アレカシの疾風 ~あるテロリストの戦慄~   作:有辺良次

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侵入者

 会議室には、俺が呼び寄せた行動隊長たちが一堂に集った。俺は彼らにマリンディ襲撃作戦の内容を事細かに伝えた。大勢の部隊が参加する本作戦はそれぞれの連携が何よりも大切だ。そのため、各部隊の行動時刻や配置は細部に至るまできっちり取り決めている。そうした事柄を聞き漏らすまいと、行動隊長たちは皆が俺の言葉に耳を傾けていた。彼らの中には必死にメモを取る者の姿もあった。

 打ち合わせが終了したのは夜遅くになってからだった。自室に戻った俺は明日に向けて早めに就寝しようと思っていた。そのときである。

「――船内の兵士たちに通達する!」

 突然、耳をつんざくような船内警報が発せられる。

「一階廊下にて見回りの兵士が不審人物を発見。兵士が尋問しようとしたら、いきなり殴りかかってきたとのこと。現在、一階詰所の兵士たちで交戦中だが、まだ捕縛に至っておらず。至急応援を請う」

 不審人物が船内に侵入して廊下をうろついていただと? イリス号をドーグマンの軍艦と知ってのことだろうか。もしそうならば、そいつの目的は明日の作戦にあるのではないか。そんなことをする人物と言えば……。

 俺は部屋を飛び出した。廊下を小走りに進みつつ懐からPHSの端末を取り出す。イリス号にはPHSが構築されている。この端末を使えば、船内の主要な兵士と個別に連絡が取れるのだ。警備担当の兵士を呼び出す。すぐに応答があった。

「こちらデュング」

「ホーゲンだ。状況はどうなっている」

「苦戦しています。一階の兵士全員で立ち向かっても太刀打ちできません。一人とはいえなかなかの手練れです。他の階の兵士が応援に駆けつけてくれたら、なんとか取り押さえられそうですが」

「俺に策がある。そいつをデッキに追い込んでほしい」

「デッキ……ですか」

「そうだ。わざと包囲網の一部を崩してデッキの方に逃げるように誘導するんだ。なるべく時間を稼いで、じわじわと追い込むようにしてくれ」

「了解しました。やってみま……」

 相手の兵士が言い終わる前に俺は通信を切った。

 長い通路をかけ走る。ドーグマンが軍艦として買い取る前のイリス号は豪華客船として活用されていた。その階数は全八階であり、各階の床面積も結構広い。俺の居室は七階。この階には他にカジノがあったりする。今や無用の長物となったルーレットやスロットを横目に、俺は先を急ぐ。

 エレベーターの前まで来た。下りのボタンを押して待つ。デッキに出られるのは三階だ。その間に、また別の兵士に通話を掛けた。今度は武器庫の担当だ。

「こちら、ワトスです」

「ホーゲンだ。騒ぎの知らせは聞いているな。お前に頼みがある」

「ハッ、何なりと」

「例のモノを用意してすぐにデッキに来い!」

 エレベーターが到着する。俺は急いで乗り込み三階のボタンを押した。

 

