ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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ロジャーの死から約一年後の出来事。
割と時間はポンポンすっ飛ばす予定です。


第九十四話:王下七武海

 ロジャーの言葉は良くも悪くも時代を変えた。

 多くの人間に夢を見せ、同時に多くの人間を不幸にした。

 魚人島もまた、その被害を受けた島の一つである。

 人魚、魚人は奴隷として非常に高値で売れる。元よりその存在は知られていたが、大海賊時代となった今では魚人島を訪れる者も増え、多くの無法者たちが人魚や魚人たちを捕まえては売り払おうとしていた。

 ──その男が現れるまでは。

 

「──おれのダチの国を荒らしてんじゃねェよ!!! ハナッタレどもがァ!!!」

 

 ロジャー亡き今、およそ世界最強と言っても過言ではない大海賊。

 〝白ひげ〟エドワード・ニューゲート。かつて国王ネプチューンと友誼の酒を飲み交わし、友となった男。

 白鯨を模した船から多くの海賊たちが降り立ち、魚人や人魚を攫おうとしていた者たちを次々に打ち倒していく。

 世間から悪党と呼ばれることはあれども、悪党の世界にも仁義はある。かつて酒を飲み交わし、世話になった友人の大事となればニューゲートは必ず動く。

 ニューゲートは、そういう男だ。

 

「この島は、おれのナワバリにする!!!」

 

 ニューゲートを敵に回すほどの大馬鹿など、世界広しと言えどもそうはいない。

 実力を過信する者、野心溢れる者……この大海賊時代に生まれた多くの海賊たちを正面から迎え撃ち、ある時は沈め、ある時は息子/娘として迎えた。

 勢力はゆっくりと、しかし着実に拡大していき、ロジャーと渡り合った実力も相まって次期〝海賊王〟と目されている。

 その男が「ナワバリにする」と宣言したのなら、その瞬間から手を出した者は〝白ひげ〟を敵に回すことになる。

 大多数の海賊にとって、その名前は非常に効果的だった。

 

 

        ☆

 

 

 ──それが、約一週間前の出来事。

 海賊たちの残した爪痕は大きく、人間に対して憎悪や恐怖を抱いた者も少なくない。

 攫われた魚人や人魚は多く、ひとまず手に入れた安全の中で皆が悲しみに包まれていた。

 リュウグウ王国の兵士として働くジンベエもまた、それは同じだった。

 ニューゲートが暴れ、他の海賊たちを一蹴したその現場を訪れ……どかりと座り込んで難しい顔をしている。

 人間たちは何故魚人や人魚を奴隷として扱うのか。ジンベエには、どうしても理解できなかった。

 ぐるぐると渦巻く感情をどう処理すればいいのかわからないままここを訪れ、ニューゲートに感謝しつつも人間との付き合い方を考えていたところ──慌てた様子で同期の兵士がジンベエの下へと駆けてきていた。

 

「ジンベエ! 海賊だ!」

「何!? すぐ行く!」

 

 ニューゲートのナワバリとなったが、それでも本当に頭のネジが飛んでいる海賊は構わず略奪を行う。ジンベエたちネプチューン軍の仕事が減ることはない。

 同期の兵士に連れられて現場へと駆け付けたジンベエは、現れたという海賊を見て目を丸くした。

 

「カナタさん!!」

「うん? おや、ジンベエか。久しいな」

 

 入国審査が厳しくなった今、魚人島の中へと入れる人間は多くない。必ず一度は海中で危険度の確認を行う。

 だが、ジンベエの顔見知りであるカナタであれば入国審査もそれほど厳しくはない。

 どういう訳か大勢の魚人や人魚も船に乗っていることもあり、ひとまず入国してから事情を聞くこととなる。

 

「それで、今日は一体どうしたんじゃ?」

「魚人島が大変なことになっているというニュースを受けて出立したはいいが……ニューゲートの奴に先を越されたと聞いてな」

「ええ、おかげで何とか他の海賊の蛮行を防げてますが……カナタさんも同じ考えで?」

「他人のナワバリになったなら私の出る幕ではないさ。だが、タイガーの故郷だ。何もしないわけにもいかないだろうと考えたわけだ」

「……それで」

「近場の奴隷商を一通り片付けてきた。売られる前の奴隷たちもいたので解放した」

 

