ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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年内最後の更新となります。
本年はお付き合いいただきありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

今回まで大海賊時代前の話です。


幕間 オクタヴィア/バレット

「……〝海賊王〟か」

 

 ニュース・クーの運ぶ新聞を読みながら、オクタヴィアはかつての仇敵がそう呼ばれていることを知った。

 この世の全てを手に入れた男。

 オクタヴィアにとっては己とロックスの野望を打ち砕いた男だ。いい気分ではない。

 だが、それはそれとしてノウェム──カナタはそう思っていないらしい、という事はわかる。

 二人の間に何があったか具体的には知らないが、少なからず友人として接する間柄であることは理解していた。

 やや複雑ではあるが……親としての責務を放棄してきた手前、彼女の行く道に口を挟むのも筋が通らない。ロックスを打ち破ったロジャーに復讐することも考えたが、ロックス本人が敗北を認めてこの世を去った以上、オクタヴィアが復讐に動くのも道理が通らない。

 色々考えた結果──カナタが己を殺しに来るまで、技の研鑽に努めることにした。

 

「もうすぐ到着だ。構えておけ」

「う、うっす……」

 

 それなりに大きな船の甲板で、オクタヴィアは海賊船の船長を半殺しにして無理矢理言う事を聞かせていた。

 ここは巨大な島国〝ウエストランド〟──俗に〝西の最果て〟と呼ばれる島である。

 大きな島だが、そのほとんどを一つの山で占められており、雲をも突き抜ける程の巨大な山に海賊たちもぽかんと口を開けていた。

 

「あ、あのう……言われた通りに進んできましたが、ここで降りるので……?」

「いいや、このまま山を登る」

「山を登るゥ!!?」

 

 何を言っているんだと言わんばかりの顔をする船長。

 オクタヴィアは相変わらず仮面をつけたまま、入江近くで帆を畳むようにと指示を出す。

 一体何をするつもりなのかわからず、困惑しながら言うとおりに帆を畳んで入江近くで船を停める。

 

「……今日は雲がかかっているな。運が良かった」

 

 オクタヴィアが山の方を一瞥してそうつぶやき、おもむろに笛のようなものを取り出す。

 仮面を僅かにずらして笛を吹くと、甲高い音が海原に響き渡った。海賊たちは一体何が起こるのかと戦々恐々のまま、その時を待つ。

 ──ことは、すぐに起こった。

 船の下に巨大な影が発生し、その()()はそのまま船を持ち上げて海面に浮上した。

 

「ななな、なんだァ!?」

「エビ……エビです!! 巨大なエビが船を持ち上げてる!!!」

「エビィ!!?」

 

 船の縁から下を見ると、巨大なエビが船を持ち上げて一直線に入江の方へと進んでいく。

 そのまま川を遡上していき、遂には山を登り始める。

 山を登るとはこういう事かと知り、船長は不意に〝ウエストランド〟の噂を思い出していた。

 ──〝ウエストランド〟には世界一巨大な山がある。〝ハイウエスト〟と称されるその山は伝説の〝空島〟に通じている。

 まさか、とオクタヴィアの方へ視線を向ける。

 

「あんた、まさか……!?」

 

 今でも時折語られる〝空島伝説〟……多くの者はただの都市伝説や眉唾物の話だと思っているが、オクタヴィアはその存在を知っていた。実際に行ったこともある。

 巨大なエビはなおも加速して船を持ったまま山の中腹を過ぎ、山の頂上にかかる雲の中へと入っていく。

 雲の中は水中と同じように水で満たされており、数秒とも数分とも取れる時間の後に雲を突き抜けた。

 そこから巨大なエビは徐々に減速し、遂に雲の海の上で動きを止めた。船を降ろしたエビはそのまま姿を隠し、海に沈んでどこかへと消えていく。

 

「ゴフッ、ゴホッ! ハァ、ハァ……い、生きてるか……?」

 

 船長はなんとか船にしがみついて無事だったが、船員の何人かは途中で振り落とされたのか姿が見えない。

 オクタヴィアは気にすることなく、濡れた髪を後ろでひとまとめにして周りを見る。

 ここは地上7000メートル……通称〝白海〟と呼ばれる場所。〝ハイウエストの頂〟はまだ上だが、既に空気はかなり薄くなっている。

 謎のエビが川を上ってこれほど高いところまで辿り着くとは思わず、船員たちは皆放心していた。その中でオクタヴィアは指先をどこかへ向け、一条の閃光が迸ると同時に雲が吹き飛んだ。

