ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第十一話:VS岩石同化人間(後編)

 

 石の巨人には先程までの圧倒的な力がない。

 単純に、ジュンシーの一撃をくらったダメージがあるからだろう。つかみ合っても押し負けはしない。

 殴り合いの心得などないが、聞こえてくる〝声〟がどこに攻撃を仕掛けようとしているのかを教えてくれる。ケガの影響もあって動きに精彩を欠いている今、これだけでも十分攻撃をかわせる。

 それに、時折足元に広がる〝闇〟が石の巨人の足を飲み込み牽制してくれていた。

 素手で碌な武器もないフェイユンでも、この状況ならば抑え込める。

 

「ハァ……ハァ……!」

「ぐぬ……この俺が、こんな小娘にィ……!」

 

 現状、純粋な力勝負ではフェイユンに利がある。

 それほどにジュンシーの一撃は重かった。

 だが。

 

「クソが……ッ! こうなれば、もはや手段など選ばねェ!!」

 

 石の巨人が形を変えてフェイユンに巻き付く。まるで檻のように覆いつくして、逃がさないように。

 再び姿を消した男は地面へと潜り──己が操れる最大の武器を手にする。

 イシイシの実の能力によって岩石と同化すれば、あらゆる石は武器となり鎧となる。能力者自身の実力によって左右されるところも大きいが、その点で言えばこの男は天才だった。

 大地が二つに割れる(・・・・・・・・・)

 

「お、おおぉぉぉぉ!!?」

 

 まるで大地が口を開いたかのように中央が陥没してジュンシーやクロたちを呑み込み、両側の石が全員を圧し潰さんと迫ってくる。

 海が凍っていなければ海水が流れ込んでいただろう。

 

「おいおいおい!! これどうすんだよ、死んじまう!!」

「クロ!」

「無茶言うなって、こんなもん引力じゃどうにもならねェ」

「冷静に言ってる場合かァ!!」

 

 パニックを起こすジョルジュを尻目に、ジュンシーとクロはどうにか事態を打破出来ないかと考えるが──今にも自分たちを圧し潰そうとしてくる大地の壁を前に、打つ手はない。

 どうしようもないのか。

 その諦観を感じ取った男が、大地の中でにやりと嗤う。

 ──だが。

 

「──凍れ」

 

 次々に作られる分厚い氷の柱が盾となって大地をせき止める。

 石は再び形を変えて槍となり、飛び降りてきたカナタを串刺しにしようと殺到する。だが武装色も使っていない攻撃ではダメージなどなく、砕かれた体が一つに集まって肉体を構築した。

 ゼンはつっかえ棒となった氷を足場として降りてきた。

 

「悪いな、遅くなった」

「ヒヒン。ギリギリでしたね」

「いや、助かった……早速で悪いが、お前あれどうにかできるか?」

 

 脱出だけなら氷で階段でも作れば済む。だが、それではあの男を倒せない。

 錐龍錐釘を受けてなお戦えるタフさといい、これだけ能力を使えることといい、一筋縄でいかなくとも確かに西の海(ウエストブルー)で覇権を握れる力はあるのだろう。

 ここで相手取ったカナタたちがいなければ、の話だが。

 

「クロ、引きずり出せんか?」

「わかんねェ。地面の中にいるんじゃ余計なものまで付いてきそうだ」

「やってみろ。引きずり出せれば御の字だ」

「そうか? わかった」

 

 どうあれ、引きずり出さなければ勝機はない。見聞色で位置だけは捕捉できるが、それが出来るのもカナタとジュンシーくらいのものだ。

 フェイユンは石の檻に閉じ込められて身動きが取れず、ゼンはそちらを救出するために動くことにした。

 

「オレ、相手がどこにいるかわからないんだけど」

「あっちだ」

「よしきた──闇水(くろうず)!」

 

 方向をカナタが指差し、クロはそちらに手を向けて能力者の実体を引きずり寄せる。

 地上にあるような石の鎧をまとっていれば〝中身〟だけを引き寄せることは出来ないが、大地の中に身を隠しているのならば話は別だ。

 ベキベキベキ!! と大地が砕けるような音が連鎖して岩が隆起し、巨大な腕となってクロを狙う。

 引きずり寄せられるのを察知して大地の中から攻撃しているのだろうが、この程度ならばジュンシー一人で対処できる。

 

