ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第十三話:竜殺し

 フェイユンは肩にカナタを乗せて港から花ノ国の中心街へと向かっていた。

 天竜人──クリュサオル聖の命令となれば、無視するわけにはいかない。最悪の気分であっても、彼ら世界貴族に逆らえば殺されたとて文句は言えないのだ。

 それが〝創造主の末裔〟の権力。

 カナタとて他人事ではなく、フードを目深にかぶって顔を隠しているが、不敬であると言われてしまえば外さざるを得ない。見目に自信はあるがこの場合は裏目に出た形になる。「美しいというのも罪だな」などと笑い話にする気力もない。

 とにかくカナタの機嫌は最悪だった。

 フェイユンはその様子に少々困った様子で口を開く。

 

「気にしないでください。あれだけ派手に暴れたんですから、仕方ないですよ」

「だからと言って見世物のように扱っていい道理はない。私はな、フェイユン。私の船に乗ると言った以上は最後まで面倒を見るつもりなんだ」

 

 天竜人に道理を説いたところで無駄だということは理解している。

 だが、理解と納得は別物(・・・・・・・・)だ。

 無意識に覇王色の覇気を発してしまっているのか、大気がビリビリと震えている。

 そうして中心街へと足を踏み入れたところ、町の入り口にチンジャオが待機していた。カナタはフェイユンの肩から降りてチンジャオを睨みつける。

 

「随分とご立腹だな、カナタ」

「当然だろう。考え得る限り最悪の相手だ」

「だが、だからこそ怒らせるわけにはいかない。私とて立場もある。ひとまずはその覇気を抑えろ」

 

 言われて気付いたのか、深呼吸して覇王色の覇気を抑える。

 怒りで頭に血が上っていたが、冷静になってみれば見聞色でこの町にかなりの強者がいることがわかる。

 天竜人の護衛だろう。

 このまま中心街にある宮殿に向かえば、その護衛達に取り押さえられた可能性もある。

 

「……すまんな、迷惑をかけた」

「ひやホホホ。随分と殊勝じゃねェか。そうしてれば下手に目を付けられることもねェだろう」

「だといいがな」

 

 どうあれフェイユンは目を付けられている。うまくやり過ごせればいいのだが、あまり期待できることではない。

 特に今回来ているクリュサオル聖は〝珍獣〟を好むという。

 

「さァ行くぞ。クリュサオル聖を待たせてる。ただ、場所は宮殿じゃねェ。町の外れだ」

「そうだろうな。その案内のために来たのか」

 

 フェイユンの巨大さを考えれば中心街の宮殿付近で巨大化など出来るわけがない。

 それなりの広さがなければ、満足に能力も使えないだろう。

 では、町にいる強者は天竜人の護衛ではないのかと眉を顰める。

 

「ついてこい。〝天竜人〟が待ってる」

 

 

        ☆

 

 

 クリュサオル聖という天竜人は、一言で表すなら〝収集家〟だ。

 珍獣、珍品──そういったものを世界中から集めてはパーティで他の天竜人に自慢することが趣味の、天竜人にしてはまだ普通寄り(・・・・)の感性を持った人物である。

 護衛にサイファーポール〝イージス〟ゼロを四人控えさせ、同じ空気を吸わないために被っているシャボンのマスクの中でニヤニヤと笑みを浮かべている。ジョルジュたちも先に呼ばれていたのか、奴隷たちの横に並んで膝をついていた。

 カナタはフードを被りなおし、チンジャオも気を引き締めなおす。

 海軍の護衛は地上では不要とでも言ったのか、宮殿や港の方に集中しているのが見聞色でわかる。政府の護衛はいるが、それほど数は多くない。

 近づいていくカナタたちはある程度の距離を保ったまま止まるよう命令される。

 そのまま膝をつくように言い、クリュサオル聖はフェイユンをじろじろと観察した。

 

