ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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遂に本編だけで百話到達してしまいました。
原作何時になったら始まるんだろう…。

今回一万字を超えてます。時間のあるときにどうぞ


第百話:復活のシキ

 ──大監獄インペルダウンから初の脱獄。

 今まで一人たりとも脱獄を許したことがないため、大監獄と呼ばれていたインペルダウン。両足を素手で切り落とし、能力で移動することで初の脱獄者となったシキは、当然ながら世間を賑わせた。

 海賊艦隊の提督である彼が逃げたとなれば、再び海は大きく荒れる──その予想に反し、海の状況は変わらなかった。

 理由は二つ。

 一つは、かつて隆盛を誇った海賊艦隊が壊滅していたこと。

 もう一つは、シキ本人が非常に用意周到な男だったこと。

 すぐにどこかに戦争を仕掛けるようなことはなく、海軍も足取りを掴むことが出来ない場所へと潜伏していた。

 それが〝偉大なる航路(グランドライン)〟にある雲に届く秘境──〝メルヴィユ〟である。

 

 

        ☆

 

 

「懐かしいな、お前ら」

「アンタが無事に戻ってくれて嬉しいぜ、提督殿」

「屈辱の数年間だったけどね」

「ジハハハハ! 色々とムカつくことはあったが──ひとまず、お前らが残ってただけ良しとしよう」

 

 リュシアン、アプス、レランパーゴの大都督と呼ばれる三人。

 うち二人は一時期カナタに捕まり絶体絶命の状況だったが、どうにか逃げ出して合流することが出来た。今はメルヴィユで科学者であるDr.インディゴの護衛をしている。

 〝金獅子〟の名の下に集まった海賊艦隊は既に壊滅した。

 主な相手はカナタだが、散り散りになったところをリンリンやカイドウにも襲撃されていたのでほとんど残っていない。

 ここから再び隆盛を取り戻すのは難しい。それに、今のシキにとってカナタやリンリンよりも執着しているものがあった。

 ──ロジャーだ。

 

「で、どうするんだ提督殿。また一から海賊艦隊を作り直すのか?」

「そっちは多少時間をかけても構わねェ。おれの計画が動くまでまだ時間があるからな……Dr.インディゴ! どれくらいかかる!?」

「そうですね……五年、十年……いえ、二十年は必要かと」

「良かろう! 計画発動は二十年後だ。それまでに準備をしておけ!」

 

 宝目当てで海賊になったミーハー共などシキの眼中には無い。

 あるのはただ、大海賊時代などというこのクソッタレな時代に対する憎悪だけだ。

 シキはにやりと笑って葉巻に火を付け、煙を吹かす。

 

「リンリンもカイドウも、落ちぶれたおれに興味はねェだろう。業腹だがあのクソどもの相手をしなくていいんだ、楽が出来ると考えるべきだろう」

「……〝白ひげ〟と〝魔女〟に対してはどうされますか?」

「ニューゲートも今更おれの首を狙うことはねェさ。ここに来る前に酒を飲み交わしてきたしな」

 

 だから、問題があるとすれば〝魔女〟だ。

 

「しつこく首を狙い続けたからな。あの女もおれの首を狙ってくるかもしれねェ。ジハハハハ!」

「おいおい提督殿、笑い事じゃないぜ。相手は今や〝白ひげ〟に並ぶ怪物。それに政府と取引をしている七武海だ。アンタを狙う理由はいくらでもある」

「……政府と取引か」

 

 そこだけがどうしても解せないと、シキは顎をさする。

 母親はあれだし、父親もシキが想像する男なら政府と取引などするはずがない。カナタが政府とどのような取引をしたのかはわからないが、ロクでもない理由なのは想像できる。

 何も考えずに政府と取引をするようなやつではない。必ず何か狙いがあるはずだ。

 とは言え、インペルダウンに入っていて情報が少ないシキでは察することも難しい。

 

「……あの女の考えることはわからん。とにかく、おれ達の居場所がバレさえしなけりゃ襲撃もねェだろう。今あいつの相手をするのは面倒だからな」

 

