ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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書くことが思い浮かばなかったのでトンチキ回です


幕間 オルビア/ジョルジュ

 九蛇海賊団を傘下に収めて半年ほど経ったある日の事。

 オルビアは難しい顔をしながらハチノスの砦内部を移動していた。

 彼女にしては珍しく険しい表情なのは理由があり、それに関する相談をするためにカナタの下へと向かっているのだ。

 ハチノスはいつも人が多い。見知った顔も見知らぬ顔も忙しそうに移動している中、オルビアは目的の部屋に辿り着く。

 僅かに逡巡し、でも大事なことだからと意を決し、しかし控えめなノックをして中を覗き込む。

 カナタは白電伝虫に繋いだ通常の電伝虫と映像電伝虫を使い、各地に散っている責任者たちと会議中のようだった。

 出直した方が良いか、と扉を閉めようとしたところ、部屋の中から「入っていい」と声がする。

 

「会議中でしょう? 私の用件は急ぎじゃないから、また後でも構わないけれど……」

「すぐに終わる。ソファにかけて待っていると良い」

 

 オルビアは言われるままに来客用のソファに腰かけ、「紅茶は好きに飲んでいい」と言われたのでティーカップへと紅茶を注ぐ。

 カナタが会議中に飲むために用意されたのだろう。オルビアはそれほど紅茶には詳しくないが、カナタの部屋に用意されているものが一級品であることはわかった。

 何というか、食堂で出されているものと比べて明確に香りが違う。王侯貴族用に取引している茶葉を個人的に手に入れているのだろう。

 ちらりとカナタの方に視線を向けると、手元の資料に目を通しながら各地の責任者から報告を受けていた。

 

東の海(イーストブルー)の売り上げが悪いな。何か問題が起きたか?」

『はい、原因として、海軍の治安維持が予想よりも上手くいっているためか海賊被害も少なく、我々を通すことなく取引を行うため海運業での売り上げが想定を下回っていると考えられます。また、付近では近年〝赤髪海賊団〟が活動しており、他の海賊たちも鳴りを潜めていると分析しています』

「赤髪……シャンクスか。それにあの海はガープが頻繁に通っている。平和の象徴とはよく言ったものだが……まぁその辺りの事情があるなら仕方ないだろう。別の分野で補うほうが建設的だ」

『近頃はゴア王国から高級品の取引量を増やすよう要望が来ていますが、いかがいたしますか』

「見栄のために金払いは良い連中だ。要望通り取引量を増やしていい。最近はフレバンスが崩壊した影響で新しい美術品の開拓に余念がないようだしな」

 

 珀鉛を使用した美しい陶磁器などは非常に高く売れていたが、黄昏はフレバンスの製品には手を出していない。

 珀鉛病の影響もあって今や新しく手に入らないため、多くの王侯貴族は次のトレンドを探して様々な美術品に手を出していた。各地から集めた品質のいい品物なら王侯貴族の目に留まるものもあるだろう。

 そうでなくとも食料品や高級な茶葉などは売れている。量を増やしてやればそれだけ買ってくれるいい取引相手だ。

 

「赤髪に関しては留意しておくが、基本は放置でいい。うちの船に手を出すような男ではないし、むやみに秩序を乱すつもりも無いだろう」

『はい、了解しました』

「西と南については特に問題ないな?」

『こちら西ッス。特に問題ないッス』

『南の担当者ですー。ここ最近は天気が良く、食料の生産がやや過剰になりつつあるみたいでして……加工品に回していいでしょうかー?』

「加工品の裁量は任せる。日持ちするならこちらで引き取ってもいいし、捌けるようならそちらで捌いてもいい」

『ありがとうございますー。食料品は捌けると思いますが、やはり量が過剰なので値段が下がるかとー。どこかに回したほうが利益は確保できるんじゃないかなーって思います』

北の海(ノースブルー)でいくつかの島に戦争の動きがある。そちらに回せば食料は高値で捌けるはずだ」

『こちら北の担当です。その件ですが、出来れば武器も流して欲しいと秘密裏に注文を受けています。利益は上げられますが、こちらでやってもいいですか?』

「うちは武器の取り扱いは基本的にやっていない。ジェルマに話を流してやれ」

 

 黄昏は基本的に食料品や嗜好品などでの取引が多い。武器の取引をするなら工場が必要だし、大本の鉱石なども大量に必要になる。

 だが、作って自分たちで使うならともかくどこかに流してはリンリンやカイドウに渡る可能性もあるし、自分たちの首を絞めることになる可能性がある。

 武器の供給は出来る限り絞っておくべきだった。

 代案として戦争屋であるジェルマへ話を通しておけば、ジャッジが勝手に判断するだろう。他人の戦争に介入する気などカナタには無かった。

 

