ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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オクタヴィアの設定を盛れば盛るほど連鎖的に株が上がっていく前大将。
このバケモノの左腕を不随に追い込んだとか何者???ってなってしまう。


第百十四話:Sign

 覇気を流し込んだ氷がドーム状に構築されていく。

 冷気を操るカナタが作り上げる、一度構築してしまえば脱出は極めて困難となる絶対必中領域。

 極めて低温の冷気が常にドーム内で流動し、敵の体温を奪い続ける。かの〝金獅子〟でさえ手も足も出なかったカナタの秘技である。

 だが──オクタヴィアは〝雷〟の能力者だ。

 生み出せるエネルギーは極めて莫大。空気中に放出すればそれだけで急激に空気が膨張するほどの熱を持つ。

 だからこれは、僅かにでもオクタヴィアのエネルギーを削るための策であり、四方を氷で覆うことにより射出点を増やすための策であった。

 

「こんなもので私を倒せると──」

 

 オクタヴィアが右腕に雷を集中させ始めると、その瞬間にカナタはオクタヴィアの左側に無数の氷の槍を作り出す。

 即座に反応したオクタヴィアは氷の槍を薙ぎ払うように雷を走らせると、次の瞬間にはオクタヴィアの死角から更に氷の槍が殺到する。

 武装色の覇気はオクタヴィアの方が強いが、見聞色の覇気に関してはカナタに分がある。

 どれほど強力な防御にも弱点がある。僅かにでも隙を作れれば、ダメージを与えることは不可能では無い。

 

「鬱陶しい──!!」

 

 次々に死角から襲い来る攻撃に業を煮やし、オクタヴィアは全方位へと雷を放出した。

 空気を引き裂く雷鳴と共に氷の槍が砕けていき、氷のドーム内で乱反射していく。

 カナタはその雷の中を直線的に突っ込み、円柱型に作り出した大質量の氷を真正面から叩きつけた。

 込められた覇気により黒く染まった氷はオクタヴィアの予想を超える強度を持っており、左手に持った槍で円柱型の氷を受け止める。

 

「ッ!」

「──ハッ!!」

 

 受け止めると同時に真横から現れたカナタが槍を振るい、オクタヴィアの首へと斬撃を見舞う。

 しかしオクタヴィアはそれを間一髪で躱し、カナタの方へと向きなおって黒い雷を纏った槍を振るった。

 覇気を纏わせた氷の盾が轟音と共に砕け散り、至近距離でカナタとオクタヴィアの視線が交差する。

 

「まだまだ、だな」

「この程度で終わると思うな!!」

 

 極寒の冷気は常にオクタヴィアの体温を奪い続け、それに対抗するためにオクタヴィアは能力を使用し続けなければならない。

 炎そのものやそれに類する能力とは違い、雷を基にして熱を生み出すのは非常に効率も悪い。そのため、オクタヴィアには常に一定以上の負荷をかけられていた。

 出力の一部を攻撃に回せないとなれば、カナタは能力圏内において非常に有利に立ち回れる。

 だが──やはり、その状況を許してくれるほどオクタヴィアは甘い相手ではない。

 

「10億V(ボルト)──虹弓(インドラ)!!」

 

 迸る雷撃が〝白銀世界(ニブルヘイム)〟を形作る氷に直撃し、一撃で半壊させる。

 

(……これで半壊とは。随分頑丈に作ったものだ)

 

 並の強度で耐えられるような攻撃ではない。相手がオクタヴィアだからか、それとも元々こういう作りにしているのか……どちらにせよ、一撃で完全に崩さなければ即座に修復されるだろう。

 それに、この領域内ではカナタが氷を生成してオクタヴィアの攻撃を減衰させることも出来る。

 これでは駄目だと判断したオクタヴィアは即座に〝虹弓(インドラ)〟を破棄し、最大出力での攻撃をしようと構えた。

 

「それを私が許すと──!」

「思わんさ。だが、見聞色が多少優れているだけでは私を崩せはしない」

 

 オクタヴィアの行動に反応したカナタは迎撃に動いたが、オクタヴィアはそれを気にも留めずに左腕に莫大な雷と覇気を貯め込む。

 領域内、全方位からの攻撃を体術だけで凌ぎ──一点に集中させてドームの破壊を試みる。

 

「20億V(ボルト)──〝天穿つ紫電の槍(タラニス・モール・ジャブロ)〟」

 

