ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百二十五話:海列車

 〝古代兵器〟と呼ばれる存在がある。

 遥かな過去。いつ、誰の手によって作られたのかもわからないが、確実に存在するとされる兵器。

 そのうちの一つの名を、〝プルトン〟と呼ぶ。

 現物が残っているとも言われているし、設計図もまた残っているとされ、存在を知る者は強大な力を持つ古代兵器を探している。

 無論、世界政府とて例外では無かった。

 

「〝プルトン〟の設計図──やはりそんなものが存在したか」

「はい。当然この〝設計図〟を嗅ぎ回る海賊もいます。万が一政府以外の誰かの手に渡った場合、もはや政府に太刀打ちする術はありません」

 

 五老星にそう報告するのは、サイファーポールNo.5の長官を務めるスパンダムという男だった。

 今や星の数ほど増えた海賊たちに対し、世界政府こそがこの牙を持って大海賊時代を打ち払うべきだと熱弁する。

 報告を受ける五老星もまた、スパンダムの言葉に一理あると納得する姿勢を示した。

 

「……まずはその設計図を手に入れてからだ。誰が持っているのかはわかっているのか?」

「はい。ウォーターセブンにいる船大工──トムという男が持っていると突き止めました」

「──船大工トムだと?」

 

 ピクリと五老星の一人が眉を動かした。

 聞いた名だ。それもそう昔の話ではない。果たしていつだったか……僅かに考え込むように額に手を当て、思い出した。

 海賊王ゴールド・ロジャーの船を造ったことで死刑判決を下され、しかし海列車という存在を生み出すため特別に執行猶予の措置をとられている船大工のことだ。

 

「海列車のトムか……! なるほど、設計図が代々受け継がれる物ならば確かにあの男ほど相応しい者もいない」

「今までにない概念の移動手段を考案した発想力。それを実現させる腕前。人材としては適切か」

「あの……知っておられるので?」

 

 スパンダムが困惑した声を出す。ウォーターセブンと言う一都市に住む船大工のことなど五老星が知るはずもないと高をくくっていたが、予想に反した反応に困っているらしい。

 五老星は全員が頷いた。

 

「あの男の事は知っている。ある種、現状を変えられる可能性があると期待を寄せているのでな」

 

 海列車はこれまでにない概念の移動手段だ。

 貨物と人を運ぶ新しい船。記録指針(ログポース)を必要とせず、線路を通る度に海王類が嫌がる不協和音を出すことで破壊されることも無い。

 何より、黄昏が幅を利かせている海運業に一石を投じることが出来るのではないかと五老星は期待していた。

 海列車が普及すれば海運は変わる。黄昏に依存しきっている現状を変えられる可能性があるため、トムの動向は五老星としても気にしているところだった。

 

「しかし、そうか……あの男が持っているというのなら無理な真似は出来んな」

「は?」

 

 五老星の言葉に目を丸くするスパンダム。

 〝プルトン〟の設計図を手に入れれば大海賊時代を打ち払える。それだけの戦力が手に入る可能性があるのに、五老星は「無理な真似は出来ない」と言う。

 スパンダムには理解出来なかった。

 

「な、何故です!? プルトンの設計図を海賊が手に入れた場合、もはや我々に打つ手は無くなってしまうかもしれないのですよ!?」

「それこそ〝可能性〟の話だ。古代兵器の事を甘く見ているわけではないが──目前の脅威を打倒できなければ設計図を手に入れようが手に入れられまいが同じことだ」

「古代兵器があれば、かの黄昏ですら討ち滅ぼせるかもしれないのです! これを手に入れずしてどうするというのですか!?」

「今や黄昏の勢力は世界中に広がっている。お前はあの女を討ち滅ぼすというが、たとえプルトンの現物を手に入れてもしばらく戦うことはない」

 

 厳密にいえば()()()()()()()()()

 黄昏の海賊団は海賊だが、同時に世界中で重要な海運を担う貿易会社の一面を持つ。どれほど強大な戦力を手に入れても、海賊のほとんどを討ち滅ぼせても、これまで通り経済活動が行われる保証は無い。

 海賊がいなくなれば黄昏を通すことなく海運を行うことが出来るとしても、偉大なる航路(グランドライン)の海はただでさえ魔境だ。普通に航海して島と島を移動することさえ難しく、現状では貿易のノウハウは全て黄昏に握られている。

