ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百四話:侍の矜持

「あ、やべっ。黄昏の海賊団! 全員退避しろ、退避!!」

 

 ジョルジュがうっかりしたと言わんばかりの口調で退避を命じる。

 何事かと振り向いた黄昏の海賊団及び傘下たちは顔を青くして一斉に逃げ出し、それにつられるように視線を上にあげたビッグマム海賊団や百獣海賊団もまた、顔を青くして一斉に逃げ出した。

 空に浮かんだ巨岩が落ちてくる。

 巨人族よりも遥かに巨大な岩が頭の上に落ちてくるとなれば、ただの人間などひとたまりもない。

 退避しながら傘下の海賊たちは悲鳴を上げていた。

 

「おれ達を殺す気ですか!?」

「止めてくれよジョルジュさん!!」

「すまんすまん。もう一発行くぞ」

「鬼か!?」

 

 次々に落とされる岩を対処していては幹部の相手も出来ないと、カタクリたち幹部も一度退避していた。

 

「なんだよありゃあ……ジョルジュの野郎、能力者じゃ無かったはずだろう!」

「小競り合いはあっても大規模な戦いは数年ぶりだ。悪魔の実を手に入れていても不思議じゃない……それに、あの能力」

 

 物を浮かせる能力、おそらくはフワフワの実。

 ビッグマム海賊団の情報力は高い。シキが倒れて以降、フワフワの実が出回っていないか探したが一切の情報が流れてこなかった。

 シキを倒したのがカナタであり、食べたのが黄昏の幹部。これが何の関連もないとは考えられなかった。

 

「……〝黄昏〟には悪魔の実の能力者から悪魔の実を取り出す方法があるのかもしれないな」

「何? あり得るのか、そんなこと?」

「憶測だ。だが、現にフワフワの実の能力に酷似した能力者が〝黄昏〟にいる」

 

 カタクリはこれを偶然とは考えなかった。

 今なお隕石のように巨岩を落とし続けるあの男をどうにかしなければ、近づくこともままならないと視線を上げていたが──ふと嫌な感覚を覚えて視線を下にやる。

 そこには、音も無く〝闇〟を広げつつあるクロの姿があった。

 

「やべ、バレちまった」

 

 悪戯がバレた子供のようにペロッと舌を出し、更に速度を上げて〝闇〟が足元へと広がっていく。

 咄嗟に「まずい」と判断し、カタクリは声を張り上げた。

 

「上ばかりを見るな! 足元の〝闇〟に気を付けろ!! これに触れると飲み込まれるぞ!!」

「触れただけじゃ飲み込めねェよ、流石に。でもまァ──」

 

 ──早いか遅いかの違いでしかねェけどな。

 クロが言葉を言い終わる頃には、既に〝ホーミーズ〟を含むビッグマム海賊団の部隊の足元に〝闇〟が広がり終わっていた。

 

「食べちゃうぞーってな──〝闇穴道(ブラックホール)〟!!」

 

 〝ホーミーズ〟が次々に足元の闇に飲み込まれていく。

 カタクリの警告で逃げ出した者も多いが、全員が逃げ出せたわけでは無い。

 触れなければ問題ないが、一度飲み込まれ始めれば脱出する術はない。無限の引力によって〝闇〟の中に引きずり込まれ、屍を晒すのみだ。

 雑兵が何万人いようとも、クロの前ではさして変わりはない。

 

「奴が一番面倒だ──最初に潰せ!」

 

 ビッグマム海賊団にとって、クロは前回の襲撃の時に致命的な失敗をしてしまう要因になった男だ。今回の戦争で見逃す理由は無かった。

 当然、黄昏の海賊団がそれをさせる理由も無い。

 

「下がっていろ! 掃除したならあとは邪魔にしかならん!」

「あいよー! じゃあ邪魔者は逃げるとしますかね!!」

 