 オクタヴィアの最大出力による一撃。

 防ぐべく作られた氷の盾を次々に破壊し、真っ直ぐにカナタへと突き進む。

 カナタは防ぎきれないと判断し、〝白銀世界(ニブルヘイム)〟の壁をすり抜けて外へと脱出する。

 覇気を流し込んだ氷を壁にすると同時に、全ての力を攻撃に回したオクタヴィアへとカウンターを打ち込むために。

 

「〝悪食餓狼(フェンリスヴォルフ)〟!!」

 

 氷の狼が背後からオクタヴィアの右腕へと噛みつき、食い千切ろうとする。

 だがオクタヴィアは視線を一度向けるばかりで防ごうとすらしなかった。

 防御よりも攻撃に力を割り振り、カナタへと意識を向ける。「こんなものか」と言わんばかりに。

 〝白銀世界(ニブルヘイム)〟の壁はオクタヴィアの一撃を受け止めるが防ぎきれず、轟音を立てて破壊されていく。

 強烈な雷撃はなおも勢いを衰えさせることなく、真っ直ぐに突き進んでカナタを吞み込んだ。

 

 

        ☆

 

 

「ヤハハハハ! これは壮観だな!」

 

 神兵およそ200名を連れたエネルは、脱出の準備を整えて島から出ようとしていたジョルジュたちの前で高笑いをする。

 巨大なガレオン船など空の島には不要なものであるし、時折空島を訪れる海賊たちもここまで巨大な船を使ってはいない。

 船に乗っている巨人族もそうだし、エネルにとっては珍しいものばかりだった。

 ジョルジュは船を降り、一人でエネルたちと相対する。

 

「なんだ、お前らも神官って奴か?」

「ヤハハハ、それはあの四人だけが名乗っていい称号でね。私は神兵長……〝神隊〟に属する神兵たちのまとめ役だ」

「要するにオクタヴィアの部下か……面倒な連中が出てきたな」

「部下と言うほどではない。神は我らの事を便利な道具としか思っていないだろう」

 

 だがそれでも、彼らにとってオクタヴィアと言う存在は絶対だ。

 人の身で至る領域の最高位にいる以上、彼らにとって崇め奉るのは至極当然の話だった。

 

「神はお前たちの船を所望だ。もっとも、鹵獲(ろかく)しろではなく破壊しろ、だがね」

「やらせると思ってんのか?」

「お前たちの意見など聞いていない。神がそれをお望みならば、我らは命を賭してそれを捧げる。それが信仰というものだ」

 

 エネルはおもむろにバズーカを取り出し、弾の代わりに(ダイアル)を装填する。

 砲口を船へと向け、ジョルジュが止める間もなく引き金を引いた。

 このバズーカに砲弾は無い。

 風貝(ブレスダイアル)に貯め込まれたガスを放出し、それに引火した炎が青白く染まって対象を焼き貫く。

 名を〝燃焼砲(バーンバズーカ)〟──空島特有の武器だ。

 

「ヤハハハ!! 側面に穴を開ければ移動は出来まい!!」

 

 ヤバい、とジョルジュは即座に大地を壁にしたが、僅かな時間で作り上げられた壁は薄く、〝燃焼砲(バーンバズーカ)〟は壁を貫いて船を貫こうとする。

 カナタのように〝狐火流〟が使えていれば話は別だが、そうではないジョルジュでは壁にもならない。

 冷や汗を流すジョルジュだが、船から飛び降りたカイエが即座に巨大なゴルゴーンの姿を取ってその身を盾にして防いだ。

 獣形態のカイエの体躯は巨人族にも引けを取らない。〝燃焼砲(バーンバズーカ)〟の一撃を防ぐには十分だった。

 加えて体表を覆う硬質な鱗が完全に炎を防ぎきっており、火傷の痕すら残っていない。

 

「助かったぜ、カイエ。船壊したらカナタに怒られちまうからな」

「油断が過ぎますよ。船ごと空に浮かべてしまえば射程範囲から出られるでしょう」

 

 そりゃそうだ、とジョルジュは能力を発動させ、船を丸ごと空に浮かせていく。

 これにはエネルも流石に目を丸くし、カイエの能力含めて珍しい能力者だと驚きを露にしていた。

 

「あれほど巨大な船を浮かせる能力とは……だが、逃がすわけにはいかんな。弓兵!」

 

 エネルが号令をかけると、弓を構えた神兵たちが船目掛けて矢を射る。

 ただの矢が通用するはずも無いが、目的は矢での攻撃ではない。

 

「なんだありゃ……雲の道?」

雲貝(ミルキーダイアル)だ。空の戦いを知らぬ青海人よ」

 