 海賊艦隊がいない今、黄昏の海賊団と正面からやり合うのはいくらシキでも分が悪い。

 ……それを見越してカナタは海賊艦隊を徹底的に磨り潰したのだろう。

 用意周到な奴だ、とシキは溜息と煙を吐き出す。父親が父親ならそれも当然かと思いなおし、インディゴに研究を進めるよう指示を出して引き上げることにする。

 どうせしばらくはやることもない。インペルダウンでは何もない無間地獄にいたのだ、まずは酒だと考え──突如として発生した島を揺らす轟音に瞠目した。

 慌てたようにリュシアンが確認しようとして、アプスが口を開く。

 

「何事だ!?」

「あれは……島の獣が次々に倒れていく……?」

 

 島の端からシキたちのいるこの場所まで直線状に、凶暴な獣たちが次々に倒れていくのが見える。

 凄まじい速度だ。あれならそれほど時間がかからずにここへ到達するだろう。

 

「追手か? それにしちゃあ早すぎるが……」

 

 シキの疑問に誰も答えず消えるかと思われたが、予想外の場所から返答があった。

 

「いいや、私たちは最初から待ち構えていた。お前が脱獄したと聞いたときから既に準備を整えていたからな」

 

 聞こえた声に対し、シキはすぐさま振り返る。

 ここにいるはずのない人物がそこには居た。

 

「久しいな、シキ。インペルダウンに入って残念だと思っていたが、無事に出てきてくれて嬉しく思う──何しろ、檻の中では直接殺しに行けないからな」

「カナタァ……!! テメエ、何でここに居やがる!!」

 

 カナタはシキの疑問に答えるように、小さい紙を取り出した。

 

「それは……ビブルカードか! だが、おれのビブルカードを渡した覚えはねェぞ!」

「当然だ。これはお前のではないからな」

 

 カナタの手にあるビブルカードは二枚。

 アプスとレランパーゴのものだ。

 以前二人を捕らえた時に作成したビブルカードで常に監視していた。大都督の三人は高度な見聞色も使えて勘もいいが、潜り込んで監視するだけならカナタでなくとも出来る。

 特に暗殺を得意とする部下もいるし、姿を隠して潜むことだけが得意な部下もいる。

 

「しかし……随分珍妙な姿になったな」

 

 頭にはロジャーとの戦いの最中に抜けなくなった舵輪が食い込んでおり、両足はすねで切り落とされて剣が埋め込まれている。

 海軍から貰った情報によると、インペルダウンを脱獄する際に両足を切り落としたという話だったが……義足の代わりに剣を埋め込むとは思っていなかった。

 

「うるせェな。おれァ能力があれば両足はいらねェんだ。くれてやったまでよ」

 

 フワフワの実の能力を使えば移動に足は必要ないと主張するシキは、言葉通りふわりと浮いて覇気をみなぎらせる。

 

「どうせ後ろのあれもテメェの差し金だろ。テメェ一人と部下程度、捻り潰してやるよ」

「随分と大口を叩くものだな──お前、口だけだろう」

 

 ウォーターセブンの時も然り、モベジュムール海域の時も然り。

 時の運もあったが、シキはチャンスだったにも関わらずカナタの首を獲れなかった。

 ()()()()だろう、と。

 カナタは挑発する。

 

「──ほざけ、小娘がァ!!」

 

 剣に覇気を込め、横薙ぎに振るってカナタの首を狙う。

 当然カナタはそれを槍で受け止め、視線をそちらに向けた。

 

「…………」

 

 覇気は以前とあまり変わりはない。明確に変わったのは戦闘スタイルだが、それだけでは無い。

 

「お前、随分と()()()()()()

 

 インペルダウンに入っている間、特に鍛錬もしていなかったのだろう。

 戦闘スタイルの変化と鍛錬不足、何より戦いから身を引いていたことによる()()()()だ。

 たかが二年、されど二年。

 常に戦い続け、鍛錬を欠かさなかったカナタと違い、シキの実力は明確に減じていた。

 

「一時は私よりも強かったお前が、ここまで落ちるとは……久しく全力で戦えると思っていたが、そうでもなさそうだ」

「言ってくれるじゃねェか。だったら、テメェのそれが口だけじゃねェってところを見せてみろ!!」

 

 二人の覇気が衝突し、ビリビリと衝撃波が辺りに舞い散る。

 アプス達は避難しようとして、その背後に先程から近付いて来ていた存在が遂にここに来たことを感知した。

 

