ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百七話:〝永久指針(エターナルポース)

 黄昏の海賊団を追い返し、同盟を組んだビッグマム海賊団と百獣海賊団は勝利の宴を行っていた。

 普段は仲が悪いと評判のカイドウとリンリンも、今回ばかりは肩を組んで酒を飲んでいる。

 もっとも、戦いが終わった直後にカイドウが倒れて一週間ほど寝込んだので、宴は随分遅れての開催になっていたが。

 

「ママハハハ!! あのクソッタレの鼻を明かしてやったと思うと酒がうめェな!!」

「ウォロロロロロ!! ああ全くだ!! 最後に一発入れてやった時はスカッとしたぜ!!」

 

 浴びるように酒を飲む二人に次々につまみを用意し酒を用意しと、侍女たちも非常に忙しく歩き回っていた。

 カナタの能力の影響で〝花の都〟周辺は冬のようになっているが、これに関しては後々リンリンが何とかすると言っていたのでカイドウは放置していた。カイドウとしては別に環境がどうなろうと気にもしないが、本拠地としている場所の環境はできる限り整えたいのが人情だとリンリンは言う。

 ホールケーキアイランドの方はシュトロイゼンに任せているらしく、同盟としての形をしっかり整えた後は帰ると言っていたが。

 

「次は確実に倒せるように鍛え上げねェとな……!」

 

 おでんを処刑して以降、どこか気の抜けたような気持ちがしていたカイドウも──今や滾る気力を抑えきれなくなっていた。

 とは言え、カナタから受けた傷は未だ癒えていない。医者にしばらく安静と言われ、渋々ながら従っているのが現状である。

 

「……カイドウ。お前、角は誰に折られたんだい?」

「ああ、これか……カナタに昔やられた」

 

 リンリンは上機嫌に酒を飲みながら、今更ながら圧し折られたカイドウの片角の事を聞く。

 あの時も隔絶した実力差を感じたが、カナタの強さは今ほど絶望的では無かった。数日間戦い続けられる程度には迫っていたのも事実だ。

 カイドウは圧し折られた片角を触りながら、当時のことを思い出す。

 

「酒に酔ってオクタヴィアと勘違いして殴りかかってなァ……ひたすら戦ったがほとんど傷も付けられなかった」

 

 最終的に国の軍が動き、カナタは面倒を嫌ってカイドウを放置して逃走。カイドウはインペルダウンに護送されたが、その途中で暴れて護送船を沈めて逃げた。

 イラつきやムカつきはあったが……今にして思えば、つまらないことだと酒を呷るカイドウ。

 〝強さ〟はこの海に於いて最も必要な素質だ。

 弱ければ全てを失う。

 強ければ全てを手に入れられる。

 かつてカイドウとリンリンが所属していたロックス海賊団はそういう集団だった。

 あの集団はロックスとオクタヴィアが無理矢理かき集めた、当時の海賊の中でもロックスが選り好みして乗せたオールスターだ。

 この世の全てを手に入れるため──世界の王になることを企てたロックス。

 

「……今となっちゃ、ロックス海賊団の頃も懐かしい話だ」

「思い出したくもねェな。毎日殺し合って、船は汚ェ血で黒ずんでた。おれはお前を弟のように思ってるが──」

 

 リンリンは嫌そうな顔をして昔のことを思い出し、気を取り直すように酒を呷る。

 

「──当時ロックスの船に乗ってた連中はぶっ殺してやりたいくらいだよ」

「ウォロロロロ……次の〝海賊王〟になるのはおれかお前だ。ロジャーは死んだが、白ひげはおれが倒してェな」

「生意気言うんじゃねェよ。あいつの強さはお前だってよく知ってるだろう?」

 

 伊達に〝次期海賊王〟などと言われてはいない。

 恐らく、現在の海で最強の存在があの男だ。リンリンとて死力を尽くせばいいところまで追い込めるだろうが、殺せるかと言われると厳しいだろう。

 カイドウがいてもそれは変わらない。ニューゲートはカナタよりもさらに強いのだ。

 もっとも、同盟を組んだ以上は勢力を今以上に拡大させて踏み潰せるようにするのが最優先だが。

 

「あァ、そうだ。同盟と言えば、おれは傘下の海賊とは婚姻関係で縛る。お前と……いや、キング辺りとおれの子供を結婚させる気はねェか?」

「結婚だァ?」

 

 カイドウが面倒くさそうな顔をする。

 キングは今や世界的に見ても非常に希少な種族の生き残りだ。珍獣コレクターの一面を持つリンリンとしては、何としてもその血筋を残したかったし、取り込みたいとも考えていた。

