ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第十五話:〝この出会いは運命だ〟

 

 ──この出会いは、きっと運命だ。

 大海賊時代が幕を開ける、その十年前の出来事。のちに〝海賊王〟と呼ばれる男と、〝雷帝〟と呼ばれる少女の最初の出会い。

 

 

        ☆

 

 

 冷えた空気の中で大きく深呼吸をし、早朝の霧が濃い海の中で朝を迎えたことを実感する。

 今日も寒いな、と見張りに立っている船員に声をかけ、冷たい水で顔を洗う。

 ぼさぼさの金髪をかき上げ、オールバックに纏めて甲板へと戻る。

 

「霧が濃いな。大丈夫か?」

「あァ、この辺りには岩礁もないはずだし、大丈夫でしょう」

「そうか、ならばいいが……ん?」

「どうしました、副船長」

 

 副船長と呼ばれた男は、船の淵に立って真下を見る。

 船の横っ腹に小さい流氷がぶつかったのか、と小さく聞こえた音の正体に納得し、船体に傷がないことに安堵する。

 流氷にぶつかって穴が開いては水が入り込んで沈むこともある。気を付けろよ、と見張りに声をかけて剣を片手に流氷へと飛び降りた。

 このままにしておくわけにもいかず、破壊しておこうと思ったためだ。

 

「……これは」

 

 飛び降りた流氷に乗っていたのは、全身血塗れで倒れた一人の少女だった。

 ふむ、と顎をさすって脈を測り、かろうじて生きていることを確認する。だが傷を見る限りかなり拙い。

 加えてこの寒さ。低体温症になりかかっている。すぐに手当てせねば手遅れになるだろう。

 

「おい、部屋を開けろ! 怪我人だ!」

「怪我人? こんな海のど真ん中に!?」

 

 抱き上げて船に戻った男は血塗れの少女を船室へと運び、テキパキと傷を手当てしていく。

 頭部からも血が出て顔がよくわからなかったが、手ぬぐいで拭いてみればかなりの美人だとわかる。

 黒曜のように艶のある長い黒髪。整った顔立ち。白磁を思わせる白い肌。シンプルなドレスは傷だらけで左腕は骨が折れている。

 もうこの服は着られないだろう、というレベルで破れているし、ほとんどぼろきれと言って差し支えなかった。

 

「おう、どうした朝っぱらから! 変な奴を拾ったって聞いたがよ!」

「うるさいぞ」

「遭難者らしい。これだけ傷だらけとなると、海賊にでも襲われたのか」

 

 俺たちが言えることじゃねェな、と笑う。

 ある程度の応急処置は終わった。ぱっと見で大きな傷といえば左腕の骨折くらいだが、肋骨も何本か折れているようだ。こちらも手当はしたが、少女は中々起きない。

 しばらくは休ませてやれ、とぞろぞろと集まってきた船員を散らし、朝食にすることにした。

 そのうち目を覚ますだろう、と。

 そうして一度部屋から出て、皆が朝食に向かったことを確認し、一人部屋へと戻る。

 ベッドの横に立ち、男は声をかけた。

 

「起きているんだろう。あまりおおごとにはしたくなさそうだったから、他の連中には外に出て貰ったが」

「……気付いていたのか」

「それだけ警戒されていれば嫌でも気づく。海賊なら手負いの女性にも乱暴する輩はいるから、その警戒心は間違っているとは思わんがね」

「この状態でお前たち全員を相手にするのは面倒だからな。一人ずつ殺すつもりだった」

「それは怖い」

 

 小さく笑みを浮かべ、男は椅子に座って話を続ける。

 カナタはベッドから起き上がろうとしたが、肋骨が折れていて痛みに顔をしかめ、起き上がることを諦める。

 そのさい服を脱がされて下着の状態で包帯を巻かれていることに気付いたが、さして気にせず、それでも胸元までシーツを寄せる。

 

