ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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原作六年前


第百三十話:帝国

 ロムニス帝国と呼ばれる国がある。

 〝黄昏〟の本拠地である〝ハチノス〟からおよそ半日。ほど近い距離にあるその島は偉大なる航路(グランドライン)でも有数の大国であり、同時に広い海の中で最も成長を続けている国である。

 国土が広いから、だけではない。

 カナタが七武海に入るより以前からロムニス帝国は〝黄昏〟と手を結び、世界でもいち早く経済大国として基盤を整えたからである。

 〝世界会議(レヴェリー)〟でも強い発言権を持つ大国であり、カナタが他国より優先するくらいには強い協力関係を築いている。

 全ての海に拠点を置く黄昏としても、帝国は〝ハチノス〟を除けば最大拠点と言っても過言では無かった。

 その大国が今、揺れていた。

 何故ならば、帝国の王が()()()()()()()からである。

 

 

        ☆

 

 

 王制を採用するこの国では前王から代が変わってまだそれほど長く経っておらず、また病気を患っていたと言う情報も無いことから市井には様々な噂が流れていた。

 曰く、〝海賊に殺された〟。

 曰く、〝世界政府が暗殺した〟。

 根も葉もない噂は刺激を求める人々にとっていい話題なのだろう。好き勝手に口さがなく話しており、そんな噂話はカナタの耳にも入っていた。

 滅多に着ない黒の喪服に袖を通し、船から降りたカナタは巨大な馬車に乗り込んで腰を下ろす。港から王城へ向かうために用意された特別便だ。

 影響力の小さい島の王ならばまだしも、ロムニス帝国はカナタとしても無視出来ない国だ。経済的にも、〝世界会議(レヴェリー)〟の発言権的にも。

 国王の葬儀ともなれば顔を出さないわけにはいかなかった。

 

「デケェ馬車だな」

「馬車は時間かかるし、ケツがいてェから嫌いなんだがな……」

 

 カナタに続き、黒いスーツに袖を通したスコッチとジョルジュの二人も乗り込む。

 黄昏のトップに幹部が数名訪れる程関係が深い、と示すためのアピール要員だ。

 そして最後に一人。

 

「やはりわたくしが行くのは場違いではありませんか? 剣を振るう以外のことは自信がありませんが……」

 

 角の生えた金髪の女性がためらいがちに馬車に乗り込み、緊張を隠せない様子でそう口にする。

 スコッチやジョルジュの倍はあろうかという体躯が非常に目立つが、立場的に格上の三人を前にしては縮こまる以外に無かった。

 ラグネル、とカナタは女性を呼ぶ。

 

「お前の国の王が死んだのだ。あの女への義理もある。顔を出さないという訳にもいかないだろう。私たちの後ろで大人しくしていればいい」

「そういうものですか……」

 

 納得したような、していないような、何とも言えない顔のまま座席に座る。

 ラグネルの体躯が一際大きいので重心が偏らないよう真ん中に座らせ、対面にカナタ達三人が座る。小柄なカナタに至っては足が床に着いていない。

 もう慣れたが、体の大きい者はそう珍しくも無いのだ。それに合わせたサイズの馬車となるとこうなるのも必然ではあった。

 王城に向けて出立した馬車に揺られつつ、スコッチは口を開く。

 

「しかし急だったな。死因はなんだったんだ?」

「病死と聞いている。突発的だった、とな」

 

 若くとも病に倒れることはある。

 だが帝国にも腕のいい医者はいるし、当然ながら定期的な検診も受けていたはずだ。何も予兆が無かった、というのも考えにくい。

 

「暗殺か?」

「帝国は私の足元だぞ。易々と入れると思うか?」

 

 〝ハチノス〟程ではないとは言え、帝国の監視体制はカナタも協力して整えさせている。サイファーポールでも易々と侵入出来る場所ではない。

 仮に暗殺なら身内の犯行だし、外部の犯行ならそれはそれで頭の痛い話になる。

 どちらにしても死因の検証は必要になるが……。

 

