ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百三十四話:Planetes/Deuce

「子供が生まれるんだ」

「お前に子供ォ? それを海兵のおれに言ってどうする! お前の子供……それに加えてお前にゆかりのある女など極刑に決まってる!!」

「だからお前に言ったんだ」

 

 牢屋の中で男が笑う。

 もうじき処刑が行われるというのに、男に緊張した様子はない。

 死を目の前にした者特有の諦観も、自暴自棄な感じも無い。この男は、本当に事ここに至って自然体だった。

 

「おれとお前は幾度となく殺し合った。だが、だからこそおれはお前のことを仲間と同じくらい信用してる。お前以外には頼めねェ」

「勝手なことを言うな!!」

「いやァ、お前ならやってくれるさ……」

 

 男の言葉に、海兵は困惑するばかりだった。

 何度も何度も殺し合い、最終的に男が自首と言う形で海軍に捕まり、処刑が決まった。

 それは当然の事だと思うし、海兵の男にも後悔はない。

 だが。

 

「生まれてくる子に罪はない! おれの罪はおれがあの世まで持っていく!」

「……!!」

 

 これだ。

 牢屋にいる男は、いつだって事の本質を突いてくる。

 海兵の男は額に手を当て、頭痛をこらえる様にため息を一つ零した。

 

「それと……彼女にはビブルカードを渡してある。大丈夫だとは思うが、いざと言う時はお前がそのビブルカードを子供に渡してくれ」

「ビブルカード? 誰のだ?」

「それは言えねェ。あいつに迷惑かけることになりそうだからな」

「誰のものかもわからねェビブルカードを渡せって? 何の意味がある!」

「いざという時! おれの子供が本当に困った時、きっとそのビブルカードがおれの子供を導いてくれる!」

 

 確信を抱くように、男はそう言った。

 もうすぐ死ぬというのに、まるで未来が見えているかのように。

 

「あいつは義理堅くて、信頼出来る友達だ! だからきっと、おれの子供を助けてくれる!」

「……それ、相手は知ってんのか?」

「おれの子供に持たせるってことだけはな!」

「大丈夫なのかそれ!?」

 

 

        ☆

 

 

 熊のような大男の後ろに付いて歩くこと十数分。港から街へと入り、そこから少し外れた通りに巨大な闘技場(コロッセウム)が見えた。

 遠目に見た時もその巨大さに圧倒されたが、実際に近くまで来るとその巨大さに目を丸くする。

 普通の巨人族の倍以上はある建物だ。こんな建物をよく造ったものだと感心するほどに大きい。

 ティーチは見上げている三人から離れ、闘技場(コロッセウム)の入り口にいる男に話しかけていた。

 

「おう、やってるか!」

「ティーチさん! どうしたんですか、今日は」

「入れ替え戦やってんだろ。たまには見とこうと思ってよ、席空いてるか?」

「今日は例の()()()が出るってんで、ほとんどの席は埋まってますね……ああ、いや。アンタの頼みだ。特別席を用意しますよ」

「そうか、悪ィな! ゼハハハハ!!」

 

 話は付いたのか、ティーチがエースたちを手招きして共に中へと入る。入り口にいた男が先導して案内してくれるらしい。

 外から見た通り、中は相当広い。男は広い建物の中でも一切迷わず奥へ進んでいき、階段をいくつか上がって用意された部屋へ入る。

 中には一人、暇そうに試合を眺める男がいた。

 

「おう、サミュエルじゃねェか。暇してんのか?」

「ティーチか。何、ガキ共の入れ替え戦やってるって聞いたから暇潰しにな」

 

 ティーチよりいくらか小さいが、体は引き締まっている壮年の男だ。

 古株らしく、ティーチとも気さくに話している。

 

