ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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 Warning!
 本作は原作既読を前提として執筆しています。原作と同じ展開になる場合、あるいは差異が微小と判断した場合は場面をスキップする可能性があります。
 また、しばらくはルフィ視点で話が進行します。時々幕間形式で他者視点が入ります。
 最後に、開始時期は〝バラティエ〟出立直後です。

 以上の点に留意してお楽しみください。


冒険の夜明け/ROMANCE DAWN
第百三十八話:ココヤシ村


 〝東の海(イーストブルー)〟。

 快晴の空の下、一隻の船が波に揺られて次の島を目指していた。

 麦わら帽子をかぶった青年──モンキー・D・ルフィという男である。

 航海の途中で出会って仲間になったゾロ、ウソップ、ナミ。そして先程海上レストラン〝バラティエ〟で仲間にしたサンジ。

 ついでにゾロの舎弟である賞金稼ぎのヨサクとジョニー。

 そのうちルフィ、サンジ、ヨサクの三人が船に乗っていた。

 

「いーい天気だー……」

「そうっすねー……」

「お前これ進路あってんのか?」

「そこは任せてください。大丈夫っす」

 

 三人の中で航海術を持つのはヨサクだけだったため、必然的に彼が舵取りをすることになっている。

 本来ならルフィはゾロ、ウソップ、ナミ、サンジの五人で〝偉大なる航路(グランドライン)〟へ挑戦するつもりだったのだが……先程まで滞在していた〝バラティエ〟でナミが船と宝を奪って逃走。

 ゾロ、ウソップ、ヨサク、ジョニーの四人は先行してナミを追いかけており、大方の進路の予想がついたところでヨサクが戻ってきて、ルフィとサンジを連れて再び追いかけていた。

 

「大体ナミさんが向かった場所ってのはどこなんだ?」

「まァ大方の予想ではあるんすけど、ナミの姐貴が直前まで見ていた手配書と船の進路から割り出しました」

「だからどこだよ」

「島の名前はわからねェんで……」

 

 大丈夫か、とサンジはルフィを見る。

 大丈夫だろ、とルフィは笑っていた。

 

「場所はわかってるんで安心してください!」

「微妙に安心しにくいな……」

 

 自信ありげに胸を張るヨサクだが、サンジは言動のそこかしこから何となく不安を感じ取っていた。

 ルフィはそんなことなど気にした様子もなく、船の縁に腰かけて足をバタバタさせている。

 

「おれはそんなことよりも、早くナミを連れ戻して〝偉大なる航路(グランドライン)〟に行きてェなー!!」

「五人でか? そりゃ無茶ってモンだろ」

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟でも仲間集めは出来るさ! なんたって〝楽園〟なんだもんな!」

「〝楽園〟? 〝海賊の墓場〟の間違いだろ」

「レストランを出る前にオーナーのおっさんに教えてもらったんだ。〝偉大なる航路(グランドライン)〟のことを〝楽園〟と呼ぶ海賊もいるんだってさ!!」

「へェ……ジジイがねェ……」

 

 先程まで滞在していた海上レストラン〝バラティエ〟──そのオーナー、ゼフはかつて〝偉大なる航路(グランドライン)〟を一年間航海し、この海に戻ってきた海賊だ。

 だからある程度事情を知っているし、情報を持っている。

 今更だが必要なこととか聞いておけば良かったな、とサンジは思う。ルフィは船長だが、余りにも楽観的過ぎるし何も知らない。

 遭難は流石に御免被る。

 

「まァおれはナミさんが一緒ならどこへでも……なんなら二人きりでも……」

 

 サンジはサンジでナミと航海できると鼻の下を伸ばしていた。

 ヨサクは流石に目に余ったのか、立ち上がって「認識があめェ!!」と声を上げる。

 

「兄貴たちは〝偉大なる航路(グランドライン)〟に対する認識があめェ! ゾロの兄貴たちだって、その辺の認識がもっとあれば引き返してきてもおかしくなかったんす!」

「飯にすっか」

「そうしよう」

「そこになおれ!!」

 

 ヨサクの魂の叫びだった。でも聞いてもらえなかった。

 

 

        ☆

 

 

 ルフィが肉を、ヨサクがモヤシ炒めを食べつつ、サンジが「で」と思い出したように声を上げる。

 

「結局のところ、ナミさんが見てた手配書ってのは誰のなんだ?」

「よくぞ聞いてくれました! この男っす!!」

 