 カナタとジンベエが同時に、船に乗っていた魚人や人魚へ視線を向ける。

 二度と会えないと思っていた家族や友人と再会できたことを喜び、涙を流す彼らを見て目を細める二人。

 

「……ありがとう、カナタさん。わしァ、彼らは諦めて人間を恨むしかないと思っとった」

「礼は不要だ。解放できた魚人や人魚は全員じゃない。私たちは〝新世界〟側から来たからな」

 

 多くの奴隷売買はシャボンディ諸島で行われている。

 今すぐにでも攻め込んで奴隷商を潰していきたいところだが、シャボンディ諸島にカナタが乗り込めば必ず海軍本部が動く。

 海軍も暇ではないだろうが、それでも本部に近い島に滞在するとなれば無視は出来ないだろう。

 カナタも今は〝新世界〟に乗り込んできた新世代の海賊やリンリンとの小競り合いが多い。海軍と戦うために割ける戦力は多くなかった。

 友人のために動きたいところではあるが、無理をして部下を死なせるわけにもいかない。有名になるのも善し悪しだ。

 

「それでも、助けられた者はいる」

「……そうか。ところで、タイガーはいるか?」

「いや、タイのアニキはここしばらく見かけておらん。前に帰ってきたのは一、二年ほど前だったか……」

「一、二年くらいならいつもの事だろう。心配せずとも、あいつは強い」

 

 冒険家として様々な場所を旅するタイガーの実力はカナタも認めている。たまに連絡の一つくらいは寄越して欲しいものだが、それもない。

 便りが無いのは元気な証とでも思うしかないだろう。

 

「カナタさんはどれくらい滞在するつもりなんじゃ?」

「補給と準備が済み次第、すぐにでも出るつもりだ。ニューゲートのナワバリにいつまでも居座っていては面倒だからな」

 

 ニューゲートとの確執はなるべく避けておきたい。

 いずれは戦わねばならない相手だろうが、今はまだ時期ではない。人手も足りていないし、これ以上の敵を抱え込めば遅かれ早かれ瓦解する。

 カナタのことを鬱陶しく思う者は多いのだ。

 

「では仕方ない……久々に会ったからには酒の一つでも、と思ったが」

「それはまた別の機会だな。ネプチューン軍を離れてうちに入るというならいつでも歓迎するが」

「ワハハ、そうもいかん。わしもこの国のために戦わねばならんからな」

「フフ……それは残念だ」

 

 〝白ひげ〟のナワバリになっても小さい諍いはある。兵士になった時はこうなると思っていなかったが、どうあれ国のために尽くすのが兵士の役割だ。

 荒くれ者でも雇ってくれた恩もある以上、裏切れはしない。

 その後、カナタはジンベエと雑談をした後でネプチューンと話があるらしく、色々と忙しそうに動いていた。

 どのみち船のコーティング作業もあるため、急いだところで出航は出来ない。

 大きな問題が起きることもなく、カナタ達は〝ハチノス〟へと帰っていった。

 

 

        ☆

 

 

『失態だな』

 

 電伝虫から聞こえる声に、海軍の上層部は肩身が狭そうにしていた。

 海軍本部の一角、会議室に集められた面々は各位腕組みをしたり難しそうな顔をして叱責を受け入れていた。

 コングは真摯に謝罪の言葉を口にする。

 

「申し訳ありません。我々としても、この事態は予測できず……」

『言い訳は無用だ。ロジャーの死を皮切りに激増した海賊の始末をどうつけるか。それが君たちの仕事だ』

 

 ロジャーの死から約一年。

 激増した海賊たちによる被害は最早目も当てられず、多くの海賊たちに手を割かれて海軍は常に人手不足に悩まされていた。

 実力のある者たちも段々育ってきてはいるが、海賊の中にも強大な力を持つ者がいる。後手に回らざるを得ないこともあり、海軍の疲弊度合いは誰もが閉口するほどである。

 

「それなのですが」

 

 挙手と同時に発言したのは、銀髪に眼鏡の偉丈夫──ベルク中将だ。

 

「以前、世界政府より提案のあった〝王下七武海〟の件はどうなっているのでしょうか」

『ふむ……あれか』

 

