ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百二十八話:転機

『だからよ、おめーはなんでそう腰が軽いんだよ!! 伝言一つ残して勝手に出歩いていい立場じゃねェだろ!!』

「抑止力としては十分機能している。リンリンにせよカイドウにせよ、奴らが送り込んできたスパイはフェイユンが始末するから知られることも無い」

『それも絶対じゃねェだろ。そう何日も誤魔化せるもんじゃねェ!』

 

 カナタが誰かと話している声が聞こえる。

 タイガーが目を覚ました時、一番に視界に入ったのは船で使っている部屋の天井だった。

 船では大抵、寝室に使われる部屋は一つだけだ。船員全員に個室を与えられるほど巨大な船となると相当なものになるし、維持するのも難しい。男女に分かれて雑魚寝がほとんどとなる。

 その中でもタイガーやジンベエといった一際体格の良い者は汎用のハンモックやベッドに入らない。なので、大部屋の角に大きめのベッドを用意して寝ていた。

 タイガーはベッドからのそのそと起き上がり、左頬に布で巻き付けられていた氷袋が太ももの上に落ちる。

 心なしか左頬が痛い。

 

「起きたか」

 

 カナタは二、三ほど話したのちに受話器を置き、タイガーの方に向き直る。

 

「……ここは、船か?」

「お前たちの船だ。海軍の襲撃に間一髪気付いて、何とか無事だったらしい。さっきまで気絶していたお前は知らないだろうがな」

「そうだ、おれは……お前に殴られて」

「殴られてとはなんだ。お前が殴れと言ったのだろう」

 

 呆れた顔で椅子に背中を預けるカナタ。

 殴れと言ったことは覚えているが、まさかあれだけの威力で殴られるとは思っていなかったタイガー。カナタの見た目は別れた時と変わっていないが、実力は大きく違うらしいと認識を改める。

 きょろきょろと辺りを見回すが、寝室には他に誰もいない。窓から明かりが差し込んでいる辺り、まだ日は高いのだろう。

 じくじくと痛む頬をさする。まだ腫れていた。

 

「ジンベエ達……仲間たちはどうした。無事だったのか?」

「ああ。一悶着あったが……まぁそれはいい。全員無事だ」

 

 カナタがタイガーを殴って気絶させたことでやや面倒くさいことにはなったが、気絶しているだけで他に外傷があるわけでも無し、ひとまず力づくで収めて船を沖に出した。

 そうしてあちらこちらに連絡を入れていたところで、タイガーが目を覚ましたという事らしい。

 

「五老星には連絡を入れた。不承不承ではあったが納得させたから問題はない」

「……そう易々と納得するような連中とは思えねェが……」

「気にするな。大したことではない」

 

 元々黄昏は七武海の中でも特別だ。他の七武海には無い特権を持っている。

 インペルダウンから能力者を連れ出すこと──それを削ることで五老星は一応の納得を見せた。と言うか無理矢理退かせた。

 天竜人のトップである五老星を抑えれば、他の天竜人に対してはあちらで対応するだろう。すべての天竜人に対して根回しをするほどカナタは暇ではない。

 特権を一つ失うのはカナタにとって痛手ではあるが、固執するほどのものではない。スクラは怒るだろうが、今や掃いて捨てるほどいる海賊にも能力者はいる。捕縛してハチノスへ連行すれば同じことだ。

 政府もインペルダウンから出す能力者は出来る限り階層の浅いところから優先していたようだし、引き渡された中で本当に強力な能力を持つ者はほとんどいない。

 能力者本人の強さも大したことが無い連中ばかりだった。人体実験以外使い道も無かったので惜しむほどでもないだろう。

 

「天竜人は五老星から手を回すだろうし、海軍も同じだ。多少賠償金を取られるだろうが、今更金を取られた程度で傾く黄昏ではない」

 

 本来なら七武海の地位を捨ててでも、と思っていたところだが、タイガーの目的を考えると七武海の地位を捨てるよりも活用した方が良い。

 いたずらに海を混乱させる必要はないのだし。

 

