ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百六話:撤退

「〝櫓流桜〟!!」

 

 張り手一発で敵の侍たちを吹き飛ばす。

 覚えのある技にイゾウとアシュラ童子は即座に気付き、安堵した顔を見せた。

 

「河松!」

「カッパッパ! 久しいなイゾウ! それにアシュラ童子も無事だったか!」

「それはこっちの台詞だど!」

 

 九里にある城が落城した日以降、アシュラ童子は常に同志を探し続けていた。

 しかし、これまで傳ジローや河松は見つかっていなかった。このタイミングで見つかるのはある意味必然だったのかもしれないが、非常に運がいい。

 

「微力なれども助太刀に来た! 拙者の力も存分に振るおう!」

「ああ、ありがたい……! だが、少し遅かったな」

 

 暗雲から落ちる雪を見上げ、イゾウは呟いた。

 もう少し早ければ……いや、今のカイドウを相手に出来るのはカナタを措いて他にはいない。ゼンやジュンシーならばとも思うが、ビッグマム海賊団もまた強大だ。

 目を離していい存在ではない。

 

「遅かったとはどういうことだ?」

「今は戦線を下げている。このままここに居ては巻き込まれてしまうのでな」

「巻き込まれる?」

 

 河松の疑問に答えるように、遠くに見える火災旋風が氷の巨人に引き裂かれる様が見えた。

 対峙するカイドウにも劣らぬ威容に河松も息を呑み、同時に巨人を中心に暗雲が広がっていることにも気付いた。

 あれをやったのがカナタだという事を聞き、下手に手を出せば巻き込まれるというイゾウの言葉になるほどと頷く。

 

「であれば、敵の百獣海賊団や侍たちを攻撃しつつ味方が下がるのを援護すれば良いのだな」

「そうだな。しかし、こちらの戦力が劣っているわけでは無い。無理をすることは無いぞ」

 

 黄昏の海賊団に所属する巨人たちが戦力の大部分を担ってくれている。幹部は幹部が相手をするとしても、ホーミーズや雑兵を逃げながら相手するのはそれなりに面倒だ。

 特にフェイユンは一人で敵の幹部を相手しつつ雑兵の掃除までしている。本人に自覚は無いが、あれだけの巨体が暴れていれば足元の敵兵は何も出来ずに潰される。味方には近寄らないよう周知徹底させておけばいいだけだ。

 血で血を洗う戦ではあるが、黄昏側は出来るだけ被害を抑えつつ戦えていた。河松一人が突出したところで助けにもならない。

 

「そうか……では、今のうちに情報交換をしておこう」

「そうだな。私はおでん様の死を知って敵討ちのために。アシュラ童子はおでん様が亡くなられたのちに足止めに残ったと聞いた」

「河松とおいどんは途中ではぐれた。城に戻ったはずだが、そっちはどうなった?」

「トキ様からお話を聞いたのだ」

 

 曰く、トキは今よりもずっと過去の時代からやってきたのだと言う。

 その力を使ってモモの助、錦えもん、カン十郎、雷ぞう、菊の丞の五人を未来へ飛ばし、おでんが成しえなかったカイドウの討伐──ひいてはワノ国の開国をして欲しいと。

 河松も未来へ共に飛ぶつもりだったが、何かあった時のために日和を残すため、その護衛として留まった。

 

「やはり日和様は生きておいでか!」

「良かったど……!」

「ああ、此度の戦を遠くで見ていて、本来なら日和様の護衛として離れるつもりは無かったが……道中康イエ様と出会ってな」

「康イエ様……あの方も生きておられたか!」

 

 日和の無事を知り、また世話になった康イエが生きていることを知ってイゾウは安堵する。

 今は康イエが日和の護衛を代理でやってくれているらしく、そのおかげで河松は援軍として参戦出来た。

 タイミングは悪かったが……こうしてイゾウと出会い、情報を共有できたのは大きい。

 

「イヌアラシとネコマムシはどうしたか知っているか?」

「わからない。だが、あの二人は恐らく〝ゾウ〟へ向かったと考えている」

 

 処刑から逃げ出したおでんの家臣たちは全員で九里の城へと向かったが、イヌアラシとネコマムシの二人は逃走中に警戒をおろそかにして喧嘩していた。

 〝ナンバーズ〟に捕まったところまでは把握しているが、河松はその後を知らない。

 アシュラ童子に視線を寄越すと、彼もまた首を横に振った。

 