 少しずつでもこの状況を切り崩さない限り、世界政府は黄昏と敵対することが出来ない状況にあった。

 

「理解しているか? お前は海賊を打ち倒せば解決だと思っているようだが、事はより深刻だ。トムから無理やり設計図を奪うより、海列車を何台も作らせた方が我々にとっては都合がいい」

 

 何より、黄昏だって他の海賊は邪魔なのだ。海運の邪魔になる相手は容赦なく打ち沈めていることは海軍からも報告が上がっていた。

 他の七武海よりもずっと仕事をしている。離反されて困るのが世界政府である以上、文句など呑み込むより他にない。

 ……黄昏の貿易が上手くいけばいくほど、市民の就職先が増えてやむを得ない理由で海賊になるものが減っているのは何の冗談だと笑い飛ばしたくなるほどだが。

 「ぐ……」と悔しそうに拳を握り込むスパンダム。

 しかし、プルトンの設計図についての懸念事項が消えたわけではない。他の海賊に渡らないようにする必要がある。

 

「お前にはトムの護衛をして貰う。少なくとも海列車を数台作ってもらうまでは倒れられても困るのでな」

「資金、資材はこちらで援助してもいい。黄昏が既に介入しているが、後追いだとしてもなるべく影響力を持っておきたい」

「……わかり、ました」

 

 五老星の指示に対し、スパンダムは歯を食いしばりながら頷いた。

 

 

        ☆

 

 

 ガシャン! と机を蹴り飛ばす。

 スパンダムは自分の思うとおりに事が運ばずに荒れていた。部下も何と声をかけるべきかわからず、互いに顔を見合わせてこの嵐が過ぎ去るのを待つばかりである。

 

「クソッ! クソッ!! プルトンの設計図さえ手に入りゃァ黄昏だって敵じゃねェ!! だってのにあのジジイども!!」

 

 怒りは収まらず、息を荒くしながら手当たり次第に物に当たっていた。

 古代兵器プルトンは島一つを吹き飛ばすほどの大砲があると言われる。どれほど個人の強さが突き抜けていようと、兵器の前に人は無力だ。

 何より、それだけの功績があれば()()()()()()()()

 どうにかプルトンの設計図を手に入れられれば……と考えていると、部屋の扉が開いて誰かが入ってきた。

 

「誰だ! 入っていいと言った覚えは──」

「おーおー、荒れてんじゃねェか。様子を見に来て正解だったぜ」

「お、親父!? なんでここに!?」

「お前が五老星のところから帰って以降、えらく不機嫌だって聞いたんでな」

 

 部屋に入ってきたのはスパンダムの父親であるスパンダインであった。

 オハラの一件で片手を失ったものの、元より現場で戦うタイプの男ではない。類稀なほどの政治的センスでこれまで生き延びてきた以上、片手を失ったくらいで立場を失うようなヘマはしない。

 どかりとソファに腰掛け、「茶ァくらい出せ」とスパンダムの部下に命令し、部下がそそくさと持ってきた茶を一息に煽る。

 

「……で、だ。お前、何を荒れてんだ?」

「それがよ……」

 

 五老星との話を一通り語るスパンダム。

 スパンダインは口を挟むことなくスパンダムの話を聞き、「なるほど」と一つ頷いた。

 

「プルトンの設計図か……なるほど。確かにそりゃあ大事だ」

「だろ!? だってのに、五老星は海列車なんぞの方が大事だとぬかしやがる!」

「落ち着け。おれは五老星の言い分も理解出来るぜ……おれが片手を失ったのは〝残響〟のオクタヴィアって女のせいだが」

 

 オハラで接敵し、当時連れていたCP9の二人をゴミのように簡単に吹き飛ばした女。

 顔を見ているわけではないが、特徴的な金色の髑髏の仮面と言い、中将五人を相手に大立ち回りをした挙句に碌な傷さえ与えられなかったことを考えれば本人と見て良かった。

 ……実際はカナタの変装だったわけだが。

 

「こいつは懸賞金38億……歴代の賞金首の中でも上から数えた方が早いくらいの化け物だ。どんな手段を使ったか知らねェが、そいつを殺したって時点で〝魔女〟の実力は最低限それと同じくらいあるってことくらいわかるよな?」

