ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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次週はお休みです。
活動報告になんか適当に書くかもしれません。


第百二十話:釈放

 日和と千代に稽古を付け始めてから数日。

 流石にまだ二人とも幼いので、出来ることと言えば竹刀を持たせて素振りなどの型を覚えるくらいだが……目標がある分、二人とも真面目に竹刀を振るっていた。

 経験を積ませれば二人とも強くなるだろうが、今のところはまだまだだ。

 カナタとしても自分の鍛錬の合間におかしな癖が無いか確認するくらいなので楽なものである。

 ……もっとも、まだスクラから絶対安静と強く言われているのでロクに鍛錬も出来ていないのだが。

 そんな折、カナタの下に五老星から連絡が入った。

 内容はやはり、〝七武海〟の続投を願うものである。

 

「では、私の要望を聞き入れるという事でいいのだな?」

『ああ。苦渋の決断ではあるが……現状、君ほどの戦力を失えば世界に与える影響は絶大だ。なるべく避けておきたい』

「フフフ、正直なことだ」

 

 莫大な賠償金。

 問題を起こした役人の首。

 海底監獄インペルダウンから定期的に能力者の虜囚を引き渡すこと。

 そして、ダグラス・バレットの釈放。

 バスターコールを発令してまで捕えたバレットの釈放など認めはしないだろうと思っていたが、想像以上に世界政府は〝黄昏〟に依存気味らしい。

 経済の基盤を支え、巨大な戦力として海軍と協力する組織になった甲斐があったというものだ。

 

『ダグラス・バレットの釈放は近く行うが……迎えはどうする?』

「私が行こう。海軍本部へ向かえばいいのだろう?」

『そうだな。そちらの方が手っ取り早い。センゴクには私から連絡を入れておく』

 

 〝インペルダウン〟〝海軍本部〟〝エニエス・ロビー〟は〝正義の門〟と呼ばれる門の内側にある海流で繋がっている。

 〝新世界〟からならば、他の場所から向かうよりも一度海軍本部へ寄って〝正義の門〟を使った方が早い。風も手伝えば数時間の距離だ。

 もちろん〝赤い土の大陸(レッドライン)〟が隔たっているので、船は〝楽園〟側で用意する必要があるが……〝黄昏〟の拠点は〝楽園〟側にもある。そちらで船を用意してカナタは身一つでマリージョアを通り抜ければいい。

 ……釈放祝いに手土産の一つでも持っていくべきか? などと考えながら、カナタは通話を切って準備を始めた。

 

 

        ☆

 

 

 海底監獄インペルダウン。

 数千とも数万とも言われる凶悪な犯罪者たちを一手に引き受ける巨大な監獄である。

 階層が下に行くごとに懸賞金は上がって行き、最下層にいるのは度を越して残虐な事件を起こした者や政府にとって不都合な事件を起こした者ばかりだ。

 バレットも当然そこに収監されており、連れてくるのに少々時間がかかっていた。

 暇を持て余しているのか、目付け役という事でついて来たガープとセンゴクはカナタの姿を見て口を開く。

 

「……お前がそれだけの傷を負ったのは、ビッグマムとカイドウとの戦いによるものか?」

「ああ、これか」

 

 全身包帯塗れで傍目から見ても大怪我だとわかる。

 二人がかりと言っても、カナタがここまでやられるほどとなるとリンリンとカイドウの評価を修正しなければならない。そういう意味でも情報を集めようという意図で発した言葉だったが、カナタは否定した。

 

「リンリンとカイドウを相手に負った傷など三日で治った。これはオクタヴィアと戦った時のものだ」

「オクタヴィアだと!?」

 

 現在行方不明で海軍が捜索している超高額の賞金首だ。カナタとの関係性はガープもセンゴクも薄々気付いてはいたが……殺し合う仲とは知らなかったので二人とも驚いている。

 オクタヴィアの強さは良く知っている。かつてロックス海賊団の一人として多くの被害を出し、多くの死傷者を出した女だ。

 ガープもセンゴクも、仮に戦うことになればかなりの被害を覚悟しなければならない相手だと思っていた。

 

「倒したのか?」

「ああ。色々と失うものはあったが……倒すことは出来た」

「……そうか」

 

