世界政府加盟国には四年に一度、
170前後の国のうち50程度の国が世界政府の本拠地である聖地マリージョアに集まり、一週間かけて様々な議題について会議を行う。
各国の王たちが直に話し合うため、きっかけ一つで戦争が起きかねないところもあり……それを差し引いても、貧富や教育、宗教に資源に技術。国によって価値観が違うことも多いため、穏便に話し合いが解決することは決して多くない。
それでもこうして集まり、話し合いをするのはそれだけの価値があるからだ。
多くの国が頭を悩ませる海賊についての対応など、世界規模での対応が必要な事柄も少なくない。
──この場に集まる王たちは皆、「立場は平等」という建前こそ掲げているが……加盟国の三分の一程度しか集まっていないことからもわかるように、平等さなど不完全なものだ。
だからこそ、誰しもが他国を出し抜いて富と力を手に入れようと水面下で動いている。
「……面倒なものね」
金髪碧眼の少女──カナタがディアナと呼ぶその少女が、今まさに
会議に参加する王たちの決議も重要なものだが、それに付随して参加する親族や側近による他国との交渉などのロビー活動もまた、国としては重要な仕事だった。
彼女がおこなっているのはその一環である。
「ノルド、次はどの国?」
「は、次はプロデンス王国です」
「ああ、例の戦う王とかいう……」
王が前線に出て戦うなど正気の沙汰ではない。
ディアナとしてはあまり友好的に接する価値を感じない国だが、無下にして戦争など始まっては大事だ。ディアナ自身の評価も下がってしまう。
もっとも、戦争になればその時はそれこそ〝黄昏の海賊団〟の出番なのだが。
(最近はまた取引の量が増えたし、彼女の周りで動く金額もどんどん上がっている。競争相手に出し抜かれないようにだけ気を付ければ、もう私の勝ちは決まったようなものね)
ディアナは僅かに頬を緩ませ、競争相手から一歩抜きんでた現状を考える。
このままいけば、
ロムニス帝国における王族の血筋は多く、親類縁者の中からより優秀な者を伴侶として選ぶ気質があった。
その中でもディアナは比較的若い方に入り、地盤固めも他の競争相手より弱かった──それゆえに、博打にも近い「海賊と手を組む」という手を選んだ。
結果から見ればディアナが得た富は莫大だったし、それを元手に様々な工作をすることも可能だった。
世間では〝魔女〟と呼ばれるカナタも、ディアナにとっては福音をもたらす〝天使〟ともいえる。
帝国にとってもカナタにとっても、この関係性は重要だ。互いに利がある限り、この関係性は崩れない。
「武力も財力も、今や我が帝国──おっと、我らが帝国に比する国も多くありません。今まで以上に交渉を有利に運ぶことが出来るでしょう」
「誇らしい限りです。姫の今後も安泰でしょう」
彼女がやるべきは対外的な関係性の構築に他ならない。
騎士たるノルドも、表情にこそ出さないが言葉の節々から嬉々とした感情を読み取れた。
あとは、下手に天竜人に目を付けられないように立ち回る必要こそあるが……カナタ達との関係性を表沙汰にしなければ大丈夫だろう。
国家ぐるみで漏らせない情報などいくらでもある。誰も口にしないだけだ。
「ふふ……」
権力を得るのは気持ちが良いものだ。
ディアナは僅かに笑みを見せ、次の交渉に臨むべく情報を精査し始めた。
☆
〝新世界〟ウォーランド島。
育つ木々も住み着く生き物も、ここは何もかもが巨大な国──それも当然。この島は〝巨人族の王国〟だ。
巨人族の中でも取り分け有名な〝エルバフの戦士〟が住む国。
数十年前に〝聖母〟マザー・カルメルの進言を得て略奪から交易へと方針転換し、しかし危険な海域の真ん中にあるこの島と交易をするのも難しいが故に細々と貿易をしている。
