ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第百五十五話:再会する者達

 

 ルフィたちが〝ナノハナ〟から〝カトレア〟へ向けて出発した頃。

 夢の町〝レインベース〟にて、クロコダイルは怒りを露にしてとある女と連絡を取っていた。

 

「テメェ、話が違うんじゃねェのか?」

『と、言いますと?』

「とぼけんじゃねェ! 〝黄昏〟の目をアラバスタから逸らせって依頼だ!! テメェが何をやったかは知らねェが、今この国に誰が向かってるかわかってんのか!!?」

 

 四皇の一角を占める〝百獣海賊団〟と、同格の〝ビッグマム海賊団〟。

 更にはそれを止めるために海軍と〝黄昏の海賊団〟が多大な戦力を以てアラバスタへ向かっている。

 この四つの勢力がぶつかるとなれば、クロコダイルの計画など達成出来るかどうか怪しいものだ。アラバスタと言う国そのものが無くなってもおかしくは無い。

 しかし、電話の相手──アルファ・マラプトノカは特に気にした様子もなく説明を始める。

 

『カイドウさんとリンリンさんには、ちょっとした情報を流して動いていただきました。わたくし一人では到底〝黄昏〟の目を惹きつけることなど出来ませんから』

 

 〝黄昏〟に目を付けられること自体は忌避していない。リスクはあるが、一々顔色を窺っていては商売など出来ないのだ。

 

『それに、コブラ王とカナタさんは知己の間柄と聞きました。アラバスタでの全面戦争は国土を荒らすことになりますし、彼女なら海上で迎撃するでしょう』

 

 カナタの能力は多少なりとも裏世界で情報を取り扱っていれば知ることは難しくない。隠すようなものでもないし、そもそも何十年も活動していて隠し通すなど出来ない。

 ヒエヒエの実の能力は冷気を操ること。

 この能力があれば、海上であっても足場に困らない。その上船の足を止められる。

 下手にアラバスタで正面衝突するよりは周りへの被害も少なくなると考えれば、確かに海上で迎撃に出る可能性は高かった。

 

「……本当にそうなるんだろうな?」

『お二方の行動に気が付かない、と言うのが最悪の状態ですので、それを防ぐためにも〝黄昏〟へ多少情報を流しました。間違いなく迎撃に動くでしょう』

 

 ラジオを聞いている限り、情報はしっかり行き渡って対応しているようだし、マラプトノカの策はおおむね成功していると言える。

 それでもここまで目立つのは相当なリスクだが……どちらにしても、クロコダイルの計画が成就されれば否が応でも目立つことになる。多少のリスクは呑み込むべきだった。

 末端の部下である〝ミリオンズ〟は既に壊滅。多少手足として使えるオフィサーエージェントの部下である〝ビリオンズ〟のうち、国外にいる者は全滅している。

 〝黄昏〟の動きが早すぎて後手を打っている状態だ。

 その戦力が全て四皇の迎撃に向けられるなら、随分と楽になるが……。

 

「楽観的な情報なんざ信じるに値しねェ。現に〝黄昏〟はもうこの国に入って来てんだろうが」

『いくらなんでも全ての戦力をアラバスタから引きはがす、と言うのは無理難題にも程がありますが……その辺、わかっていらっしゃいます?』

「チッ……」

 

 〝黄昏〟の戦力の層は分厚い。数万にも及ぶ配下を持ち、何百と言う精鋭を抱える巨大勢力。七武海でなければ海の皇帝の一人に数えられているであろう存在だ。

 四皇の二つの勢力を相手にしているとはいえ、海軍と共闘することが前提なら数人の精鋭をアラバスタに送る程度の余力はあると見てもおかしくは無い。

 ……いや、百獣・ビッグマムの海賊同盟を相手に、海軍と共闘が前提とは言え()()()()()時点でおかしいのだが。

 クロコダイルもこれ以上うだうだと言っている場合ではないと考えたのか、葉巻に火を付けて気持ちを落ち着かせるように深呼吸をする。

 

(──……終わったことを言っても変わらねェ。次の策に移行すべきだな)

 

 そう考えたクロコダイルは、マラプトノカに確認を取る。

 

