〝
島にはゴア王国という国があり、その領土にコルボ山と言う場所がある。
〝火拳〟のエースが育った場所だ。
コルボ山を根城にするダダン一家に世話になり、幼いころから17歳まで、船で旅立つまでの間をこの場所で過ごした。
普段は新聞も読まない彼女だが、時折エースが新聞に載っていると聞くと、誰にもバレないよう月明かりの下で夜更けに一人で新聞を読んでいた。もちろんダダン一家の全員が知っているが、それをわざわざ伝える事はない。
日が落ちれば眠り、日が昇れば起きる生活だ。それ故にラジオを聞くのも食事時くらいのものだが……今日は違った。
今日も月明かりの下で新聞を読み、そろそろ寝るかと家に入ると、慌てた様子の仲間が出てきてダダンと正面からぶつかった。
「お頭!! た、大変だニー!!」
「何だいうるさいねェ……つーかまだ起きてたのかい。今何時だと思って──」
「え、エースが!!」
「エースが何だって?」
「エースが、
バタバタと慌てた様子でダダンが部屋に入ると、ダダン一家勢ぞろいでラジオに耳を傾けた。
『──さァ、今日の特別ゲストこと〝火拳〟のエースの登場だ! 拍手!』
『おれが?』
『オメェはする側じゃねェよ!』
『何だ、そうか。エースだ。よろしく』
ラジオから聞こえてくるのは、間違いなくエースの声だ。
ダダンは元気そうなエースの声にほうと息を吐き、「ルフィを叩き起こしてきな!」と仲間の一人に声をかける。
エースの弟であるルフィも、エースが元気にしているところを聞けば海賊になろうと一層やる気が入るだろう。
まぁ海賊になってガープに怒られるのはダダンなのだが。
ほどなくバタバタと騒がしく家に入ってきたルフィ。寝こけていたのか、口元には涎が垂れている。
「エースが出てるってホントか!?」
「ああ、ホントさ! 静かにしな! 聞こえないだろ!」
大勢がシンと静まり返り、ラジオの声を一言一句聞き逃すまいと耳を傾ける。
『懸賞金3億超えか……いやァスゲェ経歴だな! シャボンディ諸島で海軍中将を返り討ちにして七武海への勧誘を蹴り、魚人島を通って今ここにいる訳だ!』
『〝黄昏〟の船長も七武海だろ? おれをここに呼んで良かったのか?』
『あの人はそう言うの気にする人じゃねェよ。お前ら、今まで航海してきて品物売って貰えねェ事とか無かっただろ?』
『……そう言われるとそうだな。七武海なのに海賊相手にも商売してるのか』
『金さえ払えば大抵のものは用意するのが〝黄昏〟の良いところさ。相手が海賊でも食料品や必需品は売る。金さえあればな。これ大事だぞ。ただし奴隷は駄目だ。あれは絶対に扱わねェ』
『なんでだ?』
『カナタさんは奴隷が嫌いなのさ。理由までは知らねェけどな。もっと言うと天竜人が嫌いなんだ』
『天竜人が……』
天竜人、と聞いてダダンの顔が曇る。
かつて、ルフィとエースにはもう一人兄弟がいた。天竜人の乗った船の前を横切ったというだけで砲撃され、そのまま帰らぬ人となった兄弟が。
ダダン一家は揃ってしんみりとした空気になる。
ルフィは天竜人の事をよくわかっていないのか、特に顔色が変わった様子もない。
『それ、言っていいのかしら?』
『あ、これ全世界に放送されてるんだったか……まァ良いだろ。あの人の天竜人嫌い、滅茶苦茶有名な話だぞ』
『そうなのか?』
『早速目の前に知らない人がいるけど……』
『マジかお前。カナタさんが〝竜殺しの魔女〟って呼ばれてる理由を知らねェとか……あー、いや。今じゃ〝黄昏の魔女〟って呼ばれることがほとんどだからか? もう30年近く前の話だもんなァ』
「30年前……何かあったかい?」
「おりも覚えてニーなァ……」
小声で仲間と話すダダンだが、ラジオが聞こえないとルフィが文句を言うので慌てて口を閉じる。
二人もエースの声を聞く久々のチャンスを逃したくはないらしい。
『〝火拳〟の。お前はこの海で何をしてェんだ? やっぱり目指すは〝海賊王〟か?』
『いや……おれは〝海賊王〟は目指してねェんだ』
『へェ、そりゃ今どき珍しいな。じゃあ何を目的に海へ?』
『おれにもわからねェ。でも、ゴール・D・ロジャーを超える〝名声〟を手に入れたいとは思ってる』