 遅れて空気を引き裂く雷鳴が響き、衝撃で船が大きく揺れる。

 

「こ、今度は一体何事だ……!?」

「あちらへ向かえ。ここはまだ頂上ではない」

 

 空気の焼き付いた臭いに顔を歪めながら、船員たちはオクタヴィアの指示に従って船を進める。

 見たことのない景色におっかなびっくりしつつ、雲の海の上を走らせる。

 行き着いた先に在ったのは、山だった。

 現在位置は〝ハイウエスト〟と呼ばれる山の頂付近だ。そこから更に上に行くにはまた川を上らねばならない。

 

「ここからは帆を張れ。上昇気流が渦を巻いて川を上れる」

 

 オクタヴィアも詳しい理屈は知らないが、登り方だけは知っていた。

 船の帆を張り、風を受けて円を描くように川を上っていく。

 ほどなく山頂に到着し、船員たちは誰もが頭上を覆う巨大な雲を見上げる。

 

「なんだ、こりゃァ……雲に乗るのも妙な感じだったが、こっちはもっと……」

 

 不自然に浮いている雲の道が、頭上の巨大な雲へといくつも存在していた。触れてみれば弾力を感じ、乗ることさえ出来る。

 つまり、これに乗れば上に行けるという訳だ。

 船が乗れるほど大きな雲の道は少なく、川から繋がる道が数本垂れ下がっているだけだった。

 

「おい、船員のうち何人か降りてあの祭壇に行け」

「祭壇?」

 

 オクタヴィアが指差す方向を見れば、確かに古臭い祭壇のようなものがあった。

 何をすればいいのかもわからず、降りて祭壇に上った船員たちは当たりをキョロキョロと見回して何をすればいいのかと船の方を振り返る。

 ──その瞬間、川から出てきた巨大なウミヘビが船員たちを飲み込んだ。

 

「な──っ!!?」

 

 船よりも大きなウミヘビは飲み込んだ船員たちでは足りないのか、船の方を向いてチロチロと舌を出す。

 再び川の中へ潜ったかと思えば、今度は船が大きく揺れ始めた。

 

「ふ、船の下にウミヘビが!?」

「こいつ、おれ達を上に連れて行くつもりか!!?」

 

 誰もが困惑してパニックになっている中、オクタヴィアだけは特に何も思うことなく揺れる船の上で静かに佇む。

 船を乗せたウミヘビは巨大な雲を突き抜けて雲の海の上に辿り着き、船を降ろす。戦うのかと思えばそうではなく、ウミヘビは船を一瞥して雲の海へと潜っていった。

 ここは地上一万メートル──通称〝白々海〟。

 地上の人々が辿り着こうと思っても難しく、複数ある手段の内〝ハイウエストの頂〟を通るには仲間を失わなければたどり着けない場所。

 

「ここが……空島……?」

「そうだ。〝ハイウエストの頂〟にかかる巨大な雲は地に足をつけるように乗ることができ、一般的にこのような島を〝空島〟と呼ぶ」

 

 空島にもいくつかあり、オクタヴィアが目指す島はまた別の場所だが……そもそも空島そのものの情報も少ない。

 オクタヴィアの知らない強者を探し、その技を己が物とするために鍛錬する場所としては最適と言える。

 辿り着くだけならオクタヴィア一人でも可能だが、生贄がいればより早く辿り着ける。都合のいい人材を手に入れられたのは幸運だったな、とオクタヴィアは思う。

 その彼女へと、船長は銃を向けた。

 

「テメェ……わかってておれの部下たちを祭壇に行かせたな?」

「ああ。あの蛇はどういう訳か、数人の生贄をくれてやれば船を上へ持ち上げてくれる」

 

 〝ハイウエストの頂〟を通れば必ず仲間を失うという。

 その理由が()()だ。

 

「辿り着くだけなら簡単だ。だが、時間の短縮には都合が良かろう」

「そんな理由で、おれの部下たちを……! ふざけ──」

 

 引き金を引こうとした瞬間、その上半身が吹き飛んだ。

 

「ここまで来たらお前たちは用済みだ。死ぬか、逃げるか選べ」

 

 空島から空島に移動する方法はごく単純で、島そのものが浮遊して移動しているのでそのルート上で接触するか……あるいは〝島雲〟と呼ばれる雲を作って風を使い移動するかの二択になる。

