作:井の頭線通勤快速

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第7話 パーカーの男

 

 

示された店はお高い店として町民に知られているところだった。実を言うと私の実家からもそう遠くないし、近所付き合いが無いわけじゃないのだが、本当に入ったことはない。

日も暮れて数少ない街灯がその店の少し手前を照らす中、私は渡された紙と店を三度ほど確認してから、中を覗きながらゆっくりと戸を開けた

 

予約済みらしく、店員に町長の名字を伝えると奥まった座敷に案内された。内装は木を主体としている明るめな高級懐石店

本当に奢ってもらえねば財布の中身はおろか財布ごと売り払わねばならないだろう。思わず壁にある絵なども眺めてしまう

 

何事だろうかと待ちながら渡された温かい茶を喉にゆっくり流す。飯を食おうにも相手も誰もいない4人がけの座敷。何もできるはずがない

待つこと20分。ただひたすらに暇であった私の前に、やっと二人の男が現れた。一人は先ほどまで顔を見合わせていた男、町長の竹谷氏だった

 

「待たせたね」

 

「こんばんは。いえいえ、お気遣いなく」

 

しかし一人ではなかった。もう一人灰色のパーカー姿の、少しは若いと思われる男も後ろにいた

 

「さ、どうぞどうぞ」

 

何処にでもいそうな身なりだし、こちらの方がよくよく見ても若いようだが、その割に竹谷氏が気を使う方のようだ。偉いのか?

 

「そちらの方は?」

 

返事を返される間も無く、その人は奥に腰掛け、手を拭いてじっとこちらを見据えていた

 

「……彼女が、ですか」

 

「はい?」

 

「いえ、失礼。ここは問題ない場所なのですか?」

 

見据えていた割には私の返事には興味がないようだ

 

「はい。私どもと縁のある店ですゆえ。味も、特に大洗の海鮮は保証しますよ」

 

「なるほど、ではまずはそれから頂きましょう」

 

誰かもわからずに同じ部屋にいる男とともに多様な小皿に盛られた先付けを摘む。眼鏡の奥の目がなかなか見通せない

箸だけ飯を口に運ぶ。味がしない。向こうには味がわかるようで舌鼓を打っているが、向こうも食事の話しかせず、こちらに話を振ろうとしない

 

そのまま人参と茸の煮物、鯛や鮪に鮃といった刺身と何も話のないまま、酒のない懐石というのも合わさって、この奇妙な食事会は続いた。私たち以外に店に入る人もなく、食べ終わると皿はすぐに取り替えられ、蓮根などの炊き合わせがやってきていた

 

「本当に……問題ないようですね」

 

「言った通りでございましょう。私たちからしたらその話に乗らない手はないのですから」

 

「……少し疑いすぎましたかね」

 

「それに今日は祝日。貴方がどこへ行こうと問題ではありますまい。私も仕事時間外ですし、ここの店も町の経済に左右される所の一つですからね。話は付けてあります」

 

「それもそうですか」

 

「それに自分で言うのもなんですが、選挙もないのにこの田舎町までわざわざ探りに来る人間はいないでしょう。いたとしても私と貴方なら学園艦の寄港なんたらで済みますし」

 

「……では、話を始めましょうか。申し遅れました、角谷さん。私、学園艦教育局の辻と申します」

 

一瞬思考が止まった。それが事実だと判別できたのは、彼が直後に名刺を差し出してきたからである

 

辻廉太

 

文部科学省学園艦教育局局長

 

そこにはまさしくそう書かれていた

 

「は、あ、ありがとうございます。お初にお目にかかります。私、大洗女子学園生徒会学生課課長の角谷と申します」

 

カバンの中から新品の名刺入れを取り出し、かーしまの実家で作った名刺を手渡そうとした。しかし印字がすでに生徒会長だったのでそのまま引っ込めようとした

 

「えーと、課長の……」

 

「その名刺で構いません」

 

カバンを半ば開けっ放しにしたまま手を止めた

 

「私は『大洗女子学園生徒会長の』角谷杏氏と話しに来たのですから」

 

何だ。とうとう直々に候補に入った話か?だとしたら何故こんな直接このお偉いさんが私服で足を運んでくる?

 

「……そんなお偉い方がウチのような小規模学園艦に何の御用でしょうか」

 

カバンを締め、名刺を手渡してから本題を促した。こんなに楽しくない食事というのも久方ぶりだ。終わらせるに限る

それに上に立つ存在だからこそ、下手にへりくだっては向こうの思う壺だ。私を学園都市の主人と見ている以上、隙を突かれては市民の不利益になる

 

「こ、これ、角谷くん……」

 

「そんなに気を張らなくていい。私もこの身なりです。たまたま同じ店で相席になった程度、それで構いません」

 

自己紹介しておいてそれはない。しかしこの格好ということは、この訪問は公式のものではない、ということだ。こんな人物から非公式に伝えられるもの……そんなもの、あるだろうか

 

「今日は角谷さん、貴女に悪い話と良い話をお伝えしに参りました」

 

 

 

「悪い話と……良い話ですか。悪い話というと…….自動車部の免許関係ですか?」

 

多分違うが、とりあえず振っておく。聞きたくない話を先延ばしにしているだけだが

 

「いやいや。むしろそこは県外から生徒も呼べてますし、事故でも起こさない限りこちらも気にしませんよ。現在は気にする余裕もない、という方が近いですがね」

 

「それは何よりです」

 

「ま、それを支える母体が怪しくなるのですが……」

 

「それは……つまり……」

 

「……そこは私からにしようか」

 

話をやめていた竹谷氏がここに加わった

 

「そうですね。それはそちらでお願いしましょう」

 

「わかりました。角谷くん、恐らく君も察しているのだろう?」

 

