ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百五十二話:冬島に咲く桜

「ヒ゛ヒ゛さ゛ま゛ァ゛ァ゛ァ゛!!! こ゛ふ゛し゛て゛な゛に゛よ゛り゛で゛す゛ゥ゛~~!!!」

 

 ドラム城を制圧し、くれはが「設備はここが一番整ってるから患者を連れてきな」と言ったのでルフィとペドロ、チョッパーとサンジがナミを城へ連れていくために船に戻ったところ、一人の男がビビの前で跪いて号泣している場面に出くわした。

 その場にいたトラファルガー海賊団含め、全員がドン引きしている。

 顔中涙と鼻水だらけにする男に対し、ビビは恥ずかしそうに顔を赤くして泣き止ませようと慌てていた。

 

「ちょっ、イガラム!! みんな見てるから!! 涙と鼻水を拭いて!!!」

「グスッ……失礼しました」

 

 イガラムと呼ばれた金髪のカーリーヘアの男は、ビビから受け取ったハンカチで涙を拭いて立ち上がる。

 フォーマルなスーツに身を包んだその男は、未だに片方の鼻から鼻水が垂れていたが……気にすることなくルフィたちへと一礼した。

 

「申し遅れました。わたくし、ビビ様の護衛をして゛……ゴホン! マーマーマー♪ 護衛をしております。イガラムと申します」

 

 ルフィは発言や行動よりもイガラムのカーリーヘアの方に視線がいっており、「おっさん、髪、巻きすぎ」と呟いていた。

 それはともかく。

 ドン引きしていた一人であるペドロは詳しい事情を聞くべきだと考えていたが……何はともあれ、まずはナミの治療を優先するべきだとルフィに進言する。

 ルフィもその意見に賛成し、イガラムに改めて説明する。

 

「そうだな。悪ィけど、うちの航海士を医者の所まで運んでからでいいか?」

「ええ、構いません。我々も到着したばかりですし、落ち着いてからの方が良いでしょう」

「……ところで、後ろにいる二人は貴方の仲間か?」

「ああ、そうですね、先に紹介だけしておきましょう」

 

 ペドロの疑問に答える為か、イガラムの後ろにいた男女のペアが前に出る。

 

「ジェムだ」

「ミキータよ」

 

 茶髪のウニのような髪形をした男、Mr.5ことジェム。

 金髪碧眼の美女、ミス・バレンタインことミキータ。

 〝バロックワークス〟を裏切り、イガラムを連れてドラムまで来た二人である。

 

「この二人のおかげで、私も無事にドラムまで辿り着けました」

「それがおれの仕事だ。気にするな」

 

 ジェムはピシッと背筋を伸ばし、背中で手を組んだまま静かに言う。

 ミキータはあまり興味も無さそうで、寒いせいかテンションも随分低い。

 ミキータの方はともかく、ジェムはある程度近辺の島の事情には通じているようで、ふと気付いたように口を開いた。

 

「ドラムは医者狩りをしていると聞くが、海賊を見てくれる医者は見つかったのか?」

「ああ。邪魔口(ジャマグチ)ならぶっ飛ばしたからな」

「邪魔口?」

「この国の王だ」

 

 ドラム王国の国王を海の果てまで吹き飛ばしたと聞き、ジェムは思わず額に手をやって頭が痛そうな顔をしていた。

 ビビをここまで無事に連れて来た海賊と言うから、それほど危険性は無いと考えていたが……仮にも世界政府加盟国の国王をぶっ飛ばすなど想定外にもほどがある。

 詳しい事情を聞いた方が良いだろうと考え、ジェムも同行する旨を申し出た。

 

「そりゃ構わねェが……ビビちゃんたちはどうする?」

「私たちも行くわ。もう危険は無いんでしょう?」

「敵はいねェな。どういう訳か、王がいなくなった途端みんな掌返して歓迎してくれてる」

 

 それだけ酷い王だったのだろう。ビビは思うところがあるのか、やや顔を暗くして俯いてしまう。

 イガラムはビビを慮って「無理をせずとも良いのですよ」と声をかけるが、ビビは「ううん」と首を横に振り、すぐに顔を上げた。

 

「行きましょう。ナミさんの治療が最優先よ」

 

 

        ☆

 

 