「そっちはもういい。武器の方はどうなってる?」

『そちらは予定通りに。既にアラバスタ近海で待機しています』

「合図は直前に送る。滞りなく届けろ」

『もちろん心得ておりますわ。お任せください』

 

 商人としてのプライド故か、必要な品物を必要な時に、とやる気満々で対応してくれるのはクロコダイルからしても便利だ。

 余計な手駒を動かさずに済むし、その分他に手を割ける。

 確認を終えると通話を切り、クロコダイルは背もたれに深く背を預けた。

 頭の痛いことばかりだ。

 アラバスタ王国のどこかに眠るという古代兵器〝プルトン〟──それを手に入れるために、これまで多大な労力を割いて来た。

 ニコ・ロビンを協力者として手元に置き、王族に対する憎悪を作り上げ、煽り、国を崩して手中に収めるために策を練ってきたのだ。ここに来てご破算になるなど許容出来ることではない。

 己こそが〝海賊王〟の座につくのだと、野望を秘めて行動してきた。誰にも邪魔などさせはしない。

 

「……エージェントたちはどうしてる?」

「既に〝スパイダーズカフェ〟へ集合しているわ。予定より少し早いけれど、事態が事態だから招集を早めたの」

 

 〝スパイダーズカフェ〟はバロックワークスのオフィサーエージェントたちが集まる場所として周知している拠点だ。計画が最終段階へ移行するにあたり、エージェントたちを全員呼び集めていた。

 既に集合しているのなら都合がいいと、ロビンの報告にクロコダイルは満足そうな顔をする。秘書としては及第点と言える。計画が終わった後も協力関係を続けてもいいと考える程度には。

 

「結構。すぐにここへ呼べ」

「それと……Mr.13とミス・フライデー(アンラッキーズ)から報告があったわ。ビビ王女が反乱軍と接触するために動いているようだけれど……」

 

 クロコダイルは顎に手を当て、僅かに思案する。

 ビビと反乱軍のリーダーであるコーザは幼馴染である、と言う不安要素。

 確かに接触されれば反乱軍に僅かながらでも迷いを与えられる。国王軍と正面衝突して欲しいクロコダイルからすれば不都合な存在ではあるが……。

 

「……放っておけ」

「いいの? 反乱軍と国王軍の衝突は重要なファクターなのでは?」

「憎悪の煽り方はいくらでもある。言葉一つで易々と止まるような甘いもんじゃねェ」

 

 それに、ビビとて王族の一人だ。

 コーザと、彼に近しい幹部たちはビビの言葉に耳を傾けることもあるだろうが、他の反乱軍の者たちにとってはビビとて打ち倒すべき王族の一人にすぎない。

 反乱軍の内部に潜り込ませた部下たちにサクラを演じさせればいくらでも暴走させられる。

 今更戻ってきたところであの女に出来ることなど無いと、クロコダイルは嘲笑する。

 

「厄介なのは元Mr.5ペアの方だ」

 

 裏切りは既に露見している。麦わらのルフィと手を組んでいる理由はわからないが、実力を偽っていたのは間違いない。

 ビリオンズやミリオンズの壊滅の早さから見るに、バロックワークスの内情が〝黄昏〟に漏れていたと考えられる。ならば当然あの女(カナタ)の手勢であると考えるべきだし、実際それは正しかった。

 

「あいつらの裏切りが露見したのが計画の全てが露見する直前だったのは幸いだ。だが、あのクソ女のスパイならM()r().()5()()()()()()()()()()を寄越すはずがねェ」

 

 クロコダイルはある意味でカナタの実力を信用している。

 巨大勢力を維持する手腕。本人の類稀なる強さ。

 当然、スパイを送り込む程度にはクロコダイルを警戒しているとすれば、本来はもっと実力のある存在を潜り込ませているはずだ。流石に幹部は四皇を止めるために手元に置いておくだろうが、覇気使いの精鋭を送り込んでくる可能性はある──クロコダイルはそう考えていた。

 Mr.5に収まっていたのはブラフだろう。

 

「ではどうするの? 国内に残っているミリオンズを使って情報を探る?」

「警戒はするが、砂漠での戦いならおれに分がある。ミリオンズは他の仕事を優先させろ」

 