 クイーンは頭の中にもなかった。

 

「そりゃあいつ本人に聞け。おれはその辺りまで縛るつもりはねェんだ」

「お前に子供でもいりゃあ、おれの子供と婚姻させてもいいんだがねェ」

「…………いるぞ」

「いんのかい!?」

 

 目を輝かせ、ずいっと顔を寄せるリンリン。

 歳、性別、好み……矢継ぎ早に質問をしてくるリンリンを片手で押し返し、「まだ小せェガキだ」と嘆息する。

 おでんが処刑された頃から様子がおかしいのでやや頭を痛めているが、リンリンとの同盟関係を続ける上で必要だと判断すれば結婚させてもいいとカイドウは考えていた。

 いずれオロチに代わってワノ国の将軍に据えるつもりだったが……他の邪魔者全員を排除した後でリンリンの子供ごと取り込めば問題は無いだろうと判断し。

 

「娘の名は〝ヤマト〟──まだ8歳だ。ヤマトとお前のガキを結婚させてェならしばらく待て」

 

 流石に幼過ぎるヤマトを嫁にくれてやるつもりもないのか、酒を呷って話を打ち切る。

 リンリンは焦ることは無いと思っているのか、今回はこれで勘弁してやるよと笑った。

 どのみち、カイドウには断るという選択肢はない。リンリンとの同盟関係が打ち切られれば、今度こそ本当にカナタに攻め滅ぼされる。それだけは避けなければならない。

 

「ロックスが倒れたあの日にくれてやったウオウオの実のことも含めて、お前はおれに一生の恩が二つある。それを忘れるなよ」

「……実は昔の話だろう」

「いいや、一生の話さ」

 

 どちらにしても、今回リンリンの介入で命を救われたことに変わりはない。

 憮然とした表情でため息を吐くカイドウ。

 同盟を組めたのは良かったが、面倒な奴に借りを作っちまった。そんなことを思いながら、今日は宴だから面倒な話は止めだと言い放ち、ぐびぐびと酒を飲む。

 酒癖が悪いのは変わらないので、この後笑い上戸になったり怒り上戸になったりしてリンリンと喧嘩し、本拠地としている鬼ヶ島の一角を崩壊させていた。

 

 

        ☆

 

 

 五老星は報告書を読んで一斉にため息を吐いていた。

 カナタに依頼されたビッグマム海賊団の監視をセンゴクが受け持ち、報告をしようとしたら世界政府の役人に情報を止められた。

 簡潔に言えばそれだけだが、とんでもない大問題である。

 

「カイドウはパンクハザードで生まれた〝古代巨人族〟の失敗作を買い取った男だ。ワノ国で作られた武器、それに多数の奴隷……多くの取引を行ってきた奴を贔屓にする者がいても不思議はない」

「だが、この状況で黄昏を敵に回すのは非常に厄介だな。あの女の戦争のやり方は従来のそれとは違うぞ」

 

 戦争の組み立て方が根底から異なっている。ただ強大な武力で愚直に蹂躙するだけの存在とは違い、戦略を以て敵を攻略する戦い方だ。

 既に何度か〝マリージョア〟を通行しているので、ある程度の地理も把握されているだろう。現状、敵に回せば世界政府と言えども危ない。

 

「だが幸い、彼女にはまだ〝七武海〟続投の意思がある」

「しかしその条件が厳しい。本気でこれを言っているのか?」

 

 カナタから〝七武海〟続投の条件として出された要求は四つ。

 一つ、多額の賠償金。

 二つ、今回の件を引き起こした役人の首。

 三つ、インペルダウンに捕まっている虜囚から能力者を数名、要望があるたびに引き渡すこと。

 四つ、()()()()()()()()()()()()

 

「……あの男が誰かに従うとは到底思えないが、彼女には御せる自信があるのか?」

「どうかな。そもそも手綱を握る気が無い可能性もある」

 

 黄昏の海賊団とロジャー海賊団の交友関係は政府内では既に共有されている事実だ。

 かつてロジャー海賊団に所属していたバレットともそれなりに友好な関係を築いていたとしても不思議はない。

 ……それはそれでまた頭の痛い話ではあるのだが。

 ただでさえ現時点でも強大な黄昏の海賊団に、バスターコールを発令してまで捕えた〝鬼の跡目〟ダグラス・バレットが加わるとなると……その戦力は海軍でも手に負えなくなる可能性は高い。

 

