第百八話:X・バレルズ
──女の話をしよう。
かつて、母を殺して海へ出た女がいた。
技術。知識。力。一族の培った全てを呑み込み、放浪する中──とある島でつまらなそうにしていた男と出会う。
数度の殺し合いを経て共に旅をすることに決め、時を経て子が出来、女は父に子を預けて男と共に海を巡った。
男は世界を獲ろうと全てを敵に回し、最終的にその名は歴史の陰に葬られることとなる。
時が経ち、我が子が賞金をかけられていることを知り、父の下へと訪れた。
話し合いで終わることは無く、女は父を殺し、再び海へと出た。
愛した男と共に死ぬことも出来ず。
子を想って取った行動は全て裏目に出た。
それでも女は自ら死ぬことを選ばず、幽鬼のように海を巡る。
──いずれ運命が全てを引き合わせると信じ、空に浮かぶ島に居を構えて。
☆
失敗したものの、ワノ国襲撃作戦が想像以上に早く終わったため、長丁場になる可能性を考慮してかき集めた食料が大量に余ってしまった。
ある程度は加工出来るものの、全てを保存食に出来るわけでは無い。
捨てるのも勿体ないので、新たに入った侍たちの歓迎も兼ねて港で大規模なバーベキュー大会を始めていた。
カナタは戦争の準備であれこれと忙しく動いていたが、終わった後も忙しい。カイドウとリンリンの同盟のせいで敗走した影響を考えると今から頭が痛くなる。
〝新世界〟の海賊たちは敗走した〝黄昏〟へ好機とみて攻め込んでくるだろうし、口さがない新聞各社は好き勝手に書き殴るだろう。
先に手を打っておいた方が良いかもしれない。
〝世界経済新聞〟のモルガンズへと一報を入れておき、一通り仕事を終えたところで宴に合流した。
既に太陽は沈みかけており、多くの者はベロベロに酔っぱらっている。
「おうカナタ! 終わったのか?」
「ああ。面倒な連中だが、早いうちに手を打っておけば被害は抑えられるからな」
先に飲み始めていたスコッチから酒を受け取り、適当な席に座ってちびちびと飲み始める。
バーベキューなので各自好きなように肉なり魚なりを焼いており、例に漏れずカナタの前にも海王類の肉と七輪が置かれた。
「肉焼きながらでいいから聞いて欲しいんだがよ」
「なんだ、まだ何かあったのか?」
「ワノ国に居た時に政府の口止めを無視してうちに連絡入れてきたやつが居たってのは聞いてるか?」
「グロリオーサがそんなことを言っていたな……覚えている」
「そいつが
つい先ほどその男が到着したらしい。
共に離反した部下と家族を連れているので、少人数ではあるが受け入れてほしいと打診している。とスコッチは報告を上げる。
ふーん、と話半分に聞きながら肉を焼いていると、「一度お前に挨拶をしてェって言ってるがどうする?」と聞くスコッチに「構わない」と簡素に返事をするカナタ。
「よし、それじゃ連れてくるから待ってろ」
いそいそとジョッキ片手にどこかへ歩いていくスコッチを見送る。
程なくして数人の男たちを連れて戻り、スコッチはカナタの反対側に座った。
「一番前にいる奴がバレルズだ。その隣にいるのはバレルズのガキなんだと」
「お初に、カナタさん! おれは
まだ幼さの残る少年がペコリと頭を下げる。年齢的にはロビンよりも少し年上だろうか。顎に特徴的な十字傷があり、カナタを前にして緊張しているのかガチガチになっている。
ひとまず座らせ、バレルズの口からこれまでの経緯をもう一度聞くことにした。
時間はかかるが、重要なことだ。
その間にカナタは肉を焼いて食事を取ることにした。
「私も仕事が立て込んでいて空腹でな……お前たちも食べるか?」
「え、良いんですか?」
「止めとけ。こいつは肉が硬くなるまで焼くからな……七輪もう一つ用意してやるよ」
「多少歯応えがあった方が良いと思うのだが……」
「まァ焼き方一つとっても好みってのはあるがよ。おれはもう少し柔らかい方が好みだ」
バレルズは硬めの肉でもいいというが、子供に硬い肉は酷だろうとスコッチが七輪をもう一つ用意した。スコッチ自身も柔らかい方が良いので便乗したのだ。