 

        ☆

 

 

「オオオォォォォォォォォ──!!!」

 

 現れたのは、巨大な狼だった。

 人間サイズのそれではない。明らかに巨人族より一回り程大きい、黒い毛並みの狼だ。

 

「何だ、このデカさ!! この島の怪物どもと同じかそれ以上だぞ!」

「レラ!」

「うん!」

 

 巨大な爪が迫り、咄嗟にレランパーゴが前に出て両手に持った戦斧で防ぐ。

 覇気を纏った爪だ。それだけで、この島固有の生物では無いとアプス、リュシアンの二人は判断した。

 

「巨大なだけならただの的だ! アプス、動きを止めろ!」

「わかってるよ!」

 

 地面から無数の鎖が生み出され、巨大な狼の動きを止めようと縛り始める。

 鎖の能力者であるアプスが動きを止め、砲台を作れる能力者であるリュシアンがいればこの程度の狼など一捻りだ。

 無論、それは狼一体であればの話。

 

「──ッ!?」

 

 二つの影が狼の背中から飛び降り、アプスとリュシアンにそれぞれ襲い掛かる。

 覇気を纏った拳を鎖で防ぎ、同様に覇気を纏った槍を腕の横に発生させた砲台を盾にして防ぐ二人。

 見覚えのある顔だ。

 

「〝六合大槍〟に〝赤鹿毛〟……幹部勢ぞろいかよ」

「ヒヒン。そうでもないですよ」

 

 幹部というなら、今や黄昏にはそれなりの数がいる。全員が集まるという事はほとんどない。

 だが、強さで言えばこの二人は明確に最上位に位置する。大都督の三人を決して舐めてはいない。

 

「くははは。久しいな、アプス。お主と決着をつけられると聞いて来てやったぞ」

「そりゃ、どうも!」

 

 アプスは地面から幾本もの鎖を生み出し、ジュンシー目掛けて波濤のように攻撃し続ける。

 ジュンシーはそれを最小限の動きで躱していき、時折鎖を破壊して接近戦に持ち込もうと牽制し続ける。そうなれば当然、狼を縛っていた鎖までは意識を割くことが出来なくなり、狼の発した覇気によって鎖が破壊された。

 

「オオオォォォォォ!!!」

「ぐ……!」

 

 動物(ゾオン)系幻獣種の力を持つレランパーゴをして、歯を食いしばって全力を振り絞らねば拮抗できない相手。

 何者だと睨みつけ、膠着状態を脱するようにレランパーゴは体から雷を発した。

 バリバリと空気を引き裂く音と共に狼が感電し、動きが緩まった瞬間に殴り飛ばされる。

 体が痺れて思う様に動かない。

 動こうと足掻く狼に対し、レランパーゴは容赦なく両手の戦斧を打ち付けて攻撃し続ける。

 

「容赦ねェな、レラの野郎。お仲間助けなくていいのか?」

「あれくらいでやられるようなら連れてきていませんし、背を向ければあなたが私を狙い撃つでしょう」

「バレてんのか。そいつは残念」

 

 リュシアン自身は明確な中遠距離タイプだ。至近距離では分が悪いと判断し、腰に下げた剣を引き抜いて応戦しつつ距離を取ろうとするが……ゼンも手慣れたように距離を詰め、エレクトロで牽制しつつ隙を窺っていた。

 決して弱いわけでは無いが、艦隊の指揮や作戦立案などが主な役割だ。リュシアンの実力ではゼンの相手は身に余る。

 どうにかレランパーゴと交代出来ないかと考え、狼を執拗なまでに殴っているレランパーゴへと声をかけた。

 

「おい、レラ! そっちが終わったなら交代だ! こっちはオレの手に余る!!」

「う──」

 

 レランパーゴがリュシアンの言葉に振り向いた瞬間、横合いから巨大な拳が振り抜かれて勢いよく吹き飛ばされた。

 

「まだ、終わっとらんだろうが……!」

 

