ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第十話:VS岩石同化人間(前篇)

 ──山が、動いた。

 遠くで見ていたカナタたちでさえそう感じたのだから、より近い港でその姿を見たジュンシーたちは言わずもがな。

 巨人族であるフェイユンと比較してもなお数倍から十数倍の大きさを誇り、手のひら一つで町ほどもある姿に誰もが絶句した。

 

「……世の中広いな。あんな人間もいるのか」

「んなわけねェだろ!! 能力者に決まってる!」

「どうあれ、普通に戦って何とかなるサイズではない。船を壊されても困る、急ぎ避難しろ!」

「避難たってどこにだ!? このデカさだ、一歩歩いただけで踏みつぶされちまう!」

 

 普通の人間にどうにかできるサイズではない。

 かといって巨人でもサイズが違いすぎる。

 ジョルジュの中でこの状況をどうにか出来そうな人物のうちの一人に視線を向ける。

 

「クロ! お前あれどうにかできないのか!?」

「どうだろうな……流石にあの質量は飲み込んだことねェから何とも言えねェ」

「やれることは全部やるしかあるまい」

「だが、オレの〝闇〟を使うにしても、あのデカさだ。飲み込むまでに時間かかるぜ」

「儂が何とか時間を──」

「──私が、やります」

 

 フェイユンが山のような巨体を見据えて、震える声でそう告げた。

 確かに普通の人間よりも巨人の方がまだ相手になりそうだが、それでもあの山のような巨体には到底かなわない。

 無茶だ、とジョルジュは叫ぶ。

 今でも巨人である少女を恐れているくせに、心配する口ぶりに思わずフェイユンは苦笑する。

 

「大丈夫です──私も、能力者ですから」

 

 ズン! と大地を踏みしめる。

 カナタの作った継ぎ接ぎの防寒具を預け、戦うことを厭いながらもまっすぐに敵へと進む。

 一歩進み、フェイユンの身長が倍に。また一歩進めば更に倍。

 倍、倍、倍と巨大化していくうちに、フェイユンは巨大な石の怪物と同等の大きさにまでなっていた。

 目を見張るほどの巨躯を誇る二人は、ここに二度目の対峙を果たした。

 石の巨人は厳かに口を開き、静かに闘志を燃やす。

 

「──やはりお前か。今度こそ叩き潰してくれる」

「やられません。今度は、私ひとりじゃないから!」

 

 一度目はかつて五大ファミリー同士の抗争で。

 二度目は今ここに、新しい五大ファミリーの一角となろうとする者とそれを阻む者として。

 互いに両手で取っ組み合い、純粋に力で打ち負かそうとぶつかり合う。

 ぶつかった瞬間にびりびりと衝撃波が辺りにまき散らされ、倉庫に備え付けられていたガラスが次々に割れていく。

 フェイユンが巨大化したこともそうだが、その巨大な二人のぶつかり合いに思わず目を白黒させるクロ。

 

「こりゃすげえな」

「ぼさっと見ている場合か! あの娘が時間稼いでくれてんだ、さっさとやれ!」

「あいよー!」

 

 クロの体からぞわりと〝闇〟が立ち昇る。

 光すら飲み込む〝闇〟は大地を覆うように広がって行き、石の巨人の片足程の大きさとなった。

 まるで、そこだけ地面に穴が開いたように。

 

「いくぜ──闇穴道(ブラック・ホール)!」

 

 ズズン! と石の巨人が傾いた。広がった〝闇〟に左足が飲み込まれている。

 無限の引力で〝闇〟へと引きずり込み、石でできた体を少しずつ砕いていく。

 流石に巨大であるため、飲み込むにも時間がかかってしまうのが難点ではあるが──このままいけば勝てる。

 そう判断したが。

 

「舐めるな、片足奪われた程度で!」

 

 左足を自ら砕き、石の破片が辺りに飛び散る。

 だがそれも束の間。見る見るうちに足が再生し、〝闇〟が覆っていない大地へと再び足を下ろした。

 

「どうなってんだありゃあ……体が石で出来てんのか? ってことは自然(ロギア)系か?」

「いずれにせよ、容易く倒せる相手では無いようだな」

「あのサイズじゃオレがつかむって訳にもいかねェしな」

 

 だが、わずかにサイズが縮んだ(・・・・・・・)

 自然(ロギア)系であればそんなことは起こらない。カナタやクロを見ればわかるように、体の構造そのものが変化しているがゆえに意図的でもなければ体積が増減することなどないのだ。

 それに、覇気を使っていないフェイユンの拳を受け流していない。

 なればこそ、あの石の巨人の能力が超人(パラミシア)系であると断言できる。

 

「フェイユンもそう長くはもつまい。海にでも叩き込めれば話は早かろうが……」

「引きずり込んでみるか?」

「やめておけ。やるにしてもカナタが戻ってからだ」

 

 そのまま引きずり込んで凍った海に落としたところで、クロまで海に落ちてしまっては本末転倒だ。

 ジュンシーだって冬の海で寒中水泳など御免被る。

 ともあれ、クロの〝闇〟で飲み込むこと自体は効果があった。何度か繰り返せばじわじわと削ることも出来るだろう。

 そう判断して、もう一度〝闇〟を広げていく。

 だが。

 

「──お前か」

 

 ギロリ、と石の巨人の視線がクロを捉えた。

 足元には大地が広がっており、能力を使うには申し分ない状況。であればと、彼はやり方を変えた。

 ふと、石の巨人が動かなくなる。

 

「え、っ!?」

 

 フェイユンがつかみ合っていた石の巨人が動かなくなる。

 唐突に力が抜けたようで、思わずそのまま押し倒して体を砕いた。ジョルジュたちはその様子に歓声を上げるが、ジュンシーは眉根を寄せて警戒を怠らない。

 

(一体どうなって……?)