「そっちの若ェのはなんだ?」

「姉貴に会いてェってんで、ここで勝ち抜けば会う機会くらいあるって教えてやったのさ」

「ウハハハハ!! そりゃまた難しいこと言ったな!!」

「ゼハハハハ!! 期待の新人(ルーキー)だ! これくらいの奴がいりゃァ下の連中もケツに火が付くってもんだろ!」

「そりゃおれが火の能力者だからか」

 

 同じことを思ったデュースがあえて言わなかったことをエースが口に出していた。

 大口を開けて笑うサミュエルは、自分が座っていた椅子の横の椅子を引いて「ここに座れ」と言わんばかりに叩いている。

 

「ウハハハハ!! 面白れェ野郎だ! まァこっちに来て座れよ!!」

「邪魔するぜ!」

「お前はデケェんだからちょっと離れて座れ」

「なんだよ、ノリが悪ィな」

 

 邪魔者扱いされたティーチは素直に離れたところに座り、先程の案内人に「酒持って来いよ」と言っていた。

 エース達三人はサミュエルの近くに座り、闘技場(コロッセウム)の中で戦っている二人を見る。

 一人は少女と呼んでいい年頃の子供だ。もう一人は壮年の女性で、どちらも当たり前のように覇気を纏って戦っている。

 少女の方を見るなり、エースは目を丸くしていた。

 

「なんだありゃ、足に妙なモン付けてるな」

「あいつは生まれつき肌の感覚──特に腕の感覚が鈍いんだと。だから脚がそのまま武器になるよう、鋼鉄のヒールを履いてるのさ」

 

 膝から下を覆う鋼鉄のヒール。傍目から見ると不便そうにも思えるが、使っている本人はそんな同情など求めていない。

 ただ強さだけが求められる〝戦乙女(ワルキューレ)〟において、同じ土俵で戦うための武装として作り上げたスタイルなのだ。他者が口を挟むようなことでもない。

 そういう覚悟を持って舞台に上がっているのだ。

 そういうもんか、とエースは納得し、次いで気になったことを口にする。

 

「観客席と戦ってる二人の間にある透明な壁はなんだ? 邪魔じゃねェのか?」

「ありゃカナタが作った防壁だ。並の攻撃じゃ壊れねェ。観客に被害が行かねェようにするためのモンだとよ」

「壊れねェって、巨人族も戦うんだろ? あんな薄いガラスみてェな壁で防げるのか?」

「まァ実際に触ってみりゃわかるがよ、あの壁は尋常じゃないくらい硬ェんだ。黄昏(うち)の幹部でも壊せる奴は少ねェ」

 

 サミュエルもあれは壊せないらしく、壊せる人物を思い浮かべては指折り数えている。

 それくらい希少な存在なのだろう。

 エースは興味を惹かれたらしく、「いっちょやってみるか」と腕をグルグル回していた。

 

「待て待て。もうすぐ試合が終わるからよ、その後なら相手してやらァ」

「相手するって、お前がか?」

「おう。暇してんだ、おれァ」

 

 確かに部屋に入った段階で暇そうに試合を見ていたが、ティーチが古参と言っていた以上はそれなりに上の立場なのだろうと思っていた。

 そんな男が試合の相手を務めてくれるというのなら、エースとしても文句を言うつもりは無い。

 元より誰が出てきても全員倒して〝魔女〟に会うつもりだったのだ。

 エースはにやりと笑い、サミュエルと共に部屋を出る。見世物になるのは別にどうでもいいが、このチャンスを逃せない。

 

「おい、エース!」

「怒鳴るなよ、デュース。どうせ〝魔女〟に会うには幹部まで全員倒さなきゃならねェんだろ。だったら話が早ェ」

「ああ、おれを倒せりゃァ次に出てくるのはおれより強い奴だけだ」

 

 サミュエルは〝黄昏〟の中でも上位の実力者だ。それより上となると幹部しかいない。

 精鋭である〝戦士(エインヘリヤル)〟の中で言えば上位から少し下がるが、それでもこの国に滞在している者の中で彼に勝てる者は指折り数える程度しかいない。

 

