ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百四十話:後始末

 ──アーロンパークが倒壊していく。

 ルフィとアーロンの激しい戦いの末、耐えきれなくなった建物が崩壊したのだ。

 建物の下敷きになるような位置には誰もいなかったが、ルフィとアーロンは倒壊に巻き込まれている。

 戦いを見守っていたココヤシ村の村人やルフィの仲間たちは、瓦礫の中から立ち上がったルフィを見て安堵した。

 元よりルフィはゴム人間。倒壊の末に瓦礫に押し潰されても、それで圧死することは無い。

 

「ナミ!!! お前は、おれの仲間だ!!!」

 

 瓦礫の上に立ったルフィはそう勝利宣言し、アーロンとの戦いは終わった。

 喜び浮かれる村人たちを前にルフィは笑い、フラフラの足取りで瓦礫の山から下りていると、その男が現れた。

 

「チッチッチッチッチ!! そこまでだ貴様らァ!!」

 

 海兵だ。

 〝正義〟の文字を背負った男がニヤついた笑みを浮かべ、部下を引き連れてずかずかと歩み寄っていく。

 

「今日は何と言う大吉日(ラッキーデー)! まぐれとは言え、まさか貴様らのような無名の海賊に魚人共が負けるとはなァ!!」

 

 裏でアーロンと繋がっていた海兵──海軍第16支部大佐、ネズミは幸運だと言う。

 アーロンに渡すはずだった金も、アーロンパークに蓄えられた金品も、全ては本部に報告するネズミの手柄となる。

 莫大な金額だ。思い浮かべるだけで笑いが止まらないと、ネズミはニヤニヤとルフィを見ていた。

 

「必死に頑張ってご苦労なことだ。だがこの手柄、この私が全て貰う!!」

 

 高らかにそう宣言すると、ネズミは背後から現れたジンベエに首根っこを掴まれて持ち上げられた。

 ギョッとした顔でジンベエを見ると、ネズミは「は、離せ!!」とじたばた暴れはじめる。

 しかしジンベエの顔は怒りに染まっており、ネズミがどれだけ必死に引き剥がそうとしてもびくともしない。

 

「なんじゃァ貴様……!! この島の者たちが喜んでおるところに、水差すつもりかァ!!」

「き、きさま……!! 魚人がまだ残っていたのか!? クソ、役立たず共、こいつを撃て!! 早くしろ!!!」

「し、しかし……」

 

 部下の一人が、顔面を蒼白にしながらネズミに抗する。

 何かの際にその顔を見たことがあった。

 こんな田舎の、辺境の海にいるはずが無いと、そう思いながらも──目の前の男が、新聞で見たことのある七武海だと理解してしまっていた。

 

「こ、この男……〝海侠〟のジンベエです……!」

「ジンベエだと!? 馬鹿言ってんじゃねェ!! 七武海がこんなクソ田舎の海にいる訳がねェだろうが!!!」

「田舎だろうが何だろうが、わしがどこにいようがわしの勝手じゃろうが!!」

 

 あっという間にボコボコにされ、腫れ上がった顔を晒すネズミ。

 部下もネズミの指示で戦いはしたが、当然ながら戦いにすらなっておらず……負傷者の山が出来上がっていた。

 ココヤシ村の者たちにとっては倒すべき魚人がもう一人現れたというべき状況だったが、ルフィたちは誰もジンベエと戦おうとしないので困惑する。

 ネズミたちを縛り上げて動けなくしたのち、ジンベエは胡坐をかいて座り込んだ。

 そして、深々と頭を下げる。

 

「ルフィ君、この度は迷惑をかけた。何より、ココヤシ村の皆さんにゃァ詫びの言葉すら見つかりません。本当に、申し訳無い」

 

 ココヤシ村の村人たちは誰もが顔を見合わせ、事情を何となく聞いているゲンゾウとノジコが前に出た。

 二人はジンベエがアーロンを止めに来たことと、アーロンに代わって詫びようとしていることを村人に説明する。ジンベエはその間変わらず頭を下げたままであり、ルフィたちはジンベエ達の問題だとして首を突っ込むことはしない。

