ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第十二話:天竜人

 

 チンジャオは激怒した。

 厳密にいえば、八宝水軍と契約を交わしている花ノ国の上層部が激怒した。

 港の一つが壊滅したうえ、山は崩れて大きく荒れたところもある。当然といえば当然な反応だった。

 近く天竜人が来るということも相まって、国としても体裁を整えるために大至急金と物資を請求されてしまったが……当然ながら、カナタたちには即決で払える金額ではなかった。

 それゆえに。

 

「……悪魔の実か?」

「相場で売れば一億ベリー。それが三つ(・・)。ひとまずこれで我慢してくれ」

「……うむ、上々か。正直に言えば、刃傷沙汰になるかもしれんと覚悟していた」

「私としてもそれは望まない。この額は痛いが、今後の取引で賄える部分もあるだろうと踏んだ」

 

 八宝水軍は曲がりなりにも国と手を結んでいるマフィアだ。取引額は今までの額よりも断然高い。

 それに実質的な持ち出し額はゼロに近く、これで手を打ってもらえるというのならカナタとしてもありがたかった。

 商人としての信用も落とさず、国と関係を持っている八宝水軍と取引をおこなえるのだから、この程度で済んだことをありがたく思うしかないだろう。

 

「ひやホホホ……しばらくはそちらと取引を増やすことにしよう」

「そうしてくれるとありがたい」

 

 今回の件はカナタたちを──厳密にはフェイユンたちを──狙ったものではあるが、チンジャオたちにとっても無視できない事件でもあった。チンジャオとてその辺りはわかっているため、謝礼の意味も込めて巨額の取引を提示することにしたのだ。

 もっとも、最初は借金を払えないものと判断してジョルジュ一家を下部組織にしようと画策していたわけだが、それはそれ。マフィアとして取り込めるならば取り込みたい人材が多かったというだけの話。

 商談も一段落し、カナタはぬるくなったお茶に手を付けながらチンジャオへと疑問を投げかける。

 

「天竜人が来ると聞いたが、いつ頃だ?」

「おおよそ二月後。冬も峠を越したころになる。それまでに港と街道の修復をしなければならない」

「単なる傭兵が随分と国内のことを任されているのだな」

「ひやホホホ……どこも手が足りねェのさ。天竜人が来るとなれば、どこも死ぬ気で準備しなきゃならねェ」

「〝創造主の末裔〟か……腐敗した権力の象徴と聞くが」

「そうさな、下手なことをやれば海軍大将が出張ってくる。お前さんも気を付けるがいい。見目がいいと妻にされてマリンフォードまで無理やり連れていかれるぞ」

「それは怖いな。大人しく船から降りないようにしておこう」

 

 笑うチンジャオに肩をすくめるカナタ。

 実際笑いごとではない。カナタの見目であれば十分あり得る可能性だし、下手に抵抗すれば政府の諜報員であるサイファーポールに海軍まで出張ってくるかもしれない。

 出来れば花ノ国にはいたくないものだな、と心の中でメモしておくことにした。

 

 

        ☆

 

 

 花ノ国で数日ほど物資輸送の調整をし、別の島へと向かうことになった。

 全員少なからず傷を負っており、無傷なのはゼンとカナタくらいのものである。クロも怪我はしていたが既に治った。

 彼の場合、治ったというよりも飲み込んだ(・・・・・)といった方が正しいのかもしれないが。

 

「カナタ殿、少々よろしいか?」

 

 荷物の搬出も終わり、特にやることもなく暇を持て余していたカナタの部屋にゼンが訪問してきた。

 言われるままに連れ出され、冷え込んだ空気の中で甲板へと出る。

 雪がちらつく甲板の端に、様々な厚手の布を縫い合わせただけの不格好なコートを着たフェイユンがいた。

 チンジャオにも確認したが、やはり巨人族用のコートなどは偉大なる航路(グランドライン)でもなければ入手は難しいらしい。いずれそちらにも手を伸ばすことがあればよいが、とカナタは思っている。

 

「カナタさん!」

 

 うとうとしていたフェイユンだが、カナタが来たと気づいた瞬間に「にぱー」っと笑顔を浮かべ、立ち上がってパタパタと小走りで近付いてきた。

 犬みたいだな、と率直な感想を浮かべながら、笑顔で迎えるカナタ。

 

