古い方はそのうち消します。
プロローグ
ふと気が付くと、私はこの世界に転生していた。
生前の記憶というものはほとんどないが、ぼんやりと今とは違う自分だったということだけが感覚として残っている。だから、転生したと何となく理解した。
鏡を見れば生前とは似ても似つかない美少女がいるし、声を出せば凛とした声が出る。黒髪赤目の美少女。うん、これはいい。
問題は転生先である“ここ”がどんな世界であるか、だ。
もし仮にこの世界が碌でもない世界なら、私はあっという間に悲惨な末路を遂げることになってしまうだろう。だが、その心配は無用らしい。
なぜそれがわかるのか、と問われれば、答えは簡単。
「……海軍」
海辺から見える軍艦にかかっている旗を見て、そうつぶやく。
さらに言えば、先程出港したその船に乗っていた人物。海軍の英雄、モンキー・D・ガープ。
「そうきたかー」
ワンピースの世界。なんとなく覚えている事を頼りに、つつましく生きて行こう。
☆
そう思っていた時期が私にもありました。
元々捨て子なので、私には両親がいない。孤児院で育っているわけだが、私は良くも悪くも目立つ。自慢じゃないが見目は相当いいから仕方ない。10歳だからまだロリなのだが。ロリに手を出すとか最低だぞ。
見目がいいということは、つまり奴隷としても高く売れるわけで。
ド変態の貴族に売られるとか世を儚んで自死を選びたくなる。
「こんなに高く売れそうなガキが
「まったくだ。
下品に笑う声が扉の向こうから聞こえる。
私はかび臭い船室の中に首輪をかけられて放置、というわけだ。手錠に足枷までつけられてはろくに動くことも出来ない。
失敗したな、と思う。
孤児院でさえ爪はじき者だったのだ。直前に院長と話していたところを見てしまったこともあるだろうが、私は遅かれ早かれ売られてしまう結末だったらしい。
孤児院の前で囲まれ、あっという間に捕らえられて船に連れ込まれた。下卑た視線を向けられたこともそうだが、周りにいる大人も、同じ孤児院にいる子供たちも、誰も助けようとしてくれないことが実に悲しい。
まぁ、わかっていたことだ。
私はこの島では異端であったし、気味悪がられていた。島から出られたこと自体はいいことだと思う。
しかし、逃げ出そうにも厳重に監視されているし、私以外の商品である奴隷は別室のようだ。
何か逃げるには都合のいいものでもないかと、部屋の中を改めて確認する。
「……ん?」
金品や盗品はこの部屋に置いているのか、宝箱もそこらに転がっている。金も相当あるようだが、何を考えて私をこの部屋に置いて行ったのだろうか。小さい船だったし、単純に部屋が少ないと考えるべきだろうか。
私は手近のわずかに開いた宝箱に手を伸ばし、中身を見る。
「これは……」
奇妙な模様の変な果物。この世界のことを考えると、おそらくこれが『悪魔の実』というものだろう。
初めて見るが、一体何の実なのだろうか。
悪魔の実図鑑というものがあって、私も少しだけ目を通したことがあるが……流石に何の実かまでは判断できない。
だが。
「どうあれ、現状を打破するにはこれが一番可能性が高そうだ」
それに、私は博打が嫌いじゃない。
──その悪魔の実を、口にする。
「うっ……」
あまりの不味さに思わず吐き出しかけたが、なんとか飲み込む。
悪魔の実が入っていた宝箱を閉じ、目を閉じて壁に寄り掛かる。薄暗くひんやりとしたこの部屋が、今は心地よくさえ感じた。
食べてからどれほどの時間で変化が起こるのかはわからない。しばらくはこのまま、時を待つとしよう。
どのみち私が逃げるには次の島までたどり着いた後にしなければならない。私一人では航海など出来ないのだから。
☆
この船室に閉じ込められてから数日が経過した。
窓も何もないこの部屋では時間の経過すらわかりにくい。日に二度持ってくる食事だけが、時間の経過がわかる唯一の方法になっていた。
……しかし、栄養バランスなど欠片も考えられていない保存食ばかりだ。この調子でいくと体調を崩しそうだな。
何度か食事を運んできた男と会話をしたが、この船の目的地は聖地マリージョアだという。もっとちゃんと言えばシャボンディ諸島らしいが、天竜人に売り込むからお前は実質マリージョア行きだ、と笑っていた。さぞや高く売れるだろう、と皮算用をしていたのが印象に新しい。
道中いくつか島を経由するというから、その時を狙って脱出するしかないだろう。……体力が持てばいいのだが。
食事はもとより、乗りなれていない船での旅、日の光を見られない密室と、悪条件がそろい踏みだ。
だが、私とて好き好んで天竜人などという変態どもに買われたいわけではない。何とか生き残る意思を保たねば、末路は想像する中でも最悪だろう。
──そうして、時が来た。
「おら、飯だ」
「……どこかの島に着いたのか?」
「おうよ。水と飯を補給しないとならねぇからな」
割と気のいいやつなのか、小太りの男はそう言って食事を置いて出て行った。不用心というか、警戒心が欠片もない。こんな少女一人に何ができると侮っている態度だ。
いくらか部屋の中にあるお金を持っていった男は、買い出しに行ったのだろう。見張りはいるが、少なくとも1人は減ったわけだ。
ひとまず食事を平らげ、足枷に手をかける。パキパキと音を立てて木製の足枷が凍り、強く衝撃を与えれば粉々に砕け散った。
手錠も同様に凍らせて砕き、最後に首輪も砕く。
彼らが私を子供だからと舐めてかかっていたのが功を奏した。鉄製の首輪などもあったが、能力者でもない子供にそこまでやる必要性を見出せなかったのだろう。
「おい、何か今変な音がしなかったか?」
「今更暴れてんだろ。ガキ一人じゃ何も出来ねぇ、放っておけ」
のんきに会話している彼らを鼻で笑い、私はドアを開けて目を丸くしている彼らに対して能力を使う。
私が食べたのは
「──凍れ」
能力を発動すると同時に一瞬で全身が凍り付いた男たちを尻目に、私は部屋の中をあさる。
海図などは置いてないようだが、私でも持てるサイズのバックパックはあった。適当に換金出来そうなものを詰め込み、冷凍庫と化した部屋を出る。
どうにもあまり大きい船ではないらしく、船室の数はそれほど多くない。遅かれ早かれバレるだろうが、一刻も早く脱出して行方をくらまさなければ──と。
「──オイ、なんでテメェが外に出てやがんだ」
まずい、と思った瞬間には銃声が響いていた。
威嚇射撃だったのか、私には当たらなかったが……銃声に思わず身がすくみ、その間に近付かれる。
片腕をつかまれ、強引に部屋に戻そうとする男が冷凍庫と化した部屋のドアを開け、動きが止まった。
「これはどういう──」
「私に触るなッ!!」
バキン、と音を立てて一瞬で氷漬けにする。
吐息が白く染まり、つかまれた腕を振りほどく。衝撃で凍った男の腕が砕けるが、知ったことではない。
廊下も凍り付き、異変に気付いた船員が次々に現れはじめる。
こうなれば、もはや否応もない。すべて凍らせるしかないだろう。それが出来る力があるのだから、悩む必要もない。
あとは、一歩踏み出すだけだ。
いつか来ると思っていた時期が今日来ただけに過ぎない。この時のために、私はもう今までの私を捨てるのだ。
ぞろぞろと現れる連中へ向けて──あるいは、私自身に向けて、口を開く。