 やがて説明が終わると、ゲンゾウとノジコはジンベエの方へと向きなおる。

 

「それで、アンタはこれからどうするの?」

「アーロンは彼らが倒してくれた。我々はそれ以上の事は望まないが……」

「アーロンたちはわしが引き取ります。監獄に入れたほうが良いと言う方もおるでしょうが、海軍支部もこのザマ……わしが見張った方がええと、そう判断した次第です」

 

 支部にある監獄などでアーロンを抑えつけることなど出来るはずもない。海底監獄インペルダウンに入れてもいいが、人間と魚人の融和の象徴として七武海に就いたジンベエとしては兄弟分がインペルダウンにいるのは外聞が悪い。

 この立場はジンベエのためのものではなく、魚人島のためのものだ。自分の勝手で外聞を悪くするわけにはいかなかった。

 

「数日ほどで迎えの船が来ます。それまではわしがこの馬鹿共を見張りますんで、どうか安心していただきたい」

「……そうか。では、そうさせてもらおう」

 

 ジンベエの事は解決したと見たのか、村人たちは一斉に駆け出してアーロンパークが落ちたことを島中に報せに行った。

 残ったのはルフィたちとゲンゾウ、ノジコだけだ。

 

「ところで、こいつらどうするんだ?」

 

 ゾロがくいっと指差したのは、先程ボコボコにされて伸びている海兵たちである。

 船はあるようだが、これだけの暴挙を働いておきながらお咎めなしと言うのも腹に据えかねる話であった。

 特に母親の形見でもあるミカン畑を荒らされ、海賊から盗んで貯めた一億近い金を奪われたナミは怒り心頭だ。

 ネズミの顔に水を被せて叩き起こし、その頬を引っ張る。

 

「いででで!! な、なにすんら小娘!!」

「うるさい! あんたたちはこれからゴサの復興の手伝い、アーロンパークの片付けをするの!! それからアーロンパークにある金品には一切手出しをしないこと!! あれは村のお金なの!!」

 

 それから、とより強く頬を引っ張るナミ。

 

「私のお金返して!」

「返すっす返すっす」

 

 もうやけくそと言わんばかりの様子で、船に積み込んだままであることを明かすネズミ。

 ジンベエが船を取りに行き、ナミはアーロンパークの湾内に船を着けるや否や、中へと入って金品を検める。

 その後、全てのお金を取り返してニコニコ顔のナミへと言いにくそうにジンベエが声をかけた。

 

「……あー、お前さん」

「何?」

「言いにくいんじゃが……この海兵どもは復興支援や片付けは出来んと思うぞ」

「? なんで? 手伝わせればいいじゃない」

「いや……まァ、なんじゃ。近くアーロンたちを連れて行くための船が来る。そうなると、どうあれ海軍本部にも情報が行くじゃろう」

 

 つまり、ネズミはこの時点でクビだ。それに付き従った部下たちも何らかの処罰があるだろう。

 これだけのことをやらかした以上、ココヤシ村にネズミを受け入れるつもりがあるはずもない。職無しになったネズミはどうしようもなくなり、晴れて海賊の仲間入り、という訳だ。

 そのことを察したナミとサンジ、ウソップは「あー……」と納得したような声を出し、ゾロとルフィは何もわかってない顔をしている。

 ゲンゾウとノジコは肩をすくめており、「それじゃ仕方がない」と言わんばかりだ。

 

「労働力としては当てにならないって訳ね……それはちょっと参ったわね」

「わしも滞在中は手伝おう」

「それは素直に助かるわ。人手も足りてないからね」

「なに、迷惑をかけた詫びじゃ。これくらいはせねばな」

 

 今は皆、アーロンから解放された喜びで一杯だろう。その後の事を考えるのはもう少し後でもいい。

 ルフィたちも深手を負っている。怪我の治療をせねばならない。

 ジンベエはアーロンたちとネズミたちを見張るためにアーロンパークに残ると言い、ルフィたちを見送った。

 

 

        ☆

 

 

 その夜。

 死なないよう応急手当をしていたアーロンが目を覚まし、ジンベエの顔を見て酷く驚いた顔をする。

 

