ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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原作10年前

執筆時間の都合で短めです。


第百二十六話:再会

 〝奴隷解放の英雄〟フィッシャー・タイガー。

 政府や海軍では特に疎まれている賞金首である。天竜人の支配するこの世において、世界的なタブーを犯した罪人。

 海中から襲撃されるが故に居場所を掴むことは難しく、見つけても船ごと落とされるので報告が上まで届かない。

 懸賞金の額は2億3000万──強さと犯した罪を思えば妥当な金額と言える。

 その男は今、奴隷から解放された一人の少女──コアラを故郷へと帰すために船を進ませていた。

 

「コアラ。お前、故郷の島の名前は覚えてるのか?」

「はい。〝フールシャウト島〟って言うんですけど……」

「……〝フールシャウト島〟か……」

 

 覚えがあるのか、腕組みをして思いを馳せるように遠くを見る。

 近くに控えていたジンベエとアーロンの二人はこそこそと「知っておるか?」「知らねェ」と小声で会話している。

 

「懐かしい島だ。一度行ったことがある……だが、〝永久指針(エターナルポース)〟は持ってねェ。どこかで手に入れる必要があるな」

「アニキ、旅をしていた頃に訪れたことがあるのか?」

「まァな。昔の話だ」

 

 それ以上話すつもりは無いのか、タイガーは〝永久指針(エターナルポース)〟をどこで手に入れるか考え始めた。

 近くの島を巡って探すのが早くはあるが、一番早いのは〝黄昏〟に注文することだ。

 在庫を確認して取り寄せてくれることもあれば、近くの島の商店で取り置きして貰って取りに行くこともある。タイガーがマリージョアを襲撃した後、〝タイヨウの海賊団〟として活動し始めてからも時々利用していた。

 相手が賞金首でも金さえ払えばきちんと商品を用意してくれるので何かと便利なのだ。

 ……世の中、魚人と言うだけで差別して物を売らない店もあるし、賞金首とわかると海軍に情報を売る店もある。黄昏は七武海だが、タイガーは一度も差別をされたことは無いし、直後に海軍に襲われたことも無い。教育が行き届いているのだろう。

 

「次の島には黄昏の拠点があったはずだ。多少時間はかかるかもしれないが……物は確実に手に入る」

「そういうもんか……」

 

 アーロンは人間の店と言うだけで嫌そうな顔をするが、彼とて地上で生活するには人間の店を使うしかないことは理解している。

 どれだけ魚人至上主義者でも、地上で生きるには人間の手を借りる他にない。

 嫌いな人間の手を借りなければ欲しいものを手に入れることもままならないと理解しているから、アーロンは憮然としつつも何も言わないのだろう。

 店に在庫があればすぐにでも。在庫が無くとも取り寄せ、あるいは置いている島に取りに行けば数日程度と言ったところか。

 どれだけ時間がかかっても数週間も必要ないだろう、とタイガーは三人に告げた。

 

 

        ☆

 

 

 〝永久指針(エターナルポース)〟は基本的に海賊には必要無いものだ。ラフテルを目指して〝記録指針(ログポース)〟を辿ることがほとんどだし、特別な理由が無ければ海を逆走する必要もない。

 商船なら自前の〝永久指針(エターナルポース)〟を持っているだろうが、売り物では無いので渡すことも出来ない。

 なので、数日待って欲しいと言われてはや一週間。港に停泊する船でそろそろ待つのに飽きた船員たちが釣りをしていたところ、届け物を持った一人の女性が甲板へと上がってきた。

 フードを目深に被った小柄な女性に、船員である魚人たちは僅かに警戒しつつ視線を向ける。

 

「フィッシャー・タイガーはいるか?」

「なんだおめー。タイのお頭ならいるが……」

「届け物だ。〝永久指針(エターナルポース)〟を注文していただろう?」

 

 なるほど、と納得して船員の一人が船の奥へと入っていく。タイガーを呼びに行ったのだろう。

 船員たちから向けられる視線で針の筵のような状態だが、女性は気圧された様子もなく手に荷物を持ったまま静かに待っている。

 ほどなくして船室からアーロンとジンベエを伴ってタイガーが出てきた。

 