「スカルと一緒にそこで待ってろよ。心配すんな、負けやしねェ」

「ウハハハ!! 言うじゃねェか若造!!」

 

 笑うサミュエルと共にエースは扉の向こう側に消えていった。

 

 

        ☆

 

 

 デュースはやや心配しつつも、エースの強さを信じるしかないと、椅子に座りなおした。

 スカルも心配そうに扉とデュースを交互に見ている。

 

「デューの旦那ァ」

「言うな、スカル……あいつも焦ってるんだろうな。目的の人物ともうすぐ会えそうなんだ。気持ちはわからないでもないが……」

 

 こういう時、焦って選択を急げば失敗することも多々ある。それでもエースなら何とかしてくれる、と思う気持ちも無いではないが、行き当たりばったりが上手くいくのは〝楽園〟までだろう。

 〝新世界〟の海では突撃するしか能の無い海賊などあっという間に淘汰される。

 船長であるエースを諫めるのはこれまでデュースの役割だったが、今回に限ってはデュースの言葉すら届かない。

 得体の知れない不安感がデュースの中で渦巻いていた。何か致命的な失敗をしたのではないかと、これまでの行動を振り返る。

 ちらり、とデュースはティーチの方を見る。

 不安があるとすれば。

 

「……アンタ、なんでここまで親切にしてくれるんだ?」

「あァ? なんだ今更。いきなりサミュエルが相手だからって怖気付いたのか?」

「茶化すなよ……酒を少しばかり奢った程度で、ここまでペラペラと話してくれるとは思わなかった。アンタはそれなりに古参なんだろう? おれはもっと、アンタの言葉を疑うべきだったのかもしれないと思ってな」

「ゼハハハ! 小難しいこと考えてやがるな!!」

 

 ティーチはどうでも良さそうに酒を飲んで笑う。

 これまでティーチが話したのは誰でも知っていることだ。少し調べれば誰からでも同じ情報が手に入る。

 ()()()()()()()()()()()()からだ。

 

「考えるだけムダってモンだ。どっちみち姉貴に会おうと思ったら、ここで勝つか直接乗り込むしかねェんだからな。それに心配しなくても死にやしねェよ」

 

 普段なら〝ハチノス〟に常駐している。そうなれば会える確率などほぼ0パーセントだ。

 ティーチは「たまにいるんだよ、オメェらみてェな命知らずが」と言う。

 

「何年か前、当時のルーキー共が徒党を組んで攻めてきたこともあったが、結局誰一人姉貴の顔すら拝めなかった。海運の仕事もある。毎回ザコ共の相手をしてられるほどおれ達は暇じゃねェんだ」

「暇そうに酒場で酒飲んでただろ……ここでその船の一番強い奴と〝黄昏〟の実力者を戦わせて、実力差を見せつけるつもりなのか」

「言っただろ、幹部まで倒せりゃ姉貴が出てくるが、今まで一度もそんな機会は無かった──ってよ」

 

 要するに、誰も彼もがここで幹部以下の実力者に叩き潰されているのだ。

 〝魔女〟は多忙だと〝赤髪〟は言っていた。

 襲撃してくる海賊の相手をやっていられるほど暇ではない以上、幹部に相手を任せるのも当然と言えば当然の話。

 その際立った強さが噂になりやすい四皇と違い、カナタは多忙で滅多に表に出てこないがゆえに侮られることも多いのだろう。

 

「もしエースが勝ったら誰が出てくるんだ? 〝赤鹿毛〟か〝六合大槍〟か……あるいは〝巨影〟か?」

「全員いねェよ。フェイユンに至ってはここ出禁だしな」

「出禁!? 幹部なのに!?」

「あいつは……まァ、ちょっと()()()()()んだよ。ゼンは歳で痴呆気味だし、ジュンシーの野郎は姉貴から直接仕事を受けてあちこちうろついてる」

「大丈夫なのか、〝黄昏の海賊団〟……」

「オメェらに心配されるほどじゃねェよ! ゼハハハハ!!」

 

