前々章の人物纏めを投稿したときにおかしな操作したのかもしれません。お騒がせしました。
第百二十一話:ドラゴンからの依頼
オクタヴィアを打ち倒した四年後のこと。
変わらず勢力を拡大し続ける〝黄昏〟は、時折〝百獣海賊団〟や〝ビッグマム海賊団〟と小競り合いを起こしつつ七武海として秩序の維持に貢献していた。
日和と千代を鍛える傍らで自身の鍛錬も怠らないカナタだが、そろそろ組織としての成長に停滞を感じ始めていた頃。
一本の電話がカナタの下へと入ってきた。
『──久しいな、カナタ。息災か?』
「随分懐かしいな。まめに連絡を入れるような男ではないと思っていたが、ロジャーの一件以来か」
電話をかけてきたのはドラゴンだ。
ロジャーが処刑された夜、〝
何の用もなく連絡を入れてくるような男ではない。何かしらあるのだろうと考えて。
『色々と話したいことは多いが……今、時間はあるか?』
「ふむ。急ぎの仕事は無い。構わん」
『ありがとう──最近、〝
「病……北、というと、〝
〝
地層から採れる珀鉛と呼ばれる鉛の影響で街は白く染まっており、また珀鉛を利用した産業で儲けている国でもある。童話のような街に憧れを抱く者も少なくないが……今現在、奇病に侵されて騒ぎになっている街でもあった。
カナタもその辺りの情報は既に把握している。国民が次々に発症する謎の病気として新聞でも報道されているし、政府の手引きで王族が脱出の準備をしていることまで掴んでいた。
「その街がどうした? 珀鉛でも欲しいのか?」
『その辺りに興味は無い。だが、世界政府は珀鉛の毒性を知っていた可能性がある』
「知っていただろうな。どうあれ鉛の一種だ。中毒症状くらい起きても不思議ではない」
何より、珀鉛を使用した産業を認めるにあたって毒性を調べないはずがない。高品質な物なら手元に置きたいのが天竜人のスタンスだ。
それが
中毒症状が出るとわかっていても使用され続けた
『……お前も知っていたのか?』
「想定していた、と言った方が正しいな。珀鉛の商品を扱うことも考えていたが、鉛の一種であることを考慮して手を出さなかった」
『そうか……』
扱う金額も大きいのでリターンはあったが、リスクを考慮して手を出すことは控えていた。
ドラゴンは少し考え込んだ様子で、少し間を空けて口を開いた。
『……頼みがある』
「珍しいな、お前が私に頼るなど」
『おれの力ではどうにも出来ないと判断した。その点、お前なら何とかしてくれるのではないかという期待もある。──珀鉛病に侵されたフレバンスの住人たちを救って欲しい』
「……それがどれほど難しいことか、わかった上での発言か?」
『ああ』
今のところ世間の見方として伝染病であると考えている者も多いようだが、原因が珀鉛にあるならそれは中毒症状だ。伝染するようなものではない。
とは言え、周辺諸国が伝染病と考えているなら国境は封鎖されているだろう。物資も入ってこない。日に日に弱る住人。それらの問題を抱えながら治療をすることは極めて難しいだろう。
何より
「資金、人材、時間、物資……あらゆるものが必要になる。お前では捻出できないから私に頼ったのだろうが、私に出来ることも限度がある。それでも私に頼むのか?」
『──ああ。それでも、おれはお前に頼るしかない。世界政府の都合で虐げられる弱者など、目に余る』
「フフフ……そういう意志の固いところは好ましいな」
良かろう、とカナタは承諾する。
「貸しにしておいてやる。いずれ何かしらの形で返してもらうとしよう」
『ありがとう、カナタ。おれに出来ることがあれば何でも言ってくれ』
世界政府の基盤をグラつかせるにはいいチャンスということもある。国の王族が国を見捨て、世界政府加盟国から除外されるのも時間の問題だ。
その国をよりにもよって海賊が救うという話はなるべく広めておいた方が都合がいい。
七武海と言えども完全に政府の味方では無いのだ。
だが、まずは確認すべきことがある。
ドラゴンとの話を終えたカナタは、そのまま五老星へと連絡を入れた。
『……君の方から連絡をしてくるとは珍しいな。何かあったか?』
「フレバンスの件で聞きたいことがある。あの島──というよりは国か。王族を逃がした後は世界政府加盟国として扱う気はあるのか?」
『どこから王族を逃がすという情報を……いや、いい。既に加盟国から除外されることが決定している』