 センゴクは過去に戦ったオクタヴィアの事を思い出し、今や彼女を打ち倒すまでになったカナタを見る。

 今でこそ七武海として味方の立場に居るが、この関係性はカナタの意思一つで簡単に壊れる砂上の楼閣に過ぎない。〝黄昏〟が味方でいるうちに海軍の戦力を強化することは急務だといえた。

 敵に回ればニューゲート以上の脅威となる可能性も十分にある。

 

「どこで戦ったんだ? 海軍(おれたち)の耳に入らねェってことは相当な場所に隠れてやがったんだろう?」

「空島だ」

「空島ァ!?」

 

 噂には聞くが、海軍もその存在はまだ明確に発見できていない。伝説上の島でしか無いのだ。

 そこに身を隠したことも驚きだが、空島に行ったというカナタの言葉もにわかには信じがたい。

 

「ロジャーも行ったと言っていたぞ」

「あいつもか!? 知らなかったぜ……」

「お前は海軍なんだから雑談などするはずも無かろう」

「あいつが自首してきたときに色々とな。冒険の話もそうだが、お前の話もしていた」

「そうか……ロジャーが死んでからもう4年。早いものだ」

 

 時代は大きく変わり、ロックスの右腕だったオクタヴィアも死んだ。

 大海賊時代になってから新しい世代も現れ始め、海を荒らしている。激動の時代はまだしばらく続くだろう。

 海軍もそうだが、インペルダウンも大忙しだ。

 

「──来たか」

 

 インペルダウンの大扉が開く。

 中から囚人服を着た男が堂々と現れ、入り口付近でセンゴクと看守が何かを話したかと思うと、おもむろに男の手にかけられていた海楼石の錠を外す。

 久方ぶりに手錠が外れたためか、男は調子を確認するように手首を撫でる。

 何度か手を握って問題ないことを確認すると、男──ダグラス・バレットはカナタの前で歩みを止めた。

 

「久しいな、バレット。元気そうで何より」

「……お前、その怪我はどうした」

「これか? これはオクタヴィアと戦った時の怪我だ。私より強かったのでな、流石に大怪我をした」

「そうか」

 

 ガープとセンゴクが見ている前で、バレットは拳を構え、覇気を纏って振りかぶる。

 二人は咄嗟に構えたが、狙われたカナタは片手を出すだけだ。

 

「──!?」

「触れてねェ……あいつ、まさか!」

 

 黒い雷が走り、バレットの拳がカナタの手との間に明確な距離が空いたまま止まった。

 バレットが寸止めをしたわけでは無い。()()に阻まれ、そこまでしか近づけなかったのだ。

 ガープもセンゴクも目を見開き、食い入るように相対する二人を見ている。

 

「テメェ……!」

「理解したか? これが私とお前の()()()()だ」

 

 この距離を縮めるのは容易ではない。

 バレットはそれを理解したのか、構えを解いてため息を一つ吐いた。

 

「少しはテメェに近付いたかと思ったが……また引き離されたとはな」

「フフフ。ロジャーも似たような力は使っていただろう。お前も才能はある。教えて欲しいなら──」

「テメェの傘下に入る気はねェよ。インペルダウンから出してくれたことには礼を言うが、それだけだ。おれはまだ、〝自由〟の答えを見つけてねェ」

「……そうか。それは残念だ」

 

 他に船が無いので、バレットはひとまずカナタの乗ってきた船に乗り込んだ。

 カナタはそれを見送り、じっと見てくるガープとセンゴクに視線を移す。

 

「なんだ。そんなにジッと見て」

「……お前、その力は……いや、やっぱりいい」

 

 母親が母親だ。可能性は十分にあった。

 オクタヴィアを倒すほどにまで成長したのだ。ロジャーやニューゲートも使う力を使えても何ら不思議はない。

 ガープはガリガリと頭を掻き、センゴクは考えることが増えたと片手で頭を抱えていた。

 

「海軍本部までは同行する。その後は自由にしろ」

「そうさせてもらおう。〝タライ海流〟を使った方が移動は速いからな」

 

 それに、インペルダウンのある海域は〝凪の帯(カームベルト)〟だ。大型の海王類が何匹出たところで敵では無いが、邪魔が入らないに越したことは無い。

 

 

 

        ☆

 

 