 クロが背を向けて逃げ出すのと同時に、迫りくるリンリンの子供たちを遮るようにジュンシーたちが前に出た。

 カタクリを筆頭にダイフク、オーブン、アマンド……多くの子供たちが一斉に襲い掛かり、黄昏の幹部たちがそれを迎撃する。

 一対一に持ち込んだのはカタクリとクラッカーのみで、それ以外のリンリンの子供たちは二人ペアを組んで相対し、数的有利を保ったまま戦闘に入る。

 だが当然、そう簡単に有利な状況を許してくれるほど黄昏の幹部も甘くはない。

 

「えーい!!」

 

 武装色を纏った拳が勢いよく振り下ろされる。

 ともすれば味方ごと巻き込みかねない、巨大な拳による単純な打撃だ。

 それを避けるために戦場はバラバラになり、フェイユン一人に対して百獣海賊団とビッグマム海賊団は共同戦線を張ることにした。

 

「あのデケェのをなんとかしねェと、こっちが荒らされるだけだ。何かいい方法はねェか!?」

「いい方法って言ってもな……」

 

 普通の巨人族のおよそ十倍。並の巨人族の倍以上の体躯を持つ〝ナンバーズ〟から見ても数倍の大きさを誇る巨人など、正面から対抗できる相手では無い。

 唯一可能性がありそうなのはビスケットによる兵隊を作れるクラッカーだが、彼は今黄昏の他の幹部を抑えるために動いている。

 ペロスペローは一つ舌打ちして、何とか自身の能力で止められないかとキャンディの拘束具をフェイユンの足へ巻き付けた。

 

「……駄目か!!」

 

 だが、フェイユンが僅かに身じろぎするだけで砕け散る。

 そもそも拘束が間に合っていない。足元から足全体を覆う様に動くキャンディも、あれだけの質量を覆うのにはかなりの時間がかかる。

 そこへ、再びフェイユンの巨大な拳が降ってきた。

 

「どわァーー!!?」

 

 ペロスペローは間一髪のところで拳を回避し、近くに来たクイーン、キングに「何か止める方法はねェのか!」と焦った様子を見せる。

 百獣海賊団には〝ナンバーズ〟がいる。僅か数秒でもいい、動きを止められればペロスペローの能力で何とか動きを制限できるだろう。

 キングとクイーンは一瞬目を合わせ、互いに頷いて動き出した。

 キングは倒れた〝ナンバーズ〟の元へ。

 クイーンはペロスペローの元へ。

 

「ヘイ、ペロスペロー! おれが今から作戦を説明する!」

「手段があるのか!?」

「おれ達の部下に〝ナンバーズ〟ってのがいる! あのデカブツほどじゃねェが、普通の巨人族よりはデケェ! 足止めは出来る!!」

 

 動きを止めればペロスペローの出番だ。しかし、一度倒れた彼らを起こすのには時間がかかるだろう。

 そこで、クイーンの出番となる。

 

「キングの変態野郎が〝ナンバーズ〟を叩き起こしに行った! おれ達はそれまで奴の意識をこっちに向けさせて、時間稼ぎをしなきゃならねェ! 出来るな!?」

「ああ、良いだろう! ペロリン♪ 多少の時間稼ぎならおれ達でもなんとかなるはずだ」

 

 ペロスペローとクイーンの力で、なんとかフェイユンの意識をこちらに向けつつ時間稼ぎをする。

 言葉にしてみれば簡単だが、恐らく二人ではそれすら叶わないだろうとペロスペローは考えていた。

 ビッグマム海賊団の強みは数だ。ならば、それを活かさない理由は無い。

 

「オペラ!! こっちを手伝え!!」

「わかったファ!」

 

 シャーロット家五男、シャーロット・オペラ。

 超人系(パラミシア)、クリクリの実のクリーム人間だ。

 オペラの肉体から流れ出た生クリームがフェイユンの足元へと広がり、足に触れた瞬間生クリームが発火してフェイユンの足を焼く。

 熱でキャンディが溶けてしまうのでペロスペローとの相性は良くないが、フェイユンの意識をキングの方へ向けさせないためには彼の力も必要だった。

 