食事をしつつバレルズの話を一通り聞き、カナタはバレルズに対しての印象をやや上方修正した。
この男、随分カナタに対して好意的だ。少なくとも海軍のスパイという訳ではないらしい。
カナタの焼いた肉をくれてやると喜んで食べたが、肉が硬くなるまで焼いていたので食べにくそうにしている。
「政府の指示を無視して私たちに情報を流し、結果として職を追われたか。動機は知らないが、そこまでやったからには職は私が面倒を見よう」
「ありがてェ! おれと同じように政府についていけなくなった連中も連れてきちまったが……大丈夫か?」
「まぁ構うまい」
あるいは一人か二人くらいスパイが紛れ込んでいるかもしれないと思ったが、見聞色で感じる限りは大丈夫そうだ。
後々フェイユンにも見せてみれば白黒はっきりする。今は放置していても問題は無いと判断し。
「部屋はまだ余っていたか?」
「最近新設したのが港近くにある。元々一時滞在する連中用だが、この人数ならしばらく使わせておいても大丈夫だろうぜ」
「ではそうしよう。この島に定住したいなら物件を探すことだ」
黄昏の影響力が強い島は多い。移住したい島があるなら手配も出来る。
やはり〝ハチノス〟に住んでいるのは一部の幹部やそれに近しい者たちがほとんどであるためか、内部でもかなり競争が激化している。島の中央にある〝ドクロ岩〟内部にも居住空間はあるが、ここはそれこそカナタが許可した者たちしか住めない。
今回入った侍たち。それにオルビアやロビン──事情が込み入った者たちばかりだ。
多くの者は仕事で家を空けていることがほとんどだが、〝ハチノス〟の中心に近い場所に住居を構えているというだけで一種のステータス扱いをしている者もいる。
所帯を持つ者も少なくないので住居を欲しがる者は後を絶たないが、内側に置くのはやはり信用出来る者だけにしておきたい気持ちもある。部屋は余っているが人員が追い付いていない状況だ。
ちなみに結婚して子供もいる幹部の代表格であるデイビットは島の中央にある〝ドクロ岩〟付近に家を建てている。
「仕事は追々伝えよう。元々海軍に居たんだ、船舶護衛ならいくらでも仕事はある」
バレルズにそう伝え、ひとまず今日の顔合わせは終わりとなった。
それなりに長いこと話していたためか、辺りはすっかり暗くなっている。こんな時間ではあるが、宴はまだ終わらないらしい。
ある程度のところで切り上げさせるべきか、それとも今日だけは羽目を外させるべきか……そう考えていると、カナタの隣にイゾウが座った。
「カナタさん。今回の遠征の件はありがとうございました」
「……おでんの仇は取れなかった。失敗した以上、礼を言われる筋合いはないさ」
「それでもです。おでん様と共に戦って死ぬことは出来ませんでしたが、日和様をお助けすることは出来ました。この命、此度は日和様のために使う所存です」
イゾウが視線を向けた先を見てみると、カイエやロビンと談笑している日和の姿があった。
ここには彼女の命を狙う敵はいない。ワノ国のことを忘れて穏やかに過ごすことも出来るだろう。
いずれワノ国に戻ってカイドウとリンリン相手に戦うことになるが……あるいは、このまま戻らない方が彼女にとっては幸せかもしれない。
まだ幼い彼女にそれを決めさせるのは酷な話でもある。今はまだ時間が必要な時期だ。
そういえば、とカナタは思い出す。
「聞きたいことがある」
「聞きたいこと、ですか?」
「ああ。お前、ロジャーの船に居た時、〝空島〟に関する情報は手に入れなかったか?」
「〝空島〟なら行きましたよ。確か、〝スカイピア〟とか言う──」
「……行ったことがあるのか」
しかも、今回手に入れた
妙な縁があったものだと思うが、それはそれとして経験者がいるなら話は早い。
「危険はあったか?」
「民族同士の対立はありましたが、今の〝黄昏〟の強さを考えるとそれほど重視する必要は無いと思います。しかし、何故今〝空島〟の話を?」
「カテリーナが
