ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百三十二話:〝世界会議(レヴェリー)〟/後編

 〝ハチノス〟演習場。

 マリージョアで〝世界会議(レヴェリー)〟が行われているが、会議の内容はともかく会議そのものには一部のトップ層以外に関係はない。〝黄昏〟の船員たちも普段と変わらぬ日常を送っていた。

 島の内部に作られた演習場でもそうだ。

 広めに作ってはいるが、いつも所狭しと寄り集まって誰もが鍛錬を重ねている。

 九蛇海賊団の中から選び抜かれた精鋭、及び相応の実力があると認められた女性だけが所属する部隊〝戦乙女(ワルキューレ)〟。

 傘下の海賊団、あるいは〝黄昏〟のシマの中から引き抜かれた、相応の実力があると認められた男性だけが所属する部隊〝戦士(エインヘリヤル)〟。

 総勢百名を超える実力者達──その()()()()()使()()であり、一部は能力者でもある最精鋭だ。

 ただ強さだけを求められた彼ら彼女らは、日々演習場でその腕を磨いている。

 小紫や千代もまた、その中の一人だった。

 

「マリージョアってどんなところなんじゃろうな」

「ジュンシーさんは行ったことあるんですよね?」

 

 二人揃ってジュンシーに素手での戦いを指導されている中、手を止めることなくそんなことを話す。

 戦場では武器を手放すことなどないが、咄嗟の事態で武器が手元にないこともある。武器が無かったので負けましたでは話にならないので、基礎訓練として素手での戦い方は全員が学んでいる。

 

「余り良いところではない。面白いものがあるわけでもない上に、パンゲア城は天竜人が時折うろつく。あれほど面倒な相手もいない」

「聖地って呼ばれているくらいじゃし、何かあるんじゃろ?」

「さてな。儂は特に興味も無い」

 

 観光地でもないし、政治の中心になっている場所なだけである。面白いものなどある訳も無かった。

 がっくりと肩を落とす千代。「集中しろ」と怒られつつ、何か目立つものでもないのかと再びジュンシーに問いかける。

 

「目立つもの……そうだな。〝虚の玉座〟ならある」

「なんじゃそれ」

「世界政府加盟国の国々が独裁の欲を持たないという誓いを立てる場所だ。天竜人の始祖が玉座の回りに武器を突き立てこれを守護することを誓った。それに倣って各国の王たちが代替わりするたびに、あるいは新たに加盟国となるたびに武器を突き立てる」

 

 世界の中心に位置し、その玉座に座らないことが世の平和の証なのだと言われる。

 逆説的に言えば、その玉座に座る者が現れた場合、紛れもなくその人物が世界の王という事になる。

 

「マリージョアを落とせばその玉座に座れる……ってコトか!? ええのう、やる気が出るわい!」

 

 うっはっはっはっはと笑う千代。

 まぁ七武海である現状、曲がりなりにも味方である政府の最重要拠点に攻め込むことなど無いのだが。

 加えて、仮にマリージョアを陥落させても玉座に座ることになるのはカナタである。千代が座る可能性はほとんどなかった。

 ジュンシーは折角やる気になっているのだから気勢を削ぐことも無いと伝えず、発破をかけるに留める。

 

「天竜人を守るCP0は流石に手強い。奪い取りたければ相応に強くなることだな」

「私はどちらかと言うと天竜人よりカイドウを倒したいです」

「同じことだ。どちらも手強い相手に変わりないのだからな」

 

 強さで言えばカイドウの方が上だろうが、だからと言って海軍や世界政府の戦力を侮って良い訳では無い。

 いずれドラゴンが立ち上がり、革命軍が政府を落としにかかった場合、〝黄昏〟は否応無しに海軍とぶつかることになる。

 カナタの意思一つではあるが、いずれはビッグマム・百獣の海賊同盟ともぶつかることになるだろう。

 小紫も千代も、既にフェイユンやカイエに並ぶ実力者として〝黄昏〟内部でも認知されている。腐らず鍛錬を重ねればカイドウの足元には届くかもしれない。

 強さが全てではないとはいえ、強くなくては何もかもを取りこぼす。

 取りこぼさずに必要な結果を得ようと思えば、相応の力が必要になる。

 

 

        ☆

 

 

