ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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炎と雷が合わさり最強に見える。そんな回です。


第九十一話:炎雷

 無数に湧き出る同じ顔の兵士たち。

 創り出されたビスケットの兵士を前に、グロリオーサとカイエは苦戦を強いられていた。

 

「いくら倒してもキリがない……厄介な能力者じゃニョう」

 

 壊しても壊してもすぐに復活し、あまつさえ数が増えていく兵士。これには流石に疲弊を隠せない。

 敵は〝千手〟のクラッカー……加えてオーブン、アマンド。カナタの育てた船員たちも容易くやられるほど弱くは無いが、拮抗できるかと言われれば難しい。

 チェス戎兵こそ現れなくなったが、それでも多勢に無勢。戦力差は大きいと言わざるを得なかった。

 

「一つ叩くと二つに増えて、も一つ叩くと三つに増える──おれの無限に増えるビスケットの兵士たちを何体も倒す実力は認めるが、それだけじゃおれは倒せねェ!!」

 

 壊れたなら直せばいい。足りないなら増やせばいい。

 ただビスケットを生み出すだけの能力も、極めればこれほど強力な力となり得る。

 

「おい、クラッカー! おれたちはカタクリの手伝いに向かう! ここはお前一人でいいか!?」

「構わねェ! おれ一人で十分さ、兄貴」

 

 ブリュレから連絡を受けたオーブンがアマンドと共にどこかへ移動を始める。カタクリ一人でも勝てない相手では無いが、()()()()()()()と言っていたからには何かがあるのだろうと判断して。

 二人を見送り、複数体のビスケット兵を操ってグロリオーサとカイエの二人を相手に有利なまま戦闘を行う。

 集まってきた部下たちも、ビスケット兵の前には歯が立たず時間稼ぎにもならない。

 

「幹部と言ってもこの程度か!? 〝巨影〟がいなければこの程度か!」

 

 以前戦った際にはフェイユンにひたすらビスケット兵を踏み潰されており、クラッカーの方は打つ手もなかったが……あの時よりクラッカーは腕を磨き、強くなった。

 それにこの二人はフェイユン程の強さを持たない。ならば、ここで首を獲るのも悪くない──!

 

「ロール──プレッツェル!!」

 

 二つとない名剣〝プレッツェル〟を回転させながら突きを繰り出し、カイエはそれを大鎌で受けるも受け止めきれずに吹き飛ばされる。

 追撃をかけるビスケット兵へとグロリオーサが襲い掛かり、互いに覇気と纏わせた武器をぶつけて衝突した。

 グロリオーサでも一体を相手取るのが精一杯だ。隙を突けば壊すことも出来るが……壊したところですぐに修復されてしまう。

 これほど厄介な能力者も中々いないだろう。

 

「グロリオーサ! 大丈夫か!?」

 

 カイエへと向かっていったビスケット兵の一体を援軍に来たジョルジュが切り伏せ、もう一体をサミュエルが人獣形態になって抑え込む。

 ようやく来た援軍にホッとしたグロリオーサは、僅かに下がって更に数を増やしたビスケット兵から距離を取る。

 

「何だコイツら……フェイユンが前戦ってたビスケット野郎か!?」

「私はそニョ頃は知らないが……あのビスケットの兵隊、壊しても壊してもすぐに元通りにニャる上、一体一体が強い。油断せニュことだ」

「さっき斬った奴も結構固かったしな。ああいうのは能力者の出番だ。デイビット!」

「承知!」

 

 弾の入っていないリボルバー拳銃を片手に、デイビットが狙いを定める。

 カテリーナに作らせた特注品で弾の口径は大きく、弾丸そのものが生産出来ていないが──デイビットにとって実弾は不要だった。

 

「〝そよ風吐息爆弾(ブリーズ・ブレス・ボム)〟!!」

「ッ!!?」

 

 カチカチと引き金を引く。

 だが、当然ながら弾が入っていないので実弾は発射されない。代わりに飛ぶのは()()()()()()だ。

 

「なんだ、特殊な弾か!?」

 

 弾が見えないが故に、見聞色で攻撃を察知しても軌道が読みにくい。クラッカーは咄嗟に盾を構え、着弾と同時に爆発してビスケットの鎧の上から受けた衝撃でたたらを踏んだ。

 爆発の威力は高いが、ビスケット兵には効果が薄い。ならばとデイビットが取る手段は一つしかない。

 一番手近なビスケット兵のところまで突撃し、デイビットは体一つで体当たりをする。

 

「〝全身起爆〟!」

 

