない

 

 

西住ちゃんと島田愛里寿

その二人によって何が起こるか、予想がつかない。ただ試合後の互いの健闘を祈るだけとは違う、張り詰めた空気だった

私も背筋を伸ばし直してただその後の展開を待つのが精一杯だ。ついさっきまであの激闘を繰り広げた二人。それだけだというのに

 

 

 

島田の娘がポケットを漁り、何かを取り出して西住ちゃんの前に差し出した

今度は熊は熊でも人形のようだ。大きさから見てストラップなのだろうか

 

「私からの勲章」

 

傷だらけのようだが……

 

「ありがとう、大切にするね」

 

西住ちゃんが受け入れるなら良いか

 

少なくとも島田流がこの勝負における負けを認めたのは事実のようだ。なおもひっくり返そうとしてくる時に味方にはなる

 

 

 

島田の娘が去り、皆今日中に撤収するための準備に入ろうとした最中、今度は何も乗らずに徒歩で来るものがいた

こんな天気の中スーツ姿で来る人間なんて一人しかいないけどね

 

「あっ……」

 

「お前っ……」

 

辻氏。この後に及んでまだ何かあるとは言うまいな

 

少しやつれてはいるようだ。だが周りから集まってくる大洗生から底知れぬ怒りと侮蔑を浴びせられながらも、あくまで平然と私のそばまでやってきた

 

「辻局長」

 

ここはまずそこの確認からだ

 

「……君たちは勝った。それは疑いない事実です……事実になるとは思いもしませんでしたが」

 

「ですが……この場にいる全員が貴方を信用していない。この事実があったとしても、貴方がまた私に、そして履修生に再び『廃校』を通達する時が来るのではないか、それ以前に本当に我々は大洗女子学園に通えるようになるのか。そこから疑いは晴れていません」

 

私だって……一学生としてはそう思っている

 

「そうだそうだ!」

 

「はっきりしろー!」

 

特に一年生は罵倒するのに躊躇がない

 

「……私は、戦車道連盟、西住流家元らと共に、この試合に大洗女子学園が勝利した際は廃校を取り消す、という契約書に文部科学省学園艦教育局局長としてサイン致しました。そのサインは政府各役職の確認を取った上でのものです」

 

口調は相変わらず感情のこもらない短調なもの。だがその奥には深い意志が横たわっている。果たしてそれを感じているのが私以外にいるのだろうか

 

「これ以上文部科学省の名声を汚すことは許されません。その名をもって契約した以上、今後いかなる障害があってもその契約を履行します」

 

役人のくせにハッキリ言い切ったね

 

「大洗は、廃校になりません」

 

「おおおっ!」

 

最後の不安が取り除かれた。これで皆安心して戻ることができる。戻るための作業にも取り掛かることができる

 

「ほー。そしたらその内容も契約書としてサインしてもらおうかな〜」

 

「そこまでせずとも……この結果が既にメディアの速報として流れている以上、今度こそ文科省の一存では動かせませんよ……」

 

確かにそれもそうだ。それに今回は契約書の文面も動画とホームページ、それと新聞で公開済みだし

 

「それでもやっぱり前科があるからね〜……それでは、正式な履行のため、よろしくお願いします」

 

「職務の全うができずして官僚は名乗れませんので」

 

最後は畏って終わらせた。彼との関係もこれで終わりだろう。私がやるべきことは済ませたのだから

 

彼が動く。どう動くのかは知らないが、彼にとっても目標達成なのだ。彼は必死となって実現させる

 

官僚の地位向上、果たして本当にそれが為されるのかは知らない。それは私にとってはどうでも良いことだ。大洗女子学園の未来が確定すればそれでいい

 

 

 

 


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