 どこまで行っても手が足りない今、他の仕事をさせる余裕はないし、そもそも〝黄昏〟のスパイを相手にミリオンズなどぶつけても倒せないだろう。

 警戒はするがそれ以上のことは出来ない。いるとも分からない影に怯えて機を逃すなど愚の骨頂だと、クロコダイルは腹を決める。

 

「エージェントたちを急いで招集しろ。計画を早める必要がある」

 

 四皇にも、海軍にも、他の七武海にも──誰にも邪魔されないように。

 手早くこの国を落としにかかる。

 

 

        ☆

 

 

 アラバスタ王国の首都、アルバーナ。

 砂漠の中にそびえ立つ都市であるアルバーナの中央に王宮があり、王族や国王軍は全員そこに待機していた。

 反乱軍に寝返ったことで随分人が少なくなったが、それでも一国の軍隊。相応の訓練を積み、客人を迎えるコブラ王が恥をかかぬようピシッと整列して待機していた。

 玉座に近付くのは二人の男女。

 一人は白髪に皺のある老齢の男。

 もう一人は膝から下を鋼鉄の(ヒール)で覆う紫色の髪の少女である。

 二人は玉座に座るコブラ王からやや離れたところで止まり、コブラ王はにこやかに話しかけた。

 

「久しいな、ジュンシー殿。カナタ殿とは前回の世界会議(レヴェリー)でも会ったが、君とは何十年ぶりか……」

「覚えて貰えているとは光栄だ。とは言え、儂はカナタの配下に過ぎん。殿、などと呼ばれるほどの立場ではない。育ちが悪い故、言葉遣いは容赦してもらいたいところだが」

「そうかね? まァ、言葉遣いを気にする必要は無い……時に、君たちの用事とは?」

「カナタから手紙を預かっている。詳しくはこれを」

 

 ジュンシーは懐から手紙を出すと、近くにいた兵士に渡してコブラ王へと渡る。

 コブラ王は手紙を開き、カナタのサインが入っていることを確認して内容を読む。しばしの静寂の後に額に手を当て、「これは事実か?」とジュンシーに問いかけた。

 

「事実だ。儂は討つべき敵しか知らぬがね」

「そうか……まさか、クロコダイルがこの国を……」

「その事情もあり、儂はお主の身を守るために来た」

 

 ジュンシーの言葉に、周りにいた兵たちがにわかにざわつく。

 彼の言葉は、コブラ王の身を守るのに国王軍では不足と言っているのに等しいからだ。

 国王軍として厳しい訓練を積んできた兵士たちにとって──特に、側近としてアラバスタを守護する二人にとっては許容出来る言葉ではなかった。

 チャカとペル。両名が前へと出て、ジュンシーを睨みつけるように(まなじり)を決する。

 

「我々では不足だと?」

「侮ってくれるな。我々とて、遊びで軍人をやっているわけでは無いのだ!!」

「そう気炎を吐くな。単に分野の違いに過ぎん」

「……分野の違い、だと?」

「暗殺、誘拐──その類ならば儂の方が専門よ」

 

 呵々(かか)、とジュンシーは僅かに笑う。

 武を誇るわけではなく、自嘲するわけでもない。

 ただ主と見定めた者のために迷いなく拳を振るい続けた男の積み上げた経験値を、此度は護衛のために活かす。それだけの話である。

 加えて、チャカとペルは軍人として部下を持つ身。常にコブラ王の傍に控えて身を守ることは出来ない。

 そういう意味でもジュンシーは適任であった。

 

「お主等は正面からの戦いに備えるがいい。後方は儂が受け持とう」

「……なるほど」

 

 決してチャカやペル達を侮っての発言では無かった。

 それを理解し、謝罪の言葉と共にコブラ王の後ろへ下がる。

 当のコブラ王はと言うと、ジュンシーの言葉を聞いてその隣に立つ少女の方へと視線を向けていた。

 ペンギンを模したパーカーで体の大半は見えないが、大腿部から下に見える鋼鉄の足はどうしても目立つ。専門と言うからには、彼女もまたそうなのかとコブラ王が問う。

 

「専門という訳ではない。この子はまだ若いのでな。経験を積ませる意味合いもあって連れて来た」

「まだ子供だろう。その年で戦場に立つのは……いや、他所の事情に口を挟むべきではないな」

 