「だが、ビッグマム海賊団と百獣海賊団の同盟が成されたという情報もある。黄昏が彼らとぶつかってくれるのであれば、むしろ好都合ではないか?」

「そううまくいくとは思えんがな……」

 

 百獣海賊団は現時点ではまだ規模としては中堅。カイドウの実力も〝白ひげ〟や〝魔女〟に比べれば劣るにせよ、今後を考えれば留意しておくに越したことは無いだろう。

 ビッグマム海賊団は黄昏に一度敗北を喫しているが、その勢力は決して見劣りするものではない。

 現に今回、二つの海賊団が同盟を組んだことで黄昏の侵攻をはね返している。

 〝白ひげ〟はこの争いに加わるつもりもなく、静観の構えを取っているようだが……巨大な勢力が入り乱れたまま海の安定を欠くとなると、それはそれで大問題だ。

 

「今回の一件で分かったのは、黄昏の影響力が我々の考えていた以上に大きくなっていたことだな」

「物価の上昇に歯止めがかからない。戦争のために流通を止めた途端にこれだ。頭が痛くなる」

 

 流通という動脈を握られている以上、政府にはカナタの要求を呑む以外に道がない。

 カナタが七武海から離反した場合、今以上に海は荒れる。それに加えて経済と流通の麻痺が起きるとなると、海軍や政府に対応出来る範囲を超えかねない。

 最悪の場合、経済的に支配される国が続出する可能性もある。

 世界政府の力関係が崩れかねないため、現状ではカナタの出した要求は飲まざるを得ないのが実情だった。

 

「インペルダウンの虜囚を引き渡すことに関しても、何を考えているか不明だからな……」

「……議論はまだしばらくしておくべきだろう」

 

 期間を告げられたわけではない。答えを出すまで七武海としての行動はしないと言われたが、容易く飲める条件でもなかった。

 頭を悩ませ、五老星はああでもないこうでもないと議論を繰り返し続ける。

 

 

        ☆

 

 

「実際のところ、なんでこの条件にしたんだ?」

「バレットに関しては、連中がどこまで言う事を聞くかを測る試金石のようなものだ。能力者の引き渡しはスクラの要望だな」

 

 バレットを釈放しなければカナタが七武海を抜けると考えているだろうし、この要求を呑めるくらい政府がカナタに依存しつつあることを証明する手段にもなる。これが通るなら多少無茶な要求でも通るだろう。

 政府はカナタに首輪をつけたと思っていたようだが、実際に首輪を付けられていたのはどちらだったのか、という話だ。

 黄昏の海賊団が物流の多くを抑えている以上、経済面で各国に圧力をかけることも出来る。特に〝新世界〟は魔境の海だ。民間の船でも物流は賄えるが、この大海賊時代に海を渡ることの危険性は誰もが知っている。誰しも危険は冒したくないものだ。

 バレットの釈放を渋ってもじわじわと真綿で首を締める様に天上金を差し押さえてやればいい。

 能力者の引き渡しに関してはスクラの研究が進まないからと、人体実験用に引き取ることを目的としたものだ。死んでも能力は奪えるので一石二鳥でもある。

 

「えげつねェな……」

「大したことはない」

 

 ジョルジュがドン引きする横でカナタは視線を移し、ワノ国から連れてきた面々を見る。

 光月日和とその護衛である河松。

 霜月千代とその護衛の侍三名。

 衣食住に関しては何の問題もないが、誰が面倒を見るのかという話である。

 

「まァお前らには好きにしてもらってもいいけどよ。どうせ部屋だって余ってるしな」

「ワノ国とは色々勝手が違うことも多かろう。スコッチに用意をさせているから少し待て」

 

 カナタの言葉に日和はやや落ち込んだ様子で頷いたが、千代の方は最初から話を聞かずにそわそわと辺りを見て回っている。

 物珍しさに好奇心が刺激されているらしい。

 大人しくしてくれない千代に護衛の侍たちは四苦八苦していた。

 

「姫、大人しくしていてくだされ!」

「お転婆が過ぎますぞ!」

「これくらいいいじゃろ! 初めての外国じゃし、興味が尽きんからのう!」

 

 半ば無理矢理連れてきたようなものだが、随分元気のいいことだ。

 これくらい肝の据わった少女なら心配は要らないだろうと判断し、カナタは日和へと視線を向ける。

 

「必要な物があったら言うといい。出来る限りは用意しよう」

「ありがたい限りです。イゾウ共々、世話になります」

 

