ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百十九話:取り消せない過去を背負って

 空島での戦いから二週間が経った。

 クロとデイビットの葬儀もあったし、カナタの入院で医療班はバタバタと忙しなく動き回っていたし、オクタヴィアの遺体を火葬する際にはカナタと間違われてちょっとした騒ぎになったが、起こった問題はそれくらいのものだ。

 カナタ以外の幹部たちは大体治療を終えて復帰していたし、怪我をしていない部下たちは仕事で忙しく動いていた。

 クロは結婚をしておらず、故郷の島とは関係を絶っているので血の繋がった家族はいないが……ナワバリのとある島に住むシスターと随分仲が良かったとカイエから聞いた。

 彼に関してはカナタが直接伝えるべきだと判断したこともあり、ある程度怪我が治った段階でカナタ自身が赴くことにした。

 当然驚かれたが、クロの最期を伝えると銀髪のシスターは「そうですか」と静かに頷くばかりだった。

 

「……怒りも悲しみもしないのだな」

「彼は満足していたのでしょう? なら、そこに私が何かを介入させる余地はありません。彼の思いは彼だけのモノ。死者の言葉を生者が代弁するべきではありませんから」

「そういうものか。割り切っているのだな」

「こういう世の中です。親しい人が亡くなるのも珍しいことではないでしょう」

 

 そう言って目を伏せる少女の表情は読み取れないが、カナタは「そうだ」と一枚の紙を取り出す。

 海賊としては異例かもしれないが、カナタは全員に常日頃から遺言は残すように言いつけてある。面倒くさがってはいたが、クロも例に漏れず遺言状を残していた。

 

「クロの遺言でな。あれで〝黄昏〟の幹部としてそれなりに金は持っていた。『好きに使え』とだけ書かれているが……私自身、金なら有り余っている。お前とは仲が良かったと聞くし、この教会に寄付と言う形で譲ろうと思うが、どうだ?」

お布施(チャリティー)ですか。素晴らしいことです。そういうことでしたら、ええ。ありがたく受け取ります」

 

 教会と言うだけあって清貧な生活をしているが、ロジャーの言葉から始まった大海賊時代以降は孤児も増えて随分困窮していたらしい。

 顔には出さないが安堵した雰囲気だ。教会自体もそれなりに古いようだし、修繕の余裕もないらしく、渡りに船だったのだろう。

 ……何かしらの仕事を仲介した方がいいのかもしれない。

 

「しかし……そうですか。彼はもう、ここへは来ないのですね」

 

 教会の端に置かれたオルガンに視線をやり、シスターの少女は寂しげな表情を浮かべていた。

 

 

        ☆

 

 

 次に訪れたのはデイビットの妻子がいる家だった。

 葬儀自体は既に済ませているため、デイビットの死を知っているし、遺言状の通りに財産の全ては彼女たちのものとなる。

 手続きは全てジョルジュが済ませていたが、カナタとしては一度顔を合わせておくべきだろうと思ったのだ。

 恨み言があれば聞く。罵詈雑言を投げるならばそれでも良い。

 海賊なのだ。いつ死んでもおかしくは無いが……それでも、長く苦楽を共にした仲間の家族であれば、上に立つ者として顔を合わせないわけにはいかない。

 デイビットの妻子が今後飢える事の無いように配慮もしなければならないし、何よりボムボムの実はまだカナタの手元にあった。

 

「──カナタさん」

「久しいな。中々会う機会も無かったが……子供が生まれた時以来か」

 

 カナタも忙しい身なので島にいる全員と顔を合わせているわけでは無いが、デイビットの妻子は面識があった。

 父親に似た髪型の、まだ幼い少年だ。

 名をジェムと言う。

 

「あの、今日は何の御用で……?」

「〝ボムボムの実〟についてだ」

 

 他の部下なら悪魔の実はカナタの手元に置いて莫大な金銭を渡すだけで済ませるのだが、デイビットに関しては少しばかり事情が違った。

 幹部だったという事もあるし、本来ならするべきではない特別扱いをしてもいいと考えて妻子の下を訪れたのだ。

 

「デイビットは悪魔の実は子供に譲りたがっていた。私はそれでも構わないと考えているし、もし不要と言うなら私の方で買い取るつもりでいる」

「ジェムにですか……? でも、あの子はまだ6歳ですよ?」

「ああ。だから、数年ほど待ってもいいと思っている」

 

