作:いのかしら

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第60話 明日

 

 

 

試合が終わった。短期転校でウチの学生になったとはいえ、船すらまともに戻ってきていない今100人単位を留まらせるのは不可能だ。泊まる場所やインフラの確保すら困難なので、結局皆もとの学園艦に帰ってもらうしかない

というわけで元他校生はそれぞれが使っていた乗り物で帰っていくことになる。車とかヘリとか鉄道とか船ならまだわかるけど、飛行船ってなんだよ飛行船って。空飛ぶ鯨かね

 

 

「それでは、私たちも失礼致しますわ」

 

「ダージリンか……了解、気をつけて。西住ちゃんと話すことはいいのかい?」

 

各チームの隊長の本部用として使っていたこのテントも、今いるのは私だけだ。皆に揃ってボロボロになった車輌の片付けをさせながら、学園艦に戻るための準備と伝達に追われている

 

とはいえ艦の確保すらまだできていないから、まずは旧上岡小から情報伝達して足固めだ。この事実を待機中の学園生徒に行き渡らせて、復活への喜びを分かち合わせる

万が一この先何かあっても国に反抗するための支持基盤を固めておいて損はないし、何もなくても選挙や政策実行への支障が減った方がいい。政治経験のない五十鈴ちゃんへの継承をできるだけ速やかにするためにもね

 

持っていたケータイを置き、格言女の方に向き直る

 

「こちらは問題ありませんわ。そちらも仕事中のようで……」

 

「世の中からしたら予想外を成し遂げた後だからねぇ。喜ばしいことに」

 

「その通りに違いありませんわ。みほさんの指揮のもとの、ね」

 

西住ちゃんの、ね……

 

「……ダージリン」

 

「どうかなさいました?」

 

これは政治家としては言うべきかわからない。だが人として……これを言わずに帰すわけにはいかない

この隙が……許されていいかと言われればNOだ。しかしこれだけのことをしてくれた人にこの言葉をかけないのは人として誤りだと断じよう

 

「ありがとう」

 

この人に頭を下げないのは

 

「少なくともダージリン、君が他学校生の招集を為し得てなければ、大洗は負けた。君たちがいなければ大洗の未来はなかった……はっきり言おう、助かった」

 

「私たちは自らの意志で行ったまでのこと。お礼を言われるほどではございませんわ」

 

「それでも、だ。我が校を救おうという意志を持ってくれたことに感謝したい」

 

だがこうして私はこの女に頭を下げている。向こうがこちらに恩を売った証だ。果たして何のためだ。ここまでしたのは何が目的だ

前は私がいるうちは何もさせんと大見得切ったが、今となってはわかる。その気力が、学園を守るためという支えが失われている。もう今の私はかつての姿ですらない

 

「……どういたしまして、とお答えすれば宜しいのですか」

 

「そうだろうね」

 

それでも私がいなくても生徒会は残る。その経験の積み重ねがあれば……それでも有力校の政治介入を跳ね返すことが可能だろうか。大義名分を掲げられる向こうを。資金力、学力、人脈。その全てを上回ってくる新たな敵に対して

 

「……大洗には何もさせませんわ。これ以上は何者からも。それが今回転校した人たちの願いですわ」

 

「……そりゃありがたいね」

 

果たしてこの言葉もどこまで実があるものか

 

「だって大洗にまた何かあったら、みほさんと戦えませんもの」

 

「そういうものかね」

 

とか色々考えつつも、私は変わらず馬鹿であり続けるほかない

 

「『逃げ回る人生では、平和を見出すことはできない』」

 

「ほう……」

 

誰のだこの名言

 

「貴女は今、多くの人が手を携えた戦いの先に平和を見つけているはずですわ。その発見を素直に喜んだ方が宜しいのでは?」

 

「生憎一官僚としての戦いはこれからなんだよね。君たちの扱いや学園艦の解体状況の整理、住民の帰還までね。これが確実な平和なのかもわからないし。この事務作業の方が私の本性ってことさ」

 

「なら……業務としてそこでずっと鳴っているケータイを取ったらどうかしら」

 

そう、書類の上に置いておいたケータイはこうして話している間もひっきりなしに鳴り続けている。掛けてきているのは竹谷氏か町会、あと各地の生徒会の者らだろう

 

「ああこれ。これはお祝い関連だから後回し。後で理由つけて応答しとくよ、船の上辺りでね」

 