〝黄昏の海賊団〟に籍を置くフェイユンもまた、この島の出身だった。
「わぁ……久しぶりです!」
「あらゆるものがデケェな……さすがは巨人族の島ってことか」
「この辺りの海域に住む生物も巨大だ。我々からすれば食料には困らないな」
フェイユンが住んでいたころからあまり大きくは変わっていないらしく、カナタたちを連れて港から村へと足を運ぶ。
今回は交渉メインで進める予定のため、幹部で連れてきたのはスコッチとフェイユンのみだ。
巨人族の住む村という事でクロが非常に興味を持って密航を試みていたが、あえなくカナタに見つかって留守番させていた。
「村に帰るのは何年ぶりなんだ、フェイユン」
「そうですね……うーん、二十年くらい?」
「……わかっちゃいたが、巨人族の時間のスケールはおれたちと全然違うな……」
スコッチは呆れたような、それでいて納得したような顔をしていた。
巨人族は得てして時間のスケールが違う。フェイユンはカナタ達と過ごすうちに多少は矯正出来ているが、他に数名居る巨人族は時間を守れないものも多い。
この辺りは生物的なものでもあるし、培った価値観の違いもあるのでとやかく言っても仕方のない部分でもある。
カナタとしては仕事さえきちんとやってくれれば多少時間を守らなくても問題は無いのだが。
そうこう話しているうちに村に辿り着いた。
「ここが私の生まれ故郷です。懐かしいなぁ……」
懐かしそうにしているフェイユンに気付いたのか、村の中から一人の巨人が出てきた。
「あなた、フェイユン? 懐かしいわね! 元気にしてた?」
「ゲルズちゃん!」
女性の巨人族だ。フェイユンの幼馴染らしく、懐かしそうにいくつか言葉を交わしていた。
「親と一緒に交易に出たきりだったけれど、帰ってきたの?」
「お父さんとお母さんは……」
交易の途中でビッグマム海賊団と戦闘になり、食い煩いによって我を失ったリンリンに殺されている。
あまり思い出したいことではないが……フェイユンはその辺りの事情も話し、今はカナタの船に世話になっていると話した。
「そう、リンリンが……」
かつてリンリンはこの巨人族の村に隣接する、行き場を無くした孤児たちが集まる〝羊の家〟に居た。ゲルズは幼いころに遊んでいたが、とある事件以降、その名を口に出すことさえ憚られるようになってしまった。
どんな理由があろうとも、戦士の誇りを穢したリンリンを許すわけにはいかない。
少し暗い話をしたが、本題はそこではないのでフェイユンも早々に話を切り上げる。
「今日はカナタさんがこの村と交易をしたいって言うから来たんだ」
「交易を? じゃあ、王様のところに?」
「うん」
「それじゃあそこまで案内するわ。フェイユンとも話したいことはいっぱいあるもの」
フェイユンもこの村の出身である以上、道は覚えているだろう。
けれど、二十年ぶりに会った幼馴染と話したいことはいくらでもある。案内ついでに語り合ったとて文句を言うこともない。
幼馴染は他にも何人かいるらしく、最近はハイルディンが強くなって凄い獲物を取るようになったとか、ゴールドバーグの作るご飯が美味しいなど……近況を話すゲルズと楽しそうに相槌を打つフェイユンを先頭に道を進む。
「エルバフの村では交易に何を輸出しているんだ?」
「そうね……あまり詳しくは知らないけれど、木材が多いわ」
カナタの疑問にゲルズが答え、周りの巨大な木々を指さす。
「私たち巨人族からしても巨大なこの木々を切って、それを輸出するの。でも数は多くないわ」
元よりこれだけ巨大な木材を運べる船も多くなく、交易に来る人間も数える程しかいない。
生半可な実力では辿り着く前に海で命を落とすことも珍しくないからだ。
