作:いのかしら

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最終話 来年

 

 

 

冷蔵庫にはまだまだ食べ物が結構残っている。この量の処分はかなり手こずるだろう。私一人でならば

 

そろそろ夕方だ。もう陽は沈みかけ、外灯が白く照り始めた

今日は珍しく定時前で仕事を切り上げてきた。受験絡みで人も欠けていく中、推薦で決まっている私はできるだけ業務に参加した方が良いのだろうが、すでに生徒会の業務のうちかなりの部分から手を引いている。席に座ってるだけが大部分だ

それが本来の私の姿だし、上が忙しくなるのはその組織が危機的である証だ。余裕があった方がいい

今回の職務を全うする中で身をもって学んだことがそれだ

 

最近は無限軌道杯関連とかに時間を割きたいというのもあるけどね。そこでの結果は大洗戦車道をある程度まで維持する上で、つまりウチに人を惹きつけるまでの時間稼ぎには重要だし

 

「あと……2時間くらいだね」

 

そして今日は、かなり寒い一日だった。冬の本格化に相応しく、暖房をつけ窓ガラスも曇りだす。家に帰れば炬燵があるので、その時までの辛抱だ

 

 

 

「やろうか」

 

 

 

 

それも明日になれば達成される

 

 

 

 

 

今日は二学期の終業式の日

 

日程を少々引き伸ばして授業を終わらせ、今日から短いながらも冬休みである

授業も詰め込み気味になった。なんとか授業再開できたのが9月末。学生と寮関係者の移住を優先して学業を再開。その後に少しずつだが商店なども再開可能になった

物資搬入の都合上大洗沖への停泊を継続せざるを得なかったのは、町にとってはプラスだったようだ。実質的に人口が20.000人ほど増えたようなものだったのだから

 

 

まず時間の掛かるものから。コメを炊き、長時間煮込むものから手をつける。山ほどたっぷり作っても今日の客人相手には足りない、と彼女の知り合いに確認取った

 

……前から聞いていた話ではあったけどね。最悪タッパーにでも入れて持って帰って、母ちゃんにでも食べさせよう

 

 

 

 

 

 

 

外は暗く、私がこなしていた作業も山場は通り越し、あとはもう客人を迎えるのみとなっていた。最後まで食材を使い尽くし、席を整えるだけ

 

そんな中で客人はやってきたようだ。水の中で包丁を濯いでいた手を止めさせたのがインターホンの音だった

 

幸い今は少しならここを離れても問題ない。呼び入れるだけなら大丈夫だろう

 

 

「はいはい。今出るよ」

 

エプロンを付けたまま扉を開けると、そこに凛と立って待っている人がいる

 

 

 

「よく来たね、五十鈴ちゃん」

 

「お邪魔します」

 

こういうところで物怖じすることなく居られるところも私は買ってるんだよねぇ

 

「さ、手洗ってあがっちゃって。食事はもうちょいかかりそうだからさ」

 

「ありがとうございます。わざわざ会長に直々に……」

 

「いーのいーの。さ、早く早くっ」

 

 

 

 

 

机の反対側、そこにかなり視線が高い五十鈴ちゃんを座らせた

 

「さて……年越したらもう私は完全に一線を引くよ。そうしたら晴れて五十鈴ちゃん……君が正式に生徒会会長だ。おめでとう」

 

「ありがとうございます。と言いましても11月くらいから私も生徒会業務に結構携わっていましたが……」

 

「いーのいーの。そんじゃ、乾杯」

 

ジュースでだがしっかりと乾杯は乾杯だ。互いの間のアンコウ鍋を超える形で杯がぶつかる

 

「さ、食べて食べて。武部ちゃんに五十鈴ちゃんはよーく食べるって聞いてたからさ、久々に本腰入れて料理したよ」

 

 

 

 

五十鈴ちゃんはなんら支障なく当選した。プラウダが人民に本格的に手を入れるとか、聖グロや知波単が自らの支援企業の導入を強制するようなこともない。他のいかなる存在の邪魔が入ることはなかったのだ

フォーラムの公認、そして戦車道の勝利への参加という絶対的な貢献度。主張も取り込まれた崩れかけのクラブの候補が勝てるはずもなく、他の無所属の有象無象相手なら尚更である

 

「それにしても、なんもなくてよかったね」

 

「どうしました?」

 

「いや、流石にこれまで生徒会はおろか市民議会議員にすらなってない人間をトップに付けることに関しては、反発がある程度あるのは覚悟してたからねぇ。当選は揺らがないとは思ったけど」

