海賊島〝ハチノス〟には巨大な図書館が存在する。
元々カナタが幼少期に世話になっていた〝オハラ〟には、〝全知の樹〟と呼ばれる世界中から集められた蔵書や資料が収められた場所があった。
流石にそれには及ばないものの、多くの島々を巡って集めた蔵書が一か所に集められた巨大な図書館だ。
海賊の中にも読書を好む者や情報の大切さを知る者は居るため、許可を得た者に限り利用出来るようにしていた。
もちろん貸し出しもしている。
「おうティーチ、何読んでんだ?」
〝
〝黄昏の海賊団〟は人数が多いこともあって、担当の時間でなければ割と自由にくつろいだり船の食堂を利用することも可能だ。鍛錬も可能だが、船の上で出来ることは限られているので精々筋トレくらいである。
貸出されている本を休憩中に読む者も少なくはなかった。
「なんだそれ、悪魔の実大全?」
「悪魔の実の図鑑だよ」
クロの気安さにも慣れたもので、以前「敬語はいらない」と言われたこともあって友達のように接していた。
多くの悪魔の実は姿が判明していないものばかりだが、まれに実の能力と形が判明したものは図鑑に纏められていた。
市販されているものだけでもそれなりにページ数はあるが、ティーチの持っている図鑑はカナタが後からスケッチして書き足したものが追加されている。
スケッチした紙はコピーしたものなので失くしても安心だ。
返す時に司書に死ぬほど怒られるが。
「お前、悪魔の実に興味があるのか? 何々……お、ヤミヤミの実じゃねェか」
「簡単な歴史みたいなのも纏められてるから、読んでみると結構面白いんだぜ」
「そういうもんか……しかし懐かしいな。確かにこんな形してたぜ」
クロがヤミヤミの実を食べたのはかなり昔の事だが、懐かしそうに思い出していた。
結果的に住んでいた島で迫害される羽目になったのでいい思い出ではないだろうが、これが無ければカナタと出会うこともなかった。そういう意味では運命的だったと言える。
「……ヤミヤミの実ってのは、やっぱ強ェのか?」
「そうだな……強いのは強いと思うぜ」
能力そのものだけで客観的に評価するなら、確かに〝
能力者に対して絶対的な優位性を保てる力もあることを考えれば、弱いとは口が裂けても言えないだろう。
クロは本人が驚くほど弱いので悪魔の実の強さを全くと言っていいほど引きだせていないのだが。
「欲しい悪魔の実があるんなら早めに言っておけよ。
「……ああ、そうだな」
またふらふらとどこかへ歩いていくクロの背中を、ティーチはずっと見つめていた。
☆
〝
この海は〝
五大マフィアのように明確に定義されているわけでは無いが、裏世界の大物たちが多数存在しており、既に多くの国に対して戦争を煽り続けていた。
国に雇われた海賊たちによる戦争は鎮火することなく、十年以上続いている。
武器、食料、奴隷、その他……多くの品物が裏取引されるこの海では、悪魔の実が流れることも多い。
目的であるオペオペの実に限らず、探せば様々な実が手に入ると期待できる場所でもあった。
……だが、当然ながらカナタたちの到来を歓迎しない勢力も少なくない。
「……今ので何隻目だ?」
「十を超えてからは数えていない。一つ一つは取るに足らんが、こうも連続で来ると面倒だな」
カナタとジュンシーは同時にため息を零した。
〝新世界〟を出る前に海軍と一戦構えて以降、出来るだけ戦闘は避けてきたが……〝
カナタたちを止められる勢力など〝
炎上して沈没していく敵船を見ながら、カナタは先行きを案じていた。
「随分手荒い歓迎だ。そこまでして私たちを排除したい連中がいるのか」
「儂らもそれなりに名を知られるようになってきた。自分のテリトリーに入れたくない連中も多かろうさ」
ひとまず近い島に停泊し、情報を集めるところから始めなければならない。
廃墟ばかりの島に三隻の船を泊め、これからの行動方針を決める。
〝
問題は。
「この海に入った途端にちょっかいをかけてくる連中か」
カナタたちが今いる島からほど近い島がいくつかあり、そちら側には街の明かりが見える。人がいることは間違いない。
少なからず情報を得ることは出来るだろう。ただ、カナタ達を狙っている組織が尻尾を見せるとは思えない。
はい、とフェイユンが手を挙げる。
「全部潰しちゃえばいいと思います!」
「物騒だな。完全に敵対するかどうかは少し様子を見なければならない。却下だ」
却下されてしょんぼりしたフェイユンの横で今度はクロが手を挙げた。
「じゃあ次襲ってきたやつを拷問して口を割らせようぜ。オレがやるから」