輸出する数が少なければ当然、輸入する数も非常に少ない。ましてや巨人族ともなれば、食料にせよ衣類にせよ必要な量は普通の人間よりもはるかに多い以上、物資の不足は避けられない。
過去に大暴れしたという巨兵海賊団がそこかしこで略奪に走ったのも理解出来る。
「……なるほど」
この辺りはカナタとしても考える必要がありそうだった。
既存の交易が少ないなら入り込む余地は十分にある。また一段と忙しくなりそうだ。
☆
巨人族の王と交易と取引に関しての会談は無事に終わった。
カナタ達が求めるのは良質な木材と巨人族の労働力であり、対価として様々な物資の輸入と金銭を渡すことを提案すると快く受け入れられた。
巨人族側としても、略奪より交易をというマザー・カルメルの言葉を出来る限りは尊重したい考えを持っているらしく、同時にそれを台無しにしたシャーロット・リンリンと全面的な敵対関係にあるカナタ達とは仲良くしたいらしい。
ジョン・ジャイアントを始めとした巨人族の海兵は何人かいるが、国そのものが世界政府加盟国として存在するわけでは無い。海賊と手を組むのも自由という訳だ。
「案外あっさり終わったなァ。もう少し時間がかかるかと思っていたが」
「リンリンと全面的に敵対関係にあることがプラスに働いたな。フェイユンから事情は聞いていたが、これほど影響が強いとは思わなかった」
いつも邪魔ばかりで小競り合いも多い相手だが、今回に限っては良い影響があった。世界最強の軍隊を有するとさえ言われる巨人族と仲良くできるならそれに越したことはない。
巨人族の王がウキウキで「いつリンリンと戦争をする?」と聞いて来た時は思わず目を丸くしたものだ。
流石に今日明日戦争を仕掛けるという訳にもいかないと猶予期間は貰ったが。
例に漏れず時間感覚は適当なようで、十年二十年くらいなら待つとのことなのでゆっくり準備をしていいだろう。
「これから忙しくなるな。取引先が増えるのはいいことだが、巨人族の国と交易ともなれば量も莫大だ」
巨人側からしても、今まであまり多くなかった取引の量が一気に増える事だろう。もっとも、最初は様子を見ながらになる。
労働者として働きに出る巨人族も最初は少ないだろう。こういうのはゆっくり順序立ててやっていくべきだ。
そう考えながらゲルズのいた村まで戻り、最初はこの村から労働者として働きに出る者を集うことになった。
フェイユンの知り合いも多いので誘いやすいだろうというのもある。
「あ、ハイルディン君だ!」
「フェイユン!? お前帰ってたのか!」
フェイユンよりもだいぶ背の高い男性の巨人だ。まだ年若いが村の戦士たちに鍛えられているらしく、様々な武器を背に持って狩りから帰ってきていた。
手には巨大な猪が握られており、今日はこれを捌いて村の食料にするという。
「折角だ、うちの船から酒を出して振舞ってやれ」
故郷に帰って幼馴染と再会したこと、そして巨人族とカナタたち〝黄昏の海賊団〟とのこれからを祝して。
巨人族には少しばかり量が少ないかもしれないが、彼らの村にも酒はある。
……ついでに海外の酒の味を知ってもらえれば取引の量が増えるかもしれないという目的もあったりする。
それはさておき、喜びの宴は昼日中から始まり、日が落ちても長く続いた。
「フェイユン、聞いたぞ! 億を超える賞金首になったそうだな!!」
「ゲルズが言ってたぞ、ドリー船長とブロギー船長に会ったんだって!!?」
「魚人島には行ったのか? 海の底にある神秘の島だ!!」
てんやわんやの宴の中、主役と言ってもいいフェイユンは巨人族の皆から矢継ぎ早に話しかけられて目を白黒させていた。
カナタたちは少し離れたところでテーブルを作り、宴を楽しみつつ今後の動きを話し合っている。