 〝ノコギリ〟のアーロン──懸賞金2000万ベリー。

 ヨサクはこれならきっと、相手がどれだけ危ない相手なのか理解してもらえると考えた。

 しかし、二人の反応は「へー」と簡素なものだった。

 

「それだけ!? もっとなんか……こう、あるでしょう!?」

「なんだよ、お前さっきから」

「こいつが何なんだ。懸賞金だけならさっきこいつがぶっ飛ばしたクリークとそう変わらねェだろ」

 

 サンジはルフィを指差してそう言う。

 つい数時間前、ルフィは海賊艦隊提督と称される男、首領(ドン)・クリークと戦い、これを打ち倒した。

 クリークの首にかけられた懸賞金は1700万ベリー。懸賞金の平均が300万ベリーの〝東の海(イーストブルー)〟では破格と言っていい高額賞金首である。

 アーロンと金額はそれほど変わらない。

 

「懸賞金額の高さは〝世界政府に対する危険度〟で表されるモンっす。各地で暴れ回って危険度を見せつけたドン・クリークと、静かに支配圏を広げているアーロンじゃ目立ち方が違う!!」

 

 更に言えば、目立ち方が違うのにアーロンの方が懸賞金が高いという時点で、強さはある程度想像がつく。

 ヨサクとしてはドン・クリークよりも警戒するべき相手だと考えていた。

 と言うのも。

 

「時にお二方、〝王下七武海〟って制度をご存じですか?」

「「知らねェ」」

「でしょうね……」

 

 がっくりと項垂れたヨサク。

 もう何を言っても無駄な気がするが、とにかく危ないという事だけは伝えねばならない。ヨサクはそう決心して語り始めた。

 

「〝王下七武海〟ってのは、世界政府が認めた7人の海賊っす」

「なんだそりゃ。なんで政府が海賊を認めるんだよ」

 

 二人とも疑問に思っているようだが、ヨサクは丁寧に説明する。

 七武海は未開の地や海賊から略奪行為を許され、その何割かを政府に納めることで海賊行為を許された海賊であること。

 そして、〝バラティエ〟でゾロが敗北した〝鷹の目〟のミホークもまた、七武海の一角を担う男であること。

 

「すげーっ!! あんなのが7人もいんのかよ!! 7ぶかいってスゲェ!!」

 

 ミホークの圧倒的な強さはルフィも目の当たりにしている。いずれ敵になる相手だとしても、あのレベルの相手が7人もいるとなると驚くのは無理も無かった。

 

「この七武海に〝海侠〟のジンベエってのがいやしてね。魚人海賊団の船長なんすよ」

「魚人かー。まだ会ったことねェなー」

「このアーロンって奴が魚人なんだろ? 手配書見る限りは」

 

 主に鼻の部分を見ながらサンジが言う。

 ヨサクは頷き、そこが問題なんす、と深刻な顔をする。

 

「元々フィッシャー・タイガーって男が船長を務めてたんすけど、この男が〝黄昏〟に入ってから魚人海賊団はいくつかに分裂したんす」

「〝黄昏〟……っつーと、あの〝黄昏の海賊団〟か?」

「そうっす。ラジオで有名な、あの」

「へェ」

 

 流石にその辺りは知ってるのか、サンジは目を丸くして驚いた。

 〝バラティエ〟にいた頃にもラジオは時々聞いていた。ラジオ受信用の電伝虫はそこそこ値が張るため、サンジ個人の持ち物では無いこともあって時々しか聞けなかったが。

 それに〝黄昏〟とは数は少ないが取引も時々している。珍しい食材もあったのでサンジの印象に残っているのだ。

 しかしそこは本題ではない。

 

「あっしらが向かっているのは〝アーロンパーク〟! かつて、七武海の一角であるジンベエと肩を並べた男のいる場所っす!!」

「わしを呼んだか?」

「そう、アンタの名を……」

 

 ふと、3人の誰でも無い声が聞こえた。

 3人はきょろきょろと周りを見渡すと、海面から誰かが顔を出す。

 魚人だ、とヨサクが叫んだ。

 ルフィたちよりも随分大柄で、肌の色も何もかも……何より種族が違う相手がそこにいた。

 

「ジ、ジ、ジ──ジンベエ!!? なんでここに七武海が!!?」

 

 ヨサクは腰を抜かし、半泣きで後ずさる。

 ルフィとサンジは慌てることなく、海面から顔を出して船の縁に手を置くジンベエを見る。

 ジンベエは特に暴れる様子もない。少なくとも、襲いに来たようには見えなかった。

 