「ジンベエ、の兄貴……!!」

「目が覚めたか」

「……なんで兄貴がここにいるんだ」

「お前さんらが馬鹿な真似をしていると噂を聞いたのでな。わしの手で止めねばならんと思ってここまで出向いた」

 

 もっとも、必要無かったようじゃがなとジンベエは言う。

 ギロリと睨みつけるアーロンだが、満身創痍の状態では掴みかかることさえ出来ない。

 ぼちぼち他の魚人も目覚め始めており、誰もがジンベエの姿を見て驚いていた。

 アーロンは横になったまま、ルフィに負けたという事実を呑み込むために静かに空を見上げていた。

 

「……麦わらの野郎を倒したとしても、兄貴が後ろに控えてたって訳か」

「そうじゃな」

「どのみち行き止まりだったんだな。クソが」

 

 横になったまま吐き捨てるように呟くアーロン。

 その姿を見て、ジンベエは一つだけ気になっていたことを訊ねる。

 

「お前さん、何故タイの兄貴の言葉を理解しようとせなんだ」

「……人間と共に歩めって? 馬鹿言ってんじゃねェよ」

 

 フィッシャー・タイガーの事は好きだ。尊敬する兄貴分として、今でも仲良くしたいとは思っている。

 だが、彼の所属する〝黄昏〟は嫌いだ。尊敬する兄貴分を引き抜き、人間と魚人の融和を謳っている。

 

「おれ達は人間を〝悪〟と言われて育った。それは兄貴も同じだろ。知ってるはずだぜ。過去、人間がおれ達魚人に対して何をしてきたのか……人間は、人間と言うだけで罪深い」

「過去にばかり目を向けるな! わしらは〝今〟を生きておる! タイの兄貴も同じじゃ。あの人は誰よりも未来を見据えて動いておる!!」

「今でも同じだ! 人間は魚人や人魚を高値で買って奴隷にしようとする!! クソッタレの天竜人がタイの兄貴に何をしたのか、アンタだって知ってるはずだぜ!!!」

 

 〝タイヨウの海賊団〟を解散して結成しなおす際、タイガーは己の過去を船員たちに話している。

 誰もがその過去に驚き、怒りを露にしたが……他ならぬタイガーが怒りを収めたことで矛を収めざるを得なかった経緯がある。

 虐げられた本人が赦しているのに、第三者が勝手に怒るのは筋違いだからだ。

 しかし、アーロンは納得していなかったのだろう。

 敬愛する兄貴分に対して言葉にするのも憚るようなことをしていた天竜人も、アーロンから見ればただの人間だ。

 それまでに培った知識である〝人間という種の愚かさ〟を下地に、際限なく膨れ上がった憎悪は結果的に最悪の形でタイガーの望みを邪魔している。

 

「〝魔女〟のクソ女もそうだ! あいつ程信用ならねェ人間も他にいねェ!! 一度はタイの兄貴を見捨てておきながら、自分に都合よく動くと知った途端に掌返して近付いて来やがった!!」

「タイの兄貴があの人の船を下りたのは自らの意思じゃ! よく知りもせん癖に、軽々しくあの人を貶めるような口を利くな!!」

 

 アーロンの胸倉をつかみ、威圧するジンベエ。

 至近距離で睨み合う二人は、しかし殴り合いに発展することは無く。

 ジンベエは手を放し、背を向けて座りなおす。

 アーロンは傷が痛むのか、顔をしかめながらも再び横になる。

 僅かな沈黙の後、アーロンが静かに口を開いた。

 

「……あの女ほど政府中枢に近しい海賊をおれは知らねェ。それで兄貴の状況に気付かねェわけがねェだろうが」

「…………」

「結局、人間なんざそんなもんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……それも、お前の想像に過ぎん」

 

 冷静に考えれば、神ならぬ人の身で全てを知りえるはずが無いとわかりそうな話だった。

 しかし、ジンベエとアーロンにとって〝魔女〟と呼ばれる女は想像の埒外にいる怪物である。世界中に手駒を置き、あらゆる海から物資や情報を集める彼女であれば──あるいは、タイガーの状況を知り得たのではないかと言う疑問が拭えない。