 四皇の襲撃を何度も退けている実績があるのだ。ティーチの言葉に嘘は無いのだろうが……デュースはなんとなく釈然としなかった。

 

 

        ☆

 

 

 先の試合が終わり、誰もいなくなった闘技場の中心にサミュエルとエースの二人が立つ。

 予定されていた試合が終わった後にこうして乱入者が現れるのも日常茶飯事のことで、観客たちもほとんど目減りしていない。

 実況を担当しているデマロ・ブラックも慣れた様子だが、人数に眉をひそめている。

 

『おーっと、ここで乱入者だ! つーか二人? 勝ったリコリスへの挑戦じゃねェのか……って片方サミュエルじゃねェか!? 何やってんだオッサン!!』

「ウハハハ!! ちょっと使わせてもらうぜ!!」

 

 先程まで戦っていた二人を待機室へ帰し、エースの方を向くサミュエル。

 エースは興味深そうに観客席と闘技場を隔てる壁をぺたぺたと触っていた。

 

「どうなってんだこれ。つめてェ」

 

 透明だがガラスではない。殴ってみてもヒビすら入らないし、そもそもどこを見ても継ぎ目すらない。触るとひんやり冷たい謎の壁だ。

 円形になっている闘技場を円柱状に囲んでいるが、上は覆われていない。巨人族の身長次第では狭くなるので圧迫感を与えて不利にしないためなのだろう。

 

「攻撃してみるか? 壊せたら大したもんだぜ」

「いや……いい。こっちに集中してェ」

「そうか。じゃあまず、ルールの説明と行こう」

「ルール? お前に〝参った〟って言わせりゃいいんだろ?」

「ウハハハハ!! 威勢のいい奴だ!! だが間違っちゃいねェ。付け加えるとすりゃあ、ここで〝殺し〟はご法度だ」

 

 あくまでも〝試合〟の形式を取っている以上、殺し合いに発展することだけは避けなければならない。

 特に文句はないのか、エースは「わかった」と言って頷く。

 

「そうかよ。じゃあ──始めるか」

 

 サミュエルの体躯が二回り程大きくなる。

 ネコネコの実、モデル〝ジャガー〟──獣と人の中間点、人獣形態へと変わったのだ。

 

「能力者だったのか」

「おう、オメェもか?」

「ああ。でもおれは動物(ゾオン)系じゃねェんだ」

 

 エースは両手の指をそれぞれ銃のように構え、指先に火を灯す。

 サミュエルも既に臨戦態勢だ。始めると口にした以上、わざわざ待つ義理はない。

 

「〝火銃(ヒガン)〟!」

 

 指先に灯した火から連続して炎の弾丸が放たれる。

 サミュエルは即座に反応し、〝剃〟を使って回避した。

 

自然系(ロギア)か! 良いモン食ってんな!」

 

 エースの攻撃を回避したサミュエルはそのままの速度で至近距離まで接近し、武装色を纏った拳で殴りかかる。

 紙一重で避けたエースはサミュエルから距離を取ることなく、そのまま周りに炎を展開し始める。

 

「〝炎戒〟──」

 

 通常の攻撃では自然系(ロギア)のエースに当てることは出来ないが、覇気を纏えば実体を捉えることが出来る。加えてサミュエルは歴戦の猛者だ。

 エースが何かの準備をしていることを察しながらも、距離を置かずに殴り合う。

 エースがサミュエルの拳を受け止めるも、彼の武装色はかなりの硬さを誇る。受け止めたエースの腕の方が痺れる程に。

 だが、エースも無策で受けたわけでは無い。

 

「──〝火柱〟!!」

「〝(ソル)〟!!」

 