『〝海賊王〟を超える名声か!! そりゃ大変な道のりだぜ!!』
『どれだけ大変でもやってみせるさ。おれは弟と約束したんだ。〝くい〟の無いように生きるってな』
『その一歩がカナタさんへの挑戦か……四皇にも挑むのか?』
『そのつもりだ。けど、弟が世話になったから〝赤髪〟とは戦わねェ。それが筋ってモンだろ』
『なるほど……名残惜しいがもう時間だ。急遽呼んだゲストなんで時間が取れなかった。今日は話を聞けて楽しかったぜ、〝火拳〟のエース! 最後に言いたいことはあるか?』
『スペード海賊団ではコック募集中だ!! 一緒に海賊やろうぜ!!』
『ここ〝新世界〟だぞ!? コックいねェのかよ!!?』
それを最後に、エースの声は聞こえなくなった。
ダダンは名残惜しそうにしながらも、元気でやっているエースを確認出来て頬が緩んでいる。
ダダン一家の皆がそうだ。思い思いに「元気そうで良かった」やら「いつか帰ってくることがあるのかなァ」などと話している。
「……明日も朝早い。そろそろ寝るとするか。ルフィも……ルフィ?」
いつも一番騒がしい男が静かなままだ。
自分の両手を見て、ぎゅっと握りこぶしを作る。
「……エースも元気に海賊やってるんだ。おれも負けてられねェ! 次会ったときは絶対におれが勝つ!! ウオー!! 今から修行だ!!」
「今から!? 今何時だと思って……おいルフィ!!?」
勢いよく扉を開けて外へと走り去っていく麦わら帽子の少年に、ダダン達は思わずぽかんと呆けるしか無かった。
☆
〝ロムニス帝国〟の一角に巨大なビルがある。
巨人族は流石に入れないが、それなりに巨体の者でも入れる大きめのビルだ。その中にラジオの収録スタジオがあった。
時刻はまだ朝と言っていい。短時間だがもしよければラジオに出てみませんか、と誘われ、ほいほいと付いていって先程まで話していたのだ。
「お疲れ様です。水でも飲みますか?」
「お、悪ィな。ありがとう」
エースは収録スタジオから出るや否や、出入り口にいた一人の少女からビンに入った飲み物を受け取る。
白い髪をセミロングにしており、赤いリボンで髪の一部を纏めている、どこか気だるげな様子のある少女だ。
「どうでした、初のラジオ出演は?」
「ん~……普通に話してるだけで世界中の人に聞かれてるって言われても、あんまりピンと来ねェな」
「そうですか。そんなものでしょうね」
実際に世界中に聞かれていると言っても、ラジオで声を届けているだけだ。電伝虫に話しているのと感覚的にはあまり変わらなかった。
伝える時間は無かったが、故郷にいる世話になった山賊と弟に届いていればいいな、とは思う。エースは時々紙面に載るので元気でやっていることは伝わっているだろうが、やはり声を届けられるというのは違う。
少女と共にビルを出ると、丁度デュースが来たところだった。
「ラジオに出るなら一言くらい言ってくれ。皆驚いていたぞ」
「悪い悪い。でも急だったんだ」
エースはちらりと横にいる少女を見る。
少女はデュースに対して一礼し、「この国でも彼は有名人になりましたし、これくらいは遊びの範疇ですよ」と言う。
見た覚えのない相手に対し、デュースは目を細めて警戒感を露にする。
「そうは言うが……ところで、君は?」
「〝
「〝
「ええ。体を休めるついでに色々と案内してやれ……と仰せなので。上の人が」
面倒くさそうに肩をすくめるアイリス。
デュースは「一応敵だぞ……?」と胡散臭そうな顔をしているが、エースは「折角だから美味い飯の店とか教えてくれ」と頼み込んでいる。
疑う気など微塵も無いようだった。
「おい、エース!」
「大丈夫だろ。あれだけ試合形式にこだわったんだ。一度口に出した以上は約束を破る真似なんかしねェよ」
世間的には格下のスペード海賊団相手にそんなことをしたとなれば〝黄昏〟の名折れである。
詳しいことはともかく、エースとしては「筋が通らない」からと信用しているらしかった。
デュースは一度ため息を吐き、それならば仕方ないと自分も同行することにした。
「ところで、次の試合だが……まだ日程は決まらないのか?」