 トラファルガー海賊団と麦わらの一味の全員が王城に集まることになった。

 ナミを連れて城に行くと、何故か武器庫から城の外に大砲を運び出している兵士たちがそこかしこにいた。兵士たちの中にはルフィたちを未だ敵意の籠った目で見る者もいるが、ドルトンがひと睨みすれば何も言わずに視線を逸らしている。

 ペドロに背負われたナミはイッシー20とくれはのいる医務室に連れていかれ、メモを片手に同行するローとラミの前で治療を始めた。

 毒の成分の解析とカルテはローが既に作っていたのもあり、くれはは一通り目を通して患者であるナミの容体を確認する。

 

「……この小娘、確かあの麦わらの方の仲間だったね」

「ああ、そうだが」

「誰でもいい、こうなった事情を聞きたい。連れてきな」

 

 くれはの指示に従ってサンジとゼポが連れて来られ、チョッパーの隣に座らされる。

 

「このオレンジの髪の小娘の毒、足の傷から入ったものだろう? 誰から受けた傷だい?」

「アルファ・マラプトノカと言う女だ。兵器に悪魔の実を食べさせて運用する謎の女で……恐らくはその動物兵器が使った毒だと考えている」

「聞いたことのない名だね。しかし、動物兵器か……」

 

 カルテと毒の成分表を睨みつけるように確認するくれは。

 珍しい毒だ。如何に長年生きているとはいえ、知らない毒の解毒は難しい。ゼポは険しい顔で尋ねた。

 

「……やっぱり、ゆガラでも治療は難しいのか?」

「いや、解毒自体は可能だよ。あたしは()()()()()()()()からね」

「治療したことがあるのか?」

 

 ローやゼポに言わせれば未知の毒らしいが、くれはは既に治療したこともあるという。

 人工的な毒だ。作られた時代にもよるが、くれは程の年季ならばありえないとも言い切れない。

 

「もう30年近く前の話さ。同じ毒を受けてあたしに治療を受けに来た奴が居た」

 

 その女は毒の影響で片腕が不随となっていたが、くれはの治療とリハビリを受けて元通り動くようになっている。

 ナミも治るだろう。

 問題は、その毒を使う相手の方だ。

 

「この毒はね、()()()()()()()使()()()()()()さ」

「かっ──海軍大将だと!?」

 

 ローとラミ、ゼポとサンジは目を見開いて驚く。

 既に死亡した相手ではあるが、毒の成分からして間違いなく同じものだ。くれはの目に狂いはない。

 

「なんで海軍大将が毒を……」

「サソリの能力者だった、とは聞いてる。自身の体内で毒を生成して利用するタイプの能力者さね。だが、もう40年近く前に死んでるハズだよ」

 

 毒の成分自体は情報として残されていても、同じ毒を作り出せるのか……それも気になるし、マラプトノカが利用していたという話が事実なら別の疑問も浮かび上がってくる。

 当時の海軍大将が使っていた毒の成分を閲覧出来る立場などそう多くは無い。

 革命軍として色々な情報網を持つローも、マラプトノカと言う女の名を知っていても素性は全くわかっていない。

 不気味な相手だ。

 毒の出処も気になるところだが、これ以上の収穫は無いと判断したのか、くれははナミの治療に取り掛かる。

 解毒そのものは時間がかからないが、最低三日、出来れば一週間は経過を見たいとゼポに伝えてサンジ共々部屋から追い出した。

 

 

        ☆

 

 

 ナミの治療にあたり、暇になったルフィたちはジェムたちと情報共有をしていた。

 〝バロックワークス〟のことと、ジェムの本来の所属である〝黄昏〟について。

 

「おれは元々〝バロックワークス〟の話を聞いて内部に潜入したスパイだ。ミキータは金で雇った」

 

 ミキータは個人であちらこちらに荷物を運ぶ〝運び屋〟の仕事をやっていたが、元々海運は〝黄昏〟の領分である。

 急ぎの荷物や非合法な荷物を運ぶことで食い扶持を稼いでいたが、それでも大した稼ぎにはならないので困っていたところ、偶然ジェムと出会って潜入するための相方として雇われたのだとか。

 この件が終わったら〝黄昏〟への就職も口利きするという約束もあるので、仕事はきちんとやるつもりらしい。

 