 エースを中心に巨大な火柱が立ち昇る。

 サミュエルが逃れられない範囲まで広げたはずだが、間一髪で回避に成功していた。

 鼻先まで迫って止まった火柱を前に、サミュエルは両手両足をついて全身に武装色の覇気を纏う。

 

「〝鉄塊〟──〝牙閃(キバセン)〟!」

「うおっ!?」

 

 武装硬化した肉体で火柱に真正面から突っ込み、中心部にいたエースへと突撃する。

 不意を突かれたエースは武装色で腕を強化して防ぐも、火柱からサミュエルと共に弾き出されて壁へと激突した。

 背中に走る強烈な衝撃に一瞬息が詰まるも、エースは腕に集中して火を圧縮する。

 

「ッ!」

「〝火拳〟!!!」

 

 攻撃の気配を察したサミュエルは咄嗟に上空に逃れ、エースの〝火拳〟は反対側の壁に直撃した。

 直撃したのだが、透明な壁にはヒビも焼け焦げた跡も残っていない。この程度では駄目、という事なのだろう。

 そのまま距離を置いて着地したサミュエルを見ながら、エースは壁から少し距離を取った。

 

「クソ……速ェな」

「いや、中々やると思うぜ。並の奴ならもう終わってる」

 

 悪態を吐くエースに対し、サミュエルは素直に称賛する。

 火柱の中を突っ切ったので流石に服は多少焼け焦げているが、サミュエル自身はそれほどダメージを負った様子もない。エースが〝火柱〟を避けられたと判断して火勢を弱めた瞬間を狙って突っ込んだのだろう。

 元々動物(ゾオン)系は肉体が頑丈になる傾向があるが、戦闘経験の多さ故か武装色の使い方が上手い。無策で戦っても勝てる相手ではないと、エースは短い攻防で理解した。

 

『目まぐるしい攻防! サミュエルにちょっと押され気味だが、このオッサンは〝黄昏〟の最古参だ!! 幹部と言っても過言じゃねェ!! そのオッサンに食らい付くこの若い奴は一体何者なんだ!?』

「オッサンオッサン連呼してんじゃねェぞブラック!!」

『うるせェ! オッサンをオッサンって言って何が悪ィんだ!!』

 

 実況のブラックと喧嘩し始めるサミュエルに思わず肩の力が抜けかけるが、エースは自分の頬をはたいて気合を入れなおす。

 

『えーと? 今入った情報によると、サミュエルと戦ってるのは〝火拳〟のエース!! 懸賞金は3億を超えている!! なるほどそりゃ強ェわけだ!!』

 

 気合を入れなおしたエースは、両手を握り込んで武装色の覇気を纏う。

 サミュエルもエースを警戒し、姿勢を低く保って一気に距離を詰めた。

 初手で互いの拳が激突し、次いでサミュエルの指銃と爪による斬撃で細かい傷を負いながらも、エースは足元に炎を展開していく。

 

「〝炎戒〟──!」

「同じ手か? んなモン通用しねェぞ!」

 

 今度は少しだけ早く距離を取ろうとしたサミュエル。

 だが、バックステップで後ろに下がった瞬間、背中に爆発による衝撃を受けた。

 

「な……!」

「同じ手が通用するとは思ってねェよ」

 

 地面に展開した炎から漏れ出るように、辺りに小さい火の玉が浮かんでいる。〝蛍火〟と呼ばれるエースの技だ。

 〝炎戒〟をブラフにして距離を取らせ、事前に配置しておいた〝蛍火〟で体勢を崩す。

 逃げきれなかったサミュエルへと、エースは両腕を振り抜いた。

 

「〝神火・不知火〟!!」

 

 炎の槍が真っ直ぐサミュエルへ向かって飛ぶ。

 まともに受ければ肉体に突き刺さって焼き焦がすその槍を、体勢を崩されながらもサミュエルは()()()と躱して見せた。

 

「何ィ!?」

「こちとらテメェの何倍も生きてんだ! これくらいでやられるかァ!!」

 

