ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第九十九話:とある考古学者の一日

 ──まどろみから、目を覚ます。

 朝というには些か遅い時間帯。太陽の位置から考えて昼前だ。

 本を読んでいてうたた寝をしていたらしい。朝食を食べたのも早い時間だったので、随分お腹も減っている。

 与えられたばかりでまだ物がほとんどない部屋から出て鍵を閉め、ロビンは食堂へと向かう。

 ここに来てから数日ばかりだが、図書館と食堂の位置だけは少なくとも覚えていた。それ以外は広いこととあまり出歩かないことも重なってよくわからない。

 後々探検しようと思って、まだそのままだった。

 

「おや、こんにちは。どこへ行くんですか?」

「食堂。一緒に行く?」

「そうですね。そろそろ昼食の時間ですし、私もご相伴(しょうばん)(あずか)るとしましょう」

 

 道中、医務室から出てきたカイエとばったり出会ったので一緒に食堂へ行くことにした。

 訓練で怪我をしたらしく、頬と腕に治療の跡が見て取れる。

 紫色の髪をうなじでひとまとめにした彼女は、ロビンから見て頼れるお姉さんと言った風で……ロビンに兄弟姉妹はいないが、勝手に姉のように思っていた。

 オルビアの弟の家に居候していた時は、誰もがロビンのことを遠ざけた。

 でも、ここではそれが無い。

 それだけで……とても、居心地が良かった。

 

「全く、スクラにも困ったものです。妙な薬ばかり飲ませようとしてきて……」

「妙な薬?」

「悪魔の実の能力者にだけ効果がある薬です。〝動物系(ゾオン)〟なら変形の波長がずれて、〝超人系(パラミシア)〟なら能力が扱いにくくなるだけのね」

「? なんでそんなもの作ってるの?」

「さあ。彼の目的は能力者から悪魔を引き抜くこと──と聞いていますが、実際のところは本人しかわかりません」

 

 黄昏の海賊団では能力者など珍しくもない。ロビンの能力も、便利そうだと笑う者はいても恐れる者は誰一人いなかった。

 サウロもそうだったが、その反応自体がロビンにとっては物珍しい。

 聞けばカイエも能力者だと言うが、能力自体は見せてもらっていなかった。カイエ自身もあまり好きな能力ではないらしい。

 雑談をしながら食堂に着くと、既に多くの人でごった返していた。

 

「流石に人が多いですね」

 

 いつもの事ではあるが、今日は商船として出払っていた面々が戻ってきているようで一際多い。

 少し時間をずらそうかと考えていると、視界の端にこちらへ手を振っている人物がいることに気付く。

 

「よォ、カイエの姉御! そっちは新入りか?」

「ええ。ここは空いてるのですか?」

「おう! 何かわからねェが、おれの周りには近付いて来ねェんだよ!! ゼハハハハ!!」

 

 人が多い中でもすぐにわかる巨体を誇る人物。パイを片手に手招きをしていたのはティーチだった。周りには席が空いているようなのでロビンを連れてそちらへ近付き、二人分の席を確保しておくように頼む。

 パイを食べながら大口を開けて声を張り上げるものだから食べかすが飛び散っている。周りに人が近付かないのも当然と言えば当然だった。

 その辺りは後で言い聞かせるとして、カイエはロビンを連れて料理を注文しに行くことにした。

 セルフ方式なので取りに行って食べ終わったら返さなければならない。ルールを守らなければ即締め上げられるのである意味一番規律が取れている場所と言える。

 全部無料だが規律が悪化すれば有料化すると聞かされているので皆結構必死だった。

 

「ロビンはどれにしますか?」

「うーん……こっちの定食!」

「では、私は別のものにしましょう」

 

 この時間帯の厨房は戦場だ。厨房内ではひっきりなしに声が飛び交い、あれを作れだのこっちが先だので言い争いながら食事を作っている。

 古株の手長族の男がカイエに気付き、ひょっこり顔を出してきた。

 

「おう、カイエ! 今日は新顔連れて飯か!」

「ええ。この子はまだ幼いですし、不慣れですからね」

「それがいい。ここの連中と来たらガラの悪い奴ばっかりだからな!」

 