『戦争の勃発はまだですが、治安の悪化が懸念事項かと』

「北には今カイエがいる。必要なら船団の護衛に回して構わない。フレバンスの件はスクラがいれば問題はないし、護衛はそれなりに数を残しておけばいいだろう」

『わかりました』

「楽園担当。報告を」

『はい、こちら楽園担当でございます。多くの島では問題なく海運での売り上げを記録しています。ただ、少々海賊の数が増えすぎて取引先の島の治安が悪化しているようでございます』

「海軍に発破をかけるが、連中は動きが鈍い。必要ならこちらの軍を動かすが……そうだな。今ならティーチが暇だ」

『……彼は少々やりすぎるきらいがあるので、出来ればもう少し被害を出さない方をお願いできますか』

「ふむ……まだ新設したばかりだが、私の直属の部下だけで構成した実力者の集団がいる。彼女たちを向かわせよう」

 

 九蛇海賊団から実力があるために黄昏へとスカウトされた面々がいる。名を〝戦乙女(ワルキューレ)〟と呼ぶ集団だ。未だ少人数だが、カナタが手ずから鍛錬をしているので実力はそれなりにあると判断してもいい。

 それに、日和と千代の実戦経験にもいいだろう。

 ……女ばかりの集団なので恐らく同行するであろうイゾウや河松は居心地が悪いだろうが、そこは我慢してもらうしかない。

 

「ウォーターセブンの海列車の開発状況はわかるか?」

『ほぼ完成しているようでございます。しかし、こちらの事業を支援してもよろしかったのですか? 私たちにとっては商売敵のようなものでございますが』

「海列車一台で運べる荷物の量などたかが知れている。あちらの方が足は速いが、量産して私たちの海運業に割り込むにはコストとリターンが合わない」

 

 人と荷物を運んで島と島を結ぶ海列車は確かに便利だが、現状トムたちが作った一台しかない。彼らの技術は誇るべきだが、高すぎる技術は量産が難しいという欠点もあった。

 線路も敷く必要があるので易々と航路を増やすことも出来ず、一台で運べる人と荷物の量にも限界がある。黄昏の海運業を脅かすには至らない。

 

「所詮はウォーターセブンと周辺の島いくつかを結ぶだけの航路だ。もう少し数が増えれば話は変わってくるが、運航するにも運行表(ダイヤグラム)の作成が必要だしな」

『で、ございますか……』

 

 あまりよくわかっていないのか、楽園の担当者は生返事だ。

 

「海列車は便利だし、今のところは私たちにも利益がある。トムには資金や資材を支援する代わりに海列車の図面をコピーすることを了承してもらっているから、今後はこちらで作成することもあるだろう」

『海列車を作るのですか?』

「今のところは予定だけだ。ロムニス帝国内に陸路の列車を充実させてからだな」

 

 ハチノスからほど近い位置にあるロムニス帝国は黄昏との結びつきも強い。国内を走る列車は経済を回す、あるいは軍隊を動かす動脈となり得る。

 第二の拠点として整備を進めている今、移動する手段の充実は急務だ。

 カナタ自身、海よりも陸の方が専門でもあったためか、計画は急ピッチで進められていた。

 

「最後は私から新世界の状況だな。経済は順調、利益は十分に確保できている。リンリンやカイドウ、ニューゲートも今のところは大々的に動くことも無いようで戦争の兆しはない。しばらくは安泰だろう」

 

 カナタの報告を最後に各地の責任者との情報共有を終え、会議は終わりとなった。

 映像、通話を切断して一息つき、紅茶を飲む。

 ここのところ忙しそうだからと考えて会っていなかったが、オルビアの予想は当たっていたらしい。

 

「……やっぱり忙しいのね」

「いつものことだ。情報共有はこまめにやった方が余計な手間が生まれずに済む」

「そういうものなの? 私はよくわからないけれど……」

「考古学の論文だってこまめに添削してもらった方が間違いは見つけやすいだろう。それと同じだ」

「そうかしら……」

 

 それで、とカナタは視線をオルビアに向ける。

 珍しく執務室にまで押しかけてくるのは何か用があったのではないかと問いただした。

 オルビアはやや視線を泳がせ、「実は」と口を開く。

 

