前章のキャラまとめをようやく書き上げたので、興味がある方はそちらもどうぞ
それは、ある日の夜の事だった。
イゾウとカナタがロムニス帝国の王に長子が生まれたことを祝い、贈り物の手筈について話し合っていた時の事。
バタバタと慌てた足音が廊下に響き、ノックもそこそこに執務室に飛び行ってきた影が一つ。
スコッチだ。
「何事だ、慌ただしいな」
「ヤベェぞ、カナタ! イゾウもだ! おでんのビブルカードが小さくなっていってる!!」
「何だと!?」
スコッチの言葉にイゾウが反応し、すぐさま部屋を飛び出てビブルカードを安置してある部屋へと走った。
取り残されたカナタはと言えば、イゾウ程慌てた様子も無く「何時頃気付いた?」と尋ねる。
「ついさっきだ。普段はあんまり気にしねェんだが、今日はたまたまな……」
「そうか。だが、多少縮んだところで奴が死んだわけではない」
それでも、ビブルカードが縮んだという事は相応の怪我をしているという事だ。
一体誰と戦っているのか。
カナタは恐らくは──とあたりをつける。カイドウだ。
おでんのことは嫌いだが、おでんの父親であるスキヤキには義理と恩がある。カイドウが島の外に出た際に海賊団丸ごと潰すと言う手もあったが、あの男はあの男で海軍やリンリン達に何度か捕まってそれでも生きているのだ。単なる強さだけではない何かがあると踏んでいた。
以前戦った際には殺害寸前まで追い詰めたが、首を獲るまでは行かなかった。生き汚さ、天運に関しては人並み以上と言っていい。
「……ワノ国はあの馬鹿に任せた。私は手出ししないが……恐らくはカイドウと戦っているのだろう」
「お前から見てどうなんだ。勝てそうか?」
「さてな。私が戦った頃のカイドウとおでんなら、十中八九おでんが勝つだろう……あの頃のままのカイドウなら、な」
海賊の戦いに卑怯という言葉は存在しない。
単純な強さだけで勝敗が決まる世界なら、カナタだってとうの昔に死んでいる。
それに、カイドウと以前戦ったのはもう十年以上前の話だ。懸賞金の額もかなり上がっているし、実力は以前の比ではないだろう。
「杞憂であればいいがな」
冷めた紅茶を飲み、経過を観察するように指示だけだして仕事は終わりにした。
☆
三日後。
憔悴した様子で燃え尽きる寸前のビブルカードを見るイゾウと、その周りに集まったカナタ及び黄昏の幹部たち。
スコッチから報告を受けて以降、ギリギリの状態を保ったまま三日が経った。敗北したか、あるいは勝利してもビブルカードがここまで縮むほどの戦いになったのか……。
どちらにしても、おでんが死の淵にあることは間違いなかった。
カナタはジョルジュとスコッチを部屋の外に出し、外に出ている他の幹部たちを含む全戦力を集めるよう指示を出した。
「勝ったにせよ負けたにせよ、あの状態では長くはない。今のうちに斥候を出せ」
「いいのか?」
「勝って死にかけているだけなら手出しは無しだ。負けて死にかけているなら
「……それ、イゾウとゼンは納得するのか?」
ある意味では見殺しにしたも同義だ。スコッチが眉根を顰めて苦言を呈するが、カナタはスコッチを
赤い瞳に気圧されたように半歩下がるが、即座に半歩詰めてカナタはスコッチの胸元を掴む。
「あの男は自分で解決すると言ったんだ。命の危機に瀕して前言を翻すような男と約束を交わした覚えはない」
「……おっかねェ女だよ、お前は」
厳しい言葉にスコッチは頭をガリガリと掻く。
わかったと一言言って頷き、カナタはスコッチの胸元から手を放して「急いで準備をしろ」と告げる。
ジョルジュもスコッチ同様に頷き、二人はそれぞれカナタの指示を実行するために動き始めた。
カナタとしても色々と思うことはあるが……男が一度約束を口にした以上、尊重してやるのが〝情け〟というものだ。
たとえ、それで死ぬことになろうとも。
「……頑固者め」
果たして、それは誰に言った言葉だったのか。
カナタの言葉は虚空に消え、静寂だけが残った。
☆
結局、おでんは助からなかった。
ビブルカードは灰になり、悲しみに暮れるイゾウとゼンを尻目にカナタは準備を急がせる。
世界中に散らばった〝黄昏〟の戦力を一か所に集め、戦争の準備を淡々と進めていると、当然ながら動きは海軍に察知され、センゴクから連絡が来た。
『戦力を集めて、何のつもりだ。戦争でもするつもりか?』
「お前たちに不利益なことをするつもりは無い。カイドウの首を落としに行くから黙って見ていろ」
『カイドウの? ……お前がそこまで感情的になっているのは珍しいな』