無言はYESの代替えだろうが、それをもって私は返事とした

 

「大洗女子学園学園艦は……このままでは廃艦となる可能性が高い……そうだ。期限は来年度末」

 

「そう……ですか」

 

予想より期限が早いが、わかっていたことであった。抑えているものもあるとはいえ、問題だらけの学園都市だ。統廃合を進めるという国の主張に則るなら、ウチは廃の字が一番適しているだろう

 

「そうですかではないぞ!学園そのものも無くなるのだぞ!」

 

「かといってですね、金銭面や産業面、そして政治面。実務を遂行してきた者として問題は山積しているのを見てきております。そしてそれを解決する金はない

この学園都市の規模から見ても、条件的に廃校候補には入り得るかと存じます」

 

「し、しかしだな……」

 

「それでは良くないのです」

 

今度は辻氏だ

 

「大洗はこの流れを乗り切ってもらわねばならないのです。角谷さん、貴女には……これを阻止して欲しい」

 

「はい?」

 

思わず変な返しになってしまった。私単独で国に抗えというのか?

 

「貴校の水産技術は、特に深海魚の養殖産業に関しては世界にも並べるクラスです。廃艦によりこの技術者層が各地に分散するのは非常にいただけません。

深海産業の関連技術は我が国が将来的に資源開発を進める中でその良きサンプルとなり得ます。その環境もある中で放棄するのはよろしくない」

 

メタンハイドレートとかその辺りか。私も詳しくないが、日本のその広大な排他的経済水域を考えれば方針としてはアリ……か

 

「他にも自動車部や選択必修科目、また生徒の学業成績を見ても、決して存在価値が薄いわけではありません。さらに昨今は治安や体制などを改革する節も見られます。実際公立校の中では現状だとマシになっている部類ですね」

 

「この先を生き残る気概が見られる、といったところですかな」

 

「生徒感情から見ても全面編入ではなく分割編入、学園解体となるのは良いものではありませんしね。現状全面編入を認める学園都市はおりませんから、半ば無理やり進める形になります」

 

学園を褒められるのは悪くないが、それでも前提と世論が厳しいことには変わりないはず

 

「……とはいえ阻止すると申されましても、国という組織に対して我々に何ができましょう。我々がなんとか茨城県議会でも動かして非難決議を出させたとて、それで動く代物ではございますまい」

 

「ええ、その通りでしょう」

 

茨城県は現在でも野党が衆議院で議席取ってるしね。ウチのところは与党が当選したけど、人口比率的に気にしなくてもいい、との目論見だろう。原子力対策といえばここら辺だと耳触りいいしね

 

「それに何より、貴方はそれを官僚側として執行する側のはず。それでなぜ貴方がそれを阻止しようとなさるのです?そこに大きな矛盾を感じざるを得ません」

 

きっと裏がある。私にだけ都合のいい話などそうそう転がっているわけがあるまい。きっと誰かがもっと利を得るためのものだ

 

「だ、だがな角谷くん。これが真に執行されるとなれば、我が町としても損失が痛すぎるのだ

県内では我々の他にも日立や北茨城、神栖などが飛び地として学園艦を有しているが、我が町の飛び地として所属する学園艦は君たちだけだ。つまり学園都市が解体となれば、君たちは他の町や市の民になる」

 

なぜ受け入れたのが女子校だったのか。町の男女比率が狂っているのもこのせいだ。ま、これのおかげで不純異性交遊の取り締まりは楽らしいんだが……そこと運命共同体になったのは先人のミスだろう

 

「我が町の本土はもうすでにボロボロだ。こっちだけなら高齢化率が50%近いし、観光需要もアクアワールドで保っているようなもの。海水浴は安定した収入にならんし、そもそも観光は雇用にならん。

漁業も放射能関連で輸出が詰んでるし、企業は明太子屋がいるのみ。そこに先の震災だ。そのせいで内陸所属の学園艦も千葉や神奈川に母校を移し始めている

地上に中学、高校がない以上、もはや学園艦は旺盛な若者の場所は町を保つ最後の砦なのだよ。産業面、税収面共にな」

 

若者は……ここでは学園艦、他の学園艦を含む場所を経て都市へと向かっていく

 

「それはこちらとしても把握しております。しかし期限が来年度末である以上、根本的な解決は不可能です。チマチマしたもので国を変えられるわけがありません。

それに何より、私が先ほど提示された疑問は解決されておりません。これが進まない限り私は易々と首を縦に振るわけにはまいりません」

 

「……私が真に君たちを廃校にするつもりなら、この格好で訪れたり、こんなことを言ったりはしません」

 

「真意は何です?私も学園都市の民から選ばれた者です。それが解決可能なら可能な限り手を打ちます。しかし大規模な財源の確保も困難な状況で、問題を改善させる手立てを見つけるのは厳しいかと……」

 

「……その答えなら、もう貴女が使っているではないですか。それが良い話です」

 

「使っている?」

 

「貴女の選挙を見て、答えがありましたからね」

 

私の選挙?圧勝したという支持か?確かにそれがあるのは大きいが、過半数を占められていない議会がいる以上根本は変わらない。別にそれを元に強引に政治ができるようになったわけでもないしね

 

「私の……選挙?」

 

だとしたら何?何もないし、何も特にしていないんだよ?

 

「……西の黒森」

 

竹谷氏の口からポロリと溢れた言葉。それが全てだった

 

「……東の知波単」

 

続けた。私も知っている言葉だ。いや、使おうとしたものだ

 

「あれに見ゆるは大洗」

 

そう。それはかつての大洗の誇り

 

「……戦車道、ですか」

 

箸をつける余裕もない炊き合わせが、未だに机の上にはあった

 

 

 


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