「まァ……そりゃわかるがよ」

 

 黄昏が七武海に入ってから数年。世界政府としても〝竜殺しの魔女〟などという通り名は不愉快になるだけだと、巷では〝黄昏の魔女〟の名で呼ばれるよう情報操作をされているカナタ。

 スパンダインがオハラで見た、ベルクやサカズキを相手に一歩も引かずに戦うオクタヴィアと同じくらい強いと考えれば……五老星が危機感を抱くのも理解は出来る。

 

「黄昏はその強さに加えて貿易もやってる。五老星としちゃあこいつが一番頭に来てるんだろうな。今やこの海で黄昏がいなくても成り立つのは〝東の海(イーストブルー)〟くらいのもんだ。人間、一度上がった生活のランクが下がることには耐えられねェ。市民どもの不満は世界政府に向くだろう」

「だから、それをプルトンを作って解決するんだよ! 海賊がいなくなりゃあ黄昏だって必要なくなるだろ!?」

「どうだかな。世界中のあらゆる品物をあらゆる海に届ける奴らの手腕は確かだ。必要としている奴は多い……それに、あのバケモノ女の強さは異常だった。古代兵器が復活しても本当に殺せるかどうかすら怪しいぜ」

 

 お茶を催促しながらスパンダインはため息を零した。

 スパンダムは直に見ていないからわからないだろうが、ベルクとサカズキが協力して戦っても碌に傷を与えられないのは絶望的ですらあった。

 あんな女を殺せるような奴になど関わりたくはない。なるべくならスパンダムにも手を引かせたかったが、五老星からの指示ではそうもいかない。

 

「……オクタヴィアと言えば、オハラからオルビアとそのガキを連れて行ったんだったな。サウロ元中将の行方はわかってるが……」

 

 黄昏が保護している可能性を考え、オクタヴィアの死後ハチノスへとサイファーポールを何度か送り込んでみたが……結果は芳しくない。

 サウロは目立つしあまり姿を隠す気も無さそうだったのですぐに発見できたが、オルビアとロビンに関しては全く情報が出てこない。

 五老星にも報告はしているが、「あの女に世界をひっくり返す気などあるまい」と楽観視している。

 〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探す素振りも見せていないし、何よりこれだけの地位、名誉、金を得た以上、確かに世界をひっくり返しても困るのはカナタの方だとスパンダインも納得していた。

 

「ともかく、今のところは大人しく護衛に徹しておけ。護衛の意味はわかってるよな?」

「……監視ってことだろ」

「ああそうだ。事情はどうあれ、トムは重要人物だ。なるべく近しい立場になっておくのが好ましいが……そこまでやれとは言わねェよ。部下にやらせりゃいい」

「面倒なことになったもんだぜ……」

 

 ため息を零すスパンダム。

 本来ならプルトンの設計図を手に入れるため、ロジャーの船を造った罪でトムを連行するつもりだったが……こうなるとそれも出来ない。

 別の手段を考えなければならないだろう。

 

「ああ、それと……海賊王の船を造ったって罪ならとっくに知られてるし、海列車を作ることで帳消しになる予定だぞ」

「知ってたんなら教えろよ!?」

 

 海列車についてあれだけ話題に出しておきながら知らなかったらしい。

 

 

        ☆

 

 

「海列車完成、おめでとーっ!!!」

 

 カテリーナがトムに「今日の主役」と書かれたタスキをかけ、派手にパーティ用のクラッカーを鳴らす。

 トムの会社──トムズ・ワーカーズに勤めるアイスバーグとフランキー、秘書のココロも同様にクラッカーを鳴らして盛大に祝う。カエルのヨコヅナは手を叩いて場を賑やかしている。

 黄昏の資金や資材の援助があったとは言え、完成は結構ギリギリだった。それもこれも手伝いに来たはずのカテリーナが「あれを付け足そう」「これ使えるんじゃない?」などと余計な機能を付けようとして時間を食ったからである。

 止めなかったトム達も悪いので誰も責めることはしていないが。

 

