──滅茶苦茶だな、この女。
ノウェムは何隻もの軍艦を一人で沈めていくオクタヴィアを見てそう思った。
ゴロゴロと雷鳴が響くたびに軍艦が撃沈し、それに対抗しようとした海兵が木端のように吹き飛ばされていく。
ロックス海賊団は誰しもが怪物的な実力を持つ集団だが、オクタヴィアとロックスの二人はノウェムから見ても頭一つ抜けている。
嬉々として血の気の多い船員たちも大暴れしていたが、オクタヴィアが出た途端に慌てたように戻ってきたのだから凄まじい。
「……しかし、オクタヴィアはここに居るのに何故新聞に名前が?」
「ひぐらしには会っただろ、あの枯れ木みてェなババアだ」
あの女はマネマネの実の能力者であり、顔を触れた人間の顔と体をコピーすることが出来る。
ノウェムが持っている新聞にはオクタヴィアがとある国の王を誑かしたなどと好き勝手に書かれているが、ノウェムが知る限りここ一月ほど外出していた覚えはない。
つまり、これはひぐらしがオクタヴィアの顔を使ってやっていることなのだろう。
「世界政府はおれ達のことを危険視しているし、海軍だって今回みてェに何隻も軍艦を派遣してくる。陽動、攪乱は戦争の常だ。覚えておけよ、ノウェム」
「はい、父さん」
「いい子だ」
ロックスはノウェムの頭を撫で、にやりと笑って剣を持たせる。
まだ幼いが、この船にいる以上は否応なしに海軍に狙われる。政府の諜報員も時折狙ってくるようだし、ノウェム自身を多少鍛えておくに越したことは無い。
そういう理由があってか、ロックスは暇な時にノウェムを鍛えていた。
「陽動と攪乱は戦争の常とは言ったが、最終的にものを言うのは己の強さだ。自分の力を信じ切れなかった奴から脱落する」
世界でも上位の強さを持つ者たちが必ず持つ〝覇気〟の力。
これは肉体の強さでもあるし、同時に心の強さでもある。
小手先の技術は一朝一夕で身に着くものではない。ロックスはまだ幼いノウェムに対してそこまで多くを求めず、ひたすらに覇気の知覚とその根幹をなす心の方を重視して鍛えていた。
ロックスが教師として優秀なのか、あるいはノウェムが生徒として優秀なのか……当初は酒の肴代わりに笑ってみていた船員たちも、メキメキと実力を伸ばすノウェムに今や真顔になっている。
「お前は見た目こそオクタヴィアによく似ているが、戦い方はどちらかと言えばおれ寄りだな」
オクタヴィアはその類稀なほどの強烈な覇気と希少な能力に依るゴリ押しで敵を圧倒するが、ロックスは覇気と技術で敵を確実に追い詰める戦い方を好む。
ノウェムの食べた悪魔の実の能力自体が攻撃に向いていないこともあってか、どちらかと言えば小手先の技術で対応しようとする癖があった。
「悪いこと?」
「いいや、悪いことじゃねェ。ちゃんと自分に向いた戦い方を考えてるってことだからな」
だが、どんな戦い方をするにしても基礎は大事だ。
「オクタヴィアもそうだったが、お前も一回動きを見せれば同じ動きをすることが出来る。それに耐えられる下地が必要だ」
筋力が足りていない。
良い物を食べて体を作る。子供にはそれが一番必要なことだ。
年の近いカイドウはノウェムと違ってかなり体格がいいので羨ましくも思うが、無いものねだりをしたところで始まらない。
血筋的に小柄なのだ。小柄は小柄なりの戦い方を探る他に無いだろう。
☆
覇気の技術は手本が多い。
ロックスもそうだし、オクタヴィアやニューゲート、シキ……この船に乗っている者はほぼ全員が覇気使いだ。
ノウェムにとって学ぶ機会は非常に多かった。
「それでは、エレファントホンマグロの解体ショーを始める」
「何でだよ」
思わずニューゲートが突っ込む。
前日にニューゲートが釣りあげてノウェムが急速冷凍し、一日置いて解凍したエレファントホンマグロを大きめのまな板の上で捌こうとしていたのだ。
滑らないようにエレファントホンマグロはカイドウが両手で抑えており、横には手順を説明するようにシュトロイゼンが構えている。
ノウェムは手に持った解体用の包丁に武装色の覇気を纏わせ、ガチガチに凍った魚を手際よく解体していく。