 直接訊ねてしまえば解決するのかもしれないが、言いくるめられる可能性は十分にある。曲がりなりにも世界政府の最高権力者と政治的な駆け引きを行える人物だ。ジンベエは口で勝てる気がしなかった。

 

「タイの兄貴があの人を信頼するなら、わしもそうするまでじゃ。わしにとっても大恩のある人に違いはない」

「ハッ……好きにしろよ」

 

 それきり、アーロンは黙ってしまった。

 怪我の事もある。疲労もあったのだろう。眠ってしまったようだった。

 

「…………」

 

 ジンベエは夜空を見上げ、静かに考える。

 もし。

 もしも、タイガーの状況にいち早く気付くことが出来ていれば……アーロンもここまで拗らせることは無かったのかもしれない、と。

 原因を他人に押し付けるような話だ。ジンベエは頭を振ってその考えを打ち消し、眠ることにした。

 夜の海は危険だ。海兵であっても魚人であっても、下手に海へ逃げることは無いだろう。

 数日は監視をしなければならない。体力はなるべく温存しておいた方が良いと判断しての事だった。

 

 

        ☆

 

 

 次の日。

 〝黄昏の海賊団〟の海賊旗を掲げた船がアーロンパークの入り口に停泊していた。

 ジンベエは目を丸くして驚き、船から誰かが降りてくるのを見る。

 眼鏡をかけた長身の男だ。きっちりと着込んだスーツと言い、七三分けに撫でつけた髪と言い、几帳面な様子がわかる。

 

「ジンベエさんですね?」

「あ、ああ……タイの兄貴に言われてきたのか? 随分早かったのう」

「いえ、私は〝偉大なる航路(グランドライン)〟から来たわけではありません。こういう者です」

 

 胸ポケットから取り出したケースから一枚の紙を出し、ジンベエに渡す。

 ジンベエはそれを受け取って確認すると、〝東の海(イーストブルー)統括支部長〟と書かれていた。

 

「統括支部長!? 〝東の海(イーストブルー)〟で一番偉い役職じゃろう!?」

「ええ、まァ。とは言え、ほとんど肩書だけのものですよ」

 

 他の海ならまだしも、〝東の海(イーストブルー)〟はそれほど取引の量は多くない。こうして暇潰しに出歩くことも多々あった。

 トップからして割と自由にあちらこちらを行ったり来たりするので、その辺は寛容なのだ。

 

「フィッシャー・タイガー氏の要請でアーロン率いる魚人海賊団を移送……という事ですが、一般人の住む島にいつまでも置いておくわけにはいかないので、ひとまず支部の方へ移送します」

「なるほど、それは助かる」

「海兵の方は……まァ海軍本部へ連絡は入れますので近いうちに何かしらの動きはあるでしょう」

 

 ネズミはその言葉を聞いてびくりと体を震わせていた。

 彼がいた支部はしばらく要監視対象になるだろう。本部から人員が配置される可能性もある。

 海軍の名に傷をつけた罪は重い。相応の処分があってしかるべきと考えるべきであった。

 支部長にとっても海軍に対して使えるカードが増えるのは嬉しいことだ。

 

「船に乗せましょう。連行してください」

 

 支部長の男は部下たちに指示し、次々に船へと乗せていく。全員負傷者だ。特に反抗的な意思も無いらしく、大人しく連れられている。

 多少は反抗的な態度を取ると思っていたのか、支部長はやや拍子抜けした顔で「随分大人しいですね」と言葉を零す。

 

「何かあってもわしが何とかするつもりではおるが……船にはアーロンを抑えられる人員はおるか?」

「六式使いが数名居ます。能力者ではありませんが、十分でしょう」

 

 むしろ海上で魚人の相手をする場合を考えれば能力者では無い方が好ましい。

 六式使いなど〝偉大なる航路(グランドライン)〟でも本部大佐以上の海兵か政府の諜報員くらいしか使い手がいない。その人員を〝東の海(イーストブルー)〟に配置している時点でどれだけ潤沢な人員がいるのか推して測れるというものだ。

 もっとも、海軍のように治安維持を目的として戦力を配置しているわけでは無いので、一概には判断出来ないのだが。

 