「お前も物騒なことを言うな……というか、お前の拷問は〝闇〟の中に引きずり込むだけだろう」
あれは加減が利かないので生半可な相手にやると即座に発狂してしまう。拷問の意味が無くなるのでこれも却下だ。
ぶーぶー文句を言うクロを無視し、ひとまず次に襲ってきた連中は捕らえることで決定した。
ある程度事前に準備はしてきたが、海域を隔てると情報も入って来にくい。〝
少し認識を改める必要がある。
何はともあれ、まずは情報を集めてからしか動けない。
☆
五日後。
あの後にも何度か襲撃があり、それぞれを殺さない程度に船を攻撃して捕虜とした。
拷問などするまでもなく、ある程度の情報はカナタとフェイユンの見聞色で引き出せる。質問に対してどの程度嘘をついているかがわかれば十分だった。
一時的に拠点とした島──ミニオン島から移動し、隣にあるスワロー島で情報を集め、現在はフレバンス王国に滞在している。
珀鉛と呼ばれる鉛を主とした産業で暮らす裕福な町で、〝白い町〟とも呼ばれることもある場所だ。
「あの女、一体何を考えているのだろうな……」
カナタは新聞を読みながら朝食を食べており、隣の席ではクロとティーチが朝食のパンを取り合って朝から元気に喧嘩していた。
〝金獅子〟と〝残響〟の激突がここ連日報道されており、〝ビッグマム〟も加わって混沌とした様相を呈していた。〝ハチノス〟にあまり戦力を残していない現状、敵対組織二つの目がこちらを向いていないのはありがたいことではある。
が、それ以上にオクタヴィアが何を狙っているのかが不明な方が気にかかっていた。
目的もなく暴れる女ではないはずだが……と考えはするが、シキとリンリンのカナタへの態度を考えると、あの二人が一方的に突っかかっていった可能性も否定は出来ない。
トラブル体質は母娘揃って同じのようだし。
「そっちも気になるだろうけどよ、オレ達の方の問題は片付きそうなのか?」
ティーチに負けてパンを取られたクロは、宿泊しているホテルに追加を頼もうとしながら話しかけていた。
カナタは「すぐに、とはいかないな」と言葉を濁す。
襲撃自体は既にぱったりと止まっている。隣国に組織の拠点があることも掴んでいるし、これを潰せば早いが……それで今後邪魔をされずに済むかと言われると微妙なところだった。
何しろ〝新世界〟でも闇の世界の帝王たちを軒並み敵に回している。あちらから手を回しているなら、末端を一つ二つ潰したところで意味はない。
この連中の厄介なところは
「海軍も嗅ぎつけているようだし、本部のおつるが出張ってきている。あまり大々的に動くのは避けたいところだな」
ガープやセンゴクほどではないが、おつるも十分すぎる程に厄介な海兵だ。率先して敵に回したいとは思わない。
先日のベルクとの遭遇戦は偶然だったが、今度は確実にカナタ達を狙ってきている。〝ハチノス〟の防衛に戦力を分けていることを考えると、海軍も十分に戦えると判断しての事だろう。
「儂は別に誰が相手でも構わんが」
「私とて相手がガープでもセンゴクでも構わないが、船員たちはそうもいくまい」
流石のカナタも部下たちに中将でも最強クラスの海兵と戦えとは言い難い。
フェイユンとジュンシーも力を付けてはいるが、ガープやセンゴクはまだ別格に強いのだ。
ともあれ。
「少なくとも、今日は隣国に移動して私にちょっかいを出してきた組織を探る。他の組織の情報が手に入るならよし、そうでなくても潰しておけばいい」
「折角のフレバンスだし、珀鉛の品物買っていかねェのか?」
「今回は商売が目的ではないからな。あまり色々と手広くやると仕事が増えるからやりたくないのだが」
「ヒヒヒ、まァ頑張れ」
「他人事だと思いおって」
まだ眠そうにしているカイエの髪を三つ編みに整え、食事を終えてホテルを出る。海賊相手だからと嫌がられたが、相場の三倍ほど出して無理やり泊まったのだ。
チップにも色を付けておいたのが功を奏したのか、出るときには随分と扱いが違った。
この分なら次に来るときも拒絶はされないだろう。
……流石に巨人族であるフェイユンが泊まれる部屋は無かったので、彼女は船番もかねて船に泊まって貰ったが。
☆
スパイダーマイルズ、という港町がある。
〝
数日かけていくつかの組織を潰しながら移動を繰り返し、海軍の軍艦と鉢合わせにならないよう気を付けながらここまで移動してきた。
残念ながら今回の遠征では悪魔の実は見つからなかったが、巨大なマーケット自体はあることがわかった。この辺りは今後の課題と言えるだろう。