冷凍したのは鮮度を保つためでもあるが、寄生虫の問題もあったからだ。
「覇気を武器に纏わせて維持しつつ、細かい作業に集中する。難しいが修練としちゃ丁度いいからな」
「だからって解体ショーの意味があんのか?」
「別に何でもいいのさ。丁度良い物を釣り上げたって話を聞いたからやらせてるだけだ」
既に酒を飲んでエレファントホンマグロを食べる気満々のロックスを尻目に、ニューゲートは包丁を使って捌くノウェムを見ていた。
傍でシュトロイゼンが逐一説明をしているとは言え、捌き方に迷いがない。
頭を落とし、腹を割いて三枚におろす。骨についた身は生で食べられるのでロックスにつまみ代わりに出しておく。骨は後で焼いて出汁を取るので捨てることはしない。
焼く部位、煮込む部位などにざっくり切り分け、別の料理が出来るまでの繋ぎとして刺身を出す。
感心したように刺身の載った皿を受け取ったニューゲートは、幼いながらにしっかり手に職を付けていることに驚いていた。
「……随分手慣れてるじゃねェか」
「シュトロイゼンが教えてくれるからな。手厳しいが勉強になる」
この船で料理人をやるとなると、多少なり気が強くなければやっていけない。酒に酔って文句を付けてくる馬鹿もいるのだ。
ノウェムにそれをやると次の瞬間にはオクタヴィアが現れて黒焦げにされるのだが。それが周知されるまではノウェムに文句を言う者もいた。
ニューゲートはノウェムが切り分けた刺身を食べつつ、他の部位の調理に入った少女を見る。カイドウは既に役目が終わってノウェムに酒瓶を貰っていた。
酒で買収して手伝わせていたらしい。
「器用なもんだ」
「カイドウの扱いも手慣れてやがる。あの馬鹿は易々ということ聞くようなやつじゃねェんだがな」
ロックスは酒で買収したと知ってゲラゲラ笑っており、オクタヴィアはあまり子供に酒を飲ませたくないのか、嫌そうな顔をしている。いや、仮面で顔は見えないのだから横にいるロックスが雰囲気でそう感じているだけなのだが。
「酒を飲ませていいのか? カイドウに以前酒を飲ませた時に見た酒癖の悪さ、お前も知っているだろう」
「良いだろ、別に。多少暴れるくれェ可愛いモンだ」
カイドウが多少暴れたところで容易く鎮圧できる。見習いのカイドウにやられるような船員がいるなら、弱いそいつが悪いのだ。
ロックスが何も言わないならと引き下がるオクタヴィア。
この船における規律は〝ロックスに逆らうな〟という一点だけだ。船員を殺そうが、酒を飲んで暴れようが、自己責任で好きにさせている。好き勝手やった結果殺されたとしても、そいつの自己責任だ。
弱い奴には何も選ぶ権利は無い。
「しかし、武装色の覇気を器用に使うもんだな」
ノウェムは包丁に覇気を纏わせ、自然に使っているが……覇気を自身以外に流し込むのは結構な高等技術だ。
体内と体外では扱い方の難易度にかなりの差がある。肉体に覇気を流し込むと黒く硬化するが、鎧のように肉体に纏う覇気は見た目も変わらない。〝一度見た動きを模倣する〟ノウェムやオクタヴィアの特殊な技能も、見えなければ模倣できないのだ。
覇気を知覚して長く修練すればそのうち使えるようになるだろうが、ロックスとしては「段階を早めてもいいかもな」と思い始めていた。
☆
〝
何を探しているのかはわからない。
しかし、ロックスが探しているのだからそれは恐らく価値のあるものなのだろうと誰もが考えていた。
シキやリンリンはともすれば横取りに動くかもしれないと思っていたが、ロックスとオクタヴィアは彼らが敵に回ったところで意にも介さないだろうという確信がある。
ノウェムは拙いながらも、見聞色でおおよその力は把握できていた。
この船に乗っているのは、恐らくこの時代におけるオールスターだ。
世界を沈めかねない地震人間。
魂を操って万物に命を与える人間。
生物以外ならあらゆるものを浮かせられる浮遊人間。
能力もそうだが、覇気に剣技、あらゆる意味での一流たちが乗っている。
「おれの狙いは世界の王だ」
ロックスはそう言っていたし、実際にそれを目指して色々と策を練っているのは知っている。