 

「会長が認めてくださってるのが大きかったのでは?」

 

「それは私を買い被りすぎだよ。生徒会ならともかく、市民や議員で私に否定的な人はかなーりいるはずよ?」

 

鍋もすでに半分以上なくなっている。私は器一杯しか貰ってないと思ったが

 

「前に仰っていた『都市に戻りたくなかった人たち』、ですか」

 

「そ。補償金もまだ満額払ってないしね。それに町内会系は相変わらず不安定になりそう」

 

「学生に絡まない部分だと……やはり不満が残りますか」

 

「そこら辺の対処押し付けちゃうようで悪いね〜」

 

「いえ……そんな……」

 

「そこら辺はフォーラムの高林ちゃんとかとやってりゃ上手くいくよ」

 

フォーラムも生徒会長選を機に世代交代を行い、私をよく支えてくれた白石ちゃんとか松本ちゃんが身を引いた。後任と五十鈴ちゃんは何度も会わせているが、雰囲気が合っているとも言えないんだよね

 

そこは新広報に投げるか。実務的な調整力はともかく、コミュニケーション力はあるでしょ

 

「何より頭は君たちだけど、それより下の中身はこれまでの生徒会なんだ。日常業務の遂行は任せていいよ。私みたいに大それた事態に立ち向かうわけでもないしね」

 

ある意味半分は脅しだ。生徒会長や副会長、広報の地位に胡座をかいて部下の意向に思いっきり逆らうようなことがあれば、流石に下の田川ちゃん、飯尾ちゃんとかが容赦しないだろう。他も然り、今の高一の代もね

とはいえもちろん会長は会長。既に当選直後の段階から生徒会の者には『五十鈴会長』と呼ぶよう厳命してある。秩序はできるだけ維持した上で、である。こんな事態のあった後だ、政局の混乱はクラブやフォーラムの独自行動をある程度封じるためにも必須だし

 

実際このいわゆる『戦車道政権』はせめて来年までは戦車道で実績が欲しい、というところもあって作られたものだ。だから五十鈴ちゃんが生徒会長候補として名乗り出させたのは形式上だけど戦車道履修者を集めた場だった

 

戦車道、生徒会、フォーラムの連合政権。だから五十鈴ちゃんとか秋山ちゃん辺りは戦車道にも注力して欲しい。その分統治において求めるのはこれまでの生徒会路線の継承と確立。それだけだ

だからこそかーしまの話を抜きにしても無限軌道杯も結果が欲しい

 

……こういうことを考え続けてしまっているあたり、私は一線を引いた後もまともな人間に戻れる、こう……人を道具として見る人間から脱却することができない気がする。それも中途半端なままで

奇妙なことだが、どこまでも生徒会長であり続けてしまうのかもしれない

 

この大洗女子学園での実績、大洗女子学園そのものと縁を切る。それか切り捨てないで生きていける道を選ぶか、だ

どちらを選ばざるを得ないのか。そんな未来のことはわからない

 

 

 

 

「そういえば補償金で思い出しましたが、私が引き継ぐにあたってあの訴訟の件はどのように対応すれば……」

 

「訴訟?ああ、国相手に起こしたやつね」

 

前に竹谷氏に紹介してもらった弁護士と連絡を取って、今回の廃校を巡る一貫性のなさに由来する経済的損失に対し補償を求める訴訟を起こした。国に対してね

 

もちろん勝算しかない。まず廃校指定校自体を訴訟に含めてない。その政治的判断については司法は違憲でもない限り立ち入らないだろうし

だから主題は廃校の8月末への繰り上げとその取り消しを短期間にこちらのまともな相談や情報伝達もなしに決定したことに対してだ。オフピークだったからマシだったとはいえ、帰還の際の引越し業者には割増で金払ってるしね

だから学生への学習への影響も含めて補償と賠償を求めてるわけ。そして事実そのまま。どう転んでもこっちの勝ちだから楽だって弁護士さんも言ってたし

だが訴訟を起こしたのは大洗女子学園。つまりそのトップの立場は五十鈴ちゃんに継がれるから話を通すのはその通りなんだけど……

 

「あれならもう直に終わるよ。弁護士さんに投げとけばOK」

 

「そう……なんですか?」

 

「国とも内密にだけど和解の条件詰めてるとこだしね。こっちの実質的な勝ちは確定済みだよ」

 

向こうも下手に争いたくはないし、控訴取下げとかで印象よくするのと似た手を使いたいご様子

 