 デッキには誰もいなかった。すでに夜は大分更けっていた。依然として霧は解消されておらず、それが一層夜の暗闇を強調している。

 静寂は間もなく破れた。キャビン側から大人数の足音がドタドタと聞こえてきた。集団の先頭を一人の人間が走ってくる。

「そこまでだ!」

 懐中電灯を点灯させる。明るくなったデッキに人影がぬっと浮かび上がる。

 たくましい体格の人間だった。俺たちと同じドーグマンの戦闘服を身に着けている。だが知らない顔だ。顔には無精髭が生え、肌は浅黒く日焼けしている。

 こいつが例の侵入者か。おそらく我らの戦闘服をどこかから仕入れて、それを着てイリス号に侵入したのだろう。夜陰に紛れれば決して不可能なことではない。

 侵入者の背後からは、追いかけていた兵士たちが続々と集まって来る。

「貴様に逃げ場はない。観念するのだな」

 しかしそいつは脅しに動じた様子はなく、それどころか不敵な笑みを浮かべている。

「へぇー、まさかあんた自らがお出ましとはな。ちょうどいいや。ここでやっちまうか」

 侵入者が上着の袖をまくり上げる。露わになった手首にはブレスレット状の機械が巻き付いている。そいつはブレスレットを勢いよく前に突き出し、こう叫んだ。

「アレカシチェンジ!」

 その掛け声とともにブレスレットから強烈な光が発生する。あまりの眩しさに俺は侵入者を直視できずに顔を背ける。一瞬だけ周囲が昼間のように明るくなる。

 やがて光が収束する。俺は恐る恐る侵入者の方を振り向く。

 そこには黄色のスーツに身を包んだ偉丈夫の姿があった。――黄金の佳だ。船内に侵入者と聞いてよもやとは思ったが、本当にアレカシの一人が忍び込んでいたとは。

 それにしても、今の一瞬の間に奴はあのスーツを身にまとったというのか。とても人間業とは思えない。アレカシと初めて邂逅した時のことを思い出す。奴らのスーツは俺たちの銃撃をすべて跳ね返していた。あの件と言い、今回の件と言い、いずれの現象も常識の範疇を越えている。やはりあのスーツには何らかの特殊な技術が応用されていそうだ。

「何をぼさっとしてやがる!」

 佳は猛然と俺の脳天めがけて拳を突き出してきた。俺は身体を左に動かし回避する。休む暇もなく佳が二発目を放ってくる。今度は俺の顎を狙ったアッパーカット。俺は反射的に顔をのけ反らせながら後方に身を引く。目の前を鉄拳の影がよぎる。瞬間、俺の頬は鋭い風圧を感じる。何という力だ。今の攻撃をまともに食らっていたら俺の顔面は粉々になっていたかもしれない。

 佳は変わらぬ勢いで一気呵成に攻め立ててくる。俺は危なげながらも攻撃をかわし続ける。奴の攻撃は一発一発は強力だが、その代償として動作に若干の隙が生まれる。注意深く観察して回避に専念すれば何とか対処できる。

 一向に反撃してこない俺に対して佳がいらだち気味になる。

「おいおい、随分と逃げ腰だな。ドーグマンの行動隊長ってのは皆あんたみたいな臆病者なのかい」

 言わせておけば生意気な。奴の挑発に乗ってやりたいのはやまやまだが、ここは我慢の時だ。俺は何も無為無策でこんな立ち回りをしているわけではない。今の俺には必勝の戦略があるのだ。

「ホーゲン様、お待たせしました!」

 新手の兵士がデッキに出現した。先ほど連絡した武器庫の者だ。彼が肩に担いでいるのは無骨な棒状の兵器。

「ちっ、そう来たか」

 佳が舌打ちする。対して俺は口元を緩める。彼が持ってきたのはロケットランチャー。対戦車用の兵器だ。本来ならば、あれは明日の作戦で対アレカシ用に携行する予定だった。俺は侵入者がアレカシの一人ではないかと考え、急遽(きゅうきょ)武器庫から搬出させたのだ。いくら奴らのスーツが銃撃を受け付けないとしても対戦車用となれば話は別のはず。たかが人間一人のためにロケットランチャーを使うのは大げさな気もするが、あのスーツの鉄壁を破るにはさらなる大火力に頼るしかない。

 俺は佳から急いで距離を取り、大声で命令する。

「よし、ぶっ放せ!」

 兵士が担いだ砲筒からロケット弾が威勢よく発射する。ロケット弾は佳に向かって真っ直ぐ飛び、見事に命中。大爆発を巻き起こす。佳の身体はその衝撃により船の舳先(へさき)近くまで吹き飛ぶ。倒れた佳は微動だにせず仰向けになったままである。

「――やったか!?」

 そう思ったのも束の間、佳の身体がのっそりと起き上がる。少し動きは鈍いがまだ十分に体力があるようだ。

 ロケットランチャーでも駄目なのか!? 奴のスーツの防御力は戦車の装甲並み、いや、それをも上回るというのか。……とはいうものの、さすがに多少のダメージは与えられたようだ。佳の息が上がっている。

「……はぁはぁ、ロケットランチャーまで持ち出してくるとはな。ここは分が悪いな。一旦ずらかるとするか」

 佳は急にデッキの端に向かって走り出した。そのまま手すりを越えて海に飛び出す。

「しまった!」

 俺は素早く手すりに近寄り、海を覗き込む。佳が岸に向かって泳いでいる姿が見えた。兵士たちに厳しく呼びかける。

「船を出て追いかけるぞ! 決して逃すな!」

 