「おれはシルバーズ・レイリー。君の名を聞かせてほしい」

「……カナタ」

「ではカナタ。君は何故この冬の海を漂流していた?」

「漂流していたわけじゃない。とある島から逃げていたら、傷がひどくて途中で倒れただけだ」

「なるほど……怪我をした原因を話すつもりはあるか?」

 

 首を横に振る。

 すべてを話すつもりはなかった。

 そうか、とレイリーは頷き、それ以上を追求することはなかった。

 

「腹が減っただろう。かなり弱っているようだから、消化のいいものを取ってこよう」

「……感謝する」

「なァに、君は将来美人になる。おれは美人に目が無くてね」

 

 笑いながら部屋を出ていくレイリー。

 部屋の中で目をつむり、カナタは静かに一人考える。

 

(ひとまず生き残ったか……センゴクめ、捕縛すると言いながら殺す気でやったな)

 

 体全体に鈍痛が走っている。疲労感もすさまじく、しばしの休息が無ければまともに動くことさえままならないだろう。

 致命傷だけは避けたが、放っておけば死んでもおかしくない出血量だったのは確かだ。近くの籠に入れられているボロボロの服を見ればよくわかる。

 レイリーに抱き上げられた時点で意識を取り戻してはいたが、体がろくに動かなかったために好きにさせていた。欲情されることはよくあるが、レイリーからはそういった感情をあまり感じ取れなかったことも理由の一つだ。

 ついでに言えば、船内に潜り込んだ方が後々始末もしやすいだろうと思ったこともある。

 

(しかし、シルバーズ・レイリー……となると、この船は)

 

 そこまで考えたところで、扉が勢いよく開けられる。

 

「おう! 目が覚めたか!」

 

 麦わら帽子をかぶった精悍な顔つきの男がどかりと椅子に座る。

 その後ろからレイリーが食事を持って部屋に入り、カナタのベッドの横に台を持ってきてその上に置く。

 

「おれはゴール・D・ロジャー! 海賊だ!」

「……噂は聞いているよ。ロジャー海賊団」

「そうか! おれたちも有名になったもんだ。なァレイリー!」

 

 がははと笑うロジャーに対し、レイリーは肩をすくめる。

 カナタはゆっくりと体を起こし、レイリーが運んできた食事に手を付ける。見聞色でも悪意は感じられなかったため、食事に毒も入っていないだろうと判断した。

 下着姿のままというのも不憫に思ったのか、レイリーは大きめのシャツを持ってきてカナタの背にかける。

 シャツの前を適当に閉じてゆっくり食事をし、その間にロジャーからいくつか質問が飛んでくる。

 

「お前どっから来たんだ?」

「拠点としているのはマルクス島だ。先日までは花ノ国にいた」

「花ノ国からこの辺りまでってなると、結構な距離だぞ。どうやって移動してきたんだ?」

「海の上を歩いて」

 

 冗談だと思ったらしく、ロジャーもレイリーもカナタの言葉を笑って「そんなバカな」と否定する。

 だが、マルクス島が拠点ということでレイリーには心当たりがあったらしい。

 

「あそこを拠点にしているというと、最近評判のジョルジュ商会の関係者か? 花ノ国とも取引が増えて行き来が頻繁におこなわれていると聞く」

「……耳聡いな。私はそこで働いている」

「ってなると、船が海賊か何かに襲われたか?」

「いや……そういうわけじゃない」

 

 一晩あけた今、情報がどれだけ飛び交っているのかもわからない。

 流石に昨晩のことが今日の朝刊に載るというのも考えづらいが、相当額の賞金首になっている可能性は十分にある。

 海賊の前で高額の賞金首が弱っているとなれば、名を上げるために殺される可能性だってある。彼らがそうだとは思わないが、カナタは警戒を解くことが出来なかった。

 ロジャーは警戒しているのを感じ取ったのか、少しだけ真面目な顔で話す。

 

「話しづらいなら話さなくても構わねェ。何ならマルクス島まで送ってやってもいい」

「……随分と親切だな?」

「最近は特にやることねェからな」

「海賊が不景気なのは我々にとって良いことだ」

「そりゃそうだ!」

 

