ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

142 / 249
第百二十二話:フレバンス

 北の海(ノースブルー)、フレバンス王国。

 〝白い町〟とも称されるこの国は現在、多くの病人で病院はパンクし、国外での治療を求めて移動しようとして殺される者が相次いでいた。

 既に国境は封鎖され、王族は逃げ出し、誰もが痛む体と治療法の見つからない病に恐怖してパニック状態になっている。

 ──その状態の時に現れたのが〝黄昏〟の海賊旗を掲げた船団だった。

 

「……これは」

 

 随分と酷い。

 港から見える範囲でも既にそこかしこでパニック状態の市民の姿が見える。

 王族は既にいないため、このパニックを治めようとする者がないのだろう。治めるための警察機構も機能していないと考えられる。

 

「ひとまず、スクラを病院に連れて行けばいいんですね?」

「ああ。細かいことは君に任せる。ぼくはぼくの目的を果たすだけだ」

 

 診療道具をバッグに詰め込み、既に準備万端でカイエの後ろに待機していた。

 呆れるほどの行動の速さだが、今はその行動力がありがたい。時間を掛けられる状況ではないため、スクラに護衛を数名つけて近くの病院へ。白鉛病の詳細が不明なため、まだむやみに接触することは避けるべき段階だ。

 カイエも状況把握のためにスクラと共に病院を目指し、街中を移動する。

 

「トップがいなくなったせいか、統治が全く出来ていないようですね……少々厄介そうです」

「治療の邪魔さえされなければいい。睨んでくるだけなら可愛いものだ」

 

 マスクに白衣を着たスクラは、病院に移動する最中でも市民のほとんどが肌に白いあざを付けていることを確認する。

 想像以上に広がっていることに舌打ちをしつつ、一番近くにあった巨大な病院に正面から入っていく。

 当然、中にいた医者たちは困惑してスクラたちを先に行かせまいとする。

 

「な、何だ君たちは!? ここは病院だ! 海賊の来るところじゃない!!」

「ぼくは医者だ。〝白鉛病〟の治療をするために〝黄昏の海賊団〟から派遣されてきた。病人のカルテを見せろ」

「黄昏の……!? 七武海が何故この島に!?」

「世界政府は既にこの島を加盟国から除外しました。非加盟国に対するあらゆる行動は世界政府によって許可が出ています」

「この国から一体何を略奪するつもりだ……もう、この国には病人しか残っていないんだぞ!」

「我々は略奪のためにこの島に来たわけではありません。この病気の解決法を探りに来たのです」

 

 カイエの淡々とした回答に唖然とする医者の男性。

 スクラはその間にバッグを下ろして医療器具をいくつか取り出し、ベッドに寝ている病人の診察を始める。

 カルテを持って来ないことに業を煮やして自分で勝手にやり始めたらしい。

 それに気付いた医者の男性が止めようとするも、カイエが男性の腕を掴んだ。

 

「お、おい! 何を──」

「先も言いましたが、彼は医者です。我々は〝白鉛病〟の解決のために来ました。手を貸していただけますね?」

「……世界政府が君たちを派遣したのか?」

「いいえ。世界政府はこの国を見捨てています。そうでなければ加盟国から除外するような真似はしないでしょう。今回の行動は我々独自のものです」

 

 世界政府の指示で、という部分は明確に否定しなければならない。

 カナタからの指示で動いている、ということを強調しなければ、フレバンスの市民たちは世界政府に感謝してしまう。

 今回の目的の一つは世界政府への信頼を落とすことだ。そこだけは間違えてはならない。

 カイエと男性が話している間にスクラは一人で診察を続け、独自にカルテを書いていく。男性も色々思うところはあるようだが、今は一人でも医者が必要だと割り切ったのだろう。

 ……男性自身もまた、白鉛病にかかっているためだ。

 

「カイエ、こっちにきて手伝ってくれ」

「私は護衛であって医者では無いのですが……」

「気にするな。些細なことだ」

 

 マスクに手袋など、感染症である可能性を考えて防護用の物を着せて診察を手伝わせるスクラ。

 ため息を吐き、言っても聞かないと判断してカイエはスクラの手伝いを始めた。

 

 

        ☆

 

 

 フレバンスに到着してから一週間。

 ひとまず感染症では無いことが確定し、乗ってきた医療船を開放して市民の治療にあたり始めた。

 治療と言っても現段階で出来ることは限られている。精々が精密検査をして痛み止めを処方するくらいだ。

 病の大元を断たねばならない。

 カイエはこの一週間で得られた情報を精査し、ひとまずカナタに報告していた。

 