「ロビンと喧嘩したの」

「……珍しいな。お前たちは仲のいい親子だと思っていたが」

「そりゃ親子でも喧嘩くらいするわよ」

「そうか」

 

 カナタはあまり興味も無さそうに紅茶を飲んでいる。両親ともにあれなので思い出そうともしていない。

 とは言え、相談に来たなら話を聞かないことには始まらないと、まずは事情を聞くことからにした。

 

「私が海に出てたのは知ってる? 歴史の本文(ポーネグリフ)を探して海を巡っていたの」

「ああ、最終的に海軍に捕まったと言っていたあれか。何か関係があるのか?」

「ロビンも海に出て歴史の本文(ポーネグリフ)を探したいって言い出したの。私は危ないから反対してるんだけど……」

 

 母親としては危険なことをして欲しくないという気持ちがあるためか、強い口調で止めるように言ったらしい。

 しかし、ロビンも意見を曲げる気は無く、オルビアだって海に出て探していたのだから止める権利はないと言われたのだとか。

 どちらの言い分も理解できるが、カナタとしてはロビンの意見に賛成だった。

 

「子はいつか巣立つものだ。親が縛り付けていては成長するモノもしない。受け入れてやればいい」

「そんな他人事みたいに……」

「ただ、今のまま旅立つのは確かに問題だ。この海で生きていけるだけの知識と力を最低限つけさせてやる必要がある」

 

 あるいは彼女の身を守る護衛が必要だ。歴史の本文(ポーネグリフ)を探すという事は世界政府と敵対することを意味する。海軍本部の戦力を差し向けられることだってあるだろう。

 生半可な覚悟では生き残れない。

 カナタが護衛を付けてもいいが、黄昏の幹部格が護衛についていては政府に弱みを見せることになる。歴史の本文(ポーネグリフ)を探す動きは、出来れば政府に悟られたくなかった。

 

「しばらくはロビンに護身の手ほどきをしてやろう。ある程度身を守れるようになれば送り出してもいい」

「危険な目に遭うかもしれないのよ? 送り出すなんて……」

「ロビンだってもう15歳になる。私だって15の時にはセンゴクから逃げる程度は出来たものだ」

「あなたと一緒にしないで頂戴」

 

 ぴしゃりと言い放つオルビアにカナタも肩をすくめるばかりだ。

 時計を見ればもう昼になる。続きは昼食を食べながらにしようと、二人は部屋を出て食堂へ向かう。

 カナタは普段執務室に届けてもらっているが、たまに食堂に顔を出すこともある。先に一報入れておけば準備をしてくれるだろう。

 食堂はがやがやとうるさいが、奥に行けば静かなVIPルームもある。そちらに行けば会話も聞かれない。

 

「第一、一度は子供を置いて海へ出たオルビアがロビンを止めるのは少々無理があるのではないか?」

「それは私だって悪かったと思ってるけれど、でも亡き夫の願いでもあったのよ?」

「聞く限りではその際に預け先の人選を間違えたとしか──」

 

 ぴたりとカナタが足を止めた。

 食堂へ向かう途中の通路だ。何かあったのかとオルビアはカナタの頭越しに前を見るが、何もない。

 どうしたの、と聞く寸前。

 壁が大破して何かが廊下に飛び込んできた。

 

「きゃあっ!? な、なに!?」

 

 びっくりしてしゃがみ込むオルビアと、破片を手で弾いて壁の穴を見るカナタ。穴の奥からは誰かが覗き込んでいるのが見えた。

 ハチノスの砦内部でも高層に位置するこの場所で目が合う相手など限られている。

 フェイユンだ。

 

「あ、カナタさん」

「フェイユン、何事だ?」

「えへへ、こそこそ何か調べてるのを見つけたので何してるか聞いたんですけど、急に逃げ出したので。思ったより弱かったからちょっと叩いただけで飛んで行っちゃいました」

 

 恥ずかしそうに笑うフェイユン。

 カナタは呆れた顔をすると、倒れている男に視線を戻す。血塗れで気絶しているらしく見聞色で探っても〝声〟は聞こえない。

 どんな思惑でここに来たのかは知らないが、フェイユンの悪意を察知する見聞色はカナタよりも優れている。少なくとも手違いと言うことは無いだろう。

 倒れている男はカナタよりも随分大柄だったが、カナタは片手で持ち上げて壁の外にいるフェイユンへと投げ渡す。

 

「ジュンシーが訓練場にいるはずだ。適当に尋問して情報を吐かせるよう伝えてくれるか?」

「わかりました!」

 