 コブラ王は首を横に振り、先の言葉を撤回する。

 

「どれほどの期間滞在する予定かね?」

「事が終わるまで戻るつもりは無い。そう長くかかることはないが、しばし世話になる」

「では部屋を用意しよう。応接室で待っていてくれ。案内を──」

「案内は不要だ。道は知っている」

 

 建物の構造は既に把握している。ジュンシーは一礼して部屋を去り、後ろに少女を引き連れて応接室へと足を向けた。

 二人は特に会話も無く応接室へ向かっていたが、途中で脈絡なくジュンシーが言葉を発した。

 

「儂は護衛のために残るが、お主はどうする?」

「……どうって、私も護衛のためにここにいるしかないでしょう? それとも独断で動いていいの?」

「そうしたければするがいい。クロコダイルの能力は頭に入っているな? 油断して敗北さえしなければ戦いを仕掛けても構わん」

「へェ……意外ね。貴方、あの人の命令には絶対服従だと思っていたわ」

「呵々、確かにそう見られてもおかしくは無かろうな。だが、お主も若いとはいえ〝戦乙女(ワルキューレ)〟の一翼を担うならば──単独でクロコダイルの撃破くらいやってみせるがいい」

 

 国王軍はクロコダイル討伐に動かない。厳密に言えば動かないようカナタが釘を刺しているはずだ。

 覇気も使えない一般兵をいくら揃えたところで戦いにはならないし、何より今回の一件は政府の手落ちである。

 海軍に首を獲らせるのが筋ではあるが……カナタは海軍を信用していないのでジュンシー達を派遣している。

 どうあれ落とす首なら誰が戦っても問題は無い、と言うのがジュンシーの見解だった。

 

「ただし、猶予はそれほど長くなかろうな。四皇の内二つが動いたのだ、完全には止めきれまい」

 

 いくらかは包囲網から抜け出してアラバスタに辿り着くことも考えられる。その際はアラバスタ国内で迎撃しなければならない。

 最終的にクロコダイルは王宮に現れるであろうという予測もあってジュンシーは後手に回ることを選んだが、先んじて討ち取れるなら動いても構わない。

 少女──リコリスは嗜虐的な笑みを浮かべ、「お言葉に甘えようかしら」と返答した。

 

「呼び出しがあれば戻れ。四皇の幹部が複数人攻めてきた場合、儂一人では流石に手に余る」

「遊ぶ時間はそう長くは無いのね。残念」

 

 互いに負けることは最初から考えていない。

 リコリスは相手が七武海という事で警戒こそしているが、カナタから聞いた話からすれば既に落ち目の海賊だと判断していたし。

 ジュンシーはかつて一度は伸び代があると判断したが、今では己の力を磨くよりもせせこましく軍事力を求める時代の落伍者だと考えていた。

 

「クロコダイルの配下については聞いているな? 一人は確実に消せ。それ以外はどうしようと構わん」

「分かってるわ──ああ、でも、Mr.3とか言うのは殺さないようにして頂戴」

「む? なにかあるのか?」

「私の配下に欲しいの」

 

 ジェムから上げられた報告書にはリコリスも目を通している。

 Mr.3ペアは共に芸術家──造形美術家と写実画家であるため、手元に置いておきたいのだと熱弁する。

 余計な手間が増えるだけだが、それだけの余裕があれば構わないとジュンシーは首肯し、リコリスは満足げな顔をした。

 旅の疲れもある。今日一日は休息し、明日クロコダイルの首を獲ろうと計画を立て、二人は移動ルートを選定し始めた。

 

 

        ☆

 

 

 そして、場所は変わり〝カトレア〟。

 ルフィたちは数時間ほどかけて移動し、反乱軍が拠点を構える町に辿り着いていた。

 大きな町であるため、当然建物は多いが……それ以上に人が多い。住む場所に困るためか、そこらにテントを張って寝泊まりしている者も多い。

 

「これ、皆反乱軍なの……?」

「全員じゃあねェだろうが、大多数はそうだろうな」

 

