ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百四十八話:トニートニー・チョッパー

 トラファルガー海賊団の船である潜水艦の船内にて、ローは熱心にメモ帳に何かを書き留めていた。

 船室をノックしたラミの事にも気付いておらず、ラミはまたかと言わんばかりの顔で勝手に部屋へ入ってローへ声をかける。

 

「お兄様、またやってるの?」

「ラミか。ノックをしろといつも言っているだろう」

「したよ。お兄様が気付かなかっただけ」

 

 肩をすくめてベッドの上に腰かけるラミ。

 ローは特に気にした様子もなく、手元のメモ帳へ筆を走らせ続ける。

 いつものことだ。訪れた国のことをなるべく多く書き留め、情報を共有するためのもの。

 

「この国、他よりはマシなところもあるけど……やっぱり、王様が酷いね」

「そうだな。あの王さえいなければどうにかなったことも多いだろう」

 

 いくつかの村を見て回ったが、どこの村にも似たような痕があった。

 焼かれた上で何かに齧られたような痕のある家や、歯型のついた道具。ドラム王国国王であるワポルのやったことだと皆口をそろえて言うが、人間の所業には見えなかった。

 国王ワポルが能力者だとドラゴンから情報を受け取っていなければ、ローも信じられなかったことだろう。

 

「世界政府加盟国で、世界会議(レヴェリー)に出られるような国でさえこの始末だ。世の中ロクなもんじゃねェな」

「海賊の方がまだマシってこと、結構あるもんね」

 

 革命軍としての立場から言えば海賊は敵であるが、ローとラミ個人から言えば海賊の中でも〝黄昏〟は別だ。

 何しろ命の恩人であるし、世界中どこを探してもこれだけ手広く経済に貢献している組織も無い。

 海賊と呼ぶのも不思議な気分になる。

 報告のためのメモをあらかた書き終え、内容を精査していると、廊下からバタバタと騒がしい音が聞こえて来た。

 

「キャプテン! キャプテ~ン!!」

「ベポか。騒がしい奴だな」

 

 ローは部屋のドアを開けて顔を見せると、「あ、キャプテンいた!!」と近付いて来る。

 

「どうした? 何かあったのか」

「麦わらが戻ってきたんだ!」

「そうか。目的の物が見つかったならいいが」

「いや、それは無かったらしいんだけど、青い鼻のトナカイを連れてきて『こいつが医者だ』って言ってる」

「「は?」」

 

 ローとラミはベポの言葉に困惑していた。

 

 

        ☆

 

 

 見たほうが早いというベポの言葉に従い、甲板に足を運ぶローとラミ。

 トラファルガー海賊団と麦わらの一味がほぼ全員集まっている。ローたちが最後だったらしい。

 ペンギンがローに気付くと、道を開けてルフィが連れて来たと言う医者を見る。

 立派な角に綺麗な茶色の毛皮。鼻が青いという点だけは珍しいが、そこ以外はごく普通のトナカイだ。ルフィはこの動物を医者と言っているらしい。

 

「……トナカイだな」

「チョッパーだ。よろしくな」

「しゃべっ……喋った!?」

「おれだって喋るし、トナカイが喋っても不思議は無いんじゃない?」

「……そうだな。じゃあこいつもミンク族か」

「ううん、違うよ」

 

 ローの言葉を否定するベポ。

 どういうことだ、とローはベポの方を見るが、ベポは見たほうが早いとチョッパーを指差す。

 視線を戻すと、チョッパーはトナカイの姿から人獣形態へと変わっていた。非常に低い身長で、四足歩行から二足歩行に変わっている。角と毛皮はそのままだ。

 

「……タヌキ?」

「トナカイだ!!」

「能力者なんじゃない? トナカイの能力者とか」

「ああ、なるほど」

 

 ラミの言葉に納得するロー。

 だが今度はゼポから否定の言葉が上がった。

 

「違う。こいつはトナカイの方が元の姿だ」

「トナカイが元の姿? じゃあ一体何の実を食べたの?」

「ヒトヒトの実だ。トナカイでありながら人の力を得たから、こいつは言葉が話せるし医者の仕事も出来る」

 

 ヒトヒトの実と言ってもモデルはあるはずだが、そこまではわからない。チョッパーの人形態が純粋な人の姿という訳でもない辺り、ヒトヒトの実の中でも珍しい部類である可能性もある。

 試しに変形してもらって観察するが、どうみても普通の人間には見えない。

 いいところゴリラだな、とローが呟く。

 

「誰がゴリラだ! トナカイだって言ってんだろコノヤロー!!」

「そうだぞトラ男! こいつは今日からおれの仲間なんだ! 悪く言うな!」

「待て待て待て! この珍獣仲間になったのか!? 経緯を話せ経緯を!!」

 

 ウソップがルフィを宥めてひとまず経緯を説明させようとするが、ルフィでは無理だと瞬時に判断して視線をペドロの方へと向けた。

 ペドロは一つ頷き、チョッパーと出会った経緯、それから手を組んだことを説明する。

 ドラム王国最後の医者である、ドクトリーヌことくれはを助けるためにチョッパーはここにいるのだと。

 

「そういう事か……でも、なんで捕まったんだ? 医者狩りはそこそこ長いこと続いてたけど、その婆さんはずっと逃げきってたって話だが。やっぱ歳か?」

「ううん。ドクトリーヌが捕まったのはおれのせいなんだ」

「お前の?」

 

 チョッパーはつい先日の、自分たちが捕まった時のことを思い出す。

 ──見てよドクトリーヌ。最新の医療に関する本が落ちてる!