 デイビットの遺産もあるし、彼女たちが困窮することは無い。ジェムがもう少し大きくなって、自分で判断出来るようになってから改めて判断させてもいいと思っている。

 その間は死蔵することになるが……それで〝黄昏〟の戦力が大きく減じるわけでもない。

 言っては悪いが、デイビットの実力はそう高いものでは無かった。代わりはいくらでもいる。

 悩む時間は十分にあった。

 

「そうですか……わかりました。ありがとうございます」

「礼を言われるほどのことではない」

 

 デイビットが死ななければ起こらなかった問題だ。それを引き起こしたのは、カナタ自身の弱さのせいでしかない。

 それから軽く雑談をして家を出た。

 カナタが生き残れたのはデイビットの奮闘があったからだ。それを忘れて彼の妻子を蔑ろにしては、カナタとしても合わせる顔がない。

 出来る限り配慮した選択肢を与えたかった。

 

 

        ☆

 

 

 執務室。

 相変わらず包帯でグルグル巻きにされたままのカナタだが、回収した悪魔の実の使い道についてどうするかを決めるために幹部を含めて数名を呼び出していた。

 当然、ヤミヤミの実を欲しがったティーチの姿もある。

 

「デイビットの〝ボムボムの実〟に関しては奴の子供がもう少し大きくなってから決める。防衛の要になっていたわけでは無いし、大丈夫だろう」

「そうだな。そっちはそれでいいとおれも思うぜ。問題は……」

 

 自然系(ロギア)の中でも特に強力なヤミヤミの実とゴロゴロの実だ。

 前者はティーチが欲しがっているが、後者はまだ誰に食べさせるかも決まっていない。

 盗まれる危険性もあるため、有望株がいればすぐにでも食べさせた方が良いのだが、それも決まっていないのが現状だ。

 

「ヤミヤミの実はどうするんだ? ティーチにくれてやるのか?」

 

 ジョルジュはちらりとティーチの方を見て、「大丈夫か?」と訝しげな顔をする。

 これまで貢献してきたことは確かだが、「裏切るつもりだった」と白状したこともあって全員から疑惑の目を向けられている。

 当のティーチは気にすることなく笑っており、カナタは椅子に深く腰掛けたままヤミヤミの実を手に取った。

 

「悪魔の実は一人につき一つ。これが基本原則だ……ティーチ、お前はこれがいいんだな?」

「ああ! 〝ヤミヤミの実〟をこそ、おれは手に入れてェ!!」

 

 クロは本人の実力が低かったので最大限活かしきっているとは言い難かったが、それでも能力の強さと凶悪さは他の悪魔の実と比べても段違いだった。

 もしティーチが食べれば、ティーチの強さの分だけ悪魔の実の能力も強化される。リンリンとカイドウが手を組み、七武海脱退の可能性がある現状では戦力拡充は急務だ。

 同席しているジョルジュとスコッチはティーチに食べさせるのは反対のようだが、ゼンとジュンシーは特に反対はしないらしい。

 フェイユンはどちらかと言えば反対の立場を取っているが、「以前と同じ感じはしない」と言っているのでどちらでもいいようだ。

 敵対するつもりがないなら、クロと一番仲の良かったティーチが食べることに反対はしない。ゼンもジュンシーもそういうスタンスでいる。

 

「ふむ……裏切るつもりだった、とは聞いたが、今はもうそのつもりは無いのだろう?」

「そうだ。おれはもう裏切る気はねェ。姉貴とおれで時代の覇権を握ろうじゃねェか!」

「時代の覇権になど興味は無いが……良かろう。お前にくれてやる」

 

 カナタは手に取ったヤミヤミの実をティーチに放り投げ、ティーチはそれを片手で受け止めてニヤリと笑う。

 ティーチはがぶりとヤミヤミの実を一口で食べきり、「不味いな!!」と言いつつすべて呑み込んだ。

 

「反対する者はいたが、信頼はこれからの行動で取り返すことだ」

「ゼハハハハ!! ああ、そうさせてもらうぜ!」

 

 体の変化はすぐにでも現れるだろう。

 力を試したくてうずうずしているのか、ティーチは「肩慣らしに行ってくる」とだけ告げて部屋を出て行った。

 残った五人の幹部とカナタは机に置いてあるもう一つの悪魔の実に視線を移す。

 

「ヤミヤミの実はあれでいいとして、問題はこちらだな」

 