「村の方にも挨拶をしておきましょう。村はどちらにあるかご存じですか?」

「うむ、船で行けるのでわしが案内しよう」

「助かります」

 

 海兵と魚人海賊団を全員船に乗せ、ココヤシ村へと舵を切る。

 海兵たちの乗ってきた船もあるが、そちらは別の人員を乗せて曳航(えいこう)する。

 ルフィたちの乗る〝ゴーイングメリー号〟も近くにあるが、それと比べると〝黄昏〟の船はガレオン船だけあって非常に巨大だった。

 ココヤシ村ではアーロンたちが倒れたことを祝してパーティが行われており、そこへ非常に目立つ船が寄港したので当たり前のように目立っていた。

 

「うはー、でっけー船だなー!」

 

 一際興奮した様子のルフィが騒いでおり、村人も何事だと桟橋近くへと集まってきた。

 支部長とジンベエは船を下りて、ひとまず村人へ説明を始める。

 〝黄昏〟の船であること。

 アーロン率いる魚人海賊団と海兵たちを連れていくこと。

 それと、タイガーから迷惑をかけたお詫びという事で金銭が支払われること。

 

「お金? お金など……」

「良いじゃないゲンさん、貰っておこうよ。色々と入用なんだしさ」

 

 アーロンに壊滅させられたゴサの町の復興資金も必要だし、アーロンパークの撤去だってタダでとはいかない。

 ゲンゾウもそれはわかるのか、ジンベエから「わしらからのお詫びじゃ。受け取ってくれ」と言われて渋々受け取りのサインをしていた。

 相当な金額だったらしく、思わずゲンゾウが目を擦って金額を何度か数えなおすほどであった。

 

「こ、こんなに貰っていいのか!?」

「タイガー氏のポケットマネーです。私からは特に何も言う事はありません」

「兄貴、こんなに金持っとったのか……」

 

 思わずジンベエもそう零す。

 人手が必要なら〝黄昏〟に金を払えば手配すると説明しており、こうやって経済を回しているのかとジンベエが感心する。

 アーロンを捕らえた功労者であるルフィはと言えば、特に興味が無いのか道の端で仲間たちと座っていた。

 ジンベエはそちらに行き、改めて礼をする。

 

「お前さんたちには世話になった。これからどうするつもりなんじゃ?」

「そうだなァ……仲間もそろったし、〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入って世界一周だな!」

「目指すは〝海賊王〟か。豪気なもんじゃ……であれば、必ず魚人島を通ることになるじゃろう。わしも魚人島を拠点にしておる。ついた時には一報入れてくれ、案内しよう」

「魚人島!!?」

「なんだサンジ、知ってんのか?」

「知らねェ奴なんかいねェよ! 深海の楽園、美しい人魚たちのいる海の都……行かない選択肢はねェ!!」

 

 興奮するサンジを尻目に、ジンベエは「人魚はともかく」と話を続ける。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟は〝赤い土の大陸(レッドライン)〟で二つに区切られておる。ここから前半の海に入って、後半の海に入るには魚人島を通らねばならん」

「そうなの? でも深海なんてどうやって……」

「船ごと海に潜るんじゃ。やり方はまァ、行ってみればわかるとして……その直前にシャボンディ諸島と言うところで情報を集めればええ」

 

 ナミの疑問にジンベエは淀みなく答える。

 魚人である彼ならばその身一つで移動も出来るが、人間にとって深海を移動するのは非常に難しい。

 ある程度ルートを示しておく必要があった。

 その前にジンベエは一つ尋ねる。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟について、どのくらい知っておるんじゃ?」

「偉大な海」

「〝鷹の目〟のいる海」

「海の戦士がいるところ」

「オールブルーがあるところ」

「……この船、大丈夫かしら」

「うーむ……大丈夫ではないのう……」

 

 ナミとジンベエは思わず頭を抱えていた。

 実際に何度も〝偉大なる航路(グランドライン)〟を渡ってきたジンベエである。必要な情報を話しておかねば、この一味はすぐにでも全滅しかねないと思っていた。

 なので、支部長に頼んでとある品を用意して貰う。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟に入る海図は持ってるのよ」

