私は実に運のいい人生を送ってきたと思う。別にさっき飯を奢ってもらえたとかそういう意味ではなく、これまで特に人間関係とか学業で苦労した記憶もないし、こうしていつのまにか学園都市のトップまで登りつめていた。じゃんけんに負けたことがないことよりもそっちの方が大きいだろうな
今回も運がいい部類に入るのだろう。廃校一直線から外れる道を、それを本来執行すべき官僚から提示されているのだから。同じように候補に入っているであろう他校に対しても同じようにやっているのかもしれないが、ウチがそうであるだけでもプラスだ
だがこれを一人で背負うには重すぎた。私だって人だ。高校生だ。そして背負うのは学園都市3万の民の未来だ。秘密にしろと言われても、誰かと共有せねば私が潰れる
たまらず久々に寝転がったベッドの上で電話を取り出した。掛ける先は小山だ。ただ、幼い時からの付き合いがあり、私のことをよく知っていて、それでいて客観的に評価できる彼女に確認が取りたかった
「もしもし。杏、どうしたの?」
向こうはこちらの夜遅くの電話に多少困惑しているようだ。そもそも私自身今日は単に町長に挨拶するだけの予定だったのだ。それでいて電話。何かあるのかと考えたのだろう
「あぁ、小山。そっちは大丈夫か?」
努めていつも通りに話しかけた
「大丈夫かって……別にそんな大した案件どっちにもなかったでしょ?インフラなんて北部の道路修復工事くらいだし、学園課だって予算まで目立った案件無いじゃない」
「そうだけど、今日一晩そっち空けることになるしさ、確認だよ確認」
「ふぅん……で、何かあったの?予定だったら帰って来るって言ってなかった?」
「いやそれがさ、話をした後に食事に呼び出されちゃってさ。しかも町長直々にだよ……断りにくいじゃん」
「あぁ……確かにね。でもそれは、杏が信頼されていることの証明じゃないの?」
「それならそれでいいんだけどね……」
しかし……どう切り出したものか。廃校の話はできない。リークされた情報を伝えるには環境に不備がありすぎるし、信用の観点から見て公開されるまで出来るだけ留めねばなるまい
じゃあ戦車道か?それは学園課に問い合わせるしかない。そもそも戦車がまともに残っているのかも分かっていない
そうしたら、訊くこと、共に持ってもらうべきものは一つに絞られた
「なぁ……小山」
「どうしたの?」
「私は……独裁者になれると思うか?」
言い方は違うかもしれない。だが学園艦の政治情勢を考えれば、そう捉えられてもおかしくないことをやらねば達成はできないはず
「……どういうこと?」
「町長から……生徒会長の権限を拡大するのを容認する用意がある、と言われたんだ。この先生き残るには改革を進めていかないかんだろう、とね。実際その通りなはずだ
だけどさ、現状を考えると私がさらに権限を握るには、もはや独裁まがいのことでもしていかなくちゃいけなくなるだろ?」
「……そう……ね」
「小山、率直に言って欲しい。私にこれが出来ると思うか?」
向こうはしばらく沈黙し続けた。こんな話をいきなり振られてどう答えるべきか迷っているのだろうか
「……人としてなら、できる」
「前置きはともかく、その心は?」
「杏は相手がどれだけ上でも臆せず対応できる。今の大洗で学園外とも張り合える人だから、権力を握っても外部の協力を得ていけるはず、というのが一つ
そして……私は杏がやるなら、どこまでも支えたい」
強いね、やっぱり小山は。人に対してそんなことを簡単に言える人間はそうそういないよ
「……ありがとね。それで、前置きをしたのは?」
「その議会をまるごと敵に回しかねないのは、厳しいものがあるんじゃない?」
「……そこか、やっぱり」
「だね。生徒会はフォーラムと組んでるからやっていけてる。けど、いくらフォーラムといえど、私たちが議会権限を縮小する、とかし始めたら流石に無理があるよ」
「今から新党立ち上げとかは?」
「今から切り崩しはいくらなんでも無理でしょ。それにそこにリソース取られたら改革も進まないよ」
「そりゃそうだ。まずはOG会関連からやらないといけないしね。だとしたらできるのは……」
「フォーラムを……生徒会に従わせる。やれるとしたらこれくらいかな」
あの大与党を私の下に……か
「……かなり無理じゃない?すでに支持層もあり、支持基盤もあるからできたら強いけどさ。向こうも選挙対策とか幹事長クラスには2年生使ってるし、下から上がってくる奴もいるってことでしょ?」
「でもフォーラムだって今後も議会過半数は自力じゃ取れないだろうから、それに近づけるなら杏と組み続けるメリットは大きいはずでしょ
やはり都市内で杏の人気が高さがものをいうよ。投票率が80%以上という中で得票率7割近く。他に候補がほぼいなくて、という消極的要素はあったとしても、そこまでの大勝利なら自身の権限強化しても都市民からは大きな反発は起きないと思う
都市民の反発がないなら、フォーラムだってその世論にはそうそう逆らえないよ。議会の範囲を市民にまで広げた今なら尚更ね」
「だからといって私の命令に従うようになるかは別じゃないかい?」
「そこなんだよね。現状実際に議会に影響力持っているのはフォーラムなわけだし、かといってフォーラムの力を落としてクラブとかが躍進されても困るし……」
「……ま、いろいろ考えてみるよ」
だが向こうは電話を切ろうとしない
「ねぇ杏」
「どうしたのさ?」
「……その力で、何をする気なの?」
「え?」
「だって直近でそんなに大規模な改革、少なくとも議会で調整できそうにないものってないじゃない。OG会の統合だって予算の増加を考えたらどこも反対なんてどこもするわけないし、この前の議会改革以上に敵を作りそうな案件なんてそうそう無いでしょ」
そう来たか……来てしまったか……
「……これからきっと、大規模な改革が必要になるからさ」
これで……誤魔化せてくれ。戦車道のことを言いだすには早すぎる
「ふーん……そう。じゃ、また明日」
「あ、ああ……」
まぁいい、確認取るまでだ。しかしなぁ、小山にもかーしまにもいえぬ秘密を抱えるとは……あんまり気分いいもんじゃないね。流石にちょいと話したから潰れはしないけど
しかし……今まで学園の道を決めてきた議会、その力を奪うのはやはり厳しいものがあるね。そもそもの選挙区からの選び方も絡むし、組織力と支持基盤もある。そこら辺をうまく削りつつ、野党も封じ込めていくしかないか……
クラブ……かねぇ。あとは職人辺りをなんとか切り崩すか……今日得たツテも使って考えてみるか
さて、次だ。今度は別の番号にかける
「はい」
相手は学園課の副課長の田川。年は一個下だ
「あー、田川ちゃん。私私」
「課長。こんな時間にいかがなさいましたか?」
「急で悪いんだけど、ちょっと一つだけ確認取って欲しいものがあるんだけど、明日私が帰る前にお願いできる?」
「……確認ですか?」
「そーそー。書類があるかってくらいでいいから」
「その程度なら構いませんが、何の書類ですか?」
「昔やってた戦車道の書類、集めといてくれない?」