ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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ミンク組の二人称が間違ってたので前話をちょっとだけ修正してます。
ちょくちょく忘れるので気を付けます。


第百四十六話:雪に覆われた島

 〝ルネス〟を出航し、〝ドラム王国〟へ向かい始めて一日が経った。

 それほどの距離は無いためか、既に気候は安定して寒く、船には雪が積もっている。

 ナミの容体は相変わらず悪く、ひとまず死の危険は無いとしても早急に治療をしなければ何らかの後遺症が残る恐れもあった。

 

「なー、あとどれくらいで医者の所に着くんだ?」

「この船の速度ならあと一日から一日半といったところか。焦っても船の速度は変わらないぞ」

 

 船首の上であぐらをかくルフィは、記録指針(ログポース)を見て進路を確認する代理航海士のペドロへと質問をぶつけていた。

 ペドロは流石に年季が違うためか非常に落ち着いており、焦りは禁物だとルフィを諭す。

 

「あの航海士はゼポが診ている。少なくとも一日二日で命を落とすことは無いと判断しているんだ。ゆガラはむしろ()()()()のことを考えておいた方が良い」

「着いた後?」

「医者を探すんじゃねェのか?」

 

 ルフィとウソップが共に首を傾げてペドロへと疑問をぶつける。

 海賊だから医者を探しても上手くいかない、などと言う話ではないらしく、ペドロは「何と言うべきか」と説明に苦慮しつつ話し出した。

 

「〝ドラム王国〟とは医療大国と呼ばれている国だ。医術に関しては他国よりも抜きんでていると言っていい」

「じゃあ医者もいっぱいいるのか?」

「それがそうでもない。近年、国王が〝医者狩り〟を始めたんだ」

 

 王国にいるのは城の医療機関に在籍するわずか20人の医者のみ。それ以外の医者はほぼ全員が国外追放となっている。

 どうしてそんなことをしたのか、理由は定かでは無いが……市民にとってはこれ以上無いほど迷惑な政策だ。

 なので、ドラム王国に行ったところで医者が見つけられるかと言うと難しいという他にない。

 海賊が王国お抱えの医者に診て欲しいと頼んだところで受け入れてもらえるはずもないからだ。

 

「じゃあ駄目じゃねェか!? 別の島に行くべきじゃねェのか!?」

「慌てるな。大多数の医者は捕まったが、捕まってない医者が少なくとも一人いる……聞いた話ではもう140近い婆さんらしいが」

「140!? そっちが大丈夫かよ!?」

 

 病人よりも先に天に召されないかと思うような高齢である。ウソップのツッコミも止む無しであった。

 

「どのみち物資の補充も必要だ。ルネスでは食料も手に入らなかったのだろう?」

「あー、サンジがそんなこと言ってたな。食い物が無いのは困るよなー」

 

 主にエンゲル係数を跳ね上げている張本人のルフィがそんなことを言う。この男が夜中に忍び込んで盗み食いをするものだから食料の減りが異常に早いのだ。

 共犯のウソップは「食い物は大事だよな」としたり顔で頷いている。

 食料もそうだが、ナミの治療をするためには薬品も必要だ。医者が見つからない最悪の状況でも、アラバスタまでは持つようにしなければならない。

 ビビの護衛であるイガラムとの合流もあるのだし。

 

「やることは多い。ゆガラも船長ならしっかり把握しておけ」

「おう!」

 

 

        ☆

 

 

 ペドロの想定通り、メリー号はおよそ一日と少しでドラム王国へと辿り着いた。

 雪に覆われた冬島だ。ナミの事はあるものの、それはそれとして新しい冒険に胸を躍らせるルフィはいつもの恰好で感激していた。

 短パンに赤いベストに草履。見ている方が寒くなるような格好である。

 ウソップに突っ込まれると案の定「寒っ!?」と言い出して服を取りに船内へ戻っていく。

 防寒着を着込んだウソップ達と違い、ゼポとペドロは比較的軽装だった。

 

「おめーらは着こまなくていいのか?」

「ペドロはジャガーのミンクだから多少は着込むが、おれは白熊のミンクだからな。ゆガラたちと違って分厚く着込む必要はねェ」

 

 自前の毛皮があるので寒さにはめっぽう強い。

 逆に言うと暑いのは苦手なので、アラバスタは苦手な部類の島なのだが。

 

「ミンクって言うと、お前らの種族の事か?」

「ああ。おれたちはミンク族って種族でな。偉大なる航路(グランドライン)後半の海にある〝ゾウ〟って国の出身だ」

「能力者って訳じゃねェんだな」

「まァ珍しいのは自覚してるが、能力者じゃねェよ。れっきとした種族さ」

 

 子供からお年寄りまで、年齢に関わらず高い戦闘力を持つ生まれながらの戦闘種族でもある。

 ゼポとペドロも例に漏れず非常に高い戦闘力を持っている。

 見た目が二足歩行するジャガーや白熊なのでマラプトノカの軍勢と戦っている際には間違えて攻撃しようとしてしまったほどだが。

 