「バギーから奪った奴か」

 

 ナミが取り出した海図を見てゾロが反応する。

 ジンベエはそれを見て頷き、海図があれば早いと真ん中の山を指で示す。

 

「ここから山を登って入るんじゃ」

「山ァ!?」

「なんで海に入るのに山を……?」

「わしも実際に利用したことは無いが、ここには運河があると聞いておる。そこを越えれば〝偉大なる航路(グランドライン)〟じゃ」

「船が山を登るのか。不思議山だなー」

 

 「そこから必要になるのがこれじゃ」、とジンベエは記録指針(ログポース)を取り出す。

 ナミを含めて全員が首を傾げた。

 

「何それ?」

記録指針(ログポース)っちゅうもんでな。これに島の磁気を記憶させることで次の島へ辿り着ける」

「普通の羅針儀(コンパス)じゃ駄目なの?」

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟の島々はそれぞれが鉱物を含んでおる。行けばわかるが羅針儀なぞ使えんわい」

「そうなんだ……事前に聞いててよかったわ」

 

 記録指針(ログポース)は通常、〝偉大なる航路(グランドライン)〟の外で手に入れるのは難しい代物だが……アーロンの件での礼として、とジンベエからプレゼントしていた。

 気候、海流、風……とにかく何から何まで常識の通用しない海だ。十分に気を付ける様にと、ジンベエは念を押す。

 特に、と語気を強めるジンベエ。

 

「〝黄昏〟の船には絶対に手を出してはならん」

「そりゃ出すつもりもないけどよ、そりゃまたなんでだ?」

「強さもそうじゃが、〝黄昏〟はこの海以外では多くの物流を担っておる。()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃ」

「そこまでか?」

 

 〝東の海(イーストブルー)〟ではそれほど存在感があるわけでは無いため、ルフィたちは誰もピンと来ていないらしい。

 サンジは出身こそ違うが、当時は幼かったのでそれほど詳しくも無かった。

 だが、ジンベエの言う事ならと胸に留めておく。好き好んで敵を増やす必要も無いのだ。

 

「そうじゃな……とりあえずはこれくらいか。後は実際に行ってみて感じればええ」

 

 口で説明しても、肌で感じないことには分からないことも多い。彼らならきっと大丈夫だろうと判断し、ジンベエはそのくらいで話を切り上げる。

 支部長とゲンゾウの話も終わったらしく、支部長はミカンを食べながらジンベエを待っていた。

 

「……何食べとるんじゃ?」

「ノジコさんの作ったミカンだそうです。おひとついかがですか?」

「ほう、いただこう」

 

 皮をむいて実を一つ口に入れる。

 甘さと酸っぱさが丁度いい。気候に恵まれているから質の良いミカンが出来るの、とノジコは胸を張っていた。

 一つ食べ終えると、支部長はハンカチで手を拭いて一つ提案する。

 

「ふむ……こちら、ある程度量を確保出来るならうちで買い取りますが、どうですか?」

「え、買い取り?」

「ええ。これだけ質の良いミカンなら他所の島でも売れるでしょう」

 

 ぱちぱちとソロバンを弾いて「このくらいの金額で」とノジコに提示する。

 ノジコは金額を見て目を丸くした。

 安く買い叩くつもりかと警戒していたが、島で売るよりもずっと高い金額だったからだ。

 

「こんなに!?」

「不満ですか?」

「い、いや、不満ってことはないけど……でも、良いんですか?」

「構いません。利益は確保出来る範囲です」

 

 安く買って高く売る、は商売の基本だ。

 ココヤシ村はそれほど他の島との交易は無いようだし、タイガーからの迷惑料と言う資金も入った。品質は十分だと確かめたので、多少色を付けても問題はない。

 今ではそれほど無いが、海賊に襲撃されて島にお金が無いので交易が出来ない、と言う場合もある。

 アーロンパークの片付けやゴサの復興で〝黄昏〟の人員をある程度駐留させることを考えれば、安全面では他の島よりも高いし、何より島民からの好印象があった方が仕事はしやすい。

 

「問題なければ契約書にサインをお願いします」

「おっさん、ナミの姉ちゃんからミカン買ってんのか」

「おっさんではありません。私はまだ二十代です」

 