「検死はこちらで行うから手は借りない、と言われてしまってはな」

「無理矢理介入も出来たんじゃねェか?」

「そうしても良かったが、他に気になることもあった」

 

 ディアナ、と呼ばれる女がいる。

 亡くなった国王の妻、即ち王妃に当たる人物だ。もちろん偽名だが、以前から使っていた名前を今でもカナタは使っていた。

 この女のことがカナタは気になっていた。

 

「権力欲の強い女だ。下手をすれば……と私は思ったわけだ」

「……国王を暗殺したのが王妃ってことか? 何もしなくたって国王を後ろから操ればいいんじゃ……」

「さて、どうだろうな。仮定の話だ」

 

 一度会ってみればはっきりする。フェイユン程ではないが、カナタも悪意を感じ取ることは出来るのだから。

 

 

        ☆

 

 

 王城に着いた四人は、馬車から降りて案内人の後ろに続く。

 国土も広い分経済的にも余力があるのか、ロムニス帝国の王城は凄まじく広い。この城で働くメイドや執事、警備の数も相当数おり、国王の葬儀という事で誰もが慌ただしく働いていた。

 国の重鎮。国内の貴族。周辺諸国の王侯貴族。

 誰もが急な事態に情報を求め、そこかしこで盛んに話している。

 そんな中へと、カナタたちは足を踏み入れた。

 

「おい、あれ……」

「〝魔女〟……それに〝黄昏〟の幹部か」

「後ろにいる女、あれはアドニス家の……!」

 

 カナタたちが来たことに気付いた者は、畏怖を持って──あるいは敬意を持ってそちらへと視線を向ける。

 葬儀であっても各国の力関係は反映される。近隣では最大の協力関係にある国の王でも、相手が〝黄昏〟のトップであれば一歩引かざるを得ない。

 カナタ自身にその手の序列への興味が無いとしても、誰もが不評を買うことを恐ろしく思っている。

 何しろ、どんな国であろうとも手を切られれば破綻する。

 〝新世界〟の多くの国は、常に喉元へ銃を突きつけられているようなものなのだから。

 

「どっちを向いても国の重鎮ばっかりだなァ……」

「そういう場だからな。おかげで誰も来たがらないので困っている」

「そりゃおれ達だって元はただのゴロツキだぜ。こんなとこ場違いにも程があらァ」

 

 スコッチもジョルジュも、元々は小さな島で育った普通の一般人だ。ここまで来れたのがある種の奇跡とも言える。

 本当ならもっとこの手の場所に慣れている者が出るべきなのだろうが、カナタ以外に貴族に通じるマナーを学んでいる者もいないので、比較的穏健なメンバーを選んでいるだけだ。

 比較的暇がありそうなジュンシーやグロリオーサには絶対に出ないと拒否されてしまったので消去法である。

 カナタは案内人と何かを話し始め、暇になったスコッチは後ろにいるラグネルへと話しかけた。

 

「ラグネル、お前貴族の出だろ。おれ達より余程向いてるんじゃねェか?」

「いえ、わたくしはその……あまり好ましくない生まれなもので」

「そうか。もう少し色々経験積んだら昇進させてやるから、おれ達の代わりにこういう場に出てくれ」

「話聞いてました!?」

 

 スコッチは余程嫌なのか、ラグネルに押し付ける気満々だった。ジョルジュは呆れた様子だが、基本は同意見なのか異を唱えることも無い。

 そんなことを話しているうちにカナタが戻ってきた。

 

「私は少し席を外す。葬儀が始まるまで少し時間があるのでな、王妃と会ってくる」

「おれらはこのままか?」

「私と話したい連中ならいくらでもいるが、葬儀が終わるまでは大人しくしているだろう。それまでには戻ってくるさ」

 