 ビスケット兵の至近距離で大爆発を巻き起こし、爆風がジョルジュたちにも打ち付ける。

 流石にこれは効いたのか、クラッカーはビスケットの鎧の中から放り出されて半身に火傷を負っていた。

 

「クソッ! いきなり目の前で自爆するとはな……!」

 

 悪態を吐きながらも体勢を立て直し、ジョルジュたちをぎろりと睨みつけた。

 自爆してでも、という気概は買うが、それでも倒せなかった以上はただの無駄死にでしかない。

 

「だが勝手に自爆してビスケット兵を一体破壊しただけだ。おれのビスケットは無限。一つ二つ壊したところで──」

 

 パンパンと手を叩き、ビスケット兵を再び生み出していく。煙幕の中で動く影を見つけ、新しい敵かと構え──

 

「クソ、ダメだったか……!」

「生きてんのかよ!?」

 

 自爆して吹き飛んだはずのデイビットがむくりと起き上がったので、思わずクラッカーも大声を出していた。

 

「おれはボムボムの実の爆弾人間。全身が爆弾だから爆発しても死にやしねェ!」

「そういう能力か……!」

 

 攻撃力に関しては突出している。いくら元通りに出来るとはいえ、ビスケット兵でさえ破壊できる火力を好き放題使われると厄介だ。

 とは言え、攻撃方法が爆発である以上、〝ハチノス〟内部では制限せざるを得ない。

 クラッカーがデイビットに意識を割いていると、先ほどカイエを吹き飛ばした方向からバキバキと何かが壊れる音がした。

 

「……この姿はあまり好きでは無いのですが、仕方ないですね……!」

 

 下半身は蛇となり、髪が纏まっていくつもの蛇となる──神話に謳われるゴルゴーン。その獣形態となって巨大化したカイエの姿があり、ジョルジュ、サミュエル、グロリオーサもまた同時に構える。

 ビスケットの兵隊を操る軍団規模の敵ではこれですら心許ないが、他の敵は他の味方が対処してくれるだろうと考えて。

 

「……〝黄昏〟の中にも化け物が多いみてェだな。構わねェ、全員纏めて相手してやるよ!」

 

 パンパンと手を叩き、クラッカーが次々にビスケットの兵隊を生み出していく。

 クラッカー一人にこれだけ手を割かれるのは非常に痛いが、〝黄昏〟は幹部ではなくとも多くの能力者がいる。辛く見積もっても戦力は拮抗していると言えた。

 あとはカナタがリンリンを早く倒してくれることを祈って、目の前の敵に集中するのみだ。

 

「こいつを手早く倒して他のリンリンのガキどもの相手をしなきゃならねェ。気合入れろよお前ら」

「ウハハハハ! 結構強そうだし、久々に暴れられるんなら何でもいいぜ!」

「ほざけ、おれがテメェらを倒すんだよ!!」

 

 〝千手〟のクラッカーVSジョルジュ、サミュエル、デイビット、グロリオーサ、カイエ。

 ビスケットの軍勢を前に一歩も退かず、戦力が拮抗した状態での戦闘が始まった。

 

 

        ☆

 

 

 ──鮮血が氷の上に散る。

 カナタの心臓を狙って穿たれた刃は僅かに逸れて腕を切り裂き、不意を打ったシュトロイゼンは返す刃で首を獲りに来たカナタの槍を弾き返す。

 一合の打ち合いの後で距離を取り、流れる血を気にも留めずにカナタはシュトロイゼンを見つめる。

 

「……そういえば、お前もいたな」

 

 〝美食騎士〟シュトロイゼン。

 ビッグマム海賊団旗揚げ当初からリンリンの傍にいる実力者だ。仲間殺しが横行していた当時のロックス海賊団にも所属しており、五体満足のまま今も生き残っていることが実力の証左でもある。

 あるいは、料理人としての腕前を買われて殺されなかっただけかもしれないが……それでも、気に食わない者は誰であろうとも殺していた者たちの集まりだ。

 その中で生き残ってきた以上、弱いはずがない。

 

「お前の見聞色は卓越している。それを欺くならばこの一瞬しかないと思ったが……これが失敗するとは思わなかった」

 

 カナタの反応速度がシュトロイゼンの予想を超えていた。オクタヴィアを想定した奇襲だったが、恐らく地力の差によるものだ。

 カナタでこれならオクタヴィアが相手では確実に失敗していただろう。

 

「奇襲は失敗したが、手傷を負わせられただけ十分だろう」

 

 あとはリンリンと二人がかりで戦えば負けは無い。

 リンリンが武器を構え、シュトロイゼンはそれに従うように低くサーベルを構えた。

 

「甘く見られたものだな。この程度の傷で私を倒せると思ったか」

 