 契約書を穴が空くほど見て確認するノジコとナミを尻目に、ルフィが支部長へ話しかけていた。

 この程度の無礼には慣れているのか、ルフィの言葉を軽く受け流している。むしろ横で聞いているジンベエの方がハラハラしていた。

 ノジコがサインするまでの間は暇なためか、支部長はルフィの方へと視線を向ける。

 

「君は海賊なんですか?」

「ああ。海賊王になる男だ」

「海賊王に。なるほど……時に、アーロンを倒したのは貴方だと聞きましたが」

「ああ。おれがぶっ飛ばした」

「フルネームは?」

「モンキー・D・ルフィ」

 

 ぶふっ、と支部長が噴出した。

 目を見開いてルフィの顔を見る支部長。上から下まで一通り観察すると、何かを考えるように顎に手をやって空を見る。

 

「……ふむ。もしや、お爺さんは海兵?」

「げっ! おっさん、爺ちゃんの事知ってんのか!?」

「おっさんではありません。この界隈にいて知らない海賊がいる訳ないでしょう」

 

 フルネームまでは覚えていないかもしれないが、その名前は海賊であれば誰もが知っている。

 孫がいることは知らなかったが、彼も人だ。年齢的に子供や孫がいても何ら不思議ではないため、支部長は納得したような顔を見せる。

 アーロン以外に倒した海賊の名前を聞くと、〝東の海(イーストブルー)〟ではよく聞く名前ばかりだったので再び驚く。

 〝道化〟のバギー。

 〝百計〟のクロ。

 〝海賊艦隊提督〟ドン・クリーク。

 〝ノコギリ〟のアーロン。

 錚々たる面々だ。東で最も強い海賊が目の前の青年であると判断してもいいほどに。

 

「海軍がどこまで掴んでいるかはわかりませんが、その面々を倒したと知っていれば3000万は固いでしょうね」

「何がだ?」

「懸賞金ですよ。海賊なら指名手配されてもおかしくはないでしょう」

 

 指名手配、と言う言葉ににわかに騒がしくなるルフィたち。

 おおむね好意的に受け入れているようだが、ナミだけはお気楽な仲間たちに対して呆れているようだった。

 海賊としては、船長に懸賞金がかけられるのはある種の箔が付くことと同義だ。この金額なら本部の海兵も動くだろうし、それを退けることが出来るなら大成することもあるかもしれない。

 初頭の手配で3000万というのは異例の部類だが、支部長は初頭で3億を超える懸賞金をかけられた人を知っているのでそれほど驚きはなかった。

 

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟に行くのでしょう? 君たちの航海が良いものであることを願っておきます」

「おう、ありがとな! おっさん!」

「おっさんではありません」

 

 ともあれ、支部長の用事は終わった。ノジコも契約書にサインをしたことで、しばらくは交易でココヤシ村も騒がしくなるだろう。

 ジンベエはアーロンパークの片付けを手伝うことが出来なくなったことを申し訳なく告げていたが、ゲンゾウは大丈夫だと笑っていた。

 実際、何の知識も無い村人とジンベエだけでやるよりも〝黄昏〟が専門の業者を連れて来た方が作業は早く進む。

 ジンベエと支部長は船に乗り込んだ。

 

「じゃあな、ルフィ君! また会おう!」

「おう、またな! ジンベエ!」

 

 大きく手を振りながら別れの声をかけるジンベエとルフィ。ココヤシ村の人々やルフィの仲間たちも桟橋近くで見送りをしている。

 〝偉大なる航路(グランドライン)〟を進めば再会する時が来る。その日を楽しみに、二人は見えなくなるまで手を振り続けていた。

 

 

        ☆

 

 

 その二日後の明朝、ルフィたちはココヤシ村を後にした。

 次に向かうのは〝偉大なる航路(グランドライン)〟……と行きたいところだったが、諸々の必要物資の購入や〝処刑台〟を見たいという声が上がる。

 それ故に、次の目的地は〝ローグタウン〟──別名を〝始まりと終わりの町〟と呼ぶ島へと変更し、舵を取った。

 

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