あの日の事を、ずっと後悔していた。
サボが家出しているから探しに来たと貴族の父親に連れていかれた時、もしかしたらサボにとってはそちらの方が幸せなのかもしれないと思って時間を置くことにした。
様子を見よう。あいつは強い。本当に嫌ならまた必ず戻ってくるさ。自分に言い聞かせるように、ルフィに言い聞かせた。
その直後にブルージャムと言う海賊に利用され、活動場所にしていた〝
何とか勝って家に戻った後で、サボが天竜人の船を横切っただけで砲撃されて沈められたことを聞いた。
あの時の後悔は、きっと一生消えることは無いだろう。
サボにとって自分の家は帰る場所ではあっても、
どうしてあの日、無理矢理にでも助けに行かなかったのか。
どうしてあの日、自分に嘘を吐いてまで様子を見ようなんて言ったのか。
だから、決めたのだ。
サボはきっと、〝自由〟とは正反対の何かに殺された。
そう考えたから、エースはルフィに言った。
「おれ達は、〝くい〟の無いように生きるんだ!!!」
サボが掴めなかった分まで、〝自由〟に。
☆
目が覚めて、窓から差し込んでくる夕陽を見てもう夕方になったのだとわかった。
エースは鼻につく消毒液の臭いで医務室に寝かされているのだろうと考える。体をぺたぺたと触るが大きな怪我はない。しいて言うなら頭が痛い。
触ってみるとタンコブが出来ているのがわかる。
「クソ、怪力ババアめ……」
これまでの冒険で色んな奴と戦ってきたが、ゲンコツで気絶させられるなど子供の時にガープに挑んだ時以来だ。
サボと一緒ならどんな相手と戦ったって負けはしないと思ったのに──と、そこまで考えて気付く。
「サボ!」
勢いよく起き上がって周りを見渡した。白いカーテンで仕切られていたのでベッドを下りてカーテンを開ける。想像通り医務室のようだった。
かなり広く、ベッドの大きさも大小さまざまだ。巨人族にも対応するためなのだろう。
エースは隣のベッドの周りにもカーテンで中が見えないようにされていることに気付いてそちらに近付く。
カーテンを開けて中を見てみると、案の定サボが横になっていた。
まだ目が覚めていないようで、寝息を立てて寝ている。
「…………生きてたんだな、サボ」
天竜人に船を沈められたと聞いて、死んだと思っていた。
生きていてくれたのならこれ以上に嬉しいことは無い。ルフィだってきっと泣くほど喜ぶだろう。あいつは泣き虫だからな、とエースはルフィを思い出して笑みを浮かべる。
エースは泣かない。
泣きたいほど喜ばしいことだが、人前で涙など流すまいと意地を張っているのだ。
しばらくサボの寝顔を眺めていると、「ふがっ!」と寝言か寝息かわからない一言の後にサボが目を覚ました。
「……あれ、ここは」
「起きたか、サボ」
「……エース?」
ぼんやりしたまま、サボはエースの方を向いて呟いた。
エースは目を見開き、「思い出したのか!?」と詰め寄る。
サボは迫ってくるエースを押しのけながら上半身を起こし、頭が痛むのか片手で頭を押さえていた。
「ぼんやりと思い出せる……けど、まだぼんやりとしか思い出せねェ……頭がいてェ……」
それは多分カナタに殴られたせいだろう。サボもタンコブが出来ているのでエースと同じようにゲンコツで沈められたのだろうし。
ともあれ、少しだけでも思い出せたのなら良かったと、エースは安堵して椅子に座りなおす。
「……ありがとう、サボ」
「なんだよ、いきなり」
「いや……お前が生きててくれて本当に良かった、って思ってよ……」
サボが連れていかれた日の事は忘れることが出来ないだろう。あの時、様子を見ようなどとルフィに、何より自分に言い聞かせた自分を許せなかった。
だから、何よりサボが生きて目の前にいることが嬉しい。
「それに、さっきも危ないところを助けてくれたしよ」
「そりゃまァ……いや待て、助かったのか……?」
あの場ではゲンコツで済まされたが、サボは立場的にドラゴンの補佐だ。下手に敵対行為などしてしまえばドラゴンにも迷惑がかかる。
エースが死ぬ、死ななくても大怪我をするという事態は避けられたが、サボの状況は変わっていない。
別の意味で頭が痛くなってきた。
サボは頭を抱え、前のめりになってベッドに突っ伏す。
「うおお……どうすんだよこれ……ドラゴンさんになんて説明したら……!」
「おれ達が勝ったらチャラにしてくれって約束も、おれ達が負けちまったから意味ねェしな……」
二人揃って肩を落とし、これからどうするんだと空気が重くなっていたところ──軽快に医務室のドアを開ける音が響いた。
コツコツと足音を立てて入ってきたのはカナタとコアラ、それに白髪の医者だった。
「二人とも目が覚めたか。生憎うちの
「サボ君、大丈夫!?」
白髪の医者は手際よくサボを診察していき、ひとまず異常なしと診断された。