「借りばかりが増えていくな。お前には本当に世話になる」

「礼を言うのはまだ早い。残った問題は魚人島に関することだ」

 

 一度魚人島に立ち寄ってオトヒメ王妃に会う必要がある。

 ネプチューン王の意思も確認して、今後の動きを考えなければならない。

 ……いや、それよりも先にやっておくべき仕事があった。

 

「まずはニューゲートだな。魚人島はあの男のナワバリだ」

 

 統治しているのは当然ながらネプチューン王だが、あの男のナワバリでもある以上、最低限一度は直に会って伝える必要がある。

 何よりも〝仁義〟を尊ぶ男だ。筋を通さねば面倒事が起きかねない。

 ……五老星がまた何か言ってきそうではあるが、カナタは意図的に無視することにした。

 

 

        ☆

 

 

 フールシャウト島から数日かけてシャボンディ諸島へ。そこからジョルジュを呼び出して赤い土の大陸(レッドライン)を越え、移動すること数日。

 一度ハチノスを経由してカナタが向かったのは白ひげのナワバリである島だ。

 船はそのままタイガーたちの船を利用し、カナタは政府の目を盗んで白ひげ海賊団の船──鯨を象った巨大な船、〝モビー・ディック号〟を視界に収める。

 他所のシマであることもあり、カナタも正確な居場所までは掴めていなかったが、見つけ出せたのは運が良かったと言える。

 リンリンやカイドウと違い、白ひげは明確な拠点を持たない。ナワバリの島を転々と移動するので、運が悪ければいつまでも会えないのだ。

 

「その点を考えると、運が良かったな」

 

 甲板でビーチパラソルを差し、椅子に座ってゆったりとしたままカナタはそんなことを言う。ぱっと見、観光でもしに来たのかと思うほどだ。

 アーロンのような人間嫌いの魚人はカナタのことを歓迎しなかったが、他ならぬタイガーが許可を出したので渋々認めている。今でも視線だけで人を殺せそうなほど睨んでいるが、カナタはどこ吹く風と言った様子である。

 〝モビー・ディック号〟に近付くと、空から誰かが甲板に降り立った。

 不死鳥の能力者──白ひげ海賊団の一番隊隊長を務めるマルコである。

 

「お前らの事は知ってるよい、タイヨウの海賊団。そっちの事情は分からねェが……なんでよりにもよってお前がいるんだよい!!」

「十数年ぶりか。あの時より少しは腕が立つようになったみたいだな、マルコ」

「余計なお世話だよい! アンタが親父のところに来る理由にも想像がつかねェ。戦争でもしに来たのか!?」

 

 特に警戒する様子もなくくつろいでいるカナタを指差し、マルコはやや緊張した様子で問いかける。

 だが、カナタは「戦争をするつもりなら艦隊を引き連れてくるに決まっているだろう」と呆れるばかりだ。

 

「今回の目的は魚人島に関してだ。ニューゲートは船にいるのだろう?」

「そりゃいるが……」

「私が直接話をする。そう伝えろ」

 

 〝モビー・ディック号〟はもう目と鼻の先だ。

 カナタは読んでいた本を閉じて立ち上がり、腰に村正を差してマルコを見る。

 マルコは僅かに迷った様子を見せ、結局自分ではどうにもできないと判断したのか、船へと戻っていった。

 カナタはタイガーを呼び出し、後ろに付いてくるように言う。カナタ一人で行ってもいいが、タイガーも当事者だ。話し合いに参加すべきだろう。

 アーロンは残るつもりらしいが、ジンベエはタイガーが行くならと同行を申し出た。

 タイガーたちの船は〝モビー・ディック号〟よりだいぶ小さい。どうやって乗り込むつもりかとタイガーが見上げていると、カナタは瞬く間に氷の階段を用意して解決していた。

 

「便利なもんだな……」

「私の能力は冷気を操るからな。こういう時は重宝する」

 