「あのデカいのに捕まった後、逃げたのは確かだど。だがその後まではわからん」

 

 おでんの家臣の誰かが捕まっていれば、確実にオロチは大々的に処刑を執り行うはずだ。それをしないという事は即ち誰も捕まっていないという事。

 どうにか逃げ出し、海外へ出ることが出来ていれば……二人の故郷である〝ゾウ〟へ逃げることは十分に考えられる。

 

「……なるほど。そのうち足を運ぶ必要がありそうだ」

 

 今回の戦いの結果がどうあれ、一度出会って今後のことを話し合う必要もある。カイドウの事、未来へ飛んだ者たちの事、日和に関しても。

 カナタが勝てば憂いは何もなくなるが──イゾウの願いは露と消えることとなる。

 

 

        ☆

 

 

「撤退だ」

 

 カナタは額から流れる血を手で拭いながらジョルジュに伝える。

 負けた様子でもなく、勝ったという風でもない。ジョルジュは「撤退?」と呆けながら判断を下したカナタを見ていたが、槍の柄で頭を強めに叩かれて正気に戻った。

 

「ぐおお……よ、容赦がねェにもほどがある……!」

「さっさと伝えろ。殿(しんがり)は私がやる」

 

 フワフワの実の能力で一番身軽に移動できるのがジョルジュだ。基本的には子電伝虫で各部隊に連絡すればいいが、戦場ではどうしたって統制が取れなくなる場合もある。

 そういう場合に伝えて回るのが彼の役目だ。

 直前まで戦っていたオーブンとアマンドはカナタの乱入に警戒しつつ、距離を取っていた。

 

「心配せずとも、撤退を決めた以上は襲い掛かることはしない」

 

 カナタはオーブンたちの警戒を笑うでもなく簡素に告げるが、二人は警戒を解くことは無い。

 海賊の戦いに卑怯などという言葉がない以上、本当にカナタたちが撤退するまで警戒を怠ることは出来なかった。

 リンリンの子供は優秀だなと思いつつ、撤退を急がせるカナタ。

 最後尾にカナタがいれば余計な手出しは出来ない。カイドウもリンリンも、逃げるカナタを追撃するつもりはないだろう。

 死ぬまでやる気ならとことんやるが、今はあの二人も防衛だけに注力していた。下手に全面戦争をやっても両方に甚大な被害が出るし、誰が死んでもおかしくはない。

 

「あらかた伝え終わったぜ。グロリオーサ達にも連絡を入れた」

「ああ。では撤退を始めろ」

 

 船は物資の補給のために〝ハチノス〟へ戻っている途中だったが、引き返させる必要がある。すぐにワノ国から出ていくことは出来ない。

 全戦力がこの場に集中している今、おでんの娘である日和だけでも探させるべきかと考えていると、後方からイゾウが二人の侍を連れて現れた。

 

「カナタさん! 撤退とはどういうことですか!?」

「文字通りだ。カイドウとリンリンの二人を相手にすれば、私でも死力を尽くすことになる。分の悪い賭けをやるつもりはない」

 

 多くの部下の命を背負う身でもある。良くて相打ち、悪くてもカイドウだけは殺すが、残ったリンリンに対応出来る者がいない。

 お前が抑えられるなら別だが、と視線をイゾウへ向けるカナタ。

 ゼンやフェイユンならばあるいはカイドウを一時抑えることが出来るかもしれないが、そもそも全力のカナタ自身が誰かと共闘出来ない。自分で何とか出来るロジャーなどならばまだしも、ゼンやフェイユンにそれを求めるのは難しいだろう。

 カナタの言葉をイゾウは(ほぞ)を噛む思いで聞き、その決断を渋々と受け入れる。

 だが、それとは別に報告があると告げた。

 

「アシュラ童子と河松か」

 

 イゾウの後ろにいる二人を見る。

 おでんの家臣のことはカナタも覚えていた。今回の戦いに手を貸してくれたとイゾウが伝え、次いで日和と康イエが生きていることを話す。

 死亡確認がされていないだけで生きている可能性は薄いと考えていたが、生きていたと聞いてカナタも僅かに安堵した。

 