 ナミが人の多さに思わず呟くと、ジェムがその呟きに答えた。

 元々町に住んでいた者もいるだろうが、今この町にいる大多数は反乱軍なのだろう。

 総数は数十万人にも及ぶ。町一つには到底収まらないため、他の町にも分散して拠点を作っているとジェムは聞いていた。

 だが、リーダーのいる〝カトレア〟は実質的な本部だ。

 

「急ぐぞ。ぐずぐずしてる暇はねェ」

「……ええ」

 

 先に歩き出したゾロに「そっちじゃねェぞ」と声をかけ、一行は反乱軍本部が設置してあるテントを目指す。

 ミンク族であるペドロとゼポ、それに能力者のチョッパーはやはり目立つためか、歩いているだけでちらちらと視線を感じる。

 ビビとイガラムは顔が知られているため、フードを目深に被って顔を見せないようにしており、足早に町中を歩く。

 ジェムはあらかじめ地理を聞いていたのか、手元の紙を時折見ながらテントの前に辿り着いた。

 

「ここだ」

「ここにコーザが……」

 

 大きめのテントの外には見張りと思しき男がいる。ジェムはその男に話しかけ、コーザに会いたいと取次を頼んだ。

 会うのはビビと護衛のイガラムのみ。それ以外の面々はテントの外で待つことになった。

 どのみち海賊が一緒に入ったところでややこしくなるだけである。誰も異論を挟まず、ビビとイガラムはテントの中へと入った。

 テントと言っても直射日光を最低限防ぐためだけの屋根のようなものだ。荷物などが置いてあり、その奥まったところにやや広いスペースがある。

 そこに、彼らはいた。

 反乱軍の中心、幹部たちである。

 

「……今日は客が多いな」

 

 目元に傷があり、サングラスを掛けた青年──コーザは木箱に腰かけたまま呟いた。

 ビビとイガラムはここに来てようやくフードを外し、顔を露にする。

 

「──ビビ。それにイガラム……!」

「久しぶり、()()()()

 

 目を見開くコーザに、ビビは懐かしさに緩みそうになる顔を引き締めつつ挨拶を交わす。

 

「……その呼び方は止めろ。おれ達はもうガキじゃねェんだ」

「……ええ、そうね。反乱軍のリーダー、コーザ。今日は貴方に話があって来ました」

 

 二人が幼馴染であろうと、もはや関係は無い。

 片や国に反旗を翻す反乱軍のリーダー。

 片や国の頂点に立つ王族の長子。

 本来ならば相容れる事の無い二人だが、周りの者も含めて辺りは妙に静かだった。

 

「何の話をしに来た。悪いが、おれは止まる気はねェ。コブラ王から雨を取り戻すまでおれ達は戦い続ける」

「父を倒したところで雨は戻らないわ」

 

 コーザの言葉に、ビビは毅然と反論した。

 〝ダンスパウダー〟によって奪われた雨を取り戻すために反乱軍は立ち上がった。

 しかし、たとえ国王を引きずり下ろしたところで雨が自然に降ることを待つ以外に方法は無い。〝ダンスパウダー〟を使えば別だが、それは更なる負債を未来に背負うことになるだけだ。

 既に一度使ったのだから、もう一度──その安易な考えで、今度は他国との戦争にさえなりかねない。

 

「じゃあ、お前はどうするんだ! ユバは枯れた! 多くの町や村も枯れていった!! これ以上おれは枯れていく街を、人々を見ていられねェ!!」

「私だって黙って見ている事なんて出来ない!! だから──雨を奪った元凶を倒しに行くの!」

「……雨を奪った元凶、だと?」

 

 元凶はコブラ王では無いのか。

 本心ではコブラ王を疑いたくない、信じていたいと思う者は多い。それでも、客観的に見て多くの罪はコブラ王にあると思う者は多い。

 コーザは真っ直ぐにビビを見て、先を促した。

 

「元凶はクロコダイルよ」

 

 アラバスタ国内においては英雄とさえ祭り上げられる男。

 反乱軍内部でも彼に対する信頼は大きい。たとえ本当に元凶がクロコダイルだとしても、信じる者はどれくらいいるか。

 ビビは一つ一つ、コーザの疑問に答える形でクロコダイルの悪事を暴いていく。

 〝ダンスパウダー〟を使って雨を奪ったこと。

 いくつもの町や村で運河を破壊したこと。

 国王軍に扮して破壊工作を行ったこと。

 ともすれば、国王の罪をクロコダイルに押し付けているようにも聞こえるが……それは確かな事実だった。

 既に〝黄昏〟は全ての情報を五老星に叩きつけ、クロコダイルの除名と共に放置し続けた管理責任を問い詰めて金をむしり取っている。

 事が終われば、復興のための支援物資が届く手筈になっていた。

 