「話があると聞いたが、何か不便なことでもあったか?」

「いえ、そうじゃないんです。ジョルジュさんは相変わらず怯えてますけど、色々気を利かせてくれますし。クロさんはちょっと見た目が変なだけですごくいい人ですし。ジュンシーさんは……あんまり話さないんですけど、居心地悪くないように気を配ってくれて……みんな、とてもいい人たちばかりで」

「……そうか」

「だから……だから、その、えっと……」

 

 もじもじと指をつつき合わせて視線を揺らす。

 ゼンはニコニコとしながら──馬面の表情など読めないのでカナタの想像だが──フェイユンの答えを待っている。

 やや顔を赤くしたフェイユンは、覚悟を決めたように真っすぐとカナタを見た。

 

「わ、私たちをこの船に置いてください!」

「構わない」

「なんでもしま──え、いいんですか?」

「元々私たちから提案したことでもある。二人がここにいてくれるなら歓迎しよう」

「ヒヒン。だから言ったでしょう、フェイユン。心配は不要だと」

「うん……うん……!」

 

 安堵感からか涙ぐむ彼女の足を撫でて、カナタは苦笑を漏らす。

 

「お前たちの気が済むまでずっといて良い。どこか行きたいところがあれば連れていく。欲しいものがあれば言うがいい。我々と〝違う〟からと遠慮することはない」

「……なんというか、母親のようですな」

「私はまだ十五だ」

 

 十五!? 嘘でしょう!? と驚くゼンにどういう意味だと視線を投げる。

 思わずといった様子で顔をそらすが、彼の場合は多少顔を背けたところでジト目で見られていることが見えているだろう。

 馬なので目は横にある。

 

「お母さん、ですか?」

「……そうだな。フェイユンがそう呼びたいのならそう呼んでもいい」

 

 母と呼ぶには些か若すぎるが、とカナタは思う。

 フェイユンの親に関しては特に聞いていないが、この様子だと死別したと考えるべきだろうか。あまり踏み込んだことをいうことは避けたいのだが、聞いておいた方が後々いいかもしれない。

 ゼンが拾って育てたという時点で、なんとなく想像は出来るけれど。

 

「フェイユン、お前の本当の両親は一体どうしたのだ?」

「……エルバフの村って、ご存じですか?」

 

 巨人の国の中でもとりわけ有名な国の名を、フェイユンは口にした。

 目をぎゅっとつむり、苦々しい顔で。思い出したくないという気持ちがありながらも、彼女は続ける。

 

「私、その国の出なんです。でも、両親と一緒に海へ出て……海賊に、襲われたんです」

 

 過去の記憶がフラッシュバックする。

 どんなに忘れたくても忘れられない、巨人族にとって(・・・・・・・)最悪の存在が暴れていた。

 一度目に〝彼女〟が暴れた時はエルバフの村が半壊し、尊敬する巨人族の英雄が死亡した。

 二度目に〝彼女〟が海賊として現れた時、殺戮と略奪を繰り返してフェイユンの両親も殺された。

 

『ハ~ハハママママ!! お菓子を置いていきな! お菓子がないなら滅ぼしてやる!』

 

 人間族の中でも極めて巨大な体の女性。

 太陽(プロメテウス)雷雲(ゼウス)を従え、海を荒らしまわった海賊──〝ビッグ・マム〟シャーロット・リンリン。

 それと出会った両親は数年前に殺され、フェイユン自身は命からがら逃げだしてゼンに拾われて今こうしているのだと言う。

 

「……シャーロット・リンリンか」

 

 懸賞金の額は確か五億を超えている。

 その強さは圧倒的で、偉大なる航路(グランドライン)後半の海で大暴れしているという、現代の大海賊の一人。

 襲われては確かにひとたまりもあるまい。

 

「エルバフの村に帰りたいって思ってましたけど……行く先々でいろんな人に襲われて」

 

 悪魔の実を食べ、金獅子海賊団傘下の海賊に目を付けられ、ゼンに守られながら凪の帯(カームベルト)を超えてこの海にまで逃げてきた。

 想像を絶する旅だっただろう。

 それでもここまでたどり着いたのだ。

 

「エルバフの村か……ここからだと流石に遠いな。凪の帯(カームベルト)を通れるならいいが……」

「あまりやりたいことではありませんね。海王類の巣ですから」

 