 膝を叩いて笑うロジャー。喜怒哀楽の表現がいちいちオーバーなこの男を見ていると、ついカナタの口元も緩むというもので。

 それを見たロジャーとレイリーは顔を見合わせてまた笑う。

 ずっと気を張っていたカナタの緊張がほぐれたと感じたのか、ロジャーは更に軽口を叩く。

 

「笑うと可愛いじゃねェか! しかめっ面してねェで笑えよ、嬢ちゃん」

「……私は十五だ。嬢ちゃんなどと呼ばれる年ではない」

「おれ達からすれば十分ガキんちょだぜ」

「そうとも。何があったのかは知らんが、我々は君を害したりはしない。そんなに気を張る必要などないのだ」

「海賊に言われてもな」

「わはは、それもそうだ!」

 

 騒がしい食事を終え、部屋の外からちらちらとこの部屋のことを探ろうとしている者がいることに気付く。

 レイリーはそれを諫めるために一度部屋を出ていき、部屋の中にはカナタとロジャーだけが残った。

 

「……マルクス島には向かわないほうがいい」

「そりゃまたなんでだ?」

「あそこは今海軍本部の軍艦が網を張っているだろう。お前たちも、海賊なら下手に相手をしたくはないはずだ」

 

 笑っていたロジャーの顔が真剣になる。

 顎をさすり、じっとカナタを見て「嘘を言ってるわけじゃねェらしいな」と呟いた。

 

「だが、なんで海軍本部の軍艦が?」

「私を捕えるためだろう。世話になってありがたいとは思うが、あまり関わりすぎると海軍本部に追われることになるぞ」

「構わねェよ、今更。こちとらガープの野郎に嫌って程追いかけまわされてんだ」

 

 ロックスを倒したと噂される、海軍の英雄ガープ。それに追いかけまわされてなお未だに捕まっていないのだから、実力は本物なのだとわかる。

 実際、見聞色で感じ取っても満身創痍のカナタでは手も足も出ずに負けるだろうとわかるほどだ。

 にやりと笑みを浮かべ、ロジャーは言う。

 

「お前、おれの仲間にならねェか?」

 

 カナタは目を丸くした。

 

「…………断る」

「何でだ? 追われてんだろ?」

「追われているが、私にはまだ残っている仲間がいる。彼らを見捨てることはできない」

「そうか、なら仕方ねェな」

 

 いやにあっさりと引き下がるロジャー。

 彼も「仲間のため」というところに何かしら思うところがあるのだろう。

 

「じゃあどこに向かう? 合流場所は決めてんのか?」

「オハラへ向かってくれ。近くまで行けば合流は出来るだろう」

 

 オハラの近海で合流すると打ち合わせをしておいたが、現地に行くまでは合流できるかわからない。

 大雑把な合流地点だが、下手にどこかの島で合流すると関連を疑われて世界政府が来る可能性もある。だから本来ならオハラへは近寄ることもしたくなかったが──どうしても、別れを告げたい相手がいた。

 

「よし、オハラだな。任せろ──野郎ども! 出航だ!

 

 にやりと笑ったロジャーは扉をあけ放ち、一路オハラへ向かうと船長権限で決めた。

 特にどこに向かうという目的はなかったためか、レイリーを含む船員たちは文句も言わず船の方向を変え始める。

 気のいい船乗りたちに助けられた幸運を、今更ながらに感謝したい気持ちでいっぱいになった。

 

 

        ☆

 

 

 オハラまでそう遠い距離ではなかった。

 船で二日ほどというところで、その間ロジャーの船員は皆こぞってカナタの病室を訪れていた。

 男ばかりで華がないというのもあったのだろうし、レイリーがカナタを拾った次の日の新聞に大々的に手配書が載っていたからでもある。

 

「わはははは!! まさかお前みたいなガキんちょが三億を超える賞金首とはな!」

「全くだ。世の中わからんな」

 