「お前らの事はミス・オールサンデー……ロビンさんから聞いてる。ビビ王女をここまで連れて来た事には感謝するが、お前らはもう手を引け」

 

 ルフィたちの事はロビンからある程度話を聞いている。

 マラプトノカの襲撃は想定外だったが、ビビが無事なら報告を上げるだけで済むことだ。

 ここから先は一つの勢力を作り上げた七武海の相手になる。たかだか3000万程度の海賊を味方に付けたところで役に立つとは考えていなかった。

 

「いやだ」

 

 ジェムの言葉に反発し、ルフィがはっきりと拒絶した。

 

「……何故だ? お前たちは巻き込まれただけだろう。相手はクロコダイルだと知っているはずだ。生半可な実力で戦っても勝てる相手じゃねェぞ」

「そんなモン知らねェ。でも、おれ達はもう仲間だ。仲間は見捨てねェ」

 

 ルネスで出会い、ドラムに到着するまでの短い間ではあるが。

 一緒に食事をして、船で旅をした仲間であることにかわりは無いとルフィは言う。

 クロコダイルが相手だから手を引けと言われて、はいそうですかと簡単に頷くような男では無かった。

 

「……そうか」

「ルフィさん。でも、本当に危険なのよ? あなた達を巻き込むのは……」

「気にすんな、ビビ。こいつはこういう奴だ。それに、おれ達だって別に巻き込まれたとは思っちゃいねェ」

 

 相手がどれだけ強かろうと、いずれはぶつかる敵だ。

 ゾロは七武海の強さを身をもって知っているが、あの男を超えない限り世界最強の剣士にはなれないことを理解している。

 相手は強いから戦うのを避けよう、などと言う考えで至れる領域ではない。

 

「お前らが同じ考えなら、おれからは特に言う事もねェ。自分の命の使いどころは自分で決めりゃいい」

 

 ジェムは善意でルフィたちに手を引けと言っていただけだ。危険があるとわかっていても首を突っ込むなら無理に引き剥がす必要もない。

 足手纏いにさえならなければ、味方が増えるのは別に不都合も無いのだ。

 ジェムは永久指針(エターナルポース)を取り出し、「こいつがアラバスタ行きの永久指針(エターナルポース)だ」と言う。

 これを辿ればアラバスタに辿り着ける。

 ただし、時間はそれほど多くは無い。

 

「今、アラバスタは反乱軍と国王軍の戦力が逆転している。悠長に航海している暇もねェ。すぐにでもここを発ちたいが、お前らはどうだ?」

「ナミさんの治療はすぐ終わるが、経過観察には最低でも三日かかるってよ」

 

 ジェムの言葉に戻ってきたサンジが答える。

 三日。一日でも早くアラバスタに辿り着きたいジェムたちにとって、その期間は余りにも長い。

 最悪の場合、戦争が始まってしまっている可能性もあるのだ。到底許容出来る期間では無かった。

 

「どうにかならねェのか?」

「つっても、うちにゃ医者がいねェからな……」

 

 完全に治療が終わるまで医者の下を離れるべきでないことはサンジも理解している。

 一方で、一日でも早くアラバスタに着かなければ多くの人命が失われることも理解していた。

 どうすんだ、とサンジは視線をルフィに向ける。

 なるべくならナミにはきちんとした治療を受けさせたいが、ゼポは多少知識があるだけで医者ではなく、アラバスタまでの道中で何かがあれば対処出来ない。

 今は治療中なので邪魔は出来ないが、ナミの治療が終わった後でくれはに何とかならないか聞いてみる他に無いだろう。

 

 

        ☆

 

 

 数時間後、一度家に戻って薬を取ってきたくれははナミに薬を投与し、現在は経過を見ている段階だった。ナミは別の部屋で寝ており、ビビとゼポが隣について看病をしている。

 椅子に座るくれはの横で、ルフィはチョッパーを勧誘していた。

 

「なァチョッパー。お前一緒に来ねェか? 海賊に興味あるだろ?」

「あたしの目の前で引き抜きとは良い度胸してるじゃないか」

「婆さんは誘っても行かないって言ったじゃんか」

 

 その際に婆さんと呼んでぶん殴られたが、ルフィは特にダメージを負った様子もない。ゴム人間なのでさもありなん。

 くれはがダメならとチョッパーを勧誘しているのだ。

 