 海に落ちても干渉出来るので溺れることが無いのはメリットだ。ただ凍らせるだけではなく、階段のようにある程度形を考えて作るのはそれなりに難しいが……これまで鍛錬してきたカナタならば特に苦労も無い。

 三人は氷の階段を上り、〝モビー・ディック号〟の甲板へと足を踏み入れる。

 甲板にいたのは15人の隊長たち。それに三日月型の白い髭が特徴的な大男──エドワード・ニューゲート。

 船の半ばまで進んだカナタはニューゲートへと目を向け、覇王色の覇気を放った。

 ビリビリと軋む空気。発される覇気は人を威圧するだけではなく、船に物理的な圧さえ与えていた。

 如何に白ひげ海賊団とは言え、入ったばかりの新人や海賊として未熟な者に耐えられるものではない。一人、また一人と覇王色にあてられて船員が倒れていく。

 

「止めねェか、バカ野郎。戦争でもしに来たのか?」

 

 ニューゲートは酒を片手に嘆息し、カナタを睨みつける。

 長い金髪には白髪が混じり、昔出会った時よりも随分と老いていた。しかしなおも衰えぬ覇気はカナタ一人に向けて発され、未だ世界最強の男として健在であることを見せつけた。

 カナタは僅かに目を細め、発していた覇王色の覇気を霧散させる。

 

「……そうだな。戦争をするつもりは無い。今回は穏便に済むならそちらがいい」

「珍しく殊勝な態度じゃねェか。今度は何を企んでやがる?」

()()()、とは何だ。まるで私が以前にも何かを企んだような口ぶりだな」

「七武海に入ったことも、世界中あちこちに手を広げて海運を牛耳ってることも、全部テメェが何か企んでやがるからだろうが。違うのか?」

 

 ニューゲートはカナタの事を過小評価していない。

 孤児として育ち、ロクに教養の無い自身と違って頭の良い海賊だという事も理解している。

 何を狙っているかは知らないが、どうせロクでもないことだろうと当たりを付けていた。

 カナタは答える気が無いのか、眉をひそめてニューゲートを睨みつけるだけだ。

 

()()()()()だ」

「……あの島はおれのダチの島だ。手ェ出そうってんならおれも黙って見ている気はねェぞ」

「自惚れるな。あの島の王はお前ではなくネプチューンだ。どうするかを決めるのはお前ではない」

 

 一触即発の空気があたりに漂う。これはまずいと思ったのか、カナタの後ろに控えていたタイガーが一歩前へと出た。

 

「お初に! 白ひげ、アンタと会えて光栄だ!」

「テメェは……知ってるぜ。〝奴隷解放の英雄〟なんだってなァ? 天竜人の鼻を明かしたらしいじゃねェか」

「つまらねェ世の道理を破っただけだ。おかげで色んなところに迷惑をかけた……おれはその尻拭いをしているだけだ」

「それがそこの女と手を組むことか?」

 

 つまらなさそうに酒を煽るニューゲート。

 彼から見ればどれだけ実績を積み上げようともカナタの事は〝信用するに値しない〟相手なのだろう。

 なんとか取り成そうと頭を回転させるタイガーだが、次の行動を起こしたのはカナタの方が早かった。

 

「オトヒメ王妃を知っているか?」

「王妃……ネプチューンの女か。詳しいことは知らねェな」

「彼女は人間と魚人、人魚の融和を目指している」

 

 酒を飲んでいたニューゲートの腕が止まった。言いたいことが何となく見えてきたのか、先を促すように視線をカナタへと戻す。

 ……この男、視線はタイガーへ行ったりカナタへ行ったりと警戒していないように見えるが、見聞色で常にカナタの一挙手一投足を捉えている。やる気は無いとわかっているものの、それと警戒しないことは別の話とでも言うかのようだ。

 

「タイガーがマリージョアへ襲撃をかけたことで融和の道は断絶された。だが、タイガーとてそれは望まない……という事らしいのでな。私が手を貸して、まず世界会議(レヴェリー)に再び参加出来るよう働きかける」