「ようやくか。随分時間、が……」

「──久しいな、タイガー。壮健そうで何よりだ」

 

 タイガーは女性の姿を見るなり足を止め、目を見開いた。

 忘れることなど出来るはずがない。

 赤い瞳。黒く長い髪。フードを目深に被っていても立ち居振る舞いだけで分かる。

 

「カナタ……!? お前、何故ここに!!」

「たまたま近くにいたんだ。懐かしい友人の顔を一目見ておこうと寄っただけさ」

 

 手に持った小包を軽く上げ、「雑用も兼ねてな」と笑うカナタ。

 本来数日で届くと聞いていた品が一週間かかったことや、それを届けに来たのがよりにもよって黄昏のトップであるカナタであることなど、言いたいことはいくらでもあったが……タイガーは何を言うべきか迷い、何度か口を開くも言葉は出てこなかった。

 その間に、アーロンがタイガーの後ろでジンベエに話しかける。

 

「ジンベエのアニキ。あいつ、七武海なんだって?」

「ああ。だが、あの人は──」

「政府の手先か。タイのアニキの首でも狙いに来やがったのか?」

 

 なら、先んじて攻撃するまでだ。

 そう判断したアーロンは一度船室に戻り、すぐさま自身の武器である巨大なノコギリ──〝キリバチ〟を手にカナタへと襲い掛かった。

 戦うことを想定していないためか、カナタは無手だ。武器も何もない女など制圧は容易いと考えたのか、アーロンはカナタの首元へとキリバチを走らせ──カナタはそれを指先で受け止めた。

 

「ふふ、随分元気がいいな」

「アーロン! テメェ何をやってる!!」

「相手は七武海だぜ、タイのアニキ! どうせこいつもアニキを捕まえに来たに決まってる!!」

 

 魚人の膂力で振り回されたキリバチを容易く受け止めたカナタに危機感を抱き、アーロンは再び振りかぶってさらに強く、速く振り下ろした。

 カナタは一切動かず、キリバチの刃を指でつまむように受け止め、逆にキリバチごとアーロンを持ち上げる。

 

「威勢のよさは認めるが、口だけか。七武海である私が賞金首であるタイガーを捕えに来た、と考えるのはわからんでもないがな」

「テメェ、この……放しやがれ!」

 

 アーロンの罵倒を受け、カナタはキリバチを放り投げる。当然、キリバチを持ったままのアーロンも飛んでいき……そのまま海の中へと落ちた。

 魚人なので海に落ちても死ぬことは無いと判断しての事だ。

 あっという間の出来事にジンベエは目を丸くしており、船員の何人かは投げ飛ばされたアーロンの方を気にしている。

 タイガーは一度ため息を吐き、額に手を当てながらもカナタから視線を外さない。

 

「……悪いな、おれの弟分が」

「構わんとも。あれくらいなら可愛いものだ」

「そうか、そう言ってくれるならありがてェ……だが、本当に何をしに来たんだ?」

 

 荷物を運ぶだけなら誰でもいいし、タイガーの顔を見たいというだけならその時に伝言でも伝えればいい。

 カナタ本人が来る必要は決してなかったはずだ。

 

「本当にただ様子を見に来ただけさ。マリージョア襲撃以降、お前は私と顔を合わせるのを嫌がっているようだったからな」

「別に嫌がっていたわけじゃねェが……」

 

 顔を合わせにくかった、と言うのは本当なのだろう。

 タイガーは元々カナタの船に乗っていたが、カナタが七武海になった以上、カナタの立場はどちらかと言えば政府寄りだ。タイガーの情報を売るか、あるいはタイガーの事を庇ってカナタの立場を悪くするかの二択だった。

 あちらこちらに迷惑をかけた自覚があるため、顔を合わせにくかったのだろう。

 

「……お前は七武海になった。おれの情報を政府に渡すのか?」

「? 何故そんなことをしなければならないんだ? 別に私は七武海の立場などあってもなくても構わん。情報を渡す義務もない」

「だが、世界政府は血眼になっておれのことを探しているだろう。元々お前の船にいたこともあって、政府から追及が来たはずだ」

「そうだな。だが、お前はもう私の船から降りた身だ。無関係だと突っぱねたとも」

「……それで政府が納得したのか……?」

「していないが、それは私には関係の無いことだ」

 