「おお、驚かせたか、スマンな。美味そうな匂いがしたのでつられてしもうたわい」

「何ィ!? 肉はやらねェぞ! これはおれのだ!」

「張り合うなよ。飯が食いてェってんならちょっと待ってろ、何か作ってやるよ」

「いやいや、それには及ばん」

 

 3人が乗っている船は小型だ。ジンベエが乗るには少々小さすぎる。

 なのでジンベエは船には乗り込まず、船の外から縁に手を置いたまま話し続ける。

 

「お前さんらにちょいと尋ねたい。この辺りでアーロンと言う男が活動していると噂を聞いたが、何か知らんか?」

「ああ、おれ達もそいつに用があるんだ。だろ、ヨサク」

「いやまァ、方向は同じっすけど……アーロンに関係あるかどうかはまだ」

 

 船と宝を持って逃げたナミを追いかけているだけで、逃げた先がアーロンの活動圏と言うだけだ。まだ関係性は明らかになっていない。

 別にいいだろ、とルフィは言う。

 旅は道連れと言うし、すぐ近くの目的地まで一緒に移動するのも悪くはない。

 

「折角だし、一緒に行けばいいじゃねェか。おれ達も丁度向かうところなんだ」

「そうか。道案内までして貰えるならありがたい」

 

 船には乗り込めないので並走するらしい。大した距離では無いので問題はないとジンベエは言う。

 食事も終え、波は穏やかでやることも無い。釣りをしようにも道具も無いため、必然的に暇を持て余すことになる。

 

「なー、サンジ。ラジオねェのか?」

「ねェよ。あれ意外と高ェんだぞ」

「何? この辺だと高いのか?」

「結構値が張る代物だが……〝偉大なる航路(グランドライン)〟じゃ違うのか?」

「あれは大量生産して売っているはずじゃ。値段は割安な方だと思っておったが……」

 

 〝東の海(イーストブルー)〟はそもそも〝黄昏〟の勢力圏とは言い難い。流通が少ない分値が張っているのだろう。

 使っているのは普通の電伝虫と同じものだが、電伝虫も人間が使えるよう機械をくっつけただけの生き物である。ラジオを聞くために1日中付けっぱなしにしておくとすぐ駄目になってしまうので、3匹を同じ機械につなげて自動でローテーションするようになっていた。

 それでも普通の電伝虫3匹分の値段だが……技術料も上乗せされているのでだいぶ高い。

 

「そういう事もあるのか……これも経験、じゃな」

「ルフィ、おめーの船にはラジオあんのか?」

「ああ。船貰った時についでに貰った」

 

 ルフィたちの本船である〝ゴーイングメリー号〟はウソップの故郷で手に入れたものだ。

 ウソップの幼馴染、カヤに海賊の襲撃事件を解決した礼として貰ったもので、当たり前のようにラジオも載せてもらっていたため値段など気にしたことも無かった。

 まぁ自分で買うことになっても値段など気にしないが。

 

 

        ☆

 

 

 そうしているうちにルフィたちは目的の島に辿り着いた。

 でかでかと〝アーロンパーク〟と書かれた建物がまず目に入り、「よし乗り込もう」と気合を入れるルフィをヨサクが必死に止める。

 

「待ってくださいよルフィの兄貴!! まず!! ゾロの兄貴たちと合流!! それが最優先っす!!!」

「あそこに乗り込んでるんじゃねェのか? あの剣士、喧嘩っ早そうだったしよ」

「いやァ、流石に兄貴も怪我人ですし、そこまで無茶はしないと思いやすけど」

 

 サンジとヨサクがそう話しつつ、アーロンパークを通り過ぎて近くの村の傍にある桟橋へと船を着ける。

 遠目にメリー号が見えるが、ひとまずゾロたちと合流するためには村に近い方が良いと判断したのだ。ヨサクが。

 ジンベエも真っ直ぐアーロンパークへは向かわず、まずはアーロンがこの島で何をしているのか情報を集めたいと言い、ルフィたちと共に村へ入った。

 

「しかしお前さんたち、海賊じゃったのか」

「ああ、ちょっと前に立ち上げたばっかりだ」

「とすると、まだ懸賞金は無しか……まァ海賊の一人や二人、見逃したとて何を言われるでもないが」

 

 ここに来るまでの道中、ルフィとジンベエは仲良くなっていた。ルフィの首に懸賞金が付いていれば見逃すことも出来なかったかもしれないが、幸か不幸かまだ懸賞金は付いていない。