「ふーむ? 普通の巨人とさして変わらないようだが、どういうことだえ?」

 

 CP-0と同じように控えさせている奴隷の中にも巨人がいる。そちらを尻目に、クリュサオル聖は膝をついているジョルジュたちへと声をかけた。

 ジョルジュたちはそれに答えず、事前に説明を受けていたCP-0が答える。

 

「クリュサオル聖。あの巨人がさらに巨大化するのは悪魔の実の能力によるものです」

「んー、なるほど。まぁ構わんえ。珍しいものが見れるならな」

 

 納得した様子で屋外に用意された椅子に腰かけ、早速といった様子でフェイユンへと命令を下した。

 

「では巨大化してみせるがいいえ」

「はい」

 

 フェイユンは瞬く間に巨大化していき、十メートルもなかった身長が百メートルを超すほどの巨躯になる。

 その様子には流石に目を疑ったのか、クリュサオル聖もぽかんと口を開いてフェイユンを見上げていた。後ろに控える巨人たちも開いた口が塞がらない。

 

「なるほど……〝天を衝くほどの巨人〟という噂も理解できるえ」

 

 クリュサオル聖も思わずといった様子で言葉を漏らす。

 大昔、〝国引き〟をおこなったとされる魔人オーズの伝説も知っているが、あれもこれほどの巨人だったのだろうかと想像を膨らませる。

 そうして同時に〝欲〟が顔をのぞかせる。

 ──あの巨人が欲しい。

 収集家としての血が疼くのか、口元に笑みを浮かべてCP-0を手招きする。

 

「あの巨人が欲しい。巨人用の海楼石はあるかえ?」

「あるにはありますが……」

 

 言葉を濁すCP-0に対して眉を顰めると、「あの大きさではどうにもなりません」と告げられた。

 まず海楼石の手錠を嵌める事が難しい。ふむ、と理解した様子で視線をフェイユンの足元にいる二人に向ける。

 暴れては困るから海楼石の手錠を先に嵌めたかったが、仕方がないと考え。

 

「おい、そこのお前」

「はい、なんでしょうか」

「この巨人をわちきの奴隷にするえ」

 

 空気が、震えた。

 一息の間にCP-0はクリュサオル聖の前へと出て、チンジャオはカナタの前に立ちふさがる。

 覇気ではない、単なる気迫だ。それでも咄嗟に体を動かすほどには殺意が滲んでいた。

 想像は出来ていた。最悪の想像だ。

 そうならないようにと願ったが──そう、なってしまった。

 

「──お断りします」

「……何?」

「彼女は私の娘のようなもの。奴隷になど──」

「お前の意見など聞いていないえ! この巨人を奴隷として、献上しろと言っているのだ!」

 

 ピストルを片手にカナタを脅すクリュサオル聖。

 CP-0も動き出し、二人は護衛として残り、他二人がカナタを抑え込むために。

 だが、その前にチンジャオが動いた。

 

「天竜人の言うことは絶対だと言ったはずだ! お前に拒否権はない!」

「それを承諾した覚えはない」

「逆らったところで、この海で生きて行けるはずもない! 商売など出来なくなるぞ!」

「こんな不条理に(こうべ)を垂れて生きるくらいなら、戦う道を選ぶだけの話だ」

 

 武装色を纏った拳を同じく武装色を纏った腕で受け止め、風圧でフードがめくれ上がる。

 ふわりと浮き上がったフードの下から顔が露になった。

 それを見たクリュサオル聖は興奮したように鼻息を荒らげ、カナタへと近寄ろうとする。

 

「ほ、ほほほう~!!?」

「クリュサオル聖!? 危険です、前へ出てはなりません!」

「あの女、あの女も欲しいえ! 巨人と一緒に奴隷にしてマリージョアへ連れていくえ!」

 