「……おれのところに来る理由があんのか?」

「実態はどうあれ、あの島はお前のナワバリだ。勝手に動いてへそを曲げられても困るのでな」

「おれァガキかよ。テメェの言う通り、あの島はネプチューンのものだ。おれにどうこう言うつもりはねェよ……ナワバリを奪うってんならともかく、表向きの働きかけは確かにおれじゃどうにも出来ねェしな」

 

 魚人島は世界政府加盟国ではあるが、海軍の統治が行き届かない国でもある。

 それゆえに大海賊時代黎明期には海賊が押し寄せ、多くの人魚や魚人たちが攫われた。

 今でこそ〝白ひげ〟の名に守られているが、これが無くなれば再び同じことになるのは目に見えている。なので魚人島の実質的な支配者は二人いることになるが……ニューゲートに世界政府との繋がりはない。

 魚人島が世界会議(レヴェリー)に参加して何かを訴えようとしても、ニューゲートでは力になることは出来ないのだ。

 ニューゲートからすれば業腹な話だが、カナタに頼る他にないのが現実だった。

 

「テメェのことだ。魚人島を自分のナワバリにした方が合理的だ、とでも言い出すんじゃねェかと思ったが」

「そちらの方が合理的なのは事実だがな。お前と衝突することを考えるとこちらの方が損失が少ない」

 

 白ひげは仲間に手を出せば黙っていない。

 ネプチューンの事を友人だと公言している以上、下手に介入すればニューゲートが動くことは十分考えられた。

 それに、ネプチューンもカナタの提案に頷くとは思えなかったということもある。

 

「好きにしやがれ。ネプチューンの立場を悪くしねェ程度になら認めてやるよ」

「感謝しやす、白ひげのオヤジさん」

 

 ニューゲートは笑いながらそう言い、ジンベエが感謝の言葉を述べて頭を下げようとすると、カナタがそれを止めた。

 

「カナタさん?」

「頭を下げるな、ジンベエ。お前は今、少なくとも私の傘下にある立場だ。この男に頭を下げる道理はない」

 

 先も言った通り、この件に関して()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 魚人島を治めるのはネプチューンの仕事で、ニューゲートはあくまで名前を貸して島を守っているに過ぎない。政策に口を出す権利も、そのつもりもない。

 今回カナタが足を運んだのはあくまでニューゲートに対して筋を通すためだ。

 カナタとニューゲートは同じ海賊だが、友達でも同盟相手でもない。どちらかと言えば敵対関係に近い相手だが、それでも通すべき筋はあるというだけの話。

 

「話はそれだけだ」

 

 カナタは背を向け、タイガーとジンベエを伴って〝モビー・ディック号〟を後にする。

 見送りなどあるはずもなく、カナタたちは船に戻るなりナワバリから出るために船を出した。

 タイガーは〝モビー・ディック号〟の方を見ながら、「あれでいいのか?」と疑問を口にした。

 

「あれでいいんだ。私とあの男の関係性などこんなものだからな」

「そうか……」

「しかし……」

 

 十数年ぶりに会ったが、随分と老いていた。

 人は老いには勝てないのだろう。オクタヴィアでさえ全盛期から比べれば力が落ちていた。

 〝村正〟に残った記録を読み取ればオクタヴィアの全盛期を垣間見ることも出来るが、当時の彼女はカナタと戦った時よりいくらか強かった。

 ニューゲートもあと数年すれば誰かに落とされるかもしれないな、と呟く。

 

「あの人が負けるところは想像出来んが……」

()()()()()()はこの海には幾らかいる。私もそうだし、リンリンやカイドウも同じようなことを言われている」

 

 だが、人間はいつか死ぬものだ。

 オクタヴィアやロックスだって、当時は世界最強の海賊と言われていたのだ。あの二人が負けるところは想像など出来ない──と言われることも多かっただろう。

 それに。

 