 どちらにしてもオクタヴィア一人でどうにでも出来ることだ。

 ここから先の旅にこの海賊たちは必要ない──もっとも、帰ると言ったところで降りる術など知らないのだから選択肢など無いようなものだが。

 誰もが武器を取り、最後のチャンスに賭けてオクタヴィアを睨みつける。

 

「戦いを選ぶか──ならば良し! お前たちの全力を見せるがいい!!」

 

 物資を奪われ、死体だけが残った船は雲の海を永遠に揺蕩い続けるだろう。広い空に雷鳴だけが残響し、全ての気配は途絶えた。

 ──目的地は屈強なる空の戦士たちがいるという空島〝ビルカ〟。

 ただひたすらに強さだけを求め、オクタヴィアは空の海を移動する。

 

 

        ☆

 

 

 ──おれと戦え、カナタ!!

 

 その日、〝ハチノス〟は揺れていた。

 カナタが鍛錬場として使っている場所では二人の傑物が衝突し、一両日を経て勝敗がつく。

 勝者はカナタ。そして、敗者として地面に横たわっているのは……誰であろう、〝鬼の跡目〟ダグラス・バレットだった。

 大きな怪我もなく、僅かなかすり傷もすぐさま治癒するカナタの前で、バレットは上半身裸のまま大きく息を乱して仰向けに倒れている。

 

「強くはなったが、まだまだだな。お前の拳には()()が多い」

「……迷い、だと?」

「お前がロジャーの船を降りて各所で暴れていることは聞いている。ロジャーが不治の病にかかった時に一人で鍛錬していた時もそうだったが、己の気持ちの整理がついていないと見える」

「…………」

 

 バレットは横たわったままカナタを睨みつけ、ビリビリと衰えない覇気が大気を揺らす。

 「そう怒るな」と肩をすくめ、カナタは僅かに考えるそぶりを見せた。

 バレットは恐らく、今の感情を言語化出来ずにいるのだろう。

 あれほど強く、強さの底を見せなかったロジャーでさえ病魔に蝕まれて余命幾ばくもない。彼を超えることをこそ最大の目標にしてきたバレットにとって、それは何よりも許せないことだった。

 ロジャーの強さを知るために乗船し、ロジャーが仲間を守るために絶大な強さを発揮することを知り、しかしそれは仲間を守るために全力を出せないことがあるという意味でもあると知った。

 仲間の存在が己の強さを濁らせる。

 仲間がいるから強いなどとロジャーは言うが、バレットはそれが許せず、己が最強になるために己を追い込み、ロジャーに最後の勝負を挑み──そして敗北した。

 

「……ロジャーは、仲間がいるから強いと言った」

「奴はそういう男だからな」

「だが、奴は仲間を守らねばならないという意識があるがゆえに全力を出せない時もあった……お前もそうだろう」

「そうだな」

 

 バレットの言葉にカナタは同意し、氷で作った椅子に腰かける。

 

「それは不要なものだ。おれにとって、強さとは己だけで完結するものでしかない」

「そうだな、そういう考え方もあるだろう」

「……おれは、何故ロジャーに勝てなかったのか……わからねェ」

 

 潜った修羅場、戦闘経験、戦闘スタイルの違い……ロジャーとバレットの差はあるが、それでもバレットからすれば決して超えられない壁では無かった。

 〝一人だからこそ強い〟──バレットがバレットであるが故の強さは、決して陰ることはない。

 ロジャー海賊団にいる間に感化されたこともあったが、一人であった頃の勘は既に取り戻している。それでも、ロジャーに勝てるビジョンは浮かばなかった。

 

「おれは、何故ロジャーに勝てなかった……! お前なら何かわかるんじゃねェのか、答えろカナタ!!」

「……お前とロジャーの違いなど、明確だろう」

 

 呆れた様子でカナタは答えた。

 

「強さを第一とするか、強さを以て何かをしようとするか。その差だよ」

「……何だと?」

「お前は強さを第一と考えるが、ロジャーは違う。あの男は強いが、強くなりたいから強くなったわけではない」

 

 仲間を守りたいから強くなったのだ。

 バレットとは前提条件が違う。

 誰かを守るためでもいいし、誰かを殺すためでもいい。ただ強くなることだけを目的にしたところで、伸びしろは見えている。

 

「そもそも、お前が強さを求めるのは何のためだ?」

「何のため、だと?」

「戦い始めたことにも、強くなることにも……物事には何かしらの理由がある。お前は何が欲しくて、あるいは何がしたくて強くなろうと思ったんだ」

「何が、欲しくて……」

 

