複数の巨大なエビによって運ばれた船は、島の内部にある川を遡るようにして祭壇のある巨大な湖まで運ばれた。
そこで降ろされた船は川底の浅さ故に座礁し、完全に身動きが取れなくなっていた。
「いやー、ヒヒヒ……無茶すんなァ、あいつら」
一匹で運ぶにはあまりに船が大きかったためか、複数で持ち上げて運び始めたのまではいい。
だが、川幅の狭い場所を通るために縦列に隊列を組んで運ぶなどとは普通思わないだろう。
何かに怯えているようだったし、その影響なのか随分必死な様子を見せていた。
「しかし、どうすんだこれ。完全に座礁してるぞ」
「ジョルジュがなんとかするでしょう。彼の能力なら関係ありませんから」
クロの疑問にカイエが答えた。
ジョルジュのフワフワの実の力があれば、移動させることは容易い。随分杜撰な扱いをされたので船大工たちが点検をしているが、今のところ壊れたところは無さそうだ。
その気になればフェイユンが持って運ぶことも出来るだろうが、下手に移動してジョルジュたちと行き違いになるのも面倒だ。
いつでも移動出来るように準備だけでも整えておくべきだと判断し、既にそわそわし始めたクロの首根っこを掴む。
「余計なことをしないでください。またふらふらと歩かれると探しに行かないといけなくなるじゃないですか」
「そう言うなよカイエ。オレはちょっと異常が無いか見て回るだけだからよ」
「そういうのは私がやりますから、貴方はジッとしていてください」
「えー」
不満そうに声を上げるクロだが、こういう場合確実に好奇心に従って迷子になるので目を離せないのだ。
ましてや現状はカナタでも手こずるであろうオクタヴィアの居城。足を引っ張るような真似は避けなければならない。
こういうことを言っても聞かないので取り敢えず抑えつけておくのが正しいのだ。
カイエもそれなりにクロとは長い付き合いなので、あしらい方も完全に熟知している。
「ゼハハハハ! 良いじゃねェか、好きなようにやらせてやれよ」
「余計な口を出さないでください。それとも後でカナタさんに怒られたいんですか?」
「すまねェクロ。おれに出来ることはもうねェらしい」
「諦めるのが早ェよ!」
いつも勢いで生きているティーチもカナタに怒られるのは嫌なのか、あっさり前言を翻した。
「どのみちカナタたちがここに来るまで時間がかかるだろ。安全かどうかちょっと見て回るくらいした方が良いんじゃねェか?」
「この島に私たちを害せるような獰猛な動物なんていませんよ」
その辺りは見聞色でわかる。使えないクロはわからないだろうが、ちょっと強めの反応が一つあるくらいで、それ以外は取るに足らない生物ばかりだ。
上からオクタヴィアの異常な覇気を感じる以外、〝
……逆に言うと、ティーチかカイエ辺りが一緒にいればクロが出歩いても安全という事でもあるのだが。
「カイエ。ここは私がいるから、クロさんを連れてちょっと辺りを見てきたら? このまま放っておいても勝手に出歩きそうだし、そっちの方が困るでしょ?」
「しかし……」
「時間を決めれば問題ないよ」
フェイユンの言葉にカイエは迷い、思わぬところから援護を得たクロはここぞとばかりに駄々をこね始める。
「行こうぜカイエ! 海賊たるもの、冒険しなくてどうすんだよ! なァティーチ!」
「ゼハハハ! そうだぜ姉御! 海賊なら冒険しねェとな!」
さっきまでのやり取りは何だったのか、クロとティーチは体格差を気にせず肩を組む。
最終的にカイエが折れることになり、てきぱきと準備を整えてクロ、ティーチ、カイエの三人は辺りを見回りに出る。
フェイユンは三人を手を振りながら見送り、「良かったんですか?」と話しかけてきたデイビットの方を向いた。