普段通りの仕事はあるが、それはカナタ無しでも何とかなる範囲だ。〝七武海〟の仕事も無い今、休暇代わりに〝空島〟へ行ってみるのも悪くは無いと思っていた。
日和や千代はまだ先のことを考えられる状況では無いだろうが、危険もそれほどないなら一緒に連れて行ってゆっくりさせてやるのも良い。
千代はワノ国の事をあまり気にしていないように見えるが、あれも表面上だけだ。
「……そうですね。気晴らしには良いかもしれません」
だが、それはそれとしてイゾウは気になることがあるという。
「おでん様がカイドウのところへ討ち入りに行った際、情報が漏れていたそうです。河松が言うには〝スパイが紛れ込んでいる可能性がある〟とのことでしたが……」
「いるだろうな。カイドウの差し金でなくとも、光月を敵視する一派が居るのは確実だ」
暗躍している誰かがいるのは確実だ。そうでなければカナタも罠にかけられたりしない。
〝黄昏〟だって時折スパイが紛れ込んではフェイユンとカナタに潰されている。おでんはそういう事に無頓着だったから、内側には入られ放題だったことだろう。
可能性が一番高いのは、現将軍である黒炭オロチの手先だが……おでんの家臣には忍者もいた。忍び込んで監視されていたとは考えにくい。
おでんの住む城に下働きに出ていた者。あるいはおでんの家臣。誰かが情報を流していたと考えられる。
少なくともイゾウと河松は違うと断言できた。イゾウは元より、河松も裏切る絶好のタイミングはいくらでもあった。この状況でも尚忠義を尽くそうとしている彼ならば十分信用に値すると言っていい。
フェイユンも何も言わないから大丈夫だ。
「20年後に飛んだ面々を抜いて……残っているのはアシュラ童子、傳ジロー、イヌアラシ、ネコマムシの四人か」
アシュラ童子はカナタが直接話をしている。カナタに対して敵意は持っていなかったし、今後の動き次第だが恐らくスパイではない。
傳ジローは現在行方不明。この男がスパイならオロチの下に戻っている可能性もある。
イヌアラシ、ネコマムシも行方不明だが、こちらはおおよそ当てがある。
「一度〝ゾウ〟に立ち寄るべきだな。あの二人がスパイである可能性も探らねば」
出身、思想がある程度把握できている以上、この二人がスパイである可能性は限りなく低いが……それでもゼロではない以上、念を押しておかねばならない。
「お前も来るだろう?」
「お供します。身内の事でもありますゆえ」
そのまま〝スカイピア〟へ向かうつもりであるため、どのみち日和の護衛としてイゾウは同乗する必要がある。
河松も当然として、千代とその護衛の侍たち。
必要な人員はジョルジュ、フェイユンくらいか。クロとティーチは来るなと言っても乗り込むだろうし、〝ハチノス〟防衛に最低限の戦力を残さなければならないことを考えると、二人のお守としてカイエを乗せればいいと考え。
イゾウの話ではそれほど危険も無いのでオルビアとロビンを連れて行ってもいいが、イゾウが訪れたのも数年前の話だ。非戦闘員はあまり多く連れて行かない方が良い。
「ゼン、ジュンシー、スコッチ、グロリオーサ辺りを残せば仕事も防衛も可能だろう」
普段通りの物資の運搬も再開する予定だ。仕事自体は召集前の運航計画を少しずらして行うので問題ないだろう。
カナタの都合で物資の運搬が滞ったのでいくらか陰口を言われるかもしれないが、取引を行っている中に表立って〝黄昏〟を批判できる相手などいない。
それこそ世界政府でさえも。
「諸々の準備が終わり次第、まずは〝ゾウ〟へ行く。日和たちに伝えておくように」
「わかりました」
ジャンプ本誌で色々出てますが、根本的な設定に関わる部分以外は修正することなく進める予定です。
完結していない作品の二次創作なので仕方ないところもありますし、本作品が完結した後で原作の設定とすり合わせることもあるかもしれませんが、ひとまず現状ではそのままにしておきます。
本誌で出た情報の内、使えそうなものは抜粋して使う予定ではありますが。