 一人でいれば裏切られることはない。故国にいた頃は裏切りが常だった……それこそ、バレットを拾ったダグラス将軍でさえも裏切った。

 誰かを信じれば裏切られる。だが、己の強さだけは己を裏切らない。

 戦い始めたのはダグラス将軍に拾われ、少年兵として戦争に参加したからだ。武勲を上げたものに与えられるメダルを手に入れるために戦い、仲間の少年兵に裏切られた。そうして自らの油断や慢心、味方を信じる心が弱さの原因と知った。

 強ければ強いほど、思うままに過ごすことが出来る。

 強さだけが、()()()()を保障する。

 

「…………」

「……何となくわかったようだな」

「ああ」

 

 バレットは身を起こし、立ち上がった。

 迷いは吹っ切れたのか、みなぎる覇気も先程とは質が違う。

 

「フフフ、良い顔になったものだ」

 

 覇気とは己を信じる強さ。心の強さこそが肝要である。

 迷いがあれば濁るのもまた道理というもの。

 打てば響くように理解する。その貪欲な強さへの渇望は好ましいとカナタは考えた。

 

「お前、うちに入る気は無いか?」

「……なんだと?」

「自分で言うのも何だが、私なら大抵のものは手に入れられる。〝富〟か〝名声〟か〝力〟か……何が欲しい?」

「おれは──〝自由〟が欲しい」

 

 〝ガルツバーグ〟で孤児として拾われ、少年兵として育てられ、同じように育てられた者たちは全員が弾丸(バレット)と呼ばれた。

 ダグラス将軍がバレットの強さを手に入れるために養子に迎え、軍が管理していた弾丸(バレット)の中では()()とされて戦い、敵国を倒して戦い以外の自由な暮らしを夢見て──ダグラス将軍に裏切られた。

 今なら違う。

 バレット自身の強さを以て、自由な暮らしを手に入れられるチャンスだ。

 何をすればいいのか、何をするべきなのか……何もわからないが、それでも。

 ロジャーが目指した〝自由〟を……一度、目指してみたいと思った。

 そうすれば、ロジャーの強さの秘密も理解できる気がして。

 

「……そうか」

「だから、お前の海賊団には入らねェ。ロジャーのように世界を旅して……その後でテメェのところに居ても良いと思ったら、その時は考えてやるよ」

「フフ……随分上から目線だな。まぁ良かろう、私はいつでも歓迎しよう」

 

 小さく笑うカナタは、道に迷う子供のようだったバレットが一皮むけたことを感じ取り、背を向けて部屋へと戻る。

 一日戦い通しだったのだ、少しは休息を取りたい。

 

「待て、カナタ」

「なんだ、まだ何かあるのか?」

 

 その背中に向けて、バレットは声をかけた。

 

「おれは〝自由〟ってモンを探すが……今までの生き方を簡単に変えられるとは思わねェ。今まで通り〝最強〟は目指し続ける」

「良いのではないか? ロジャーにばかりこだわる()()()()よりも、広い視野で〝最強〟を目指した方が良かろう」

「だから、いずれはテメェを倒す」

 

 この海で〝最強〟を名乗るなら避けて通れない存在は何人かいる。

 当然、カナタもその範疇に入っているとなれば、バレットの言葉も当然だった。

 カナタは背を向けたまま、笑みを浮かべて告げる。

 

「いつでも来るといい」

 

 簡素に、しかし確かな重さを持った言葉で……バレットの前に絶対の壁として立ち塞がる〝最強〟の一角たる彼女は、歓迎の意を示した。

 自分の強さに絶対の自信を持っている彼女だからこその言葉だ。

 バレットは、何故ロジャーが彼女のことを気に入っているのかが何となくわかった気がした。

 そのままどこかへと歩いていくカナタを見送り、バレットは脱ぎ捨てた上着を拾って港へ向かう。

 かつて、バレットは〝自由〟をこそ求めた。戦場しか知らないバレットにとって、それ以外は未知だったこともある。

 ロジャーの船にもそれなりにいたが、ダグラス将軍が言っていた「戦い以外の豊かな暮らし」というものを理解しきれていない。

 〝自由〟とは何だ?

 

「……わからねェ」

 

 わからないが。

 ロジャーがあるかどうかもわからない宝を目指して、最後の島を探したように。

 バレットも、〝自由〟を求めて広い海を探すことにした。

 




バレットに関しては賛否両論あるかと思いますが、本作ではこういう感じで行きます。

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