 海賊なので当たり前だが、強面どころではない連中ばかりだ。カイエは幼いころから〝黄昏〟所属なので慣れ切っているが、いきなりここに連れて来られた子供は基本的に泣く。

 ロビンは最初に連れてきたときから平気そうだったので大丈夫のようだが。

 雑談していると、厨房の中から怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「サボってんじゃねェぞコラァ!!」

「うるっせェな!! こっちも仕事だ!!」

「……忙しいのでは?」

「まァいつも通りだ。それより、うちのボスは今日どうするか聞いてねェか?」

「カナタさんですか?」

 

 いつも通りなら自室に食事を運ぶのだが、今日は席を外しているようで連絡を入れても返答がない。

 〝ハチノス〟から外出したという話は聞いていないので一応準備はしてあるが、どこに運べばいいのかかわからないらしい。

 

「あの人、食堂に顔を出すと色々面倒だからって一人で飯食ってんだよな……」

 

 敵が多いので毒殺対策も兼ねてコックが運んで毒見も行うが、基本的に一人で食事を取る。

 幹部の内誰かがいれば時折一緒に食事をしているようだが、宴の時を除けば一人で食事を取っている事の方が多い。移動の手間が惜しいくらい書類が山積みになっていることもよくあるので仕方ないのだが。

 最近はイゾウが使い物になるようになってだいぶ楽になったと聞く。

 

「私は今日は見てませんね」

「そうか。もし見かけたら一報入れてくれるよう伝えてくれ。あの人、結構几帳面だから連絡を忘れるなんてのは珍しいんだがな」

「どこにいるかは私も知りませんが……わかりました。もし会ったら伝えておきます」

「頼んだぜ」

 

 それだけ言い残し、手長族の男は厨房の中へと戻り……程なくして戻ってきた。

 

「おう、お待ち! 定食だ!」

 

 ロビンとカイエの注文した料理をそれぞれ片手で運び、目の前に差し出す。

 二人はそれを受け取ってティーチのところへ戻り、テーブルを手早く拭いてから席に着く。ティーチの対面側だ。

 食べてる途中で口を開くなと釘を刺すことも忘れない。

 

「そういえば、カナタさんがどこに行ったか知ってますか?」

「あァ? 姉貴は今日は島にいるんじゃねェか? どっかに出かけたって話は聞かねェが」

「……そうですか」

 

 ティーチは意外と色んなところから情報を拾ってくるので、彼が知らないなら大体の人は知らないだろう。

 どちらかと言うとティーチはロビンの方に興味があるようで、数日前の新聞を見せてきた。

 

「新入り。これ、お前か?」

 

 燃え盛るオハラから逃げ出した三人。オルビア、ロビン、サウロはそれぞれ賞金首になっていた。

 オルビアは元から7900万の懸賞金がかけられていたが、ロビンも同じ金額が懸けられており、サウロは9000万もの額が懸けられていた。

 かなり高額だが、うち二人は〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読める考古学者。サウロも元海軍中将で実力は高い。妥当と言えば妥当な金額なのだろう。

 ロビンはティーチの言葉に頷き、肯定した。

 

「ゼハハ、やっぱりか。お前とお前の母ちゃんも考古学者なんだろ?」

「うん」

「おれも考古学にはちっとばかし興味があってな、図書館にもその辺りの文献がいくつかある。あとで案内してやるぜ」

「本当!?」

 

 最初は母の面影を追うことを目的として始めた勉強だったが、今のロビンには考古学者としての精神が強く根付いている。考古学の文献があるとなれば興味を惹かれるのも当然と言えた。

 カイエは二人の意外な相性の良さに目を丸くしていたが、ティーチは見た目の割に頭が良い。こういうこともあるだろうと思い。

 話が弾んでいたところで、食堂がにわかにざわつき始めたことに気付いた。

 

「……何かあったんでしょうか?」

「さァな。それよりおれはこっちの方が──」

「ここにいたのか」

 

 ティーチの後ろに現れたのは、カナタだった。

 傍にはオルビアがおり、滅多に食堂に姿を現さないカナタの登場にざわついていたらしい。

 