 それに一般市民に害をなすようなタイプにも見えなかったので、ジンベエは自分の一存で目を瞑ることにした。海賊は嫌いだが目の前の男たちがそれほど悪い男には見えなかったこともある。

 それに、目的のアーロンはすぐ近くにいる。別の用事を抱える暇もない。

 サンジとヨサクが次はどう動くかと相談していると、ルフィがふと村を歩く人を見る。

 見覚えのある後ろ姿──加えてふと横を向いた際の()()()で探し人だと気付いた。

 

「お、あれウソップじゃねェか!? おーい、ウソップー!!」

「ん? おお、ルフィ!! 丁度良かった、お前らもここに──って何ィ!!? なんで魚人が一緒なんだ!!?」

 

 ギョッとした顔で目玉が飛び出る程驚くウソップ。

 ルフィの倍近い体格のジンベエに気圧されたことと、先程危うく殺されかけたこともあって魚人に対して警戒感が先に出ていた。

 

「お前さん、ルフィの仲間か?」

「お、おおおおおおうよ!! おれ様こそは八千人の部下を持つ勇敢なる海の戦士!! 人呼んでキャプテ~~~~ン・ウソップ!!!」

 

 ウソップは膝を笑わせながら精一杯の見栄を張る。

 ジンベエは特に突っ込むことは無く、「知っている限りでいい、この村──この島について教えてくれんか」と頼み込む。

 気勢を削がれたウソップは目を丸くしながらジンベエを見る。

 

「お、教えてくれって……アーロンの仲間じゃねェのか?」

「わしとアーロンは兄弟分じゃが、今は違う道を歩んでいる……最近になってアーロンの悪い噂が流れて来たのでな。確かめる意味でもここに来たっちゅう訳じゃ」

「なるほど……」

「そういやゾロはどこだ?」

「ゾロなら()()()がこの村……ココヤシ村に送ったって──」

 

 辺りをきょろきょろと見回すルフィにウソップはそう言いつつ、ゾロはアーロンパークにいた魚人たちを軒並み切ってしまったことと、タコの魚人が「ゾロがアーロンを探している」と言っていたことを思い出す。

 サーっとウソップの顔色が悪くなった。

 

「こうしちゃいられねェ! ゾロの奴、アーロンパークに殴り込んでるかもしれねェ!!」

「なんだ、そうなのか? じゃあ話が早ェな!」

「オメェもやる気満々かよ!?」

 

 ウソップとしては何とか戦いは回避したい気持ちで一杯なのだが、何はともあれゾロと合流しないことには話にならない。

 ウソップが走り出してルフィとサンジとヨサクも続き、事情が掴めないジンベエも一緒に走って追いかける。

 

「……アーロンめ、あまり良いことはしておらんようじゃのう」

 

 ちらちらとジンベエを盗み見る人々の視線は、恐れや怒りが混じっている。

 この分だと、きっとろくなことをしていないだろう。

 ともあれ、事情を一通り聞かねば何の判断も出来ない。今はルフィと共に行動するのが良いだろうと考え、ジンベエは足を動かす。

 そうしてココヤシ村からアーロンパークへと走っていると、誰かがこちらへ向かって走ってくるのが見えた。

 

「あ、ゾロだ」

「ゾロ!! 無事だったか!! アーロンパークへ向かうのを思い留まってくれたんだな!!」

「ルフィ! 着いたのか!! ──で、なんでウソップと一緒にいるんだ。お前らアーロンパークから来たのか?」

 

 話がかみ合わない。

 ゾロはウソップを含むルフィたちがアーロンパークから来たと思っているし、ルフィたちはゾロがアーロンパークへ行くのを止めて戻ってきたと思っていた。

 互いに首を傾げていると、道沿いの林からヨサクの賞金稼ぎ仲間、ジョニーが現れた。

 

「ウソップの兄貴!! 生きてたんすね!! おれァてっきりナミの姐貴に殺されたもんだと……!!」

「おお、無事だったか兄弟! ところでなんでゾロの兄貴はアーロンパーク方面から来てたんだ?」

「お前も無事なようで何よりだ兄弟! ゾロの兄貴なら途中で近道しようとして道に迷って逆走したんだよ」

 

 ジョニーはゾロが道に迷って逆走したところをばっちり見ていたので間違いなかった。

 そういう事か、とウソップは安堵した。

 もし一人で襲撃を掛けていたとなれば死んでいたかもしれない。普段ならまだしも今は大怪我を負った怪我人だ。

 