 右腕を切り裂かれたが、それほど深い傷ではない。槍を構えて攻撃に移ろうとした刹那、シュトロイゼンが先手を取った。

 高速で接近するシュトロイゼンはサーベルを振るって斬りかかり、カナタは咄嗟に氷の壁を生み出してシュトロイゼンを止める。

 だが、その氷の壁は一瞬で破られた。

 切り裂かれたわけでも、破壊されたわけでもない。氷の壁が()()()()()()()()()のだ。

 

「何!?」

 

 攻撃を防ぐつもりだったが、予想に反して動きすら止められていない。カナタはすぐさま槍を振るってシュトロイゼンのサーベルを受け止め、剣戟を交わして距離を取る。

 シュトロイゼンは〝ククククの実〟を食べた能力者。

 彼の手にかかれば万物は食物となる。それは能力者が生み出した物質でさえ例外ではない。

 どれほど強固な壁であろうとも、柔らかい食材に変えてしまえば突破するのは容易いという訳だ。

 そして当然、シュトロイゼンに意識を割かれる分、リンリンはカナタの見聞色から外れている。

 

「〝雷〟──」

 

 距離を取ってもなお追いかけるシュトロイゼンの刃を捌き、反撃に移ろうとした瞬間にリンリンが入れ替わるようにしてカナタに襲い掛かる。

 右手に〝ナポレオン〟を持ったまま、左手に〝ゼウス〟を持って。

 

「──〝霆〟!!!」

 

 強烈な雷撃が氷の大地に叩きつけられる。

 既のところで攻撃を回避したカナタは、戦いにくそうに眉を寄せていた。

 それなりに長い付き合いだけあって、この二人は息の合った戦いが出来ている……息が合っているというよりも、シュトロイゼンが合わせている、と言うほうが正しいかもしれないが。

 どちらにしてもカナタにとっては良いことではない。

 

「厄介な……」

 

 だが、手立てが無いわけでは無い。

 再び斬りかかってきたシュトロイゼンの前に氷の壁を生み出し、身軽なこの男の動きを制限させる。

 しかし、シュトロイゼンからすれば先ほどと同じように柔らかい食べ物に変えてしまえばいいだけの話だった。

 

「──何!?」

 

 能力で変化させてしまえば、いかに堅牢な壁であろうとも無意味。だがそれでも、悪魔の実の能力に対抗する方法ならある。

 生み出した氷の壁に武装色の覇気を流し込み、黒く染まった氷がシュトロイゼンの刃と能力を完全に防いだ。

 

「私はどちらかと言えば武装色の方が得意でな──これくらいなら訳はない」

 

 見聞色とて鍛錬を怠っていたわけではない。数秒先の未来を視る程度は造作もなく、敵の感情から嘘か真かを判別するくらいは出来る。

 だが、それ以上に武装色の覇気の操作が得意だった。

 炎を纏った武器(ナポレオン)を振り回すリンリンの前に立ち、カナタは槍に武装色を纏わせて再度激突する。

 互いに武器そのものは衝突せず、纏わせた覇気だけが鍔迫り合い、軋みを上げて大気を震わせる。

 

「この、小娘がァ……!!」

「ぬるい炎だ。それに、体格の割に随分可愛らしい腕力だな、リンリン」

 

 かなりの体格差があるにも関わらず、カナタはリンリンと力で拮抗していた。

 体に纏ったプロメテウスの炎がかなりの熱を発しているが、足場の氷に覇気を流し込むことで多少の熱では溶けなくなっている。

 通常の氷ならどれほど分厚く張ってもすぐさま割れてしまう衝撃波の連続でも、こうしていれば耐えられる。

 氷の壁が壊せないならと、小柄な体躯を活かして立ち回るシュトロイゼンがカナタの背後から斬りかかった。

 しかし、それをカナタの背後に作り上げられた氷の狼が防ぐ。

 

「黒い、氷の狼だと!」

 

 更に足元の氷の大地が盛り上がり、巨大な狼の口となってシュトロイゼンを飲み込もうとする。

 だが、流石にそううまくは行かず、シュトロイゼンは狼の口から何とか逃れる。

 自慢のサーベルでも切れず、破壊も変化も出来ないとなれば避けるしかない。どれか一つでも成し遂げられれば対処は容易くなるが、カナタの武装色を上回らねばそれも難しい話だ。

 リンリンのプロメテウスならばあるいは、と思うが、今下手にプロメテウスを使えば今度こそ消滅させられかねない。

 ゼウスを掴んで叩きつけるも、覇気を流し込んだ氷の盾で防がれる。

 分が悪い、と言わざるを得なかった。

 