 それなり以上の実力者がいれば通り抜けることは消して不可能ではない。が、それでも進んで通りたいとは思わないルートだ。

 ゼンとてずっと戦い続けていたわけではないにせよ、通り抜けるとなればかなり疲弊する。

 

「覇王色の覇気で簡単に通り抜けたりは出来ないのか?」

「さて、どうでしょうか……私も覇王色は持ち合わせていませんから」

 

 顎をさすりながら思案するゼン。

 覇王色の覇気で海王類を威圧すれば、あるいは被害もなく通り抜けることが可能なのかもしれない。チンジャオなどに聞いてみれば何かいい方法を知っている可能性もある。

 ともあれ。

 

「エルバフか。いずれ訪れてみたいものだな」

「いいところですよ。皆いい人たちばかりです……ゲルズちゃんやハイルディン君、元気にしてるかな……」

 

 遠い故郷に思いを馳せ、静かに瞳を閉じる。

 カナタには望郷の念などないが……帰りたいと願う気持ちは理解できる。

 今は無理だが、いずれは連れて行ってやりたいものだと静かに考えていた。

 

 

        ☆

 

 

 天竜人が来るということで、慌ただしく準備のために走り回ることになった。

 資材を運ぶための船が大量に行き来することとなったため、カナタたちも自然と駆り出されていた。

 出来れば天竜人が来る当日は別の島にて待機していたいものだが、「天竜人の船の前を横切ることは不敬」だからと出航許可が下りなかった。

 過去に横切って船を沈められた例もあるらしく、能力者が多数在籍するジョルジュ一家はどうあれ留まることを余儀なくされていた。特にフェイユンなど、海に落ちては誰も助けられない。

 

「決して船から出ないこと。天竜人に見つかると面倒だ。誰か来ても対応は俺たちでやるからよ」

「私と……カナタさんもですか?」

「そうだ。こいつが出ると高い確率で厄介事が起きる。俺ァ確信してる」

 

 ジョルジュは断言した。カナタが表に出ると必ず何かが起きると。

 毎度毎度何かしらトラブルを起こす、あるいは呼び込んでいるのがカナタだからか、ジョルジュは確信を持っている様子だった。

 言われた当人は肩をすくめただけだが。

 

「お前と違って色々と動き回っているからな。引きこもりよりも動いている方が何かしらの事態に遭遇するのは当然だろう」

「グサーッ!! 刺さったぞ今! 俺だって好きで引きこもってるわけじゃねェ!!」

 

 経理やら注文やらといった部門はジョルジュの直下でやっているため、どうしても実働のカナタたちよりも動くことは少なくなる。

 「だが俺の方が人生経験はある! テメェと違って余計な騒ぎなんざ起こさねェ!」と言い、ジュンシーを伴って出て行ったジョルジュから電伝虫に連絡があったのは昼過ぎのことだった。

 甲板に出ることも出来ずにカナタが作った食事で昼を済ませ、暇を持て余しているときのこと。

 

『……すまん。どこから漏れたのか、天竜人が山よりもでかい巨人を見せろって言ってきててな』

「貴様、私に好き勝手言っておいてそれか」

『イヤ本当にすまん。でもこれは俺悪くないと思──』

 

 ガチャ、と無造作に電伝虫を切る。

 間を置かずに連絡が来て、受話器を取る。

 

「こちらカナタ」

『私だ。チンジャオだ』

「……天竜人絡みか?」

『いかにも。誰かから連絡があったか?』

「ちょうど今しがたな。フェイユンを見世物にするつもりか?」

 

 静かに怒気をにじませたカナタの声色に、チンジャオも困った様子で話を続ける。

 

『私としても避けたかったことだ。だが、あれだけの戦闘、それも天を突くような二人の巨人の激突など緘口令を敷きようもない』

「それはそちらの都合だ。この場にいないといってしまえば済む話だろう」

それで済まないのが(・・・・・・・・・)天竜人なのだ(・・・・・・)

 

 厄介な話だ、と両者が同時にため息をこぼした。

 無視したいし、出来れば拒否したいが、それはそれで厄介なことになるだろう。

 非常に嫌な予感しかしないが、動かざるを得ない。フェイユンにも嫌な思いをさせてしまうだろう。何かしらの埋め合わせを考えなければと思いながら、カナタは通話を切った。

 

 




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