 ──バカバカしい。そんな見え透いた罠にかかる奴がいるもんかね。

 ──うわァ! 落とし穴だ!!

 ──言わんこっちゃない!! 何やってんだいチョッパー! 

 

「罠にかかったおれを助けてるうちにドクトリーヌが捕まって。おれはなんとか助けようとしたけど、怪我して逃げるのが精一杯で……」

 

 くれははチョッパーに逃げろと言い、チョッパーは怪我をしつつもなんとか逃げ延びた。

 猶予は数日も無い。必ず助けに行くと誓い、準備をしていたところでルフィたちが来た。

 

「なるほど……」

「医者がどこにいるかわかるのか?」

「ううん。でも、城のどこかにいるのは間違いないと思う」

「城?」

「うん。あそこ」

 

 チョッパーが指差したのは標高5000メートルを超えるドラムロックである。しかも麓まではかなりの積雪が予想できる。

 少なくとも、素人が普通に登れるような山ではない。

 驚いたウソップが声を上げた。

 

「山の上に城があんのか!? どうやって登るんだよ!?」

「村で聞いた話だと、あそこへはいくつかの村からロープウェイが繋がっているらしい。基本的にはそれで行き来をするんだと」

「ロープウェイか。じゃあそれを奪って山の上まで?」

 

 ペドロの説明にゾロが行き方を訊ねる。

 それしか方法はないだろう。だが、麓でロープウェイを奪って城に行くにしても、奪っている間に城へ連絡が行く。

 城では万全の態勢で待ち構えられている事だろう。危険度は限りなく高い。

 やはりと言うべきか、ビビはその行動に制止を求めた。

 

「待って! ロープウェイを奪って城を襲うなんて、危険すぎるわ! 話し合いで何とかならないの!?」

「無理だな」

 

 ビビの言葉にローが言葉を返す。

 

「無理って……どうしてあなたが分かるの?」

 

 キッと睨みつけるビビに対し、ローはあくまで淡々と事実を告げる。

 医者狩りをしているような為政者にまともな話し合いを期待する方が間違っている。そんな良心があるなら、最初から医者狩りなんて馬鹿な真似はしていない、と。

 何よりも。

 

「アンタ、さっきの村には入ってないだろ?」

「ええ。だけど、それが?」

「長鼻屋は村に入っていたな。村に焼け崩れた家があっただろう?」

「ああ、あったな。火事かなんかで焼けたんだろ?」

()()()()()()()()()()()()()()

 

 誰かが息を呑んだ音がした。

 トラファルガー海賊団の面々はその辺りの事はわかっているが、ルフィたちはドラム王国の事を全然知らない。

 その辺りの認識の齟齬があるため、ビビはまだ話し合いで済ませられると考えていたのだろう。

 だが、現実とは常に残酷なものだ。

 

「王がなんで家を焼くの!? 一体何の意味が……!」

()()()なんだと」

「おやつゥ!? 家を食べようってのか!?」

「ああ、文字通り()()()()()()のさ。焼けた家の崩れ方、変だと思わなかったか?」

「言われてみりゃあ、確かに歯形みてェなのもあったな……」

「いやそれにしたって、どんだけデケェ王だよ。巨人族か」

 

 ウソップとサンジが互いに顔を見合わせて思い出す。言われてみれば、と。

 だが、それにしたって食べるという発想にはならないだろう。それに歯形が異様に大きいのも疑問だ。サンジは怪訝な顔をしながらそれを訊ねた。

 

「なんで家を食うんだよ。雑食にも程があんだろ」

「おれが知るか。だが、村人に聞いて確かめた。いくつかの村を回ったが全部同じだ。そういう能力者なのさ」

「能力者ってのはどいつもこいつも化け物染みてんな……」

 

 どの村でも王による被害が頻発している。村人は一様に暗い顔をしているし、この上医者狩りで体調を崩せば国王に頭を下げざるを得ない状況。

 国民の不満は溜まる一方だ。

 ローはビビの方を見て、問いを投げる。

 

「こんな状況でも、アンタはまだ話し合いの余地があると考えるのか?」

「それは……」

 

 まさかそれほどのことをやっているとはビビも想像していなかったのか、俯いて黙りこくってしまう。いずれにしても武力行使を除いて状況を変える術はない。

 この状況でも国民が決起しないのは、搾取されることに慣れているからか、あるいは国民が総出でかかっても敵わない実力者がいるか。

 何にしても、市民に対して武器を向けず、国王とだけ戦うと言うのならローにとっても悪い話ではない。

 