 やはりこうなったか、とチンジャオは臍を噛む。

 ジョルジュたちも一斉に動き出し、ジュンシーは素早くCP-0の一人を吹き飛ばしてカナタの方へとジョルジュを逃がす。

 距離をとったことを確認したカナタはフェイユンへと声をかける。

 

「フェイユン! 吹き飛ばせ!」

「はい!」

 

 百メートルを超える巨体から繰り出される蹴りは爆風を伴って振るわれ、クリュサオル聖が命令しようとした奴隷と護衛たちを虫のように吹き飛ばす。

 無論それは巨人であっても例外ではなく、CP-0が守っていたクリュサオル聖を除いてほぼすべての戦力が吹き飛ばされたことを意味する。

 二十メートルほどにまで小さくなったフェイユンはジョルジュたちを手のひらに乗せ、港へ向かえというカナタの指示通りに動き始めた。

 

「おい! お前はどうすんだよ!」

「このまま逃がしてはくれないようなのでな」

「当然だ」

 

 CP-0は全員が〝六式〟使いの超人。〝(ソル)〟による高速移動を駆使して回り込み、フェイユンを追いかけようとする。

 ジュンシーはチンジャオが受け持ち、護衛を一人残してカナタを三人で抑え込もうというつもりらしい。

 歩幅の違いもあってみるみる遠くなっていくフェイユンを追うCP-0の前に巨大な氷の壁を作り、行動を阻害する。

 

「能力者か。だがこんなもので──!」

 

 〝嵐脚(ランキャク)〟による斬撃で氷の壁を切り裂こうとするが、予想以上に分厚いのか切り傷を入れるだけにとどまった。

 そして、動きが止まったその瞬間。

 

「まず一人」

 

 背に触れたカナタが全身を凍結させ、さらに背後から迫る二人を見聞色で感知する。

 いくつも放たれる〝嵐脚〟が体を切り刻むが、カナタはすぐさま再生して次の目標を定めた。

 

 

自然系(ロギア)か、厄介な」

 

 武装色を纏った一人が再び〝嵐脚〟でカナタへと斬撃を放つ。

 これはカナタも避けざるを得ず、その隙に一人が〝月歩(ゲッポウ)〟で氷の壁を飛び越えた。

 

「……なるほど、これらが〝六式〟か」

 

 政府、あるいは海軍にて教えられる戦いの技術。

 超人の戦闘方法。

 強靭な肉体と技術を持つからこそ、彼らは強いのだ。

 

「そうだ。普通なら逆らった時点で殺すところだが、お前はクリュサオル聖の命によって奴隷にする」

「お断りだ。天竜人の奴隷になどなるつもりはない」

「お前にその気があるかなど関係ない。〝神〟が欲したモノはすべて差し出せと言っているだけだ」

 

 〝剃〟による高速移動で近付き、武装色を纏った蹴りでカナタを吹き飛ばす。

 流石に超人と言われるだけあり、カナタでも勝つのは難しい。

 普通に戦えば、の話だが。

 

「確か……こう、だったな」

「──何!?」

 

 見よう見真似で〝剃〟を使い、カナタは相対するCP-0の懐へと潜り込む。肉体が基準に到達しているならば、必要なのは使い方という技術のみだ。

 咄嗟にCP-0は〝指銃(シガン)〟を使うも、カナタはそれを避けて触れるだけでいい。

 

「二人」

 

 パキン──と凍り付いたCP-0。

 フェイユンの方も気になるが、港にはゼンとクロがいるし、ジョルジュは子電伝虫を持っている。すぐには問題にならないだろう。

 それよりも──カナタとしては、天竜人の方が気になった。

 これだけ抵抗したのだ。賞金首になることは避けられないだろうし、商売も続けていくことは不可能だろう。それに、フェイユンを奴隷にしようとしたことを許してはいないのだ。

 残った一人のCP-0が飛ぶ〝指銃〟でカナタに攻撃するが、カナタはそれを見聞色で避けて近づく。

 クリュサオル聖は奴隷として欲しがったためか、手に持ったピストルを使う様子はない。

 