 むくりと立ち上がったのは狼──では無く、鎧を纏った巨人族の男だった。

 動物(ゾオン)系古代種……イヌイヌの実、モデル〝ダイアウルフ〟。

 数少ない古代種の悪魔の実を食べた、()()()()()()()だ。

 動物系の能力者の例に漏れず、その肉体の頑強さは巨人族の持つ強さと相まって途方もなく増していた。それこそ、レランパーゴの攻撃を受け続けても倒れないほどに。

 

「巨人族の能力者とか、そんなのアリかよ……!」

 

 リュシアンが思わずと言った様子で言葉を零す。

 ただでさえ強い巨人族が能力者となれば、強くなるのは当たり前の話だ。

 フェイユンもそうだが、その存在は一人いるだけで戦況をひっくり返しかねない。

 

「ディルス! レランパーゴの足止めをお願いします! 倒してもいいですよ!!」

「承知した!!」

 

 ディルスと呼ばれた巨人族の男は、再び狼の姿になって駆け出した。

 一人落とせば戦力は格段に落ちる。ゼンがどれだけ早くリュシアンを倒せるかどうかで作戦の難易度が変わるのだ。

 ゼンは至近距離に生み出された砲台を飛び越え、その間に離れたリュシアンへ一直線に向かう。

 砲口の向きからどこを狙っているのかはわかる。ゼンの見聞色と動体視力があればまず当たらない。

 

「今ならまだ、投降出来ますが! どうしますか!」

「するわけねェだろ! オレだって誇りを持ってあの人の部下やってんだよ!」

 

 海賊となって後ろ指を指される存在になっても、一度決めた以上はやり抜くのが男だろうとリュシアンは言う。

 

「自分が危ねェから寝返りますじゃあ、世の中渡っていけねェだろう……!」

「なるほど、仁義に厚いですね」

 

 大都督は恭順するなら部下にしてもいいとカナタは言っていたが、元より従うとも思っていない。

 近距離で剣と槍をぶつけ合い、やりにくそうにするリュシアンへとさらに一歩踏み込む。

 

「ぐぬ……!」

「やはり貴方は戦闘力という意味では一枚落ちる。鍛錬が足りませんね」

「オレは指揮官だぜ、前線で戦うのは役割じゃねェっての!」

 

 剣が弾かれ、隙が出来る。

 まずは一人目だとゼンが槍を振りかぶり──にやりとリュシアンが笑った。

 

「最後に教えといてやるよ。オレはウテウテの実の砲撃人間。能力は()()()()()()()()()

 

 火器を生み出す能力者。砲台をそこかしこに生み出し、砲弾を乱射していたことからもその能力に偽りはない。

 ただし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「生み出せるのは砲台だけじゃねェ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 辺り一帯、ゼンを囲むように無数の銃器が宙に浮いていた。地面に固定する砲台と違い、銃器は空中に浮かせているので数が段違いだ。

 この位置取りではリュシアンにも弾丸は当たってしまうが、それでもいいと覚悟を決めている。自爆覚悟の包囲網だ。

 

「これは……!」

「地獄に一人ってのはちと寂しいんでな。美女じゃないのが残念だが、一緒に死んでくれや」

 

 ゼンの槍が動くより一瞬早く、銃器の引き金が引かれた。

 

 

        ☆

 

 

 ガキンゴキンと、拳と鎖がぶつかり合って派手な音を立てる。

 

「ご自慢の六合大槍は使わないのかい?」

「お主が相手では絡めとられてしまうのでな。今日は素手だけだ」

 

 槍は腕の延長だ。徒手での技術があってこそ槍術となる。

 リーチの長さが槍の長所だが、アプスの無数の鎖の前ではリーチの長さは利点にならない。それゆえに徒手空拳の方が良いと判断した。

 以前戦った時はドラゴンと二人がかりでようやく足止めが出来るくらいだったが……今では一人でも互角に戦えている。

 

「雑魚のくせに、随分と粘る……!」

 

 ジュンシーは常に格上とばかり戦ってきた。同格や格下と戦うのはほとんどが部下を育てるときと鍛錬ばかりだ。

 常に強さを求め続け、常に己を磨き続ける。

 以前はアプスの方が強かったが、磨きをかけた今では同格程度にまで落ち着いている。

 

「やはり、お主のような強者との戦いは血が滾る。実に良い!」

「僕は御免だけどね……!」

 