「……本当に、あの男が……」

 

 コーザは額に手を当て、難しい顔をする。

 敵は知れた。だが、相手がクロコダイルとわかったからとて反乱軍全員が意志を統一してクロコダイル討伐に動けるわけではない。

 今やコブラ王よりもクロコダイルの方が信頼を得ている。この話をしたところで信用するかどうかすら怪しかった。

 だから、コーザには時間稼ぎを頼む。

 

「数日でいいの。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……倒せるのか?」

「ええ、きっと……」

 

 言葉を聞くだけならホラを吹いていると言われてもおかしくない。けれど、直接それを聞いていると……どうしてだか、倒せるのではないかと考えてしまう。

 相手は長年七武海の座にいる海賊だ。並の強さでどうにか出来る存在ではない。

 でも、きっと。

 ルフィなら倒してくれると──ビビはそう思っていた。

 

「そうか……なら、おれからも話しておくことがある」

「話しておくこと?」

「ついさっきの話だ。()()()()()()()()()()()

 

 コーザが革命軍の名を出すと、ビビの顔は蒼白になった。

 革命軍──世界各地で反世界政府を掲げ、悪政・圧政を行う国々でクーデターや革命を引き起こしている組織。

 事実はどうあれ、コブラ王が〝ダンスパウダー〟を使用した疑惑があり、多くの人々が枯れた町と共に倒れていく現状……革命軍が手を貸してクーデターを行おうとする可能性は、確かにゼロとは言えなかった。

 多くの国で革命を起こしてきた彼らは、ただ武器を持った一般人とは話が違う。敵に回ったとすれば大きな脅威となる。

 

「そんな……! 革命軍がこの国で何を!?」

「仕事をしに来たわけじゃねェらしい。弟を探してる、って言ってたからな」

「弟……?」

「ああ。だが、おれ達は誰も知らなかった。海賊らしくてな、手配書もある。時間があれば後で見せるが」

「そう……」

 

 あからさまにホッとした様子で胸をなでおろすビビ。

 イガラムは変わらず厳しい顔をしているが、反乱軍と革命軍が手を組んだわけではないと知って少なからず安堵している。

 革命軍がわざわざ弟を探しにこの国に来たと言うのは気になるが、ひとまずビビに関係することは無いだろうと判断し、「急いでいるから」と手配書を見るのを断った。

 

「まだそこらにいるはずだ。お前としちゃああんまり関わりたくない相手だろう。気を付けろ」

「うん」

 

 何はともあれ、事情はわかった。

 コーザは理解を示し、約束する。

 

「数日……まァどのみち、武器が足りずにアルバーナへ攻め込むのは難しかったところだ。多少伸ばしたところで問題はねェ」

「ありがとう。きっと数日の間に何とかしてみせるわ」

 

 クロコダイルを倒し、この国に雨を取り戻す……そのためにビビは危険を冒してきた。

 もう少しでアラバスタを救える。もうひと踏ん張りだと気合を入れなおす。

 テントから出て行こうとするビビへと、コーザは最後に声をかけた。

 

「ビビ」

「? 何?」

 

 何かを言おうとコーザは口を開き、しかし今更何と声をかけるべきか迷い……結局、無難な言葉をかけるだけだった。

 

「……いや、何でもない。頑張れよ」

「うん! もちろんよ!」

 

 拳を握ってガッツポーズする逞しい王女にコーザは思わず笑みをこぼし、ビビを見送った。

 そして、ビビが何とか上手くいったと安堵しながらテントから出ると、そこには。

 

「ザボ~~~~~~!!!!」

「うわっぷ! 落ち着け、落ち着けってルフィ!!」

 

 ルフィが号泣しながら、ビビの知らない誰かに抱き着いている姿があった。

 

 




次の更新は一応16日の予定ですが、15日が仕事なのでどこかで執筆時間が取れなかったら23日になります。

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