ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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碑文争奪大戦アラバスタ/鉄脚のプリマ
第百五十四話:〝ナノハナ〟


『──緊急の情報だ。このラジオを聞いている中で偉大なる航路(グランドライン)にいるやつらは気ィ付けてくれ。四皇、〝百獣海賊団〟と〝ビッグマム海賊団〟が船団を組んで移動中らしい。奴らに出会えば命はねェ。命が惜しい奴はくれぐれも数日間は海に出ねェようにしてくれ!』

『四皇のうち二つが動くなんて……何が起きているのかしら』

『わかんねェな。モネちゃんも気を付けろよ、夜な夜な歩き回ってると狼に襲われちまうぞ?』

『あら、心配してくれるのね』

『そりゃあそうだ! こんなに可愛いモネちゃん、なるべくなら恋人に……あァ? 時間が押してる? わかったよ……』

『それじゃあ次ね。ギルド・テゾーロ氏が作詞・作曲を手掛けた新曲を歌姫アンさんが歌うニューシングル。発売に先駆けて、このラジオで新曲を──』

 

 

         ☆

 

 

 ラジオを付けっぱなしにしながら、ルフィたちは揃って釣りに勤しむ。

 波は穏やかで天候は悪くないが、思う様に魚は釣れていない。

 

「釣れねェなァ……」

「やっぱエサだろエサ。もっといいのねェのか?」

「ねェよ。オメェが食っちまったからな」

 

 ルフィ、ウソップ、チョッパー、カルーが夜中に食料を盗み食いしたものだから、麦わらの一味は現在餓死の危機にあった。

 幸いながら、ジェムたちの船に食料は潤沢に積んであったのでギリギリアラバスタまでは持つが、全員に行き渡るほどの量ではない。

 必然的に釣りで食料を調達しなければならない状況という訳だ。

 

「アラバスタまで食料は持つんだろ? 心配しなくても腹が減るだけで死にやしねェならいいじゃねェか」

「バカだなーお前。腹が減ったら力が出ねェだろ」

「アラバスタに着いてから食えよ」

「その前におれの船の食料全部食い尽くす気でいることに抗議してェんだが」

 

 ゾロの言葉にルフィが顔だけ向けて反論する。ジェムはもう疲れ切った様子でルフィの隣に座り、一緒に釣りをしていた。

 ジェムはドラムを出航してからこっち、ルフィに振り回されっぱなしで精神的にかなり疲弊している。

 初めての釣りで張り切るチョッパーと手慣れた様子で釣り糸を垂らすペドロとゼポ。エサが無いため、誰も魚を釣れてはいなかった。

 

「もう潜って獲った方が早いんじゃねェか?」

「とは言え、偉大なる航路(グランドライン)の海に不用意に潜るのもな……」

「任せろ相棒」

 

 海獣や海王類は元より、その海域特有の生物もそれなりにいる。一般的に褒められた方法ではない。

 しかし緊急時だ。ゼポは即決すると上半身裸になり、ナイフを片手に海へ飛び込む。

 

「ゼポ、泳げるのか?」

「少なくともおれよりずっと泳ぐのが上手い。大きめの魚でも獲ってくれればいいのだが」

 

 待つこと数分。体感では何十分も待っている気分だったが、思いのほか早く戻ってきた。

 海面に顔をのぞかせたゼポはルフィに手を伸ばすよう声をかけ、ルフィは言われた通りに腕を伸ばす。するとゼポはその腕を掴んでもう一度潜り、ルフィの腕にずっしりとした重さがかかった。

 ロープの代わりにルフィの腕を巻き付けたらしい。

 

「引き上げてくれ!」

「いやお前、引き上げろったって……」

 

 片腕を戻そうとするも、かなり重い上に海中なので思う様に引き上げられない。

 なのでペドロ、ジェム、チョッパーを含む四人がかりでルフィの腕を引っ張り、ゼポが仕留めた魚を引き上げる。

 ゴーイング・メリー号の甲板を埋める程の大きさの海獣らしく、保存しきれないほど大量にある。

 サンジが捌く横でジェムは伝え忘れていたことを話しだした。

 

「バロックワークスの残りの社員……オフィサーエージェントだが、大半が能力者だ。実力はそれなりだが、厄介な能力持ってる奴が一人いてな」

「厄介な能力? 強いのか?」

「使い方によっては強いだろうな。マネマネの実って能力だ」

 

 触れた相手の顔、体格を完全にコピーする悪魔の実である。

 使われたが最後、味方の判別が非常に難しくなる初見殺しの能力だ。

 