 体から生み出した鎖が弾丸のように飛び出し、ジュンシーの急所を狙って放たれた。

 それを紙一重で躱し、地面をも鎖へと変換していくアプスの懐へと入り込む。

 鎖を掴んで引き寄せるのも考えたが、アプスの生み出した鎖は長ささえも自由自在だ。限界はあるはずだが、多少引っ張った程度ではグラつかせることも出来はしない。

 更に、普通の超人系(パラミシア)では考えられない()()()()()

 これのせいで、ジュンシーは攻めあぐねていた。

 

「煩わしいな……超人系(パラミシア)にしてはやや特殊だが、物質を鎖に変換するのもお主の能力か?」

「〝覚醒〟を知らないのかい?」

 

 能力者は稀に〝覚醒〟し、己以外にも影響を及ぼし始める。

 アプスの例は超人系(パラミシア)のみに当てはまることだが、当然ながら動物系(ゾオン)にも自然系(ロギア)にも〝覚醒〟は存在する。

 これらの能力者はごく僅かにしか存在せず、早々出会うことはない。

 

「なるほど……そういう者たちがいることが知れたのは良かったと言えよう」

 

 能力者にもステージがある。

 能力に振り回される者。

 能力を扱えるだけの者。

 能力を〝覚醒〟させた者。

 もちろん〝覚醒〟したから強いという訳ではないにせよ、強者に〝覚醒〟した者が多いのは間違いないだろう。

 これからの楽しみが出来たと、小さく笑うジュンシー。

 

「お主の力、存分に見せて貰おう!!」

 

 覇気を纏った拳が鎖で編みこまれた壁を破壊する。

 ただの覇気ではない。相手に覇気を流し込み、内側から破壊する技術だ。

 続くジュンシーの拳を避け、アプスは横から強烈な蹴りを見舞う。しかしそれは片手で防がれ、片足を掴まれてバランスを崩した。

 体から生み出した鎖がジュンシーの腕を貫くが、それを気にもせずアプスの腹部へと打撃を食らわせる。

 

「ごぼっ……!」

 

 覇気で防いだが、僅か一撃でアプスは血を吐いた。

 並の一撃ではない。アプスとてこの世界でそれなりに戦ってきた強者だ。多少のダメージなら意にも介さず反撃に移れる。

 それが出来なかった。

 破壊力だけで言えば自身よりも上だと、アプスは危機感を覚える。

 

「ハッ!」

 

 鎖を外し、掴まれた脚とは逆の脚でジュンシーの腕を弾いて距離を取った。

 すぐさま怒涛の勢いで地面を鎖に変換してジュンシーへと殺到させるが、それを月歩(ゲッポウ)で空中へと回避したのちにアプスへと距離を詰める。

 空中にいるジュンシーを叩き落そうと、鎖が鞭のようにしなって縦横無尽に動き回る。

 軌道の読めない動きをする鎖をギリギリで避け、地面に降り立ってすぐさまアプスの元へと走った。

 一歩、二歩。

 僅か三歩で鎖をすり抜けてアプスの元へと到達し、アプスによる怒涛の体術を捌ききる。

 

「お主の実力は凄まじいが、体系立った技術ではない」

 

 戦いの中で磨いた自己流の戦い方だ。より合理的な動きをして、相手を殺すための理論、合理を突き詰めた武術とは積み重ねた年月が違う。

 実力差があるならばまだしも、ほぼ同格の戦いでの差は僅かながらも致命的だった。

 アプスの振り抜いた拳を受け流し、同時に一歩踏み込んでアプスの心臓へと肘打ちを直撃させる。

 覇気と鎖、二つの防御で守りに入ったにもかかわらず衝撃はそれらを貫通し、心臓を撃ち抜いて致命傷を負わせた。

 

「──ッ!」

 

 心臓を撃ち抜いた直後の僅かな隙を突き、アプスの鎖がジュンシーの足を絡めとる。

 

「まだ動くか!」

 

 口元から血を流し、自らが死するとも目の前の男を倒すとジュンシーの心臓めがけて鎖を突き立てる。

 ジュンシーはそれを焦ることなく覇気を纏った腕でいなし、足が動かずとも拳の当たる距離ならば腰の回転だけで威力を出せるとアプスが動きを止めるまで殴打し続けた。

 ここで殺すと決めたのならば、容赦はしない。

 アプスが動きを止めずに防御に入り、ジュンシーの腹部に鎖を突き刺そうとも。

 動けず、逃げられない以上は攻撃に転じて先に潰すしかないのだ。

 