今後天上金を支払うことも出来ないだろうし、何より国を治める君主がいない。これを国として認めることは出来ない、という判断なのだろう。
ならば好都合だ。
何しろ、王下七武海には
既に加盟国から除外されることが決定しているなら実効支配したとて文句を言う者もいない。
『何かするつもりなのか?』
「要らないと言うなら貰うまでだ。それ以上の意味は無い」
カナタは五老星にそれだけ告げて通話を切り、今度はスクラに対して連絡を入れる。
病気の治療にかかるのは医者だ。どれだけ手が空いているかを確認しなければ動かすことは出来ない。
あらかたの事情を話したところ、スクラは興味津々で船に乗ることを了承した。
「医療班はどれくらい連れていける?」
『余剰人員は相当数いる。このところ小競り合いも起きていないから基本的には暇だ。ぼくも最近は研究ばかりで治療にはほとんど携わっていない』
「そうか。最新鋭の病院船がある、医療班はそちらを使って治療にあたって欲しい」
『わかった。珀鉛病か……興味深いな』
以前作るだけ作ってあまり出番のない病院船を使う許可を出し、医療班で連れていける人員を選定するようにスクラに通達する。
あと必要なのは護衛、物資くらいだが……カナタはまずスコッチに連絡を入れ、食料や水、医療品を出来る限り用意するように伝えた。次にカイエを呼び、今回の作戦における指揮を任せる旨を伝える。
何故かティーチもついて来たが、それは無視した。
「私が指揮、ですか?」
「ああ。お前もそれなりに経験を積んできた。実力もあるし、そろそろこの手の経験を積んでもいい頃合いだろうと思ってな。どうだ?」
「……はい! 出来る限り頑張ります!」
まだ年若いが、実力は十分ある。今まではそれなりに年齢を重ねた者ばかりが指揮していたが、後進を育てねば何事にも先は無い。
士官教育はカナタがおこなっていたが、カイエの成績は悪くないので大丈夫だろうと判断した。
それに、今回は基本的にスクラたち医療班が主体になる。カイエの役割は医療班の情報を聞いてカナタに報告を上げることと、必要な物資のリストアップだ。
周りの国との緊張状態が続いているので護衛船団としての役割もあるが、カイエが直接出張る必要は無い。
「ゼハハハハ!! 姉御も遂に指揮を任されるようになったか! だがよ姉貴、おれは駄目なのか!?」
「お前は壊すことしか出来ないだろう。今回の作戦は不向きだ」
「護衛ってんならおれだって出来ると思うぜ?」
「今回の作戦場所は〝
スコッチに連れていく人員はしっかり言う事を聞く者だけに絞れと言ってある。今回の件はそれだけデリケートな話なのだ。
病院船一隻に護衛の軍艦を二隻。〝
周辺諸国は感染症と判断して国境を封鎖しており、何かあれば爆発しかねない状況であるため、護衛の武装を怠ってはならない。
「カイエならその辺り、うまくやるだろう」
少なくともティーチよりマシだ。
「出発は三日後。それまでに準備を整えておくように」
「はい。期間はどれくらいを見込んでいるんですか?」
「どういう病気かにもよるが……最短でも一ヶ月。長くなるとしても半年に一度は報告のために一度戻らせる」
この辺りの判断は難しいところだが、少なくとも食料や医薬品は定期的に運搬する必要がある。人員の交代は都度行えばいい。
カイエは納得したように頷き、準備のために部屋を出ていく。
ティーチも用が無くなったのか部屋を出ていこうとするも、出る直前にカナタに呼び止められた。
「お前には別件で仕事だ。こちらはお前向きだぞ」
「ゼハハハ! おれ向きか、そりゃあいい!」
「────」
カナタが仕事の内容を話すと、ティーチは眉根を顰めた。
仕事自体は別に何の問題も無いが、政府にバレると面倒なことになる類の仕事だからだ。
「……いいのか? バレると面倒になるんじゃねェのか、それ」
「
電波の妨害をするツノ電伝虫の使用許可まで出すとは、本気らしい。
ティーチは笑い、「任せろ!」と張り切って準備をするために部屋を出て行った。
やることだけを聞いて出て行ったティーチだが、彼に求めるのは強さだけだ。それ以外の部分に関しては補佐を付けるので問題は無い。
誰からの依頼か、という点に関しても二人には話さなかった。
ドラゴンは昔、カナタの船に乗っていたが……もう10年以上前の話だし、古株の面々以外は彼がカナタと共に海を駆けたことを知らない。