エースも同様に診断されたが、こちらも異常なし。二人とも頭部に出来たタンコブを冷やすようにと言われただけである。
内密の話もあるので医者には席を外してもらい、ひとまずエース、サボ、コアラ、カナタの四人だけが医務室に残った。
四人はテーブルを囲む。
「お前たちも色々と話したいことはあるだろうが、先に私の用事を済ませよう。エース。お前、私のビブルカードを持っていないか?」
「あ、そうだ」
エースはポケットから一枚のビブルカードを取り出す。
「親愛なる友へ」とだけ書かれたビブルカードだ。エースの取り出したそれを見てカナタは懐かしそうな顔をする。
「これ、やっぱりアンタのなんだな」
「ああ。昔、私がロジャーに渡したものだ。海軍に自首する直前の事だった」
「……なんでロジャーに渡したんだ?」
「私は二度、あの男に命を救われた。受けた恩は一生のものだ……あの男が活動していた時期には様々な情報、物資、資金の提供をしていたが、最後に『おれの子供を助けてやって欲しい』と頼まれたのでな」
「ロジャーに、命を……」
エースは信じられないことを聞いたように目を丸くし、手に持ったビブルカードに視線を落とす。
自身の血筋を明かさず、誰に聞いても……〝海賊王〟の子供は生きていてはいけないのだと、そう言われた。〝大海賊時代〟によって多くの人たちが海賊の被害に遭い、誰もがその責を〝海賊王〟へと押し付けた。
あの男が余計なことさえ言わなければ。生まれてくるべきじゃなかった。さっさと死んでしまえば良かったのに。
心無い言葉はエースの心を抉り、街で暴れることも少なくなかった。
そんな中でも、このビブルカードだけは救いだったのだ。
誰もが嫌悪する〝海賊王〟に対して、「親愛なる友」と呼ぶ相手──この海で唯一、
その相手が、目の前にいた。
「そのビブルカードは母親から渡されたのか?」
「いや……お袋はおれを産んですぐに死んじまった。これはジジイ──ガープから渡されたんだ」
「……あの男、何だかんだと言いつつロジャーの子供を匿っていたのだな。らしいと言えばらしい話だが」
サボとコアラはエースの父親がロジャーと言う事は初耳なのでびっくりした顔をしているが、話を途中で遮ってはいけないと空気を読んで黙っていた。
カナタはガープの行動を笑いつつも、長い付き合いだ、そういう事もあるだろうと納得した様子を見せる。
「では──選択の時だ、エース」
選択肢はエースの手に委ねられた。
このまま〝黄昏の海賊団〟に入ってカナタの庇護を受けるか。
あるいは〝スペード海賊団〟として旅を続けるか。
カナタとの実力差は先程嫌と言うほど見せつけられた。〝海賊王〟を超える名声を手に入れるという目標も、今となっては遠く思える。
だけど。
「おれはおれの冒険がある。アンタの傘下には入らねェ!」
エースははっきりと宣言した。
相手が強いから諦めて傘下に入るなど、そんな真似はしない。〝力〟に屈したら男に生まれた意味がないのだと言う様に。
カナタはエースの言葉に微笑み、残念そうにしながらも楽しそうな様子を見せた。
「そうか……それは残念だ」
まぁ、傘下入りを断られたからと言って何かをするわけでもない。
エースの目的も達成したし、近いうちに島を出るのだろう。スペード海賊団の面々も観客席にいたのは確認している。
と、そこで思い出した。
「スペード海賊団の者たちが医務室に乗り込もうとしたのでな、別室に纏めて放り込んでいる。お前のことを心配していたぞ」
「みんながか? 心配かけちまったからな……ちょっと行ってきていいか?」
「ああ。部屋を出て左へ真っ直ぐ行った大部屋だ」
エースは急いだ様子で医務室を出て行った。静かになった医務室の中で、忙しい奴だとカナタは笑う。
そして、問題はこっちだなとカナタは視線をサボとコアラへ向ける。
「闘技場に変装もせず乗り込んだんだ。当然お前の顔も知られたわけだが、どうする?」
「……エースを助ける為だったんで仕方がねェと思ってます。カナタさんがエースを殺そうとしなけりゃあんな真似しませんでした」
「私が殺すわけが無かろう。精々骨が5、6本折れる程度だ」
何でもないことのように言うが、それでも割と重傷である。気軽に言っていいレベルの怪我ではない。
「いきなり飛び出したからびっくりしたんだよ!?」とコアラはサボの頬を引っ張っている。何かと振り回されて大変なのだろう。
それはともかく、カナタは現状の説明をし始めた。
「流石にあの数の観客を口封じするのは難しい。仕方が無いから、お前にはしばらく牢屋に入ってもらう。機を見て適当に逃げ出せ。鍵は渡しておく」
「……いいんですか?」
「政府は文句を言ってくるだろうが、今更だ」
七武海の身でありながら海賊を見逃すこともある。エースもその一例だ。
あれだけの観客がいた以上は革命軍の幹部を捕らえたとすぐに知られるだろうし、下手に誤魔化すより逃げられたで済ませたほうが楽ではあった。