 〝王下七武海〟

 世界政府より提案のあった、()()()()()()()()()()だ。

 より強い海賊にある程度の恩赦を与えることで他の海賊たちへの抑止力とする、毒を以て毒を制すと言わんばかりのやり方である。

 

『我々はあの制度を利用することで海賊被害をある程度は減らせると考えている。海賊同士で潰し合ってくれれば海軍への負担も減るだろう』

「当方もそれには賛成します。ですが、七武海の所属はどうなるのでしょうか?」

『世界政府の直下になる。海軍とは別組織だ』

 

 海軍と慣れ合う気は無いと言う海賊。海賊に手を借りる気は無いと言う海軍。両方からの意見があるが、折衝案として世界政府の直下に置かれることになった。

 与える恩赦や特権は追々決めることになるが、この大海賊時代に於いて多くの海賊たちへ影響を及ぼせるほどの海賊がどれほどいるのかという話でもある。

 無論、世界政府への忠誠など期待していない。特権と引き換えに海賊を狩ることを容認できる海賊の中で、という意味でだ。

 政府の下につくことを嫌がる海賊も少なくない。

 

「最低限の実力を持つ海賊をリストに挙げているが……この提案に乗ってくるかどうかは賭けでもある」

 

 コングは手に持った資料をペラペラとめくり、強さと知名度を兼ね備えた海賊たちを見ていく。

 懸賞金は並の高さでは意味がない。それ相応の高さが必要だ。

 故に、最低でも億超えであることが望ましいが……そこまで行くと我の強さも振り切れている。扱いにくさもあるだろう。

 

「……ん?」

 

 コングが資料をめくっていると、気になる名前を見つけてめくる手を止める。

 確かに知名度、強さ共に常軌を逸しているが……世界政府に与するとは到底思えない名前が挙がっていた。

 

「何故〝魔女〟の名前がここに? 彼女は天竜人を殺害した海賊です。世界政府の用意した椅子に座るとは思えませんが……」

『確かに彼女は天竜人を殺害したが、その原因は他の天竜人にあると判断されている』

 

 かつてドンキホーテ・ホーミング聖という天竜人がいた。

 殺害されたのはその兄であるドンキホーテ・クリュサオル聖だ。天竜人に家督相続などあまり関係ないが……クリュサオル聖殺害後に度々接触していたこともあり、殺害事件の黒幕としてホーミング聖とその一家を下界へ追放する処断をしている。

 これにより、天竜人の間では「〝魔女〟が他の天竜人に手を出す理由が無い」と判断されていた。

 

「そんなバカな! あの女がそんな理由で天竜人の殺害に動くなど……!」

『彼女は商人だ。金さえ出せば何でもやるだろう。これも一種の取引だと言えば、乗ってくる可能性はあるのではないかね?』

 

 電伝虫の向こう側にいる人物──五老星は、余程カナタにご執心らしい。

 どうしても七武海として迎えたいようで、センゴクの反論にも聞く耳を持たなかった。

 確かに知名度と強さという点で見れば、これ以上の海賊など他にいない。度々小競り合いを起こす〝ビッグマム〟が政府の下につくとは考えられず、自由に海を渡る〝白ひげ〟もまたこのような席に興味はないだろう。

 勢力としては海軍と同規模の戦力が増えるようなもの。喉から手が出るほど欲しいのは確かだが……これは飛びつくべきではない餌だと、誰もが考えていた。

 

『天竜人関連の事情に目を瞑れば、彼女は経済を回す商船を多数持ち、多くの海賊を沈める強さを持つ』

 

 他の海賊への抑止力という観点で見ても、経済を回す潤滑油という観点で見ても、彼女の力は魅力的だ。

 何より。

 

『彼女の力と海軍の力があれば、〝ビッグマム〟や〝白ひげ〟、最近名を揚げてきた〝百獣のカイドウ〟を始めとする強大な海賊たちを打ち倒せると思わんかね』

「……!」

 

 七武海の抑止力を以て海賊の数を減らすことができれば、それは〝白ひげ〟を始めとする大物海賊へと戦力を回せる。

 カナタに関しては少々気になることもあるが、五老星はこの際「オクタヴィアの血縁」という事実には目を瞑るつもりらしい。

 海賊としては比較的穏健派な彼女だからこそでもある。

 ……同じ海賊に対しては非情だが。

 