「リンリン! 出し惜しみは無しだ!」

「おれに命令するんじゃねェよシュトロイゼン!」

 

 リンリンは怒りで頭に血が上っている。

 どこかに火でもあればプロメテウスは最大まで力を取り戻せるが……氷の上では炎も発生せず、今の弱ったプロメテウスの火力ではカナタの氷を破壊しきれない。

 悪化していく天候の中、リンリンは空に渦巻く雷雲をゼウスに食べさせて力を最大限に高め、それをナポレオンに纏わせた。

 

「〝炎雷──皇帝剣(コニャック)〟!」

 

 プロメテウスとゼウスの力を一か所に集め、ナポレオンに宿らせた最大級の一撃を構える。

 原理的にはカナタが使う〝神戮〟と同じだ。悪魔の実の能力と覇気を最大限に利用して相手を攻撃する技。

 リンリンの場合は──そう、極めて破壊に特化した一撃だったというだけ。

 

「──〝威国〟!!!」

 

 巨人族の奥義。極めに極めた飛ぶ斬撃。炎と雷が尾を引くように後を追い、カナタの氷の壁を貫いた。

 正面から受ければ死を免れられない斬撃に対し、カナタは真っ向から勝負を挑む。

 

霜の巨人(ヨトゥン)よ」

 

 カナタから放出される覇気が足元の氷へと送り込まれ、黒くなった氷の上から更に覇気を重ね掛けし、黒から青紫色に変化していく。

 氷は徐々に形を変えて巨人の上半身となり、カナタの動きと同期しているかのように槍を持った巨人が動き出した。

 その威容はリンリンにも負けず劣らず、カナタが放出した覇気を吸い取って強烈な存在感を放っていた。

 

「我が威、我が槍を見よ──」

 

 猛烈な勢いで氷上を削り進むリンリンの〝威国〟を前に焦ることもなく、巨人と連動したカナタは槍を構えた。

 投擲の構えだ。

 左手を前に出して距離を測り、右腕を後ろに構えて狙いを定める。

 

「──〝大いなる冬よ、厄災となれ(フィンブルヴェト・ギュルヴィ)〟」

 

 その一撃は雷鳴の如く。

 音を超えてなお速く投擲された槍は、リンリンの放った〝威国〟と正面から衝突する。

 斬撃と炎雷、刺突と氷。互いに強大な覇気を纏わせた一撃であるが故に、それらがぶつかった瞬間に空を覆う暗雲が軒並み吹き飛んでいた。

 カナタの覇気を流し込まれた氷の大地も悲鳴を上げて砕かれていき、両者の攻撃がどれほど強烈なのかをまざまざと見せつける。

 拮抗する一撃は実際には僅かな間であれど、その場にいた三人にとっては長すぎる程の時間だった。

 互いの攻撃は中間地点で対消滅し、氷の大地に空いた巨大な穴がその威力の高さを物語る。

 

「……まだまだ、退く気はないのだろう? リンリン」

「当然だ。テメエをぶち殺すまで、帰るつもりはねェよ!!」

 

 二人はあれほどの攻撃を放ってもなお消耗が見られず、凶暴な笑みを浮かべたリンリンと涼し気に笑うカナタは再び衝突する。

 

 

        ☆

 

 

 ──黄昏の海賊団とビッグマム海賊団の抗争は都合三日にもおよび、昼夜を問わない激しい戦闘が続いた。

 事態を重く見た海軍及び世界政府は、将校たちに緊急招集をかけて最悪に備えていた。

 しかし、三日目に入ってから事態は一変する。

 巨人族の軍勢──エルバフの戦士たちの援軍が到着したのだ。

 どちらの味方をするのかなど誰が見ても明白。ただでさえ〝古代種〟の能力を持つ巨人族や多くの能力者がいたことでビッグマム海賊団がやや不利とも言える状況だった中、世界最強の軍隊が肩入れをすれば戦況はすぐに傾く。

 結果は即ち、ビッグマム海賊団の〝敗走〟である。

 とは言え、シャーロット・リンリンが死んだわけではない。勢力としての規模は落ちたものの、その強さはいまだ健在……これを好機と見た海軍が跳ね除けられる程度には軍勢も残っていた。

 その後も黄昏の海賊団は、勢力を拡大し続ける金獅子海賊団と小競り合いを起こし、自由に海を渡る白ひげ海賊団とは暗黙の不可侵を貫き、ビッグマム海賊団とは常にその首を狙い続け。

 巨大な勢力が拮抗し続ける中──それなりの年月が経過した頃、ゴール・D・ロジャーが世界一周を成し遂げた。

 


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