「クロさん、好奇心のままに動いて時間通りに戻ってこない気がしますけど……」
「多少なら大丈夫。ティーチもカナタさんに怒られるのは嫌だろうし、カイエはちゃんと時間を守れる子だから」
時間になれば二人ともクロを引っ張って帰ってくるだろう。
お目付け役がティーチだけならともかく、カイエはその辺りきちんとしているのでフェイユンとしても安心して任せられる。
一つ問題があるとすれば。
「……ティーチが余計なことをしなければいいけれど」
フェイユンは目を細め、その時は自分が何とかすればいいかと見聞色で常に三人の動向を掴み続けることにした。
☆
〝アッパーヤード〟上空──〝神の社〟
当代の神が座すその場所には多くの神官たちが整列しており、神として君臨するオクタヴィアの命令を待っていた。
「
「お前たち全軍で船を潰しに行け」
短い髪と異様に長い耳たぶが特徴的な男が報告と次の指示を仰ぐと、オクタヴィアは迷うことなく戦わせることを選んだ。
ここに居させても邪魔だし、そもそも彼らのことなど欠片も興味がない。
どこへなりとも勝手に行けばいいが、戦いの邪魔をされても面倒だ。
力量の差は見聞色で感じ取れる。彼らが全員で戦っても勝ちの目は無いが、それこそオクタヴィアにはどうでもいいことだった。
「ヤハハハハ!! なるほど、奴らを蹂躙せよとの仰せですか!! よろしい、ならば我ら〝神隊〟の全力を挙げて敵の首級を挙げて見せましょう!!!」
妙にやる気に満ちている男を見ながら、オクタヴィアは興味もなさそうに視界を閉ざす。
見聞色で感じ取ってみれば、カナタがまっすぐこちらに向かって移動してきているのがわかる。
気配を消すことはしない。彼女がここに来ることこそがオクタヴィアの最大の目的である以上、隠す意味もないからだ。
「〝声〟は大まかに四つのグループに分かれている。一番数が多いところに船があるはずだ」
「では我々はそこに向かえばいいのだな?」
「合流されるのも面倒だ。他の少数グループも潰して良いだろう」
「では特に強い〝声〟の聞こえる場所には我ら神官が行く。エネル、貴様は〝神隊〟と過去捕らえた海賊どもを解き放って船を襲撃しろ」
「ヤハハハ! 周到ですな。承知しました、我らで船を破壊しましょう!!」
かつてオクタヴィアが踏み込んだ〝ビルカ〟と言う空島から連れてきた戦士たちが、それぞれ襲撃の準備を始める。
中でも特に年若いエネルと呼ばれた青年が、上機嫌に指示を出して出発を急かしている。
神官の言う四つのグループにはカナタも含まれているが、道端の石に目を止めることが無いように、オクタヴィアは彼らの行動の一切に興味を持つことなく放置した。
カナタの行く道を邪魔しようとも、彼女ならば粉砕出来るとわかっているがゆえに。
☆
神官は解き放たれた。
〝ビルカ〟より連れてきた神兵たちは皆それなりの練度を持ち、また数も多い。
若くして神官長に据えられたエネルの手により、全部隊がまっすぐに船へと向かい始める。
──そして、特に強い力を持つ四人の神官が四つに分かれたグループそれぞれに襲い掛かった。
「ほっほーう! ほっほほーう!! お前たちが今回の侵入者だな?」
丸々とした体形の眼鏡の男が球体の雲の上に立ったまま眼下にいる三人へ話しかける。
話しかけられた三人──クロ、カイエ、ティーチはと言えば、話を聞くこともなくティーチの講釈を聞いて居た。
「見てみろ、井戸が樹に吞み込まれてる。文明が植物の成長を予測出来ねェなんてのは普通ありえねェんだ。何かしら秘密があるとみるぜ」
「へェ……予測出来ないって具体的にどういうことだ?」