「今のニューゲートなら私でも(たお)せる。大きな戦いもなく、鍛錬もせず酒ばかり飲んでいるあの男になど負ける気も無い」

 

 過小評価も過大評価もせず、カナタは淡々とそう告げた。

 

 

        ☆

 

 

「親父」

「心配すんな。あの女は頭が良い。魚人島が不利になることはねェだろうよ」

 

 ニューゲートは酒を飲み、心配そうなマルコを窘める。

 いきなりカナタが来たと聞いた時は奇襲でもかけてきたのかと思ったが、黄昏と違って〝モビー・ディック号〟には常に隊長たちがいる。

 いくらカナタでもニューゲートと隊長たちを全員相手取ることは出来ないし、ニューゲートとて負けるつもりもないと考えて船に上がることを許した。

 一目見て、気になったことと言えば。

 

「……マルコ、あの女の腕、気付いたか?」

「腕? いや……そこまで見てなかったよい」

「傷跡があった……あれは何度か見たことがある。()()()()()()()()()()()()だ」

 

 カナタの左腕は長袖の服で隠されていたが、手の甲にはしっかりその傷跡が残っていた。

 つぶさに観察していたニューゲートはそれを見逃さなかったらしい。

 

「雷……? じゃああいつ、災害にでも遭って怪我したのかよい」

「災害か……まァ間違いじゃねェな」

 

 オクタヴィアは存在自体が災害のようなものだ。ニューゲートだって全盛期の彼女と戦えば死を覚悟する。今ならばまだしも、ロックスの船にいた当時は傷を負わせるのが関の山だっただろうけれど。

 〝ゴッドバレー〟以降、オクタヴィアとは会っていない。どうしていたのか興味も無いが……あの様子を見るに、カナタが倒したのだろう。

 娘に倒されるなら本望かもな、と他人事のように思うニューゲート。

 同時に、オクタヴィアを倒すまでに成長しているカナタの強さを脅威にも思う。

 

「七武海なんざつまらねェ連中ばかりだが、あの女は別だな」

 

 何年前だったか、ニューゲートの首を獲ろうと挑んできた七武海もいたが、あれとは比べ物にならない。

 発される覇気も、堂々とした佇まいも、ニューゲートをして戦えば本気にならざるを得ない相手だ。

 

「戦争するつもりなのか、親父」

「バカ言ってんじゃねェよジョズ。あの女と戦ったってどっちにも得はねェ。リンリンたちを喜ばせてやるつもりもねェしな」

 

 三番隊隊長であるジョズの言葉に否定を返す。

 今二人が争ったところで誰も得をしない。たとえ今後黄昏の海賊団が脅威になることがわかっていても、だ。

 ニューゲートも死を覚悟して戦わねばならない以上、息子や娘と呼ぶ船員たちにもそれを強いることになる。

 それだけは、出来なかった。

 

「まだおれの方が強ェが……あの女狐、いつまで大人しく政府の狗をやってるつもりだ」

 

 確実に何かを企んでいるのは直接会ってわかった。だが、何を企んでいるかまではわからない。

 ニューゲートの全盛期は過ぎた。後は老いて衰えるばかり……いざという時、息子と娘たちを守ることが出来るのか。

 親と子は別物だと理解していても、あの二人の子供がこうも大人しく政府の狗をやっていることに不安を掻き立てられる。

 今ならまだ、己の手で大切なものを守り通せるが──と、そう思わずにはいられなかった。

 

 

        ☆

 

 

 カナタたちは再びハチノスを経由して一路魚人島へ向かう。

 ニューゲートのところへ向かったのは遠回りだったが必要なことだった。あとはネプチューン王とオトヒメ王妃がこの提案を受けるかどうかだけが問題だ。

 船はコーティングしたのちに海底へ向かい、何かに襲われることもなく魚人島へと辿り着いた。

 入国の際には少々問答があったが、タイガーとジンベエが間を取り持ってくれたことでスムーズに竜宮城へと招いてもらうことが出来た。

 竜宮城の中で待っていたのはネプチューンとオトヒメ。そして大臣たちに衛兵が多数。

 カナタのことを警戒しているのは一目で見て取れた。

 