「使ってる本人は大柄のオカマでオカマ口調、白鳥のコートを愛用してて背中には〝オカマ(ウェイ)〟と……とにかく派手なオカマなんだがな」

 

 本人の気質はともかく、マネマネの能力で顔を真似た後はぼろを出さない程度に役者でもあるとジェムは言う。

 味方の判別が出来ないのは相当厄介だ。事前に対策を練っておく必要がある。

 もっとも、能力者であれば判別そのものは容易い。

 

「マネマネの能力は悪魔の実の能力までは真似出来ねェ。麦わらなら腕を伸ばしてもらう。そこのトナカイなら変形してもらう……対処自体は可能だ」

 

 しかし、これは悪魔の実の能力者に限った話。非能力者を判別するのは難しい。

 甲板でBBQを始めながら対策を練っていると、ゾロが「難しい話じゃねェ」と焼いた魚を口にしながら言う。

 

「要は判別出来りゃいいんだろ。なら簡単だ」

 

 

        ☆

 

 

 二隻の船がアラバスタへ到着する。

 入り江に船を隠し、全員が降りてまずは港町である〝ナノハナ〟へ。

 一様に左腕に包帯を巻いた一行は、アラバスタの暑さを体感しながら街へ入った。

 

「あっつい……暑い国だな、ここは……」

「ここは夏島だから。国土の大半は砂漠だし、まずは服を買わないと移動もままならないわ」

 

 ビビの指示に従い、まずは服を買うために移動を始める。

 イガラムとサンジが手分けして服と食料を買いに周り、手配書が出回っているゾロとルフィは大人しく待つ……ことなど出来るはずもなく、ルフィはウソップと共にアラバスタ料理を食べようと歩き回っていた。

 また、ジェムは情報を集めてくると言って一人でどこかへ行ってしまう。

 残りの面々は町の出入り口付近で待つことになった。

 チョッパー、ペドロ、ゼポの三人は暑さに弱いので既にぐったりしている。

 

「大変そうね、アンタたち」

「毛皮脱ぎてェ……」

「ミンク族は……暑さに弱い……」

「砂漠越えか……厳しいなァ……」

 

 これからの旅路が心配になるが、こればかりはどうしようもない。

 ビビはせめて楽になる様にと団扇で扇いでいる。

 それを横目に見ながら、ミキータは日傘をさして町をじっと見ていた。

 

「あの船長さん、何事もなく戻ってくると思う?」

「……流石にこの状況で問題は起こさないでしょ」

 

 一瞬言い淀んだが、相手にバレないように行動することの重要性は嫌と言うほど叩き込んだので大丈夫だろうと言うナミ。

 そう、と軽く返すが、ミキータは絶対に何かトラブルを持って帰ってくると思っていた。

 この数日間、ジェムを精神的に疲弊させ続けたマイペースさだ。ナミの言葉をきちんと聞いているとは考えられなかったらしい。

 そうこう話しているうちにイガラムとサンジが戻ってきたので、食事を取りつつ砂漠越えのための衣装に着替えることになった。

 

「サンジさん、これ……庶民って言うか、踊り子の衣装よ……?」

「良いじゃないか! 踊り子だって庶民さ~~!! 要は王女と海賊だってバレなきゃいいんだろ!?」

「あの……イガラム?」

「申し訳ありません、ビビ様。気が付いたらこの服を……もちろん、お嫌いであれば他の衣類を用立てますが」

「お金がもったいないし、良いじゃない。この衣装好きよ、私」

「……そうね。あまりのんびりする時間も無いだろうし……」

 

 どうせ上から日差し除けに一枚羽織るのだ。下に何を着ていてもあまり変わりはない。

 サンジは自分の買ってきた服の上にまた着ると聞いて涙を流していたが。

 

「ルフィたちはまだ戻らねェのか?」

「あの二人は正直心配だけど……ジェムの方は何してるのかしら。情報を集めて来るって言ってたけど」

「さァ。でもあの人、〝黄昏〟のスパイなだけあって色んなところから情報を集めてくるのよね」

 

 同じように踊り子の衣装を着たミキータは、上着を羽織りながら言う。

 バロックワークスの社員として動いていた時も、あちらこちらにフラフラと歩いては情報を集めて回っていた。

 スパイとしての職業柄なのだろう。

 

「それより、気を付けたほうがよろしいかと。四皇が動いたためか、港に泊まる軍艦の数も多い。海兵も相当数この国にいるようです」

 