 天竜人を殺し、センゴクを含む護衛の軍艦を足止めしてつけられた額は実に三億八千万ベリー。

 何故か花ノ国で大暴れして港一つを全壊させたのもカナタのせいになっていた。あれはイシイシの実の能力者のせいなのだが、どこかで情報がねじ曲がったらしい。

 世界政府お得意の情報操作だろうとカナタは気にも留めなかったが。

 

「私の仲間を奴隷として引き渡せと言われたのだ。頭にきて護衛ごとぶち殺した。センゴクと戦った際には流石に死ぬかと思ったがな」

 

 事実、レイリーに拾われていなければ死んでいてもおかしくないくらいの傷だった。

 命の恩人である以上、いずれ恩を返したいところではあるが。

 

「センゴクと戦って無事に生きてる時点でスゲェよ、お前は。やっぱうちの海賊団に入らねェか?」

「断ると何度言わせる。私を待っている仲間がいるんだ、彼らを見捨てられない」

 

 指先に小さい氷を作ってデコピンで弾く。

 ロジャーの額にコツンと当たって床に落ち、コロコロと転がってレイリーの足元で氷が止まる。

 

「悪魔の実か。珍しいな」

「この辺りの海にそうそういるものではないからな。偉大なる航路(グランドライン)では珍しくもないと聞くが」

「そうか? そんなにみたことはねェがな。おれ達の運が悪いだけか」

 

 ロジャーたちが主に活動しているのは偉大なる航路(グランドライン)の後半の海、新世界と呼ばれる海だ。

 〝白ひげ〟や〝金獅子〟をはじめとして多くの能力者がいる海だが、ロジャーはそれほど多くの能力者と出会ったことはないらしい。

 

「運次第だろうな。私は仲間と合流した後偉大なる航路(グランドライン)に入る予定だ。またいずれ会うこともあるだろう」

「そん時は敵同士だなァ」

「命を救って貰った恩がある。お前たちと戦おうとは思わんよ」

 

 恩は返す。困ったことがあれば連絡しろと電伝虫の番号だけ渡しておくことにする。

 連絡が来るとも限らないが、これで縁が完全に切れるということもないだろう。

 か細い縁でも、つながっているならいつかまた出会うこともある。

 

「そろそろオハラだ。どの辺に船があるかわかるか?」

「適当にうろついていれば子電伝虫の電波圏内に入るだろう。すぐにわかる」

 

 だが、その前に一度やっておくことがある。

 カナタは貰った服を着て船の淵に立ち、改めてロジャーへと礼を言う。

 

「ありがとう。お前たちのおかげで死なずに済んだ」

「気にすんな! また会う日を楽しみにしてるぜ」

「ああ、いつかまた会うときも、我々は君を歓迎しよう」

 

 なんだかんだと仲良くなったため、ロジャーの船員たちも名残惜しそうにしている者がちらほらといる。

 カナタは小さく笑い、あまり長居をすると別れられなくなると感じて島を前に船から飛び降りた。

 

「えェ!? お前能力者だろ!? 泳げないんじゃ──」

「え、おいあれ……海の上を歩いてる!?」

「私は〝ヒエヒエの実〟の氷結人間だ。海の上を歩くことくらい訳はない」

「そ、そうか……ひやひやさせやがって……」

 

 船の淵に一気に集まり、海の上を普通に歩いているカナタを見て驚く面々。

 心臓に悪いな、などと言いながら安堵のため息を一斉に漏らす。

 その光景を見てまた笑い、カナタはオハラへと歩を進める。島が見えているのだから、それほど時間はかかるまい。

 最後に一度だけロジャーの方を振り返り、別れの言葉を告げた。

 

「さらばだ。次は偉大なる航路(グランドライン)で会おう」

「おう! その時はもう少し良い女になってろよ!」

 

 余計なお世話だと思いながらも、カナタは手を振って反転していくロジャー達を見送り、自身はオハラへと向かう。

 おそらく、もう会うことは無くなるだろうクローバー博士などの知り合い……そして、オルビアに別れを告げるために。

 




ロジャー海賊団の情報が断片的にしかないのでほぼほぼ想像で補ってます。
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