作:いのかしら

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第8話 虫と少女と大統領

 

 

「もしや……戦車道を復活させよ、と仰るつもりですか?」

 

「端的に言えばその通りです」

 

何をバカなことを。戦車道があったのは20年近くも前だ。私自身そんなに詳しくないが、戦車道が金食い虫だってことはわかる

 

「無理を仰らないでください。今の我が校にそんな代物を運用する金はありません」

 

「昨今、戦車道連盟は新規参加校への間口を広げてましてね。するとなれば補助金が出ますよ」

 

「ならばその前段階です。戦車もない、人材もない。そしてそれを支えられる金は補助金とサービス業収入のみ。それでかのプラウダや黒森峰のような大戦車部隊を持てと?実に滑稽な話です」

 

「……あるのでしょう?戦車は」

 

辻氏の言葉に少し詰まった。あるにはあるのだ、多分

 

「書類上すでに全車輌廃棄となってます」

 

「誤魔化すのにこんな時期に汗をかくのは感心しませんね」

 

「すみません。最近忙しくて体調が万全じゃないもので」

 

我ながら誤魔化し方は下手だと思う

 

「……そちらの書類は確かにこちらに来ましたが、その時に処理されたとされる業者が、同時期に他の学園艦の戦車を処分していることが判明したのです。おそらく口裏合わせた偽造でしょう

そして部品の移転先も一切不明。明細も来ていません。いくら損傷が激しくとも、車輌の部品一つすら売却していないのは不自然でしょう。金が必要なはずの大洗なら尚更ね」

 

無理だよな。だがこちらだって無理だ

 

「……確かに学園艦内に存在する可能性はあります。しかしそれらは売り手がつかなかったもの。付いたものは全て売却されています

そちらからしたら残念でしょうが、それだけは確実です。そのようなオンボロしかない状況で戦車道をやれと?」

 

「そこで名を残せれば、廃校回避を考えうる要素にはなるでしょうね。さらに知名度が高まれば志願者数を増やせるでしょう」

 

「ハッ。仮に戦車があるとしても、それらはオンボロでしかない上に、人材もいなければ練習もまともにできない。そんな状況で名を残せる成績は残らないでしょうね。黒森峰かプラウダ辺りにボッコボコにされて終いです。名前なんて世の中に知られようがないでしょうね」

 

「そこで私が少し協力しよう、と考えているのですが……」

 

真意は聞けていないが、というより向こうが言うつもりがないようだが、この辻氏はなぜか我々を助けようとしてくる

本当に味方かを考えるのはやめた。果たして本当に学園の未来に役立つかどうか。判断基準はそこでいい。話だけは……

 

「何です?」

 

と私はこの先へ一歩進んでいた

 

「丁度いい人材を一人ですが紹介できましてね。要するに転校させてもいいということです。腕の方は保証しますよ?むしろ高校生最高クラスの方です」

 

「……どれほどなのですか?学年は?」

 

「現一年生。新学期からなら二年生になりますね。一年生にして主力に加わる以上のことをやってのける逸材です」

 

2年間居られるわけか……

 

「それほどの方がなぜウチに来るんですか?わざわざ戦車道が現状ないウチに」

 

「事情がありましてね、学校の方針的に置いておきたくないそうです。で、親御さんからも転校に関する話は伺っておりましてね、あなた方を勧めることも可能です」

 

複雑そうだな。立場によっては最悪その前の学校との関係が悪化することも考えられなくはない。亡命を認めるようなものだしね

 

「ふむ……となると、彼女をウチに呼んでも戦車道をやらないのでは?」

 

「やらせるしかないでしょうね」

 

「……ちなみに名前をお伺いしても?」

 

「西住みほ」

 

「西住、となると……西住流ですか」

 

名前くらいしか知らないが、戦車道の中では有数のものだったと記憶している

 

「その次女ですね。後継者ではない方の。姉のまほが隊長で、今年の夏まで彼女は副隊長でした。西住流といえば黒森峰ですが、今年の黒森峰がどうなったかはご存知ですね?」

 

「確か……夏の大会で10連覇を逃したとは伺ってますが」

 

「その時決勝で負けた際に、そのみほさんが川に落ちた戦車道の仲間を助けに行き、その最中に自車輌が撃破されて終了したそうなんですよ。そのせいで敗北の原因が彼女にあるとされてしまったようでして。