 深々と頭を下げる河松。

 日和も頭を下げて礼を言い、騒がしい千代も含めて準備が出来たからと呼びに来たスコッチに預けることにした。

 イゾウも後で顔を出すと言っていたので、今後のことは侍たちで考える事だろう。今後の身の振り方も考えねばならないだろうし、とジョルジュは思う。

 

「おでんもああなっちまったし、母親も死んだんだろ? あの年でそれはキツイだろうし、何とかケアしてやらねェとな」

「? 親などいなくとも子は育つだろう? 心配は要らんさ」

「おめーに話したおれが馬鹿だったよ……」

 

 そういえばカナタも生まれてこの方両親と過ごした記憶が無いのだった、とジョルジュは気付く。

 しかもその後、引き取られた孤児院でも奴隷商に売り飛ばされている。

 親無しでも逞しく育ってきた女なので説得力も段違いだった。僅か十歳で町のチンピラを締め上げて商会を開く子供など普通はいないのだが。

 どっと疲れた様子のジョルジュが「用事も終わったし部屋に戻る」と扉に手をかけようとすると、ノックの音が聞こえてきた。

 

「やあ、カナタさん! ちょっといいかな?」

「カテリーナか」

 

 部屋の主であるカナタに問うでもなく扉を開けたジョルジュは、ノックしてきた女性に目を丸くする。

 決め顔でポニーテールを振り回すカテリーナは何かと妙なものを作っては見せに来ているが、今日はそういう訳ではないらしい。

 特に急ぎの用事もないので部屋の中に招き入れると、彼女は「珍しいものを手に入れたんだ」と〝永久指針(エターナルポース)〟を掌の上に乗せて見せてきた。

 

「……普通の〝永久指針(エターナルポース)〟じゃないのか?」

「ちっちっち。それが違うんだなー」

 

 ドヤ顔で〝永久指針(エターナルポース)〟を机の上に置くカテリーナ。

 ジョルジュとカナタがそれをよく見てみると、指針がやや斜め上を向いていることに気付いた。

 

「斜め上を指している……? 島の標高が高いだけではこうはならない。何かあるのか?」

「これはね、〝空島〟の〝永久指針(エターナルポース)〟さ!」

「〝空島〟だァ?」

 

 ジョルジュも噂だけは聞いたことがあるのか、胡乱げな顔でカテリーナの方を見る。

 

「あれは船乗りの間で伝わる伝説だろ? 実在するかどうかも怪しいだろうに」

「〝空島伝説〟か。ロマンはあるが、これがその〝空島〟とやらの〝永久指針(エターナルポース)〟なのか?」

「そうだよ」

 

 カテリーナは以前オクタヴィアから話を聞いたことがあると言い、情報の出処に今度はカナタが胡乱げな顔をした。

 確かにオクタヴィアはカナタよりも長いこと海賊をやっているし、様々な情報にも精通しているが、今回ばかりはカテリーナが騙されているんじゃないかと言いたげだった。

 カナタの中でオクタヴィアの信用度などそんなものである。

 

「まぁでも、ジョルジュがフワフワの実を食べて空を移動出来るようになったわけだし、確かめるのは簡単になっただろう? 私はこれ、結構興味あるんだよね」

「……そうだな。ジョルジュの能力があれば島が浮いていても移動は出来るか」

 

 実物があるかどうかはさておき、噂の真偽を確かめるためにも行ってみるのは悪くない選択だった。

 どのみち五老星が判断を下すまで七武海としての仕事もするつもりは無いし、リンリンとカイドウも今は小康状態で動くつもりもなさそうだ。

 海軍ともまだ敵対することは無く、ニューゲートは相変わらずとなれば、カナタのやることはあまりない。

 有体に言って暇である。

 ワノ国から帰るときは最悪海軍とリンリン達を同時に相手取らねばならないかと思っていたが、そういう訳でもなかった。

 

「良し、では伝説の真偽を確かめるためにも一度向かってみるか」

「そう来なくちゃね! 今回は私も同行するよ!」

「好きにするといい」

 

 クロやティーチは確実についてくるだろうし、日和たちも気晴らしに連れて行ってもいい。

 カナタは机の上に置かれた〝永久指針(エターナルポース)〟を手に取り、刻み込まれた指し示す島の名前を読み上げた。

 

「〝スカイピア〟か──」

 

 ──このタイミングでこんなものを手に入れるとは、まるで私を呼んでいるようだな。

 何となく、そんな気がした。

 

 




END 大海賊時代/insane dream

NEXT 神聖継承領域スカイピア

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