黒炭ひぐらしによる世界政府加盟国の攪乱。天上金の強奪。海軍支部への襲撃。
あらゆる悪党が避けてきた、世界政府との全面戦争。
そんな大それたことをやろうとする海賊など、今の海にロックスを置いて他にいない。
──だが。
あらゆる海賊が恐れて
「テメェは見込みがある。おれの部下にしてもいい──
「ふざけんじゃねェ!! おれにはおれの冒険がある! テメェの部下になるつもりなんざねェよ、ロックス!!!」
ロックスの勧誘を受けても、ロジャーは決して首を縦に振らない。
金も力も名誉も名声も──ロックスに下れば全てを手に入れられるだろう。
だが、それでも。
ロジャーは与えられるものに価値を見出さなかった。
己の力で、己の仲間たちと冒険して手に入れてこそ意味があるものだと断言した。
「フフ……フフハハハハハハ!! 生意気だなルーキー! だが面白れェ……力の差を見ても、まだその口が叩けるか見物だぜ!!」
ロックスはその手に刀を構える。
最上大業物十二工が一振り。銘を〝村正〟──数多の海賊、海兵、あらゆる英傑を屠ってきた名刀であり、所有者を修羅へと導く妖刀である。
対峙するロジャーも一振りの刀を構え、ロックスに対して果敢にも斬りかかった。
二人の覇気が衝突し、バリバリと空気を引き裂く音が船にまで響く。
「……あの男、強いの?」
「それなりだな。ジーベックに敵うほどではない」
船からロックスとロジャーの戦いを眺めるノウェムとオクタヴィアは、勝敗そのものにはあまり興味もなさそうにしている。
実力差は明白だ。
ロジャーを除く船員たちもニューゲートやシキ、リンリンに押されているし、ロジャー海賊団は壊滅寸前だ。
もっとも、ロジャー海賊団とは以前一度戦っているらしく、壊滅まで追い込まれているのも今回で二度目だという。
一度目は死にかけてもなおロックスに歯向かう気概を買って見逃した。
では二度目はあるのか。
「以前より強くはなったが、あの程度でやられるほど安い男ではない。お前の父親は世界最強の男だ」
ノウェムは前々から思っていたのだが、オクタヴィアはロックスに対してかなり贔屓目に見ているらしい。
確かにロックスの強さは怪物的だが、海賊の戦いに卑怯という言葉は無い。一人でも二人でも、増援を呼んで多人数で戦えば勝率はそれだけ上がる。
世の中に〝絶対〟は無いのだ。
そんなことを考えていると、ノウェムから見てどちらも化け物のような強さを持つロックスとロジャーの戦いは佳境を迎えていた。
互いに戦闘スタイルはよく似ている。ノウェムにとっても見応えのある戦いだし、今後の参考にもなる。
最終的にロジャーが倒れ、ボロボロになったロジャー海賊団はそのまま放置してロックスは船に戻ってきた。
「……とどめは刺さないの?」
「必要ねェよ。おれに匹敵するくらい強くなれるもんならやってみて欲しいくらいだな」
にやりと笑うロックスの目は、
自身が全力を出すに値する敵を。本気で滅ぼしたいと思える存在を。
ロジャー程度の相手なら殺すにも値しないと言いたげな様子だ。
いや……あるいは、見込みがあるからこそ生かしているのかもしれない。この男ならば十分にありえる。
オクタヴィアはロックスの気まぐれにも慣れているのか、何も言うことは無い。
「海兵にもそれなりに見込みがありそうなのがいたが、まだまだ生温ィんだよ。お前がもう少し育ってくれれば、あるいはおれを超えられるかもしれねェな」
「遂に自分を超える存在を自分で育てることを考え始めたか」
「おれの娘だ。きっと強くなるぜ」
ロックスはノウェムを抱え上げ、自身と同じ目線まで持ち上げて笑う。
ノウェムは面倒くさそうな顔でだらんとしたまま好きなようにされており、出航する船の上で倒れているロジャーの方を見た。
ロジャーはこちらを滅茶苦茶睨んでいた。
次は負けないとでも思っているのだろう。あるいは、
本気で戦っていれば生きているはずがないからだ。手加減されたのが誰の目にも明らかで、それは男のプライドに傷をつける。
──そして。ゴッドバレーという地で、二人は最後の戦いをすることとなる。
ああ……腹いっぱい読んでいいぞ…。