「例えばこの樹が他所から持ち込まれたものだったとか……あるいは、
「カナタみてェなこと出来る奴がいたってことか。スゲェな」
「そういうところ博識ですよね、ティーチ」
「止せよ、照れるだろ。ゼハハハ!」
「聞かんかい!!!」
丸い男の怒りの声に対し、まったく相手にせずティーチの講釈を聞いていたカイエは面倒くさそうに視線を向ける。
こういう場合は大体ろくなことにならない。それでも相手をしないわけにはいかないのだろうと思っていると、クロとティーチが「がんばれ」と他人事のように応援してきた。
イラっとしたのでティーチに拳骨を落とす。
「貴方は戦うんですよ……!」
「いってェ! やめろよ姉御!」
クロはともかく、ティーチは戦うと強い。大したことのない相手だから出る幕が無いとでも思っているかもしれないが、むしろカイエはティーチにこそ戦わせたかった。
二人から目を離すと知らないうちにどこかへほっつき歩き始めるので目を離したくないのだ。
「で、誰なんですか、あなた」
「おれはボダイ! 神に仕える神官の一人だ!」
「神官ですか」
「そうだ。我ら神官は神の命令でお前たち全員を皆殺しにするために動き始めた! 覚悟するがいい、青海の者たちよ!」
啖呵を切るボダイを前に、三人は「どうする?」と言わんばかりに視線を交わしていた。
☆
〝スカイピア〟へと時たま訪れる海賊たちはゲームと称して神官たちに捕らえられ、多くの場合はなぶりものにされている。
船を失った彼らに逃げる術はなく、ただ死ぬ時を待つばかりだったが……今回、数の多い〝黄昏〟を襲撃するにあたって神官の先兵として檻から出された。
相手が誰かも知らず、もしも船を奪えれば逃げられると考え、必死の形相で神官たちよりも先に船に辿り着こうとしていた。
だが、生贄の祭壇に辿り着いた瞬間に全員の足が止まる。
「な……た、〝黄昏〟の船……!?」
この広い海において、〝黄昏の海賊団〟の名を知らぬ海賊はまずいない。
多くの場合は七武海として。あるいは手広く販路を広げる商売人として……何より〝白ひげ〟や〝ビッグマム〟に並ぶ海賊の一人として。
敵対すれば破滅は免れられない。多くの海賊がそうであったように、海の藻屑と化すだけだ。
それを知っているがゆえに、海賊たちは一様に足を止めた。
船を奪わなければ逃げられないが、船を襲撃したところで相手が〝黄昏〟では勝ち目がない。しかも、守りとして残っているのは巨人族のフェイユンだ。
どうする、と視線を交わす彼らの後ろから、苛立った声が聞こえてきた。
「あァ腹立たしい……神に戦えと言われたんだ。お前たちに選択肢などハナから存在しない! わかったらさっさと行け!!」
巨大な鳥に乗った一人の男が声を荒らげ、海賊たちを後ろから急かす。
もたもたしていれば後ろから撃ち抜かれる。
どのみち命がないとなれば、決死の覚悟で船を奪う以外に道は無い。
あるいはここで降伏すれば命だけは助かる可能性もあるが……戦えと急かされ、彼らの中には選択肢が無くなってしまっていた。
「や、やるぞ……! 巨人族がなんだ! おれ達が戦えば船を奪うくらい……!!」
気炎を上げて百人以上の海賊たちが戦いを挑み──纏めてフェイユンに薙ぎ払われた。
僅か一瞬で吹き飛ばされ、後ろで鳥に乗って見ていた男も思わず己の目を疑った。
「……あれだけ巨大な女がいることも驚きだが、あれだけの数の海賊たちを一瞬で壊滅させるか」
「あなたも敵ですか?」
今の彼女は船番としてこの場にいる。相手が強かろうと弱かろうと、船の守りを預かった以上は容赦しない。
「神の名の下に。お前たちを皆殺しにする」
「あなたも敵なんですね……河松さん、子供たちの事はお願いします」