「それ、〝黄昏〟の名前に傷が付くんじゃ?」
「大したことではない。私を侮って攻め込んでくるルーキーなど掃いて捨てるほどいるからな。少々増えたところで誤差だ」
それに対処するのは現場の部下たちであってカナタではないし、攻め込んできたのが能力者なら悪魔の実を奪えるのでデメリットばかりでもない。
ドラゴンには過去に「やってることが食虫植物だな」と言われたこともあるが、大きな違いも無いので反論出来なかった。
「悪魔の実で思い出したが、お前たちは能力者になるつもりは無いのか?」
「今のところは特に必要とは思ってないので」
「私もです。私は魚人空手を使うので、海に入れた方が良いんです!」
「そうか。では帰り際にいくつか持って帰ると良い。ドラゴンなら上手く使うだろう」
悪魔の実は最低でも一億ベリーは下らない。それをまるで珍しい果物を土産に持たせるようなノリで渡してくるカナタに、二人は改めて「感覚が違いすぎる」と実感していた。
〝黄昏〟の莫大な資金力と行動範囲、それに能力者から悪魔の実の能力を奪うと言う謎の技術によって、多数の悪魔の実が〝黄昏〟の手元に集まっている。
おそらく〝黄昏〟に存在する悪魔の実の図鑑は世界中に出回っているそれよりも随分充実している事だろう。
海軍と〝黄昏〟の二つがあるこの海で、新たな巨大勢力が育つことは非常に難しい。そういう意味では革命軍──ひいてはドラゴンは運が良かった。
「革命軍はまだしばらく動くつもりは無いのだろう? どうあれ、政府を相手にするなら十分に戦力を整えることだ」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます! サボ君が迷惑かけてごめんなさい……」
「フフフ、構わんさ。こういう馬鹿な男の相手は慣れている」
カナタは立ち上がり、「話は以上だ」と立ち去る。
長々と話をするほど深い仲でも無し、顔合わせとしては十分だろう。手土産も用意したので忘れないように持って帰らせねばならない。
サボは後で牢屋に一週間ほどぶち込んでおけばいい。機を見て適当に逃げ出すだろう。
それに、サボはエースとそれなりに積もる話もありそうだった。記憶の戻り方も不十分のようだし、しばらく一緒に航海させてもいいかもしれない。
「ドラゴンにはよろしく言っておいてくれ。たまには直接連絡を寄越せとな」
「はい、必ず」
革命軍が動き出す時はそう遠くない。それまでにカナタも十全に準備を整える必要がある。
ロジャーの子供と、ドラゴンの秘蔵っ子。
新しい時代を呼び込む若い芽が出始めたことが、カナタにとっては実に嬉しいことであった。
「新たな時代のマルクスよ、か。私も年を取ったものだ」
誰にも聞こえない呟きを残して、カナタはいずれ来る未来を思って笑みを浮かべていた。
☆
その後、サボは一週間ほど〝ロムニス帝国〟の牢屋に放り込まれた。
監視は一応つけてあったが、やる気の無い監視だったので目を盗んで脱走し、エース率いるスペード海賊団と共に出航した。
しばらく共に航海していたが、エースは名残惜しみつつもサボと別れることになる。
生きていたことはわかった。何か危険があれば駆けつけると、互いに約束を交わして。
そうしてしばらく地力を付けつつ航海していたところで偶然〝白ひげ〟と鉢合わせになるも、エースは誰が相手であろうと仲間を背にした状態で逃げることを選ばずに戦い、〝白ひげ〟に敗北。
仲間のために向こう見ずなことをする姿を見て気に入ったのか、〝白ひげ〟はエースに対して「おれの息子になれ!!」と勧誘した。
当然ながらエースは断った。しかし、しばらく〝白ひげ〟の船に滞在するうちに〝白ひげ〟に絆されたエースは、中途半端なままでいることを止め、〝白ひげ海賊団〟に加入することを決める。
このことは新聞でも大きく報じられ……〝ハチノス〟ではしばらく不機嫌そうなカナタの姿があったとか。
☆
──それでは、これからある男の話をしよう。
〝海賊王〟に憧れて、恩人に麦わら帽子を渡され、立派な海賊になることを誓い、海に出て、数々の仲間を得ながら海を渡る冒険活劇。
海に入れぬカナヅチ男。航海術も持たず、料理も出来ず、撃った大砲は明後日の方向へ。
一人では生きていけぬと自称しながらも、夢を諦めずに旅を続ける。
無鉄砲で考えなしでありながらもどこか憎めない、とある男の話を。
エース編及び原作前の話は今話で終わりとなります。長い間お付き合いいただきありがとうございました。
次回からは原作時間軸となり、ルフィ視点での物語がしばらく続きます。よろしければもう少しだけお付き合いください。
次回の更新は1/10予定です。良いお年を。
END 激動/GONG
NEXT 冒険の夜明け/ROMANCE DAWN