成果もあったので、遠征はこれくらいで終わりだなと考えていたところで最後に立ち寄った島でもあった。
工業を主体としているだけで、他の島と大きく違うわけでは無い。変わったところがあるとすれば──すさまじく治安が悪いことくらいだ。
「……驚くほどチンピラが多いな、この島は」
思わずカナタも呆れる程である。
工業主体というだけあって工場も多いが、安い賃金で休む間もなく働かされて体を壊し、職を失って落ちぶれる。
カナタも良く知っている光景だった。
かつて拠点にしていた島でも同じような光景を見たが、あそこはカナタが次々に拡大していく商会の人手として雇った後に治安は驚くほど改善した。
今では既にバスターコールで焦土と化した島だが……懐かしくも、あまり思い出したくはない。
あそこには、ジョルジュやスコッチ、サミュエルの家族がいた島でもあるから。
「……食い扶持を稼げない奴は連れてくるがいい。仕事ならある」
最近は食料生産のために島をいくつか開拓している。人手ならいくらでも欲しいところだ。
そうでなくとも食料自体には困らない。大型の海王類を一匹狩ればすぐに手に入るのだから。
「全く、またみょうちきりんな連中を拾って……」
「えへへ……カナタさんのそういうところ、良いと思いますよ!」
昔から変わらないことにジュンシーは呆れ、フェイユンは笑う。
巨人族が居るだけで委縮して襲ってくることはないが、遠巻きに見てくる連中はいる。スリが狙っているのかもしれないが、それこそ一捻りだ。
食い扶持を手に入れようと必死なのだろう。そうまでしてこの工場で何を作っているのかと思えば、答えは明確──武器だ。
「……北の海の至る所にこういった工場が出来ているのだろうな」
「戦争をしている島も多いしなァ。終わらない戦争だ……楽しくもねェってのにな」
クロは珍しくつまらなそうな顔をして工場を見上げていた。
街を一通り歩き、港に戻ってきた。街のチンピラたちが声を掛け合って集まったのか、結構な人数が怪訝な顔で戻ってきたカナタの方を見る。
美貌に見惚れる者。懸賞金の額を知ってか顔色が悪い者。進退窮まって覚悟を決めた者。多くの者が集っていた。
「お前たちにチャンスをやろう」
集まったチンピラたちに対し、カナタは穏やかに言葉を投げかける。
「海賊稼業をやれという訳じゃないが、仕事はしてもらう。住人のいない島の開拓作業だ」
過酷な仕事だが、何もゼロから全て自分たちでやれという訳じゃない。
フェイユンを始めとした巨人族の手伝いもある。物資は定期的に運ぶ。最低限は戦力を置いて治安維持と外敵からの防衛をする。
そんなに旨い話があるはずもない。そう思うものもいるし、実際声を上げた者もいた。
だが、開拓した島で取れた食料は自給自足に使うわけでは無く、交易品として使う。
「これを罠と思うかどうかはお前たち次第だ。ついてこないならそれでも構わない」
人手は足りていないが、無理に徴集するほどではない。いざとなればまた部下を増やせばいい。
傘下になった海賊もまさか島の開拓をやらされるとは思わないだろうが。
「……お、おれは行くぞ!」
「おれもだ! この島に居たって先なんかねェんだ!」
「やってやる!」
これは自分たちを騙して奴隷にするための方便かもしれない。
──だが、それでも。夢を捨てきれないのが人間の在り方だ。
熱狂は伝播し続け、学もなく、力もない者たちが〝新世界〟に夢を見て船に乗り込んでいく。その先が地獄かどうかは行ってみてからのお楽しみだ。
「人手は確保できた。規律は追々整えていけばいいだろう」
「人を煽る話し方は随分上手くなったものだな」
「フフ……海賊の船長も、これだけ長くやっていれば慣れもする。代わってみるか?」
「御免だな。儂は地位に興味などない」
「だろうな。私の長年の部下はそういう連中ばかりで困ったものだ」
肩をすくめるカナタは部下を伴って船へ戻ろうとして、不意に振り向く。
ジュンシーも釣られてそちらを見ると、短い金髪にサングラスをした少年を先頭に、数名の男たちがこちらを見ていた。
ほとんどは少年と言っていい年頃の者たちばかりだ。船に乗り遅れたのかと思ったが、その割には船に乗る様子がない。
「〝竜殺しの魔女〟……!」
「なんだ、私に用でもあるのか?」
カナタの悪名は今や全世界に轟いている。〝
が、どうもそういう雰囲気ではなかった。
「随分若いが、海賊か?」
「……ああ、海賊さ! テメェはおれのことなんざ覚えちゃいねェだろうがな……!!」
