ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第八話:次の一手

 ゼンとフェイユンに食料と水を分け、船をけん引して島へと向かう途中でチンジャオに連絡を取った。

 まさかあちらも協定を結んだ直後に件の巨人の情報が入ってくるとは思っていなかったようで、だいぶ慌てていたが。

 ジョルジュにも電伝虫を使って連絡したが、彼も深いため息をついていた。彼の場合は諦観のため息ではあったけれども。

 

「……このまま島まで連れて行くのか?」

「ああ。事の原因が手元にあれば、今後起きることも大方予想が出来る」

 

 チンジャオが頼んだのはあくまでも「巨人の情報」であって「巨人の捕獲」ではない。彼女たちをどうしようとカナタたちの勝手だ。

 ただし、その場合フェイユンたちを使おうとしていた組織がカナタたちに牙をむく可能性がある。

 もっとも、その時は戦うだけだ。

 カナタたちとて、商人として活動している間にいくつもの海賊船を沈めてきた。タダでやられはしない。

 

「血が騒ぐな……」

「……お主、そんなに血の気が多かったか?」

「戦わねば生きて行けない世の中だ。楽しむくらいの精神でいなければな」

 

 金を持っていれば自ずと襲われる。大海賊時代が幕を開けていなくてもこれなのだから、カナタとしては辟易するほかにない。

 戦いを楽しむくらいの精神でいなければやっていられないというものだ。

 実際、この五年でジュンシーの格闘技術と槍術、覇気の扱い方を見て学んだカナタの実力はそれなり以上にはなっている。いくつになっても自分が強くなることを悪く思うことはない。

 それに、これに関してはジュンシーに言われたくはない。

 

「お前も十分血の気が多いだろう。単純に強さを求めるために外海に出たのだからな」

「……そうだな。だが、儂はこうして燻ぶっているだけだ。功夫が足りん」

 

 単純な技術、力は修行をするだけでも身につくだろう。

 だが、覇気は別だ。

 自身が実戦でより強大な敵と対峙した時にこそ、覇気は成長する。使い方を覚えるだけではより高みを目指すことはできない。

 

「チンジャオとでも戦ってみるか?」

「それも悪くないがな」

 

 だが、それはジュンシー自身の立場を悪くするに留まらない。理性を以てその考えを抑えている。

 それゆえに燻ぶっている(・・・・・・)のだ。

 

「海賊にでもなれば別だがな」

「ようやく軌道に乗ってきたのに、苦労を水の泡にしていいのか?」

「まさか。この事業を捨てざるを得ない(・・・・・・・・)事態にでもならない限りは、海賊になんてならないさ」

 

 とは言ったものの、カナタ自身はおそらく「何かあるだろう」とは思っていた。

 自分の悪運の強さは十分に思い知っている。人生順風満帆で全部うまくいくことなどありはしない。

 何があっても大丈夫なように己を鍛えているという側面もある。

 

「ゼン──確か、馬のミンク族といったか。見聞色で見る限り相当な強さだ。一度は戦ってみたいものだな」

「同感だ。儂もかの御仁とは刃を合わせたいと思っていた」

 

 ケンタウロスのようなミンク族のゼンを遠目に見ながら二人はつぶやく。

 隣にいたフェイユンが薄紫の長い髪を梳かしながらこちらを見ていたので手を振ってみたが、彼女はじっとこちらを見るばかりで動こうとしない。

 どうにか警戒心を解きたいものだと思う気持ちと、別にこのままでもあまり困ることはないという実利面での判断がせめぎ合い、ひとまずこのままでそのうち慣れるだろうと後者の考えに沿うことにする。

 

「マルクス島まであと一日。ジョルジュが首を長くして待っているだろうから、早く帰ってやらねばな」

「面倒事を持って帰ることに胃を痛めていそうだがな」

「違いない」

 

 呵々と笑うジュンシーに合わせ、フフフとカナタも笑みをこぼした。

 

 

        ☆

 

 

 クロは港でカナタたちの帰りを待っていた。

 到着予定の時間になったので、ジョルジュと共に迎えに来たのだ。

 今回の航海も大きな問題はなく商売は順調に終わり──ついでのように厄介事も持って帰ってきた。

 出て行ったガレオン船の後ろに、もう一隻のガレオン船が姿を現す。

 遠目でもわかる巨大な影──あれが巨人か、とジョルジュは冷たい空気を思いきり吸い込んで気合を入れる。

 

「おー、あれが巨人か。流石にでけぇな」

「おれァもう既に気が重いぜ……」

「大丈夫だろ。暴れるようならお嬢が何とかしてくれるって」

「だといいがなァ」

 