『……なるほど。ありがとう、カイエ。不慣れな仕事で疲れただろう』

「いえ、それほどでもありません。作業の大部分は医療班の方が大変ですし、私は報告書をまとめただけですから」

『自分のやったことを卑下するな。医療班の大変さとお前の作業の大変さは別のベクトルだ。一概に纏められるものではない』

 

 カナタは諭すようにそう語り、『しかし』とため息を零す。

 

『中々厄介な状況だな。感染症ではないが、国民のほぼ全員が発症。発症していないのはこの国に住み始めてからそれほど時間が経っていない者ばかり』

 

 フレバンスにおける白鉛の発掘は主要産業だった。仕事を目当てにこの国に移り住んだ者もいる。

 いつ自分が発症するかわからず、恐怖におびえている者も多いという。

 

「今のところ症状が改善した例もなく、治療法もありません。スクラに治療出来るのでしょうか?」

『そこは信用している──と言いたいが、鉱毒を原因とする病気は治療が難しい』

 

 そもそもの話、このフレバンスという国は()()なのだ。

 鉱石は言うに及ばず、地面や草木まで白く染まっている……童話のように美しい国だと人は言うが、カナタからすればゾッとする話だ。

 白鉛は真っ白な鉱石だが、地面や草木まで白くなるという事は()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 この地で取れる作物。作物を食べる動物。そして作物や動物を食べる人間。

 食物連鎖の過程で毒素は徐々に濃縮され、少量なら害がない白鉛の成分も莫大な量が溜まり続けたことで病気となる。

 カナタはこの病気に似た例を知っている──()()だ。

 

『スクラであれば長期的に見て解決する手法を確立できる可能性は十分ある。しかし、患者の方がそれに耐えられない可能性も十分にある』

「……では、どうするつもりですか?」

『少なくともフレバンス王国は放棄するしかあるまい』

 

 カナタの言葉にカイエは目を丸くした。

 フレバンスに乗り込み、市民を治療するのは今後北の海(ノースブルー)での拠点として使用するためだと思っていたからだ。

 放棄するのでは市民を治療する利点が見当たらない。世界政府に嫌がらせをするだけにしてはあまりにもかけた金額が莫大に過ぎる。

 

「大丈夫なのですか? それでは利益は何も出ませんが……」

『痛手ではあるが、利益の総額からすればそれほどではない。王族の残した城には何か残っていたか?』

「いえ、それが何も残っておらず……既に脱出した後で、少々小銭が転がっている程度です」

『だろうな。鉱毒があることがわかっていながら市民に掘らせ続けた連中だ、この状況になるのはわかりきっていたはずだ』

 

 貴金属に宝石類、金銭の類は全て船に載せて脱出済みという訳だ。

 だが、政府の避難船が動いたのはここ最近の話。カイエたちとは入れ違いになったと見える。

 

『……まぁ、そちらはいい。既に対処済みだ』

 

 ここから問題なのは、フレバンスを放棄して市民たちをどこへ移送するか、という話になる。

 北の海(ノースブルー)はカナタ達も裏のマーケットを利用することもあって拠点を用意してはいるが、それはあくまで貿易拠点としてのものに過ぎない。

 国の住人を一手に引き受けられるほどのキャパシティは無いのだ。

 この国で取れる食料、水どちらも白鉛に汚染されていることを考えると、早期に移送を考えねばならないが……黄昏の仕事は多岐に渡る。この件に割けるリソースは限られていた。

 移動先の島もだが、根本的に島の住人全員を早期に移動させるための船が足りない。

 加えて医療設備も大量に必要となる。

 カナタは少々考え込み、カイエは「後でかけなおしましょうか」と提案したところ、『あまり頼りたくはないが』と前置きしたうえで判断を下した。

 

()()()()を使う』

 

 

        ☆

 

 

 ジェルマ66(ダブルシックス)

 世界経済新聞社に載せられている〝海の戦士ソラ〟という物語の悪役としての名前が広く知られているが、彼らは想像上の悪の軍隊ではなく()()()()()()だ。

 海遊国家〝ジェルマ王国〟が保有する科学戦闘部隊の事をジェルマ66(ダブルシックス)と呼び、別名を〝戦争屋〟と言う。

 彼らは海遊国家というだけあって巨大な船を複数所有し、そこを国土として暮らしている。

 本来は戦力を貸し与える代わりに莫大な金銭を要求する彼らだが、カナタは彼らを運び屋兼一時的な療養所として使用することにしたのだ。

 