「国からしても額を少々引き下げてくれれば良いらしいしね。ほら、この前政権変わったじゃん」

 

「そうでしたね。衆院選で与党が変わりましたけど……」

 

「そうそう、それ。だから今新しく組閣している政権からしたら、こんなの前の政権のせいにしてしまった方が都合がいいんだってさ。金を削ろうとしたら賠償金を後に残すとか、ろくでもない奴だってね」

 

「なるほど……こちらからしてもろくでもない政権でしたけどね」

 

「廃校指定校の廃校は継続する気みたいだけど、新規指定はしないってさ。だから新政権になってもウチが危なかったのも事実だよ」

 

それも時代の流れってやつだね。鍋の中身が既にないのもそれ……な訳ないよね

 

「それが払われたら補償金残り出して、賠償分は都市債の返済か都市開発への投資かな。戦車道にも一部は回しても良いと思うけどね」

 

皮肉にもこの件で都市債の発行に関する障害がなくなった。まず学園艦から出るための費用は町と県が代わりに債務を持っていた。これからなくなる組織が借金なんかできるはずないからね

 

だが学園が再興されると、都市自治の名目を堅持するために大洗はこの債務を引き継ぐことになった。だからこそウチが主体で訴訟できたんだけどね

ではその借金の扱いは?となると、これは公的に都市債の存在を認めるしかなくなった。経済はこれでかなり回しやすくなるね。賠償金でも完済できなかったことにしてどんどん企業誘致とかに使っちゃおう。バス会社とかね

 

「艦底関連どうしますか?お銀さん達は戦車道に加わりましたけど……」

 

「お銀派が穏健化すればかなーりやりやすくなるはずだよ。かーしまの縁が切れても誰かしら繋いどけばいいし、機密費からは変わらず回すつもりだしね。そこの手配は忘れないでおいてね」

 

まさかお銀達が地上に出てきて貢献する時が来るとは思っても見なかったけど……戦車も持っていたし助かるっちゃ助かる。とにかく新規車輌買うよりは設備と経済開発優先せざるを得ないからね

 

「さて、固い話はここまでにして、新しい料理持ってくるからもっと気軽な話にしようかね。五十鈴ちゃんさぁ、華道の方は大丈夫なの?」

 

「あ、はい。年明けに展覧会がありますので、それを出したらまた春を待つ予定です」

 

「いやー、私が振った話だから悪いけど、今2足どころか3足の草鞋履いてもらったわけじゃん。足たりるの?」

 

「基本的に学園艦にいるときは戦車道と生徒会、帰ったら華道と分けられますからね。生徒会の方も精力的に手伝ってくださいますし」

 

「大丈夫ならいいけど、どんどん仕事あげなよ?特に中学生にも仕事やってどんどん経験積ませたほうがいいんだから」

 

「ははは、わかりました……」

 

 

 

 

 

 

 

宴の時は早く過ぎるもの。結局私も腹一杯食べたとはいえ、冷蔵庫には肉一切れも残っていない。その全てを使って客人の腹はやっと満たされた

明日の朝食分がないが、もう近くの店で手軽に買って食べるとしよう

 

「いやー、結構話していたねぇ」

 

「そうですね。もう結構遅いですが、会長は大丈夫なのですか?明日帰られると聞きましたが」

 

「あー、大丈夫大丈夫。そんなに速攻出なきゃいけない便じゃないからね

というわけで最後これしかないんだけど、空ける?」

 

ちょいと棚の奥に置いてあったのを机の上に持ち出す

 

「……なんですかこれ?」

 

「チョビ子からの貰い物。前にくれたんだけど、残り一本はなかなか飲む機会なくてね」

 

「中身は……」

 

「ジュースだってさ。どうする?」

 

向こうが言うには、である

 

「なら、頂きます」

 

なぜコルク栓がしてあるかは気にしないことにしよう

 

 

 

 

「……五十鈴ちゃん、この際だから一つ言っておこうか」

 

こういう機会の終盤にもなってくると、口は軽くしておきたくなるものらしい。戦車道以外ではほぼ会わなくなるしね

このことを関係者以外に言うのは初めてかもしれない。少なくとも……あの人以外には

 

「なんですか?」

 

「私は一度、君を物凄く疑った。ほんっとうに風紀委員に調査させるくらいには疑ったよ」

 

「……いつの事ですか?」

 

「西住ちゃんの擁護のため、武部ちゃんと生徒会長室に来た時」

 

「あの時……ですか。何を疑って……」

 