「たっはっは……こんなことで祝ってもらえるとはな。長生きしてみるもんだ!」

「何言ってんだよトムさん! 海列車だぜ海列車! 政府の役人ども、掌返して『今日からあなたの護衛に就きます』なんて言ってやがったくらいだ!!」

「ンマー、まさか政府がここまで態度を変えるとは思わなかったが……トムさんが認められたのはやっぱり嬉しいもんだ」

「そうそう。今日はお祝いに良いお酒いっぱい持ってきたから、じゃんじゃん飲んでくれたまえ!」

 

 山のように積み上がった祝い品を前にカテリーナがドヤ顔で胸を張る。

 アイスバーグがつかつかと歩み寄り、祝い品の一つを手に取って酒の名前を見る。

 

「ンマー……これ、滅茶苦茶いい酒じゃないか? どこで手に入れたんだ。というかいくらしたんだ?」

「黄昏は海運やってるからね。世界中の品物が手に入るのさ。ちなみに一升50万ベリーくらい」

「高っ……!?」

 

 カテリーナは金銭感覚が麻痺しているが、普通に超高級品である。

 アイスバーグは思わず手が滑りそうになり、冷や汗をかきながらなんとか持ち直してそっと置く。値段を知った今、普通に飲んでも味がわからなそうな気がしたのだ。

 フランキーとトムも値段を聞いて触ろうとした手を引っ込めている。

 

「え、飲まないの?」

「味分かんねェだろ!? 値段知ったら手ェ出せねェよ!!」

「そうかなぁ? トムさんにはこっちの魚人島で作られたお酒とか、どう?」

「おお、そりゃ魚人島でも指折りの酒じゃねェか!! いいな、飲もう!!」

 

 フランキーは値段にびっくりしていたが、トムはカテリーナが手にした酒に見覚えがあったのか、栓を開けてコップに注ぐ。

 香りだけで既に上等な酒だとわかる。トムはそれなりに長生きしているが、この酒を飲んだのは人生でも一度か二度。それだけ高級で手に入りにくい酒だ。

 この良き日にこの酒が飲めることを幸運に思う。

 トムが酒を注いだ後、カテリーナが受け取ってフランキーとアイスバーグ、ココロの分も酒を注いだ。ヨコヅナは酒が飲めないのでジュースである。

 

「それじゃ……トムさんの免罪と海列車の完成を祝して! 乾杯!!」

「「「「乾杯!!!」」」」

 

 全員がコップを突き合わせて乾杯する。

 トムの免罪を誰も疑っていなかったが、つい先日サイファーポールの男が不機嫌そうに免罪と護衛を付けることを告げに来たことでほぼ確定した。

 もっとも、まだ線路が全線開通したわけではない。全ての作業が終わった後、正式に移動裁判所が来て判決を下すまでは現状のままだから逃げないようにとも釘を刺されたが。

 

「おっと、そうだ。忘れねェうちにこいつを渡しておこう」

「これ……海列車の図面じゃねェか。カテリーナに渡すのか?」

 

 トムが酒に酔って忘れる前にと持ってきたのは海列車の図面の写しだった。横からそれを見たアイスバーグは、カテリーナが海列車を作るつもりなのかと疑問をぶつける。

 カテリーナはその疑問に対して首を横に振った。

 

「図面は貰うけど、これはカナタさんが資金援助をするための見返りみたいなものだから。実際には海列車じゃなくて陸地に列車を作るつもりらしいよ」

「陸地に? 陸の移動には困らねェんじゃねェのか?」

 

 海列車は移動が困難な島と島を繋ぐ為の手段として開発されたものだ。島の中で移動する分にはもっと利便性のあるものがあるのでは、とアイスバーグは首を傾げる。

 カテリーナも詳しいことは聞かされていないが、必要だから回収するようにと言われているだけらしい。

 パラパラと図面を見て、不備がないことを確認する。

 

「うん、確かに。ありがとうトムさん!」

「良いってことよ。あの人には随分世話になった。おれ達の事だけじゃなく、島の事もな」

 

 毎年来る高潮(アクア・ラグナ)の影響で地盤が沈み、資材を島で取ることが出来ないウォーターセブン。

 造船所こそあるが、資材が無ければ船は造れない。カナタの手で莫大な資材を運び込んでもらわなければ活気もなくただ沈みゆくだけの島になっていた可能性もある。

 いくつかの造船所は引き抜かれたが、元々多すぎるくらいの数が存在していたのだ。仕事を取り合うことなく、皆日々忙しく仕事をしていた。

 