「河松が日和様を守っていたそうです」

「そうか……ご苦労だったな」

「おでん様のお子です。家臣である拙者が守るのは当然の事!」

「この国に残していくわけにもいくまい。お前も含め、連れて行こうと思うが……どうだ?」

 

 今のワノ国はカイドウの手に落ちている。しかもリンリンと同盟を組むとなれば、もはやワノ国に安全な場所などない。

 戦力比で言えばビッグマム海賊団の方が遥かに巨大だが、リンリンは「傘下にする」のではなく「同盟を組む」ことを選んだ。

 カイドウの実力を認めてのことだ。

 今後百獣海賊団も成長するだろう。それに伴ってワノ国は開拓される。今は大丈夫でも将来的に逃げる場所は無くなる。

 

「……乗せていただけるのであれば、是非とも」

「アシュラ童子はどうする」

「おいどんは……残る。この地にはまだ同志たちがいる。彼らを纏めて、20年後に錦えもんたちが戻ってくるまで待つつもりだど」

「20年後だと?」

 

 トキの事を含め、おでんの処刑の時に何があったかを説明するイゾウ。アシュラ童子と河松は基本的にイゾウに話すことを任せ、どこか間違っていることがあれば訂正していた。

 ある程度説明を聞き終えたカナタは「ふむ」と考え込み、撤退の殿を務めながら敵が追ってこないのを確認しつつ口を開く。

 

「錦えもんたちが20年後に戻ってくる、か。気の長い話だ」

「カナタさんも20年後を待つのですか?」

「そこは状況次第だが……」

 

 少なくとも現状ではワノ国に迂闊に手を出せなくなった。

 ビッグマム海賊団と百獣海賊団、そして侍たちを同時に相手取って勝利できるだけの戦力となると、今の黄昏の海賊団では厳しい。

 かと言って同盟を組む相手に心当たりもなく、しかも政府の裏切りがある以上海軍も敵に回っていると考えなければならない。

 頭の痛い話だ。

 

「河松。日和と康イエ殿を連れて〝白舞〟にある〝潜港〟へ来い。私たちは今そこに陣を敷いている。誰か逃がしたい者がいると言うなら一緒に連れて行こう」

「承知!」

 

 河松は撤退するカナタ達から離れ、日和たちが待つ場所へと戻る。

 その間に聞いておこうと、今度はアシュラ童子へ声をかけた。

 

「アシュラ童子。今はどれくらい同志が集まっている?」

「まだ20から30くらいだど。大名家に仕えていた武士がほとんどだ」

 

 こちらは連れて行くと言っても難しいだろう。康イエはまだ理解があるほうだが、他の大名にとって黄昏の海賊団はワノ国を征服した百獣海賊団と同じようなものだ。

 ワノ国内部に潜伏して20年後を待つ者ばかりになるはずだ。

 

「……お前に電伝虫を渡しておく。使い方も教えよう。何かあれば私に連絡を入れろ」

「……あんたは、おでん様と仲が悪いと思っていたが」

「悪かったとも。だが、スキヤキ殿には恩と義理がある」

 

 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の事もそうだし、ゼンはかつてスキヤキ殿に仕えていた。おでんが死んだ今、他にやる者がいないならばカナタがやるしかない。

 そう判断しての遠征だったが……上手く行かないものだ。

 カナタは溜息を一つ吐き、どうしたものかと先行きを案じる。

 これだけ大々的に戦力を動かして手に入ったのは日和と康イエの無事だけとはままならない。

 

 

        ☆

 

 

 〝白舞〟にある〝潜港〟──その上部にある建物付近に敷いた陣の中で、カナタはグロリオーサから報告を受けていた。

 撤退の準備も滞りなく進めており、船もそれほど時間はかからずに戻ってくるだろう。

 その間に、河松が連れてきた康イエのところへと足を運ぶことにした。

 

「悪いが、おれは残る」

 

 河松が連れてきた康イエは、ボロボロの姿のままそう言った。

 周りの侍たちも康イエと共に残るつもりのようで、「食料と水だけ少し分けてくれ」と言っている。

 

「残るのはおれ一人だ。娘とその護衛に部下を付ける」

「待ってください! 我々は康イエ様こそ危険だと……」

「駄目だ。お前たちはおれの娘──千代を守ってやって欲しい」

 