「オオォ──!!!」

 

 一撃一撃が致命傷になるほどの打撃を受け続け……ついに、アプスは膝から崩れ落ちた。

 

 

        ☆

 

 

 大地をひっくり返すつもりかと言わんばかりの大質量が空へと移動する。

 両腕に剣を握らないことで腕を基点に物質の操作をより容易にしているのだ。

 既にいくつもの巨大な岩塊が海に落ちていくのが視界の端に映っており、シキの得意な空中戦であってもカナタ相手に苦戦を強いられていた。

 

「クソが、傷が疼くぜ……!」

 

 以前の大規模な戦争時に付けられた額の傷が疼く。

 足に埋め込んで縛っているだけの剣では威力が足りない。覇気を纏わせても、今のカナタの前ではどれほど足しになるか。

 

「空中戦はお前の十八番だろうが、それでもなおこの状態とは」

 

 持ち上げた海水が細切れになるほどの斬撃の雨を躱しきり、手の中に生成した氷の短槍を次々に投擲する。

 シキは投擲された槍を躱し弾くが、目を離した一瞬で距離を詰められてカナタの槍が首元に迫った。

 それを後ろに倒れ込むことで回避し、そのまま縦に回転して斬撃を飛ばし反撃に移りつつ再び距離を取る。

 インディゴが逃げる時間を稼ぎたいところだったが、リュシアンとアプスがやられたことでシキ自身も本気で殲滅にかからなければならなくなった。

 ここから先に逃げ場はない。

 

「ようやくやる気になったか」

 

 隙を見つけてインディゴを拾って逃走、などとされては困る。

 もちろん下手に背を見せればカナタに落とされるだろうが、シキほどの実力者なら不可能とも言い切れない。

 そうさせないために空中で覇王色と武装色の衝突を繰り返し、シキの余力を地道に削っていた甲斐があったというものだ。

 逃走に向いている能力である以上、何が何でもここで逃がすわけにはいかない。たとえインディゴを見捨てて単身逃走に移ったとしても、確実にここで斃す為に準備をしてきた。

 

「鬱陶しい奴だ……良いだろう、ここで決着をつけてやる!!」

 

 メルヴィユの大地が地殻変動でも起きたかのように変形していく。

 大地が獅子の形を取ってカナタへと襲い掛かり、それを切り裂いて近づけば両足の剣を巧みに操って防御を崩そうとしてくる。カナタと同レベルの実力者でもなければ多少実力が落ちたところで結果は変わらないのだ。

 フワフワの実の力であらゆる物を浮かせて武器にする戦法は非常に厄介で面倒だし、カナタとしても戦いにくい。

 カナタに逃げる気が無い以上、シキが時間をかけて戦うやり方を選べば負けは無いと判断していた──だが、カナタも以前までの実力ではない。

 時間をかけずにシキを倒す方法を考えてきていた。

 

「──〝白銀世界(ニブルヘイム)〟」

 

 これまではただ強烈な冷気を撒き散らし、能力圏内の氷を操作するだけの技だったが……以前までのそれとは別物だ。

 周囲を氷で包み、更に莫大な覇気を消費することで黒化した氷が敵の逃げ場を塞ぐ。当然ながらドーム状になった氷のせいで冷気が逃げることはなく、人間が生存不可能なほどに気温が下がり切って体温を奪い続ける。

 氷の中はカナタの能力圏内。冷気を操る彼女による、()()()()()()

 

「これは……!!」

 

 状況の拙さを理解し、すぐさま脱出しようと図るが──覇気を流し込まれた氷は生半可な強度では無く、シキの一撃を以てしても砕くどころかヒビすら入らない。

 氷が無数の武器になってシキへと殺到し、すぐさま空中へと移動して避けるも、動くたびに強烈な冷気がシキの体から容赦なく体温を奪っていく。

 呼吸をするだけで肺から凍りかねないほどの冷気だ。

 時間をかければかける程不利になる。

 