カイエはともかくティーチもまだ乗っていなかった頃の話だ。
今はドラゴンも雌伏の時期であり、カナタとの関係性もあまり表沙汰にしない方が良いと判断して、二人には伝えなかった。
どこから政府に漏れるかわからないのもある。どうも、最近は〝黄昏〟内部にも政府のスパイが潜り込んでいるようだから。
☆
日和は現在、〝小紫〟と名を変えており、常に狐の面を被って過ごしている。オクタヴィアの使っていた悪趣味な仮面のレプリカもあるが、流石にそれは本人が拒否していた。
名を変えて顔を隠すのは裏切り者対策だ。いずれ戻ってくるであろうおでんの家臣の中に裏切り者が交じっていた場合に様々なデメリットがあるため、先んじて情報統制をしておこうという事になっている。
色々と面倒事は多いが、日和──小紫もそのことを理解して行動している。そのため、〝黄昏〟内部でもあまり他人との接触は多くない。
カナタとの訓練以外は基本的に自由に過ごすように言われているが、イゾウの方針で千代共々図書館で勉強に励んでいた。
「あっつい……何とかならんのか、この暑さ」
「ワノ国と違ってハチノスは夏島だから。基本的に一年を通して暖かいし。特に今は夏だし、もう仕方ないよ」
「毎年同じこと言っとる気がするのう」
カナタは暑いのが苦手なのでカナタの執務室はいつでも冷えているが、用も無しに遊びに行くような場所でもなかった。
冷房があるわけでは無く、彼女自身の力で冷気を垂れ流しているだけだが。
「カテリーナさんが作ったこの扇風機とやらで何とかしのぐしかないね」
「それ、この暑い中で使っても熱風が来るだけなんじゃが……」
小紫の能力で電気はほぼ無限に供給できるため、カテリーナから様々な試供品を渡されている。扇風機もその一つだった。
一般に出回っているものではなく、最新型の羽無し扇風機である。
「ま、無いよりマシか……ん?」
千代は扇風機の風にあたって少しでも涼もうとしていたところ、扇風機の向こう側でロビンが本の山を作っていることに気付いた。
ロビン自身はあまり人に話しかけに行くタイプでは無いが、千代は他人の事情に構わず話しかけに行くタイプなので、二人の間には接点があった。
もっとも、話はあまり噛み合わないが。
「ロビン! お主もなんぞ勉強しとるのか?」
「あら、千代。私は今までに見つかった〝
「まァのう。イゾウが中々にスパルタでな」
「ふふふ。あの人、張り切って授業してるものね」
今どきの海賊は馬鹿ではやっていけない。〝黄昏〟は特に商人としての一面もあるので、上に行こうと思うと必ず学が必要になる。
子供たちを集めた学校のような施設もあるが、幹部の身内という事で小紫と千代の二人はイゾウの授業を受けて勉強をしている。
イゾウはおでんの家臣として恥ずかしくないようにと多様なことを学んでいるため、講師としても優秀だった。
ロビンも時折イゾウの授業を見かけていたが、小紫と千代の授業の時は力の入れようが違うことが一目見てわかるほどだ。
「しかし、〝
「ええ。古代文字で書かれた、未来へ向けて遺されたテキスト。〝空白の100年〟に何があったのか、私は興味あるの」
「今から800年くらい前にあったっていう〝空白の100年〟ですか? 私の母上も、生まれたのは800年くらい前だって言ってました」
小紫は寝物語に聞いていたトキの言葉を思い出す。
かつて、彼女は悪魔の実の力で時間を渡りながら現代まで過ごしてきた。
最初は旅に同行する者もいたらしいが、500年くらい前にはぐれて以降会っていないと言っていた。
普通に考えればもう生きていないだろうが、トキ曰く「二人の内片方はちょっと特殊だから生きているかもしれない」と遠い目をしていたことを覚えている。
「……その話、興味あるわね。詳しく聞かせて貰える?」
「いいですけど、あんまり詳しくは覚えてなくて……」
そもそも小さい時に寝物語として聞かされていた話の上、最後に聞いたのも数年前の話だ。
詳しく聞かせてほしいと言っても、小紫自身があまり覚えていなかった。
「構わないわ!」
「ええと……」
ばっちりメモを用意して聞く準備万端のロビンに対し、小紫は狐面の裏で難しい顔をしながら頑張って思い出していた。
「確か……〝暗月〟っていう人と、〝塞き止める竜〟と一緒に時を渡ってた、って」