「うん? ……お前のような子供の顔など見覚えは無いが」
特徴的なサングラスだし、そうでなくとも記憶力はいいので顔は一度覚えればそうそう忘れない方だ。そのカナタが「見覚えがない」と言う以上、直接会ったことはないのだろう。
ジュンシーは弱者に興味が無いのでほぼ相手のことなど覚えていない。その辺りはカナタに丸投げだった。
「ドンキホーテの名を忘れたか……!!」
少年の言葉に思わず眉を顰める。
その名前が出たという事は、
「クリュサオルかホーミング。どちらの関係者だ?」
「ホーミングだ!! テメェのせいで、おれは……!!」
言いたいことは色々あるのだろう。クリュサオル聖にしてもホーミング聖にしても、カナタが関与したことは間違いない。
だが、前者は直接殺害したが、後者は大きな関わりなどないはずだ。精々二、三度会話したくらいだろう。
拳銃をカナタに向ける男は、憎悪を伴って引き金に手を掛けた。
「記憶にないな。その憎悪は見当違いだよ」
「──ッ!! テメェ……!!!」
連続して引き金を引き、鉛玉がカナタへと突き刺さる。
当然ながら
「トレーボル、ピーカ、ディアマンテ、コラソン!! やるぞ、ここであの女を殺す!!!」
後ろに控えていた男たち四人が動き出し、金髪の少年と共に駆け出す。
力の差は歴然だ。それを理解していないとは思えないが……それすら憎悪が上回ったという事だろうか。
もっとも、カナタの方はその辺りのことは関係ない。見聞色で探っても、やはり実力は見た通りのもの。自ら戦うつもりさえなかった。
「ティーチ、相手をしてやれ。
「ゼハハハ! あァ、任せてくれ、姉貴!」
「後ろの四人は……カイエ、どうだ?」
「……構いませんが」
「能力を使ってもいい。
「ッ! ……ふざけやがって!!」
憤る男たちの前にカイエが立ち塞がり──能力によって変成した姿を露にする。
人獣形態でも体躯は人形態の数倍になる。危なくなったらフェイユンもジュンシーも後ろにいる以上、多少の無茶は可能だ。
四人を纏めて相手取り、「加減をするいい練習」を「殺さない程度に倒してみせろ」という指示と受け取って戦闘を開始した。
カナタはと言えば、興味もなさそうに指示を出した後は船へと戻っていく。
少年──ドンキホーテ・ドフラミンゴはその背中を追いかけようとして、横合いからティーチに強かに殴られた。
「ゼハハハハ!! 追いかけたきゃァおれを倒すことだな!」
「クソ……雑魚に用はねェよ!!」
指先から生成した糸を手繰ってティーチを雁字搦めにし、刻もうとするも……ティーチはそれを容易く避けて再びドフラミンゴの顔面に強烈なパンチを見舞う。
二度も顔面に打撃を食らい、ふらついて後退するドフラミンゴにティーチが「弱ェな」と呆れた声を出す。
「その程度で姉貴に挑もうってのかよ。おれを倒しても、まだ幹部が二人いるぜ?」
ティーチとカイエの戦いを見る二人は、二人の賞金額だけで十億を超える。
未だ年若いドフラミンゴたちでは逆立ちしても勝てる相手では無かった。
カイエとティーチの年少組二人に圧倒されるドフラミンゴたちは、このままでは到底敵わないと悟り、撤退を決める。
血を流して少しは頭が冷えたらしい。
「逃げるのか? ああ、構わねェ。逃がした方が面白そうだ!」
「ティーチ、遊んでると貴方から踏み潰しますよ」
「おお、怖ェ怖ェ。だが
ここで殺すつもりなら最初からそう命じるはずだ。だが、あくまで手加減しろ、練習相手に良いとしかカナタは言わなかった。
言外にそう告げていたのだとティーチは言う。
〝
賞金首でもないチンピラの首など不要だ──それがたとえ、元天竜人だとしても。
「クソッ──覚えてろ。この借りは必ず返すぞ……!」
「ゼハハハハ、口だけは一丁前だな……! あァ、また相手してやるよ。精々強くなるこったな!」
血を流しつつ撤退するドフラミンゴを見送り、ティーチは笑う。
傘下になることはないだろう。だが、あの憎悪を見る限りは強くなる素質はあった。
カナタは強い人間が好きだ。今後強くなってカナタの前に現れるなら、その時は相手をするだろう。
もっとも、その前におれが叩き潰しちまうかもな、とティーチは思っていた。
備考
ドフラミンゴ:13歳
トレーボル:21歳
ディアマンテ:17歳
ピーカ(非能力者):12歳
コラソン(ヴェルゴ):13歳
今後厄介になるかもしれない相手を見逃すあたり、血筋だなぁとちょっと思ってしまった次第(敵対するリンリン、シキを見逃しているオクタヴィアを見ながら)