 即座に次の技を出そうと腕に炎を集中させるが、サミュエルはその腕へ向かって〝嵐脚〟を繰り出して炎を散らす。

 覇気を放出するのは難しい。仮に覇気を纏わせて〝嵐脚〟を使えていれば、今の一撃でエースの腕は落とされていたかもしれない。

 攻撃の出を潰され、僅かに次をどうすべきかと考えたエースの動きが鈍った。

 その瞬間を見逃すサミュエルではない。

 

「〝鉄塊・砕〟!」

 

 〝剃〟の速度で硬化した肉体ごと突っ込む。先の技と違って今度はエースの腹部へとサミュエルの拳が突き刺さった。

 ミシミシと嫌な音を立て、エースの体が壁まで吹き飛ぶ。

 

「ゲホッ、ゲホッ! クソ……!」

「悪態ついてる暇があんのか!」

 

 間髪入れずに追撃をかけるサミュエルの攻撃を這う這うの体でかわし、体勢を崩しながらも立て直そうと壁際から闘技場の中央側へ移動する。

 速度の差はやはり大きい。六式を使うサミュエルにエースの速度が追い付いていないのだ。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 即座に真似をするのは博打が過ぎる。しかし速度で追いつかねば距離を取るのも距離を詰めるのもままならない。

 では、別の方法で補うしかないだろう。

 

「〝神火・不知火〟!」

 

 両腕を振り抜いて再び炎の槍を投擲する。当然サミュエルはそれを躱し、即座にエースへと距離を詰め始めた。

 炎の槍は壁際の地面に突き刺さり、その動きを止める。

 ここで臆せば勝ちの目はない。

 

「〝火脚(ひきゃく)〟!」

 

 エースは自身の足に炎を纏わせ、その勢いのままサミュエルへと勢いよく突っ込む。サミュエルは一瞬驚くもにやりと笑い、真っ向から受けて立った。

 サミュエルが武装色の覇気を纏って爪を振るうが、エースは接触する直前でスライディングしてサミュエルの足元をすり抜ける様に攻撃をかわし、右腕を構えた。

 そして、サミュエルの下から上空へ向けて拳を振るう。

 

「〝火拳〟!!!」

「うおォォォ──!!?」

 

 巨大な火がサミュエルを呑み込む──その直前に、一瞬早く二人の距離が離れた。

 元々僅かな瞬間の交差で攻撃を当てること自体が難しい。サミュエルは足を止めることなくそのまま素通りするだけでエースの攻撃は空振りに終わる。

 仕切り直しか、と両足を踏ん張ってスピードを落として振り向いた、その瞬間。

 エースが、目の前にいた。

 

「な、にィ──!!?」

 

 やったことは単純だ。

 サミュエルとすれ違ったエースは、先に放った〝神火・不知火〟のところまで滑ったのちに足元でそれを爆発させ、強制的に方向転換して再び距離を詰めた。

 今度こそ、逃がさない。

 振りかぶった拳に炎を纏わせ、思いきり振り抜く。

 

「〝火拳〟!!!」

 

 間違いなくサミュエルを業火が呑み込んだ。

 反対側の壁まで突き進んだ炎は壁にぶつかり、ぶつかった後もなお火勢が衰えることなくエースの気力を燃料に燃え続ける。

 ようやく一発、クリーンヒットした。

 だがこれで倒せたとは思っていない。実際にサミュエルは全身に火傷を負いつつも再び立ち上がっている。

 ……しかし、様子が変だった。

 どかりと胡坐をかいて座ったサミュエルは、人獣形態から人形態へと戻っていく。

 

「おれの負けだ」

「……なんでだ? まだ戦えるだろ? おれを侮ってんのか?」

「違う。これはあくまでも()()なんだ。これ以上ヒートアップするとおれの歯止めが利かなくなる」

 