 元気よく返事をしたフェイユンは男を片手で掴んで訓練場の方へと歩いて行った。

 フェイユンがああしてスパイを見つけるのはいつものことだが、せめて壊さないようにやってもらいたいとカナタは思う。

 それで躊躇してスパイを逃がしても面倒なので特に何かを言うことは無いのだが。

 

「……あの子、いつもああなの?」

「そうだな。仕事熱心だ」

「仕事熱心って……あなたがいいならいいけれど……」

 

 何か言いたげな様子だったが、オルビアは言葉が見つからないのか、結局口をつぐんだままだった。

 

 

        ☆

 

 

 空島、〝スカイピア〟

 かつてオハラと呼ばれた島を空に持ってきたことで空島の住人達はそちらに移り住み、かつて〝ジャヤ〟と呼ばれた土地から追い出された原住民〝シャンディア〟はかつての故郷に戻っていた。

 神の住む土地〝アッパーヤード〟と称されるその土地には様々な謎があり、考古学の分野から見てかなり貴重な資料が見つかると思われるため、シャンディアの酋長とスカイピアの長であるガン・フォールが交渉していた。

 だが、交渉は上手くいっていない。

 若い者たちほど強情に「余所者に足を踏み入れさせるわけにはいかない」と言い、調査で上陸することを拒んでいるためだ。

 無理に上陸しても襲撃される恐れがあるため、黄昏の面々もスカイピアの住人も無理に立ち入ろうとはしていなかった。

 生活する分にはオハラの土地だけで充分なので必要なかったこともある。

 そんな中、カナタは(ダイアル)を使って何か出来ないかと考えて色々と試行錯誤していた。

 雲貝(ミルキーダイアル)炎貝(フレイムダイアル)衝撃貝(インパクトダイアル)──多様な(ダイアル)があれど、カナタが注目したのは風貝(ブレスダイアル)。延いてはこれを使用したウェイバーだった。

 つまり──競艇(ボートレース)である。

 

「割と盛況だな。やっぱどこもかしこも娯楽にゃ飢えてんのかね」

「あ、あっちで出店やってますよ!」

「お、わしたこ焼き食べたい!」

「大人しくしてろガキども!」

 

 レースが始まるまでまだ時間がある。〝戦乙女(ワルキューレ)〟の面々を楽園側に移動させるついでに様子を見てくるよう頼まれたジョルジュは、気を抜くとどこかに走っていこうとする日和と千代の二人を連れてレース会場の本部へと向かっていた。

 二人とも猫のように首根っこを掴まれている。迷子にならないための処置だった。

 普段面倒を見ているイゾウと河松はすぐに二人を甘やかすのであまり当てには出来ない。

 

「クッソ、結婚もしてねェってのにガキが出来た気分だぜ……」

「たこ焼き買ってくれパパ」

「誰がパパだ! あとでイゾウなり河松なりに頼め!」

 

 ぶーぶーと文句を言う二人を連れ、ジョルジュはガン・フォールが待機している本部のテントに入る。

 中にはシャンディアの酋長もおり、和気あいあいと談笑していたらしい。下の関係性は最悪だがトップ同士などこんなものだ。

 

「おお、ジョルジュ殿。よく来てくれた。かぼちゃのジュースでもどうだ?」

「ありがたく貰う。ガキの面倒見るってんで疲れちまってな……」

 

 日和と千代の二人もかぼちゃのジュースを飲んで舌鼓を打っている。どうやらお気に召したらしい。

 ジョルジュもジュースを一口飲み、「これ特産品で売ってもいいんじゃねェか」と思っていた。とは言え、これらはアッパーヤードの土地があっての作物らしいので量産は難しいかもしれない。

 オハラは土地の質が違うので同じようにはいかないのだ。

 

「ウェイバーレースの準備はどうだ?」

「うむ。最初はどうかと思ったが、これはこれで皆楽しんでおる。空には娯楽が少ないのでな、いい刺激というものだ」

「シャンディアの若い衆も興味はあるようだ。これでわだかまりも無くなってくれればよいのだが」

 

 上手くいくかどうかは賭けだ。互いに対する悪感情は吹き溜まりのようになっている。これを解消するのは並大抵のことでは難しい。

 ……もっとも、カナタはあまり興味はなく、単に使えそうな娯楽を生み出しただけなのだが。

 

「ここで好評なら下でもレースを開催するつもりだ。だが、ウェイバーってのは中々難しいんだろ?」

「10年かけてようやく乗れるようになったというものも珍しくない。空の者にとっては必要な技能でもあるし、他に娯楽も無いので練習を積めば大抵の者は乗れるのだがな」

「カナタは初見で乗ってたが」

「それは吾輩にもわからぬ」

 