 強かな女だ、と思わず呆れるタイガー。

 七武海は政府の狗だ何だと言われているが、目の前の女がそうだと言われても納得しかねるだろう。政府に従う気が一切無いのだ、コントロールなど全く出来ていない。

 それでも政府はカナタの事を必要だと思っているから七武海に置いているし、カナタは特に損があるわけでもないので自分から抜けようともしていないだけの話。

 奇跡的なバランスの上に成り立っている関係性だ。

 

「呆れた話だ。信頼関係も何もねェのか」

「政府と私の間にそんなものがあるはずなかろう。利害が一致しているだけの関係性に過ぎんよ。もちろん、お前が欲しがった()()に関してもな」

 

 カナタは手に持った小包を放り投げる。タイガーはそれを受け取ると、中に〝永久指針(エターナルポース)〟が入っていることを確認した。

 タイガーの依頼はこれ一つだが、カナタは帰る前に一つ忠告をする。

 

「その子を故郷に帰すだけなら手段はいくらでもある。それこそ黄昏(わたし)が運ぶことだって出来た。とある島の住人が何故お前に任せたのか……理解はしているか?」

「…………」

()()()()()()。人間が繁栄したのは数の多さだけが理由ではない」

 

 どこまでタイガーの事を知っているのか、カナタは真っ直ぐにタイガーを見据えてそう告げた。

 タイガーは何を言うでもなく、「感謝する」とだけ言って船室へと戻っていく。カナタは肩をすくめ、ジンベエへと視線を移した。

 

「修行は怠っていないようだな、ジンベエ」

「まァ強くなければタイのお頭の役には立てやしませんので。昔カナタさんに言われた通り、毎日腐らずに鍛えております」

「それは何よりだ。お前なら私に傷の一つでも付けられるかもしれんな」

「そんな無茶な……アーロンの奴を赤子扱いするような人に挑むほど命知らずではないつもりです」

 

 あれでアーロンはタイヨウの海賊団ではかなり強い方なのだ。それを笑いながら赤子の手をひねる様にあしらったカナタの相手など、ジンベエでも御免被るらしい。

 当のアーロンはまだ水中でカナタの事を狙っているようだが、どれだけ隙だらけに見えても対処は容易い。カナタは気にもかけていなかった。

 

「しかしカナタさん、さっきの話は……」

「うん? ああ……タイガーへの忠告のことか。あれを受けても判断を変えるつもりがないならそれはそれで構わん。()()()()()()()()()()()()

「?」

 

 ジンベエは何のことかよくわかっていないらしく、キョトンとした顔で首を傾げている。

 カナタはこの船が大丈夫なのかやや不安になった。

 だが、まぁ。こういうのも経験だ。ある程度安全を担保して危機的状況を経験させておくのも良いだろう。

 カナタの用事は済んだ。フードを目深に被りなおし、甲板から桟橋へと降りる。元々現場の担当者に無理を言って出てきたのだ。悪いことをしたと思う反面、やはり一度顔を合わせておいてよかったと思う。

 タイガーはカナタが来たと認識してから一度も視線を外さなかった。それに、旧交を温めに来たと言っても近寄ろうともしていない。

 読み取れる感情はごちゃごちゃだったが……と、考えていると。

 

(シャーク)ON(オン)DARTS(ダーツ)!!」

 

 アーロンが海中で加速し、カナタ目掛けて突っ込んできた。

 ノコギリ鮫の自慢の鼻を使い、相手を串刺しにする技だ。弾丸のような速度で迫ってカナタの心臓を狙うが──カナタは視線すら寄越さず、片手でアーロンの顔面を掴んで受け止めた。

 鋭利な刃のようになっている鼻はカナタの掌を貫通しているが、血の一滴も流れていない。

 

「テメェ……!」

「奇襲ならもう少しうまくやることだ」

 

 アーロンへの興味は既に無い。カナタはアーロンを片手で船まで放り投げ、そのまま町の方へと戻っていった。

 ギリギリと歯を食いしばり、アーロンが睨みつけるのも気にせずに。

 


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