「ロビン、探したのよ」

 

 昼食の時間になったので呼びに行ったが、部屋にいなかったので探し回っていたと言う。

 ロビンはバツが悪そうに目を逸らして「……ごめんなさい」と謝る。

 オルビアは怒っている様子は無く、ロビンの隣に座った。

 

「良いのよ、きちんと言っておかなかった私も悪いから。次からは一緒に食事をしましょう……もう、一緒にいても大丈夫だから」

「うん……うん!」

 

 カナタはティーチの隣に腰を下ろし、カイエの方に視線を動かした。

 

「カイエがあの子をここまで連れてきたのか?」

「ええ。一人で食堂に行くと言っていたので。一人にしておくのもどうかと思いまして」

「そうか。世話をかけたな」

 

 色んなところから孤児を拾ってくることもあるので子供自体は珍しくもないが、ハチノス中央にあるドクロ岩内部に子供がいることは珍しい。

 多くの海賊が出入りすることもあるし、何より危ないので出入りはほとんど無いのだ。

 カナタもついでにここで食事をするらしく、手長族のコックがバタバタと忙しそうに動いているのが遠目に見える。

 

「そういや姉貴、オクタヴィアの懸賞金が上がってるが……姉貴が変装してたのか?」

「ああ……それに関してはさっきセンゴクから連絡があってな。『二度目は無いぞ』と釘を刺された」

 

 ベルクがいたのが運の尽きだ。あの男とはそれなりに長い付き合いでもあるし、能力を使わなかった時点で怪しまれてはいたのだろう。

 オクタヴィアが能力を使わない理由もないのだし、最初から無理のあるなりすましだった。

 ガープやつるがいるわけでもない中将五人くらいなら能力無しでも相手をするのは簡単だったのだが。

 

「それでもオクタヴィアの懸賞金が上がっている辺り、海軍は公表する気は無いらしい。政府が知れば怒鳴り込んでくるはずだが、それもないとなると……政府にも話していないのだろうな」

 

 知らぬは政府ばかりという訳だ。海軍としても七武海の中核をなすカナタに今抜けられては困るという判断でもあるのだろう。

 そこらの木端海賊程度ならまだしも、リンリンやカイドウを抑えられる海賊となるとカナタしかいない。

 

「……そのオクタヴィアって人、前も思ったけど誰なの?」

 

 詳細を知らないオルビアは、カナタとティーチの会話に首を傾げていた。

 カナタが「私の母親だ」と簡素に答え、今回の一件の罪を押し付けたことも併せて教えておく。

 今更罪状が一つ二つ増えたところで大した意味もないのだが。

 

「カナタの母親……どんな人だったの? っていうか、押し付けちゃって良かったの?」

「私を捨てて海賊をやっていたロクデナシだ。構うまい」

 

 カナタからオクタヴィアへの評価などそんなものだ。

 程なくしてオルビアとカナタの食事も出来上がり、五人で食事をする。ティーチも趣味が考古学なので存外オルビアと気が合い、この後図書館に行くことになった。

 カナタは仕事があると言い、カイエも訓練の続きに戻るという事で三人で図書館へと向かう。

 

 

        ☆

 

 

 ハチノスにある図書館はオハラにある〝全知の樹〟を模して作られている。

 あらゆる海、あらゆる島から集められた多数の文献を所蔵する巨大な図書館だ。

 オハラの文献も近いうちに回収に行きたいが、今はまだ政府が後始末をしようと動いている。政府や海軍の出方次第ではあるが、残された文献の回収は急務だ。

 隙を見て回収するつもりであることをオルビアはカナタから聞いており、それが一刻も早くなされることを願うばかりだった。

 

「オハラの文献か……ゼハハハ、興味あるなァ」

「ティーチ……さんも、考古学をどこかで学んだの?」

「ティーチでいい。さん付けなんざケツが痒くなっちまうぜ。考古学に関して勉強し始めたのはここに来てからだよ、おれァ姉貴に拾って貰った孤児だからな」

 

