ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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ただいまよりゴッドバレー編を開始する!!


剪定事象/root BEAST 3

 ──〝ゴッドバレー〟は、いわゆる〝地上の楽園〟と称される島だ。

 あらゆる美味。あらゆる芸術。あらゆるものが集まる場所。

 世界政府の用意した()()()()()()()()

 当然ながら警備は厳重。何しろ天竜人とその奴隷が多数集まり、それにかこつけて表に出せないような物を厳重に封じるためだ。

 そしてロックスは、そこを世界政府を滅ぼすための足掛けとすることにした。

 

「──宣戦布告だ。おれ達はこれから〝ゴッドバレー〟に攻め込む。精々準備をしておけよ」

 

 いつものように海軍の軍艦を沈め、一隻だけ残してそう伝言を残す。

 計画がどうとか、目的を達成するには奇襲が簡単とか、そういう考えは一切ない。

 ただ、()()()()()()()()()()()。ロックスにとってはそれだけの話だった。

 

 

        ☆

 

 

 気候は夏。波は穏やかだが、空は暗雲に覆われている。

 ノウェムはいつも通り船で待機するつもりだが、船員は一人残らずやる気に満ちている。

 ここで勝てばロックスが〝世界の王〟に近付く。そうでなくとも、この島には数多くの財宝や美術品がある。略奪も自由となればやる気が出るのも当然だった。

 ロックス海賊団の面々は相変わらず血の気が多いが、海賊を辞めて堅気に戻ると言ったシャクヤク──それと、故郷に戻るためにひぐらしが船を降りた。シャクヤクに関してはこの血の気の多さについていけなくなったのもあったのだろう。

 ひぐらしは単純に故郷でやることがあるからだと言っていたが。

 

「──さて。ここでおれ達が勝てば多くを得られる」

 

 逆に負ければ全てを失う。これまでもそうだったし、これからもそうだろう。

 宣戦布告をしただけあって、海軍大将はもちろん中将も相当数が配備されている。

 対するロックス海賊団も多くの傘下を従え、船に乗っている面々も今か今かと戦いの時を待っていた。

 

「おれ達に敗北はねェ。テメェらはおれが見込んだ悪党どもだ! ここで腑抜けた政府の狗どもをぶち殺して、世界を手に入れる!! ──行くぞ。戦争だ」

 

 ──戦いが始まる。

 〝ゴッドバレー〟に近付くにつれて軍艦の多くはロックス海賊団へと砲口を向け、射程範囲に入った瞬間、その全てを以て撃滅するために砲撃を始めた。

 ロックス海賊団も砲撃を撃ち返し、至近距離まで近付いては船ごと叩き潰して〝ゴッドバレー〟へと上陸する。

 

「島にいる連中は皆殺しだ!!」

 

 悪辣な笑みを浮かべたロックスは、手に村正を持って一人、また一人と海兵を斬り殺す。

 容赦も慈悲も無い。全てを手に入れると豪語した強欲な男は、目に映る全ての敵を倒すために乗り込んでいく。

 三人の海軍大将も早々に姿を現し、ロックスたちを倒すために戦いを始めた。

 〝紅蠍〟〝蒼猿〟〝金蛇〟──海軍の誇る最高戦力が、まさしく最大最強の海賊団と雌雄を決さんと立ち塞がる。

 

「ロックスは厄介だけど、〝残響〟も相当厄介だ……君、どうする?」

「おれはロックスを止める。お前は?」

「君がロックスに行くならぼくは〝残響〟かな。君は?」

「わえはどちらでも構わん。正直、天竜人を守るなんぞやる気が起きんしのう」

「そう言うな。これも海兵の仕事だ」

「き、ひ、ひ……大将に就いてはいるが、わえは〝正義〟なんぞどうでもいいしのう。ほっぽり出して適当にやってもいいのだが」

 

 男二人に女一人。三人は二手に分かれて迎撃に走る。

 男二人はやる気に満ち溢れているが、金色の長い髪をした女の方は欠伸をするなどやる気の欠片も見られない。本心からどうでもいいと言わんばかりの態度だ。

 