 ぼやきながらタバコを一本吸い始めるジョルジュ。

 クロはどちらかといえば好奇心の方が勝っているのか、双眼鏡をのぞき込んでいる。

 薄紫色の長い髪にアメジストを思わせる紫色の瞳。身長は距離の関係もあってよくわからないが、十メートルはないだろうと判断する。服はボロボロだが、着せるものがないのだろう。冬空にあれでは寒そうだなとクロは他人事のような感想を抱く。

 

「巨人の年齢で考えるとまだガキらしいが、俺たちからすれば十分でけェよな」

「ガキの扱い方なんかオレわかんないんだけど」

「そりゃ俺だってそうだよ。カナタに任せておけ」

「あいつもガキは苦手そうだけどなァ……」

 

 そうこう言っているうちに船が港に着き、錨を下ろして停船した。

 荷物を下ろす準備をしている間にカナタとジュンシーが船から飛び降り、クロとジョルジュの前に立つ。

 

「珍しいな、出迎えとは」

「好奇心が勝ったか」

「そりゃあ巨人ですよ? 面白そうだし、オレだって興味持つって」

「巨人もだが、どっちかといえばそのあとの問題がでかそうだから出張ってきたんだよ」

 

 つまり、巨人を取り戻そうとする勢力が現れた場合──それだけの気概があればの話だが──のことについて、一刻も早く相談するために待ち構えていたというのだ。

 電伝虫での通話も盗聴されている可能性があるし、いくつかすれ違った船もある。情報が広まるのは避けられないだろう。

 この町で戦うのは不本意だが、ジョルジュ一家の人数だけでは先手を打つための情報を得られない。

 それゆえに。

 

「花ノ国へ行く」

「……情報を各地に流して、釣ろう(・・・)ってのか」

「雑魚が千人いようと万人いようと、私の前では木偶同然だ。強者が混ざっているならそれもまた良し」

「ハァ……八宝水軍に迷惑かけることになるかもしれねェぞ」

「目を付けられることを心配しているのなら安心しろ。あそこの氷河が少し増えるだけだ」

「そういうことじゃねェよ!!」

 

 カナタのとぼけた発言にジョルジュが切れながらタバコを携帯灰皿に捨てる。

 どのみち物資の運搬を依頼されている以上、一度は花ノ国へと向かう必要がある。そのついでと考えればいいのだが、ジョルジュはそう簡単に割り切ることはできないようだった。

 

「巨人の子は放っておいていいのか? 服ボロボロっぽいけど」

「あの体格に合う服がなかろう。厚手の布をありったけ持ってこい。継ぎ接ぎだらけにはなるが、最低限の防寒具を作る」

「あいよー。お嬢が作るのか?」

「私以外に裁縫が出来る人間がいるのか?」

 

 そっと目をそらす男衆を前にカナタは肩をすくめる。

 ゼンの方は防寒具があったので平気のようだが、フェイユンの方はそうではないだろう。

 巨人族でも入れる程度の大きさの船のはずだが、頑なに部屋の中に入ろうとはしない。何かしらの理由があるのだろうが、本人が言いたがらないなら無理に言う必要もないとカナタは思っている。

 ここまで守ってくれたゼンに対してはそれなり以上になついている様子を見せているが、それでも部屋の中へ入らない理由はわからないそうだ。

 あるいは、本人でもよくわかっていないのかもしれない。

 

「体も冷えていることだろう。温かい料理を用意してやれ」

「そっちは準備できてるが……」

 

 巨人がいるということで急遽量を増やして用意したらしい。

 しかし、とジョルジュは顎に手をやりながらつぶやく。

 

「随分とあのガキに入れこんでるじゃねェか。巨人だからか?」

「さてな。私自身、よくわからん」

「そうかい。じゃ、ひとまず荷物に関してはスコッチに任せるとして、あっちの船に行けばいいか?」

「そうだな。町に行っても入れる場所があるまい」

 

 フェイユンとゼンが待機している船の方へと足を運ぶ四人。

 カナタとしてはこの船も多少掃除と改装すれば使い物になるなと感じていた。経費削減は商人として当然のやり方だ。盗品だが相手はマフィアなので文句も言われまい。

 バレると襲われはするだろうが。

 

「ゼン! 少しいいか?」

「おやお嬢さん。構いませんよ。そちらの方は?」

「一応うちのトップのジョルジュと護衛のクロだ」

「一応てお前」

「クロでーす。アンタ、ミンク族って種族なんだって? 色々話聞かせてくれよ」

「ゼンです。この度はお世話になります」

「あァ、そりゃいいんだ。うちのが請け負うって一度口に出したからなァ」

 