 幾条にも走る矢にそって雲の道が発生し、神兵たちはそれを伝って船へと乗り込もうとする。

 だが、船へ向かって移動し始めた神兵たちは雲の道ごと纏めてカイエに薙ぎ払われた。

 

「私を無視して先へ行けるとは思わないことです」

「なるほど……動物(ゾオン)系とはいえ、これは厄介」

 

 数ある悪魔の実の中でも動物(ゾオン)系は身体能力の向上に特化している。ましてや巨人族ほどの巨躯を誇り、それが高速で移動出来るとなればエネルでは太刀打ちできない。

 自然系(ロギア)のような無敵性は無いが、これだけ強ければさして変わりは無いのだ。

 しかし、無敵でなければ可能性はゼロではない。

 

「〝燃焼砲(バーンバズーカ)〟以外にもやりようは──」

 

 ある、と(ダイアル)を入れ替えようとして、体が動かなくなっていることに気付く。

 カイエの瞳が神兵たちを捉え、その能力の対象として認識し──肉体が石化していた。

 

「なんだ、これは……!」

「私の能力は動物(ゾオン)系の中でも特に希少な幻獣種です。身体能力の強化だけが力の全てではありませんよ」

 

 覇気を纏えば多少なりとも抵抗出来るが、エネルたち神兵の中には武装色の覇気を扱えるものはいない。

 誰もがなすすべなく石化していき、およそ200人いた神兵たちの全てが沈黙した。

 カイエは人形態に戻り、浮遊する船へと戻る。

 大したことのない連中で良かったが、オクタヴィアが身の回りの世話をさせるだけに用意していた人員ならばあの程度でもおかしくは無いのだろう。

 その兵力をどうして使ったのか、と言う疑問はあるが──。

 

「……オクタヴィアにとっても、あの兵力は最早不要という事でしょうか」

「さァな。少なくともおれ達にとって都合のいい話じゃなさそうだ」

 

 身の回りの世話をさせていた兵を捨てたという事は、世話をさせる必要が無くなったということ。

 ここでカナタを待ち構え、カナタを殺してまた海に出るつもりかとジョルジュは考えるが……実際のところはわからない。

 

「おれ達はカナタが勝つことを信じて、今はこの島を離れるしか──」

 

 ジョルジュがそう言いかけると、轟音と共に凄まじい衝撃波が辺り一帯に伝播した。

 船が大きく傾きつつも何とかバランスを取り直し、ジョルジュたちはすぐさま眼下に広がる〝アッパーヤード〟を見下ろす。

 

「これは……!」

「ありゃ姉貴の氷か。そこから直線状に雷が走ってやがるな」

 

 巨大なドーム型の氷が砕け、真っ直ぐエンジェル島へ向かって雷が線を引くように走っていた。

 先程の轟音はあれが破壊された音だろう。

 シキを相手にした時は余裕を持って倒せるほどだったと聞いたが……オクタヴィア相手ではやはり通用しなかったのだろうか。

 

「カナタさん……」

 

 心配ではあるが、出来ることは何もない。

 広い海の中でも最上位に位置する二人の戦いに割って入れる者など、この場にはいないのだから。

 

 

        ☆

 

 

 オクタヴィアの雷は強力だ。

 〝アッパーヤード〟からエンジェル島まで真っ直ぐに迸っており、途中で雷撃から逃れたカナタは体の至る所に火傷を負いながらも意識を保っていた。

 

「く……!」

 

 ある程度威力は減衰していたはずだが、それでもかなりの威力だった。

 雷撃と共に吹き飛んで来たカナタの姿にエンジェル島の人々はざわめくが、オクタヴィアが追ってきていることに気付くと「逃げろ!」と警告する。

 カナタに一般人まで巻き込むつもりは無いが、オクタヴィアはそんなものお構いなしに攻撃するだろう。

 命の保証はない。

 

「他人のことまで気にしている余裕があるのか?」

 

 上空から逃げ道を塞ぐように雷を乱発するオクタヴィア。

 カナタはそれを時折氷で防ぎつつ人のいないところまで移動していく。

 僅かに距離を空けて降り立ったオクタヴィアと相対し、互いに出方を窺うように動きを止めた。

 

「お前は強くなった。だが、師と呼べる存在もロクにいなかったのだろうな。随分粗削りだ」

 

 基礎は誰かから教わったのかもしれないが、それだけでは不十分だとオクタヴィアは言う。

 オクタヴィアでさえ母から全てを教わっている。槍術、覇気、それにまつわる戦闘技術の全てを。

 むしろ基礎だけ誰かに教わり、そこからほぼ独学でここまで力を付けたことは驚嘆に値するが……粗削りであることは否定しようがない。

 何よりも、覇気は未だ発展途上だ。

 