「国王ワポルには三人の腹心がいる。〝悪参謀〟チェス、〝悪代官〟クロマーリモ、〝守備隊隊長〟ドルトン。話を聞くにかなりの実力者だ」

「おいおい、随分親切だな。何企んでやがる?」

「人の親切は素直に受け取っておけ。おれだってこの国に思うところがない訳じゃない」

 

 本来なら革命軍の同志たちに情報を共有したうえで動くのが最善ではあるが、急を要する状況ならば仕方がない。

 自らの利のために国民に犠牲を強いる──そういう王が、ローは一番嫌いなのだ。

 あくまで捕らわれた医者を助けるために動くと言うのなら、ローとルフィは手を組むことも出来る。

 

「国王だけを倒すって条件なら、おれは手を組んでもいい。どうだ、麦わら屋」

「……」

「返事はNO、って訳か?」

「いや、多分わかってない顔だぞこれ」

 

 腕組みして真一文字に唇を結んでいるが、ウソップはルフィがこの顔をしているときは何も理解していない時だと何となくわかりつつあった。

 まだ短い付き合いではあるが、これまでの航海でそれなりに絆を深めている。この辺への理解も深まりつつあるのだ。

 ウソップの言葉にローは溜息を吐き、簡潔に要求する。

 

「おれと同盟を組む気はあるかって聞いてんだ」

「なんだ、手伝ってくれんのか?」

「国王を国から追い出すって条件付きならな。それと市民にも手を上げねェようにしろ。それが出来なきゃ同盟は破談だ」

「随分一般人を気にかけてんだな。海賊とは思えねェ」

 

 ローの要求に思わず口を出すサンジ。

 普通の海賊なら市民からの略奪も視野に入れるだろうに、ローはそれを絶対にやるなと言う。海賊としては珍しい部類だろう。

 

「おれの目的は略奪じゃねェ。おれの故郷の島は同じような王がいたせいで滅んだんでな。似たような王を見るとむかっ腹が立つだけだ」

「へェ……そういう事情か」

 

 要は私怨という訳だ。

 理屈だけで動く者ばかりでも無し、理由があるならとサンジもそれ以上突っ込むことはしない。

 人間、誰しも嫌いな相手の一人や二人くらいはいるものだ。

 それに、国一つ敵に回そうという時に手伝ってくれるならこれ以上にありがたいことも無いだろう。

 

「どうだ、麦わら屋」

「いいよ。組もう」

「ルフィ! そう簡単に決めていいことじゃねェぞ!!」

「でも手伝ってくれるんだろ?」

「ルフィ、海賊同盟には裏切りが付き物だ。本当に信用出来る相手か?」

「なんだ、お前裏切るのか?」

「裏切らねェ」

「ほら、大丈夫だろ」

「ルフィ!!」

 

 ゾロとペドロの言葉を聞いてルフィはローに直接裏切るのかと尋ねるが、同盟を組んだ矢先に裏切るなどと発言するようなら最初から同盟を組むはずが無い。ローの言葉を信用しても良いのかと再考を促す二人の考えもルフィには通じていなかった。

 ここ一番で背中を撃たれるのが最悪なのだ。そういう意味ではナミの身柄を預けている今はかなり危うい状況と言える。

 少なくとも一人、ナミの傍に着けておくべきだ。

 ペドロの考えを察したのか、ゼポが名乗りを上げた。

 

「おれが残ろう。相棒、ビビ王女と航海士の方は任せろ」

「頼んだぞ、ゼポ」

 

 実力的にも、医学を多少齧っているという意味でも最適の人材だろう。何かあった際には任せられる。

 トラファルガー海賊団の面々もやる気を出して武器を準備しているが、ローは「行くのはおれとラミだけだ」と発言してブーイングを喰らっていた。

 

「何でだよキャプテン! おれたちだってやれるぞ!」

「横暴~! 横暴だよキャプテン!」

「お前らにはおれたちの留守を任せる。成功するにしても失敗するにしても、そう長くはこの国に留まってはいられねェからな」

 

 それに、主に戦うのはルフィたちの方だ。

 ローとラミも戦いはするが、雑兵を相手にするつもりはなかった。

 

「おれたちは王の首を狙う。幹部くらいは相手にするが、雑兵はそっちで何とかするんだな」

「雑魚が何人いようが蹴散らすだけだ。ナミさんのためにも医者は必要だしな!」

「こっちはいつでも行ける。お前らは?」

「おれ達も行ける。今から行くか」

「よーし、行ってこい!」

「お前も行くんだよ馬鹿」

 

 がやがやと騒がしくなりつつ、ルフィ、ゾロ、サンジ、ウソップ、ペドロ、ロー、ラミ、そしてチョッパーの八名は船を降り、ひとまずロープウェイのある村へ向かうことにする。

 不安そうに見送るビビの肩にゼポが手を置き、「心配すんな」と励ます。

 それでも、どうしても不安な気持ちは拭えなかった。

 


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