「ああ、そうでした。三日後に試合があるので予定を空けておいてくださいね」
さらっと日程を口にするアイリス。忘れていたと言わんばかりだが、視線を逸らしながらの言葉に思わず二人は呆れ顔をする。
「三日後か……怪我の調子はどうだ?」
「まァ大丈夫だろ。大怪我って程でもねェしな」
「それならいいが。次は幹部だろう、油断はするなよ」
「しねェよ。ここまで来て負けられねェからな」
エースは帽子を目深に被りなおし、闘志を燃やしていた。
焦りは無いようにも思えるが……強迫観念にも似た何かを感じ、デュースは不安を覚えずにはいられなかった。
☆
そして三日後。
同じようにアイリスが迎えに来た。スペード海賊団の皆は
「この間来た時よりも随分多いな」
「それはそうでしょう。今回出るのは〝
〝黄昏〟全体で言えばカナタを除いてもう一人か二人くらいはいるが、〝
アイリスも所属こそ同じだが、上位と下位では実力差は大きい。束になっても敵いはしないだろう。
エースはアイリスの方を見た。
「誰が出てくるか知ってんのか?」
「ええ。でも言いませんよ。誰が出てきても一緒でしょうし」
「そりゃなんでだ?」
「ほとんど
誰の名前を出してもエースが知っている可能性は低い。世界政府や四皇ならばともかく、そこらの海賊団が情報を得られるほど甘くはない。
もっとも、そのせいで〝黄昏〟の強さを見誤ったルーキーが来ることも多いのだが。
「ふーん……まァ良いだろ。誰が出てきても倒すさ」
「……随分自信があるんですね」
「無かったらここに来てねェよ。何としてでも〝魔女〟に会う。それが目的だからな」
「そうですか。では頑張ってください」
アイリスに案内されるがままに控室に連れて来られ、少しの待ち時間の後に試合の時間だと別の者が呼びに来た。
エースは気合を入れなおし、通路を歩いて
遠く聞こえていた実況がはっきりと聞こえて来た。
『さァて! 今日の実況はこの俺、ドナルド・モデラートが担当するよ!』
遠目に見える席で片腕片足が義肢の男がテンション高く話している。
『今日はいつにも増して満員御礼だ!! それも当然!! 何せ滅多に表に出てこない〝
モデラートは中央舞台へ歩いて出て来たエースに気付いたのか、まずはそちらの紹介を始めた。
『まずは
モデラートの紹介に併せて熱狂した観客の一部が歓声を上げる。
サミュエルもそれなりに知られているようで、彼を打ち倒したエースを期待の目で見る者も多い。
続いてエースと戦う相手の紹介を始めた。
『そして待ち受けるのは〝
エースとは反対側の入り口から現れたのは、白銀の甲冑を纏った金髪の女性だ。
身長はエースの倍以上あり、腰に携える剣は分厚く、頑強だった。
舞台の上に上がったラグネルはジロリとエースを睨みつけ、剣を抜く。舞台に上がった以上、いつ試合が始まっても対応出来るように。
「お前が相手か」
「そうだ。不満か?」
「いィや。確かにお前は、一目見た時から強そうだと思ってた。お前を倒せば〝魔女〟に会えるんだな?」
「そうだ──死ぬなよ。後が面倒だ」
試合開始のゴングは鳴っている。エースは即座に拳を構え、ラグネルは横薙ぎに剣を振るった。
暴風の如く振るわれる斬撃はエースを軽々と吹き飛ばし、透明な壁へと容赦なくその体を叩きつける。
『一撃! 凄まじい攻撃だァ!! 〝火拳〟のエース、まさかの一発KOか!?』
「いや……良く防いだものだ。受け損ねていれば真っ二つだったはずだが」
モデラートの言葉に反論し、ラグネルは吹き飛ばして砂煙の立ち込める場所を睨みつける。
数秒の静寂があり──砂煙の中からエースが疾走してきた。
その足には炎を纏っており、エースの速度を飛躍的に上げている。
「いきなり随分な挨拶だな! 死ぬかと思ったぜ!」
「あの程度も防げないようなら閣下と会う価値はない。だが、拙い覇気で良く防いだ」
ラグネルの懐に潜り込み、剣を使いにくい至近距離での戦いを挑むエースだが、ラグネルも慣れたようにエースの攻撃を捌く。
エースの纏う覇気はラグネルのそれと違い不安定だ。強弱が安定しておらず、武装色を纏う事で起きる色の変化も起きていない。
エースはまだ覇気を身に着けて日が浅い。独学故に安定もしていないのだ。