「まったくコングの奴め。無理矢理つまらん席に座らせおって……でもま、これも強い人間と戦う機会が出来たと前向きに考えるべきかのう」

 

 槍を片手に、龍の尻尾のようなものを振り回してロックス海賊団の傘下を蹴散らす。

 どうせ戦うなら強い奴がいいと、ロックスを探すが……既にどこかへ移動しているらしく、姿は見えない。

 「つまらんつまらんつまらーん」と言いつつ雑魚の相手をしていると、雷の槍が女を狙って飛んでくる。

 直撃するかと思われた一撃は女の目の前で一瞬何かに〝塞き止められ〟、そのまま雷の槍を避けた。

 

「……ほぉ」

「大将か。久しぶりに手応えがありそうだ」

「き、ひ、ひ……それはこっちの台詞じゃとも。良いのう良いのう! 背筋にびりびり来る!」

 

 覇王色の覇気を放つオクタヴィアと相対してなお、高揚に包まれて笑い声をあげる。

 その強さは戦わずとも発する覇気でおおよそわかる。〝金蛇〟はそれでこそ海軍に入った甲斐があると楽しそうにしていた。

 

「妙な女だ。海軍大将と呼ばれている割に、私はお前のことを初めて見るが」

「そうじゃろうな。わえはほんの数日前に入った新参者じゃ。貴様のところの船長が前任者をぶっ殺したから、その代わりよ」

 

 彼女は元々海軍に属してすらいなかった。

 それをどこからかコングが引っ張ってきて、あれよあれよという間に海軍大将の座に据えられた。実力はあるが、素性が一切知れない謎の女だ。

 海軍内部でも得体の知れない彼女を大将の座においていいものかと疑問はあった。

 だが、彼女が大将になったのは純粋にその実力によるもの。

 強さという一点において、大将の座に相応しい海兵は他にいない。

 

「き、ひ、ひ。貴様の実力、存分に見せて貰おう」

 

 互いに槍を構え、武装色の覇気を纏って衝突する。

 戦場はより苛烈に。戦いはより鮮烈に。

 歴史は、ここに転換期を迎えていた。

 

 

        ☆

 

 

 オクタヴィアと〝金蛇〟。

 ニューゲートと〝蒼猿〟。

 シキと〝紅蠍〟。

 リンリンとセンゴク。

 海賊のオールスターに対し、海兵たちもまたオールスター。

 名の知れた海兵たちも死力を尽くし、均衡を崩して己の勝利を掲げんと戦い続ける。

 ノウェムは双眼鏡で船から戦場を見渡しつつ、時折揺れる地面に転ばないように気を付けていた。ニューゲートも本気だ、手加減をする義理も理由も無いのだから当然だが。

 ロックスは船から姿が見えない。恐らくは奥の方へと行ったのだろう。

 

「……何を探しに行ったのやら」

 

 海兵を倒すことではなく、奥に進むことを選んだ。という事は、海兵を片付けるよりも重要なことがあるという事。

 何を狙っているのかはノウェムにはわからないが、天竜人のリゾート地という理由を隠れ蓑にして厳重な警備を敷いているのは確からしい。余程見つかりたくない重要な物なのだろう。

 興味はあるが、危険を冒してまで行きたいとは思わない。

 

「……ん?」

 

 双眼鏡で見回していると、何となく見覚えのある海賊旗が傘下の海賊に交じって〝ゴッドバレー〟に上陸するのが見える。

 あの麦わら帽子──あの男は。

 

「ゴール・D・ロジャー……ここに来たのか」

 

 ロジャー海賊団の乱入により、戦場は混沌としていく。

 ロジャー以外は大したことのない一味だと判断していたが、存外そうでもないらしい。ノウェムは面白そうに双眼鏡を覗き込んだ。

 安全のために船にいるべきだと思っていたが、これはそうも言っていられなくなってきたかもしれない。

 

 

        ☆

 

 

 ニューゲートとやり合っていた蒼猿はそのまま。シキと戦っていた紅蠍は金蛇と合流して共にオクタヴィアの相手を。

 フリーになったシキはロジャー海賊団のシルバーズ・レイリーとスコッパー・ギャバンが相手取った。

 それ以外の多くの幹部たちも、乱入してきたロジャー海賊団に手こずっており、戦場は混沌の様相を示していた。

 何より、ロジャーが海軍に肩入れしたことが意外だった。

 