「ああ、少しばかり腹に据えかねることがあった……百獣海賊団は私が潰すが、その間にリンリンが動く可能性がある。海軍に動く気があるなら監視船を出してくれるか」
『……それくらいならばいいだろう』
こういう時、七武海という立場は便利だ。
あくまで政府が任命した海賊という存在でしかないが、〝黄昏〟の貢献度は他の七武海とは文字通り桁が違う。
海軍としても多少の融通は利かせられる程度には信用している者も多い。
カナタは唯一の懸念事項だったリンリンへの対処を海軍に任せ、船を出した。
旗艦に〝ソンブレロ号〟を置き、〝黄昏の海賊団〟本隊はおよそ5000人。加えて傘下である22の海賊団を率いてワノ国を目指す。
総勢3万近い戦力が船団を組み、行く手を遮る者は海王類であろうと海賊であろうと容赦なく踏み潰していく。
その様相は嵐の如く。
いかなる存在をも飲み込む黄昏の闇が、ワノ国へと手を伸ばしていた。
──数日の航海を経て、黄昏の軍勢がワノ国へと辿り着く。
ワノ国に侵入する手段は大きく分けて二つ。
滝を登るか、滝を割って奥にある港を使うか。
ワノ国における正規の港は一つだけで、そこ以外の港はあくまでワノ国の中を船で繋ぐ為の港でしかない。
当然、カナタは後者──港を使うことを選択した。
もちろん、滝を通過する以上許可が無ければ普通に通過することは出来ない。
カナタの能力を使えば力ずくでも滝を割って侵入出来る。
以前訪れた際は霜月康イエの部下である侍たちが港を管理していたが……今では見慣れない格好をした海賊たちが使っていた。
最初から姿を隠すつもりもない。カナタは港を即座に制圧し、その場にいた百獣海賊団を皆殺しにしてワノ国への橋頭保を確保した。
「ここを拠点として使う。ゴンドラの上部にも敵は居るだろう。制圧に行くぞ、私に続け!」
滝の奥にある〝
港にあるゴンドラは巨人族でも優に何人も運べるほど巨大だ。
ワノ国地上部にはもちろん百獣海賊団の見張りがいたが、瞬きするほどの間に全員が氷漬けになっていた。後ろに続いていた部下たちも今のカナタには近寄りがたいらしく、少々距離を空けてゴンドラのある建物から外に出る。
この規模で動くのは初めてのことだが、かねてから想定はしていた。カナタはスコッチを呼び出してざっくりと指示を出す。
「ここは橋頭保だ。ディルスを中心に巨人族で第一陣の防衛圏、黄昏本隊で第二陣の防衛圏を形成しろ。港に繋がる建物は死守するように」
「おう。まずはどこから侵攻する?」
「……まずは先に出していた斥候の情報から聞こう。どこにいる?」
「まだ到着してねェ。ビブルカードを持たせてたから、場所はわかるはずだ。到着時間は知らせてたが、予定より少し早いからな」
「なら先に陣地の構築だ。急げ」
ワノ国においては百獣海賊団に地の利がある。まだ向こうも情報が入り始めた段階だろうが、橋頭保である港を落とされては面倒だ。
ゴンドラを使って次々に登ってくる巨人族を中心に防衛陣地を形成。奇襲を防ぐための防壁と物見台をカナタが氷で作り出し、侵攻の準備を整える。
その間に数日前に出していた斥候数名が戻ってきたので、幹部たちを含めて情報共有の場を設けた。
「それで、おでんはどうなった?」
「光月おでんはカイドウに敗れ、臣下の侍九名共々捕まりました。その後、公開処刑として〝釜茹での刑〟に」
淡々と報告する斥候の言葉に、ゼンとイゾウの怒りがヒートアップしていくのを感じるカナタ。
他人が感情を乱しているのを見ると相対的に冷静になれる。二人に落ち着けと視線で合図し、斥候した部下に報告を続けさせる。
「光月おでんはそのまま処刑されたようですが、九名の臣下たちは逃亡。九里城まで逃亡したことは掴めましたが、その後の足取りは不明です」
「……おでんの家族はどうなった?」
「光月トキは死亡が確認されています。しかし、光月モモの助及び光月日和の死亡は確認されていません」
となると、まだ生きてどこかに潜伏している可能性がある。
僅かにでも可能性があるのならと、イゾウとゼンが縋るようにカナタへ視線を送る。カナタはそれを受けて考え込み、側頭部を指でトントンと叩く。
ここは敵地だ。
かつてのワノ国ならばまだしも、今はカイドウが支配している。戦力を分散する真似は避けたい。
それに、可能性があるとすればおでんが大名をしていた〝九里〟にいる可能性が高いだろう。〝白舞〟から〝九里〟へ行くには〝花の都〟の横を通る必要がある。
ならば、やはり。
「まずはワノ国を落とす。〝花の都〟の現将軍とカイドウを落とせば、あとは人海戦術でワノ国中を捜索出来るだろう」