「つまり……ある程度の年月を使って海賊を抑えたのちに、〝白ひげ〟や〝ビッグマム〟の打倒を目指すという事ですか?」

『そうだ。連中を野放しには出来んだろう』

「それは……そうですが」

 

 だからと言ってカナタを味方に引き入れるというのはリスクが高いように思える。

 センゴクは二度戦ったことがあるが、彼女は誰かの言うことを聞くような人物とは考えられなかった。

 ちらりとガープの方を見てみるが、あまり興味もなさそうに茶を啜るばかりで発言しようとはしない。

 

「ベルク、お前はどう思う?」

「当方の意見を言わせていただくのならば、彼女とはあくまでビジネスの関係が最良と考えます」

『……ビジネスだと?』

「文字通り、彼女に利益がある代わりに彼女に海賊を狩ってもらう。そういう形でのビジネス的な関係です」

『ふむ。懸賞金の取り消しや加盟国以外からの略奪を許可するくらいならばと考えているが、そういうものか?』

「それは彼女にとって利益になるとは考えにくいでしょう。彼女程の強さ、勢力があれば懸賞金がどれほど高額になろうとも打ち倒せる者はほとんどおらず、そもそも彼女は略奪を必要としていません」

『ならば、〝魔女〟にとって何が利益足り得るのだ』

「難しいところですが……金銭よりも、加盟国との交易を正式に許可するなどの方が良いのではないかと思います」

 

 だが、当然ながらリスクも大きい。

 海上輸送の大部分をカナタの商船に握られてしまえば、今後加盟国であっても多大な影響は免れない。

 全てを彼女の商船で抑えられるとは思えないが、ある程度限定した契約にするべきだろうとベルクは言う。

 海軍から追われなくなるメリットは多くの海賊にとって魅力的だが、カナタにとっては追ってくるなら退ければいい相手の一つでしかない。彼女を追うことが海軍にとってのリスクでさえある場合もある。

 難しいところだ。

 

『……なるほど。考慮しよう』

「他に意見はあるか?」

 

 コングは会議室を見渡すが、ベルク以上の意見は特に出せないらしく、誰も手を挙げることはない。

 海兵の面々は「カナタを七武海に入れるのは無理だろう」と思っているが、五老星が無理矢理ねじ込もうとするので何とか案を絞り出したに過ぎない。

 何より、この提案を受けるとは思えなかった。

 

「……では、ひとまずそういう方向で考えることとする」

 

 難しい案件だ。七武海として海賊を迎えて他の海賊への抑止とするまではいいが、その面子に問題があるとなれば……正常に機能するかどうかも疑わしい。

 この場にいる誰もが「ベルクに丸投げだろうな」と他人事のように考えていた。

 

 

        ☆

 

 

 海軍との話し合いを終えた五老星は、各々で上手く行くことを願うばかりだった。

 

「〝魔女〟の海賊としての勢力、商人としての勢力……どちらも手にしたいが、本質はそこではない」

「『天竜人を手にかけた海賊が政府の旗下に入る』という事実のみが重要なのだ」

「奴らはそれがわかっていない」

「表向きの事実はそれだけあればいい。多少こちらに不利な条件であろうとも、〝白ひげ〟を打ち倒した後ならば何かしらの理由を付けて契約を切ればよいだけの話」

「〝金獅子〟は既に失墜した。〝ビッグマム〟や〝カイドウ〟は後回しでも我々への影響は大きくない」

 

 何より厄介なのは〝白ひげ〟だ。

 世界を滅ぼす力を持っていることもそうだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などと思われてはたまったものではない。

 サイファーポールを通して得た情報では、〝白ひげ〟は自分のナワバリから何かを徴収することもないという。そのようなことがまかり通っていては世界政府の治世に影響が出てしまうのだ。

 あの男だけは、何としても打ち倒さねばならない。

 カナタもナワバリに対しては似たようなところがあるが、あちらはあくまで金銭を納めることで安全を担保しているに過ぎない。在り方としては世界政府のそれと似通っているため、それほど問題ではない。

 この荒れる時代においても、世界政府の在り方を変えるわけにはいかないのだ。

 

 

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