「く……貴様、こんなことをしてタダで済むと思うのか?」

「奴隷になるか賞金首になるかの二択だろう。だったら私は後者を選ぶ、それだけの話だ」

 

 氷で作り出した槍を手に、護衛として残ったCP-0の男へと襲い掛かる。

 一合、二合と切り結ぶも背後の天竜人を狙ってやれば避けることも出来ずに攻撃を受けた。だが、そう易々とやられてはくれない。

 〝鉄塊(テッカイ)〟にて槍を防ぎ、返すように覇気を纏った〝嵐脚〟で肩口を切り裂かれる。

 少しだけ距離をとり、肩口から流れる血に視線を落とす。

 

「く……血を流したのは久しぶりだ」

 

 ヒエヒエの実を食べて以降、ジュンシーと武装色の覇気で鍛錬をしたときくらいしか怪我らしい怪我などしたことがなかった。

 だがこれしきで見聞色を乱しているようではまだ甘い。

 傷は浅く出血は気にするほどではない。足元を蹴っていくつもの氷の棘を生み出し、男を串刺しにしようと迫る。男は避けようにも背後にはクリュサオル聖がおり、避けることも出来ないためにクリュサオル聖を抱えて〝月歩〟で空へと逃げる。

 

「クソ、このままでは──何!?」

「何度も見せてくれればやり方くらいわかる」

 

 CP-0の男同様に〝月歩〟で空を駆け、その心臓めがけて槍を穿つ。

 咄嗟に〝鉄塊〟と武装色でガードするもカナタの武装色を纏った槍はそれを貫通し、心臓を逸れて右肺へと突き刺さった。

 護衛としての矜持か、クリュサオル聖を地上に抱えて降りるところまでは意識が持ったようだが、直後に仰向けに倒れた。

 

「ハァ、ハァ……! クソ、役に立たない護衛だえ!」

 

 倒れ伏したCP-0を蹴って逃げようとするクリュサオル聖の足元を凍らせて強制的に足を止める。

 カナタは肩口から流れる血を軽く止血して近づいていく。

 

「クソ、わちきは偉いのに……! 世界貴族だえ! この無礼は一体どういうことだ! この世界の〝創造主の血筋〟を、一体何だと思っている!!」

「天竜人は偉いが、()()()()だ。その権力を守っている者から引きはがせば、こうも脆い」

 

 天竜人に逆らったというだけで懸賞金を掛けられるだろう。

 海軍本部も動くだろうし、世界政府も動く。

 ならば目の前の天竜人一人くらい手にかけたところで大して変わりはしない。

 

「私も怒りの限界だったんだ。私を慕って船に乗る子を見世物にして、挙句奴隷にするだと?」

 

 赤く染まった氷の槍が、クリュサオル聖へと向けられる。

 カナタの深紅の瞳に射竦められたのか、彼は尻もちをついて何とか逃げようともがきながら命を乞う。

 

「や、やめろ! わちきはドンキホーテ・クリュサオルだえ! 天竜人で、〝創造主の末裔〟だぞ!」

()()()()()()()。海軍大将が動く? 世界政府を敵に回す? ()()()()()()()()()()

 

 カナタにとって、居場所はここにしかないのだ。

 親に捨てられ、孤児院に売られ、友もおらず、奴隷として売られていく人生を己の力のみで切り拓いた。

 ならばこそ、親のように頼られたならば、笑い合える仲間がいるならば、友がいるならば。

 竜殺しさえも厭いはしない。

 

「その心臓、貰い受ける──」

「やめ──っ!!?」

 

 カナタの槍は寸分たがわずクリュサオル聖の心臓を穿ち──そして、ついに〝声〟も消えた。

 

 

 

 




END 胎動/ウエストブルー

NEXT 代償/ドラゴンキラー

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