「フフハハハ、海賊が海軍の手伝いをするのか! なんだ、政府に餌でも貰ったのかァ!?」

「うるせェ! テメェを倒すには、おれ一人じゃ駄目だった! ガープも一人じゃ駄目だ! だったら、二人でやりゃあ百人力だってんだよ!!」

「何言ってやがるロジャー! おれァ海賊と手を組む気なんざねェよ!!」

「固いこと言ってんじゃねェよ!! ロックスの野郎をぶっ飛ばすまでの間だけだ!!」

 

 それでも嫌そうな顔を崩さない海軍中将ガープ。

 しかし、単独では勝てないと悟ったのか……「今だけだ」と矜持を曲げ、ロジャーと共にロックスの前に立ち塞がった。

 

「構わねェ! 一人だろうが二人だろうが、纏めて殺してその首晒してやるよ!!」

 

 誰であろうとも目の前に立って、戦う気があるのなら倒すまで。

 斬撃は山を切り裂き大地を割る。ガープの拳は山を吹き飛ばすほどの威力だが、それでもロックスの体を打ち倒すには至らない。

 覇気とは即ち()()()()()()()()()

 あらゆる海を渡り、あらゆる敵を屠ってきたロックスの覇気を破ることなど出来はしない。

 力、速さ、技術、覇気。ありとあらゆる要素が上回っている。この海の覇者とも呼ぶべき男の前に、ロジャーとガープは平伏するしかなかった。

 

「その程度か! おれの前でおれを倒すとほざき、喧嘩を売ってきたことは褒めてやるよ! だが他の雑魚どもと同じく、テメェも口だけか!!」

 

 ゴール・D・ロジャー。

 モンキー・D・ガープ。

 ロックスと同じDの名を持つ男たち。あるいは己を打ち倒すことが出来るかもしれないと期待したものだが、その期待は失望へと変わる。

 退屈は裏返らない。

 このまま世界を滅ぼし、己を王として世界を作り替える。

 くだらない世界を滅ぼし、あらゆる海を血で染め上げる。あるいは、十年……いや、二十年もすれば成長した娘が己を打ち破るほど強くなっているかもしれない。

 

「信用出来るのは自分の血筋、か……おれも丸くなったもんだ」

 

 つまらなさそうに笑うロックスは、娘に対して僅かな期待を抱く。

 才能だけなら己以上だと見込んでいる。オクタヴィアを凌ぐ才気とロックスの培った技術の全てを注ぎ込めば、この世に敵はいない。

 あるいは、その時は今のロックスと同じ悩みを抱くかもしれないが……それはノウェム自身が解決するべきことだ。

 熾烈な攻撃を受けて倒れた二人を見下し、ロックスは探し物をしに奥へと行こうとすると──ロジャーの声が聞こえた。

 

「待てよ……!」

 

 致命傷にならずとも、普通なら動けない程度の大怪我を負っている。

 それでもまだ動く根性は認めるが、今しがた力の差を見せつけたばかりだ。

 今だけではない。これまでもずっと見せつけてきた。

 それでもなお、この男は折れない。

 

「テメェ、世界政府を倒して、世界を〝支配〟するつもりなんだろ……!?」

「ああそうさ。この退屈な世界をぶち壊して、おれが王として君臨する。全てをおれが〝支配〟するのさ」

 

 にやりと笑うロックスに対し、血を流しつつもロジャーは立ち上がった。

 ガープもまた同様だ。今にも倒れそうなほど不格好だが、目は未だに死んでいない。

 

「ふざけんじゃねェ!! お前が〝支配〟する世界なんざお断りだ!! おれは〝自由〟に生きる──誰にも〝支配〟なんざさせやしねェ!!!」

「テメェみたいな野郎に、世界を〝支配〟させて堪るか!! おれは市民の〝自由〟を守る海兵だ──お前に〝支配〟なんざさせやしねェ!!!」

「──……ほォ」

 