 試合を始める間にも言ったが、この場における〝殺し〟はご法度だ。

 他の誰かが言い出したものならまだしも、ルールを定めたのは〝魔女〟である。〝黄昏〟の影響下に置いて、彼女の言葉を無視することは出来ない。

 海賊の世界では何よりも上下関係が重視される以上、親の言葉を子は遵守しなければならないのだ。

 

「おれは特に肉食の動物(ゾオン)系だからな、凶暴性も増すんだよ。早めに止めておかねェと頭に血が上りすぎる」

「そういうもんか」

「そういうもんさ」

 

 エースの渾身の〝火拳〟を喰らってなおまだ動けるというのは驚きではあるが、そういう意味でもこれ以上続けるのは命に関わるという判断なのだろう。

 戦場ならばまだしも、ここは闘技場(コロッセウム)。血を流す戦いはあっても、死者を出してはならない。

 

『な、な、な、なんと!! サミュエルのオッサンが負けたァ!!! これは〝黄昏の海賊団〟の歴史の中でも非常に珍しい事態だァ!!!』

 

 ブラックが立ち上がって興奮気味に腕を振り回している。

 ラジオのパーソナリティーと闘技場の実況を兼業しているが、このような事態は彼も初めてなのだろう。

 

『という事は、次に出てくるのは……滅多に出てこない〝戦士(エインヘリヤル)〟か〝戦乙女(ワルキューレ)〟のトップ勢達か!!? それとも我らが〝黄昏〟の首魁、カナタさんかァ!!? この対戦カードは珍しい!! おれも初めてだァ!!!』

 

 ブラックの言葉を聞き、サミュエルは立ち上がってエースに言葉をかける。

 

「まァ、おれを倒しても次にカナタが出てくるってことはねェ。最低でもあと一人は倒さねェとな」

「……誰が出てくるんだ?」

「そうだな……今この国にいる奴となると……」

 

 何人か思い当たるのか、指折り数え始める。

 が、途中で面倒くさくなったのか、「そのうち連絡が行くだろ」と適当なことを言いだす。

 エースは呆れたように脱力する。

 

「おいおい、それでいいのかよ……」

「ウハハハハ!! それでいいのさ!! おれ達は戦うことだけを求められてるからな! 頭を使う仕事はそういう事が出来る奴に任せるんだ!」

 

 〝黄昏〟ほどの規模の組織だからこそ出来る事でもある。

 数日のうちに連絡が行くはずだと言うサミュエル。じゃあそれまでに怪我を治さねェとなと言うエース。

 サミュエルは片手を差し出し、エースは驚いたようにサミュエルの顔と手を見て、がしりと握手をする。

 

「最後の一撃、良い炎だったぜ。お前ならあるいは、カナタのところまで行けるかもな」

「……船長と戦わせるのを嫌がったりはしねェんだな」

「そりゃあな。心配するだけムダなのさ。あいつはおれ達が思ってるよりずっと強い」

 

 彼女が最後に全力で戦ったのは、果たしていつだっただろうか。少なくともサミュエルは20年近く見ていない。

 日々の鍛錬は欠かさずとも、それを発揮する場が無いことがどれほど空虚なのか。いずれ来たる決戦に向けて必要なものだとわかっていても、人間はゴールの見えない行動を続けることは難しい生き物だ。

 だから、たまにはストレス発散出来る機会が少しでもあれば、とサミュエルは思う。

 

「さて、誰が出てくるかな……ティーチかラグネル辺りだってんなら、ちと厳しいか……」

 

 エースに背を向け、サミュエルは闘技場の舞台から降りながら呟いた。

 

 

        ☆

 

 

 その日の夜。

 王城の一室にて、カナタはラグネルから報告を受けていた。

 

「フフフ、サミュエルが負けたのか。随分久しぶりだな……中々有望な新人が現れたものだ」

「笑い事ではありません、閣下。最古参のあの方が負けたとなると、〝黄昏〟傘下の島々にも影響が出る可能性があります」

「それくらいは些細なものだ。それで、相手は?」

「この男です」

 