「……まさか貴様の方から連絡があるとは思わなかった」

『私もお前を頼るつもりは無かった。だが、金で解決出来ることならそちらの方がいい。一国の住人のほとんどが病気なんだ、それを受け入れる側にも相応の準備が必要になる』

「なるほど、それを考えれば確かに合理的な判断だ」

 

 ジェルマの国王──ヴィンスモーク・ジャッジは厳かに頷き、カナタの判断に理解を示した。

 彼自身が科学者という事もあり、医療設備などは潤沢に整っている。一時的にでも療養所として使えるのは非常にありがたかった。

 代わりにかなりの金額を吹っ掛けられているが、ジャッジはカナタに対しては交渉する心づもりがあるらしく、通話を切ろうとはしない。

 

「医療設備の使用、ジェルマの国を足として使用すること……その間の料金は莫大だ」

『わかっている。いくらだ?』

「だが、私にはこれを割引く権限もある」

『……私に何をさせたい?』

 

 ジャッジの思惑に気付き、カナタは金を支払って終わる話から交渉へと頭を切り替えた。

 

「兵士たちや私の訓練相手と、そちらで開発された最新式の機材を」

『……良かろう。前者はそちらに乗せた部下に任せる。後者は少々時間を貰う。いいな?』

「ああ。それと、優秀な医者がいるのだろう? ──私の妻を診て欲しい」

『……スクラに伝えておく。フレバンスの市民の合間に診察をするようにな』

「……感謝する」

 

 ジャッジは「追って金額を伝える」とだけ伝えると、電伝虫の通話を切った。

 流石のジャッジもカナタとの交渉は精神を使ったのか、金色の仮面を外して僅かに冷や汗をかいた額を拭っている。

 拭き終えたジャッジは気持ちを落ち着けるように深呼吸をし、誰もいない部屋から出る。すると、扉の前には一人の少女が待っていた。

 

「レイジュか。どうだ、お前の見立てでは〝白鉛病〟に能力は通じそうか?」

「はい、恐らくは。でも、これまで訓練してきた生物毒とは勝手が違うみたいで……」

「多少時間をかけても構わん。あの〝魔女〟がこれだけ金をかけ、手間をかけておこなっている事業だ。恐らく何か裏がある。恩を売っておくに越したことは無い」

 

 カナタの事をそれほど多くは知らないジャッジだが、これまでそんな素振りも見せなかった慈善事業をいきなりやり始めるとも思えない。

 何か裏があるのだろうと判断し、恩を売れれば今後役に立つと考えて。

 ジェルマとはかつて北の海(ノースブルー)に君臨した帝国の名だ。

 66日の栄光の後、国土を追われた祖先の無念を晴らすべく今も戦い続けている。

 ジャッジの娘であるレイジュも、数年前に生まれた息子たちも、全てはそのための道具に過ぎない。

 〝白鉛病〟の患者はまだいないが、カルテは手に入れている。毒素を吸い取るだけならレイジュでも可能かもしれないし、そうなれば何かしら利用できるかもしれない。何事も準備をしておくべきだ。

 

「これはチャンスだ。我々が躍進するにあたって、〝魔女〟の力は役に立つ。これを逃す手はない」

 

 ジャッジの胸の内に残っているのは、祖先の無念を晴らすための復讐心だけだ。それが自分が生まれた意味であり、これまで生きてきた全てであるとして。

 妻であるソラと対立してもそれは変わらず、全てにおいて復讐こそが優先される。

 そのために出来ることはすべてやる。

 ……意見の対立する妻を救っても益は無いと理解していながら、それでも助ける術を探そうとする自分を覆い隠すように。

 

 

        ☆

 

 

「おう姉貴! 言われた仕事は終わったぜ!! 連中、案の定大量に持ってやがった。宝石、金属、札束の山! ゼハハハハ!! ちょっとした金持ちの気分だ!!」

「バレないようにやったかって? そりゃあ当然だろ! ツノ電伝虫はちゃんと使ったし、目撃者なんて一人も残してねェ!」

「あんまり電伝虫使った通話で具体的な話をするな? 白電伝虫で盗聴対策はしてんだ、大丈夫だろ!」

「あん? もう次の仕事か。人使いが荒いな……オペオペの実を? バレルズと手分けして?」

「しびれを切らして人海戦術か。ゼハハハハ! だが探すのは北でいいのか? 他の海にもある可能性はゼロじゃねェだろ」

「……北から順番に探す? 手当たり次第にも程があんだろ……あァいや、わかった。文句は言わねェ」

「面倒クセェが……重要なモンだってことはわかってるよ。早く見つかることを祈るばかりだぜ」

 




次話はちょっと飛ばして皆さんお待ちかねの大事件です

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。