「それは私たちにも利益があったことだから、トムさんがお礼を言う必要は無いんだよ?」

「それでもだ。偽善でも何でも、皆が助かった。礼を言うにゃァ十分だろう」

「ふふ……それじゃ、今度はトムさんがお礼を言われることになる番だね」

「そうだぜトムさん! みんな今度はトムさんに礼を言うようになるんだ! 移動も、資材を運ぶのも、海列車で出来るんだからな!」

 

 黄昏がこの島から手を引くわけでは無いので、ある程度は競合することもあるだろうが……今まで黄昏一強だったのが海列車の登場で価格競争が始まるくらいだろう。

 市民が便利になることには違いない。

 フランキーがヨコヅナと宴会芸をやり、カテリーナが仕込んでいた手品を披露して盛り上がったり、トムの昔話を聞いたり……宴の音は夜遅くまで絶えることなく、笑い声が響いていた。

 

 

        ☆

 

 

 ドラゴンはカナタから連絡を受け取り、報告を受けると頬を緩めて「そうか」と返す。

 

『手間も金もかかったが、お前からの依頼は終了という事でいいな?』

「ああ、感謝する。おれたちではどうあっても解決できないことだった」

『フレバンスの住人たちはひとまず〝北の海(ノースブルー)〟の拠点で保護している。小国とは言え一国の住人のほぼ全員だ。労働力としては使えるが……元は世界政府の不手際で起こった事件でもある。恩を感じていても七武海である私の下にいるのは嫌だという者もいるだろう』

 

 恩義があろうと、世界政府のせいで痛い目を見て世界政府の手先である七武海が救ったとなればマッチポンプだと騒ぎ立てる輩もいる。

 そうだな、とドラゴンはやや考え込み、では、と口を開く。

 

「ある程度はこちらで受け入れよう。世界政府への叛意を持っているなら同志として迎え入れてもいい」

『そうしてくれ。いくらうちでもあの人数全員に割り振るほど仕事は余っていない』

 

 黄昏はいつでも人手を募集しているが、いくら何でもフレバンスの住人全員を受け入れるのは無理があった。人数があまりに多すぎる。

 かと言って国を封鎖して戻れないようにした手前、好きなようにしろと放置するのも無責任だ。

 革命軍である程度の人数を引き受けてくれるならありがたい。

 

「それと……タイガーとは連絡がついたか?」

『いいや。何が目的かは知らないが、私と連絡を取りたくないらしい』

 

 困ったものだ、とカナタは溜息を吐く。

 特段用事があったわけではないが、旧友と友好を温めるくらいはしてもいいと考えている。反面、七武海であるカナタに近付くのは色んな意味でリスキーな行為であることも関係しているのだろう。

 世界政府は執拗にタイガーの首を狙っているし、高額の懸賞金がかけられた以上は賞金稼ぎや名を上げたい海賊にも狙われる。

 カナタにもドラゴンにも、今のところ出来ることは少なかった。

 ……まぁ、カナタは海運をやっている都合上、タイガーたちがある程度どこで活動しているのかはわかっているのだが。

 

『あの男はしばらく連絡が取れなかった時期がある。何かあったとみるべきだが……無理に聞き出すことも無かろう』

「そうだな。おれもしばらくは忙しくなる……たまには顔を合わせたいものだが、政府に感づかれると厄介だからな」

『私とお前の仲だ、気にせず来ると良い。たまに政府のネズミが入ってくるが、出したことはない』

 

 こういうところがカナタの恐ろしいところだが、味方であればこれほど頼りになる相手もいない。

 ドラゴンはカナタと二つ三つほど話した後で通話を切った。今後も何度か世話になることもあるだろう。

 立ち上がって船の甲板に足を運び、夜風を浴びながら月を見上げる。

 

「……世界は良い方向に向かっている。彼女には頭が上がらんな」

 

 カナタの手助けが無ければ達成できなかったことも多い。早い段階で彼女の信頼を勝ち取れたのはドラゴンにとって幸運だった。

 この幸運が続くことを祈るばかりだ。

 やるべきことはまだまだ多いのだから。




スパンダム、原作だともうちょっとあとの時間軸で動いてるんですが本作ではちょっと早めになりました。

次話はお待ちかねタイガーの話(予定)です

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