 ラグネルは手配書をテーブルの上に置き、カナタはそれを受け取って眺める。

 癖のある黒髪にそばかすが特徴的な青年だ。手配書に写っているその横顔は、どことなく見覚えのあるような──。

 

「〝火拳〟ポートガス・D・エース……」

「……閣下?」

「いや……何でもない。それで?」

「次の相手をどうすべきかと」

「ふむ……ティーチの奴も暇しているだろうが……そうだな、たまにはお前が出るといい」

「私が、ですか?」

 

 困惑した様子を見せるラグネル。

 実力を見込んでカナタの護衛を任されている彼女ではあるが、それゆえに戦いの場には滅多に出ることは無い。〝ロムニス帝国〟にいる間は帝国の王族の護衛でもあるからだ。

 鍛錬はしているので腕が錆び付くことは無いにしても、たまには実戦も良かろうとカナタは笑う。

 それにティーチは少々やりすぎるきらいがある。殺しはしないが、手酷い怪我を負わせることも少なくない。

 「ハズミさ」と本人は笑うが、余り見逃せることでもなかった。

 

「……では、私が相手を務めましょう。悪魔の実の能力はどうしますか?」

「許可は出さない。お前の能力は少々影響範囲が大きい。ああいう場で使うには不向きだろう」

「わかりました。では(けん)のみで叩き伏せて見せましょう」

 

 気負うでもなく、さも当然のように言ってのけた。

 謙虚な発言など誰にでも出来る。強者とは常に強気の発言をするものだ。

 それと、とラグネルは一通の手紙をテーブルに置く。

 

「サボとコアラと名乗る二人組から、手紙を預かっています。誰かから閣下へ渡すよう頼まれたと」

「ふむ」

 

 手紙を受け取ったカナタは、テーブルの端に置いてある丸い容器からペーパーナイフを取り出し、音もなく開封する。

 見逃しが無いよう一通り目を通すと、今度は手紙の端を僅かに切り裂いて発火させ、近くにあった灰皿の上へと投げた。手紙は静かに、しかしあっという間に燃え尽きて灰になる。

 その様子を見てラグネルはやや緊張したように背筋を伸ばす。

 

「何か気に障る内容でも」

「いや、内容自体は大したことは無い。あれを残しておくのはリスクがあっただけだ」

 

 革命軍との繋がりを示す物的証拠など無いに越したことは無い。

 ドラゴンもそれはわかっていただろうにと、カナタは呆れたようにため息を吐く。

 だが、サボとコアラの顔合わせの意味もあったのだろう。

 

「サボとコアラだったか。一度会っておこう。だがあと数日は忙しいな……」

「日時は後ほどで構わないので、会えるかどうかだけでも教えて欲しいとのことでしたが」

「そうか、日程はこれから調整する。会うことだけは伝えておいてくれ」

「わかりました」

 

 今年の世界会議(レヴェリー)は忙しい。

 〝魚人島〟の参加もあるし、活発に動いて勢力を拡大しているリンリン、カイドウの同盟の事もある。

 最近ではロビンから〝アラバスタ王国〟の件で報告もあった。そちらには既にスパイを送り込んだが、現在は静観している。余り干渉しすぎると内政干渉だと言われるためだ。

 ……ロムニス帝国では内政にしっかり関わっているが、これはもう王族からして抱き込んでいるので問題ないだろう。

 何故かメアの暴走を止める役目になりつつあるが。

 




これは特に覚えなくていい備考なんですけど、サミュエルは黄昏全体で言うと上位ですが精鋭の中では中堅ちょっと上くらいです。
30~40番目くらい。

ちなみにスコッチとジョルジュは戦闘員ではなく海運を適切に行うための人材なので幹部であっても実力的にはサミュエルとそんなに変わりません。あとエインヘリヤルでもないです。

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