 仮にも大国の王の葬儀だ。ざわついてはいるが、基本的にこういった場に出られるのはマナーを熟知している者ばかりだ。

 軽率な行動をしそうな若い者もいるが、お付きの者もいる。下手なことはしないだろうと判断し。

 カナタは少しの間、奥にいる王妃と会うことにした。

 

 

        ☆

 

 

 王城の内部は迷路のようになっている。

 ただ広いだけの建物ではなく、意図的に王族の住む奥の部屋へ辿り着けないよう設計してあるのだ。

 構造を把握していなければ迷うのは必然と言える。

 まぁ、世の中壁をぶち抜いて真っ直ぐ奥の部屋へ進むような頭のおかしいやつも一定数いるのだが。

 

「この部屋です」

 

 案内人に連れられて部屋の前に立ったカナタは、ノックをして中へ入る。

 中にいたのは、金髪碧眼の妖艶な女性だった。

 

「あら、来てくれたのね。嬉しいわ」

 

 夫であろう王を亡くしたにしては以前と様子が変わらない。そこは簡単に内心を表情に出さない技術もあるので気にする必要は無い。

 だが、カナタは以前から彼女についてはやや危険視していた。

 この女は強欲だ。

 あらゆるモノ、権力、力……海賊よりも海賊らしい、全てを欲する女。それが目の前の女性──ディアナに対するカナタの評価だった。

 

「懇意にしている相手の夫、それも国王の葬儀となれば顔を出さないわけにもいくまい」

「そうかしら。貴女は海賊だから、その手の事はあまり興味が無いと思っていたわ」

「海賊の世界にも仁義はある。私たちは共に利益を上げるための協力関係にある以上、興味が無くとも筋は通す」

 

 軽口を叩きつつ、カナタはディアナの対面のソファに腰を下ろす。

 案内人は既に扉を閉めて退室している。部屋の作りも防音になっており、誰かに会話を聞かれることも無い。

 

「……今回の王の死の件だが、お前が何かしたのか?」

「何故そう思うのかしら。私にとっては大事な夫よ?」

「お前の欲望の大きさが計り知れないからだ」

 

 カナタの赤い瞳がディアナを射抜く。

 ディアナはうっすらと笑みを浮かべたまま、「貴女は知る必要のないことよ」と返す。

 その返答だけでカナタは十分だった。

 

「……そうか」

「私たちの関係はこれまでと変わらない。互いに利益を出し続ければ排除する理由も無いでしょう?」

「そうだな」

 

 彼女たちの関係性はそれ以上でもそれ以下でもない。ただのビジネスライクな関係性に過ぎない。

 王が死のうと、既に後継が産まれている以上は問題も起きないだろう。たとえその後継者をディアナが裏で操ることになったとしても。

 

「心配せずとも、貴女の計画を邪魔するつもりは無いわ。何に使うつもりか知らないけれど」

 

 ディアナの手元にあるのは計画書だ。

 既に海列車を模倣して陸に列車を作り、国内の移動を円滑にするための線路の敷設が始まっている。

 外との経済は黄昏の領分だが、内需の拡大は国の領分だ。列車の作成も線路の敷設も、既に国主導で話は進んでいる。

 それと、もう一つ。

 

「この電波塔というのは何に使うの? 通話するだけなら電伝虫で十分じゃなくて?」

「それは通話用じゃない」

 

 固有の電波を持って同族と交信出来る電伝虫の力を人工的に再現したものだ。もっとも、電伝虫と違って世界中には電波が届かないが。

 作成者はカテリーナである。

 

「何に使うの、これ?」

「海上で位置を知るための機械だ。船には〝永久指針(エターナルポース)〟を載せることを義務付けているが、何かあった際に故障しないとも限らないのでな」

 