 巨大な円卓を囲み、世界政府加盟国の中から代表50ヶ国の王たちが座る。

 〝世界会議(レヴェリー)〟では各国の王が持ち回りで議長を担当し、7日かけて様々なことを討論する会議である。

 カナタは海賊であり、しかも明確に国を持つ王という訳でもない。それでも〝世界会議(レヴェリー)〟に参加できたのは各国に対する影響力があまりにも強いからだ。

 〝赤い土の大陸(レッドライン)〟と〝凪の帯(カームベルト)〟によって分割された海において、必要に応じて安全に積荷を運ぶことがどれほど難しいのかは誰もが知っている。

 加えて今は大海賊時代。商船が海賊に襲われた話など聞き飽きるほどに多い。

 その中で海運を担い、多くの人と物を安全に運ぶ〝黄昏〟が強い影響力を持つのは当然と言えた。

 

「各位、事前に取りまとめた資料に目を通してもらったと思う。議題は〝魚人島〟の〝世界会議(レヴェリー)〟参加に関してだ」

 

 議長を担当する王が厳かに話す。

 フィッシャー・タイガーのマリージョア襲撃事件により、〝魚人島〟は不参加を余儀なくされた。

 だが、犯罪者を輩出した国だからと一々規制していては〝世界会議(レヴェリー)〟も立ち行かない。

 罪を犯したのは個人であり、国に影響を及ぼすことがあってはならない──とは言え、通常の犯罪ならばまだしも天竜人の住まう聖地マリージョアの襲撃である。

 ほとぼりが冷めるまでは再度〝世界会議(レヴェリー)〟に参加することも難しい。

 だが。

 

「先に意見を聞こう。()()()()()()()()()()

 

 議長の奇妙な問いに対し、各国の王たちは揃って口をつぐむ。

 一部は不承不承と言った様子ではあるが、誰も魚人島の〝世界会議(レヴェリー)〟参加に異を唱えることは無い。

 

「反対意見は無し。魚人島の〝世界会議(レヴェリー)〟参加は全会一致で賛成とする」

 

 誰も異論を挟むことは無く、議題はすぐに終了する。カナタの隣に座るメアはあまりのスピード感に目を白黒させていた。

 こんなに早く決まるものなのか、と視線をカナタの方に移すと、「今回は特例だ」と小声で教えていた。

 それ以上は後で話すつもりらしく、私語を慎むようにとジェスチャーしていた。

 

「次の議題に移る。ここ最近活動している〝革命家〟ドラゴンについてだ」

 

 議長は一枚の手配書を取り出す。各国の王たちが持つ資料にも挟まれており、誰もがその手配書を見る。

 〝竜爪〟ドラゴン、懸賞金2億5500万ベリーの賞金首だ。

 

「この者の思想は危険だ。数年もすれば世界政府にとって無視しえない敵となって立ち塞がるだろう」

「そのことなのだが」

 

 議長とは別の国の王が挙手と共に意見を述べる。

 視線は議長から各国の王たちを見回し、最後にカナタへと。

 

「ドラゴンは既に手配書が出ている。これは22年も前に発行された手配書だ……彼は当時、〝魔女の一味〟──つまり〝黄昏の海賊団〟に属していた。そのことについて、何か言うべきことがあるのではないか?」

「あの男は私の船に乗っていた。だが、もう22年も前に船を降りている。その後の行動までは責任は持てない」

「貴女は今や政府と足並みを揃える七武海の一人だ。世界政府に牙を剥くこの男は敵ではないのかね?」

「世界政府にとっては敵だろうが、私にとって相手をするほどの価値はない。七武海として、と言うのであれば、私がリンリンとカイドウを相手にしているだけでは不満かな?」

 

 そちらで受け持ってくれるのであれば革命軍の捜索にも力を入れるが、と問い返すカナタにもごもごと返答を濁す。

 この世のどこを探しても、海の皇帝とまで呼ばれる二人を抑えられる勢力などそうはない。

 それに、今でも小競り合いは起きている。二人にとって海軍は邪魔ではあっても直接打倒するべき相手ではないから相手にしていないだけで、本当に邪魔になればなりふり構わず潰しに来るのは目に見えている。

 どちらか一人でも手に余るというのに、二人が同盟を組んでいるとなれば海軍もカナタと手を組むほかに道は無いのだ。

 ただでさえ海賊被害を抑制するために世界中に戦力を散らばらせているというのに、革命軍など相手にしている暇はない。

 