「クソが……ろくでもねェやり方しやがる!」

「逃げ足ばかり早いお前相手にわざわざ考えたんだ。感謝して欲しいくらいだな」

 

 カナタとシキが衝突し、再び武装色の覇気が激突した余波で大地が揺れる。

 シキの能力で大地を操るも、その上にカナタが氷を被せて覇気を流し込んだため、シキに操れる物体がほぼ無くなっていた。

 状況は段々とシキが不利になっていく。

 シキは全身に武装色の覇気を纏うことで体が凍り付くのを防いでいるが、カナタと全力で何度も衝突していればそれもいずれは限界が来る。

 段々とシキの動きは鈍くなり、体の端から凍り付き──ついに、致命的な失敗を犯した。

 

「──ぐおっ!」

 

 シキの覇気を打ち破り、肩口が切り裂かれる。

 当然血が出るが、流れる血が表出した瞬間に凍り付いていた。

 強烈な冷気が凍り付いた血から体内の熱を奪い始め、カナタはその隙を見逃さずに槍を投擲して両腕を落としにかかる。

 

「この程度で……おれが死ぬかァ!!」

「いいや、お前はここで死ぬ。元ロックス海賊団は誰一人生かしておくつもりは無い」

 

 カナタにとって害悪となる者は、と頭に着くが。

 何にしても、この男を生かしておいてカナタに得となることは何一つとしてない。

 投擲された槍をかろうじて避け、その間に一瞬で距離を詰めたカナタは迷うことなくシキの心臓へと槍を突き立てた。

 

「ガ、アアアアアァァァ!!!」

「お前の心臓を貰い受ける。〝金獅子〟は終わりだ」

 

 シキの心臓を貫いて地面に縫い留め、下半身を凍らせてダメ押しをしておく。この男に限らないが、実力が高い連中は総じて生命力も強い。下手に殺したつもりになっていると足を掬われかねないのだ。

 流れる血はすぐさま氷となり、シキの体温を奪っていく。既に感覚も無いだろう。

 その中で、シキは口を開いた。

 

「ぐ、が……元ロックスを殺すって言ったな、テメェ……」

「ああ、お前が終わったらリンリン、カイドウ、ニューゲート辺りを次に狙う」

「ハッ……じゃあ、オクタヴィアも殺すのか?」

「……そうだな」

 

 こうなった元凶とも言えるオクタヴィアも、カナタにとっては害悪だった。

 彼女の思惑はどうあれ、今まで会った中では対話をするつもりもないように感じていたし、何より──

 

「迷惑度合いならお前と変わらない。居所が知れれば殺しに行くさ」

「母親でも変わらず、か……ジハハハ。容赦のなさはロックス譲りだな」

 

 シキはロックスのことをよく知っている。

 容赦のなさも、その強さも。

 敵対した者を確実に殺すまで油断せず、赤い瞳でこちらを見下すその姿。姿形が似ていなくとも、やはり。

 

「お前、ロックスに似てるぜ……」

 

 そう言い残して……シキは死亡した。

 

 

        ☆

 

 

 〝金獅子〟の死亡はカナタの口から海軍へと伝えられた。

 本人であることを確認するために死体は引き取られたが、シキの持っていた二振りの剣はカナタが持ったままだ。

 〝桜十(おうとう)〟そして〝木枯し〟

 この二振りはジョルジュとスコッチに渡され、「シキが足に刺して使っていた」と言うと非常に嫌な顔をしていた。

 死亡したのはシキを始めとしてアプス、リュシアン、そしてDr.インディゴとその他部下。レランパーゴは自身の頑丈さもあってか、重傷ではあるが死んではいない。

 ゼン、ジュンシーともに深手の怪我を負ったものの命に別状はなく、元気に槍を振り回している。

 手に入れた悪魔の実の内、ウテウテの実とジャラジャラの実はしばらく保管されることになり、フワフワの実は秘密裏にジョルジュへと渡された。

 これにより〝金獅子海賊団〟は完全に崩壊。歴史の闇に消えることとなる。

 

 ──そして。

 二年後……光月おでんのビブルカードが燃え尽きたことにより、舞台はワノ国へと移る。

 

 




やや駆け足になりましたが、シキに関しては今回で終わりです。
次はワノ国過去編。一章丸々やるわけでは無いので章分けはこのままです。

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