「どうファ! これが生クリームの〝甘い〟という力ファ!!」

「邪魔です!」

「ギャーッ!!」

 

 フェイユンが地団駄を踏むだけでクリームが吹き飛び、発火した生クリームがオペラの方へと飛んで来た。

 地団駄を踏んだことで発生した風圧と揺れる地面で立っているのも難しい中、オペラは顔面に発火した生クリームを受けて悶絶する。

 下手な動きをさせれば危ないとオペラを退避させ、ペロスペローが代わりに前に出た。

 鎮火した生クリームの上にキャンディを流し込み、一瞬でもフェイユンの足を止めようとするが……ペロスペローの奮闘もむなしく、今回もフェイユンが僅かに身じろぎしただけでキャンディが砕け散った。

 それを見て、クイーンが苦言を呈する。

 

「バカヤロー、ペロスペロー! それじゃ〝ナンバーズ〟が来ても止められないぜコノヤロー!」

「ラップで言うな! 腹が立つ!!」

 

 クイーンの指摘にペロスペローがキレ、再び振り下ろされる拳を二人一緒に何とか回避する。

 

「ハァ……ハァ……! 畜生、キングはまだか!?」

「キングが来ても今のままじゃ駄目だぜペロスペロー! 言っただろ、それじゃ止められねェ!」

「じゃあどうするってんだ!」

使()()()()()()んだよ!」

 

 クイーンはペロスペローに説明するために片足を上げる。

 

「いいか、人間の足を止めるには全部ガチガチに固めればいいってモンじゃねェ。あのデカさを相手にそんなことやってたら時間がいくらあっても足りねェ!」

「それはおれだってわかってる! どうすりゃいいかって聞いて──」

()()()()()()!!」

 

 人間の足も同じだが、駆動するには関節が重要だ。

 指先に始まり、足首、膝──関節を一つ一つ固めていけば、フェイユンの巨体であろうと止めることが可能になる。

 足さえ固めてしまえば、あとは遠距離から徹底的に叩くだけだ。

 

「なるほど……」

「ボチボチ時間稼ぎも終わりだ。自分の能力を最大限使えるよう準備しておけ!」

 

 遠目に〝ナンバーズ〟が立ち上がるのが見える。キングは上手くやったのだろう。

 フェイユンは鬱陶しそうに足元で立ち回るクイーンたちを潰そうと躍起になっている。足元に近付く〝ナンバーズ〟には気付いていない。

 ペロスペローはいつでも行けるように準備し、フェイユンの背後から〝ナンバーズ〟が襲い掛かった。

 

「ジュキキキキ!!」

「ハチャチャチャ!!」

 

 足を動かないように十鬼(ジューキ)八茶(はっちゃ)の二人が固定し、横合いから五鬼(ゴーキ)が巨大な棍棒で殴りかかる。

 フェイユンは動きにくそうにしながら棍棒を受け止め、五鬼の顔面に武装硬化した拳を叩き込む。

 その隙にペロスペローが能力を使い、流動するキャンディがフェイユンの足の関節へと絡みついていく。

 

「良し!! あとは袋叩きだ!!」

 

 足を固定され、動けなくなったフェイユンへと〝ナンバーズ〟が殺到する。

 関節を固めるキャンディを一瞥し、フェイユンは大きく息を吸い込んだ。

 

「Laaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」

 

 空気を震わす大声に、思わずその場の誰もが耳を塞ぐ。

 ペロスペローやクイーンはもちろん、フェイユンの足を掴んで離すまいとしていた十鬼と八茶までも、平衡感覚を狂わしかねない声量に対して反射的に手で耳を塞ぐことを選んでいた。

 フェイユンはその瞬間に自身の足を殴りつけて固定していたキャンディを破壊し、十鬼と八茶を掴んで投げ飛ばす。

 

「ぐ……! クソ、上手く行きかけたってのに……! だったらもう一度、関節固めてやらァ!!」

 