海軍から得た情報では、百獣海賊団における主要な戦力はそれほど多くない。
百獣海賊団総督〝百獣〟のカイドウ。
大看板〝火災〟のキング。
大看板〝疫災〟のクイーン。
それと正体不明の巨大生物たち。表沙汰にはされていないが、どこかの研究機関で生み出された〝古代巨人族〟の失敗作だという噂もある。
カイドウの強さに惚れ込んだ猛者たちも含め、その戦力は1000と少し。
更に将軍に仕える侍衆〝見廻り組〟と忍者軍〝お庭番衆〟がそれぞれ5000人。敵がおでんならばまだ刀を振るう手も鈍るだろうが、彼らにとってカナタは完全な外敵だ。
迎撃には全力を注ぐだろう。
「それ以外に報告は?」
「……つい先日の話ですが、各郷の大名たちが決起し、将軍への謀反を企みました。結果はカイドウに敗北したようですが……先の光月おでんとの戦いを含め、百獣海賊団には少なからず被害が出ているものと思われます」
「被害は憶測か?」
「はい。申し訳ありません」
「構わない。だが、憶測で被害規模を語るな。過大評価も過小評価も判断が鈍る要因になる」
先入観は思考を鈍らせる。
戦力差は十分。敵には被害が多少なりあると考えるなら正面からでも叩き潰せるが……こちらで把握している百獣海賊団の数がブラフであった場合、手痛い被害を受けるのは部下たちだ。
やはり、確実に行くべきだろう。
「防衛に回した巨人族の部隊を半数に分けろ。それと黄昏本隊の精鋭の半数を巨人族の部隊と共に防衛に回す。残りの黄昏本隊と傘下の海賊たちは私と来い」
「防衛に幹部は残すか?」
「グロリオーサを指揮に残す。それとカイエを付けておこう。何かあったら連絡を入れろ」
「わかりました」
「任せろ。ニョんとしても守り抜こう」
目標はワノ国の中心にある〝花の都〟。
ワノ国と百獣海賊団の総戦力を上回る数を以て、カナタはこの国を踏み潰しにかかった。
☆
〝白舞〟にある〝
道中の大橋は少々狭く、2万を超える軍勢が通るには時間がかかると思われたが……何のことはない。カナタが氷で橋を作り、真っ直ぐに
ワノ国忍者軍〝お庭番衆〟による斥候が何度か現れたが、カナタの見聞色の範囲内に入ればカモ同然に一撃で殺害され、ロクに情報が渡ることなく〝花の都〟から少し離れた場所でカイドウと相対する。
侍、忍者、そして百獣海賊団の総戦力。
流石に目を見張る戦力だが、おでんとの戦いや先日あったという大名たちの武装蜂起の影響か、思ったよりも数が少ない。
もっとも、事前に想定していた最大戦力だったとしても──黄昏の海賊団はその上を行く。
巨人族30名からなる部隊を始めとして、2500人の精鋭。22の傘下の海賊団。総勢20000を超える軍勢が今か今かと開戦を待っている。
既にカイドウは龍の姿で臨戦態勢を取っており、酒を飲んだ時からは考えられないほど冷静な声色をしていた。
「ウォロロロロ……テメェが直接ここに乗り込んでくるとは思わなかったぜ」
「光月おでんが死んだからな。もう、誰にはばかることなくこの国の土を踏める」
「なんだ、あの男に配慮してたのか? あのクソ女の娘とは思えねェな」
カイドウは訝し気に呟き、「まァどうでもいいことだ」と適当に流す。いずれ殺す相手だ、理由がどうあれ目の前に現れた以上は戦う以外の選択肢はない。
カナタはこの国では将軍殺しの悪名を着せられた大罪人だ。侍と忍者たちのやる気も漲っている。
「さァ、殺し合おうじゃねェか。今度こそテメェを殺してやるよ、カナタァ!!!」
「ほざいたな、カイドウ。もう一本の角も圧し折って、貴様の首を獲ってやる──それがおでんへの弔いだ」
以前圧し折った角はそのままだ。治ることは無いのだろう。
気勢を上げるカイドウを前に、カナタはいの一番に飛び出した。
「私は今、少々怒っている。気合を入れろよ、カイドウ──簡単に死んでもらっては拍子抜けだからな」
目にも止まらぬ速度で飛び上がったカナタに反応が遅れ、カイドウの視線がそちらに向いた瞬間には既に蹴りを振り抜く寸前だった。
防御も回避も間に合わず、カナタの蹴りはカイドウの顔面に直撃し──その巨体を容易く吹き飛ばした。
おでん及び赤鞘9人(+1)との決戦
各地の大名の武装蜂起
黄昏の海賊団全軍襲撃 ← new!
自業自得案件とは言え一挙に押し寄せる敵にカイドウが過労死しそう。
ちなみに人数とか戦力は原作を参考に割とざっくりした数字になります。
でも頂上決戦ですら海軍の巨人族は10人前後だったのに、ここでこんなに出していいのだろうかという気はしてます。