 知らず知らずのうちに口角が上がる。

 口だけは一丁前だが、実力は果たしてそれに伴うか。

 失望するにはまだ早かったと反省し、ロックスは再び村正を構えた。

 

「いいぜ。かかって来いよ──」

 

 ロックスの〝支配〟とロジャー、ガープの〝自由〟。

 どちらが正しいわけでも、どちらが間違っているわけでもない。

 これは己がエゴを貫き通せるかの戦いだ。

 

 

        ☆

 

 

「ん~む……」

 

 炸裂する雷撃を避け、金蛇は僅かに眉根を顰めてオクタヴィアの顔を見る。

 既に何合もぶつかっているが、互いに目立つ傷は無い。

 金蛇の攻撃は容易く避けられ、オクタヴィアの攻撃は金蛇の能力で〝塞き止められて〟回避される。

 紅蠍も途中から金蛇と共に戦っているが、大将二人で戦ってなおオクタヴィアと互角だった。

 

「強いのう、貴様。わえの見立ては間違っていなかったか」

「そういうお前はそれほどでもないな。奇妙な能力だが、私の雷を完全には止められないようだ」

「き、ひ、ひ……手厳しいのう。これほどのエネルギー量だと〝塞き止める〟のも一苦労じゃ」

 

 金蛇は動物(ゾオン)系幻獣種の能力者だ。

 動物(ゾオン)系の例に漏れず、肉体の強化はもちろんある。加えて金蛇の食べた幻獣種は〝万象を塞き止める〟という特異な能力を持つ。

 オクタヴィアの雷でさえ、完全ではないにしろ止められる強力な能力だ。

 

「しかし貴様、なーんか見たことあるのう……〝暗月〟の一族か?」

「……何?」

 

 金蛇の言葉にオクタヴィアの動きが止まる。

 顔は趣味の悪い髑髏の仮面で覆われているのでわからないが、後ろ姿はどうにも金蛇の見知った人物と被るのだ、と言う。

 オクタヴィアは数秒考えた後、髑髏の仮面を僅かにずらして顔を晒す。

 すると、金蛇は「やはりか!」と喜色満面の笑みを浮かべた。

 

「貴様の一族、みーんな顔が同じじゃからすぐにわかるのう! 今何代目なんじゃ? オクタヴィアってことは8代目か?」

「……何故そんなに馴れ馴れしいんだお前」

「まぁ知らぬわけでは無いからのう」

 

 笑みを浮かべる金蛇は、しかし敵意を隠さない。

 オクタヴィアが何時でも攻撃出来るように構えているのだから当然だが、それとはまた違う警戒も入っているように見えた。

 

「〝暗月〟に〝Dの一族〟か……ははぁ、なるほど。読めてきたのう。コングは気付いているのか知らぬが、わえを呼び出したのは良い判断だったか」

「お前に何の関係がある。つまらないことを言うと殺すぞ」

「わえは別に関係ないがの。ちょっと他人より長生きしておるから色々知っておるだけ──おっと」

 

 雷の槍が間髪入れずに三度撃ち込まれる。

 金蛇はそれを塞き止めつつ回避し、至近距離でオクタヴィアの槍と打ち合った。

 互いに武装色を纏い、強烈な衝撃波を生み出しながら僅かな隙を窺い続ける。

 時折紅蠍による奇襲が入るが、オクタヴィアはそれを持ち前の見聞色で素早く気取って防御する。〝蠍〟の能力者である彼の攻撃を警戒し、確実に弾けるようにしているのだ。

 

「歴史の転換期で〝Dの一族〟が姿を現すと、決まって〝暗月〟もどこかで動いておる。〝光月〟はワノ国に引き込もっておるくせに、貴様らは勤勉よな」

 

 騎士というのも大変じゃのう、と笑う金蛇。

 オクタヴィアはそれに答えず、雷を纏わせた槍を振るって金蛇の槍にぶつけた。

 

「お?」

 

 防御は間に合わない。

 感電して動きが止まった僅かな瞬間を狙い、金蛇の頭部に向かって勢いよく蹴りを振り抜いた。

 雷の速度と強力な覇気を纏った一撃は、並の相手なら爆散して死ぬほどのものだったが……金蛇は直撃した頭部から血を流しつつも、笑みは絶やさず煽るように立ち上がる。

 