 日和と年の近い少女だ。

 名を霜月千代(ちよ)。康イエの一人娘である。

 河松と日和は元より連れて行くつもりだったし、康イエも部下含めて連れて行くつもりだったが……どうにも康イエはワノ国を離れるつもりがないらしい。

 

「このワノ国が危険な時に、逃げ出したとあっては大名の名が廃る! カナタ殿、おれはおれで独自に動く。このままでは終われない……もし死んだらおれはそれまでの男だったという事!」

 

 どうか娘を頼むと、康イエはカナタに対して深々と土下座する。

 部下の侍たちは慌てて止めようとするが、康イエの決意が固いと知るや共に土下座をして頼み込んだ。

 この国の人間はこういう連中が多いな。カナタはそう思いつつ、康イエの意志を尊重して千代と護衛の侍たちを乗せることにした。

 この国でカナタは〝将軍殺し〟の汚名を着せられているが、この際それを気にする者はいないらしい。オロチの所業が余りにも酷かったせいでもあるのだろう。

 

「あとは海軍の監視船に乗っていたバレルズという男の事か……」

「どこまで信用出来るかはわからねェが、少なくともビッグマム海賊団がここに来たのは本当だったんだろ」

「バレルズという男を雇い入れるのは実際に会ってみてからだな」

 

 フェイユンならば表面上どれほど取り繕っていても内側の悪意を感じ取れる。カナタもある程度はわかるが、覇気の資質は武装色寄りなので保険程度にしか考えていなかった。

 それに裏切ったのが海軍というよりも政府の判断なら、事の真意は五老星に問いただすべきかもしれない。

 カイドウを殺すチャンスをふいにしたのはいつぞやの帝国以来二度目だが、あの男も随分と運がいい。

 そういう星の下に生まれたのだろう。

 

「どうする? 七武海を辞めるか?」

「辞めてもいいが、現状で海軍を敵に回すのは避けたいところだな」

 

 ビッグマム海賊団と百獣海賊団の海賊同盟は世界に波紋をもたらすだろう。

 元より巨大な勢力として〝新世界〟に版図を広げていたビッグマム海賊団。

 新進気鋭の巨大化しつつある百獣海賊団。

 片方だけなら黄昏の海賊団一つで事足りるが、この二つが同盟を組むとなると黄昏だけでは少々勢力としては劣ってしまう。

 正面からぶつかればどちらも甚大な被害を負うと互いにわかっているのでしばらくは大丈夫だろうが、百獣海賊団が今後勢力を飛躍的に伸ばすようなことがあれば──。

 

「……奴らが次の〝海賊王〟に成る日は、意外と遠くないのかもしれないな」

「随分弱気じゃねェか。珍しいな」

「カイドウは現時点では容易く捻り潰せる男だ」

 

 だが、リンリンの助力込みとは言えカナタに一撃食らわせた成長の速さ。

 能力によるところもあるだろうが、驚異的なほどの肉体の頑丈さ。

 どちらも甘く見ていいものではない。

 

「いずれ私より強くなるやもしれん。そうなれば止められる者はいないだろう」

 

 可能性は十分にあった。

 覇気は常に強者との戦いで開花する。格上のカナタとあれだけ戦っていたカイドウが何かしら掴めていても不思議はない。

 黄昏の海賊団も戦力拡充が必要だ。

 現時点で海軍を敵に回すのは愚策だろう。もっとも、海軍がそれを狙ってカナタの背中を狙うというのなら〝七武海〟などという称号に何の意味もなくなってしまうのだが。

 

「何にしても責任の所在ははっきりさせておかねばな。もし五老星が私をまだ〝七武海〟に置いておきたいというのなら、政府にも使い道はある」

 

 リンリンの情報を意図的に遮断したことに関して頭に来ているのは事実だが、組織の長としては冷静な目で見る必要がある。短絡的に行動していても行き着く先は滅亡だ。

 まずは五老星に連絡を取るべきだと考え、カナタは電伝虫の受話器を取った。

 

 




次の投稿は31日(まで)にする予定です。
一応4月1日にも投稿予定なんですけど、色々段取り作って丁度章終わりに突っ込みたいなって思ったので。
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