「……おれは、お前らとはいっしょに行けないよ」

「なんでだよ。楽しいぞ、海賊! 一緒に海賊やろう! な?」

「でも……おれはトナカイだぞ!! 角も蹄もあるし……青っ鼻だし……人間の仲間ですらない、バケモノだし……」

 

 ルフィはスッと壁際に立っているペドロを指差した。

 動物としての特徴なら彼らだって持っている。悪魔の実を食べて能力者になったからバケモノだと言うのなら、ルフィだって同じ悪魔の実の能力者だ。

 行かないための理由をいくら並べ立てようとも、本心を偽ることは出来ない。

 チョッパーはルフィが海賊に誘った時とてもうれしそうな顔をしていたし、行けないと言った時はとてもつらそうな顔をしていた。

 

「チョッパー、お前はどうしてェんだ?」

「どう、したいって……」

「おれは海賊王になりてェ。だから世界一周するし、そのためにお前の力を貸して欲しいって思ってる」

 

 海を旅するのは楽しい。

 けれど、同時に恐ろしくもある。ルフィは航海術を持っていないし、料理も作れないし、剣術も使えないし、ウソもつけない。

 自分一人では生きていけない自信があるから、仲間には一緒にいて欲しいと思っている。

 医術だって当然持っていないから、医者であるチョッパーには仲間になって欲しい。

 

「おれ、は……」

「何度言わせるんだい、若造。チョッパーはあたしのたった一人の助手だ。出ていくなんて勝手な真似、許すもんかね」

 

 剣呑な雰囲気で立ち上がるくれはに、ルフィも真剣なまなざしで真正面から睨み返す。

 

「海賊なんてロクなモンじゃない。そこのへっぽこトナカイが海へ出たところで、すぐに屍を晒すのがオチさ!」

「死なせねェ!! 強くなくたって構わねェ!! その分おれが強くなる!!!」

「生意気言ってんじゃないよ若造!! いくら強くたって死ぬときは死ぬのさ!!! どれだけ世間に恐れられた海賊でもね!!!」

 

 くれはは良く知っている。

 かつて交友のあった海賊はみな死んでいる。今でも生きているのは本当に一握りだ。

 チョッパーがその一握りの中に入れるかどうかなど、誰にも分からない。死ぬ可能性の方が遥かに高いのなら、つまらなくともこの国にいたほうがずっといいに決まっている。

 

「出ていきな!」

「うおっ!?」

 

 くれはが投げた包丁が壁に突き刺さり、ルフィは咄嗟に部屋の外に出る。

 チョッパーはまだ何か話したそうだったが、くれはの剣幕の前には言葉を失うばかりだ。

 ルフィも流石に参ったと思ったのか、部屋の前から去り……ルフィと入れ替わる様にローが現れた。

 

「……随分騒がしいと思ったが、また何かやったのか、あいつは」

「……何でもないさ。嫌なことを思い出しちまっただけだよ」

「嫌なこと?」

「さっきのオレンジ色の髪の娘が受けた毒。あれを以前受けたやつさ」

 

 その昔、交流があった女だ。

 怪物的な強さで海を暴れ回ったが、海軍に負けて海賊団は崩壊……その後にドラムを訪れ、くれはが毒の治療をした後は行方不明だったが、カテリーナから事の顛末を聞いた。

 どれだけ強くとも死ぬときは死ぬ。それがたとえ懸賞金で30億を超えるような怪物でも。

 

「カテリーナ……それはもしや、〝黄昏〟の?」

「知ってんのかい?」

「まァそれなりには有名だ。建築、医療、それ以外にも……〝黄昏〟の中で様々な技術革新をしている人だからな」

「ヒッヒッヒ。小生意気な小娘だったが、多少は医術を教えた甲斐があったってもんさ」

 

 ビンから直接酒を飲みながらくれはが笑う。

 だが、ペドロはくれはの言葉に聞き逃せない言葉があったのか、思わず聞き返した。

 

「……医術を教えた? あガラの師は貴女だったのか?」

「あたしは基本的に弟子を取らない主義だが、チョッパー以外に弟子を取ったことが二度ある。カテリーナとスクラの二人だ」

「待て待て待て!! スクラ!? アンタ、あの人の師匠だったのか!?」

 

 今度はローが慌てたように問い返した。

 かつて自身を救ってくれた医者の名前がここで出るとは思っていなかったのか、随分な驚きようである。

 