 偉大なる航路(グランドライン)の後半の海に皇帝の如く座する四つの海賊。

 〝白ひげ〟〝赤髪〟〝百獣〟〝ビッグマム〟──そのうちの二つが動いたともなれば、海軍本部の総戦力を以て対処に当たらねばならないほどのおおごとだ。

 ましてや、目的地が分かっているのなら迎撃準備を整えるのも当然の事。

 〝ナノハナ〟は今、多くの海兵でひしめいていた。

 加えて〝黄昏〟の船も何隻か停泊している。こちらは商船だろうが、護衛は当然乗っている。

 この状況下で面倒事を起こすようなことはしない。普通ならば。

 

「……ねェ。なんだか嫌な予感がするんだけど」

「おれもだ」

「おれも」

 

 ナミの言葉にゾロとサンジが頷く。

 直後、案の定と言うべきか……町中が騒がしくなり、誰かが海兵に追われているようだった。

 

「…………」

「……まァ、あいつらだろうな」

「どうする?」

「どうするったって、なァ?」

 

 自分で撒いて来るしかない。このまま合流などしようものなら全員居場所がバレる──と言う考えは、やはりルフィとウソップには無かったらしい。

 一直線にこちらへ向かってきていた。

 ルフィは困った顔だが、ウソップは大量の海兵に追い掛け回されて凄まじい形相である。

 

「ゾロ!! サンジ!! 助けてくれ!!!」

「あのアホ共……!! テメェらだけで撒いてこい!!」

「いたぞ! 〝麦わら〟の一味だ!!」

 

 即座に全員で逃げの一手を打つ。

 ジェムはまだ合流出来ていないが、子供では無いのだ。一人でも何とかするだろうと考え、まずは自分たちの身の安全を最優先に行動する。

 

「いやー、はっはっは! まいったなー!」

「お前のせいだろ! 自分で何とかしやがれ!!」

「そうしてェんだけど、ケムリンがいるんだよなー」

 

 東の海(イーストブルー)のローグタウンにいたはずのスモーカーとばったり鉢合わせしてしまい、追われているのだが……ルフィは自分の技が全部通用しないので対処に困っていた。

 何か一つでも通じるものがあれば、そこから活路は見いだせるのだが。

 そもそも、それ以前に海兵の数が多い。下手に戦おうと足を止めればあっという間に囲まれてしまうだろう。ペドロたちはそれを懸念して戦うよりも逃げることを優先している。

 

「待て、麦わらァ!!!」

「ゲッ! まだ追ってきてるぞあいつ!!」

「〝ホワイトブロー〟!!」

 

 片腕を飛ばしてルフィを捕らえようとするスモーカーだが──ルフィの背を掴む直前に横合いから現れたジェムに蹴り飛ばされた。

 民家の中に突っ込んだスモーカーを無視し、ジェムはルフィの隣で並走し始める。

 

「ちょっと目を離した隙に面倒事起こしてくれやがって! お前らはおれの邪魔してェのか!?」

「すまん。このアホから目を離したおれ達が悪かった」

 

 半分キレ気味のジェムに謝るサンジ。

 だが、起きてしまったことは仕方がない。ひとまず海兵を撒いて落ち着ける場所に移動しなければ。

 

「ちょっと派手にやるが、大目に見てくれよ、王女様」

「……あんまり無茶なことはしないでね」

「心得てるよ」

 

 言うが早いか、ジェムは僅かに速度を落としてルフィたちの後ろに付く。

 未だに追ってくる海兵を後ろに、ジェムは足元で爆発を起こして土煙を巻き上げた。

 連続して足元で爆発させたので派手な音が響くが、いきなりの爆発に海兵たちも驚いて足を止める。

 

「今のうちだ! 急げ!」

 

 スモーカーの姿もあるが、流石に狙いを付けられない状態でむやみに攻撃してくることは無い。町中なのだ、下手に能力を使えば市民を傷つける恐れがある。

 ジェムが起こした土煙に紛れ、ルフィたちは全員無事に町の外まで逃げることが出来た。

 

 

        ☆

 

 

「すげーな、()()()! あんな事出来たのか!」

()()()だ。あの手の小細工はお手の物さ」

 

 街の外の岩場に身を隠した一行。

 ひとまず物資は得られたし、海軍も撒いた。次の目的地に向かうべきだ。

 

「反乱軍は〝ユバ〟にいるはずよ。一度船に戻って、サンドラ河の対岸まで移動しなきゃ」

「いや、王女様。その情報は古いぜ」

 

 ジェムは一枚の紙を取り出し、ビビに見せる。

 町中で〝黄昏〟の仲間から情報提供を受けて来たらしく、反乱軍の現在の居場所もわかっているらしい。

 