「あの時は悪かったな」

「構わない。混乱した戦場だった」

 

 ペドロは言葉少なにゾロの謝罪を受け取り、マラプトノカと言う脅威を思い出すように空を見る。

 

「あガラは近年勢力を拡大し続けている商人でな。どこから手に入れたのか、あるいは作ったのか……奇妙な兵器を使う」

「武器に悪魔の実を食べさせてたやつか」

「あれは本当にここ最近の話だな。まだ実験段階なのだろう」

 

 だが、あれはあれで疑問点は多い。

 相当数の兵器があり、それら全てに悪魔の実を食べさせていることがそもそも奇妙なのだ。

 悪魔の実の能力者は一つの時代に一人。同じ能力者が現れることはあり得ない──だが、彼女の作った兵器の群れには同じ動物と思しき存在が複数確認出来た。

 黄昏が多くの悪魔の実を占有している現状、あれほど多数の能力者を抱えていることも疑問と言えば疑問でもある。

 どうやってあれだけの悪魔の実を手に入れたのか。

 どうやって同じ能力者を作り出したのか。

 挙げれば疑問は尽きない。

 

「裏社会では人造悪魔の実、などと呼ばれているモノも出回っているらしいが……まァ真偽は不明だな」

 

 ペドロたちはペドロたちで目的があって動いていたのでそちらの動きはあまり知らない。時折噂を耳にするくらいだ。

 話をしている間にドラム王国のすぐ近くまで辿り着いていたので、港ではない船を停められそうな場所を探して上陸することにした。

 同じことを考えていた海賊がいたのか、先客がいる。

 

「か、海賊だ! どうするルフィ!?」

「どうもしねェよ。ナミの事の方が先だろ」

 

 焦ったウソップがゾロの後ろに隠れながらルフィにどうするか尋ねるが、ルフィは特に焦った様子もなく優先順位を決める。

 ナミの事が最優先。食料などに関してはサンジに任せるとして、ルフィとペドロたちは一先ずナミを背負って街へ行くことにした。

 ペドロは先客の海賊が掲げている海賊旗を見て顎をさすっている。

 

「あの海賊旗……」

「見覚えがあるのか?」

「ああ。あちらもこちらに気付いたようだが、特に攻撃の意思はないようだ」

 

 船番にゾロを残してビビとカルーを含む全員で街へと繰り出す。

 ビビたちが一緒なのは下手に船に残すよりもペドロたちと一緒にいたほうが安全と言う理由からだ。

 イガラムたちが先に到着している可能性もある。イガラムの顔を知っているのはビビだけなので、街にいた場合判別出来るのがビビだけだからと言う理由もあった。

 ルフィがナミを背負い、雪道を辿って街を目指す。

 人はそれほど通らないようだが、真新しい雪には足跡がくっきりと残っている。先ほど見た海賊のものだろう。

 

「なるべく騒ぎを起こさないのが基本方針だ。この国は世界政府加盟国で黄昏ともある程度取引がある。下手に騒ぎを起こすと治療どころではなくなるからな」

「わかった」

 

 ペドロの言葉にルフィが深く頷く。他の事はどうあれ、ナミの治療が間に合うかどうかは非常に重要な問題だ。ルフィとしても無視は出来ない。

 道中で誰かとすれ違うことも無く、一番近い街へと辿り着く。

 街、と言うよりも規模を考えると村と言った方が正しいのかもしれない。

 小規模な家が寄り集まっているだけの集落だ。

 

「村だ! 医者がいるか聞いてみよう」

「ゆガラ、おれの話を聞いていなかったのか!?」

 

 医者はいない。城に勤めている20人だけだ。と言う話を思い出したのか、駆けだそうとしたルフィは足を止めた。

 だが、少なくとも一人は国外追放になっていない医者がいる。

 医者狩りにあっていない医者は市民たちにとっても貴重だ。国王軍に情報を渡すことは無いだろうが、果たして海賊に情報を渡してくれるものか。

 

「ひとまず話をしてみるしかない。誰が行く?」

「おれ達が行ってくる。オメェらはここにいろ」

 

 サンジとウソップが率先して村の中へと入っていく。ビビも一緒に行こうとするが、ペドロに止められた。

 

「ゆガラの身は誰よりも優先して守る様に言われている。ひとまず安全を確認できるまではここにいて欲しい」

「でも、私だってこの船にお世話になっている身よ! 何もせずに待っているだけだなんて……!」

「何もするなと言う訳じゃない。()()()()()()()()()()。ゆガラはまだ、もう少しだけ後に出番が来る。それだけの話だ」

 

 ペドロはそう言ってビビを宥め、村の外縁部でウソップとサンジが戻ってくるのを待つ。

 程なくして村から誰かが出て来た。

 ウソップとサンジではない。かと言って村の人間でもないようで、大きな箱を抱えて数人でルフィたちの方向に向かって歩いて来る。

 ここから通じる道は先程船を停めていた場所だ。ルフィたちとは別の海賊なのだろう。

 