 要領は既に掴んだ。フェイユンが再び動き出す前に、足を固めて動きを制限する。

 流動するキャンディが再びフェイユンの足に絡みつこうとして──足元に広がった瞬間、フェイユンの姿が掻き消えた。

 

「は?」

「あァ?」

 

 ペロスペローとクイーンが同時に間抜けな声を出す。

 あの巨体が掻き消えた、という事実そのものに驚愕しすぎて理解が追い付かないのだ。

 だが視線は自然とフェイユンの動きを追い、二人の上へと移動した巨人を見る。

 

「あ、あの巨体で──」

「なんて速度で動きやがる……!!」

 

 黄昏の海賊団に属する戦闘員は例外なく一定以上の能力を持つよう鍛錬を施される。それはフェイユンも同様だ。

 武装色、見聞色の覇気を有する彼女もやはり、()()()()()()()()()()()()

 

「あなたたち、やっぱり邪魔です。ここで消えてください」

 

 今度こそ確実に。

 驚愕で思考が僅かに止まった二人と、勢いを付けて更に速度を増したフェイユン。勝敗がどちらに傾くかは明白だった。

 フェイユンは巨大な拳に武装色を纏い、大地に巨大な亀裂を入れる程の一撃を叩き込んだ。

 ──クイーン、ペロスペロー。両名脱落。

 

 

        ☆

 

 

 ビッグマム海賊団の参戦は百獣海賊団と侍たちにとって福音だった。

 しかし圧倒的な数の差を覆す巨大な勢力の登場に場は荒れつつも、クロとフェイユンの二人の手で多少の数的有利は簡単に覆される。

 お庭番衆、侍衆、共に疲弊しつつも百獣海賊団と共に戦い続けていた。

 

「クソ……やはり将軍に仕えるだけあって強い……!」

 

 お庭番衆と侍衆に対しての陣頭指揮を任されたイゾウは、最前線で黄昏の海賊団と肩を並べて戦いつつカナタの方を気にしていた。

 おでんと戦い、勝ったであろう相手は確実にカイドウだ。その仇討ちのために戦うのであれば、やはりカイドウとこそ戦いたかった。

 気もそぞろになりつつ、しかし指揮を任された以上はそれを放り投げることも出来ずに戦う。

 その最中のこと。

 

「貰ったァ!!」

 

 背後から迫る凶刃に反応が遅れ、あわや深い傷を負う──その刹那の瞬間、見上げる程の巨体が割り込んで刀を受け止めた。

 

「遠目に見えたから来てみたが、やっぱりお前か! 久しぶりだど、イゾウ!!」

「アシュラ童子!」

 

 背中合わせになりつつ、二人は小声で会話を交わす。

 

「ここに来たのはおでん様の敵討ちか?」

「ああ。そのために海外の海賊の協力も得てきた」

「海賊……」

 

 思うところがあるのか、アシュラ童子は僅かに眉を顰める。

 しかし今言うべきことではないと判断し、「腕は鈍ってないだろうな!」と声を荒らげた。

 

「誰に物を言っている! 海外で様々なことを学んだが、戦い方を忘れた覚えはない!」

「だったらいい! 背中は任せるど、イゾウ!!」

 

 言うが早いか、飛び出したアシュラ童子は卓越した剣術で次々に侍たちを斬り倒していく。

 イゾウは片手に銃を構えてアシュラ童子の死角をフォローし、時に敵を斬ってその動きを止めてはアシュラ童子がそれを一息に斬り倒す。

 元より二人は同じ主に仕えた者同士だ。合わせようと思うまでも無く、互いの呼吸を理解していた。

 

「時に、他の家臣たちはどこへ?」

「わからん! おいどんも今は散り散りになった同志たちを集めているところだからな」

 

 呼吸を整えるために背中合わせで休息しつつ、二人は情報のすり合わせをおこなっていた。

 アシュラ童子はトキの残した言葉を何度も自分に言い聞かせ、20年後に同志たちが戻ってくることを信じて潜伏することにしていたのだ。

 