「久しいな、ネプチューン」

「うむ。何度か魚人島に足を運んでいたのは知っているが、直接会うのは久しぶりなんじゃもん」

 

 顔を合わせたのはカナタが初めて魚人島に来て以来だ。

 それ以降は魚人島に来ても会うことは無かった。会う用事が無いのもあるし、〝白ひげ〟のナワバリになった以上は大々的に動くことが出来ないということもある。

 それを押しても会いに来たという事はそれなりの理由がある、とネプチューンも理解して会談に臨んでいた。

 

「して、用件を聞くんじゃもん。タイガーがいるという事は、そちら関係か?」

「ああ。タイガーがマリージョアを襲撃したことで魚人島は立場を悪くし、世界会議(レヴェリー)に参加出来なくなった。だが、タイガー自身はオトヒメ王妃の考え方を否定するつもりは無いらしいのでな。その気があるなら私から再び魚人島が世界会議(レヴェリー)に参加できるよう働きかけをするつもりだ」

 

 ネプチューンは目を丸くしてカナタを凝視した。それほどまでに驚いたのだろう。

 タイガーと友人であることから始まり、タイヨウの海賊団と接触してここに至るまでの経緯を簡潔に説明する。既にニューゲートにも話を通しているところまで聞いたネプチューンはあまりの展開の速さに頭痛を起こしていた。

 

「話が急すぎるんじゃもん……白ひげの許可があるなら、まァわしとしても断る理由は無いが」

 

 ちらりとオトヒメの方を見る。

 こちらはこちらで展開の速さについていけずフリーズしていた。

 とは言え、だ。

 

「私に出来るのはそこまでだ。そこから魚人たちの住む場所を地上に移すなら他の国々と魚人島の国民を納得させる必要がある」

 

 あくまでカナタに出来るのは話し合いの場を用意するまで。そこから先、他の国々や魚人島の民たちを納得させるのはオトヒメとネプチューンの仕事だ。

 多少の手助けは出来るだろうが、主体的に動くのは彼らでなくてはならない。

 

「十分すぎます。あなたの手助けが得られるなんて思っていなかった……」

「私も最初は他人事だったが、友人の頼みだからな」

「友人……そう、そういうことですか」

 

 タイガーとカナタを交互に見てオトヒメは何度か頷いた。

 以前タイガーと会ったときは心が悲鳴を上げていたが、今はそれもない……大きな転機があったのだろうとオトヒメは思っていたが、その理由に納得する。

 

「私も負けていられませんね。私たちが地上で住むことが出来るように、努力を続けていれば、きっと……あなた達のように良き隣人となれるでしょう」

 

 互いに助け合える、良き友になれると。

 タイガーとカナタのように。あるいはネプチューンとニューゲートのように。

 種族が違えども、友になれるのだと示すことが出来る。

 オトヒメは気合を入れなおし、演説はより力の入ったものにしなければと燃え上がっていた。

 

 

        ☆

 

 

 竜宮城から出て船へと戻り、カナタはタイガー、ジンベエの二人と話をしていた。

 今後の動きについてだ。

 

「タイヨウの海賊団は一時的に私の傘下として扱う。だが、その場合〝白ひげ〟のナワバリである魚人島に戻ることは出来なくなる」

 

 カナタとニューゲートは不仲だ。故郷とは言え、黄昏傘下の海賊団が魚人島にいては色々と勘ぐられることもある。

 だが、タイヨウの海賊団はやりたくて海賊をやっている者ばかりではない。

 なので、あくまで傘下として扱うのは一時的なものだ。

 

「ジンベエ。お前、七武海に入る気はあるか?」

「わしが七武海に?」

「タイガーはやったことがやったことだ。ここから七武海に入るというのは難しい。だが、お前なら何とかねじ込めるだろう」

 