「ハッ、くだらんなァ。おれの国には関係ない話だ!! そんな〝革命家〟などに惑わされるような国政はやっとらんでなァ! おれの国に迷惑をかけるなよ、捕まえたきゃあお前らで勝手にやってればええわな」

「ワポル! 貴様、身勝手が過ぎるぞ!! 〝世界会議(レヴェリー)〟を何だと思っている!!」

「ぬわァ!!」

 

 ドラム王国の国王ワポルの発言に対し、アラバスタ王国の国王コブラが声を荒げる。

 鼻をほじって椅子を後ろに傾けていたワポルは驚いて後ろに倒れた。

 

「コブラ王、落ち着きたまえ」

「……ああ、済まない」

 

 隣の席の者に窘められ、コブラは落ち着きを取り戻して椅子に座りなおす。

 その間にワポルは椅子を戻してこちらも座りなおす。

 

「ひとまず、現状では各国に注意喚起をするほかにない。各位、くれぐれも気を付けて欲しい」

 

 現状では打てる対策も限られているため、ドラゴン及び革命軍に関する議題はそこで終わりを告げた。

 

 

        ☆

 

 

 一日目の会議も白熱し、やや時間がかかりつつも終わりの時間となった。

 カナタが会議室から出て移動していると、後ろからメアが小走りで追いついてくる。ディアナも小走りのメアの後ろから付いてきている。

 名目上は次期女王がメアでディアナはその補佐になるため、共に会議に参加していたのだ。

 

「カナタ殿、先の会議なのだが」

「ああ、魚人島の件だけ妙に早く決まったことか」

「うむ。あれ以降の議題は随分時間がかかっていた。やはりあれは特殊なのか?」

「そうだな」

 

 全会一致で議決することなど早々ない。各国はそれぞれの島独自の文化、独自のしきたりがある。

 意見の一致など基本的にはなく、それゆえに会議で意見をすり合わせることが必要になる。

 だが、会議をスムーズに進めるためのロビー活動を怠らなければその限りではない。〝世界会議(レヴェリー)〟の期間中、会議に出席する王だけではなくその親族も休む暇が無いのはそれが主な理由だ。

 

「カナタ殿も事前にロビー活動をしていたのか?」

「ああ、買収した」

「言い方!!」

 

 間違ってはいないのだが、それにしたってもう少しオブラートに包んでもいい表現の仕方だった。

 政治的なあれこれもあるが、一番簡単に解決出来る方法があるならそれに越したことは無い。金ならいくらでも稼げるし、金で済む話なら時間を使うよりもいいとカナタは考えていた。

 一部の国は天竜人が支援していると知って黙り込んだが。

 

「もう、急に走り出さないで頂戴」

 

 急に走り出したメアに対し、ディアナは再び「もう少し落ち着きを持ちなさい」と叱る。

 そのまま三人で移動していると、廊下の先にある庭園で騒ぎが起きているようだった。

 警備の者たちも困惑しており、どうすべきか決めあぐねている。

 

「何があった?」

「それが……」

 

 警備の一人に何があったか尋ねると、ワポルがアラバスタ王国の王女ビビに「手が滑った」と平手打ちをしたと言う。

 カナタは呆れた様子で思わずため息を零す。

 

「仮にも国王だろうに……先の会議の意趣返しのつもりか? 小さい男だな」

「戦争でもしたいのかしら。〝医者狩り〟を始めとしてワポル王はあまりいい噂も聞かないし、医療大国の名が聞いて呆れるわね」

 

 ディアナもワポルの事を酷評している辺り、余程酷いのだろう。

 〝世界会議(レヴェリー)〟は各国の王たちの集まる会議だ。何がきっかけで戦争が起こっても不思議ではないため、行動には最大限気を付けなければならない。

 王が率先して問題を起こすなど言語道断なのだろう。

 

「メア、貴女はああならないように……メア?」

 

 返事が無いのでディアナが振り向くと、先程まで居たメアがいなくなっている。

 どこに、と探すまでも無い。

 気付いた時にはワポルが起こした騒ぎの渦中に踏み込んでいた。

 

「貴様、それでも一国の王か!! このような少女に手をあげるとは、恥を知れ!!!」

「何だお前!? おれ様に向かって言ってんのか!!?」

「貴様以外に誰がいる!!」

 