 ゴロゴロの実──オクタヴィアの残した遺産とも言うべき悪魔の実だ。

 こちらに関してはまだ何も決まっていないので、カナタは視線をゼンとジュンシーに向けてみる。

 が、二人は揃って首を横に振った。

 

「ヒヒン、私たちよりも未来ある若者に食べさせた方が良いでしょう。今後ビッグマム海賊団や百獣海賊団と戦うことを考えると、老兵に与えるべきものではありません」

(わし)も似たような意見だ。そも、儂らは悪魔の実を欲してはいないからな」

 

 武術と覇気は相応に鍛えてきたが、更なる力のために悪魔の実を欲するつもりは無かった。

 以前から同じことを何度も言ってきたので、カナタもその辺りは理解している。

 では誰に、と言う話になるのだが。

 

「ジョルジュとスコッチは既に能力者。幹部勢で悪魔の実を欲しがっている者はいるか?」

「その条件ならグロリオーサがいるが、あの女も悪魔の実は欲していない。部下か傘下の海賊からある程度見込みのありそうな者を探した方が良いのではないか?」

「それなら忠誠心のありそうな人を探した方が良さそうですね」

「カナタは二つ食えねェのか?」

「私を何だと思っているんだ」

 

 悪魔の実を二つ口にすると死ぬ。能力者にとって重要なことだ。

 カナタとてそれは例外ではない。欲深い者は身を滅ぼすのが世の常と言える。

 あれこれと話し合った結果、ひとまず保留と言う形に収まった。

 どうあれ誰かに食べさせた方が良いのだが、人選も慎重に決める必要がある。判断は早い方が良いが、急ぎ過ぎるのも良くはない。

 そう判断してその日は解散となった。

 

 

        ☆

 

 

 その日の夜。

 カナタはオクタヴィアとの戦いで負った傷がまだ治っておらず、入院するようにスクラから強く言われたため、病棟のベッドで一人月を見上げていた。

 まだ日が落ちてそれほど時間が経っていないため、外は出歩く者も多く騒がしい。

 娯楽と呼べる娯楽もそう多くはないため、病室で暇を持て余していた。

 そんなカナタの部屋のドアを誰かがノックする。

 許可を出したところ、入ってきたのは日和だった。部屋の外には他にも二人分の気配があるが、そちらは入ってくるつもりは無いようだ。

 

「どうした、こんな時間に訪ねてくるとは珍しいな」

「夜分にごめんなさい。でも、お仕事でお忙しいと聞いていたので……少しだけ、いいですか?」

「ああ、構わない」

 

 仕事中は忙しいだろうからと、夕食後の暇を持て余している時間に訪ねてきたらしい。

 日和はベッドの横に用意された椅子に座り、少しだけ考えを整理するように間を取った。

 カナタは静かに日和が話し始めるのを待つと、日和は意を決したように口を開く。

 

「あの……私は、ワノ国が好きです」

「そうか。故郷が好きなことは良いことだ」

「だから、私は……ワノ国を救いたいです。オロチとカイドウに父上は殺されてしまったけれど、それでも」

 

 クロに教えられたのだ。

 救いたいと思うのなら、それは義務感ではなく自分の感情に従うべきなのだと。

 故郷が好きだから救いたいという願いは誰にも否定することは出来ない。

 

「父が好きだった国を……私が好きなワノ国を、取り戻したいのです」

「……なるほど。それで、私に頼みに来たのか?」

「それもあります。でも、やっぱりワノ国を取り戻すなら自分の手でやりたいとも思うんです」

 

 (おでん)には出来なかったが、彼の意志まで消えてなくなったわけでは無い。

 おでんが守ろうとした国を、今度は日和が取り戻して守って見せると──幼いながらも、そう決意を固めていた。

 カナタは目を細めて優しく微笑み、日和の頭を撫でる。

 

「……血は争えんか」

「……カナタさん?」

「いや、なんでもない」

 

 ぽつりと零した言葉に日和は首を傾げるが、カナタは答えずに誤魔化した。

 

「今のワノ国はカイドウとオロチに加え、リンリンもいる。一筋縄ではいかないだろう。それでも戦う気はあるか?」

「はい。ワノ国の皆を助けたいですし──それに、私に仕えてくれてるイゾウや河松も、私が守ってあげたいって思うんです!」

 

 イゾウも河松も、今の日和に守られるほど弱くはないが……それを言うのは無粋というものだろう。

 険しい道だ。カイドウとリンリンを相手に戦えるほどの実力者など、広い海の中でもそう多くは無い。

 今のカナタならば二人を同時に相手取っても勝てる可能性はあるが、同盟を組んだ二つの海賊団の総戦力は〝黄昏〟と同等かそれを上回る。百獣海賊団はともかくビッグマム海賊団は幹部の質も高い。一筋縄ではいかない敵だ。