西住流というのは勝利を重んじる流派である上に、内部の、特に3年生からの反発が大きいらしくてですね、西住流としても扱いに困っているそうです。さらに学園の体面を保つためにも、黒森峰側もあまり置いときたくないそうで」

 

一回の負けでここまで追い込むとは……大人の身勝手というのも嫌なものだ。実際の3年生からしたら負けたせいで自分たちの推薦も危かったりするだろうから、そうも言ってられないのかもしれんが

 

「それで……ウチに来るという話になると。確かに黒森峰の副隊長ともなれば技術は相当なものでしょうね。一つ疑問なのは、黒森峰がそこまで毛嫌いする存在を受け入れても問題ないのか、という点ですね」

 

「厄介者を受け入れてくれた、とのことで収まると思いますよ」

 

「それと……やはりそれだけのことがあるのなら、ウチに来ても彼女は戦車道をやらないのでは……」

 

「もう一度言います。やらせなければあなたの学園に未来はない」

 

やらせる?生徒の自主性を重んずるべき学園都市で、選択の名がつくものを強いるだと?

 

「今から、しかも来年までに他の部活動で優秀な成績を残せるならば考えますが、そうなると資金面の優遇はできないですね」

 

確かに他に道はない……気がしてしまう

 

「我々としても戦車道を導入してもらうことにはメリットがある」

 

ここで竹谷氏が口を挟んだ

 

「戦車道で破壊されたものは連盟からの補助金により修復可能だ。先の震災での復興が万全でない今なら、大洗で市街戦をしても連盟からさほど嫌な顔はされないし、町としてもその資金で区画整理を実行できる。

ちょうどマリンタワーから大洗駅までを直接結ぶ道の建設計画があってね、それのために一掃しておけば建設が楽になる。場所は多少移れど、ほぼ無償で建て直されるなら町民からの反発も少ないしな」

 

観光面を再興するためにも必要、か

 

「それに戦車道の試合による観光収入も僅かではあるが無視できない。そこを起点に大洗をアピールすることもできる。同じレベルのものが開けるなら話は別だが、流石に無理があろう」

 

「確かにそうですが……」

 

だがこの決定は一人の見知らぬ少女の運命を決めてしまうことになる。しかも自主独立のための学園都市で。良心が足を引っ張る

 

「角谷さん」

 

思考の中に入ろうとするのを、辻氏の声が止めた

 

「彼女に対する良心の呵責で悩んでいるなら、それは素晴らしい。人間ならどこかで持っていてほしいものです」

 

そりゃそうだろう。人間なんだから

 

「だがそれを持ち出すのは今ではない。君は選挙で一年間大洗女子学園学園都市の民を代表する者とされたのだ。その責務を果たす義務が君にはある」

 

「それもまた政治の真髄の一部なのだよ、角谷くん

当選した以上、支持層の求めには応じなければならないし、自分を支えているのは世論であることを理解しなければならない。世論、いや組織そのものと少女一人、天秤にかけるまでもないだろう?」

 

「天秤に……」

 

人の運命、それを天秤に乗せる。その言い方に憤りはあった。だが可能な限り学園は残さねばならない。それは大洗女子学園に通い、その地に住み、その母港に実家を持つ者としても当然の帰結だった

 

「そして今、我々3人にはそれぞれメリットがあるのです。私は戦車道の普及を一歩進められ、深海産業に関わる知的財産を、国益を守ることができる。竹谷氏から見れば、戦車道導入は大洗再開発の支柱になるし、学園存続は町に必要なものだ」

 

そうなのだ、話に乗るのが早い。が、どうも乗せられている気がするのだ。少女の運命を変える云々を抜きにしても

 

「そして君は、その実績如何では危機に瀕している学園を守ることができる。名が知られて大洗港の修復に世論の支持が傾けば、君らにも大洗町にもメリットは大きい。

この三方よしの状況で、君が断る合理的な理由は無いはずだ」

 

そうだ……私は政治家になったのだ。あの干し芋片手の気軽な返事からその道に踏み込むことを決めてしまったのだ。そして何より、そこにしか実際可能性はない

 

部活には良くも悪くも受け継がれたものがある。彼らにこれまでとは桁違いの実績を求めるのは酷だろう。むしろ無理やりすれば反発を受けるし、急にどこかを贔屓したら他から総スカンを食らう

 

ある意味これまでなんの継承もなく、かつ生徒会が直接下部におけるもの。それがかつての栄光の時代、いや、新たな時代を生きる大洗女子学園の未来に繋がるなら……そしてその学園で……生徒が笑える時代を護れるのなら