 ゼンたちのいるガレオン船に乗り込むと、快く迎えてくれた。相変わらずフェイユンはゼンの後ろでジト目のまま体を隠している(隠しきれてない)が、船に上がることをどうこう言う気はないらしい。

 寒い甲板の上ではなく、ひとまず船室に入って暖をとることにした。

 

「やっぱオメェがいると余計に寒いんじゃねェか?」

「暑いのは好かぬ」

「いやお前、夏でも厚着して汗一つかかないやつが何言ってんだ」

「それは能力で周りを冷やしているだけだ。おかげで夏はみんな私の近くに寄りたがって鬱陶しい」

「お嬢の近くがいつも涼しいのってそういう……」

 

 などという一幕もあったがそれはさておき。

 

「まずはこれからのことだ。私たちは明日か明後日、花ノ国へ向けて出発する。お前たちを追っている連中を釣って一網打尽にする予定だ」

「なるほど……後顧の憂いを断つというわけですね。私も手伝いましょう。力になれるはずです」

「出来ればこちらで済ませたいところではあるが、力を借りることになれば遠慮なく借りるつもりだ」

「それと……そのあとは、お前さんたちどうするんだ?」

 

 普通の椅子には座れないので改造した椅子に座っているゼンと、部屋の隅で体育座りをしているフェイユンに向けてジョルジュは言う。

 どのみち行く当てがないのならば、このままうちで雇いたいと。

 ゼンには武力を期待し、フェイユンも働くのであれば積荷を運んでもらえれば随分と助かるが、とジョルジュは頭の中でソロバンを弾く。

 

「うちもいろんな勢力に目を付けられ始めてる。安全とは言い難いが……住む場所も仕事も提供できるぜ」

「……そうですね。正直なところ、そろそろ限界を感じてはいました」

 

 偉大なる航路(グランドライン)にいたころは海賊を狩って金を奪ったり、その首で賞金を貰ったりしていた。

 だが、フェイユンも連れてとなると行動に縛りが出てくる。それでも見捨てようとはしないが、生きにくくなっているのは事実だ。手持ちの金も少ない。

 居場所が確保できるのであれば、ゼンとしては言うこともないのだが。

 

「フェイユン、貴女はどうです?」

「……私も、追いかけまわされるのは疲れました……でも、あなた、私を怖がってますよね? それに、あっちの船の人たちも、いっぱい」

 

 指をさされたジョルジュは露骨に顔をしかめる。

 他の三人からは特にそういった感情を読み取れなかったようだが、それでカナタは確信を得た。

 

「見聞色か。生まれつきか?」

「そのようです。〝声〟が聞こえるだけでなく、感情もある程度読み取れるようで……まぁ、そういうことです」

 

 ここに至るまでに、様々な悪意を読み取ってしまったわけだ。

 生まれつき発現している分、自分でもコントロールが利いていない。これでは人間不信になっても仕方がないだろう。

 しかし、単純な好奇心で胸いっぱいのクロや特に興味もないジュンシーは初めて見るタイプのようで、フェイユンも若干困惑しているようだ。

 初対面でじっとカナタを見ていたのも、悪意を読み取ろうとして悪意を持ってないことがわかったからなのかもしれない。まだ子供だというから、経験のないものを観察するのも仕方ない。

 

「余計にうちで引き取った方がいいと思うがな」

「そうだなァ……俺ァそりゃビビりだがよ、怖いっつーならカナタの方がよっぽど──」

「よっぽど、なんだ?」

「……いや、なんでもねェ」

 

 じろりとカナタに睨みつけられて目をそらすジョルジュ。呵々とジュンシーが笑い、釣られてゼンも笑う。

 ガリガリと坊主頭を掻き毟り、ジョルジュはため息をつく。

 

「まァなんだ、今すぐ決めろって話じゃねェ。身の振り方を考えておいてくれってだけだ」

「そうだな。我々は強制しない」

 

 決断は相手にゆだねる。カナタにとってはどちらでも構わないからだ。

 不満を持ったまま雇うことになっても、それは身内に爆弾を抱えることと同義になる。リスクは最小限にという意味合いもあるが、足を引っ張る味方が一番有害なことをよく知っているからでもある。

 

「では、我々の話は以上だ。次の出航は早い。準備が必要なものがあれば先に言っておいてくれ。フェイユンの防寒具はこちらでなんとかする」

「ありがたいことです」

 

 頭を下げるゼンを尻目に、カナタたちは船室を出た。

 うまく釣れればいいが、と呟いた言葉は波の音に消えていった。

 

 


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