「既に私の全てを見せた。ここからお前が私を倒せるまでになるかはお前次第だ」

「何……?」

 

 まるでカナタに自分を倒させようとするかのような──オクタヴィアの言動に眉を顰めるも、直後に発生した極大の雷を前に思考はすぐさま切り替わった。

 エンジェル島を丸ごと飲み込もうとするほどの巨大な雷の高波。

 逃げ場のない広範囲の攻撃に、カナタは歯を食いしばって能力を発動させる。

 覇気を流し込み、島一つを呑み込みかねない雷に正面から対抗する。

 爆散する氷の壁を尻目に、オクタヴィアは黒い雷を纏わせた槍を振るってカナタとぶつかった。

 

「無駄な行動だ。見も知らぬ他者など斬り捨てろ。私を前に余分な行動が出来る程、お前は強いのか?」

「黙れ……! 私のことなど何も知らない癖に、知ったような口をきくな!」

 

 オクタヴィアの言葉に反発し、力を込めて振るわれた斬撃を弾くカナタ。

 少なくともカナタには一般人を巻き込む気は無かった。たとえその余裕が無いとしても、むやみに周りの人間を巻き込むようではオクタヴィアと同じになってしまう。

 嫌悪する相手と同じになりたいとは思わない。それだけの思いで大きな負担を負ったまま戦い続ける。

 唯一上回る見聞色も広範囲を巻き込むような攻撃をされては回避も出来ない。そこを切っ掛けに少しずつ崩されていき、範囲を狭めた強烈な攻撃が走った。

 

 

        ☆

 

 

 オクタヴィアの苛烈な攻撃にもカナタは耐え、時には反撃する──しかし、絶対的な力の差が埋まることは無い。

 消耗の度合いもカナタの方が大きく、一昼夜かけて戦い続けた中で先に限界を迎えたのはやはりカナタだった。

 倒れたカナタを見下ろし、島の原形を留めていないエンジェル島の端でため息を吐くオクタヴィア。

 

「……まだ早かったか。まぁいい。叩き起こして、限界まで殺し合えば掴めることもあるだろう」

 

 自らにはまだ及ばない。しかし、血は争えないものだ。

 オクタヴィアか、あるいはロックスか……どちらの血が濃いにしても、潜在的な力はオクタヴィアを上回っていてもおかしくはない。

 まだまだ限界まで追い込めば見えてくるものもあるだろう。

 そう考えて槍を振り上げた瞬間──オクタヴィアは反射的に距離を取った。

 

「……ふふ、倒れてなお睨みつけるか。衰えぬ闘志はジーベックに似ているな」

 

 気を失っているはずだが、カナタから発される覇気はオクタヴィアを威圧するように向かっている。

 思わず笑みを浮かべ、期待できそうだと呟く。

 ──そのカナタを守るように、上空から数人が降りてきた。

 カイエ、ティーチ、イゾウの三人だ。

 

「何だ、お前たちは」

「カナタさんの部下です」

「ゼハハハハ!! このままじゃあ姉貴が殺されちまうかもしれなかったからな、ワリィが手ェ出させてもらうぜ!」

「これ以上手出しはさせん!」

「ノウェムの部下か。力の差がわからんわけでもあるまい。それでもなお、私の前に立つか」

「当然だ!!」

 

 ティーチ達三人の後ろに浮遊する船が降り立ち、フェイユンが急いでカナタを掌に抱えて船へと連れていく。

 何よりも先にカナタの治療を優先したのだ。

 

「……フワフワの実の力か。シキは死んだと聞いたが、お前たちが悪魔の実を得ていたのだな」

 

 ジョルジュは出てこない。実力的に及ばないのもあるだろうが、カナタの治療が終わるまで逃げ回らねばならないと考えると前線に出てくるわけにはいかなかった。

 カナタを運んだフェイユンが船から降り立ち、オクタヴィアと相対する。

 四対一だが、これでも戦力比はオクタヴィアに大きく傾いている。丸一日戦い続けて体力もそれなりに消耗しているはずだが、疲弊した様子も見せていない。

 

「一度だけ聞こう。ノウェムを引き渡す気は無いか?」

「ノウェムってのは姉貴の事か? だったらねェな!!」

 

 オクタヴィアの最後通告に対し、ティーチはニヤリと笑って〝否〟と突き返す。

 

「そうか──残念だ」

 

 オクタヴィアはそれだけを口にして、左手に持った槍に黒い雷を再び纏った。

 


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