 既にかなりヒートアップしている。正義感故、という訳でも無いだろうが、目の前で子供に手をあげていれば声を荒げたくなるのも仕方ないのかもしれない。

 ディアナは頭が痛そうに額を抑えており、カナタは行動の早さに笑っていた。

 

「ハハハ、あの行動力は凄いな。誰に似たんだ」

「笑ってる場合じゃないわよ! とにかく面倒事になる前に止めないと!」

「そうだな」

 

 こうなると多少力づくでことを収めた方が良い。

 ディアナが行動を起こすよりも早く、カナタはワポルに対して覇王色の覇気を発する。

 ワポルは何かに恐怖したように痙攣を起こし、白目を向いて倒れた。

 

「……!!」

 

 ワポルの護衛として近くにいた男が冷や汗をかいてカナタの方を向いて身構えている。動物(ゾオン)系の能力者なのか、人獣形態に変わっている。対象はワポルのみに絞ったので影響は無かったはずだが、動物(ゾオン)系特有の身体強化で感覚が鋭くなっているのだろう。

 カナタは気にすることなく近付いていき、頭部を怪我したビビの下へ近付いてしゃがみ、目線を合わせる。

 護衛として一緒にいるのは護衛隊長のイガラムだ。カナタも知った顔なので特に警戒はされていない。

 

「ふむ、打撲か。腫れてしまっているな。痣にはならないと思うが、冷やしておいた方が良いだろう」

 

 掌に氷の欠片を作り出し、ハンカチに包んでビビに渡す。ビビは目を丸くしながらそれを受け取り、カナタの手で患部まで持っていく。

 

「これで冷やしておくといい。余り冷やしすぎないように。腫れが収まるまででいい」

「あ、ありがとう、ございます……」

「さて」

 

 騒ぎの元凶であるワポルは既に気絶しているが、横の護衛はカナタを随分警戒している。

 メアは依然として怒髪天を衝くと言った様子であるし、ディアナはそんなメアに対して怒っているし、どうしたものかと考えるカナタ。

 メアに関しては公共の場であることもあり、叱るのは後でいい。まずはワポルだろう。

 

「お前はドラム王国国王の関係者か?」

「ああ、守備隊隊長のドルトンだ。貴女は〝黄昏〟の……」

「今回の事は互いに水に流そう。事を大きくしても互いに得はない。イガラム、構わないな?」

「……ええ、その方がよろしいでしょう」

 

 ワポルも特に怪我をしたわけでもないし、ビビの怪我もそれほど酷くはない。大事にしても互いに得はないと理解したのか、ドルトンは人獣形態から人形態へ戻る。

 

「ワポルを連れて行くと良い、目を覚ますとまた面倒事になりそうだ」

「そうさせて貰います。ですが、さっきのは……」

「内緒にしておいてくれ。噛みつかれても面倒なのでな」

 

 対策しようとして出来る事でもない。

 ドルトンはワポルを肩に抱え、「済まない」と一言謝ってその場を後にした。

 

「まったく、あのような美少女に手をあげるなど! 許せんな!!」

「メア、お前……いや、怒るのは私の役割ではない。存分に怒られることだ」

 

 呆れた様子のカナタはぷんぷん怒っているメアを放置し、イガラムに早く移動するように目で合図をする。

 イガラムは一礼してその場を後にし、カナタ達も用意された宿泊用の部屋へと移動する。メアは部屋で存分に怒られるだろう。

 利益も無いのに国同士の諍いに割って入るなど言語道断だ。まだ子供なので仕方ないところもあるが、新しい女王として即位するからには周りも相応の扱いをするようになる。

 子供だから、で通用する時間はもう無いのだ。

 

 

        ☆

 

 

 〝世界会議(レヴェリー)〟はつつがなく終了した。

 問題が起きることもなく、予定通りの議題を決議することも出来た。7日間かけてロビー活動をしたのでカナタもそれなりに直接の面識がある王族が増え、影響力を確かなものにすることも出来た。

 概ね想定通りの結果を得られたと言っていいだろう。

 世界はゆっくりと、しかし確実に変化している。

 うねりはもう、すぐそこまで来ていた。

 




戦乙女に並ぶ部隊の名前が出てこなかったので何か普通の名前になってしまった。
こういうところにセンスって出るんですよね…産まれてこの方ネーミングセンスで褒められたことが無い…。

次回から原作2年前、エース編の予定です。

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