「うるせェ! 死ぬとこだ!!」
あんなものをまともに受けていられるか、とエースは憤る。
ギリギリのところで腕に覇気を集中できたから防げたものの、コンマ一秒でも遅れていれば両断されていた。
殺しは無し、という話は何だったんだと思うが、今文句を言ったところでどうにもならない。
彼女を倒せば〝魔女〟への道は開ける。
エースは距離を取ったのちに両腕から炎を展開し、ラグネルの逃げ道を塞ぐように炎上網を作り出した。
「〝火拳〟!!!」
極大の炎は真っ直ぐにラグネルを焼き尽くそうと進み、しかしラグネルは剣に武装色を纏って振り下ろすだけでそれをかき消した。
周りに広がる炎上網にも一切怯んだ様子はない。
「弱いな」
つまらなそうに吐き捨てると、炎上網を一歩で踏み越えてエースの眼前まで迫る。
咄嗟に拳を構えて剣に視線を向けるエースだが、ラグネルはあえて剣を捨てて素手でエースを殴りつけた。
両腕のガードの上から殴りつけられたエースはラグネルの剛腕で背中から地に叩き伏せられ、地面が揺れる程の衝撃が走る。
「目の前の相手に集中もせず、閣下に会う事ばかり考えている。その体たらくで私に傷を負わせることなど出来るものか」
投げ捨てた剣を回収し、ゆっくりエースから距離を取る。
まだ意識はある。見聞色の覇気で探っているからそれはわかっていた。
「……そうだな。悪かった」
受け止めた腕がビリビリと痺れている。
ラグネルの拳は体の芯に響くような威力だった。腕力と言うよりも、あれは──もっと、別の何かのように感じられた。
「滅茶苦茶腕がいてェんだが、今のも覇気か?」
「そうだ。加減はしたがな。
もっとも、その手の輩は大抵〝黄昏〟の上位層の強さを知って心を折られる。並大抵の心持ちでは自身の強さを信じ続けることは難しい。
エースは「なるほどなァ」と笑い、痺れの抜けない拳を構えた。
「もっとしっかり使えるようになれば、お前みたいなことも出来るんだな」
「基礎も出来ていない奴が良く吼えたものだ。言うからにはやってみせろ!」
今までの攻防は全て小手調べだ。ラグネルの本気はまだこんなものではない。
エースはにやりと笑い、炎を自身の周りに展開し始めた。
「ちょっとわかってきたところだ。こうやるんだろ」
エースの腕が黒く染まる。武装色を纏ったことによる硬化だ。
サミュエルとの戦いで経験も積んでいる。覇気の纏い方ならいくらでも見ることは出来ていた。あとは実戦でやってみるしかない。
エースは足に火を纏い、高速で飛び出してラグネルの頬を殴りつける。
しかし覇気を纏ったラグネルの肉体は鋼のように硬く、ダメージが通っているようにも思えない。
「かってェな!! どうなってんだ、体が鉄で出来てんのか!?」
「貴様とは覇気の練度が違う。殴りつけるならこうやるんだ」
剣を持っていない方の手でエースの頬を強かに殴りつけ、壁まで吹き飛ばす。
衝撃で意識を飛ばされそうになるも、何とか持ちこたえるエース。
また
「クソ……!!」
思わず悪態が出るエース。四皇に並ぶ組織の幹部だ。最初から強いことはわかっていた。
しかも、恐らくラグネルは手加減をしている。
真剣勝負の場で手を抜かれるのは屈辱だが、その状態でさえエースは歯が立っていない。
だが、それでもエースは吼えた。
「テメェ、なんで本気で戦わねェんだ……!」
「本気で戦う必要が無い、と言うのもあるが……私が全力で剣を振るうと防壁を壊してしまうのでな。観客に被害を出すのは本意ではない」
サミュエルの言っていた、数少ない闘技場の壁を壊せる実力者。ラグネルはそれに該当するのだろう。
闘技場で戦う以上は闘技場のルールに則って戦う。観客に被害を出さないようにするのもその一環だ。
戦場で会えば本気の彼女と戦うこともあるだろうが、その場合は今のように生き残っていられる可能性は低い。
「私の拳をまともに二度受けて立ち上がる気概は認めよう。だがその程度では私を倒すことなど不可能と知れ」
剣を構えるラグネルを前に、エースは歯を食いしばって立ち上がった。
彼女を倒せなければ〝魔女〟に会うことは出来ない。
闘志を燃やし、エースはラグネルを睨みつける。