 倒すためには量と質の両方が必要となる。

 今後のことを考えれば、日和を鍛えておくのは悪い手では無かった。

 

「良かろう。どこまでいけるかはお前の才能次第だが──私の教えは厳しいぞ?」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 カナタは何かと忙しいので、基本的にゼンやジュンシー、グロリオーサが配下の訓練をしている。一からカナタが教えるというのは古参の部下でも珍しいことだ。

 日和が戦力になることを期待しての事でもあるが……何より、この子にはおでんとクロの意志を受け継いでいるように感じられたからでもある。

 二人は死んだが、その魂は生きていく。

 それはきっと、とても良いことだと……カナタはそう思うのだ。

 

「ああ、それと……イゾウ! 河松!」

「はい!」

「何でしょうか!」

 

 ドア越しに二人の名を呼ぶと、感極まった様子の二人が随分高いテンションで部屋に入ってきた。

 日和の言葉に何かと思うところがあったのだろう。

 それはさておき。

 

「この子は強くなりたいと言っている。お前たちはそれを止めるつもりは無いのだな?」

「本音を言えば、日和様には安全な場所で暮らしていただきたく思いますが……」

「それが姫様の意思となれば、我らに(いな)はありませぬ!」

 

 二人は日和の意見に否を唱えるつもりは無いらしい。

 どのみち多少なりとも強さを得なければこの海で生きていくことも難しい。弱ければ全てを失う世の中だ。強くて困ることも無い。

 カナタはガサゴソと金庫から何かを取り出し、日和の前に差し出す。

 不気味な紋様の入った果実──ゴロゴロの実だ。

 

「これを食べれば強くなれる。だが、口にすればもう後戻りもすることは出来ない」

「カナタ殿! その実は……!」

「本来なら誰に食べさせるか、もっと精査すべきではあるがな。これを手に入れたのは私だ。誰にも文句は言わせんよ」

 

 オクタヴィアを殺害することによって手に入れた悪魔の実だ。幾らか思うところはあるが……この子ならば、きっとうまく使ってくれるだろう。

 クロを殺した女が手にしていた悪魔の実を、クロの意思を継いだ少女に渡すのは因果なものだとは思うが。

 日和は悪魔の実を手に取り、ジッと見つめる。

 

「……これを食べれば、強くなれるんですか?」

「確実に強くはなれるだろう。だが、先も言った通り後戻りは出来ない。一口食べればお前は能力者だ」

 

 カナヅチになるし、海楼石で力を封じられることもあるかもしれない。

 だが、それを補って余りある戦闘力は得られるようになるだろう。ましてや口にするのはゴロゴロの実だ。最低限の強さは保証されている。

 そうは言っても、迷いがあるならまだ食べさせるべきではない。

 これは一生を賭けた問題でもあるのだから。

 

「もし考えたいと言うのなら──」

「いいえ。大丈夫です」

 

 日和は小さな口を大きく開け、悪魔の実を口にした。

 想像を絶する酷い味に日和の顔色が悪くなるが、飲み込んだ後で全て食べようともう一度口を開いたところでカナタがそれを止める。

 

「一口で良い。それ以降はただの不味い果実だからな」

「そ、そうなんですか……良かった」

 

 明らかにホッとした様子で胸をなでおろす日和。

 これで彼女も能力者だ。体の変化はまだもう少しかかるだろうが……念のためにイゾウと河松はしばらく傍についていてやるように言い含めておく。

 能力者になった直後というのは慣れずに制御が上手く行かないことが多い。能動的に能力を使わなければ大丈夫だろうが、何事にも保険は必要だ。

 カナタはまだスクラから絶対安静だと念押しされているので戦うことは出来ないが、日和に教えるくらいは出来る。

 もう夜も更けている。今日のところは三人を帰し、明日から修行を付けることにする。

 また、忙しい日々が始まるのだ。

 

 

        ☆

 

 

 これは余談だが。

 翌日に早速修行を付け始めたところ、それを見つけた千代が「ずるいぞ! わしもやる!」と言い出して二人とも修行を見ることになった。

 




今章はあと七武海の件と空島のその後の話で終わりです。
次話だけで済む予定なので、その次からは原作前最後の章に入ります。

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