「なんだ迷子か」

「ふいー、迷子で助かったぜ」

「誰が迷子だ!!」

「いやオメェだよ」

 

 ともあれ、互いに無事で良かったとゾロとウソップが安堵する。

 次に質問するのは、やはりジンベエに関することだった。

 

「なんで魚人が一緒なんだ?」

「ん~~、なりゆき」

「成り行きィ?」

「でもまァ間違ってねェからな。アーロンってやつに用事があるらしいが、その前にこの辺の事情を知っておきたいとかなんとか……」

 

 ジンベエの詳しい事情は誰もわからない。

 アーロンに関係することらしいが、ルフィたちとは関係するかどうかもわからないことだ。

 ジンベエは「わしの事より自分たちの事情を優先してくれ」と言っているが、ルフィたちもナミと会ってみるまでは何とも言えない状態である。

 ルフィはジョニーの方へ視線を向ける。

 

「とりあえずアーロンパークってとこにナミはいるんだろ?」

「さっきまでは。ウソップの兄貴が刺されて海に突き落とされた後まではわからないっすけど……」

「ウソップ、お前ナミに刺されたのか!?」

「刺されてねェよ! 見りゃ分かんだろ!」

 

 どこをどう見ても全くの無傷である。ジョニーは先程ナミに刺されているところを目撃しているので首を傾げているが、ウソップは簡単に説明した。

 ナミに庇われた、と。

 ああしていなければ、ウソップは確実にアーロンに殺されていた。

 

「じゃあ、ナミはウソップを助けたのか」

「そうなる。あいつがアーロンと一緒にいるのも事情(ワケ)があるとおれは見てる」

「なるほどなー」

 

 わかったのかわかってないのか良くわからない反応をするルフィ。

 全員が道端に座り込んで話していると、見覚えのあるオレンジ色の髪の女性が現れた。

 今まさに話題にしていた女性、ナミである。

 片手に棒を持ち、威嚇するように見せつけている。片手は素手だが、もう片方の手は黒い手袋をしていた。

 ナミの視線が見覚えのない魚人のジンベエに向けられるが、どうせアーロンの仲間だろうと当たりを付けて忌々しそうに睨みつけて視線を逸らす。

 どうしてルフィたちと一緒にいるのか、などと考えている余裕すら、今の彼女には無かった。

 

「お、ナミ!」

「……呆れた、ここまで追いかけてくるなんて。船が大事なら返してあげるから、さっさとこの島から出て行って」

「何言ってんだ。お前はおれの仲間だろ! 迎えに来た!!」

「大迷惑! 何が〝仲間〟よ……笑わせないで。くだらない()()()()の間違いでしょ」

 

 吐き捨てるように言うナミ。ルフィはその剣幕にキョトンとした顔をしている。

 ルフィの後ろではサンジとゾロがあれこれと言い争っているが、ルフィはそちらに見向きもしない。

 

「私はお宝が目当てでアンタたちに近付いたの。一文無しのアンタたちなんて何の価値も無いわ。早く消えて」

 

 どうあれ、ナミがルフィたちのお宝を盗んで逃げたことは事実。そのことをどうするのかと、その場の全員がルフィの判断を待つ。

 

「お宝はまァ、いいよ。それよりおれは仲間の方が大事だ」

「何度も何度も……私はアンタたちの仲間なんかじゃない!! さっさと消えろ、目障りなのよ!!!」

「兄貴、どうするんすか……?」

「そうっすよ兄貴! こんな何するかわからない()()みたいな女より、他に航海士見つけた方が良いんじゃ」

 

 魔女、と口にしたジョニーに対してナミがジロリと視線を向けた。

 

「私の事を〝魔女〟って呼んだ? その呼び方は止めて。アーロンが一番嫌う呼び方なのよ。どこの誰とも知らない人のせいで私に怒りの矛先が向くんだから、たまったものじゃないわ」

 

 以前に同じようなことがあったのか、ナミはイライラしながら言い放つ。

 ナミの様子をじっと観察するウソップとジンベエは、何かを隠していることまではわかってもそれ以上の事はわからない。

 この島の事情にも深く関わっているのだろう。

 どうする、と誰もが視線を交わす中、ルフィは胡坐をかいていた状態からいきなり後ろに倒れた。

 

「ルフィ!?」

「どうした!」

「ねる」

「寝るゥ!!?」

 