 カナタと違ってタイガーは直接天竜人に手をかけたわけでは無いが、マリージョアを襲撃した以上は目の敵にされる。どちらかと言えばカナタの方が特例だったこともあるし、タイガーが七武海になるのは難しい。

 なので、可能性があるのはジンベエの方だ。

 海賊をやりたくない者がいれば魚人島で静かに暮らすことも出来る。魚人の七武海がいれば種族間の融和という大義名分も出来る。

 

「じゃが、七武海の枠は全て埋まっているはずじゃあ……」

「一枠空けるくらい訳もない。お前の意思一つだ」

 

 カナタが抜けるのではなく、他の誰かを適当に落とすという意味での発言だ。

 さらっとそういう発言をする辺り、ジンベエは「やっぱりこの人は恐ろしい」と認識を改める。

 

「反発する者もいるだろうが、その辺りはお前たち内部の問題だ。魚人島に落ち着きたい者もいるだろうし、海賊として暴れたい者もいるだろう。よく話し合って決めることだ」

 

 アーロンなどの人間を嫌う者はタイヨウの海賊団から抜けることもあるだろうが……他人の選択をとやかく言うつもりもない。

 カナタはしばらく時間が必要だろうと一度話を切り上げるつもりだったが、タイガーは即答した。

 

「……タイヨウの海賊団を解散する。改めて、お前の下で働かせてくれ」

「アニキ!?」

「……いいのか? 元々お前を慕って集まった連中だろう」

「それがケジメってもんだ。おれが迷惑をかけたオトヒメ王妃のためにも、おれを慕って集まってくれたジンベエやアーロンたちのためにも……一度ここで解散して、ジンベエについていく奴だけを改めてタイヨウの海賊団として結成する。そうすりゃ、七武海として認められてもケチはつかねェだろ」

「まぁ目の敵にされているのは基本的にお前一人だからな」

 

 ジンベエには負担をかけるが頼む、と……タイガーは頭を下げてジンベエに頼み込む。

 慌てた様子でジンベエは「アニキ!」とタイガーの頭を上げさせる。

 

「頭を下げる必要なんてないわい! わしァアニキの手伝いをしたくてタイヨウの海賊団に入ったんじゃ!」

「それでもだ。おれの我儘に付き合わせちまう以上、これがケジメだ」

 

 おろおろとカナタとタイガーを交互に見やり、ジンベエは最終的に自分も頭を下げた。

 タイガーからタイヨウの海賊団の船長の座を譲り渡された以上、この名に恥じないようにすると。

 

「タイヨウの海賊団、二代目船長──謹んでお受けいたしやす」

「頼んだ、ジンベエ。もしおれが道を違えた時は、カナタかお前に殴ってもらう事にしよう」

「私はもう懲りたぞ。ジンベエやアーロンが大変だったんだ」

「アニキ、あれは流石に心臓に悪いからやめてくれんか……」

 

 そうか、と残念そうに言うタイガー。

 ひとまず話は纏まった。

 ジンベエは次の七武海としてカナタから推薦を受けること。タイガーは傘下ではなく黄昏の一員となること。

 落とし所としては十分だろう。

 人間を信じ切ることは出来ないタイガーでも、魚人島で竜宮城とカナタの連絡員として働くことくらいなら出来る。オトヒメの護衛として動いてもいい。

 オトヒメの演説も、それをタイガーが支持しているという構図が出来れば協力的になる島民も出てくるだろう。

 ……〝白ひげ〟のナワバリだが、タイガー一人だけなら事前に話を通しておけばこじれることも無いだろうし。

 

 そうして。魚人島は大きな転機を迎えた。

 

 




タイガー編は一応今回でおしまいです。今後の魚人島の動きとかはちょくちょく出るかもしれませんが、具体的にどうなったのかは原作魚人島編でやろうと思います。
アーロンはインペルダウンに行くことなくここで別れて独立。マクロ一味も同様。
そんなところです。

以前言った通り、10月は休載します。次の更新予定日は11/1です(試験が10/24のため)

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