「……ん?」

 

 普通に見逃しそうになったが、荷物を運ぶ数人の中に白熊が交じっている。

 ルフィとビビは思わずゼポの方を向いて確認するが、ゼポはちゃんと隣にいた。

 

「ん? どうした?」

「いや、あれ……」

 

 村の外の雪景色を眺めていたゼポはルフィが指差す方を見てあんぐりと口を開ける。

 

「……ベポ!?」

「え? なんでおれの名前……兄ちゃん!?」

「「兄ちゃん!?」」

 

 ルフィとビビはベポと呼ばれた白熊の言葉に驚いて再びゼポの方を見た。

 ゼポは既に走り出しており、ベポもまた荷物を置いて駆け出していた。

 そのまま二人は駆け寄って抱き合うと、「兄ちゃん!」「弟よ!」と互いに再会を喜びあっていた。あちらの仲間たちも状況が良く分からずあんぐりと口を開けたままである。

 ビビはペドロの方を向くと、「あれは一体……」と抱き合う二人を指差す。

 

「あれはゼポの弟のベポだな。あガラも海に出たのだろう……目的は分からないが」

「そうだ! なんでゆガラがここにいる!? ゾウにいるはずじゃねェのか!?」

「えへへ。おれ、兄ちゃんを探してゾウを飛び出したんだけど、色々あって〝北の海(ノースブルー)〟に行っちゃって」

 

 そこで地元の人たちと仲良くなって海賊にまでなったんだと照れ笑いをしながら説明をするベポ。

 思わぬところで再会した兄弟だが、事情はどうあれ互いに海賊になっている辺りは血の為せる技なのだろうか。

 何はともあれ、船員の兄弟なら邪険にする必要も無いと、ベポの仲間たちはルフィたちの方へと歩いて来る。

 ベポとゼポは二人で色々と話している。

 

「あー、なんだ。ベポの兄貴が世話になってる海賊団、ってことで良いのか?」

「まァ間違っては無い、のかしら」

「ああ、世話になっていることは間違いない。そちらは?」

「ベポとはガキの頃からの知り合いでね。一緒に色々旅してる」

 

 海賊を名乗り始めたのは何年か前だが、偉大なる航路(グランドライン)には入ったばかりなのでルフィたちと同期になる。

 船長はこの場にはいないらしい。

 

「おれたちは〝トラファルガー海賊団〟だ。そっちは?」

「麦わらの一味。船長はこっちの麦わら帽子をかぶった男だ」

「よろしくな!」

 

 ペドロがルフィの代わりに紹介し、ルフィはにかっと笑って握手を交わす。

 背にナミを背負っている事に気付いて疑問を抱いたようだが、ナミのぐったりした様子を見て事情があるのだろうと口を出すのは止めた。

 

「トラファルガー海賊団と言うと、(ノース)の〝トラファルガー兄妹〟が率いる海賊団か。さっき見た海賊旗からして間違いないだろう」

「お、おれ達の事知ってんのか? 有名になったもんだ。なァシャチ!」

「そうだな!」

「ペドロ、知ってんのか?」

「それなりに有名だな。新人(ルーキー)の中では懸賞金も割合高めだったはずだ」

 

 船長であるローは2000万を超えている。金額で見ると大型ルーキーと言っても過言では無い。

 妹のラミには懸賞金は掛けられていないが、二人は常に一緒に行動するのでローの懸賞金の何割かはラミの危険度も併せてのものなのだろうと考えられていた。

 

「ふーん。お前らも〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟を狙ってんのか?」

「そりゃあ海賊やってるなら狙うさ。馬鹿にされることも多いけど」

「そっか。じゃあライバルだな。海賊王になるのはおれだけど」

 

 トラファルガー海賊団の船員、シャチとペンギンはルフィの言葉に目を丸くする。

 馬鹿にするでもなく、笑うでもない。自分こそが海賊王になると自然に口にした目の前の男に驚いた。

 

「……ああ。ライバルだな!」

「うちのキャプテン舐めんなよ! 絶対海賊王になるからな!」

 

 強気なルフィに対し、二人もまた負けじと言い返す。

 バチバチと視線がぶつかり合っていたところで、ペドロが三人の間に割り込んだ。

 

「済まないが、聞きたいことがある。この島でまだ捕まっていない医者が一人いたはずだ。何か知らないか?」

「医者? あー、なるほど」

 

 ナミの方をちらりと見て、ペンギンが困ったように頭を掻く。

 

「おれもあんまり詳しくはねェんだけど……でも、その件なら知ってる。お前ら運が悪かったな」

「……どういうことだ?」

 

 気の毒そうな顔をするペンギンに嫌な予感がするペドロ。

 どうか外れていて欲しいと思いながらも、ペドロは尋ねた。

 

「捕まったんだってさ、その最後の医者。つい昨日の話だ」

 


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