 あわや敵かと構えたゾロとサンジは、ルフィの放った言葉に驚愕する。

 

「島を出る気はねェし。この島で何が起きてるのかも興味ねェし。ちょっと眠いし」

 

 道のど真ん中でそんなことを言い出したルフィに、ナミは遂に怒りの頂点を迎えた。

 

「勝手にしろ!!! 死んじまえ!!!」

 

 怒りのままにルフィに暴言を吐いたナミは、そのままココヤシ村の方へと歩き去っていった。

 その後ろ姿を見送り、ひとまずどうしようもないとゾロとサンジは近くの木の根元に腰を下ろす。

 ウソップとジンベエも同じように道の脇へと移動し、道のど真ん中で眠るルフィを見る。

 ジョニーとヨサクは所在無さげにしており、どうする、と二人でコソコソ話していた。

 

「お前ら、どうするんだ。おれ達は船長があれだ、しばらくは動けねェ。アーロンが怖ェなら逃げたって文句は言わねェぞ」

「そ、そうっすか……?」

「色々込み入った事情がありそうっすけど……そうっすね。あっしらもアーロンにみすみす殺されたくはねェ」

「それじゃ兄貴、短い付き合いでしたが、また会える日を楽しみにしてるっす」

「おう、達者でな」

 

 二人はここまでだと、ココヤシ村の方へと移動する。

 ルフィを除く四人はしばらく動けない。アーロンパークに乗り込むにしても、この島の状況を知るにしても、船長であるルフィがこの状態のまま放っておくわけにはいかないだろう。

 かと言って、まだ結成して日の浅い海賊団である。何か話題があるわけでもなかった。

 寝こけるルフィを見て、木に背を預けるジンベエは小さく笑う。

 

「……お前さんらの船長は大物じゃな」

「……七武海にそう言って貰えるとは思わなかったぜ」

「この状況で寝られるのは大物だけじゃろう。大した肝の据わりようじゃ」

「まァそれくらいやってくれなきゃ船長交代だ」

「良く言うぜ、〝鷹の目〟に散々やられたくせによ」

「あァ?」

 

 サンジの軽口にゾロがぴきりと額に青筋を浮かべる。

 ゾロが言い返そうとする前に、慌てたようにジンベエが割り込んだ。

 聞き捨てならない言葉が混じっていたからだ。

 

「待て待て、今〝鷹の目〟と言ったか? お前さん、あの男と戦って生き残ったのか!?」

「ああ、まァな……負けた勝負だ。あんまり吹聴するようなことでもねェ」

「いや、十分誇れることじゃろう。あの男と戦って、どれだけの剣士が生き残れるか……」

「お前も同じ〝七武海〟だろ? 同じくらい強いんじゃねェのか?」

「馬鹿を言うな。七武海の中でも〝鷹の目〟は別格に強い……その男と戦って生き残っただけでも幸運と言える」

 

 伊達に〝世界最強の剣士〟とは呼ばれていない。

 その実力はやはり別格であると知ると、ゾロはにやりと口角を上げる。

 

「ハッ、倒す相手としちゃ不足ねェな。それくらいじゃなきゃ張り合いもねェ!」

「負けてもなお挑む気概を持つか……お前さんも大物じゃな」

 

 呆れたように零すジンベエ。

 〝鷹の目〟の実力はジンベエも良く知っている。〝赤髪〟との決闘の話はある種の伝説とさえ言われているほどだ。

 どうあれ、生き残って再び挑もうとするだけの気概があるのなら大物になれるだろうとジンベエは思っていた。

 敗北を糧に出来る者はそう多くない。

 

 

        ☆

 

 

 その後、どうするでもなく雑談していると、ナミの姉──ノジコが現れた。

 青い髪と刺青が特徴的な女性だ。ナミと顔は似ていないが、聞けば同じ人に拾われただけの義姉妹だと言う。

 

「なんで魚人がアンタらと一緒にいるのかは知らないけど……お願いだからこれ以上この島に関わらないで。事情は話すから、話を聞いたら大人しく島を出な」

 

 ルフィは興味が無いと島を散歩するためにうろつき、ゾロは話を聞くと言いながら即座に寝た。

 残る三人は事情を知るためにもノジコの話に耳を傾ける。

 過去は変えられない。

 知ったところで何になるでもないが……それでも、ナミを仲間にするというルフィに、ひいてはルフィ率いるウソップ達にも無関係では無いし、別の事情でこの島に訪れたジンベエも知っておくべき話だった。

 


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