「今回の取引の拡大で、当面は他に回す余力は無くなるだろう。巨人族の船員が増えれば余裕は出てくるだろうが……」
「元巨兵海賊団の船員がもしいれば雇いたいところだよなァ。ロムニス帝国との取引も増やせってあっちがせっついて来てるしよ」
「優先度は高いが人員が足りん。あまり派手にやるべきではないし、世経のモルガンズがスクープを狙ってうろうろしている。下手を打ちたくないならしばらく待てと言ってある」
常にスクープを狙って色々なところに出没してはニュース記事を書く世界経済新聞社のモルガンズはカナタとしても頭の痛い存在だ。
仲良くすればそれなりに情報操作を行えるが、あの男は何かとカナタを食事に誘いたがる。それにリンリンの茶会にも顔を出しているので深い付き合いは不可能だろう。
この手の裏工作はあまり得意では無いので四苦八苦しているのだ。
「巨兵海賊団に関しては好きなようにやらせればいい。傘下と言わずとも同盟でも構わない」
「まァ巨人族の軍隊ってだけで十分強力と言えば強力か……ビッグマム海賊団とはどう戦うんだ?」
「巨人族との信頼関係をどれだけ短い期間で築けるかどうかだな。準備を整えるのに二、三年はかかるだろう」
リンリン率いるビッグマム海賊団はカナタ達からしても邪魔な存在だ。金獅子海賊団同様に出来る事なら潰してしまいたい。
とは言え、そう簡単に潰せるなら海軍が潰してしまっているだろう。
年々強化される海賊団とリンリン本人の実力、それに裏工作の巧みさを考えると事前の準備をどれだけ出来るかが重要になる。
特にスパイは最近増えているので、近々また掃除が必要だ。
「……そろそろリンリンとは決着を付けねばならんな。シキはその後だ」
「シキの野郎は相変わらずロジャーにご執心みてェだし、こっちに目を付けることはねェんじゃねェか?」
「あの男は病気だ。全力で戦うのは難しかろう」
当面の目的がリンリンなのは、シキの意識がロジャーに向いているうちに、という理由もある。
両方を一度に相手取るには少しばかり勢力が巨大すぎる。黄昏の海賊団もそれなりに勢力は巨大化しているが、片方と正面からぶつかればそれだけで全戦力を使うことになるだろう。
多少なりとも余力を残さなければ弱ったところを食い破られるのが厄介なところだ。
海軍もそうだが、虎視眈々とカナタの首を狙う海賊も少なくない。
「最近手に入った悪魔の実も早いところ食べさせねばな」
「結構大量に手に入ったよなァ……よくあんなに手に入れたもんだぜ」
「
色々なところに伝手を作っておけば、こうして悪魔の実も手に入れることが可能になる。
いきなり悪魔の実を十数個手に入れたのは想定外だったが。
切り分けられた巨大な肉を手に持ったナイフで食べやすい大きさに切り分け、カナタはそれを口に運ぶ。
巨人族の村にも家畜はいる。人間からすれば家畜というにはいささか大きすぎるが、丸焼きにするだけで味もそれなりに良い。
戦争にはとにかく食料が必要だ。無人島を開拓して食料生産プラントに変えていることも含め、食料はやや過剰生産に近い状態にある。
準備は着々と進んでいた。
「巨人族との関係性がもう少し良好になってからの話だが──リンリンを墜とす」
大きな戦いになるだろう。カナタ自身も無事では済まない可能性だってある。
キャンプファイヤーを囲んで笑い合う宴の中で、カナタとスコッチだけが険しい顔をしていた。
☆
そして、年を跨いだ。
戦力拡充、食料の増産、巨人族との取引拡大──黄昏の海賊団が様々な行動をしている最中。
ロジャー海賊団と金獅子海賊団による〝エッド・ウォーの海戦〟が勃発した裏で、ビッグマム海賊団と黄昏の海賊団が全面衝突することとなる。
次話は空前絶後のキャットファイト