今はここの撤収手続きの方が優先だ。さんふらわあが苫小牧からの便を確保してくれたのは救いなのだが、出航スケジュールは決まっているのだ。連盟に対しての事務手続きを済ませねば帰れないし、移動にも戦車含めればかなり困難なのに

 

 

 

 

 

 

「よし、みんなお疲れ。大変な試合だったけど、皆のおかげで勝つことができた。学園が残るんだ。元は私が言い出した選挙の時の公約に過ぎなかったのに、それに君たちを巻き込んでしまって申し訳ない

けど君らは十分過ぎる結果を出してくれた。私から何も報いることができないほどに。代わりといっちゃ悪いけど、本当にありがとう」

 

「本当にありがとう……」

 

「本当に……本当に……」

 

両脇の二人が私に続いて頭を下げたが、またしてもかーしまは泣き出してしまった

 

ここは海の上。会場からなんとか早めに移動してきて、もう出航してからそこそこ時間が経っている。辻氏から密かにもらったメールによれば、時間的にはそろそろだ

 

「おいおいかーしま。まだ泣くには早いぞ」

 

「会長……?」

 

「一旦このロビーに集まってもらったのは他でもない。そこのテレビを見てもらうためさ」

 

絨毯が敷かれたロビーの壁際に一枚の大きなテレビが置かれている。電源スイッチはあらかじめ入れておいた

リモコンを押せばすぐに明るい画面が登場する。写したのはどこかの記者会見場

 

そう、ここで大洗存続の正式発表が為されるわけだ

 

「……なにこれ?」

 

「記者会見?」

 

もっとも他の皆は知るよしもない。確信は今度こそ皆で分かち合いたい

 

手前にはゾロゾロと首を揃えたメディア。カメラやメモ用紙を構え、その登場を今か今かと待ちわびている

間もなく画面の奥、一段高いところに一人の男が登壇した。今のこの国ならばかなりの人間が知っているはずの顔だ

 

「……久保首相?」

 

「何の会見なんですか?」

 

「私もとある伝から首相が記者会見するとしか聞いてないんだけどさ」

 

実際辻氏から直接中身は聞いてない。だが私に連絡を遣し、かつこの試合の後。想像は容易だ。それ以外考えられない

 

画面左側からの写真撮影に応じた後、かの顔は正面に向いた

 

「……えー只今より久保龍人内閣総理大臣によります、緊急記者会見を行います。始めに久保総理より発言がございます。続きまして皆様方からのご質問をお受けいたします。それでは総理、お願いします」

 

「……えー、まず冒頭、このような深夜に設けられた緊急の場でありぬ……ありながら、こうして多くの方にご参加頂きましたこと、感謝の念をのば……述べたく思います」

 

滑舌悪いんだよなこの人

 

「今回このような場を設き……設けましたのは、本日昼北海道帯広市にて行わる……行われました、大洗女子学園高等学校と戦車道全日本大学選抜強化チームとの対す……対戦結果を受けましてのことでございます」

 

ロビーはあっという間に静かになった。紛れもなく我々の試合についてだ

 

「……日本戦車道連盟の方よれ……より報告がございまして、大洗女子学園が勝利したとのことでございます

これらの学業活動における実績を受く……受けまして、大洗女子学園が廃校繰上げ停止及ぶ……及び、指定校解除が適切であるとの判断に至り、大洗女子学園廃校繰上げに関する閣議決と……決定の破棄と廃校指定校解除を決定します」

 

「つまり……」

 

「どういうこと?」

 

「……国が大洗の廃校回避を公的に認めたということです!」

 

「おおお!」

 

小山のその言葉で一気にロビーはダンスホールと化した。もう画面の向こうの人間の発言を聞く者はいない

 

「やったぁ〜!」

 

「今度こそ……大丈夫なんですよね!」

 

もっとも聞く必要のないことしか語っていないから構わないのだが

 

「ああそうだ!私たちは勝ったんだよ!あの国を相手にしてね!」

 

「……想像できないぞな……」

 

君らのその纏った筋肉の方が信じられない

 

 

 

 

政府からしたら次の衆院選を見据え、多少なりとも世論に影響してくる大洗の勝利に便乗しようとした形だろう。メディアにも流れたしこれでなお廃校を執行するのは無理があると

だが彼らの支持基盤の主張とは相反するものである。学園都市が抵抗したら国が政令を取り下げる、そんな憎むべき前例だと騙るだろう。つまり廃校回避の決定は自らの支持基盤を手放し、何より自らの政策実行能力が無いことの証左となるのだ