 

「認めざるを得ないのでしょう。これまで何代と受け継がれた学園の伝統と気概を守る。それもまた……役目である、と」

 

運命を変えるとしても、変え方というのもあるだろう。決して悪い方向に一方通行ということもないはずだ。廃校まで時を刻みながら泣いて過ごす未来が良いはずがない

 

「分かりました。何としても導入してみましょう」

 

しぶとく粘り続けてやろう

 

「その通りです。これで大洗女子学園の戦車道導入に関してこの3人で合意ができました」

 

辻氏が不敵に笑う。やはり何かしらの裏がありそうだが、裏があったとしても乗るのが得策なのだ。逆に裏の目的があって向こうが実行しなければならない、という方が助かる

 

「その通りです。互いに事がなされるまではこの内容を話さないこと。各自各々の目的を果たすこと。これに関しては約束しても良いですかな?」

 

今度は竹谷氏が信用に関する取り決めを示した。私としても問題ないし、むしろやって欲しい

 

「私としてはその取り決めで問題ありません」

 

「私も、ですね。では角谷さん、西住さんに安心してきてもらうために、戦車道導入の正式発表はできるだけ遅くしてくださいね。学園に関してはこちらからオススメした後、関係者に説明しに熊本まで来ていただければ問題ないかと」

 

遠いな……だが必要な人材を確保するためなら安いか。機密費から出せばいい

 

「彼女がいなければ話になりませんからね。何とか秘匿し、人材を派遣しましょう」

 

「こちらも連盟に試合会場可能な場所として申請を出さねばな」

 

「連盟に関しては私から取り次ぎしましょう。世界大会関連でツテがあるのでね」

 

「辻さん、何かと申し訳ありません」

 

「良いのですよ。皆の利あってのものなのですから」

 

不気味だとしても、乗っかるしかないな。戦車道が無理ならこの道を諦めるしかないが

 

そのあとやっとこさ蓮根の炊き合わせに箸をつけられたが、多少美味しく感じられた

 

 

酒を交わさないとのことで八寸を抜きにして出汁のきいた吸い物をいただき、香の物を摘めば、あとは菓子のみだ

 

めちゃくちゃ美味しいお茶とともに餡の入った和菓子をいくつかいただいている最中、竹谷氏が口を開いた

 

「角谷くん」

 

「……はい」

 

先ほどの件に絡むことだろうか。かといって戦車道をやるまでは大したことはできないはずだが

 

「大洗町は……大洗女子学園により強力な政権が誕生することを認める用意がある」

 

「はい?」

 

だが聞こえたのは本当に関係なさそうな話だった

 

「……君たちの改革が急務なのはわかっただろう。スピードが求められる中、議会だの何だので話が纏まらなかったら意味がない。だから君がより大きな権力を持ってくれた方がこちらとしては有難い」

 

「……およそ民主主義国家の日本で出てくる言葉とは思えませんが」

 

「違うな。君も選挙で選ばれている以上、単に大統領により近づけ、というだけだ

今は事情が事情だろう。こっちの議会も大して反発するまい。戦車道導入とかで揉めたりしないよう、遠慮なくやりたまえ」

 

確かに……現状大きな壁となるのが戦車道の導入そのものと予算の合意が得られるかだ。どちらもクラブや職人連合辺りが強硬に反対してくるのが予想できる。もしそこら辺が抵抗し得なくなるなら、私のやっていた役目をやらなくて良くなるわけだ。手間が減る

 

だがそれは同時にこの前改革した議会の意味を薄れさせる、ということだ。一度手放した議会がどうなるか、将来に不安を残す形になりかねん

定期的に、それも頻繁に指導者を入れ替えざるを得ない学園都市においては、継承に正統性がある民主主義の方が吉なはずなのだ

 

「それ抜きでもこちらとのねじれや体制的に揺れることは避けて欲しいのだ。生徒会長が主導権を握ったとしても、生徒の自治という面は決して変わらないしな」

 

「……考えておきましょう」

 

それが精一杯の返事だ。直近の情勢は下に確認を取る必要がある。この先のことも含めてね

 

それ以降は深入りした話はなかった。私の財布から金がなくなることもなかった

 

「今後はよろしく頼むよ」

 

辻氏、竹谷氏から電話番号を貰って告げられた言葉も、かなり簡単なものだった。バラバラに帰ったまま、連絡一本入れてこの日は実家に帰ることにした

 


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