 波を読む目。風を読む航海術。船型やスケート型のウェイバーでバランスを崩さず乗りこなす身体能力。羅列すればどれもカナタに出来ることだが、普通は易々と出来ることではない。

 実際サミュエルは挑戦して何度も失敗している。

 カナタはと言えば、当たり前のような顔で一発成功させたので皆驚いていた。彼女の場合は失敗しても凍らせれば海に落下しないので恐怖心も無いのかもしれないが。

 「オフロードバイクよりは簡単だったな」とは本人の談である。

 

「まァいいや。このレースは賭けありなのか?」

「少額ならば認めている。カナタ殿に意見を聞いたところ、劇薬になるから程々に収められるようにしておけ、とのことだったのでな」

 

 これまで碌な娯楽が無かったところに賭け事など持ち込めばのめり込んで破産する者が出るのは容易く予想できた。

 ある程度制限を付けて慣れさせるところから始めるのが一番だ。それでもハマる者はハマるので遅延策にしかならないが。

 話し込んでいると随分時間が経っていたようで、レース開始までもう間もなくという時間になっていた。

 

「よし、じゃあ一度レースを見てみるか」

「千代ちゃん起きて、話は終わったみたいですよ」

「ふがっ! おお、終わったのか」

「ぐーすか寝やがって、気楽なもんだぜ」

 

 ソファで寝こけていた千代を起こし、三人はガン・フォールと酋長と共にレース会場に入る。

 雲の海に目印のブイを設置し、広い海上を誰が最速で数周回れるかを競う。ウェイバーそのものの形にはこだわっておらず、ボート型でもスケート型でも好きなものを使えるようになっていた。この辺はまだレースとして整備が行き届いていないので試行錯誤している最中だ。

 レース中の攻撃行為は禁止。レースの妨害をするのも禁止。とにかく基本は普通のレースとして構想している。

 海賊同士ならワイルド級なる階級を作って妨害も攻撃もありのレースも面白そうだと考えているところだ。

 

「レースは一度に八人。登録選手の人数次第で多少は可変する。一回のレースにかかる時間は長くて30分ってところか」

「そんなにかかるんですか? 見たところそう広くもなさそうですが……」

「雷の速度で移動出来るお前と一緒にすんじゃねェよ。楕円形になってる以上、カーブではどうしたって速度を落とさざるを得ないし、そもそも周回の回数も多い」

 

 レースの距離は大雑把に測っているが、短すぎると単に反射神経を競うだけの勝負になるので面白くない。ある程度長ければ技量で巻き返すことも出来るのでレースとしても面白みが出る。

 なるほどーとわかっているのかわかっていないのかよくわからない返事をする日和。

 時間となり、レースが開始される。

 

「お、あのスケート男速いのう」

「後ろにぴったりついた髭の人も速いですね! カーブでもうまく速度を落とさず曲がってますし」

「しかし、やっぱボート型とスケート型は分けた方が良いんじゃねェか? 動き方の自由度に差がありすぎるだろ」

「カナタ殿は『多少レースが荒れるくらいが面白いから構わない』と」

「そういうもんかね……」

 

 だが、確かに車体の重量を使ってカーブをドリフトするボート型と、鋭角にカーブに斬り込むスケート型の勝負は中々に面白い。

 直線では出せる速度に差が少なく、必然的にカーブの技術で競うことになる。波も一定では無いので同じ方法で曲がっても速度には差が出るのだ。

 いつの間にかジョルジュも熱くなって応援していると、レースが終わりを告げた。

 ボートの髭の男が勝利したのだ。

 

「おお……スゲェな。あれだけテクニカルに動けるとは思わなかったぜ」

「見てると結構面白いもんじゃな。ジュース片手に観戦もいいのう」

「ボートとはいえ、船ってあんな軌道で動くものなんですね……」

 

 けらけら笑う千代と目を丸くしていた日和。二人とも面白がっていたので、やはり娯楽としては十分ありなのだろう。

 ……他に娯楽が少ないのもあるが。

 レースとして成り立つには走者が少ないので、もう少し揃ってからになりそうだが……ウェイバーの難易度が高いのが難点だろう。

 乗り手が多いほどレースは荒れて面白くなるが、乗り手を増やすには必要な期間が長すぎる。

 この辺りは課題だな、とジョルジュはタバコを片手にそんなことを考えていた。




ボートレース平〇島のBGMが聞こえてきますね

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