「フンッ!! 功夫が足りんな」

 

 振り回される石の腕を叩き割り、ついに姿を見せる能力者の男。

 先程で学習したのか、ある程度の大きさで石の鎧を纏ったまま現れた。逃げられないならこのまま倒そうという腹なのだろう。

 

「クッソがァァァァ!!! このままぶち殺してやる!!」

 

 激高しながら振るわれる石の腕が、クロの引力による加速も相まって勢いよくジュンシーへと向かう。

 ジュンシーはそれを受け止め、その勢いを利用して一本背負いの要領で投げ上げた。

 その一瞬を見逃さず、カナタは能力を使う。

 

「カナタ!」

「任せろ!」

 

 陥没した大地の表面を氷で覆い、その上にジュンシーが投げ飛ばす。

 イシイシの実は岩石に触れる(・・・)ことで自由自在に操ることができる。間に別の何かを挟んでやれば、能力を使用することは出来ない。

 追い詰めた。

 散々手を焼かされたが、事ここまで来てしまえばあとは容易い。

 目の前の男を倒せば、それですべてが終わる。

 

「ハァ……ハァ……俺を、この程度で追い詰めた気になってんじゃねェよ……! この程度で! 俺が! 終わるわけねェ!!」

 

 血を吐きながらも叫び、未だ抵抗の意思を見せる男。

 分厚い氷を突き破ろうと石の鎧が形を変え、足裏がスパイクのようになって振り下ろされる。

 だが、その程度で易々と砕けるようなものではないし、何よりカナタとジュンシーがそれを見逃さない。

 

「いいや、終わりだよ」

 

 瞬きするほどの間に全身を凍らされ、氷で作られた槍を武装色で硬化してジュンシーが心臓を穿つ。

 背中まで貫いた槍に血が滴り、見聞色で感じ取れていた〝声〟も程なく消えた。

 血の臭いの混じった空気を吸い込み、戦いが終わったことを実感する。

 

「……やっと、倒したか」

「おおお……俺ァもうダメかと……」

 

 疲れたようにどかりと座り込んだクロと未だに泣いているジョルジュ。

 これほどの敵が出てくるとは流石に想像していなかった。見通しが甘かったが、

 後詰めの部隊でもいると厄介だが、この男が攻めてきてる時点で後詰めまで巻き添えをくらうだろう。いるとすれば海の方だが、それこそ先ほど潰したし、まだいても凍った海で何ができるわけでもない。

 まずは港に戻らねば、と思うカナタへと頭上から声がかかった。

 

「あ、あの! 大丈夫ですか?」

 

 フェイユンがおずおずと穴の淵から顔を出している。

 彼女を閉じ込めていた石の牢獄はゼンが破壊したらしく、ところどころひっかき傷のようなものこそ出来ていたが、大きな傷はなさそうだった。

 

「フェイユン、悪いが私たちを引き上げてくれないか?」

「それくらいでしたら、お安い御用です」

 

 飛び降りてきたフェイユンは既に通常サイズに戻っており、その状態で頭一つ分足りないほど穴は深かった。

 ややサイズを大きめにして手のひらに乗せて貰い、地上部へと戻る。

 ジュンシーが踏み砕いたことといい、石の巨人とフェイユンが取っ組み合いをして暴れたことといい、港は客観的に見ても壊滅状態だった。

 後でチンジャオに怒られるだろう。

 

「酷い目に合ったものだな」

「全くだ。儂もこの手の敵と戦ったのは初めてだ」

 

 覇気は使えなかったようだから、カナタには勝てなかっただろうが……少なくとも多少強い程度ではどうにもならなかっただろう。

 まったくもって厄介な能力者だったといえる。

 地面の底に逃げられなければ、見聞色で本体を見つけ出して攻撃するしかなかっただろうから。

 ともあれ、終わった以上は後始末をしなければならない。

 

「これだけ暴れれば気付いているだろうが、チンジャオに連絡を入れておけ。金が必要なら船にある悪魔の実を渡して構わない」

「あれ渡すのか? いい拾いものだったのに」

「ここまで盛大に破壊した以上、こっちにも賠償させようとしてくるだろう。支払いだけで首を吊るなど御免被る」

 