 いわゆるGPSである。

 現在では黄昏の傘下にある島のみ作成が進められており、完成すれば近隣の島々の電波塔と船に載せてある電伝虫を使って位置情報を確認出来るようになる。

 もっとも、船の方は位置だけわかってもどうしようもない。海図の制作が必要だし、方位磁針も偉大なる航路(グランドライン)では使用出来ない。

 細かく位置情報を更新して近くの島に移動するか、救助の船を出す必要がある。

 とは言え、これまでの目印も何もない海の上で漂流するしか無かった状況を改善出来るなら十分だろう。

 

「最終的には電伝虫の番号さえわかれば敵船の位置を丸裸に出来るようになる」

「……とんでもないものを作ったものね……」

 

 呆れた様子のディアナ。国防としては大切だろうが、何世代も先の技術を見ているような気分になる。

 それを言うと海軍のベガパンクも似たようなものではあるのだが。

 カテリーナ自身、ベガパンクをライバル視しているのか、えらく張り切って開発していた。同世代に天才がいると燃えるのだろう。

 

「海難救助を主な目的とすれば、世界政府加盟国であってもこれを設置したいと言い出す国は多いだろう。まずはこの辺りの島で実験的に設置していくつもりだ」

「そういう事なら、ええ……でも、位置情報だけが目当てでは無さそうね」

「映像や音声の中継局としての機能を持たせる。キャパシティに限界はあるが、各国へ同時に映像や音声を配信出来るようにもなるだろう」

 

 安価に映像電伝虫を使用しての映像や音声の配信が出来れば、ジャーナリストを自称する連中も利用したがるだろう。最初は懐疑的かもしれないが。

 新しい娯楽の形も出来るし、娯楽のための映像を作る者も出てくる。それにスポンサーがついて……と、経済はさらに流動する。

 政府は政府でプロパガンダを打ち出すだろうが、それはそれだ。

 経済格差はあれど、安価に映像を受け取れるようになればそれで目的は達成できる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「魚人や人魚……ミンク族もそうだが、互いを知らねば相互理解など得られない。良きにしろ悪しきにしろ、知ることが重要だ」

「……異種族に随分肩入れしているのね。利益の無い付き合いはしない人だと思っていたのだけれど」

「友人が悪く言われるのは気に食わないだけだ。もうじき〝世界会議(レヴェリー)〟もある。根回しも進めているが、今年は私も直接赴くつもりだ」

「本気? 海賊であるあなたがマリージョアに?」

「五老星は嫌がるだろうが、今は七武海の地位を存分に使わせてもらうさ」

 

 マリージョアに海賊が足を踏み入れる、というのは実は前例がある。

 〝西の海(ウエストブルー)〟にある〝花ノ国〟には〝八宝水軍〟と呼ばれる海賊がおり、彼らは〝花ノ国〟と手を組んで用心棒のような仕事をしている。

 マリージョアに向かう際の護衛を請け負い、そのまま足を踏み入れたことも多々あるのだ。

 前例があるなら受け入れさせることは難しくない。

 

「貴女が直接〝世界会議(レヴェリー)〟に出るとなると、結構な騒ぎになるわね」

「そうか? 一応手は回しているが」

「そうよ。あなたに近付きたい、あわよくば親密な関係になりたい世の権力者が一体どれだけいると思っているのかしら」

 

 なにせカナタは、今や世界中の貿易を一手に引き受ける大海賊である。当然、近づければ相応の利益が発生する。

 実験と称して、先行して列車の整備や電波塔を設置するロムニス帝国が良い例だ。

 そうでなくともカナタは浮いた噂の無い美女である。世の男たちからすれば喉から手が出るほど()()()相手と言える。

 

「私に勝てたら、私の持つ全てをくれてやっても構わんが」

「……一生独り身ね、貴女」

 

 それ以上の言及は避けるディアナであった。

 




アドニス・ラグネル
 新キャラ。4メートル超えの長身。金髪にツノが生えてる。オッドアイ。
 色々とデカい女性。

ディアナ
 時々出てくる偽名の人。金髪碧眼。娘がいる。

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