「尻尾を巻いて逃げ出す、と言った風でも無いな。まだやるか?」
「当たり前だ! おれは逃げねェ……!!」
エースは拳を握り、再びラグネルへと立ち向かった。
☆
『……なんと、ここまで粘るとは思わなかったぜ、〝火拳〟のエース!!』
声が枯れ気味のモデラートが驚いたように立ち上がった。
日は既に落ちかけている。朝からこの時間まで、エースはラグネルに立ち向かい続けたのだ。
しかし、エースの体は既にボロボロである。気力だけで立っていると言っても過言ではないほどに。
対するラグネルは息一つ乱さず、疲労の色も見せていない。流石に無傷とはいかなかったのか、ところどころ傷を負ってはいるが……状況だけを見ればどちらに軍配が上がったのかなど問うまでも無かった。
『しかし残念! ここには一応時間制限がある! ラグネルを倒せなかった以上、〝火拳〟の負けと言うしかない!』
「待て、モデラート」
『ん? どうしたラグネル!』
「
『確かにそういう規定はあるが……使われたことのない規定だ。それに、この状況は誰が見たって……』
「それを選ぶのはお前ではない」
ラグネルは視線をエースへと向けた。
まだ心は折れていない。
どこまでも愚直に、ラグネルを打ち倒そうと闘志を燃やし続けた男に対して、彼女は一つの選択権を与えた。
「選べ、〝火拳〟──ここで負けを認めるか、それとも明日に持ち越してでも私に挑み続けるか」
ラグネルは強い。
四皇の最高幹部を敵にしても弾き返すだけの実力を持つ以上、それに満たないエースが勝てる道理はない。
それでも。
エースは、ここで負けを認めるわけにはいかなかった。
「挑む!!」
ボロボロの姿になりながらもまだ吼えるエースに対し、ラグネルは目を細めて剣を収めた。
「では続きは明日だ。精々傷を癒せ」
並の敵ではラグネルに傷など負わせることは出来ない。そういう意味では見込みはあると踏んでいた。
踏み潰すだけならば容易いが、心を折って傘下に吸収するのも幹部の仕事である。ビッグマム海賊団、百獣海賊団の同盟がどこまで勢力を伸ばすかわからない以上、手駒に出来る戦力はなるべく回収しておくべきだと判断していた。
海軍が役に立たないことなど〝黄昏〟内部では既に周知されている。
〝黄昏〟と〝赤髪〟、あるいは〝エルバフ〟との同盟が正式に成れば踏み潰すことも可能だろうが、戦力は多いに越したことは無い。
☆
同日。夜になり、コアラの下に一通の封筒が届いた。
コアラとサボはカナタと会えることが分かった後、カナタが手配したホテルの一室にいた。政府や海軍にバレないようにするためである。
なるべく姿を隠しつつ街を散策するなどして時間を潰していたが、遂に会える日時が決定したのだろう。
封筒を開封すると、簡素な手紙と何かのチケットが同封されていることに気付いた。
「何だろうこれ」
「……
手紙には『ここで落ち合おう』とだけ書かれている。
確かに城は目立つ。出入りを監視するのも簡単だ。ドラゴンとカナタの関係性は政府にも疑われている以上、余計な疑念は与えるべきでは無いのだろう。
……コアラとサボは今になって「あれはまずかったか」と苦い顔をしていたが。
「話は通しておくから一般の入り口から入って、その後ここへ来いって書いてある」
大雑把ではあるが地図も載っている。迷うことは無いだろう。
コアラは今になって緊張してきたらしく、忙しなく部屋の中を歩いていた。
「落ち着けよコアラ。焦ったってどうしようもないだろ?」
「そうかもしれないけど! でも、やっぱりすごい人と会うんだから緊張するよ!」
「ハハハ……今日はさっさと寝て、明日に備えよう」
「眠れるかな……」
「子供みてェだな」
ぷんすかと怒るコアラを宥めつつ、サボはサボで色々考えていた。
ドラゴンからは「顔を合わせるだけでいい」と言われたが、出来ればカナタの人となりを見ておきたい、と。
戦乙女で一番強いのは小紫です。
カイエとラグネルで二番手争いしてます。フェイユンは闘技場出禁なので番外。
次の更新は予定通り12/27に投稿するつもりですが、土日が忙しいので一日二日ズレる可能性もあります。ご了承ください。