 

 フェイユンの持つ生まれつきの見聞色が、おぼろげにその姿を捉える。

 先程押し倒した石の中──ではない。

 足元、地面の中を滑るように移動する一つの影。見えないところから〝声〟が、〝悪意〟が聞こえてくる。

 そして、それは彼女だけに出来ることではない。

 

「クロ、下がれッ!」

 

 クロの首根っこを掴んで後ろへ放り投げ、唐突に地面から現れた石の棘から身を逸らす。

 下にいる(・・・・)と判断した瞬間、ジュンシーは迷うことなく攻撃行動に移った。

 

「フンッ!!」

 

 思いきり足元を踏み抜く一撃。放射状に亀裂が入って港を叩き割り、それから逃れるように敵が姿を現す。

 黒く長い髪をぼさぼさにした、3メートルほどの巨漢だ。

 不気味な姿をしたその男の、虚ろな瞳がジュンシーを捉えた。

 

「ギガガガガ、やるじゃねェか」

「まさかそちらから姿を現してくれるとはな。手間が省けた」

「姿を現した程度で勝てると思われちゃァ困るなァ──」

 

 男の周りの石が形を変え、無数の槍となってジュンシーへと襲い掛かる。

 背後にはまだ味方がいる。避ければ被害は拡大する以上、防ぐしかない。

 

「ぬぅ!」

 

 武装色を纏った拳で次々に石槍を打ち払い、ジュンシーの後ろにクロがぴったりとついたことを確認する。

 いつでも行けると小声でつぶやき、ジュンシーは腰を落として拳を構えた。

 

「その自信──打ち砕かせてもらおう」

闇水(くろうず)!」

「──ッ!?」

 

 クロの持つ〝闇〟の引力が、能力者の実体(・・・・・・)を正確に引き寄せる。

 誰であろうと逃れられない「引力」を以て。

 そして──その先には、拳を構えたジュンシーがいる。

 

「八衝拳、奥義──」

 

 正確無比、絶対の一撃を男の心臓めがけて打ち放つ。

 

「──錐龍錐釘(きりゅうきりくぎ)!!」

 

 

        ☆

 

 

 凍り付いた海を疾走する影。冷たい空気をものともせず、港へと急ぎ戻るカナタとゼンの二人だ。

 

「……あの石の巨人、沈黙したままのようだが」

「ヒヒン。急いだほうが良いでしょうか」

「岩石同化人間……石があった場合、やつの姿はどこへでも消えるし無数の武器にもなる。クロとジュンシーがいれば大丈夫だとは思うが……」

 

 それでもあの山のような巨体にはどうしようもなかっただろう。

 フェイユンがあの能力を持っていなければ、じり貧でやられていた可能性も十分にある。

 

「デカデカの実の巨大化人間。彼女自身、あまり戦いには向かない性格ですし、何より巨人族としてもまだ幼い」

 

 親のいない彼女の親代わりとして育ててきたゼンにとって、あまり戦場に出したくはなかった。

 それでも戦うことを避けられず、抗争で争い、あの岩石同化人間ともぶつかった。

 前回はあまりの巨大さにゼンも手が出せなかったが、今回はまた別。

 頼りになる味方がいる。

 

「うちの船員も能力者が増えてきたな……」

 

 そういえばこの間拾った悪魔の実もある。あれ自体は動物(ゾオン)系の悪魔の実であることしかわからなかったが、興味がある誰かに食べさせてみてもいいかもしれない。

 よっぽど運が悪くない限り変な能力を引くこともないだろう。

 

「ヒヒン、もう少しです。何事もなく終わってくれれば──」

「……いや、それは無理そうだ」

 

 突如、港が爆発した。

 地面が蠢き形を変え、岩石で出来た人間が再び立ち上がる。

 石の鎧をまとったままでは全身を凍らせたところで効果は薄いだろう。クロの引力でも〝中身〟だけを引きずり出すことは出来ない。

 だが、打つ手はある。

 

「急げ、ゼン」

「言われるまでもなく! 私! 全速力です!」

 

 ゼンの背中で力を貯める。

 感覚を研ぎ澄ませ、敵の姿を、敵の位置を、敵の〝声〟を感じ取るために。

 ──そうして、カナタは万全の状態で港にたどり着く。

 

 

        ☆

 

 

 ジュンシーの放つ錐龍錐釘は確かに男の胸部を打ち抜いた。

 八宝水軍のボスであるチンジャオ同様、氷河を叩き割るほどの一撃を受けてなお、その男は立ち上がった。

 

「舐めるんじゃねェよ……この、程度で……ッ!」

 

 血を吐き、膝をつきそうになりながらもその瞳から炎が消えない。

 ジュンシーは再び拳を構え、後ろに控えたクロもまた手をかざして引き寄せようとする。

 だが、男の動きの方が早かった。

 地面に潜り、港に存在する石を掌握して再び巨人として顕現する。

 

「俺が……俺が、この西の海(ウエストブルー)の王になるんだよォ! テメエらみてェなゴミに、邪魔されてたまるかってんだ!!」

 

 石の巨人の手が振り上げられ、勢いよく叩きつけられ──港を押しつぶす直前に、その動きを止められる。

 背後から近づいていたフェイユンによって、振り下ろした腕を掴まれたことで。

 

「やらせません。私が守りたいと思った人たちに、ケガをさせる事は絶対に!」

「小娘がァ……!」

 

 ──そうして、二人の巨人は再びぶつかりあった。

 

 




クロの存在が能力者殺し過ぎて扱いに困る巻。

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