もっとも今の与党は無党派層に支えられてる部分が大きいから、大衆迎合になるのはわからなくは無いけどね

 

「試合の勝利という観点で言えば、大洗女子学園戦車道は全国大会制覇でその実力を示しました。それでも廃校は適切とされた。たった1試合でそれをひっくり返すとはどのような理由が存在し得るのか、ご説明願います」

 

「今年の夏の勝利はいちず……一時的なものであり、永続が見込めませんでした。また戦車道を維持するに適切な財政状況であるとは考え難かったため……」

 

ま、こうしてメディアからの追及を受ける羽目になるのは然りだ

 

 

 

「よーし、というわけで今度こそみんな安心しな!んじゃ明日の朝までかいさ〜ん!」

 

「おっー!」

 

 

 

 

 

 

夏休みの宿題に行き詰まっていたかーしまの手伝いを終わらせて、自室に入る。他の皆は好き好きに行動している。寝るだのゲームコーナーに入り浸るだの車輌の整備をするだのなんだのと……本当に玉虫色が具現化した集団だよ、ここは

 

「オッケーオッケー。荷物の場所が把握できているなら、その場所に滞留させといて。そんな感じでよろしく〜」

 

「……かしこまりました」

 

学生は転校先が決まっていないのがほとんどだ。つまり引っ越し先も決まっていない。だから彼女らが詰めた荷物はどっかの倉庫に置かれたままにされている。それらは元どおりにすれば済む話だ

とはいえ学業の再開にはまだ時間がかかるだろうな。なにせ生活インフラが完全に破壊され尽くされてるわけだから

コンビニもスーパーも撤収しているし、この期間に外部に移住した人の中にはそうそう戻れない、戻らない人もいるだろう。そういう人を無理やり呼び戻すことはできないししたくない。国の二の舞をしてどうなるというのだね

つまり生活環境に関しては新規募集が必要になるんだよねぇ。学生は絶対いまっせ!となれば集まりはすると思うんだが

 

だから私はそちらメインで仕事をしていきたいね。やりたいこともあるし

 

 

 

「角谷くん」

 

「……お久しぶりです」

 

それをある程度済ませて、ある人と連絡を取った

 

 

「……竹谷町長。ご連絡が遅くなり申し訳ありません。なにぶん撤収作業をかなり早く行わなければならなかったもので」

 

この方が話を持ち込まなければ、私の立場はとっくになくなっていたに違いない

 

「……本当に、よくやってくれた。こんな言葉しか使えずにすまないが、我が町もこれで救われる」

 

「こちらも同様です。ここまで話を進められたのも、町と一体となって戦車道関連の勧誘活動を進められたからだと考えております」

 

「そうかね。大したこともできなかったが、助けるようなことができれば幸いだ。礼と言ってはなんだが、何かこちらが手伝えることはあるかね?」

 

大洗町との関係は引き続き良好にしておきたい。今後もフォーラムと町長、町議会との連携は続けたいしね

 

「そうですね……艦上の生活インフラ再建が喫緊の課題でしょうか。そのための伝などがございましたら……」

 

「業界への伝だな!君たちの知名度のお陰である程度そういう繋がりも広がっている。スーパーでも薬局でも水道屋でも電気設備工事でも見繕ってみせるぞ!」

 

町内や県内の地元業者メインかな。全く問題ないけど。それを起点に大洗の町が潤えば、学生含め恩恵は大きい

学生の経済力、つまりその親の経済力……それが高まれば学園都市経済にも良い影響が出る。もちろん被服科とか水産科などで生産活動拡大は目指すけど、都市であるが故に消費者がカネを持っていなけりゃ始まらない

 

「それはありがたいです。学生相手では纏まりづらい話もあるでしょうから……」

 

「そうだろうそうだろう。なんだったら知り合いの代理人でも立てるか?話をつけるのは難しくないが……」

 

「代理人……ですか」

 

「都市への進出の条件を一から決めるわけだろう?しかも撤収の際に補償もかなり厳しかったと聞いている……まぁあの状況と予算規模的に仕方ないのかもしれんがね

多少そちらに費用負担はしてもらうことになるが、やってもらった方がいいだろう。プロに任せるのも大事だぞ」

 