「やつらは〝ユバ〟から隣町の〝カトレア〟に移動してる」

「どうして? 〝ユバ〟は交通の要所になるオアシスよ。拠点としては申し分なかったはず……」

「数年前から頻繁に砂嵐が襲っているらしい。乾ききった砂の影響か、あるいは別の要因か……とにかく、砂の地層が上がってオアシスとしてはもう機能していない。反乱軍に会うなら〝カトレア〟へ向かうべきだ」

「それなら好都合でしょう。このまま少し歩けば、すぐに町につきます。ひとまず反乱軍を宥めて時間を稼げば、クロコダイルを倒す時間が作れるハズ」

 

 ビビの疑問にジェムは事情を含めて説明し、イガラムが近辺の地理も含めて作戦を立てる。

 最終目標はクロコダイルを討伐することだが、反乱軍と国王軍の衝突は既に秒読み段階に入っている。

 時間が必要だ。

 最後に笑うのがクロコダイルであってはならない。反乱軍の動きを止め、衝突を回避させれば……その間にクロコダイルを、バロックワークスを倒す算段を付けられる。

 

「〝黄昏〟の応援は既にアラバスタに到着している。既に王宮へ向かったらしいから、おれ達は〝カトレア〟で反乱軍を止めた後……クロコダイルのいるであろう〝レインベース〟へ向かう」

 

 〝ナノハナ〟の港に〝黄昏〟の船が止まっていたが、商船とは別に高速艇があった。それを利用して既に応援は到着しているとジェムは言う。

 彼、あるいは彼女がクロコダイルの討伐に動く可能性は高いが、目的地は王宮だと聞いたので守りを固めるつもりなのかもしれない。

 クロコダイルの最終的な目的が王位の簒奪なら、王宮に現れる可能性は確かに高いのだ。

 下手に狙いに行って入れ違いになるよりはいいと判断した可能性はある。

 

「そこにクロコダイルはいるのか?」

「恐らくな。現地の情報だし、確度は高い」

「ええ。〝レインベース〟はクロコダイルがこの国で拠点にしている場所……そこにいる可能性は確かに高いでしょう」

 

 ジェムの言葉にイガラムも頷いた。

 方針は決まった。

 ルフィ一行はまず反乱軍と接触するために〝カトレア〟へ。

 出発直前になり、ビビは手紙を手にジェムへ相談する。

 

「父に手紙を届けたいけれど……そちらから連絡は行っているのかしら」

 

 もし既に連絡が行っているなら、ビビが伝える必要は無い。そう考えての事だったが……ジェムは首を横に振った。

 

「連絡は行っているはずだが、手紙を送る手段があるなら送った方が良い。コブラ王にとって一番信用に値する相手から得た情報なら、クロコダイルは敵だと信じるだろう」

「ビビ様も長いこと国を空けておりました。国王様を安心させるためにも、手紙は送った方が良いかと」

「そう……そうね」

 

 ビビはカルーに手紙を持たせ、国王のいる首都〝アルバーナ〟へ走らせる。

 大事な手紙だから、必ず届けて。カルーに念押しし、ビビは最初から水をぐびぐびと飲むカルーを見送った。

 ──上空から一羽のハゲワシとその背に乗るラッコが見ていることに気付かないまま。

 

 

        ☆

 

 

 同時刻、〝カトレア〟。

 反乱軍が拠点とするこの町では、多くの民が精力的に活動していた。

 理由は様々だが、一貫して国王軍を打ち倒して国を救うという目的のために。

 数の上では国王軍さえ上回った反乱軍を押し留めているのは理性的な理由ではなく、ただ純粋に〝武器が足りない〟と言う一点によるものだ。

 武器が無ければ戦えない。

 多種多様な物資を売り捌く〝黄昏〟も、武器や兵器は取り扱っていないので手に入れようが無かった。

 それでも、この大人数が集まって理性的に纏められているのは驚愕するべき事実でもある。

 

「……反乱軍、意外と理性的だね」

「リーダーの人徳だな。少なくない食料が必要なはずだが、皆で分け合って凌いでいる」

 

 反乱軍の集まる町の中で、二人組の男女が歩く。

 反乱軍のリーダーであるコーザに会いたいと尋ね、今まさに向かっている最中であった。

 道案内を買って出た男の後ろを歩き、一際大きなテントの中に入る。

 中にいたのは反乱軍の中核メンバーなのだろう。そして、その中央に座っている男がコーザだ。

 

「あんたらか、おれに会いてェってのは」

「ええ。初めまして、コーザさん。私はコアラ。そしてこっちが」

「初めまして。おれはサボ──革命軍参謀総長だ」

 

 帽子を取り、にっと笑って挨拶をするサボに、コーザは目を丸くして驚いた。

 


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