「20年? 本当にそう言われたのか?」

「トキ様の言葉だ。信じる以外にねェど」

 

 〝月は夜明けを知らぬ君。叶わばその一念は、二十年(はたとせ)を編む月夜に九つの影を落とし──まばゆき夜明けを知る君と成る〟

 アシュラ童子自身も他のおでんの家臣とは会っていない。

 おでんが処刑された夜、逃げ出した同志たちを逃がすために傳ジローと共に足止めに残った。その傳ジローも行方不明となり、今では一人同志を集めている。

 

「……そうか」

「同情は不要だど。これはおいどんが選んだ道だ。トキ様を信じて、錦えもんたちが戻ってくる20年後のために戦うと決めた」

 

 だが今、20年後を待つ必要さえ無くなってきている状況に居てもたっても居られなくなった。

 誰かがカイドウを倒そうとしている。遠目に叩きのめされているカイドウを見て胸がすっとする気分になりつつも、一体誰がと考えて戦場に近付き、イゾウを発見したのだ。

 

「お前、誰が戦っているか知ってるのか?」

「カナタ殿だ」

「カナタ……おでん様と仲の悪かった、あの商人か!?」

 

 顔を合わせれば悪態を吐いてばかりだったように思うし、何よりカナタはこの国において将軍殺しの汚名を着せられている。

 おでんはアシュラ童子たちに「あいつじゃない」と言っていたが、真実はわからないままだ。

 アシュラ童子自身はあまり交友が無かったのでよくわからないが、イゾウが共にいるという事は少なくとも信用は出来ると判断していいのだろう。

 

「……倒せるのか、カイドウを」

「おそらくは……だが、邪魔が入っている」

 

 リンリンの強さはイゾウも把握している。ロジャー海賊団時代に何度かぶつかったことがあるし、勢力としての強さも個人としての強さも頭一つ抜けていることは把握していた。

 だが、正面からの戦いならカナタに分がある。

 一対一でなら、という話だが。

 

「流石にカイドウとビッグマムの二人を前にしては、カナタ殿も苦戦は免れないだろう」

「おいどんとイゾウでカイドウを抑えれば……」

「二人で抑え込める自信はあるか?」

 

 イゾウにそう言われると、アシュラ童子は口を噤んだ。

 カイドウの実力は本物だ。どうあれ、おでんに勝利したカイドウを抑え込むのにイゾウとアシュラ童子の二人では難しい。

 あと数人いれば……そう考えるも、カイドウとの戦いについてこられるほどの実力者たちは、現在百獣海賊団とビッグマム海賊団の幹部を相手にするので忙しい。

 

「あと一人……我らの同志がいれば」

 

 錦えもん、カン十郎、菊の丞、雷ぞうの四人はモモの助と共に未来へ飛んだ。

 傳ジロー、河松、イヌアラシ、ネコマムシ……いずれか一人がいれば、カイドウが相手でも時間稼ぎが出来ると考えていた。

 万全ならばともかく、今のカイドウはカナタの手で半死半生まで追い詰められている。

 しかし、イゾウはそうは思わなかったらしい。

 

「今のカナタ殿の近くには行かない方が良い。巻き込まれるだけだ」

「だが! このままでは勝てねェんだろう!?」

「それでもだ! 我々が近付けば、カナタ殿が本気を出せなくなる……!」

 

 カナタの強さはイゾウも承知している。

 カイドウよりは強く、リンリンとは互角以上。しかし二人合わさればカナタを上回っても不思議ではない。

 それでも、下手に介入すればカナタの邪魔にしかならない。彼女の強さは、既にイゾウに測れる域を超えているのだから。

 

 

        ☆

 

 

「康イエ殿! ご無事でしたか!」

「おぬし……河松か!? それに、そちらの幼子は……」

「日和様です。あの日、燃える城から拙者が連れ出しました」

「そうだったか……いや、生きていたのであれば僥倖よ」

「そちらは……ご息女ですか?」

「ああ。〝白舞〟に居ても危険だと思い、連れ出した……今となっては、ワノ国のどこにも安全な場所などありはしないというのにな」

 