「30年近く前の話さ」

 

 当時、まだ〝黄昏〟と名乗っていなかった頃のカナタたちの話だ。

 医術を学ぶためだけにドラムを訪れ、くれはに頭を下げて弟子になった。スクラはくれはからしても優秀で、文句ひとつ言わずに学んでいたのだと。

 もっとも、海軍の強襲があったために途中で切り上げざるを得なかったが。

 

「海軍大将を含む軍艦5隻を相手に大立ち回りをして、今じゃ大海賊なんて呼ばれてるがね」

「カナタさん、当時からバケモノ染みてたんだな……」

 

 ペドロが思わずと言った様子で唸る。

 当時のカナタの年齢は16歳──今のルフィより若い。

 それで海軍大将を撃退したと言うのだから、どれだけとんでもない女だったのかがわかるというものだ。

 遠い目をするペドロの横でローがくれはに近付く。

 

「アンタ、〝珀鉛病〟を知ってるか?」

「ああ。あれは当時〝黄昏〟から治療法の研究って名目でカルテが送られてきたから知ってるよ。王族ってのはどうしてこうロクデナシが多いのかね」

「おれがその〝珀鉛病〟の患者だった」

 

 くれはの酒を飲む手が止まった。

 ローは真剣な表情で、感謝を示すように頭を下げる。

 

「おれはあの人のおかげで生きている。それはつまり、巡り巡ってアンタのおかげでもあるってことだ」

「ヒーッヒッヒ。それであたしが助けられたんだ。弟子は取らない主義だが、たまには取ってみるもんさね」

 

 世の中は案外狭い。

 くれはの弟子だったスクラがローの命を救い、ローはくれはの危機に偶然立ち会って助けた。くれはは運命などと言う陳腐な言葉を信じてはいないが、そういう巡り合わせもあるものだと笑う。

 スクラとカテリーナ。くれはが医術を教えた二人は、そこから何人もの命を救っている。

 多少無理をしてでもくれはを助ける選択をして良かったとローは思う。

 受けた恩は一生のものだが……これで、多少は恩が返せたというものだ。

 

「スクラと、カテリーナ……その二人が、おれより前の弟子?」

「そうさ、チョッパー。お前の兄弟子と姉弟子になる」

 

 どちらも〝黄昏〟に所属している。縁があればどこかで会うこともあるだろう。

 スクラはわからないが、カテリーナは技術者としてあちらこちらに顔を出すこともあるようだから。

 二人の冒険譚を聞き、海賊であることを知り……チョッパーは自分の手を見た。

 トナカイの蹄だ。

 けれど、ジャガーであるペドロは剣を使って戦っている。

 人に変化する能力者だ。

 けれど、同じ悪魔の実の能力者であるルフィはそれを気にせず仲間に誘ってくれている。

 ──結局、意思一つで全ては変えられるのだ。

 決意をすれば世界は変わる。チョッパーは手を握り込み、自分を「息子」と呼んでくれた医者を思い出す。

 不可能をものともしない〝信念の象徴〟──ドクロを掲げた男を。

 

「ドクトリーヌ」

「なんだい?」

「おれ、やっぱり海賊になるよ。あいつらと行く!」

「……さっきの話を聞いてなかったのかい? お前が行ったってすぐに屍を晒すだけさ!」

「屍を晒したっていい!! それでもおれは海に出たいんだ!!」

「生意気言ってんじゃないよ!! トナカイが海に出るなんて聞いたことも無い!!」

「そうだ、トナカイだ!! でも──男だ!!!」

「……!!」

 

 これまでくれはに唯々諾々と従うだけだったチョッパーが、初めて反抗した。

 ヒルルクという男が死んで、「自分が万能薬になる」と医者になることを決意したあの日以来の、強い決意の目。

 それを見せられて驚くくれはだが……しかしチョッパーが海へ出ることを認めない。

 

「言うじゃないか! だがあたしゃ許さないよ!! そんなに出て行きたきゃあたしを踏み越えていきな!!!」

 

 包丁を投げつけるくれはにビビりつつ、チョッパーは頼み込もうとして──更に何本もの包丁を投げつけられ、たまらず部屋から逃げ出した。

 