「君が文科省と繋がっている可能性。五十鈴流の存在と短期間での結託。正直西住ちゃんがあの場で首を縦に振らなかったら押し切られてたかもしれない

文科省としたら戦車道なんかで勝とうとしてくるのを妨害してきてもおかしくないな、とは思っていたからね」

 

「……凄く……用心深いんですね」

 

「そうだね。あの時は全てが敵に見えた。全てが我々を廃校に向かわせるためなんじゃないか、とすら思ってた」

 

当時の味方は他2人に生徒会くらい。フォーラムとの関係も刺客立てたりしたから不安定だったしね

 

「……そうも、なりますよね」

 

「常に最悪の事態を考えて行動してたよ。それが全うできたわけじゃないけどさ。全うできてたら、もう少し早くに話ができていたよ。私だって……完全に政治家にはなれなかったのさ。間違いなく向いてる職じゃない」

 

飲む度に体があったまる気がする

 

「幸いさ、五十鈴ちゃんの代は周りがよく知ってるメンバーだし、廃校とかいう危機が来るわけじゃない。凛として前に立って演説する姿が見せられれば、後は戦車道やってりゃついて来るよ」

 

……再来年度以降はわからないんだけどね

来年までは西住ちゃんがある程度なんとかしてくれるだろう。少なくとも昨年度優勝校の名を汚さぬ程度には

 

「だからそんなに不安がる必要もないさ。やってて思ってたけど、疑わないでやれるならそうやった方がいい」

 

「もちろんその通りです。優花里さんも沙織さんも、私はもちろん信頼しますよ」

 

「なら……いいんだよ」

 

だがこの困難を乗り越えた立役者である彼女らだ。きっと……未来は明るいはず

 

「一つだけ……宜しいですか」

 

「どうした?話なら聞くよ」

 

「生徒会長を務めるに当たって、必要なことって何ですか?」

 

……難しいね。なにせ私だって完璧じゃなかったんだ。それで答えを出せ、というのはハードルが高い

とはいえ何も答えないわけにはいかないだろう

 

「……こうして次の生徒会長に学園を残すこと、かな。それが私の公約だったってこともあるけど

自分がこの都市を纏めていること。そしてその都市の住民の未来を背負っていること。その二つはずっと頭にあったね」

 

「今更ですが……やはり重い仕事なのですね」

 

「不安かい?」

 

「それは……もちろん」

 

むしろ私が能天気すぎたのだ

 

「さっきも言ったけど、不安とかは漏らした方が良いよ。その方が楽だろうし」

 

「会長もそのようなことがあったのですか?」

 

「小山とかかーしまとかには漏らしてたりしてたよ。なんならあの2人の方がしっかりしてたし。なんか追求を受けたり、批判だって受けたさ」

 

「そういう関係こそ、健全な体制なんだと思いますね。そう……なれるようにします」

 

なんとも真面目な子だねぇ。何を言っても教訓と取られちゃうよ。いや、だからこそ選んだのさ。私と違い過ぎるから

 

 

 

 

 

 

「今日はこんな時間までありがとね」

 

結局あの瓶を空っぽにして、日付が変わる前に五十鈴ちゃんは帰すことにした。通路は明るくなっている分、その向こうは闇に覆われている

 

「いえ、会長さんこそ今後まだまだお願いします」

 

「無限軌道杯なら勿論だよ〜。私の友のためでもあるからね

五十鈴ちゃんもよろしく頼むよ」

 

「お任せください」

 

なんだかんだで自信を持ってくれたようで何よりだ

 

「それでは失礼します」

 

「またね〜」

 

一礼し、蛍光灯のみが光る通路を奥へ奥へと去っていく。その背中は……私よりも遥かに大きい

 

彼女にはもう何人も頼れる人がいる。3よりももっともっと多い数の

 

その人らに支えられて、彼女はより良い統治を成し遂げてくれるだろう。高校内で真の目的を封じ続けていた私と比べれば

今見てもそうだ。結局辻氏との繋がりは誰にも話せないものだ。向こうは一応降格は受けて出世レースから外れたらしいし、将来的に呼べるかもしれないね

 

 

階段を降っていく甲高い響きが遠くなる中、その重い扉をゆっくりと閉じた

 

 

 

 

 

 




完結を記念する形でツイキャスにてラジオ配信を計画しております。この小説だけでなくこれまで書いてきたものも含め質問に答えたりしようと考えております。以下の時間にて行う予定ですので、暇で奇特な方はTwitter共々宜しくお願いします


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8/16 22時〜


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