誰か立てるなら、カネを払ってプロにすべきか。確かにそれの方が下手にケチるよりいい結果を得られそうだ。人一人雇うくらいの支出なら、交渉利益の方がでかい

 

「その方、ご紹介願えますか?相談したいこともありますし」

 

「そうだろうそうだろう!ついでに色んなことも相談しておくといいさ

あ、済まないね。ちょっと待ってもらえるか……」

 

電話番号と名前だけでも控えようとしたら、向こうが一時的に席を外した。と思ったらすぐに戻ってきた

 

「……角谷くん、急報だ」

 

「な、何事ですか?まさか……」

 

「大洗近海にもう学園艦が帰ってきている」

 

「えっ?早くないですか?」

 

「そ、そうだ。なんならもう解体手続きに入っててもおかしくないとは思っていたが……どうしてこんなに早く……

信じられんが……と、とにかくそのことだけ伝えておこう。私も現地で見てくるので失礼する」

 

もう周期的で単調な音しかしない

それにしても……どこのドックに入っていたかわからないけど、こんなにすぐに来るとは関東近辺……やはり横須賀にでもいたのだろうか。だとしても……随分と早めのご到着だ

 

あの規模の船を解体途中なら、人を降ろすだけでも一手間だ。検分中の段階でも然り。少なくとも学園艦に本格的に手をつけるなら、安全の都合上周りではなく中の一番奥、エンジン部分から作業を始めなくてはならないからだ

つまり学園艦にはそもそも誰も乗っていなかった、作業が何も行われていなかった。それが一番自然な回答になる

 

 

 

 

 

……辻氏の話。あの時の……

 

あの話が事実で、かつ広く認められた話だったら……辻褄はあう。そのお陰なのだろうか

 

 

 

 

 

 

さんふらわあはちゃんと大洗の港に入ることができる。それだけ小型の船である証だ

昨日の夜に出て、着いたのは夕方。もう陽は山の向こうへと消えようとしている

 

だがまた明日陽は昇る。この営みは終わらない。終わらせてはならないのだ

 

「大洗女子学園おめでとう!」

 

「素晴らしい試合だった!」

 

降りるや否や、歓迎ムード一色だ。ロビーには横断幕に大漁旗、そして町会の人々。先頭は一応私。次点に小山、そして西住ちゃんとその前を通っていく。この町とともに……学園は残るのだろう

 

ここから一旦はあの小学校に帰る。そして荷物の積み込み準備を済ませた上で、海の上のあの大地を踏む。10月頭には最低でも授業再開といきたいところだが……

 

「角谷会長!」

 

建物から出て間もなくの駐車場。そこには歓迎する町民の集団から少し離れて、見慣れた顔が揃っていた

 

「……飯尾ちゃん」

 

「お待ちしておりました。我らが会長」

 

「……田川ちゃん、どうしてみんな……」

 

生徒会総員。誰一人かけることなく、全学年から集まった精鋭がそこにいた

 

「この時のためならば、と皆待機場所での必要業務は済ませてまいりました。各場所ごとの生徒の荷物の保管先は把握済みです。手荷物一つの漏れもございません!」

 

「それらの輸送手段もです。なんとか明日からでも始められるよう手配致しました。全面的な積み込みは少々掛かるかもしれませんが……」

 

「あの試合が行われるからには会長が何も考えていらっしゃらないはずはない。誰一人として勝利を疑う者はおりませんでした」

 

「そこは疑いなよ」

 

負ける可能性の方が遥かに高かったし

 

「いずれにせよ会長、副会長、広報。貴女がたが大洗女子学園に帰る準備は整っております」

 

……素晴らしいね。誰もが誇らしく胸を張っている。そして私の決定をほとんど経ずにここまでのことを……やはりこの生徒会は最高だ。誰にも後ろ指を刺される筋合いはない

 

その中から一人、進み出る者がいた

 

「田川ちゃん、どうした」

 

「……会長は……やはりどこまでも会長だったのですね。不躾な真似を失礼致しました」

 

「……なぁに、任期までは会長だっただけだよ」

 

 

 

 






次回が最終話となります。駆け足っぽいけど許してヒヤシンス


来週土曜最終話を投稿し、その次の日に完結を記念する形でツイキャスにてラジオ配信を計画しております。この小説だけでなくこれまで書いてきたものも含め質問に答えたりしようと考えております。以下の時間にて行う予定ですので、暇で奇特な方はTwitter共々宜しくお願いします


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8/16 22時〜

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