「強いのう。わえは嫌いじゃないぞ、そういうの」

「……ペラペラと口の回る女だ」

「き、ひ、ひ……強大な敵に抗う姿を見るのは良いのう。出来ればロックスとやらと戦っている奴の方を見に行きたいが、こっちもこっちで悪くない」

「ジーベックの邪魔はさせんさ」

「うん? ……ほー。ほほー。なるほどのう。今代はそういう間柄か。珍しいのう」

 

 金蛇の知る限り、〝暗月〟と〝Dの一族〟は協力こそすれども、そういう間柄になることは少なかった。

 血が薄まったせいか? などと考えていたが、その割に金蛇が知っていた頃の代より今代のオクタヴィアの方がだいぶ強い。

 

「戦い方にもところどころ見知った剣筋がある。積み重ねた歴史の重みか……き、ひ、ひ。良いのう!」

 

 金蛇は姿を変えていく。

 尻尾を除けばほとんど人型であった姿から、竜の要素が垣間見える人獣形態へ。

 竜の翼と鱗を持ち、両腕が鱗に覆われた姿へと変貌していく。

 

「わえが全力でやれば相打ちくらいは出来そうじゃ。だが、それはそれで面白くない。わえはもっとこう、力の差に絶望してそれでもなお諦めずに戦う逆転劇のようなものを期待しているが……」

「知るか!」

 

 オクタヴィアをキレさせるほどのマイペースさを持つ金蛇だが、それでもオクタヴィアのことを甘く見ているわけでは無い。

 実力は自分より確実に上だと踏んでいる。だが、それでも易々と負けるつもりは無い。

 オクタヴィアの一族が歴史を積み重ねて武を研磨してきたように。

 金蛇もまた、500年の時を生きる怪物だ。己の積み重ねた歴史が負けているとは思わない。

 

「き、ひ、ひ……さァて、どこまでやれるか試してみるとするかのう!」

「鬱陶しい奴だ。蠍共々潰しておかねばな」

 

 バリバリと雷鳴が轟く。

 オクタヴィアと金蛇は島を崩壊させかねないほどの一撃を撃ち合い、ゴッドバレーに激震が走った。

 

 

        ☆

 

 

 ──死力を尽くした。

 生まれて初めて、死ぬほど気力を振り絞った。

 生まれて初めて、負けたくないと思った。

 挫折とは無縁の人生だったが……最後の最後、一番重要なところで負けるとは。我ながら〝持ってない〟なと自嘲する。

 対して、海の悪魔とまで呼ばれた男を打ち破った二人は大の字になって倒れていた。

 

「ハァ……ハァ……!!」

「駄目だ、もう動けねェ……!」

 

 ロックスを打ち倒し、しかし気力も体力も使い果たしたロジャーとガープ。

 二人は今だけ海賊と海兵という立場を忘れ、互いに笑って拳をぶつけ合った。

 最初で最後の共闘だ。どちらが欠けてもロックスは倒せなかった。

 先程から島には地震が起きている。ニューゲートの能力かもしれないが、それだけではないだろう。強力な能力者たちの衝突や強烈な覇気の衝突で島が崩壊しつつあるのだ。

 

「おれ達も逃げねェと危ねェかもな」

「もう少しだけ待ってくれ。流石に体力使いすぎた……」

「おれだってもうクタクタだよ!」

 

 ロジャーのマイペースな言葉にガープが怒鳴り、二人で大の字に倒れてまた笑う。

 ──そこに、一人の少女が現れた。

 黒い髪、黒いワンピース、白磁のような肌に赤い瞳。

 戦場であるこの場に不釣り合いな要素に包まれた少女は、仰向けに倒れたロックスの傍に立った。

 

「……ノウェムか」

 

 ロックスは最早動く気力もないのか、僅かに目を開いて現れた少女を見る。

 オクタヴィアによく似た顔立ちで、唯一その瞳だけが己と同じ娘だ。

 