 戦場から少しばかり離れた場所。

 日和を連れた河松と、自分の娘と数名の生き延びた侍を連れた康イエが偶然出会っていた。

 イゾウが来ていればと考えて戦場近くまで来ていたが、日和を連れて戦場のド真ん中に乗り込むわけにもいかず……どうしたものかと思案していたところで、近くに来ていた康イエに気付いたのだ。

 

「やはり、康イエ様もこの戦場を気にして?」

「ああ。どこの大馬鹿者がカイドウとオロチに挑んでいるのかと思えば……まさか、カナタ殿とは」

 

 カイドウの巨体が吹き飛ばされるのは遠目からでもよく見える。

 戦っている相手が誰かというのを突き止めるには少々距離がありすぎたが、フェイユンの巨体を見ればおおよそ判断は出来た。

 カナタにワノ国を救う義理は無い。何かしらの目的があっての事だろうと康イエは考えていたが、そうだとしてもカイドウとオロチを倒してくれるのなら悪魔にも祈ってみせるだろう。

 オロチの治世を続けてはいけない。

 おでんが倒れ、オロチがワノ国を荒廃させると、誰もがそう考えて大名たちは立ち上がった。

 しかし。

 

「我々大名はカイドウの前に蹴散らされた……こうして命からがら逃げ出すことしか出来なかった腰抜けよ」

「何を仰いますか! 戦うことを選んだ貴方がたは立派です!」

 

 大名たちはほとんどがカイドウの前に倒れた。

 康イエは何とか生き延びたが、ここから何が出来るのかと考えているところでもあった。

 カナタがカイドウを倒してくれるというのなら──ワノ国に、再び朝日が差すだろう。

 

「微力なれど、カナタ殿に助太刀したいところですが……」

「なるほど。日和様か……」

 

 トキに託されたおでんの娘、日和。

 彼女のことを思えば、河松は傍を離れるべきでは無かった。

 特にここは戦場に近い。何が起こるかわからないのだ。

 

「日和様のことは任せろ、河松」

「康イエ様?」

「イゾウが来ていて、カナタ殿がカイドウを倒す。それが成れば、もう日和様は日陰に隠れて生活する必要もなくなる……そうだろう」

「ですが……」

「河松!! 何が大事かを考えろ!! 今ここでカイドウを討つ機会を逃せば、次は無いのやもしれんぞ!!」

 

 康イエの叱咤に対し、河松は苦悶した表情で考え……日和に対し、土下座をした。

 

「日和様! 申し訳ありません……この命、貴女がこれから自由に生きられるように! 20年後に戻ってくるであろう同志たちに先んじて、イゾウと共に戦場に立ちたく思います! ……あなたの護衛という、トキ様に託された使命を一時とは言え放棄すること……どうか、お許しください!」

「河松……」

 

 日和は心配そうに河松を見て、しっかりと決断する。

 

「私は大丈夫。だから、イゾウを助けてあげて」

「姫様……ありがとうございます!」

 

 再び土下座をし、河松は康イエに対してまた土下座をした。

 

「康イエ殿……どうか、姫様のことをよろしくお願いします」

「任せろ。と言っても、こちらも敗残兵だ。おぬしも無事で戻れ」

「必ずや。この河松、姫様のことを託された身でありますゆえ」

 

 河松は愛刀〝外無双〟を手に、戦場へと駆けだした。

 戻ってきた同志と肩を並べ、カイドウと戦うために。

 空には暗雲が立ち込め、行く末が心配になるも……あの男ならば大丈夫だろうと康イエは信じて。

 日和は走り去る河松を見送り──鼻先についた雪に気付き、空を見上げた。

 

「……雪?」

 

 ──〝花の都〟に、季節外れの大寒波が押し寄せようとしていた。

 




誰とは言いませんが、元ネタになったキャラって筋力耐久EXで俊敏Aなんですよね。
誰とは言いませんが。

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