 海軍本部を経由し、カナタとバレットは〝黄昏〟の拠点としている島にやってきていた。

 バレットは最初から傘下に入るつもりは無いと言っているため、適当な船を一隻見繕うためでもある。

 

「本格的に自分の船が欲しいならウォーターセブンにでも行って造船してもらう事だな。あそこは資材の関係でやや高額だが、それでも満足できる船大工が多い」

「それも悪くねェな。だが金か……」

「海賊ならそこらに腐るほどいる。適当に襲って奪ってもいいだろう」

 

 もっとも、海賊の質はピンキリだ。食料はともかく金は無い海賊も多い。掃いて捨てるほどいる海賊も、その数の多さが仇になって財宝が手に入れられない者も多いのだ。

 

「必要なら私から仕事を回してもいい。賞金首を捕えて連れて来れば褒賞を払う」

「テメェの事だ、ウォーターセブンの経済にも手を出してるんじゃねェのか?」

「ほう、よくわかったな。確かに私はウォーターセブンの資材の運搬をしている」

「だったら一番腕のいい船大工を紹介しろ。テメェの傘下に入る気はねェが、少なくともおれが欲しいモンを手に入れるまでは仕事をしてやる」

 

 強さを求めるバレットとしても、金銭と戦闘経験を同時に積めるのでカナタの提案は断る理由がない。

 カナタは笑って契約書を用意し、「捨てるなよ」と念を押してバレットに一枚渡しておく。

 紙切れ一枚でバレットの行動を操作できるとは思わないが、こういうのは形が大事なのだ。

 

「私は今、リンリンとカイドウを相手に戦争の準備をしている」

「〝ビッグマム〟と〝百獣〟か。テメェの獲物だから取るなって?」

「いいや、好きにしろ。ただ、奴らもそれなりに強い。二人がかりなら私でも落とせないくらいにはな」

 

 ほう、と興味が湧いた顔をするバレット。

 しばらく肩慣らしをしたあとで強襲するつもりなのかもしれない。

 

「私に勝ちたいならハチノスに来るがいい。私はいつでも挑戦を受けよう」

「余裕だな。いつかテメェに吠え面かかせてやるよ」

「楽しみにしているとも」

 

 ある程度の食料と水などを積み込んだ船を引き渡し、バレットはそのままどこかへと旅立って行った。

 カナタは「せっかちな奴だ」と苦笑し、自分の仕事をするためにハチノスへ戻る準備をする。

 

 

        ☆

 

 

 それから数日後。

 カナタはジョルジュと共に空島である〝スカイピア〟へと再び訪れていた。

 前回は戦いばかりで観光も出来なかったので息抜きと……オクタヴィアとカナタの戦闘によって被害を受けた空島の住人達への償いのようなものだ。

 メンバーは前回連れてきた面々とほぼ変わらないが、安全は確認されているのともう一つの理由からオルビア、ロビンの親子を連れてきている。

 

「ここが空島……本当に空に島が浮かんでいるのね。不思議だわ」

「すごい……あの雲、乗れるの?」

「乗れる。だが、先に用事を済ませてしまおう」

 

 カナタは船を降り、住人たちが避難キャンプを作成して仮の住居としている〝アッパーヤード〟へと降り立った。

 エンジェル島はカナタとオクタヴィアの戦いのせいで雷と吹雪の止まない島になってしまったので、もはや人が住むことも難しい。

 かといって大地のある〝アッパーヤード〟に住むのも様々な問題があって難しい、というのが現状だ。

 なので、()()()()()()()()()()

 

「ガン・フォールはいるか?」

「はい。既に中でお待ちです」

 

 難民キャンプの様相を呈している村の中に、一際大きなテントが張られていた。

 ガン・フォールはその中でお茶を飲んでおり、カナタの姿に気付くと立ち上がって頭を下げる。

 

「来てくれたか。問題は山積みでな……まァ座ってくれ」

 

 二人とも席に着くと、カナタの前にもお茶が置かれる。

 面倒な前置きは無しにして、カナタは本題に入った。

 

「エンジェル島はもう人は住めない。かと言って、〝アッパーヤード〟を切り拓いて住めるようにするのもシャンディアが反発しているのだろう?」

「うむ。元々この島は彼らの祖先の土地。我々が住むことにも拒否感を露わにしており……正直、カナタ殿の部下の手を借りねば襲撃を防ぐことも難しいのだ」

「土地に根付く問題は解決も難しい。ある程度は時間が必要だが、お前たちがここに住んでいては歩み寄ることも出来ないか」

「そうだ。積み重なった怒りは……そう簡単に消えはせぬ」

 