「何をしにきた」

「お別れを言いに」

「……そうか」

 

 ノウェムの表情は薄い笑みを浮かべたまま変わりはない。

 ロックスの傍にしゃがみ込み、ロジャーとガープに聞こえないほどの声量で話し始めた。

 

「満足した?」

「ああ。十分だ。あんな奴らに負けたのは胸糞ワリィが……負けるってのは大概そういうもんだからな」

「負けたこと無いのが自慢だって言っていたのは父さんなのに」

「フハハハハ、察しろ。父親なりの強がりだバカ娘」

「そう? それじゃあ、そういうことにしておく……()()、貰っていくから」

「好きにしろ。おれは……寝る……」

 

 ノウェムは血に塗れた〝村正〟を躊躇なく手に取り、鞘に納めてこの場を去ろうとする。

 それを見ていたロジャーとガープは少女を呼び止めた。

 

「待て! 誰だお前!」

「お前……見たことあるな。ロックス海賊団にいたガキか?」

 

 気力も体力も使い尽くしているだろうに、喧しい奴らだとノウェムは振り返る。

 少女の赤い瞳に、思わず今まで戦っていた怪物を想起した二人。

 お前は誰だと誰何する声に、ノウェムは迷いなく答えた。

 

「私はノウェム。()()()()()()()()()()()

 

 ロジャーとガープは二人揃って絶句する。

 まさか、と口を開き、視線は倒れているロックスとノウェムを交互に行き来していた。

 

「私はロックス・D・ジーベックの一人娘──我が父を倒したお前たちを、いずれ殺しに行く。その時まで首を洗って待っているがいい」

 

 覇気も体力も何もかも、ロックスとの戦いで使い果たしている今……二人を殺すことはノウェムでも可能だろう。

 純粋な筋力で勝てずとも、ノウェムには覇気も体力も充実しており──何より、覇気を纏わぬ攻撃は自然系(ロギア)の彼女には通じない。

 だが、それでも。

 ロックスを正面から打ち倒したこの二人を、今度はノウェムが正面から打ち倒してこそだと思ったのだ。

 父親を超えることが一つの目標だった。

 それを叶えられなくなった今、ロックスを倒した条件と同じ条件で勝利すれば父を超えたと言っていいだろう。

 ロジャーとガープ。二人の傑物を背にノウェムは歩き出し、〝ゴッドバレー〟を脱出することにする。

 さようなら、と。小さく呟いて。

 




エイプリルフール企画はこれにて終了です。出来ればもうちょっと詳しくやりたかったんですけど、普通に時間足りなかったのでダイジェスト気味に。本編でやれないこととか開示されない情報を開示するためのものでもあったので、割と満足です。
以下解説を載せておきます。興味ない方は飛ばしてもらって大丈夫です。

流石に疲れたので次の更新は4/19の予定。

蒼猿→コング
紅蠍→オリキャラ。痩せぎすの優男。本編でオクタヴィアに毒を打ち込んだムシムシの実モデル蠍の能力者。影が薄い。
金蛇→わえ。本来は別の人物が大将を勤めていたが、娘に良いところを見せようと張り切ったロックスがぶっ殺したので急遽コングが連れてきた。リュウリュウの実の幻獣種とかそんなの。〝万象を塞き止める〟という能力の副作用で年を取らない。
逆境の中でなお諦めない人間が大好き。
本編には絶対出てこないのでゲスト参戦しました。

Q.なんでロックスは「父さん」呼びなのにオクタヴィアは名前呼び?
A.母娘揃ってなんて呼ぼうなんて呼ばせようで悩んでいる間にロックスは日替わりで「父上」だの「お父様」だの「パパ」だの呼ばせて一番しっくりきた「父さん」に落ち着いた。オクタヴィアは羨ましがったが結局そのままずるずると呼び名が定着した。

 この世界線だと色々異なりますので本編とは全く違う話になるんじゃないでしょうか。続く可能性はほぼゼロですが、仮にこの世界が原作時期まで進むとONEPIECE FILM BEASTとか始まります。
 その場合の船員は寝返った金蛇とか魔性菩薩とか「慈愛」のエゴさんとか多分その辺り。

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