「お前みたいな泣き虫が男だって!? 勝手な真似は許さないよ!!!」

「ぎゃあああああ!!?」

 

 二人して部屋を出ていき、ペドロとローだけが残された。

 ローはもっと話を聞きたそうだったが、ワポルを倒した海賊に対して思いのほか国民たちの敵意は無い。明日にでもまた聞けるだろうと考え。

 ペドロはくれはの意思を汲み、隣の部屋にいるナミと他の部屋にいるルフィたちへの伝令に走った。

 

 

        ☆

 

 

「こんな急に城を出るとか、それでいいのか!?」

「仕方あるまい」

 

 ウソップの言葉にペドロが答える。

 チョッパーが城中逃げ回っている中、ペドロはルフィたちを見つけてはすぐに船に戻ると声をかけて回っていた。

 詳しい事情を説明している暇はない。

 ナミを背負って一足先にロープウェイに乗り込んだゼポたちを追って、ルフィたちは城から出た。

 本来なら別れは静かにするべきだとペドロは考えていたが、当人がそれを望んでいない。チョッパーを追いかけて部屋を出る際に目配せをされたので確かだ。

 

「二度と会えないかもしれない別れでも、別れの言葉を欲しないことはある」

「……そういうもんか」

「ゆガラもいずれ分かる。世の中にはそういう者もいるのだ」

 

 ウソップはいまいち理解出来ない様子だったが、ペドロの言葉に頷いてロープウェイへ乗り込もうと急ぐ。

 その最中にチョッパーが城からその身一つで出て来た。

 既に全員乗り込んでいる。後は出発するだけだ。

 

「急げ、チョッパー!」

「うん!」

「待ちなァ!!」

 

 未だに包丁を投げて追いかけてくるくれはを背に、ルフィたちはロープウェイを急いで動かす。

 ゼポとペドロが全力で漕いでいるため、物凄いスピードで滑り落ちる様に麓へ向けて下っていく。

 それを、くれはは静かに見つめていた。

 

「良かったんですか、あれで」

「ああ……湿っぽいのは、嫌いでね」

「貴女がそれでいいなら、おれからは何も言いません」

 

 くれはにそう言うのは、一人残っていたジェムだった。

 置いて行かれたという訳ではなく、くれはに伝言があったが故に残っていたのだ。

 手にはチョッパーの医療道具が入ったリュックを持っている。

 

「こんな時に言うのも何ですが……カナタさんにドラムへ行く旨を伝えたところ、貴女によろしく言っておいてくれ、と伝言を頼まれました。スクラさんもカテリーナさんも元気にしていると」

「そうかい……元気でやってんなら、それ以上のことは無い」

「……では、おれもこれで失礼します」

 

 ジェムは一礼してドラムロックから飛び降り、空を駆けて行く。

 くれははそれを見送り、目に浮かんだ涙を拭って振り返る。

 船出は派手にしなければならない。海賊とは、古くから派手好きな連中ばかりだと良く知っているから。

 

 

        ☆

 

 

 ロープウェイが故障するかと思うほど高速で動かして下山したのち、ルフィたちは一目散に船へと走っていた。

 暗い雪道だが、ゼポが道を把握しているので迷うことは無い。

 その最中に城の方角から派手な砲撃音が聞こえ、全員が足を止めてドラムロックを見上げる。

 ワポルはもういない。大砲を使うような理由は無かったはずだが、城の外に大砲を並べているのは見ていた。

 砲撃音が止んだかと思えば、今度はドラムロックの頂上から空へ向けてライトアップが成される。

 

「わァ……!」

「綺麗……」

 

 移動の途中で気が付いたナミも含めて、全員がその幻想的な景色に目を奪われる。

 

「あれは……」

 

 ──少しだけ昔の事。

 とあるヤブ医者が作り出した赤い塵。それは大気中で白い雪に付着することで、鮮やかなピンク色に変色する。

 彼が死の間際に作り出したそれを、くれははチョッパーに医術を教える片手間にずっと作り続けていた。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 チョッパーが叫ぶように泣き、声を上げる。

 空気中で雪に付着することでピンク色の雪に変わり、ライトアップされた光景は──冬島の夜に咲く、桜のようだった。

 

 さァ──行っといで、バカ息子……。

 

 大粒の涙を流し、泣き続けるチョッパーへ……遠いどこかから、そう言われた気がした。

 

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