 ため息を零すガン・フォールの姿は、年の割に随分老けて見えた。

 だが、土地の問題なら既に解決する糸口はある。ガン・フォールを連れてテントの外に出ると、難民となっていた元エンジェル島の住人たちの誰もが驚いていた。

 ()()()()()()()()()()

 

「なんと……!!? 島がまた飛んで来たのか!?」

「いや、あれは私が青海(した)から持ってきた」

「持ってきた!?」

 

 正確に言えばジョルジュの能力によるものだが、その辺りは後々説明することにして。

 

「島の名前は〝オハラ〟……かつて、住人は二人を除いて皆殺しにされた島でな、今は誰も住んでいない」

「誰も住んでいない島か。確かに好都合ではあるが……」

「元住人の二人もいいと言っている。焼け残った建物などはあるが、その辺りはそちらで何とかしてくれ」

 

 巨大な木の焼け跡付近には殺された住人たちの慰霊碑を建てており、「ここの手入れだけは欠かさないように」とカナタは要望する。

 構わぬ、と生返事をするガン・フォールは、未だに衝撃から帰ってこれていないようだ。

 

「自然現象で島が飛ぶのだから、悪魔の実の力とは言え人の手で島を飛ばしても何ら不思議は無いだろう?」

「いやいやいやそんなわけなかろう」

 

 流石にそれには納得できなかったのか、ガン・フォールはブンブンと手を振って否定する。

 オハラの島を着水させ、〝アッパーヤード〟の真横に着ける。元々〝全知の樹〟が植えられていた場所の横には現在宝樹〝アダム〟が移植されており、しっかりと根付いて成長中だ。

 かつてオハラの〝全知の樹〟に所蔵されていた本は全て回収し終え、適切な処理の下に新設された図書館に納められている。政府や海軍から身を隠すにはうってつけの場所でもあるし、研究資料もその多くをここに入れていた。

 大地の恵みも、人の住む場所も一応は解決する。シャンディアとの和解は今後ガン・フォールが行うだろう。

 現地のことは現地の住人の仕事だ。必要であれば介入することもあるが、今回の件はガン・フォールがやる気になっていることもあって介入する気は無かった。

 問題はあと一つ。

 

「オクタヴィアが連れてきた神兵たちはどうする?」

「ああ……あやつらなら今は真面目に働いておるが、引き取るかね?」

「いや、要らん」

 

 神兵長を名乗るエネルを筆頭に、神兵と神官の生き残りは空島に残した部下たちの監視の下で労働作業に従事していた。

 旗頭になっていたオクタヴィアは既に死んでいるし、勢力的にもカナタには勝てないと判断して投降したのだ。

 ……石化していたのでオクタヴィアとカナタの戦いの事は知らないが、エンジェル島の現状を見せると大人しく従ったらしい。

 兵士にするには練度が低く、農作業に従事させる程度が関の山だろうとカナタは判断している。

 〝新世界〟の兵士や海賊は無理でも、〝楽園〟や四つの海の海賊くらいなら彼らでも十分戦えるだろうが。カナタの基準は非常に厳しかった。

 頭は悪くないようなので、そのうちガン・フォールの補佐をやらせても良いかもしれない。あるいはそれ以外の仕事をやりたがればそちらでもいいだろう。

 

「一通りの問題はこれで解決か……〝アッパーヤード〟には遺跡もあった。出来ればうちの考古学者たちが調べたいと言っていたが」

「吾輩は構わぬが、シャンディアの者たちがうるさかろう。しばらく待ってはくれぬか?」

「そうだな。急ぐことでもない」

 

 オルビアは調べたくてうずうずしているようだが、ブレーキを掛けるのはカナタの役目だ。

 しばらくは移住で忙しくなるだろうし、カナタとしてもこの島特産の〝(ダイアル)〟は色々と調べたい。商品になるなら量産体制も整えねばならないため、考えることは多い。

 もっとも、しばらくは療養する予定なので仕事からは離れることになるのだが。

 




END 神聖継承領域スカイピア

NEXT 激動/GONG

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