 この騒動は他の行動隊長たちの部隊にもすぐに伝えられた。彼らの協力を得ながら、佳の捜索作業は夜を徹して行われた。しかしその努力が実ることはなかった。キスマヨの市街をくまなく探したが、奴の足取りはてんで掴めなかった。それもこれも全て霧の影響によるものだ。こんな視界の悪い状況では、あのけばけばしい黄色スーツすらも発見するのが困難だった。

 そろそろ夜も明けようとする頃、俺は佳の捜索をあきらめ、静々と港に引き揚げた。港にはマルガの部隊が待機していた。俺の帰りを待っていたようだ。

「ホーゲン、残念だが逃げられてしまったようだな」

 こんな時でもマルガの表情は涼しげだ。俺はぶっきらぼうに言い放つ。

「くそっ、船への侵入を許したばかりか、取り逃がしてしまうとは。何たる不覚」

「あまり自分を責めるもんじゃない。むしろ作戦を決行する前に看破できたことを喜ぶべきだろう。それに聞いたぞ。ロケットランチャーを使って黄色いアレカシを吹き飛ばし、撤退に追い込んだってな。奴らのスーツの防御力にも限度があった。それを知れただけでも大きな収穫だ」

「確かにそうだが、問題なのは今後のことだ。こうなった以上、明日の……いや、今日か……今日のマリンディ襲撃作戦は中止するしかないな」

 船内に忍び込んだ佳は俺たちの機密情報をつぶさに収集したはずだ。その中にはマリンディに関するものも含まれるだろう。当然、アレカシは何かしらの対策を打ってくる。それでは意味がないのだ。あいつらに勝利するには、俺たちは一寸の隙もない完璧な作戦で臨まないといけないのに。

 ……襲撃先をマリンディから変更しようか。そうすると今度はラム港あたりが狙い目か。モンバサやマリンディに比べると規模が小さい気がするが……。

 俺が憮然と思い悩んでいるとマルガが唐突に申し出る。

「なあ、ちょっと提案なんだが、陸地からケニアを攻めるってのはどうかな」

「……陸地?」

「うん、今までお前はイリス号に乗って、海からモンバサに攻め込んでいたんだよな。マリンディでもその方法を踏襲する予定だった。ならばアレカシは俺たちが常に沿岸部の都市を標的にしていると思い込んでいるはずだ。ここで俺たちが陸地からケニアに侵攻すれば奴らの意表を突くことができるんじゃないか」

 なるほど、そういうことか。アレカシが沿岸部に気を取られているうちにケニアの陸地の拠点を脅かす。あいつらさえ出てこなければ、ケニアの戦力などたかが知れている。赤子の手をひねるように俺たちはその拠点を制圧できる。

 しかし、と俺は思う。この作戦には結構なリスクが付きまとう。

 ドーグマンは伝統的に船舶を用いた急襲作戦を得意としている。だから、その方面の戦術知識は豊富であるし、兵器も充実している。その証拠として、ケニア侵攻戦における当方の人的被害は、初戦を除けば極めて少ない。作戦遂行が無理と判断したら、すぐにイリス号に兵を撤退させているためだ。ひとたびイリス号に乗り込んでしまえば、後はこちらのもの。イリス号の優れた推進力で海上に逃れてしまえば、ケニア方の追撃は難なくかわせる。

 陸地での作戦となるとこうはいかない。もし陸地の奥深くで敵に包囲でもされたら完全に逃げ場を失う。下手をすれば俺も含めて全員が壊滅する恐れがある。

「発想としては悪くないのだがな。どうにもリスクが大きすぎる」

「――よし、じゃあこうしよう」

 マルガが俺の言葉にかぶせるように言う。

「俺が先遣隊になるってのはどうだ? 俺が先頭で周囲の状況を確認しつつ進軍し、何か異常があればお前にすぐに連絡する。これなら万が一敵と鉢合わせになっても、俺がそいつらを食い止めているうちにお前は撤退できる」

「いいのか!? それではお前に危険が集中することになるが」

 マルガが爽やかにほほ笑む。

「いいんだよ。ドーグマンの理想を追うお前にとって、この戦いは最大のチャンスなんだろ。だったらお前は何が何でも手柄を立てなきゃならない。そんなお前の役に立てるなら俺も本望というものだ」

 ……フン、くさい台詞を吐く奴だ。だが、そこまで言われてしまっては俺も乗り気にならずにはいられなかった。

「よかろう。お前の提案を採用してやろう。部隊を再度編成して準備を整えたら、陸地からケニアに侵攻する。励めよ、マルガ!」

「ああ、わかった。一緒に頑張ろう!」


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