「承知した。そちらも気を付けてくれ」
「大丈夫です。あの人相手なら負けませんから」
エネルが〝神隊〟を率いて向かってきているが、どのみち彼女をどうにかしなければ今の海賊たちと同じように薙ぎ払われるだけだ。
男は鳥の上で立ち上がり、槍を構えた。
「おれの名はアスラ。女、名は何と言う」
「フェイユンです。覚えなくていいですよ」
☆
一方、船を目指して移動中のジョルジュたちの方にも神官は現れていた。
スキンヘッドにサングラスをした男だ。
「神はお前たちの命をご所望だ。せめて苦しまず、おれが全員斬ってやろう」
柄しかない剣を手に、男は全員を斬ると宣う。
どうすんだこいつとジョルジュはイゾウに視線を向けるが、イゾウは日和の事が心配なのか、「さっさと片付けるぞ」と手早く銃を抜いていた。
他の船員はカテリーナを連れ、巻き込まれないようにと距離を取っていた。
カナタやフェイユン程ではないとはいえ、ジョルジュが能力を使うとそれなりに広範囲に影響をもたらす。
「どうする、イゾウ」
「おれでもお前でも構わん。一刻も早く日和様の無事を確かめねばならない以上、即座に倒すのが一番だ」
「そりゃそうだ。手っ取り早く倒すか」
「そう簡単に倒せると思うな。おれは神に仕える神官──やすやすと倒れる程ぬるい鍛錬は積んでいない」
ジョルジュは腰に刺した名剣〝木枯し〟を抜き放ち、イゾウは両手に銃を構えて敵を見る。
神官の持つ剣は柄しか無かったが──一度それを振ると、柄から勢いよく何かが出てきた。
「何だありゃあ……液体、でも無さそうだな」
「〝鉄雲〟と言う。使い手次第でいかようにも形を変える、鉄の硬度を持つ雲だ。お前たち青海人は〝
「雲ォ? またみょうちきりんなモン持ってんな……」
あるいは商売などにも使えるかもしれないが、それは後々考えればいい。
ジョルジュは流動する鉄雲を珍しそうに見て、あとで回収しようと考えていた。
「せめて、死にゆくお前たちの名前を聞こう」
「ジョルジュだ。だが覚えなくていいぜ。死ぬのはお前だしな」
「イゾウだ。お前に構っている暇はない──押し通る」
「悲しいことだ……おれはヴェーダ。お前たちに、救いを与えよう……!」
☆
そして、巨大な蔓が上空へと立ち昇っている場所にて、カナタは困惑していた。
珍妙な髪形をした男が一人、上へと向かうカナタの前に立ち塞がっている。
「おれの名はネハン! 神に仕える神官の一人なり!」
「……その神官が何の用だ?」
「これより上には神が居られる。その御前に立つことが出来るのは我々神に仕える者のみだ。何人たりとも通ることは許されん」
「神様ごっこか。笑わせるな」
下で天下を獲れなかったから空島で王様気取りか。
カナタは呆れたように視線を上に向け、目の前の男から興味を無くす。
どのみち押し通るだけだ。それ以上でも、それ以下でもない。
「……ああ、そうだ。一つ聞きたい」
「なんだ?」
「何故お前、白目をむいているんだ?」
うっかり、と驚いた顔をするネハン。
何なんだコイツ……とカナタはもうすでに相手をしたくなくなっていた。この程度の相手に体力は使わないが、相手をすると気力が削がれる。
オクタヴィアという強大な相手を前に、変な奴を相手して無駄に気力を削がれたくは無いのだが……。
「ここは通さん! 通りたければおれを倒していけ!」
無意味に上半身裸になり、ネハンは歌舞伎のように見得を切る。
カナタは嫌そうな顔で槍を構え、「オクタヴィアのところへ急ぎたいのだが……」とため息を吐いた。
神官勢、調べてみると年齢が結構若かったので親世代だと思ってください。
ちなみにエネルはこの時代で19歳。
次回は神官撃破TA