 選択肢はいくつかあったが、ティーチは〝黄昏〟に入るのが良いと判断した。

 ティーチと似たような境遇の者は多いが、考古学に興味を持った者は片手で数えられるくらいだ。

 文字を読めない者も多いし、必要ないと思っている者もいる。学ばせようとしても覚えられない者も多い。

 雑談をしながら図書館に到着し、ティーチは文献がどのあたりか知っているかと問いかけた。

 

「図書館には来たことあるんだろ? 歴史の文献の場所は知ってるか?」

「ううん。まだ図書館の中はあんまり見て回ってないの」

「私たち、またここに来て日が浅いから……図書館よりも先に身の回りの物を揃えるのを優先してたのよ」

「ゼハハハ、そりゃそうだな。じゃあ付いてこい、こっちだ」

 

 意外に思われることが多いが、ティーチは図書館に結構な頻度で入り浸っているので蔵書の大部分を把握していた。司書を任せている者ほどではないが、大まかな分類は頭に入っている。

 それに沿って文献を見に行くと、途中でいくつか本を持った女形の男性──イゾウと出会った。

 

「おう、イゾウ。なんか資料探してるのか?」

「ああ、ワノ国近くの国の資料をな」

 

 今後ワノ国が開国するにあたって、どの国と取引をしていくべきか見極める為にも、多くの資料を読み込んで独自に考えているらしい。

 普段の仕事の合間にそういうことをやっているらしく、進みは遅いが真面目な奴だとティーチは笑う。

 

「そうだ、お前にも紹介しとこう。こっちの二人は考古学者でな、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟が読める」

 

 イゾウが目を丸くしてオルビアの方を見る。

 あまりその情報を表沙汰にすると政府の耳に入るので幹部に近い面々にしか情報開示されていないはずだが、大丈夫かとオルビアはティーチを見る。

 言った本人は気にもかけていない。

 

「オルビア。こいつはワノ国の出身でな。〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を作った石工の末裔の家臣だ」

 

 今度はオルビアが目を丸くしてイゾウの方を見る。

 今まで謎が増えるばかりだった〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を作った者の末裔に仕えている……となると、気になる情報がいくつも出てきた。

 イゾウとオルビアは握手を交わし、互いに名乗って自己紹介を済ませる。ついでにロビンも握手を交わしていた。

 

「イゾウは元ロジャー海賊団の船員だ。〝空白の100年〟についても色々情報を持ってるとおれは見てるが、口を割らねェ」

「その辺りはおでん様から誰にも話すなと念を押されているのでな。いずれ来る大きな戦いに備えて、おれはおれに出来ることをやるだけだ」

 

 オルビアとはいくつか話したいこともあったようだが、資料の整理に忙しいらしく、また次の機会に話すと約束して立ち去っていった。

 その後ろ姿を見送り、ティーチは最初の目的通り考古学の文献を並べてある棚へと向かう。

 ティーチはオルビアからするとかなりの大柄だが、その背丈よりも大きい書棚が所狭しと並べられている。本を取るために移動式の階段もいくつかあるようで、オルビアはきょろきょろと周りを見回しながら「〝全知の樹〟に似てるわね……」と呟いていた。

 

「そりゃあそうだろ。姉貴は〝全知の樹〟を模して作ったって言ってたからな」

 

 カナタからしてもそれなりに思い入れのある場所だった。図書館として一番使い勝手が良かったこともあり、それを模して作るのは当然ともいえる。

 いつか本を返しに行く、という約束は果たせないままだったが……オハラで学んだことは常にカナタの根底にあった。

 忘れていたわけでは無かったのだ。

 

「……そう、なのね」

 

 危険を顧みずに助けてくれたことも含めて、カナタには頭が上がらない。

 古代兵器を復活させるなどと言い出すなら流石に止めなければならないが、歴史の真実を白日の下に晒すためにはカナタに協力するのがいいだろう。

 自分と娘を助けてくれたことへの、そしてクローバー博士たち学者仲間から託された〝歴史を紡ぐ〟役割を果たすことへの、一番の方法だ。

 ここに所蔵されている文献はまだ多くないが、これから増える。

 〝空白の100年〟に起きた真実を知るために、オルビアは再び気合を入れなおした。

 




危険を顧みず(かすり傷)

次回は劇場版復活のSです

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