 そうなれば揃って海賊家業に切り替えるしかあるまい。

 借金を踏み倒していけばチンジャオたちから狙われるようになるだろうが、そう易々とやられるつもりもないし、争わずに済むならそっちの方がいい。

 基本的には平和主義者で秩序を重んじる女なのだ、カナタは。

 己が強くなることには貪欲な女でもあるが。

 

「しかし、悪魔の実がいくらで売れるかにもよるな」

 

 相場は一億ベリーだというが、これだけ派手にぶち壊して一億ベリーで足りるのだろうかとふと思う。

 そして、今もなお凍った能力者の死体がある陥没した港を見る。

 

「……ふむ」

 

 一度船に戻った後、クロを連れてもう一度陥没した穴に降りる。

 船にあった適当な果実を手に、心臓を貫かれた男に近付く。

 

「……何してんだ?」

「悪魔の実というのはな、能力者が死ねば世界のどこかにまた同じ実が出来るという」

 

 では、なぜそういった伝達条件が発生するのか。

 『悪魔の実』という名前の通り、実を食べることによって身体に悪魔を宿すためだ、とカナタは考える。

 死ねば悪魔は肉体を離れ、世界のどこかで果実となってそれを食すものを待つ。どういった理由でそのようなことが起こるのかはわからないが、少なくともカナタはそれを利用できると考えた。

 

「悪魔の実を食べれば体に悪魔を宿すという。二つ実を食べれば肉体が耐えられず爆散するとも。では、死んだ後(・・・・)に悪魔はどこへいくのか」

「その果実に悪魔が宿るとでも?」

「可能性の話だ。お前を連れてきたのも実験の一つにすぎない」

 

 ヤミヤミの実の力は〝引力〟だ。

 先の戦闘で能力者の実体を正確に引き寄せていたように、死んだ後に抜け出る悪魔を引き寄せることが出来るのならば。

 それは、〝能力者狩り〟をおこなう理由足り得る。

 または、死んだ能力者の一番近い果実に宿る性質があるのであれば、闇の引力は不要という話にもなる。

 左手に持った果実を死した能力者の胸元に近付け、少しばかりまつ。

 ──すると。

 

「お、おおお?」

「……ふむ」

 

 ただの果実だったそれに、少しずつ奇妙な紋様が浮かび上がっていく。

 それは、紛れもなく──悪魔の実の特徴だった。

 カナタは小さく笑みを浮かべ、その実を懐にしまう。

 

「実験は成功だな」

「悪魔の実の能力者を倒せば、その実を手に入れられるってことか」

「少なくとも死んだ直後ならば、という前提だがな」

 

 仮定の話ではあったが、少なくとも裏付けが取れた形になる。

 強力な能力なら誰かに食べさせてもいいし、不要だと思ったなら売って金にしてもいい。

 能力者を優先的に狙う理由が出来たわけだ。

 

「しかしこれ、誰かに知られたらまずいんじゃねェか?」

「そうだな。強力な能力者ほど狙われるだろう。お前も十分に気を付けろ」

「能力者でも最弱って自負はあるぜ」

「自分で言うことか。少なくともお前のその力は使えるし、誰かに奪われていい類の能力でもない。伝達条件は未解明のままであることを願うばかりだな」

 

 そのうち誰かが知って〝能力者狩り〟をやる可能性もゼロではないが、カナタが知る限りでは三十年以上先の〝黒ひげ〟だけが伝達条件を知っていた可能性がある。

 どうやって知ったかは謎だが……この情報は少なからずアドバンテージになり得る。

 ヤミヤミの実の持つ〝能力者殺し〟ともいえる力も含め、悪魔の実を集める最適解かもしれない。

 

「今のところはお前と私だけが知っていればいい。知っている人間は少ないに越したことはないからな」

「あいよーっと。頑張ってオレを守ってくれよ」

「善処しよう」

「ちょ、んな他人事みたいに」

 

 氷で作った階段を上りながら、カナタは思う。

 

(欲しい悪魔の実ならいくつかあるが……私が食べるわけにもいかないしな。強い部下でもいれば、この物騒な海でも生きて行くのに不便はないだろうが)

 

 難しいだろうな、と小さくこぼした。

 

 




悪魔の実の伝達条件に関しては原作ちらちらと確認しながらのオリジナル設定です。
大きくは外れてない……と、思いたいところ。

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